|
■オープニング本文 それは密かに開発されていた、巨大飛空船であった。 最大積載龍は何と十三頭。砲台は前面に六、側面にそれぞれ二つづつ、背面にも二つあり、これとは別に各所にバリスタやら銃眼やらがずらりと並ぶ。 初めてこの船を見た者は、ほとんど例外なく、そもこんな巨体が本当に空を飛ぶのかと不安になってしまうような代物である。 開発担当者は、これを引き渡す際、口をすっぱくして何度も言ったという。 「注文通りではあります。ですが、本気で十三頭とそれに付随する装備他ぜーんぶ積んだら、戦闘機動なんてとてもじゃないですが取れませんよ。最大出力はそりゃ狂った数値になってますが、ただでさえ小回り利かない船なんですから、くれぐれも、積載量にだけは気をつけて下さいね」 小回りの利く敵に対しては、搭載した龍にて撃退するというコンセプトの船であるが、空戦においては一般的に遅い船から狙われるのが常だ。 である以上、母船にも相応の回避能力が要求される。べらぼうな出力はこの為のものだが、何せ重量がありすぎて、加減速に時間がかかりすぎるのだ。 結局の所、技術屋がどう足掻こうと、軍人が何を喚こうと、軽さこそが速さなのであろう。 この規模の船はそもそも数が少なく、である以上その運用はほとんどが手探りといって良い。 だからと軍の象徴、お飾りにしておくには金がかかりすぎている。その有用性を見せつけねばこれを導入した者は立場が無かろう。 そんな難しい船の船長には、特に船の扱いに長けたランタインというジルベリア出身の男が選ばれた。 そのアヤカシは、他の下級アヤカシと比べても極端に大きいという事も無かった。 空を飛ぶアヤカシらしく四枚の羽根を備えており、この翼が光輝いているというのが、ほぼ唯一といっていい特徴に見えるかもしれない。 外観だけならば。 最初に出撃した龍とその乗り手達は、初撃にすら耐えられず墜落していった。 その見た目からは想像もつかぬ強力無比な弾丸を八方へと同時に放って来たのだ。 驚き慌て、現地の軍はすぐさま別部隊を動かすが、その時には既に地上部隊の上空にまで来てしまっている。 無数に放たれる弾丸は次々と地上軍を削り取っていき、地上部隊は抗する術すら持たない。 その削り取る速度も異常だ。 雨あられと降り注ぐ弾丸が、点ではなく面で抉り取って来るのだ。あの体の何処にこんな量の弾が入ってたのか不思議でならない。 地上にかなりの被害が出た後で、ようやく迎撃部隊がこのアヤカシへ攻撃を開始する。 だが、龍の野生の勘を持ってしても、この弾丸の雨、弾幕を潜り抜けるのは容易ではない。 かわしきれず、受けきれず、次々撃ち落とされていく龍達。 それでも数を頼りに攻撃を続けていると、このアヤカシ、十を超える金属のような光沢を放つ物体を放って来た。 これがまた不思議な事に、アヤカシと同じ大きさのものを、放出してきたのだ。 一体何事かとこの金属らしき塊をかわした龍達であったが、何とこの塊からすら弾丸が撃ち放たれてくるではないか。 本体の方も弾丸の発射パターンを変え、回避起動を取る龍を追尾するような射撃を行ってくる。 最早、避けるなぞありえない。龍の厚き鱗と乗り手の鎧が頼りであるが、程なくして、それら全てを紙屑のように切り裂き、全ての龍は地に堕ちた。 軍の指揮官が撤退を指示したのは、それからすぐの事であった。 その後もこのアヤカシの被害を食い止める事は出来ぬまま。 龍一匹とさして大きさは変わらぬはずなのに、ありえない程の攻撃力、そして数多の攻撃をその身に受け尚小揺るぎもせぬ頑強さを併せ持ち、挙句動きも龍並であるのだ。 