サイクロン・ライ
マスター名:
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/07 19:38



■オープニング本文

 ライは部下達に向かい、心底から似合わぬ笑みを見せる。
「好機到来だ」
 治安維持に貢献してきたジルベリアの猛者が一度に失われたという事態に、ライは攻撃を決意する。
「愚かなりジルベリア帝国。アイザックを謀殺しただと? あれ程の男を無為に失うなぞ愚の骨頂。どうせ殺すのならば何故より有効に活用しようとせなんだか」
 ライは眼前に並ぶ部下を見やる。
 彼等はみな一様に、感情を表に出さぬ硬質な表情でライを見返してくる。
「俺達は違う。人の命を無駄に消耗したりはしない。使うべき場所で、有益に消費する」
 部下達はライの言葉にも微動だにせぬまま、じっと、色を失った瞳で見つめ続ける。
「すぐに調査に取り掛かれ。標的はビィ男爵。奴を、お前達の命で仕留めるぞ」

 必ずそうなる。そんな予感があったなんて言う気はない。
 自分がやっている仕事を考えれば、用心は当然の備えと思っていただけだ。
 ビィ男爵はそんな備えが功を奏したと言って、喜ぶ気になぞ欠片もなれなかった。
 屋敷の自室に作っておいた地下道は、外の納屋に出るようになっている。
 ロクに明かりも無く足元が極めて危なっかしい通路を抜け、納屋へと出る際、木板を外さねばならぬのだが、これが使用頻度が低いせいかやったら硬い。
 今にも背後より襲い掛かられるかもしれない、そんな恐怖に押されるように木板を叩く。
 驚く程の音と共に、木板が外れた。時間が深夜であるという事も手伝って、そこら中に鳴り響いたのではと思うほどだ。
 内心で地下道を作らせた業者を罵りながら、納屋から走り出る。
 厩はたった今脱出した屋敷の敷地内、馬を取りに戻る根性なぞ流石に持ち合わせていない。
 ビィ男爵からは、普段の超然とした偉そうな態度なぞ何処にも見られぬ。
 必死の形相? 当たり前だ、男爵は志体なぞ持ち合わせておらず、襲撃者と相対した瞬間に死が確定するのだから。
 男爵は付近で馬を用意してある場所を思い出す。
 農耕馬が三頭、一つ所にまとめて管理していたはず。そちらへと向け走るが、厩の側まで来た所で足を止め、入り口ではなく裏側へと回り込む。
 むせるような干草の臭いと、もう何年もブラッシングを忘れているような強烈な馬の香りが漂う。
 その中で僅かに香る腐臭。内臓に至るまで傷つけた場合、こんな臭いがする事がある。何より、厩の中より生き物の気配が感じられない。
 背筋が寒くなる。敵は、周辺の土地事情まで調べ上げて来たのだ。
 闇雲に走り出したくなるのを辛うじて堪え、兵士が集まる詰め所へ向かう。いや向かいかけた。
 時間は深夜だ。兵が居るのは宿舎の方だろうし、ここからでは距離がありすぎる。それよりも、より近場に高い戦闘力を有する組織の事務所があった。
 常時二十四時間体制で、誰かしらが受付可能な状態にしてあるといううってつけの場所。
 以前男爵はここの長に、常時深夜にまで人を配するのは無駄ではないかと言った事があったが、彼は彼自身の信念によりそうしているとの答えが返ってきた。
 ほとんどの事で彼は男爵の言を重んじてくれたのだが、これだけは頑として譲ろうとせず、男爵も彼を立てるつもりで認めてやっていたのだが、まさか自分が利用するハメになろうとは。
 ビィ男爵は、開拓者ギルドに向け走り出すのだった。

