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■オープニング本文 神埼久恵は恋をした。 それは一目惚れに近い。彼は、これまで彼女が見たどんな男よりも、雄雄しく、逞しく、そして、強かった。 ヤクザ同士の出入りにおいて、彼、須藤大吾は単身これへと乱入。双方のヤクザ数十人を全て一人で斬り伏せたのだ。 久恵が後から聞いた話では、この時大吾は昼寝をしており、その邪魔をされた事に腹を立てての所業であったという。 久恵はこの戦いの一部始終を全てその目で見ており、大吾のあまりの暴れっぷりに全身が痺れるような感覚を覚えたのだ。 「神埼さん、すびばぜん、勘弁してくらはい……」 体中痣だらけの有様で惨めに這い蹲るのは、久恵が常日頃から何くれとなく面倒を見てやっているチンピラである。 「ねえ、言ったよね私。ケンカがあるんなら私も呼んでって。なのに何で私にだけ知らされないのかな」 チンピラは必死の顔で弁明する。 「いえ、これは神埼さんを味方につけたもん勝ちじゃあケンカにならねえし神埼さん敵は皆殺しにしちまって商売もクソもあったもんじゃねえってんで、双方の親分達が示し合わせての話でして……」 「つまり、悪いのは親分さん達って事?」 「俺の口からじゃ、そこまでは言えねえっすよ」 そう、と残念そうにため息をもらす。 「なら、君もういらないや」 ケンカの場所だけ聞き出すと、久恵は彼を一刀で斬り殺した。 もう終わっているかも、そんな焦りから久恵は駆け出し、そして、怒りの雄叫びと共に暴れまわる須藤大吾を見つけたのだ。 大吾は何処に定住しているというわけではない。その時々で野宿だったり、安宿を取ったり、世話になっている剣術道場に寝泊りしたりと、気ままに暮らしている。 これといった仕事をするでもないのに生活出来ているのは、大吾がここら一帯の剣術道場の全てを道場破りにて蹴散らしたせいだ。 大吾に道場破られないよう、このあたりの剣術道場は彼に付け届けをするのが当たり前になっていた。 働かなくても食べていけるのは楽であるが、しかし、やはり剣の道に生きる者として、ただただ平伏するのみな道場の姿勢はあまり好きになれなかった。 しかし、彼等道場側も必死なのである。 大吾には「剣は斬るもの」との信念があるらしく、基本大吾は寸止めをしない。 木剣を用いて稽古をつける時はもちろん、真剣を用いた立会いでは、一度剣を交えたのなら、いずれかが絶命するまで剣を振るい続けるのだ。 誰もがそんな彼の狂気を恐れたが、大吾自身は別に気が狂っているつもりもなく、剣とはそういうものだと考えているだけだ。 挙句、まともにぶつかっては技量に差がありすぎ、一合打ち合う事すら出来ぬでは、如何に骨のある道場であろうと膝を屈するよりない。 屈しなかった道場は皆消えてなくなったのだから。 唯一付け届けを免れているのは、大吾が最初に門を叩いた道場であり、ここの元の道場主は老境に至っており、そんな老師匠を前にした時のみ大吾は人間らしい顔を見せるそうな。 ともあれ、ここらで剣術と言えば須藤大吾と言われる程の存在であり、そんな彼を前に、怯えず意見を言える者は少ない。 今こうして目の前にいる女もその類かと最初は思ったのだが、どうも、何かが違うらしいと大吾は眉根を潜める。 「えと、えっと、わ、わたしは、かんざきっ、ひ、ひひひさえと申します」 見てわかる程に動揺している。一目見た瞬間、その身より漂う妖気に大吾は身を引き締めたものだったが、そんな大吾の警戒を知ってか知らずか、女はしどろもどろになりながら早口に述べる。 