疲労、補給といった概念も存在しないのか、いついつまでも戦い続け、衰える様子もない。 それでも、どのような強敵相手ですら何かしらの対抗手段を見つけ、か細い糸のような勝機を掴み取らんともがくのが人間である。 隠密行動に長けた者達を集め、このアヤカシの特性、習性、行動様式をつぶさに調べ上げ、ようやく、反撃の道筋を作り上げたのだ。 「アテンション!」 そう叫んだ船長ランタインは、船内に用意された会議室にて作戦地域の地図を、皆にも見えるよう壁に張り出す形で用意していた。 「まず皆に断っておく。この船、ジャマダハルは強襲の用途を持って建造された船であるが、今回、船自体の武装は半分にまで減らし軽量化を図っている」 集められた開拓者達は、まんじりともせぬまま彼の言葉を聴く。 「本船は諸君の龍を補給する基地としての役割をその主な任務とする。つまり本作戦の最終目標である『光翼壊滅鬼畜絶対防衛型残酷アヤカシ』への攻撃が成功するか否かは諸君の働き次第という事になる」 振り返り、地図の一点を棒で指し示す。 「まず、楼卓山を迂回し、この麓の魔の森上空を抜ける。ここは空戦アヤカシが手薄な場所であり、付近の空戦アヤカシがこちらを捕捉する前に、アヤカシ前線を突破する」 棒の先をきびきびと動かし、次なる作戦地点を指す。 「そして本作戦における最初の山場、見渡す限りの広大な荒野『妖熱の原』上空に差し掛かる。この地は魔の森と違い地表から空へ視界が抜けており、低空飛行をした所でかなりの遠間からでも発見されてしまうだろう。この地を突破する為の船体軽量化であるし、龍も最低限の数しか揃えなかったのだ」 その後も、数箇所の難所と突破方法の説明があり、最後にランタインは地図の最奥に描かれた地を指し示す。 「ここ、だ。この地こそがにっくき『光翼壊滅鬼畜絶対防衛型残酷アヤカシ』のねぐらである。強力無比にすぎるアヤカシのテリトリーには、他アヤカシが存在しない場合があるという話がある。今回もその例であるという報告がなされているが、努々油断なぞはせぬように」 油断なぞ、出来ようはずがない。 皆は出立前に、かのアヤカシが暴れまわった惨状を嫌という程目にして来たのだから。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
ヴィオレット・ハーネス(ic0349)
17歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)は深呼吸を一つした後、口を開いた。 「こ、こよくかいめ……」 違う違うと天河 ふしぎ(ia1037)が。 「光翼壊滅鬼畜絶t、痛っ」 呆れた様子で御調 昴(ib5479)がまとめる。 「とりあえず、呼びにくいので光翼って呼びますね」 そんな実に前向きな意見にヘルゥはご不満な様子で、ぷうと頬を膨らませている。 意地になって言い切ってやると、ぼそぼそこれを口ずさむ。 もう光翼でいいよ、と言い残しその場を去ったふしぎは、滑空艇の影でぼそりともう一度だけ試してみてたり。 「光翼壊滅鬼畜絶対b」 無理っ、とちょっとだけ悔しそうにしながら滑空艇、星海竜騎兵にまたがる。 菊池 志郎(ia5584)は、水月(ia2566)が自分の鷲獅鳥と共にあるのを見た後、ちらと他の皆の朋友を眺める。 オドゥノール(ib0479)、杉野 九寿重(ib3226)、昴、皆鷲獅鳥だ。 龍との普及率の差を考えるに、何とも珍しいものだ、と肩をすくめる。 