 この土地の開拓者ギルドは、業務内容が天儀のそれとは多少異なっている。
 基本的に依頼を受けて動く、そんな体制を作る為にどうするかを考えるのが開拓者ギルド係員の仕事なのだが、この地ではビィ男爵が監修をしているせいか、基本方針に若干の差があった。
 まず、依頼は受けるのを待つものではなく、こちらから受けに行くものであるという発想だ。
 元から陰殻のシノビに仕事を依頼する、といった形式が存在した天儀と違い、ジルベリアではこの依頼するという部分から周知せねばならない。
 ジルベリアにおける傭兵の存在は比較的類似のものであるが、こちらはもう完全に戦という特殊状況の時においてのみ用いられるものであり、雇用者も統治側である事がほとんどだったので、開拓者ギルドのあり方とはかなりの違いがあるのだ。
 揉め事を見つけ、解決策込みで相手に売り込むのが、ビィ男爵がこの地のギルドに望む形であった。
 故に、天儀のそれとは比較にならぬレベルで情報収集に力を割くし、得た情報を分析出来る体制を整えている。
 これがこの地の、いやさビィ男爵の開拓者ギルドの係員がする仕事であった。
 そんなギルドの係員は、淡々と業務をこなしていた。
 膨大な業務マニュアルの全てをそらんじているその男は、これに基づく限り判断に一瞬の停滞も無い。
 近隣の民間保有武力が一定以上の場合、その理由如何を問わずギルドには即応可能な戦力を保持させるべし。
 待機という形で、依頼とは違い金は動かぬが、現在この地に来ている開拓者達にギルド建物への滞在を勧め、食事宿泊費をギルドで負担する。
 そんな処置を昼の間に全て終え報告書類を処理していると、ふと、彼は開拓者達に呼ばれ建物の外へ出る。
「……何をしているのですか男爵?」
 開拓者達の壁の後ろに居るビィ男爵は、息も絶え絶えといった風情でその場に座り込んでいる。
「見て、わからん、のか。ころし、屋に、おそわれ、たんだ」
「そうですか」
 特に感慨も無くそう答え、開拓者達に向かって口を開く。
「警戒しているようですが、まだ敵は居るのですか?」
 開拓者達からは囲まれているという返事。更に男爵が付け加える。
「俺を殺し、その後はどうでもいいみたいだぞこいつ等。後先考えず、立ちふさがる全ての敵を殺しにかかって来ている」
 係員はやはり、動じる気配は無かった。
「では後二時間といった所でしょうか。衛兵が気付きこの場に来るまで貴方を守れば良いのでしょう。皆さん、依頼です。受けるつもりのある方はそのまま護衛に、そうでない方は私と一緒に建物の中に避難してください」
 そう言って身を翻す彼に、男爵は渋い顔で言った。
「……お前、少しは上司の身を心配したらどうだ」
 彼は振り返り答えた。せめても、それこそが情であると言わんばかりに。
「貴方が亡くなった場合の処理もマニュアルの内にありますので」


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
百舌鳥(ia0429
26歳・男・サ
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
痕離(ia6954
26歳・女・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
サナトス=トート(ib8734
24歳・男・騎
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎


