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■オープニング本文 「ビリーさん! ロイドが失敗しました!」 今日は特に風の弱い日で、木の上に作られた住居は、常にも増して湿気が篭る。 額より滴る汗だか滴った雫だかを煩わしげにぬぐいながら、ビリーは木を這い上がって来た部下に目を向けた。 「マジ? ロイドだろ? アイツがどーやったら失敗とか出来んだよ」 「それが、何でも開拓者に待ち伏せくらったそうで。片腕切り落とされて命からがら逃げ出して来たとか」 その報告にビリーは目をむく。 「はあ!?」 ビリーはこれまでに幾つもの計画を立案し、実行に移してきた。 もちろん全ての作戦を成功させられたわけではない。失敗もあったし、完全に裏をかかれた事も一度や二度ではない。 それでも事前の周到な準備と、ここ一番の勝負強さ、そして常識外れな力を持つ幾人もの勇者と共に、ここまで戦い抜く事が出来ていたのだ。 そんなビリーと共にある勇者の中でも、ロイドの強さは飛びぬけていた。そんな彼をすら撃退したという報せを、ビリーは俄かには信じられなかった。 しかしその後の続報も全く同じ内容であり、そして何より、強力な同胞であるジャック、ライを倒したという開拓者が相手となれば信じざるをえない。 ビリーは現在進めている作戦を滞りなく進行させるのに、森の外にある戦力だけでは不足だと判断する。 「ビッグマン! ヴァイス! ジョニー! アーロン! マックス! トニー! ヒューゴー! 以上七人今すぐ集めろ!」 今彼の居る場所、ミュルクヴィズの森には予備戦力を多数置いてある。その中でも、特に優れた七人をビリーは集める。 彼等を外に出してしまっては、森が手薄になる。それはまあ当然といえば当然であるが、ビリーはそこをさして気にはしていない。 何故ならここはミュルクヴィズの森であり、ここに居る以上、何人たりともこの地に手など出せはしないのだ。 ミュルクヴィズの森が不穏分子のたまり場となっている事を、ジルベリア帝国は知っていながらもう何十年も手を出せずにいる。 そう、この森には決して手を出せぬ理由があるのだ。 ビィ男爵の元へ配下の隠密が三人集まっている。 一人目が口を開く。 「ライトニング・ジャック、サイクロン・ライ、ソードダンサー・ロイドの件、全てミュルクヴィズの森が関わっている事、確定しました」 二人目が続く。 「森の資金の流れですが、まだ半分も掴めておりません。この線から締め付けるには時期尚早と考えます」 三人目は心なしか沈鬱な表情で口を開く。 「……アレハンドラの街で市民百三十人、オレアの砦で兵士六十人市民四人、マテバの宿場町は住民全て二百十一人が、犠牲になっております……」 執務机に座っていた男爵は額を押さえ、俯いたまま微動だにしない。 どれ一つとっても昨今稀に見る大事件であるのだが、それが三件も起きてしまった。 ジャックの一件より始まった一連の反政府活動は、現在男爵が確認しているだけで既に十四件に及ぶ。 内の七件は行動に移る前に軍の派遣が間に合い、三件はギリギリであったが何とか開拓者を用いて事なきを得た。 そして男爵でも察知しきれず、また間に合わなかったものが三件。たった三件で、四百人以上の犠牲を出してしまった。 王城の重臣達の怒り狂う声が聞こえてくるようだ。 むろん、男爵の腸も煮えくり返る思いだ。 しかし、真っ当な手段で連中を捕捉するのが難しい以上、ビィ男爵貴下の隠密達が頼みの綱となる。 もちろんジルベリアにはビィ男爵以外にもこういった作戦に従事している者はいるが、現状、ミュルクヴィズの森と呼ばれる彼等の情報を最も多く手にしているのが男爵なのである。 