龍なぞヘルゥの連れた一匹のみであり、これすら炎龍である。 「攻撃的な編成ですねぇ」 志郎の言葉に九寿重が返す。 「囮を用いるに相応しい編成、です」 苦笑する志郎。 「お手柔らかに願いたいものです」 願うだけならタダですね、という言葉を思いついたが、それを口にしない程度には九寿重は礼儀を弁えていた。 また龍でも鷲獅鳥でもない第三の飛行体、ふしぎと同じ滑空艇を用いるヴィオレット・ハーネス(ic0349)は、身の軽さが命の滑空艇に心底似つかわしくない巨大な双丘を抱え各所の駆動翼を確認していた。 ピーキーの極みのような武具を用いる分、ここ一番の一発勝負になる。 その時滑空艇の調子が悪かったなんてみっともない言い訳をするつもりもないので、調整と確認はギリギリまで行っているのだ。 戦闘はひっきりなしに行われていたものだが、何やかやと、やはり開拓者。 こんな暢気なやりとりをしながら目標地点へと辿り着く。 船長のランタインが一言、頼んだぞ、と声をかけると皆頷き順に船を飛び立っていく。 一番手はオドゥノール。 「オドゥノール、ツァガーン、出るぞ」 鷲獅鳥が甲板を駆ける。船の進行方向に合わせて走り、横にずれつつ甲板から飛び降りる。 すぐにふわさっと羽根が広がり、風を掴んで力強く羽ばたく。 二番手には昴が。 「御調昴、鷲獅鳥ケイト出ます」 同じく甲板を走るが、オドゥノールとは逆側にずれていき、同じく甲板からひらりと飛び立つ。 こうして互い違いに出れば、より素早い展開が可能となる。船長ランタインの運用の妙が光るところだ。 三番手はヴィオレット。 こちらは船の下部ハッチが開いていき、中から宙吊りになる形で固定された滑空艇に乗り込んでいる。 「ヴィオレット・ハーネス、グライダー、ブレイブパーピュア、行くぜ!」 合図と共に固定金具が外れ、船から落下する形でテイクオフ。 最初は面食らったこの発進方法も、慣れれば随分と楽になる。何より気分が良い。 そしてヘルゥの炎龍、ヤークートが狭い厩舎からのそりと乗り出して来る。 「ではっ! 打倒こーよくかいめーきちっ、おうちっ!」 この期に及んでまだ発音しようとして舌をかんだ模様。付き合ってられるか、とヤークートは船の最後尾からひょいっと後ろ向きのまま飛び降りる。 龍は重量があるので、甲板を走るのにはあまり向かないのだ。 「こ、こらっ! まだ発進の号令がー!」 といった悲鳴を無視して、ようやく羽が伸ばせるとヤークートは心地よさそうに空を舞う。 志郎、水月、九寿重の三人は、先発の四騎が離陸に成功したのを確認すると、厩舎から順に飛び出していく。 こちらはもう順番というより続けざまといった方が良いだろう。 「菊池志郎、虹色、行ってきます」 「……(ぐっ)」 「鷲獅鳥白虎、杉野九寿重、これより」 志郎の虹色が甲板を駆けるすぐその後ろに水月の闇御津羽が続く。 本来ならこんな真似、ランタインは絶対に許さないのだが、これまでの戦闘を見て即座の展開が必要な時は構わないとお墨付きをもらっているのだ。 最後尾につけていた九寿重の白虎は、ヤークートがそうしたように後部よりの飛び降り離陸である。 同時に発艦した三騎は、二等辺三角形を維持したままで大きくその辺を広げ、曲がった竹がしなり戻るような滑らかさで空中陣形を為す。 そして最後の一騎、ふしぎの滑空艇、星海竜騎兵が船体下部より投下される。 「天河ふしぎっ! 星海竜騎兵行っくよー!」 その位置はちょうど先に発った三騎の中心にあり、先発の四騎に続きこちらも四騎編成の陣を完成させる。 何故こんな真似をするのか。 