■リプレイ本文


 何よりもまず川那辺 由愛(ia0068)が男爵を守るように結界呪符を張る。
 疲れからその場に座り込んでいた男爵は、自分も動けるよう立ち上がりかけるが、隣に居た百舌鳥(ia0429)が襟首をひっ掴んで男爵を引きずり倒す。
「いいから、そこで伏せとけ」
「そ、そうか、任せる」
 何ともいえぬ顔の男爵に百舌鳥は笑い言った。
「あー大丈夫だ、失敗してもせいぜい死ぬだけさね」
「……そいつは頼もしい話だ」
 射撃が通じぬ状態にされたと知るや、襲撃者はあっさりと決断し、姿を現し一斉に襲い掛かって来た。
 佐久間 一(ia0503)はすらりと刀を抜き放つ。
 彼等の迷いの無い突撃っぷりを見て小さくため息を漏らすのは、敵をすら哀れんでいるせいか。
「帰還を前提としない突撃作戦を立てる……か。理由がどうであろうと、碌な指揮官ではないようですね」
 対照的に、貼り付けたような無表情で手にした鎌を構えているのはヴァルトルーデ・レント(ib9488)だ。
 鎌を大きく横に広げ、広範囲を覆う防御の構えである。
 痕離(ia6954)は、どうも戦闘を意識していなかったようで、動きずらい着物のまま。
 この裾を上げつつ小さくぼやく。
「……参ったな。こんな事ならちゃんと着替えてくるんだった」
 グリムバルド(ib0608)が長槍を肩にかついだままで、呆れたように言う。
「おいおい、大丈夫か?」
「ふふっ、まあ何とかするさ」
「そうかい。結構ヤりそうだぜこいつら。着物の裾踏んでひっくり返るなんて勘弁してくれよ」
「それはシノビにする心配じゃないね」
 グリムバルドは先頭切ってつっこんで来た敵騎士に槍を叩き付けながら答えた。
「そうかい!」
 そして、サナトス=トート(ib8734)はというと、これは誰よりも先に前に突進しておきながら敵前衛達の脇を剣すら振らぬまますり抜ける。
 彼等の視線が一様に男爵が居ると思しき方向に向いているからこそのスルーなのだろうが、だからと敵が脇をすり抜けていくのは心臓に大層よろしくなかろう。大した度胸である。
 ちらりと、彼等の様子をわき目に見たサナトスは呟く。
「感情なしにただ突っ込んでくるなんて、まるでからくり人形のようだね」
 そう言ったサナトスは、言葉通り、人間を見ているとは思えぬ目をしていた。

 飛び込んで来る敵前衛を、壁となって遮る役を担った痕離、一、グリムバルド、ヴァルトルーデの四人は、敵一合目を受け、避ける事で共通認識を得る。
『一人で二人抑えるのは無理』
 無理をするだの体を張るだのでどうこう出来る事ではない。物理的に無理なのだ。
 そもその一人すら、技量に圧倒差があるでもないのに、隙あらば抜けて行こうとしているのだから、対応に困る。
 一は大技を乱発する事での早期決着も考えていたが、下手な大振りは抜く余地を与えてしまう故、その手は封じられてしまう。
 すぐに切り替える。ならば確実に一人を抑え、仕留めるべしと。
 チームで動く上で一番大事な事は、今誰がリスクを負うべきかの判断である。
 ここで一達四人がそれぞれ確実に敵四人を抑え、抜けるのは二人のみと限定しておけば、負担はかかるが直衛の由愛と百舌鳥はその二人と射撃をどうするかのみ考えれば良い。
 他の前衛三人も無茶をして抑えには回らないのはそういう訳だろう。
 こちらの狙いがわかっているのか、敵も腰を据えて一を落としに動く。
 敵は右前、一は左前。
 通常この組み合わせは噛み合わないものだが、右前の構えが多い中左前を通している一は、この時の対応も良くわかっている。
 一番の違いは、そう、今踏み込んで来たこんな時だ。
 一は常より半歩速く剣を伸ばす。その速度に、敵は慌てて腕を引く。もちろん重心は前に残ったままなので体勢は崩れる。
 そう、小手までの距離が違うのだ。
 崩れた敵に剣の根元を押し当てる。鍔迫りにて押し込むと、敵は体を切り替え右に流す。
 その体捌きは見事であったが、そうするしかないよう追い詰めておいたのだから、当然一には対処法の用意がある。
 移動する先が読めているのなら、これこそが大振りの絶好の機会。
 全身より吹き上がる練力が、渦となって刃へと吸い込まれていき、真一文字の一閃にて解き放たれる。
 背なへと突き抜けた炎の線は、敵サムライを貫き後方彼方へと飛び抜けていく。
 流石に一撃で倒すまでには至らないが、これで、一は圧倒的な優位を得る。
 差は、言う程あったわけではない。
 ほんの僅かな、左前への知識と経験。それだけだ。
 そして熟練同士であるがゆえに、それだけが、とても大きく響くのだった。

