命を賭ける
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/26 14:06



■オープニング本文

 それがどんなに下らない事に見えても、当人達にとっては真剣そのもの、そんな話がこの世にはごまんとある。
 男、藤崎英二は、普段の豪放な彼にまるで似合わぬ正座で席についていた。
 対面には藤崎と同じく、今日この時の為に様々なものを捨て去って来た漢、井上豪三郎がいる。
「藤崎いいいいいいいい! テメェは! 俺には勝てねえんだよ! 俺が一番つええんだ!」
「……吼えるなよ。弱く見えるぜ井上ぇ」
 先手は藤崎。冷静に見えるのは外見のみであったと、すぐに誰しもが気付くだろう。
 指先でつかめる程度の大きさしかない木の札が、鉄塊を叩き付けたような轟音を響かせる。
 これが、藤崎が勝負に賭ける意気込み、気迫の証だ。
 これほどの音にも対する井上は一切怯まず、彼もまた駒を、井上がこれこそが将棋の本質と信じて已まぬ、歩を掴み上げ、盤上に叩き付け返した。

 将棋という遊びがある。
 それは遊びであって、遊戯であって、暇つぶしであって、生産性なぞ欠片もなく、決して仕事足りえるものではない。
 それでも、将棋が強いという事に価値を見出す者がいる。
 誰よりも将棋が強いという事に、多額の金を出してしまう者達がいるのだ。
 巧みな将棋の腕を魅せたり、賭け事であったりと価値の見出し方はそれぞれだが、将棋が強いという事は金になるのだ。
 それも、競技人口の多さを考えるに、莫大な金銭が動いてしまう。
 将棋はそんな遊びとも言えぬようなものにまでなってしまっていた。

「…………ありません」
 死を宣告された患者のような顔で、井上豪三郎は藤崎に頭をたれた。
 対する藤崎はというと、全身から滴る汗を拭う事すら出来ぬまま、組んでいた足を崩し、荒い息を漏らしている。
「あと……一つ」
 井上は立ち上がり藤崎に背を向ける。
「テメェ、絶対……負けんじゃねえぞ……」
 涙を見られるのが嫌だったのか、井上はそう残し部屋を出ていった。
 と、突然部屋を出た井上が戻ってくる。
「ヤベェぞ藤崎! 連中もう気付きやがった!」
 正直身動き取れぬ程に疲労していた藤崎であったが、それでもと強引に体を起こし、窓から外へと飛び出していく。
 が、後ろから続くはずの井上が、何時まで経っても部屋から出て来ようとしないのだ。
「おいっ! 井上!?」
「いいから行けバカヤロウ! てめぇは氷室とやらなきゃなんねえんだろうが!」
「馬鹿っ! お前それじゃ……」
 部屋の中から怒声と、恐らくは人を殴打する音が、聞こえた。
 藤崎は走った。井上を一人あの場に残し、後ろも見ずに必死の形相で。
 涙は、何時何時までも止まってくれなかった。

 証人も居ない戦いなど無効だ、そう言い張るのは簡単な事だ。
 だが、そも当人達にとっては証人もクソもどうでもいいのだ。
 彼等はただ単純に、自分が一番強いかどうかを知りたいだけなのだから。
 数多の棋士を蹴散らし、それぞれの場所で頂点を極めた男達は、やはりというべきか、天を突く程に高い矜持を備えていた。
 そんな強者を手元においておく事は、将棋をここ一番の賭け事に用いるヤクザにとっては下手な志体持ちを擁するより重要な事であった。
 だからこそ、手元の強者の格が落ちる事を彼等は嫌う。
 それでも、棋士ならば、いやさ男ならば、より強いと言われる者へと挑み、自らの強さを証明したくなるものだろう。
 ここに藤崎英二という天才棋士が現れた。
 彼はヤクザの組同士のしがらみなぞ一顧だにせず、ただひたすらに将棋道を究めんと数多の棋士に勝負を挑んだのだ。
 もちろん各組はこれを様々な形で妨害する。
 最初の内こそ脅しすかしていたのだが、遂には、その才を惜しみつつも殺すしかないとまでエスカレートしてしまう。
 それでも藤崎は止まらなかった。
 そも対戦する相手も、ヤクザがどれだけ止めようと藤崎の挑戦を前に、誰一人引こうとしないのだからヤクザも頭が痛い所だ。
 ヤクザ自身も男を売る稼業である以上、その辺の機微が理解出来てしまうのも辛い。
 そんな間隙を縫うように、はたまた強運の星の元に生まれたか、藤崎はこの国における強者と呼ばれる棋士を軒並み叩き潰す事に成功する。
 そして最後に残った、残ってしまった男が一人。
 将棋の神とまで呼ばれた男、氷室幸一。そのあまりの強さ故に彼を擁する組は飛車角落ちの勝負ですら、自信を持って送り出せる程の猛者である。
 しかし、その氷室とて、今こうして藤崎がしてきた程の無茶が出来るかどうかは疑問である。
 十あった地区の、それぞれの頂点全てをあの手この手で誘い出し、その全てを撃破してきた藤崎という傑物に、氷室自身はともかく彼を抱える組は藤崎との対決は避けるべしとの結論を下す。
 氷室幸一は、これに抗しようとはしなかった。