船に残った者達は、後は祈る事しか出来ない。 だからそんな皆に、任せろ、と魅せてやるのだ。 船の皆は窓という窓から身を乗り出しながら、精一杯の声援を皆に送るのだった。 見た目で判断出来ぬ。そんなアヤカシではあると思うが、光翼壊滅鬼畜絶対防衛型残酷アヤカシ(以下光翼と略す)の広げる四枚の光の翼には、何処か神々しさのようなものが漂う。 その様を見て、オドゥノールは深く頷く。 「……名づけとは、大事だな。迫力が倍加してないか?」 言葉の端々に、信じられぬ事ではあるが、かの命名に対する好意的な雰囲気が感じられる。 だが、そのあり方は常のアヤカシよりもタチが悪い。 水月のあどけない表情が曇ったのは、蹂躙を目的としたようなこのアヤカシの能力を聞き知っているせいだろう。 りぃぃ、と髪飾りが鳴るのは、水月が声の調子を確かめている為だ。 少しづつ、この震動を上げていく。 高速で飛行する闇御津羽の上での事だ。耳元をかすめていく風の音のせいで、地上で聞ける自分の声とは比べ物にならない程小さい。 だから声量ではなく、髪飾りの震動具合で音量を調節する。地上の調子でやっていたら間違いなく喉を痛める。 闇御津羽が身震いする。余波ですら血流が激しくなるような歌が、立ち上がりには相応しい。 昴の鷲獅鳥ケイトとヘルゥの炎龍ヤークートが二手に分かれると、それぞれに三騎づつが従う。 二隊のそれぞれ最後尾につけていた志郎の鷲獅鳥虹色と、九寿重の鷲獅鳥白虎は、綺麗に一定の間隔で数珠繋ぎになっていた一列から、少しづつ離れていく。 技量の低い足手まとい。そんな狙い目を光翼が見逃そうはずもない。 光の翼を羽ばたかせ、一息に踏み込んで来る。 志郎は虹色の手綱を強く握り締める。 「さて、どれほどの……っ!!」 八方に放たれる桃色の弾丸。驚き急旋回を開始する虹色であったが、これに緑の槍、無数の弾丸が連続発射される為まるで長い長い槍のように見える、が撃ち放たれるのだ。 槍と違うのは、発射し続けながらこちらに狙いをあわせてきている為、斜めに波打ちながら接近してくる事だ。 志郎の体が虹色より浮き上がる。 一瞬何事か見失ってしまったが、どうやら緑の槍弾幕に押し出され、最初から同時に放たれ続けていた桃色の八方へ放たれる弾幕に突っ込んでしまったらしい。 見ると九寿重も、こちらは八方への弾幕を潜ろうとして緑の槍を叩き込まれていた。 しかし、この二人へ攻撃するタイミングで仕掛けて来たのなら、それと備えていた他六人は攻撃範囲外に出る事もそう難しくない。 そして二人に対し光翼が意識を向けている間に、各々の武器を叩きこむのだ。 オドゥノールは鷲獅鳥ツァガーンを光翼の進行方向と平行に移動するようしながら、手にした槍を振りかぶる。 と、幾つかの弾丸がその体を打つ。 「ふん、有効射程を外れておればこの程度」 まるで意に介さず、槍を投げ放つ。 雷槍の名に恥じぬ速度で空を疾走し、光翼の胴へ吸い込まれていく。 がいんっ。 が、刺さらず。鈍い音と共に弾かれくるくると回り落下していく。 そしてここからがこの槍の真骨頂。 オドゥノールが空戦のメインウェポンとして選んだ雷槍ケラノウスは、落下していく途中でぴたりと止まると槍の向きを変え、オドゥノールへと戻って来るではないか。 片腕のみでこれを受け取ったオドゥノールは、再び槍を一回しし投げつける。少しでも速く奴を倒す事が、囮の負担を軽減する事に繋がるのだ。 この槍と交差するように、光翼射程外を旋回していたヴィオレットが斜めに切り込んでいく。 