「じ、実は見て欲しいものがありましてっ。そのっ、あ、あなたが、この間斬ったヤクザ、あれ、わ、私も敵だから。その、これから斬りに行くんです」 ああなるほど、と大吾は得心する。 「俺に加勢しろというのか? だが……」 「ちちちがいますっ! そのっ……えっと、見てて、欲しいんです。斬るのは私がしますから」 まるで意味がわからない大吾は、露骨に怪訝そうな顔をする。 と、久恵は捨てられた犬のような顔をした。 「だ、だめ、ですか?」 全く見覚えの無い女がいきなり意味がわからない行為を要請してくる。こんなアホみたいな話に付き合う方がどうかしているだろう。 そう思った瞬間、大吾のひねくれの虫が疼き出す。 「……ただ、見ていろというのだな?」 「は、はいっ」 「いいだろう、たが、何処でどう見るかは俺が決めるぞ」 女、久恵はもうこれでもかっていう程の喜色を顕にする。その場で飛び跳ねる勢いである。 「やったーーーー! よしっ、じゃあ私頑張りますからっ! すっごい頑張りますから見ててくださいね!」 その日の久恵は、鬼神もかくやという程に強かった。 派手に面目を潰されたヤクザ達は、金にものを言わせ遠方から助っ人を山ほど呼び大吾をブチ殺そうと息巻いていたのだが、これら全てを久恵は次々撫で斬りにしていったのだ。 向かって来る者も、逃げる者も、命乞いをする者も、偶々近くに居ただけの無関係な者ですら、久恵は視界に入る全ての者をひたすら斬り倒していく。 無論無傷などではありえず、全身に無数の傷を負いながら、しかし久恵は痛みを感じないのか、ただの一瞬とて笑みを絶やさぬまま全ての敵を斬り終えた。 足元も覚束ぬ有様でふらふらと道を歩く久恵の前に、何処で見ていたものか大吾がふらっと顔を出して来た。 大吾は変な女としか認識していなかった前とは違い、その瞳に明白な敬意を浮かべ久恵に言った。 「見たぞ。だが今はやらん。一日でも速く怪我を治せ。傷の一つでも残っていたら相手なぞしてやらんからな」 上機嫌のままそう言う大吾。骨のある剣士を、大吾は嫌いではないのだ。 しかし久恵はというと、返り血に塗れ、疲労困憊汗だくだく、まっすぐ歩くのすら困難な状態でありながら、ものっそい勢いで首を横に振った。 「ちっちちち違うんですっ! これ! 別に挑戦とか挑発とかじゃなくって! えっと、私はこんなんですーって見て欲しかったっていうか、きっと貴方なら、えっと、何ていうか、何かうまく言えないけど、その……」 後半はぼそぼそと声が小さくなっていく。困惑する大吾に、久恵は消え入りそうな声で言う。 「あ、貴方には絶対に剣なんて向けません。私は、むしろその、一緒に、斬りたいなって……ずっとそう出来たら嬉しいなって……」 真っ赤になって俯く久恵に、大吾は何かに気付いてしまったようで、これまででさいっこうに眉根がひね曲がる。 そして大吾は恐る恐る久恵に問うた。 「あー、えっと、違ってたら忘れろ。聞き流せ。それで、だな。もしかしてお前、俺に、惚れてるのか?」 久恵は更に顔を赤く染め、こくりと、頷いた。 ギルド係員の栄は、放置はありえぬと言う当地の治安担当者よりの言葉に、心の底から頷いた。 「混ぜるな危険て、ホントもう、どういう事ですかコレ……」 |
■参加者一覧
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
赤い花のダイリン(ib5471)
25歳・男・砲
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
沙羅・ジョーンズ(ic0041)
23歳・女・砲