そんな男爵へ、四百人も犠牲を出してしまった事による風当たりは相当なものだ。 聞くに堪えない叱責を山と賜りつつ、男爵は反撃の、それも必殺の策に手を付ける。 ミュルクヴィズの森は、難攻不落の土地として知られている。 険しい山岳地帯の奥にあり、数で押し寄せた所でどうにもならず、そして何より致命的な事に、この森には絶対塞ぐ事の出来ない裏道が存在するのだ。 この裏道を通れば補給物資は幾らでも送り込む事が出来、また根拠地に至るまでにある広大な森が帝国軍の進軍を阻み、更に、随所に設けられた天然の要害が迎え撃つ。 十倍の兵力を要しようと攻略は不可能とまで言わしめたこの土地に、ビィ男爵は攻撃を仕掛けるつもりであった。 如何な幸運が重なろうと、全周囲を天然の要害に囲まれる土地なぞ、ありはしない。 しかしミュルクヴィズの森は、その脆弱なはずだった後背地に、瘴気の森を有していたのだ。 こちらは人間を相手にするどころではない。大アヤカシかと見紛う程の強力無比なアヤカシ、グレイターオーガと呼ばれる怪物が存在したのだ。 強固な皮膚は剣を通さず、漲る瘴気は術を防ぎ、豪腕は鉄を引き裂き岩をも砕く。 巨体にあるまじき俊敏さと、奸智を兼ね備えたどうにもしようのないバケモノ。 そしてミュルクヴィズの森の者達はこのアヤカシをやり過ごす手段を見つけているようで、彼等はやすやすとこの土地を通過していくので、帝国としては八方塞りの状況であった。 だがこのアヤカシが、つい先日とある人間の怪物により退治されてしまったのだ。 そしてその事を、まだミュルクヴィズの森は察知していない。 ビィ男爵は拳を握りしめながら吐き出す。 「反撃、開始だ」 ビリーがその致命的な報告を受けたのは、集めた七人の勇者の大半を送り出した後であった。 「馬鹿な……ありえねぇ、あのバケモノを一体どうやって……」 偶々集合が遅れたトニーとアーロンの二人も一緒にこの報告を聞いていた。 トニーは脱いでいた上着を肩にかけ、窓より飛び出し叫ぶ。 「やっべえって! ダニエルだけじゃ裏口砦支えらんねえ! 俺も行くぞ!」 アーロンもまた腰を上げる。 「俺も行こう。ビリー、お前はここに残って指揮を執れ」 「……悪ぃが、死守だ。裏口砦抜かれたら森はもたねえ」 「わかっている。ホークにはお前から伝えてくれ。いいか、例え森を捨てる事になっても迷うな。俺もトニーも、もちろんダニエルも、だからとお前もホークも恨んだりはせん」 ビリーは一言も返す言葉が無かった。 そんなビリーの肩を一つ叩き、アーロンもまた裏口砦へと向かっていった。 ボロとしか形容しようのない薄汚い外套を身に纏った男、ダニエルは裏口砦の物見櫓に登り、じっと空を見つめていた。 ジルベリア軍は既に動き始めているが、砦に来るまではまだ時間がかかる。 その間に迎撃の準備を整えようとしていたのだが、ダニエルは吹き付ける風から死の気配を感じ取る。 「……き、しゅう……か。せんて……うたれた、な」 裏口砦にはまだ増援は辿り着いておらず、常駐の兵のみ。トニーとアーロンは先ほど着いた所だが、そこまでだ。 「そう、か……お、まえ……が、おれ……の、し、か?」 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
アーディル(ib9697)
23歳・男・砂
狗神 覚羅(ic0043)
18歳・男・武
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)
17歳・女・騎