 開拓者ギルドの係員栄は、彼の呼び出しに応じ人知れず彼の屋敷を訪ねる。
 知り合いのシノビに協力を依頼したおかげで、誰にも悟られる事なく依頼人、氷室幸一に面会出来た栄は、既に予想がついてる依頼内容を問う。
 氷室は静かに伝えた。
「藤崎英二と一局打ちたい。その後私がどうなろうと構わんが、もし藤崎が勝った場合は、奴だけは何としてでも逃がしてやってくれ」
 将棋の神とまで呼ばれた氷室であるが、もし組の方針に逆らえば、絶対に避けえぬ死が待ち構えている事も理解している。
 殊に彼が属する組はそういった事に厳しいのだ。
「……あまり、賢い選択とは思えません」
「いいや、これが正しい。陰殻将棋最強決定戦なぞ、この機を逃せばこれより百年の時を経ようと決して行われぬだろうからな」
 栄は無言。氷室は続ける。
「将棋打ちの本懐、ここに極まれりだ」
 栄は念を押す。
「ここは他ならぬ陰殻です。他国に逃がしたとしても、いずれはヤクザ達に雇われたシノビの手にかかるでしょう。それは藤崎さんでも貴方でも変わりはありません」
「……そう、か。君達でもそうなら、恐らくはどうにもしようが無い事なのだろうな……ならば、それもまた已む無しだ。せめて他国に逃げるまでは面倒を見てやってくれ」
「負ける、おつもりですか?」
「まさか。だが、そうだな、私が勝ったのならそこでこの祭りは終わりだ。私ももう六十を超えている。私には、恐らく藤崎がそうするであろう、天儀の頂を目指す程の情熱は残っておらんよ」
 栄は笑おうとして失敗し、口の端を歪めるのみの表情で応えた。
「貴方が勝利した場合もやはり、藤崎さん共々他国への脱出までは面倒を見ましょう。大体貴方、もう人生終わったなんて顔、全然してないじゃないですか」
「家族を置いてか?」
 今度は明快に笑う。栄は氷室を笑い飛ばす。
「家族を心残りにする人が、組の方針に逆らうわけがありません。貴方は全てを捨てる気ですし、ご家族には既に了承を得ているとみましたが」
 氷室もまた豪快に笑い出す。
「その通りだ」


■参加者一覧
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
刃香冶 竜胆(ib8245
20歳・女・サ
アナ・ダールストレーム(ib8823
35歳・女・志
紫ノ眼 恋(ic0281
20歳・女・サ
硝(ic0305
14歳・女・サ


■リプレイ本文

「……おやつ、ですか?」
 菊池 志郎(ia5584)はその技量や潜ってきた修羅場からはまるで想像もつかぬ平々凡々とした表情で栄の問いに対し、はい、と頷く。
 志郎は、将棋の対局にはおやつの時間があるとギルド係員栄に言ってやったのだ。
「ああ、甘い物はあると私も嬉しいな。出来れば小麦を練ったぱん、というものに、めーぷるしろっぷなる物をふんだんにかけた物が良いのだが」
 とか抜かして来たのは対局者である氷室幸一であった。
 これにものっそい勢いで食いついて来たのはヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)だ。
「ほほう! それは天儀の菓子であるか!?」
「いや、ジルベリアのものでな。ここらでは珍しいが、名にしおうギルド係員ならば……」
 氷室はそこでちらっと栄を見やる。
 もう一人の対局者である藤崎英二は、甘い物を好きと言うのが少々恥かしいのか会話に混ざりはしなかったが、
 彼もまた栄へ、甘い物があると言うのなら申し分無いのだがなー的な視線を向けていたり。
 そんなもん、用意してあるはずもない栄はさりげに窮地に追い込まれるが、
 そこで水月(ia2566)と九法 慧介(ia2194)がお互い顔を見合わせた後、二人で助け舟を出してやる。
 栄にしか見えぬ角度で二人は持ち込んだ汁粉やワッフル、クッキー、チョコレートを見せ、とりあえずはこれで凌げとじぇすちゃー。
 栄は目だけで恩に着ますと感謝の視線を。
 おお、流石はギルド係員よ、ととりあえずで二人の菓子を食べている間に、栄は大至急件の菓子の手配を行う。
 ほんの数刻でいわゆるぱんけーきなる菓子を用意して来てしまう辺り、こういった無理難題を処理し慣れているのかもしれない。
「……めーぷるしろっぷはもーこれ現地行ってくるしか入手出来ないんで、ハチミツで勘弁して下さい」
 それでも実に旨いので、皆納得してくれたそーな。