ヴィオレット・ハーネス(ic0349)
17歳・女・砲 |
■リプレイ本文 屋敷の前まで来ると、皆が皆自然足を止める。 襲撃の事前に投げ文までしてやったのだが、どうやら敵も逃げる気なぞ欠片もないようで、門の向こうより漂う剣気がおどろおどろしい。 野乃原・那美(ia5377)の、果たし状も出してるし向こうもきっと待ちかねてるよね〜♪ なんて台詞、楽観すぎるだろ常考的な発想もあったはずなのだが、正に彼女の言う通り。 門内の鬼気が移動し始めるに合わせ、御凪 祥(ia5285)は頭上にて槍を大きく回転させる。 円運動から、流れるように縦に振り下ろす動きに。 大地直前でぴたりと槍は止まるが、その槍先は回転のせいか振り下ろしのせいか、びりびりと震える。 そして、祥が裂帛の気合と共に槍先を振り上げると、その先端より疾風の刃が生じる。 刃は大地をすり走り閉ざされた門に至ると、盛大な爆音を響かせ砕け散った。 その奥からは二人の剣士の影が見えるも、舞い上がった粉塵と木板の欠片で陰しか見えぬ。 「邪魔だな」 ヴィオレット・ハーネス(ic0349)は担ぎ上げていた魔槍砲を小脇に抱え、躊躇いもなくぶっ放す。 舞い上がっていた粉塵も土砂も、ついでに辛うじて残っていた門と両脇の壁面も、一緒に消し飛ばしここらを見通しの良い更地にしてやる。 ラグナ・グラウシード(ib8459)は率直に感想を言ってやる。 「遠慮のない奴だな」 ヴィオレットは悪びれた風もない。 「これが天儀風の挨拶ってきいたが……?」 「別に責めてねーよ、腐れリア充相手だしもっとやれって話だ」 そのリア充はというと、放たれた衝撃に対し、右より大吾が、左より久恵が、互いの刀を十文字に組み合わせるかのように振るいこれを防いでいた。 ラグナの額に青筋が一つ。 「……ふたりのきょーどーさぎょーってかろっこつおれろ」 開拓者の所業に、さしもの久恵も一言言いたくなったらしい。 「人の屋敷だと思って好き放題してくれるね。それに、わざわざ事前に書状送る襲撃なんて聞いた事もないよ」 痕離(ia6954)は含み笑う。 「正々堂々、であればお受けして頂けるかと思ってね。……ご不満かな?」 「後方にも二人、かな? 隠しといて良く言う。でも……」 そこでちらっと久恵が隣の大吾を見ると、大吾が言葉を引き継ぐ。 「なるほど、弓に銃か。いいぞ、このぐらいでないと戦った気がせん。コイツと組んで以来、どうにも戦いが楽すぎてイカン」 「えー、私とじゃ嫌なの?」 「……あのな、戦いの前だぞ。少しは弁えろそういうの」 「だってー」 ラグナの青筋が凄い勢いで増えていくわけで。 ちなみにこの間、離れた場所で射撃に有利な位置を確保していた九法 慧介(ia2194)と赤い花のダイリン(ib5471)はというと。 「よう、めんどくせーからもう撃っちまおーぜアレ」 木の上に陣取っており、邪魔な葉と枝を落とし済みのダイリンが見下ろしながらそう言うと、遮蔽を取るのみで地面より弓を構える慧介が答える。 「そうだね、微笑ましいとも思うけど……」 気持ちも理解出来ないでもないし、とまで口にはしなかった。 その間に、前線で状況が動く。 「いずれ……」 沙羅・ジョーンズ(ic0041)が開拓者側の立場を明確にしてやると、大吾久恵の二人も表情を引き締める。 「何事も行き過ぎると碌な事がないし、出過ぎた杭は打たれるてね」 前衛の数の違いから、大吾と久恵は連携を容易く封じられるが、まるで動じた風もない。 痕離は、背中を預けあう事すらしない二人はまだ発展途上であるのかな、と少しだけ思う。 そんな事を考えながら、その全身は酸素を求め悲鳴を上げる程に酷使されている。 