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)は龍に乗り、眼下に砦を睥睨しながら陽気に呟く。 「いやーっはっは。まっさか開拓者になっても帝国軍するとは思わなかったねー」 砦の中まで見える高度まで来ると、中が随分と慌しいのがわかる。 眉根を潜めるアーディル(ib9697)。 「気付かれたか」 すぐ隣を飛ぶ狗神 覚羅(ic0043)は龍にまたがりながら肩をすくめる。 「やれやれだね」 かといって覚羅が侵入を躊躇うかというと、そんな気配は欠片も見られない。 アーディルは僅かに自らの龍を先行させる。 それだけでアーディルの意図が通じたのか、覚羅は彼に言ってやる。 「俺はいつも通り冷静だよ……この砦の連中には少々憤りはあるけどね」 そうこう言っている間に、葛切 カズラ(ia0725)は攻撃を開始している。 術式が導き出した炎の獣が、この砦唯一の櫓へと放たれる。 櫓を登ろうとしていた兵がこれにまかれ、落下していく。更に櫓には火がつき、煙が上がる。 だが、櫓は頑丈な作りであり、また後続の勇敢な兵士達はついた火にも臆さず櫓を登っていく。 「あら、気合い入ってるわねぇ」 後続の兵達には、リドワーン(ic0545)の矢がこれを狙う。刺さる、怯まず。 からす(ia6525)は、櫓に登るのを防ぐのは至難と判断し、皆の降下の援護に回る。 砦より飛び出して来た兵が展開を終えぬよう、弓射にて牽制。 この間に、騎士二人が着陸に成功する。 オドゥノール(ib0479)とヴァルトルーデ・レント(ib9488)は互いに背を合わせるような形で龍より飛び降り、二騎の龍は頭上で交差しつつそのまま撤退。 降下際を狙おうとする突出して来た兵士に、ヴァルトルーデの大鎌が唸る。 砦の窓より飛び出して来た、尋常ではない程身の軽い男には、オドゥノールがその男が空中に居る間に手にした槍を投げ放つ。 男は身を捻りながら飛び来る槍を蹴り飛ばしてこれをかわす。 そのまま男、トニーは武器を失ったオドゥノールに足を向けるが、弾いたはずの槍は回転しながらオドゥノールの元へと戻って来るではないか。 慌てて急停止するトニーに、オドゥノールは自ら踏み出す。背後では、仲間が続々と着地を決め始めていた。 「さぁ、この勢い、止められるものならば止めてみろ」 リドワーンは目算で櫓からの距離を測る。弓術師にとって、この目算というものは生命線にも匹敵する程重要なものだ。 つまりリドワーンのこの能力は、少なくとも櫓の上に陣取っている魔術師よりも、必要とされるが故に高い能力であろうという事だ。 ほぼ同時に、魔術師のブリザードとリドワーンの弓とが放たれるが、魔術師の腿に突き刺さった矢とは裏腹に、魔術の吹雪はリドワーンの衣服に霜を生やしたのみ。 砦の兵がリドワーンを抑えるべく駆け寄ってくる。 数は三。背後から踏み込んで来る足音、前方からは下段を薙ぎにかかってきている。 リドワーンは前からの下段薙ぎは後方の攻撃を活かす一手と読む。 タイミングは、背後の踏み出す足の音で測る。間合い内に入った瞬間、体重を乗せるためその足音が一際大きく聞こえるからだ。 前方へ、下段薙ぎを飛び越えるように跳躍するリドワーン。 目を見開く兵の肩を蹴り、そこで初めて後方より斬りかかってくる男を振り返り見る。 袈裟が外され、慌てて斬り上げに切り替えている。 遅い、今度は後方の男の肩を蹴り、その背後に飛ぶ。更に居るもう一人は、リドワーンの三次元な動きにまるでついてこれていない。 完全に三人を出し抜いたリドワーンは空中で魔術師に矢を向ける。 