 アナ・ダールストレーム(ib8823)は庵の周囲を再度確認して回る。
 と、庭木の前に立つ刃香冶 竜胆(ib8245)を見つける。
 奇妙に折れくねった枝に手を伸ばし、その先に僅かに色づく赤色の芽に触れていた。
 整った容貌だけならばこれほど目は引かぬであろうが、その美しさをまるで損なわぬままに二本の角を生やしているのだ。
 その特異な、しかし確実な美を感じさせる風景に、アナは僅かに足を止める。
「……ん?」
 ふいっと竜胆は振り向く。
 何故か少し慌ててしまったアナは、庵の中で皆は菓子を食べているとこれを勧めるが、竜胆はにべもなく断る。
 彼女独特の品の良い口調がにべの無さを緩和してくれていたので、アナは気にした風もなく確認を続ける。
 今度は井戸の側で紫ノ眼 恋(ic0281)と硝(ic0305)の二人が武具の具合を見ている所に出くわす。
 恋は短筒の弾の火薬の量を調節しており、硝はといえば、槍が歪んでいないかどうかを柄に目線を沿わせて確認している。
 二人は並んで黙々と作業をしており、特に会話も無い。
 が、不意に恋が口を開く。
「はやく敵、こないかな」
 硝も同じ事を考えていたのか即答する。
「そうですね。とても、楽しみです」
 アナは、何か何ていうか、邪魔しちゃ悪い気がしてきたので自分もぱんけーきとやらを頂こうと、そそくさとその場を離れるのだった。