真後ろにつき、これを追い立てる形をとると、気付いた光翼は加速をはじめる。 この時、ヴィオレットは光翼の戦闘機動を確認している訳ではない。ただひたすらに、何時来るかと待ち構えるのみ。 「来たっ!」 急減速からのスライド。ヴィオレットは旋回しつつ加速し、一気に距離を離しにかかる。 瞬く間に背後へ回る光翼。放たれる緑の槍。無数の弾丸によって作り上げられたこれが鞭のようにしなり、そして、命中。 が、全速で離れながら、かつ有効射程から外れているので、ほとんど痛痒を感じず。 確認終了。つまる所。 「うん、これ避けるのぜってー無理っ」 水月もまた、序盤の内に試しておくべき事を確認する。 短調のおもっくるしいリズム、裏拍ばかりで引っ張られるようなテンポ、これに精霊の力を乗せると速く動いてはいけないような気になってくる。 いや、気になってくるどころか、実際に動きが鈍ってくるというのだから、音楽の力も馬鹿に出来ない。 しかし、光翼に変化は無かった。 それでも水月は光翼の身震いするような反応に手ごたえを感じる。これはもう勘でしかないが、きっと、圧倒的なまでの差ではないと。 皆各々で敵との距離感の掴み方などの確認を行い、かつ敵の射程外での戦闘を心がけていた為、時間はかかったが損害はかなり抑えられた。 そして、敵の動きが変わるとオドゥノールは愛騎に告げる。 「往くぞツァガーン。第二段階より攻撃を許可する。切り裂け、喰い千切れ」 志郎は、何故人間は背中に目が無いのだろう、と愚にもつかない事を考えていたり。 光翼と放たれた金属塊らしきものから、こちらを包囲しつつひっきりなしに弾を放ってくるのだ。 逆に前はもう虹色に任せてしまって、背後や側面の虹色がどうしようもない場所を志郎が確認する。 そして、背後から迫る命中弾に関して、手綱を使って虹色にこれを報せる以外に、緊急回避手段が存在する。 奥歯を食いしばり、迫る弾丸を、その体で受け止めるのだ。 「……問題は、緊急な事態がひっきりなしに起こる事なんですが」 飛行空間全てを埋め尽くすかのような弾丸の最中を、虹色は良くかわし飛んでいると思う。 だが、 「くっ!」 光翼本体から放たれる緑の槍が、その誘導性能がどうにも対処しきれない。 九寿重もまた同様だが、こちらはより開き直っている。 弾幕の最中にありながら、がこんがこんと命中弾を浴びながら、引き絞った弓を解き放つ。 矢は痛撃が目的ではないのか、力強い弓射とは程遠い有様であったが、コツンと当たった光翼のその部位に光の波紋が広がっていき、著しくその気脈を乱す。 彼女は、射る事で避けようというのだ。この弾丸の回避は白虎には荷が重いと思っての事だ。 元々タフさを売りに囮の役を引き受けたのだから、と言うのは簡単だが、タフだろうと痛いものは痛いのだ。 それでも、発射口を狙い済ました矢の一撃は、確実にその攻撃力を減じている。 後はこれを活かし白虎が如何にこの攻撃をかわすかだ。 『いえ、如何にかわすかではなく、如何に被弾を減らすか、でしたね』 もー当たるのはどーにもしようがない模様。 ひっきりなしに飛んでくる志郎からの閃癒がありがたい限りだ。九寿重も白虎も、更に志郎自身も虹色も一気に治療出来るこの術は囮役に不可欠であったろうて。 この二人は敢えて光翼の射程内に留まり続けるが、昴は逆に射程から大きく離れた位置よりの一撃離脱を狙う。 光翼の射程も広がった第二段階だが、これでもまだ昴の用意したロングマスケットの方がより遠くまで届いてくれる。 「あまり得意な武器ではないのですけど」 何て事を言いながらも、放つ弾丸は正確無比。