しかし魔術師は、リドワーンを見ていなかった。 リドワーンが全体の為魔術師撃破を優先したように、彼もまた一撃でも多くの術を放つ事を優先したのだろう。 僅かな親近感を覚える、そんな男の心臓をリドワーンの矢が射抜いていった。 覚羅の槍とアーディルの銃、背中合わせで戦う二人の武器は、いずれも間合いは剣に勝る。 モック族の勇士は間合いの差から苦戦を強いられていたが、櫓上よりの援護がここに降り注ぐ。 近接戦闘中の彼等のど真ん中に、吹雪の術が吹き荒れたのだ。 もちろん覚羅もアーディルも櫓への警戒を怠っていたわけではないが、全てを防ぎかわしきるのは流石に無理だ。 表皮が凍え、血流が鈍る。視界は白に染まり、そも、目を開けているのも辛い程。 吹き荒れる豪雪の最中、覚羅とアーディルは、同時にその足音を聞き分けた。 左脇の下より大きく回した槍を背後に向け突き出す覚羅。 短銃をくるりと手の内で回し左脇の下より背後に向け放つアーディル。 双方手ごたえがあった。 荒れ狂う吹雪が収まり、二人の前には血の雫を滴らせる勇士がそれぞれ一人づつ。 覚羅は自らの敵を見据えながら背後に語る。 「負けたら笑ってあげるよディル」 アーディルは呆れ顔のままやはり自らの敵を見つめている。 「まず自分の心配をしろカグラ」 覚羅の大槍が唸る。 間合いの内に入る事すら出来ぬ豪風にも、勇士は怯まず切り返し薙がれる槍を剣にて受け、そのままの姿勢で内へとすり寄って来る。 槍を握る覚羅の両腕が軋む。勇士の重心移動の僅かな隙をつき、覚羅は体重が乗り切らぬ状態の勇士を腕力のみで薙ぎ払い飛ばす。 大きく飛ばされる勇士であるが、こうした時、長柄は実に有利だ。 すぐ様打ち据えるように槍を叩き付ける。転がりかわしつつ、逆に懐に入り込む勇士。 覚羅は近すぎる間合いに用いられぬ大槍を中空に放り投げ、喉元を射抜くような爪先蹴りを叩き込む。 くぐもった悲鳴をあげ後退する勇士、その頭上には放り投げられた大槍が。 覚羅が一つ念じると、何とこの槍より荒ぶる精霊の童子が現れたではないか。 童子は両手を組み、その巨大な拳槌を勇士へと叩き込むのであった。 アーディルの突きは、敵に並の槍以上の警戒心を起こさせる。 だが逆に、槍先さえ外せば砲に怯える事はなくなろう。そんな誤魔化しじみた発想でかは知らないが、敵の勇士は警戒しながらも、強く前へと踏み出してくる。 遅い、アーディルが魔槍砲を引き、突き出す方が早い。 いや敵が一枚上手か、勇士は更にこの突きをすら刀でそらし、流し斬り気味にアーディルの脇をすり抜ける。 抜け際の一撃は突き出した魔槍砲を再々度引き寄せ立てる事で防ぐが、勇士はこれによりアーディルの背後へと回り込む。 アーディルは心の中だけで呟いた。 『二度かかる奴があるか』 魔槍砲を立てながら受けたのは、そのまま回転させ槍先を背後へと向ける為であったのだ。 後ろも見ぬまま砲撃をぶっぱなす。 敵の剣撃は相打ちのタイミングであったが、魔槍砲の反動でこれを回避。 アーディルの体は大地に二本の線を残しながら滑り進み、反動が無くなる寸前、くるりと回転し背後を振り向く。 そこには、体の半分を失った勇士の姿があった。 豪雪と雑兵に囲まれながらも、からすの足取りにも、ましてや弓を構えるその腕にも、これらに動じた気配は見られない。 天に向け掲げた弓。これを引き絞りながら振り下ろす。 精霊力の異常により発生した吹雪がからすの眼前のみ開け、敵魔術師までの大気が清廉な気配に包まれる。 不純物を一切打ち消しきったこの空間には、からすの照準を狂わす何者をも存在せぬ。 いや、からすの狙いを察してか、敵の兵士が我が身を壁とすべく飛び出して来た。 