三箇所、見切りを誤り掠り傷を受けている。 同じく大吾を相手にしているラグナはというともっとひどく、脇腹より滴る失血が痛々しい。 二人共、高い基礎能力とその見事な技に、恐怖と共に感嘆の念を抱く。 特に、剣に生きるラグナにとって大吾の剣は…… ふいっと、大吾は一瞬だけ視線を切り、戦闘の最中にありながら久恵の状況を確認する。 その時の、何ともいえぬ安堵したというか、はははこやつめやりおるわというか、愛でるような視線というかが、いたくラグナの琴線を刺激してくれた。 周囲の風の流れが変わる程のオーラがラグナの全身より噴出す。 「ふふっ……見ていろ、うさみたん! りあじゅうどもが、我が正義の剣にて滅び去る様をッ!」 台詞は寝言以外の何物でもないが、全身より溢れ出るオーラの力は本物だ。 ラグナが片手持ちに大きく後ろまで回した大剣。 これを、全身の回転を用い肩越しに振り上げる。 その、頂点にて残る手を添え、握る。 両足の踏み込みは一直線に大吾へと。 かわす、無理だ。片手から両手へと切り替えた時に変化した剣速は、大吾程の男でも身のこなしでは対応しきれぬ。 自らの刀でこれを受け止めるも、オーラの力と相まってか流しきれず大吾は腕の端を削り取られる。 だが、即座に膝蹴りをラグナに叩き込むと、崩れるラグナにトドメの剣を。 「やらせっかよ!」 その声より先に大吾の鎧がはじけ飛び、体勢が大きく崩れたのは、ダイリンの銃弾が大吾を捉えたからだ。 痕離が即座に動く。この辺の連携は、基本十人以下の編成で動く開拓者にとっては手馴れたものだ。 大吾の前を、右から左へ真横より通り過ぎる形で痕離が走る。 大吾の剣が薙ぎに動く。高めか低めか、一瞬の見切り。 『下っ!』 胴を凪ぐような一撃を飛び込むように跳躍しかわす。即座に斬り返しが痕離を狙うが、二連撃はダイリンが許さない。 まともに装弾してては絶対に間に合わぬタイミングでの射撃だ。 もちろん痕離への援護であるが、それ以外にもダイリンの銃撃が如何なるものかを知らしめる為の射撃でもあった。 それでもダイリンは舌打ちを禁じえない。 砲術の本分は牽制ではなく加撃である。 そう出来ずにいるのは、一重に大吾の動きのせいだ。 仲間が近接戦闘を繰り広げる中、敵のみを射抜く銃撃というのは、傍目ではわからぬだろうが信じられぬ程神経を使う。 その辺りの機微を、大吾は良く理解しているようだ。 『なら、僕が動かすとしようか』 痕離は着地するなり回転しながら左の裏拳を。これを仰け反りかわす大吾。その頬が切れたのは、裏拳の内に隠していた手裏剣を痕離が放ったせいだ。 更に右の手を握りこみながらの拳槌を胸元へ。 大吾は痕離の、無手となったはずの左手の奇妙な動きを察する。 そう、痕離は右手に握り込んでいた短剣を、手首の返し一つで左手に投げ渡したのだ。 位置はちょうど首を狙う高さ。 かがみこむようにして短剣を潜りにかかる大吾に、痕離はというと左手の平で空中の短剣を叩き落とし、再び右の手の平にこれを収めたのだ。 「がっ!?」 鎧の隙間を縫うような一撃が突き刺さる。 「――如何かな、僕の太刀筋は」 大吾は目線のみで「筋も何もそんな小さい太刀があるかっ」と言ってるような気がした。 崩しに成功すると、ラグナがすぐ動くも大吾もこれに反応する。 ほぼ同時に、両者の袈裟斬りが閃く。 絡み合う刃。技量膂力共に勝る大吾であったが、ここ一瞬のみとオーラを集中したラグナのそれが大吾の剣を上回る。 ぐらりと崩れる大吾に、びしりと打ちつけるような音が。 銃撃を警戒させ動きを制限し、警戒が衰えるなり必殺の一撃を放つ。 