戦闘開始からこれまで、ただの一発も外した弾はない。 揺れる鷲獅鳥ケイトにまたがっての射撃だが、とりあえず羽ばたきの瞬間だけ外せば地上で撃つのと大して変わらないな、何て感想も昴ならではであろう。 騎乗しての射撃は周囲の環境に弾着が影響されやすい。 ただ、と昴は長銃身のありがたさをこんな時感じる。当然、筒が長い方が弾の軌道は安定するに決まっているのだから。 ふと、足元のケイトより、不満そうな気配を感じ取る。 これはケイトのみに限った事ではなかろうが、この戦い方では鷲獅鳥の持つ強力な攻撃力を活かす事が出来ない。 特にケイトは飛びぬけた攻撃力を持っているのだから。 「後少しですよ。すぐに……」 銃に添うように目線を合わせていた昴がこれより目を離したのは、金属塊がばらばらと落下していくのが見えたせいだ。 「来るっ!?」 ふしぎは滑空艇の身の軽さを最大限に活かし、ちょこまかと出入りを繰り返し光翼の攻撃から逃れていた。 しかし、金属塊が下に落下していくのを見て、皆への警告の為戦域深くへと突入していく。 「みんな注意して! ……パターンチェンジ、来るっ!」 緑色の弾丸が連続発射により波打つように、しかも多重に折り重なった波となって全周囲へ押し寄せていくのだ。 そして、これまでの戦闘で概ね理解出来た。身の軽さはふしぎの滑空艇がこの中では恐らくトップであろうと。 「……なら、僕がパターンを作らないとだね!」 ふしぎは緑の死が荒れ狂う空へと舳先を向ける。 まずは、波打つようなこれに沿って、光翼からは距離を離す形で無理には避けない。というかびっしり連射されてるもんで、隙間を抜ける事が出来そうにない。 当然、放射状に放たれる弾幕は距離を開けば開く程、弾同士の間隔も広くなる。 「今っ!」 ひらりと、弾と弾の間をすりぬける。すぐに次なる波が押し寄せてくるが、これもまた進路を微妙にずらすのみで潜って見せる。 これで一段落、しかしすぐに次の波が。 さながらジルベリアにおける波乗りの技術に似ている。最初は弾幕に逆らわず、これという一瞬のみの切り替えしで要所をすり抜けるのだ。 この切り替えし時のすり抜けのリズムを掴み、恐らくはこちらを見てるだろう皆に伝えるのがふしぎの役目だ。 右側に流れ流れて切り返し、今度は左側に流れ、しかし、こうしていながら徐々に敵への距離を縮めていく。 「よし、段々リズムが合って……」 突然、それまでの弾幕を止め、全方位へ無数の針のような弾丸を放って来たのだ。 「ちょっ!? ずるっ! それずるいぞっ!」 弾が滑空艇の裏をかすめる嫌な擦過音が、耳元をかすめるひゅんという音が、そんな恐怖を押し殺し、気合避けで一気に近接を果たす。 「正邪の力で魔を断つ、光になれぇぇ!」 ふしぎの奮闘を受け、ヘルゥは昴へと目線を向ける。 あちらも覚悟は決まったようで大きく頷き返してくる。 ヘルゥの龍ヤークートは、並の龍なら嫌がるであろうこんなかわしずらい弾幕の最中にも、炎龍のクソ度胸は伊達ではないのか、嬉々として突っ込んでいくではないか。 そして弾幕を潜る呼吸を計るはヘルゥの役目だ。 ふしぎが見せてくれたやり方は、当然誰にでも出来るという真似ではないが、かわし方の指針たりうる。 羽ばたきは回避に致命的な隙を作る。だからヘルゥは降下攻撃を仕掛ける。 翼は一杯に広げたまま。 風が痛い程に速度が上がった状態で弾幕に突っ込むのは、並々ならぬ勇気が要る。 しかし股下にはヤークートが、そして今のヘルゥは更に後続を率いる身だ。ここで逃げるという手だけは、ありえない。 