純なる空に異物が混じるも、やはりからすの会は微動だにせず。 必要なのは一点、矢が抜ける空間のみ異物の侵入を許さなければそれでいい。 兵の顔横をすり抜けていった矢は、距離故の弧を描く事すらなく一直線に魔術師を射抜く。 また別の兵が左右よりからすに迫る。 それぞれ左右より薙いで来た刀を、からすは前へと歩みながら上体を倒す。 回転しながらそうすると、弓を引きながら仰向けに空を見上げる形になる。 視界を黒い影が走り、頭の後ろを風が吹き抜ける。 刀が抜けるなり軸足を前へと踏み出し、倒れかけていた体を支える。次の一歩を踏み出しながら射撃を。 極端な前傾姿勢でありながら矢は魔術師の肩口を射抜き、また前傾姿勢故に更なる前進が簡便に出来る。 つんのめったような形で更に三歩進みながら弓を引き矢を放つ。 術でも剣でもまるで止められる気がしないからすに、兵達は絶望の視線を向けるのであった。 ヴァルトルーデが三人目の兵を斬り倒した所で、銃撃がヴァルトルーデを襲う。 見ると、重装甲の騎士が手にした短銃を落としている所であった。 脇目もふらず駆けるヴァルトルーデ。 騎士は懐より次の銃を抜き放つ。銃弾が鎧を跳ね衝撃がヴァルトルーデを貫くが足は止めない。 撃つなり捨て、次の銃を抜く騎士アーロンに向け愚直に突き進む。 アーロンは近接直前で剣を抜き、ヴァルトルーデの鎌の柄へと剣を叩き付ける。 鎌先を鎧の表面で滑らせつつそうすると、元の重量のせいか鎌が大きく流されてしまう。 この隙に逆腕でアーロンは銃を抜くが、ヴァルトルーデの足が先。 左の回し蹴りで銃を弾きつつ、ステップインしながらの右後ろ回し蹴りでアーロンを蹴り飛ばす。 アーロンの反撃、脇にそれる形でかわし、鎌の間合いを取るべく距離をあける。 アーロンは銃ではなく剣での攻撃に切り替え、間合いを潰す事でヴァルトルーデを追い詰めていく。 遂に壁際に押し込まれると、アーロンは右袈裟を。 これを、待っていたと言わんばかりにヴァルトルーデは左にステップ。 同時に鎌をアーロンの背に引っ掛けるように振るい、袈裟を外され流れるアーロンの体を鎌で引き寄せる。 ぐるりと体が入れ替わり、アーロンが壁際に、ヴァルトルーデはこれを追い詰める位置に入れ替わる。 「我が騎士道は――」 驚愕に見開かれるアーロンの瞳。 「――殺すこと」 最後にアーロンの口が、見事、と動くのが見えた。 「これ、今更だけど燃やしちゃってもいいのかしら?」 カズラは暢気にそんな台詞を呟く。 もちろんダメだろうと最初に言っておかない奴が悪いのであり、気にするつもりなぞ欠片も無い。 それに要は後続の軍がここで足止めを食らわなければいいわけで、砦を奪取しようと焼失してようと、結果は一緒なのである。 カズラは手にしていた水晶の髑髏をかざす。 駆け寄ろうとしていた兵が怯むのが見て取れる。勇敢な兵達であるしその勇気は、カズラの周囲に転がる黒ずんだヒトガタが証明している。 それでも、無駄死には誰しも望む所ではないのだ。 まとめて焼かれては堪らぬと一人がまず突っ込んで来た。 一瞬で志体持ちと見抜かれたカズラは、蟲の毒を放つ。 攻撃術ではないと見た他兵士も踏み込んでくる。 髑髏の目が妖しく輝く。 蔦? 紐? 鎖? 得体の知れない波打つ何かが勇士へと伸び、胴の半ばまでもを深く斬り裂く。 すわと兵士達はカズラに攻撃を仕掛ける。 「お・ば・か・さ〜ん」 兵士の剣をくぐり、射線を揃え、驚く兵に微笑みかけながら、カズラは更に一撃、術を行使する。 髑髏の口から、口が出る。 犬の類であろう突き出した口は、髑髏の瞳の輝きに合わせて口を開き、黒ずみ歪に並んだ犬歯を晒す。 