砲術士ダイリンは完膚なきまでに役割を果たす。 大吾の鎧を貫いたダイリンの弾丸は、大吾の背後に突き抜けていき、彼の後方に血しぶきが舞う。 そのまま大地へと降り注いだ血の飛沫は、綺麗な円を描いていた。 「俺の名はダイリン! 人呼んで赤い花のダイリン様よ!」 ダイリンの大見得に、大吾はしかしまだよとよろける膝を根性で支える。 沙羅は砲術士、那美はシノビ。 いずれも真っ向よりの戦いが出来ぬとは言わないが、向き不向きでいうのなら祥がそうするのが一番理に適っていよう。 それに槍と刀は、間合いの差から槍が有利でもある。 しかし、久恵が青眼に構えていた剣を僅かに寝かせると、そんな有利不利なんて感覚全てが吹っ飛んだ。 祥の全身が叫ぶ。コレの、前は、マズイ。 沙羅も那美も気付き動く。 沙羅の長銃が火を噴き、那美が側面より走る。 久恵の全身がぬめりと動く。 そんな重苦しさを感じさせる挙動でありながら、沙羅那美両者の攻撃を容易く外し、槍先を向けていたはずの祥の懐へ。 錯覚であろうが、振り上げた刀から赤い液体が滴るように見える。 槍を受けにかざす暇もない。全力全速で後退する祥。髪の毛数本と、鎧前部へキツい一撃をもらうも、何とかかんとか急所を外す。 「むー、じゃまー」 実際、かわせぬ間合いであったものを外せたのは、久恵の足元側に突き刺さった矢のせい。このせいで最後の一歩を踏み出せなかったのだ。 慧介は、すぐに次の矢を番えるが、そこで全身を走る怖気に思わず手を止める。 久恵の無造作にそこら中へと撒き散らされる剣気に当てられたのだ。 大吾と久恵と、両者を確認出来る位置にある慧介は、二人の剣質の違いに誰よりも速く気付いた。 極めて高い完成度を誇る大吾の剣と、その身に纏った妖気にて敵を惑わし戦う久恵。 各々が惹かれ合う気持ちもわからないでもないが、と慧介はラグナにだけは絶対聞かれないよう、小声で呟く。 「まー雪刃の方が、貴女より良い女だけど。腕も心根もね」 遠くでぴくりと彼の耳が動いたように見えたのは、きっと気のせいであろーて。 久恵の妖気は戦場全てを覆い尽くす程で、まともな神経ならばそれこそ達人であろうと最初の一歩は躊躇しよう。 「あはは♪ やっぱり斬り合いはこうでないとね♪」 だからこんな最中に嬉々として飛び込む輩がいるとすれば、何処かの線がブチ切れてる奴だろう。 那美の刀が走る。この軌道、剣術のそれとはワケが違う。 体全体が動くに乗せる形で振るわれた刀は、一撃一撃に那美の体重がかかっており、軽量非力に見える那美の斬撃を致命傷へと導くに足るものとしている。 久恵はこれを体術さえ見切ればと受け流すも、剣の軌跡が突如変化し対応しきれず。 その変化をした場合体重が乗らぬはずと無視したパターンであったのだが、鎧の隙間に当て引き斬る形で痛打へと変える手練の妙に、驚きを隠せず。 流れるような血の雫は、久恵のみならず那美にもある。 久恵はすり抜けざまに頭突きを見舞い、これを那美は皮一枚でかわした為、僅かに額から出血を見たのだ。 それでも那美からあの笑みが、夢中になって盆の踊りを楽しむような笑みが消える事はない。 「人との斬り合いが一番楽しいのだ♪ アヤカシは斬り心地が悪いのだ」 走る那美を援護するかのように祥の槍が随所で閃く。 祥も最初の一撃こそ許したものの、あれはあくまで初見殺しの技だ。 そして、祥程の手練が本気で槍を捌いたならば、懐になぞ踏み込めるはずがないのだ。 突き出した槍先が何度も地面を跳ねる。 舞靭槍の良くしなる特性を活かし、寸単位の見切りを許さぬ攻撃を繰り返せば、そも物理的に踏み込む事が適わなくなる。 