ヘルゥの用いる『陣』は、従う者がヘルゥを信頼する事で成立する。まだ未熟な身なれど、ヘルゥはそこを理解していた。 大きく翼を風に立てる。 急減速し龍体を横に流し、波打つせいで乱れる弾幕を、まっすぐ進む事で最も大きな隙間を抜けられる位置とタイミングにあわせる。 ここでまたも、光翼は攻撃パターンを切り替える。 「それも折り込み済みじゃ!」 といっても回避は無理。気合で耐えるのみっ。 ここでふしぎが援護に入る。 「させるもんか!」 胸元に輝きがあり、握った両拳の先の輝き二つをこれにあわせ、術式を発動すると、それまでどんな攻撃を受けようと微動だにしなかった光翼が大きくブレ動いた。 この隙に、ヤークートは自滅をすら恐れないのか、その身をもって弾丸と為し、光翼へと突っ込んでいったのだ。 激突し、両者跳ね飛ぶ。ヘルゥはこの時すれ違いざまに斬撃を一つ入れており、更に。 「囮を成り駒にし、攻め立てる時じゃ」 九寿重とオドゥノールがこれに続いていたのだ。 光翼の崩れた姿勢に、オドゥノールは槍を構え突進する。 この辺、遠距離からの狙撃を狙うか、近接しての攻撃を狙うかの判断で、ツァガーンとオドゥノールで差異が出る事は滅多にない。 阿吽の呼吸で、ランスを構えた騎士の如くその槍を光翼へと突き立てる。 しかしここでオドゥノールが狙ったのは、光翼の損傷ではなく、その装甲である。 光翼の表皮を槍先で滑らせたオドゥノールは、特に厚い装甲の一部を先端に引っ掛け、めくり上げる事に成功する。 更にその傷へ、九寿重の攻撃が放たれる。 高速飛行はこちらも標的も。そんな相手にほんの小さな点にすぎない矢を当ててやろうというのだ。 矢を放つ会の直前の集中力は比類無きものであろう。 銃と違い、その全てが人の力に依存する弓は、放たれる矢にすら意思が込められているかのようで、恐らく、今後銃が隆盛しようとも弓ならではの良さは決して失われる事は無いであろう。 果たして、カンという妙に軽快な音と共に、はがれかけた装甲が剥げ落ちる。 そして開拓者達の攻撃は続く。 水月の奏でる勇壮な音楽は、その後続として続く者へと注がれる。 そう、そのありあまる攻撃力は、こうした素早い処理が望まれる状況にこそ相応しく、今まで我慢に我慢を重ねて来たヴィオレットに、である。 槍先をかざしたままでグライダーを突撃させる。 陽光を照らし返している白銀とはまた別の輝きが、槍の先より少しづつ漏れあふれる。 ヴィオレットは淡々と、これまでの戦闘でわかった事を口にしてみる。 「空戦ってのは初めてだけど、基本的には相手をぶっ飛ばせばいいんだろ? それをやるまでさ」 空の上、風の音がやかましくて仕方が無い中ではあるが、ヴィオレットの魔槍砲がぶちこまれると、耳に残るほどの爆音が鳴り轟く。 さんざ念入りに装甲をひっぺがし、急所を作り出しこれを最強攻撃で射抜いたのだが、それでも光翼は健在。 攻撃後、皆は各々で旋回した後、先頭をつっきったせいで結構な怪我を負ってしまったヘルゥの代わりに、今度は昴が先頭を担う。 奮い飛ぶケイトがヘルゥ同様、波打つ無数の弾丸の雨の最中を飛びぬける。右に左にと軽快なステップは大地という支えがあるかのようだ。 そして前回ふしぎがフォローした、攻撃切り替えは、今度は志郎の攻撃が阻害にかかる。 真白き精霊力が閃光を放ち光翼を貫くと、攻撃切り替えの間を失ってしまう。 そこに、気高く猛ったケイトの強烈な一撃が炸裂する。 そこから先は、決着まで攻撃が途絶える事はなく、文字通り一息に全てを決するのであった。 |