 槍先をしなるに任せて一回転。別にこの挙動が必要なわけではないが、大技を前に槍の調子を確認したくなるのは人情というものだろう。
 こちらの動きを見抜かれる動きだが、グリムバルドはそもこの技の挙動を隠すつもりはない。
「どの道、バレるしな」
 距離が開いた所でのこの構え、そして、カウンターも気にせぬ一撃必殺。
 気付けぬボンクラならそも、知られる事を厭う必要すらない。
 噴出すオーラがグリムバルドの周囲を波打ち、獅子の如き咆哮を。
 轟音の正体は、グリムバルドが大地を蹴り出した音だ。
 槍を突き出した姿勢のまま、オーラの楔となったグリムバルドの目は敵騎士をまっすぐに射抜く。
 咄嗟に大剣を盾代わりに前面に押し出し、受けの構えを取る敵騎士。
 これを、速度で弾く。
 どだい突進系最高峰の技、カミエテッドチャージを小手先でどうこう出来るはずもないのだ。
 それでも鎧で貫通を防ぐは流石は騎士。
「だからっ! どうだってんだよ!」
 グリムバルドは止まらない。槍先に騎士を乗せたまま通りの反対側まで突き抜けていき、壁面にこれを叩き付ける。
「立てよこの野郎!」
 槍と壁に挟まれ、膝を突いている騎士の首元を片手で掴み、強引に腕力のみで投げ飛ばす。
 大地を転がる彼が立ち上がるより先に、グリムバルドは再び全身にオーラを纏う。
「一発で終わりって誰が言ったぁ!」

 ヴァルトルーデがこの戦いにおいて、最も重要視したのは初撃であった。
 自身体躯に優れているとはいえ、手にした奇妙な形状の武器の有用性は、そう簡単に相手には伝わらないもので。
 総合して、敵がヴァルトルーデを抜きにかかるか倒しにかかるかは五分といった所だ。
 残る五分を、初撃にて埋める。
 回避しずらい中段の横薙ぎ。しかし、大きく振りすぎて鎌先が後方にまで行ってしまう。
 この一撃でヴァルトルーデはこう言っているのだ。
 大きく振るったこの鎌の範囲をすりぬけるのは不可能だ、と。そして同時にもう一つ。
 どうせお前はこちらと戦う気はないのだろう、ならこちらを攻撃出来るような隙を見せた所で問題はあるまい、と。
 敵志士は僅かな躊躇の後、標的をヴァルトルーデへと切り替える。
 これが、ヴァルトルーデの挑発行為であると気付かぬままに。
 敵の袈裟な斬撃に合わせ、ヴァルトルーデもまた袈裟に斬りかかる。
 僅かに敵が速い。それでもヴァルトルーデは引かず。当然敵もここで引けず、双方の武器が深々とお互いに斬り入る。
 お互いの武器が、中央に噛み合うまで振り抜き、根元ががちりと組み合わさると、両者胴前面より血を噴出しながら睨み合う。
 ヴァルトルーデはその姿勢のまま、一言一言はっきりと発音する。
「私は、お前を、殺す」
 騎士が口にした言葉には力が宿るもの。
 その決意が、より深く入った敵の斬撃にも堪える力をヴァルトルーデに与えてくれよう。
 敵の宿す狂気の瞳に、ヴァルトルーデのそれは、勝るとも劣らぬ鈍い輝きを見せるのだった。