ほんの一瞬、槍先が跳ねる方向が悪かったのを見計らい、久恵が刀を槍先に当て、弾く。 同時に槍の柄を小脇に抱え、その体勢のまま滑るように久恵は踏み込む。 槍を引きしごけばまだ何とかなる、そんな状態でありながら祥は槍には未練も残さず、片腕を懐に入れ、闘布を抜くとこれを鞭のように久恵へ叩き付ける。 久恵に予備の武具への警戒はあったが、布がそれとは予想の外だ。 目の上を強かに打ち据えられた久恵は、直後、槍を真横に払う祥の動きに反応が送れ、薙がれるままに大きく飛ばされてしまう。 位置が悪い。 慧介の立ち位置からは立ち木が邪魔をし絶好の好機にも関わらずこれを射抜く事が出来ぬ。 射線が通ってなければ矢は当たらない。そんな常識を、極めた技が凌駕する。 途中の立ち木はもちろん、防がんとかざした刀を、そして彼女を守る鎧をすら貫き、慧介の矢は久恵の腕へと吸い寄せられる。 「……どうだろう。少しは楽しんで貰えたかな?」 沙羅は自身の特性を良く理解しており、無茶な前進も踏み込みもせず、堅実確実に銃撃を積み重ねていく。 それは粗野に見えるヴィオレットも同様であり、砲術士の薄紙のようと評される装甲の薄さを考えれば、当然な立ち回りになる。 ダイリンのように完全に遠距離射撃に徹してしまうのも良い選択であるのだが、前で戦う必要がある時、そして、武器によってはこうした危険と隣り合わせな立ち回りも要求されよう。 そして撃つべきところを見逃さない。砲術士は戦闘技術以上に、戦場の機微を理解している必要があるのだ。 ヴィオレットは、その瞬間の直前、戦場の流れからそう動くだろうと然るべく位置へと駆ける。 全く同時に動き出したのは同じく砲術士の沙羅。狙いも一緒であるようで。 「下がれ!」 そう叫び近接者が咄嗟に下がれる間合い。 配置。久恵と大吾が並び立ち、ヴィオレットの斜め前方に沙羅が居る。 脇に抱えた魔槍砲「瞬輝」の宝珠がヴィオレットの練力を吸い怪しく輝く。 沙羅もまた全く同じタイミングで魔槍砲「連昴」を構える。 沙羅が注意したのは途中でそうと気付いた同じ狙いであろうヴィオレットとの位置関係だ。 二人が並んで撃つのは、実はあまり効果的ではない。 一番効果が高いのはもちろん相対する形で挟み込む事だが、そんな真似すればとーぜん自分等も一緒に吹っ飛ぶ。 つまり今のこの位置、十文字に放つのが最適という話。 二人は砲術士にのみ許された秘奥にて、魔槍砲の火力を最大限にまで引き上げ、これを放つ。 「十字砲火といいます。本来は防衛に用いるのですが、こうすれば攻撃にも活かせますね」 「1人だけのこると面倒だろ。2人まとめて片付けるのが一番さ」 まばゆいばかりの閃光、しかる後衝撃と轟音が吹き荒れる。 最初にヴィオレットがぶちかました以上の威力は、避けるにちょっと余裕こきすぎた那美の背中を軽く焦がしてたり。 ヴィオレットの体が発射の反動で大きく後ろにずれ下がるも、これあるを覚悟していたヴィオレットは構えの姿勢そのままに、足元に線を引くのみで堪える。 沙羅が発射直後に片目をつぶったのは、発射の閃光による一時的な視力低下を少しでも抑えるためだ。 閃光と粉塵は、大吾と久恵を覆い隠す程であったが、開拓者はただの一人もその気配を逃す事はない。 それらが落ち着く前に、久恵はぼやくように溢し、大吾は笑って答える。 「あーあ、もう、終わっちゃったかー」 「それでも、最後にお前のような奴と出会えたのだ。そう、悪くは無い人生であったよ」 「えへへー、わたしもー」 この後、二人は剣にて最後を迎える。 開拓者達にその意図があったかどうかは定かではないが、それは剣に生きた二人へのせめてもの餞別となったであろう。 |