喉奥にみえる炎の輝きは、この犬の薄気味悪い歯並びの理由を教えてくれる。 一瞬で二人の兵士と、勇士が炎に包まれる。 戦力差を感じ取った勇士は特攻に切り替えるも、カズラが艶のある笑みを崩す事はなかった。 クロスは開戦直後に標的の姿を発見した。 砦の中へ指示を下している彼に、まずは先制の一撃を。 下段への突き、変化し跳ね上げ中段に切り替えたのだが、ダニエルはこれを危なげなく剣で外す。 ダニエルはクロスの相手に集中すべく剣を構える。 「お互い良き死であらん事を」 そんなクロスの言葉と同時に、二人は動き出す。 二人の戦闘はかなり長引いた。 クロスがそうせんと踏ん張ったせいであるが、剣に対し長柄の武器で時間稼ぎを狙うのは実に上手い手であろう。 とはいえ。 「いやー、しんどいっ」 挙動が野生的すぎて全く読めない。 カズラの攻撃術、覚羅の治癒術の援護が無かったらと思うとぞっとする。 それでも、そろそろ、体が言う事を聞いてくれなくなりそうで。 だからこれが最後の好機だと自分に言い聞かせる。 リドワーンがここぞと放った矢が、ダニエルの膝裏に突き刺さったのだ。 槍撃、弾かれ槍先が大きく真上に。 読み通り弾いてくれた事を、精霊様やらそれ以外やらに感謝しつつ、踏み込む。 同時に弾かれる勢いに逆らわず、槍を回転させ石突を前にもってくる。これは、先の展開が読めていなければとてもではないが咄嗟には出来ない。 鎧ごしに、鳩尾へ強打を叩き込む。 息が止まったのか、たたらを踏んで後退するダニエル。 クロスは更に踏み出しながら、槍を持ち自身を回転させる。 槍は周囲を一周し、十分な勢いをもったまま突き出される。 勢いあまった槍はダニエルを貫き、そのまま背後に大地に突き刺さった。 「帝国の敵を架刑に処す、ってね」 オドゥノールもまた開戦直後からトニーと戦っていたが、その速さを捉えきれずにいた。 無論、オドゥノールも速い相手への対処ぐらいは心得ている。 そのオドゥノールが、無数の傷を受けながら未だ敵に効果的な一撃を与えられずにいるという情況は、対しているトニーというシノビの類稀な技量を物語っていよう。 先の先を封じられ、移動をすら制限されたオドゥノールはじわりと追い詰められていき、何時しか背後に櫓を背負う位置にまで下がっていた。 退路を絶たれた状態で速度に勝る敵を相手取るのは極めて至難。 オドゥノールは咄嗟に、槍をくわえ両腕を上げる。 トニーが体ごと突っ込んでくるのを、櫓の横柱を掴んで逆上がりの要領で飛びかわす。 更に下から斬り上げてくるのを、上の柱へと足を引っ掛け、体全体を逸らす事でかわす。 勢い良く海老反った姿勢から足を離しつつ、オドゥノールはくわえていた槍を離してしまう。 落下していく槍。空中でオドゥノールはその全身にオーラを纏う。 危機を察したトニーはその場から回避に動こうとするも、最早間合いの内だ。 自由落下を想定していたトニーは、空中から放たれたカミエテッドチャージの矢と化したオドゥノールの速度に抗しきれず。 速度からかオーラが三角錐を形作り、その先端、オドゥノールの伸ばした足先が、落下していた槍の石突を蹴り進む。 そのまま縦に、百舌のはやにえの如く串刺しになったトニーを見下ろし、オドゥノールは小さく安堵の息を漏らすのであった。 戦闘報告のついでと、からすは手際良く茶の用意を済ませる。 「……からす。お前、戦場にまでティーセットを持ち込んでいるのか?」 「淑女の嗜みだ」 呆れ顔の男爵であったが、お茶への誘惑には勝てぬようで、何やかや言いつつこれを嬉しそうに口にするのであった。 |