 サナトスがわき目も降らず目指したのは、後衛の魔術師、そして陰陽師だ。
 まだ距離がある。サナトスは、大剣の切っ先を大地に向け前方へと突き出した形のまま跳躍する。
 当然届く距離ではなく、着地も敵の遥か前の位置。
 問題無い。サナトスは着地と同時に大剣の剣先が地面に突き刺さるよう合わせ、着地する足でそのまま剣先を蹴り飛ばしたのだ。
 自らの体重全てが乗せられた蹴りに、剣先は跳ね上がり、剣が刺さった地面は削り取られ敵魔術師へと降り注ぐ。
 魔術師は手を伸ばし、土砂で前が見えなくなるのも構わず術を唱える。
 その腕が斬り飛ばされるも、魔術師は斬り飛んだ腕より吹雪の術を放った。
 目標はサナトスではない。更に奥の、彼等の標的へだ。
 魔術師と陰陽師の火力馬鹿二人が相手。
 本来ならば絶対不利な戦闘が成立したのは、敵が標的への攻撃術を優先しているからに他ならない。
 そして遂に、サナトスの剣が魔術師の首を捉える。
「これでもう囀る事も……」
 そこで言葉を止め、笑う。
「やりすぎちゃったかな」
 首前のみを削るはずの剣は勢いあまって首全てを斬り飛ばしてしまう。
 力なく後ろに倒れる魔術師は、背後にいた陰陽師にもたれかかり、その体にぶつかった衝撃がきっかけとなり失われた頭部を求めるかのように首より血飛沫が吹き上がる。
 真っ赤に染まる陰陽師。
 しかしサナトスの目はそちらを見ていなかった。
 無念そうに虚空をにらむ、飛ばされた魔術師の首。
 彼等は役目を果たせるかどうかに関しては、率直で、正直な感情を抱くらしい。
 残る陰陽師をどう始末するかの算段がついたサナトスは、とても、嬉しそうな顔をした。

「間一髪だったな」
 術の壁により視界を防ぎ、この間に男爵を移動させておいたおかげで、無差別範囲術の効果範囲から彼を外す事に成功したわけだ。
 この壁の両脇を抜け、二人の敵が姿を現すと、由愛は背後に引っ張り込んでいた男爵に言った。
「男爵。あんたは黙って縮こまってなさい」
「いや、そうは言うが……」
 男爵と由愛の身長差を考えるに、頭一つ分ぐらい飛び出してしまうわけで。
「無理とは言わないでしょうね」
「……努力しよう」
 彼女はそれを少々気にしているようで、男爵は抗弁を諦めた。
 後先考えぬ二人の敵が男爵へと迫るが、その前に立つはサムライ百舌鳥。
 構え一つで、百舌鳥は二人の足を止めて見せる。
 ゆっくりと息を吸い、やはり静かに息を吐く。
 敢えて動きがあったとするならその程度のものだ。
 しかし、物静かなその挙動に、敵の一人は男爵より標的を百舌鳥へと切り替える。そうせねば男爵を仕留められぬと判断しての事だ。
 斬りかかってくるサムライに、こちらからも踏み込み、互いの切っ先同士を絡み合わせるようにしながら脇へと流す。
 突き込んで来るは騎士だ。半身になりつつこれを外し、同時に伸ばした足で蹴り飛ばし弾き返す。
 サムライが体勢を整え切りかかってくるのと、百舌鳥が横一文字に太刀を振るうのがほぼ同時。
 それでも腕力で百舌鳥が勝り、サムライをこれまた弾き返してやる。
「行かせねぇよ」
 一方、由愛は執拗な後衛よりの術攻撃に、壁を作り直す作業に追われていた。
 それでも無理やり猶予を作っては、百舌鳥を援護する蟲の毒を放ってはいたが。
 そんな後衛からの攻撃術が急に無くなると、サナトスが何とかしたのだろうと由愛は百舌鳥の援護に注力する。
 見た目のとっぽさとは裏腹に、極めて堅実に防戦に徹していた百舌鳥は、
 目線、重心移動、剣先の挙動、呼気吸気、これらを用いるだけで実際に剣を合わせずして敵を操る。
 鋭きサムライの剣は精細を欠き、騎士の体捌きは重く、また、本来最優先すべき標的から目を離す。
 明らかに百舌鳥が格上だから出来る事、そう言ってしまうのは簡単だが、こうしている間も、百舌鳥が加速度的に消耗している事を由愛は理解している。
 そこで由愛はもう一枚瘴気壁を作り出し、この上に乗ると、一人高所を取る事で全ての敵への射角を得る。
 これがどれだけ有利な事か。本来この状態の由愛を攻撃するべき後衛からの援護射撃もなく、由愛は好き放題術を打ち込めるのだ。
 敵騎士が慌てて由愛を支える黒壁を潰しにかかる。これを崩せれば、逆に転落する由愛への絶好の攻撃機会となってしまう。
 その強打で壁を打ち崩した騎士。落下する由愛は彼に、心底よりの侮蔑の視線を送る。
 この瘴気壁の下には、由愛が仕掛けた地縛霊が潜んでいたのだから。
 這い寄る無数の黒き腕に苦悶の表情を見せる騎士を、着地した由愛がせーので突き飛ばしてやると、百舌鳥ははいはい、とこれにトドメを刺すのだった。

 敵志士が紅の炎に染まろうと、痕離は互いの間合いを見誤る事はない。
 剣の間合いぎりぎりに位置し、振り回される剣撃をかわすでなく間合い外に出る事で危なげなく外す。
 そして、一瞬で間合いを詰める。
 そうさせじと連撃を積み重ねる志士であったが、どうにも止まらない。止めようがない。
 低く潜り込んだ痕離は、志士の腹部に肘を押し当て逆腕で足を取る。
 志士は痕離の頭部を掴みながら、残る一本の足で転倒を堪える。
 その頭を掴んだ手を、痕離は両手で掴み取り、体を預けるように全身で大きく横に一回転。
 腕を中心に志士の巨体が宙を舞う。
 受身と着地にその神経が向けられる間に、痕離は悠々と苦無を突き立てる。
 これで急所を外した痕離は、再び距離を取る。
 そこで、両腕を裾に入れ低く構える。
 下段の薙ぎが飛んでくる。
 これを、ぴょんと跳ね足裏で止めつつ、この剣を足場に更なる跳躍を。
 両足を揃えたまま膝を折り畳み、志士の肩の上へ。
 その肩をまた両足で蹴り、そこでまっすぐではなく捻りながら飛ぶ事で痕離の正面に志士の背中が来るように。
 当然志士も振り返る。痕離はそこで初めて裾に納めていた両手を抜く。
 それぞれに金属の煌きが見えるも、志士は長い刀身が邪魔して受けが間に合わない。
「短い方が良い時もあるって事さ」

 討ち取られた襲撃者を見下ろし、一はやりきれぬ顔をする。
 その肩を、グリムバルドが叩いてやる。
 口にして何かを言うわけではないが、一はそれだけで僅かにだが相貌を崩す。
 由愛も今回の敵は気に入らなかったようだが、戦闘が終わればすっきりとしたものだ。
「よーし、死んだわね。男爵、皆気張ったんだから、酒位はおまけして頂戴よ?」
 お、いいねぇ、と乗り気な百舌鳥に、男爵は呆れ顔だ。
「お前等……よくもまあすぐに飲み食いなんてする気になるな」
 百舌鳥はくくと笑う。
「案外神経が細いんだな」
「おい待て。おかしいのは私なのか?」
 周辺を確認し終わったサナトスは、あまり馴れ合う気はないのか、係員に報告するなりさっさとこの場を離れてしまっている。
 痕離は深く一服を済ませると、男爵にのみ聞こえるように問う。
「……さて、男爵。彼らの”親”に心当たりは?」
 男爵は気負った風もなく、一言のみで答える。
「任せろ」
 そうかい、とそれ以上は言及しない痕離。
 ヴァルトルーデは無言のまま、現時点での男爵への評価を終える。
 凡百よりは遥かにマシだが、それでも、処刑人を駆使する絶対の裁判官になるには、まだまだ覚悟が足りぬな、と。