 硝は頭上を飛び越えんとするシノビの跳躍に、ぎりっぎりで反応が間に合ってくれた。
 シノビの足を槍で薙ぐと、シノビは中空で体をぐるりと回し、槍を足裏で蹴ってこれを防ぐ。
 かわされはしたが、突破も許さなかった硝は、綺麗に着地したシノビに槍先を向ける。
「シノビの方々と戦えるとは、嬉しい限りです。……いざ、勝負」
「けっ、小娘が笑わせんじゃねえよ」
 硝独特の呼吸による突きは、初撃はそれが我流であるが故に見切るのが難しい。
 常の突きより更に伸びる一撃を、しかしシノビは槍先に皮一枚削られるだけで槍の懐に入り込む。
 咄嗟に体を入れ替え、右前の構えを左前に変えつつ逆足を後ろに引き、直線的な敵の踏み込みを横に流れる事で外す。
 いきなり初撃よりの踏み込みだ。その思い切りの良さと体術の見事さに、硝は驚くより感心してしまう。
 庵の外はこんな感じでシノビの襲撃を防いでいたが、内は内で面倒な対応を迫られていた。
 庵の屋根に取り付いたらしき敵が、屋根の藁葺を貫き侵入して来るのを水月が察知したのだ。
 水月とヘルゥは両手を組み合わせ、アナはそこに片足を乗せる。
 そして合図と共に二人はアナを、天井の梁へと放り上げたのだ。
 驚く敵シノビの脇を飛び抜けざまに流し斬る。
 受けは間に合ったようだが、敵シノビはそのまま入り込んだ藁葺の穴からたたき出されてしまう。
 跳躍によって梁を壊したりしないよう、膝を使い器用にその衝撃を殺しつつ梁の上に乗ったアナは、そのまま内は二人に任せ屋根上へと敵を追う。
 志郎は外にてシノビの迎撃に当たっていたが、彼等の身の軽さを見てぼやかずにはいられない。
「……柵、意味ないですねあれ」
 襲撃者が全員シノビなもので、柵なんてもー軽く飛び越えて来るのだ。
 弓を大きく引き絞った慧介は笑い言う。
「いや、そうでもないよ」
 跳躍の高さと速さに緩急をつけ、柵を越える瞬間の射撃を回避しようと動くシノビであったが、慧介には通用せず。
 急所への一射は、しかし腕を犠牲にこれを防ぐシノビ。
 と、別所より声が聞こえて来る。
「腰抜けぇ! 逃げ回ってんじゃねえ!」
 声に聞き覚えはあるが、口調とテンションの高さがその人物と一致しない。
 志郎も慧介も、多分きっとこれは急を要する案件ではなく、むしろスルー推奨なのではーという気がしたので、気にしない事にする。
 そして声の主、恋は、シノビの尋常ではない身の軽さに、ほとんど本能のみで反応しつつ刀を振るう。
 死角に入り込んだシノビに対し、視認もせぬままに刀を振るうのは、並みの度胸で出来る事ではなかろう。
 竜胆もまたシノビの素早さに苦労していたが、しかし、シノビの切っ先より妙な違和感を覚える。
 このシノビはとても驚いていると、その切っ先は言っていたのだ。
 シノビは程なく柵の所まで大きく引いた。
「……貴女はもしかして、開拓者、ですか?」
 答えてやる義理はないが、互いの立場を明確にしておく必要がありそうだと感じた竜胆は小さく頷く。
 なるほど、とシノビは懐より取り出した笛を鳴らし、身を翻した。
「開拓者を相手にするには、こちらに準備が足り無すぎです」
 胡散臭そうにこれを見送る竜胆に、シノビは笑い言った。
「見逃してもらう礼です。居場所はヤクザ共に割れてますから、時期数揃えてここまで来ますよ」
 笛の音は当然他所にも鳴り響く。
 硝は、眉根を寄せたまま問うた。
「やらない、のですか?」
 シノビはとてもバツが悪そうであった。
「そんな顔すんなよ! 俺シノビなんだし命令出たらしょーがねーだろ!」
 そういい捨てると彼もまた引き上げていった。
 恋が舌打ちしながら硝の側へと歩み寄ってくる。
「チッ、根性の……」
 ちんと刀を鞘に納める。
「……無い者達だ」
 硝は恋をじっと見る。怪訝そうな顔で問い返す恋。
「何か?」
「……いえ、何でもないです」

 果たしてシノビの言った通り、ヤクザは衆を頼みに庵をぐるっと取り囲み、一斉に襲い掛かって来る。
 慧介は、今度は有効に機能している柵を、乗り越えようとしているヤクザ達に向け弓を構える。
 矢筒からは、何と全ての矢を一度に取り出し、番えようとしていた。
 コツは矢尻を小さくまとめて持つ事。というかこーでもしないと全部を番えるなんて不可能である。
 慧介は、特に集中し手の平から返ってくる弦の軋む声を聞く。
 目指すは必中。この場合の必中とは、射角の及ぶ限りに居る全ての者を、一度に射抜けるかどうかである。
 そしてそれは、弦より手を離した瞬間、為しえたと確信出来る。
 六人のヤクザが柵を乗り越えかけた所で矢に吹っ飛ばされ、柵の外に追い出される。
 慧介の目は、敵ではなく柵に当たってしまった三本の矢へと向けられていた。
「まだまだ修行が足らないなぁ」
 放った瞬間のイメージでは、これが一本で済むはずだったのである。

「アハハハッ! 一匹たりとも庵には入れねェよォッ!」
 恋の言葉にヤクザ達は色めき立つ。
 これには敵を引きつけるといった目的があるが、傍から見る分には単に気分が高揚した故の発言にしか見えなかったり。
 また、闇雲に暴れているようで、多対一にならぬよう常に動きながら剣を振るう。
 その上で恋は敵を庵に近づけぬようせねばならぬのだが、流石に数に差があると難しい。
 左より迫る敵に対し、剣を使えればいいのだが、そうすると庵へ向かって駆ける敵に間に合わない。
 恋は小手で強引に刀を受け止める。みしりと嫌な音がしたが無視し、逆手に持った剣を大地に突き立てる。
 腕で敵の刀を受け止めた姿勢のまま、恋は足へと練力を込め、何と大地に垂直に突き立った剣を蹴り飛ばしたのだ。
 その強烈な蹴りにより切っ先は地面を抉って跳ね上がり、更に更に、刃からは衝撃波が放たれる。
 地を走る斬撃は庵側の敵を屠り、その反動で受けとめていた刀を弾き飛ばす。
 そんな無茶を確認した志郎は、精霊の加護を願う。
 温和な彼に相応しい、暖かな風が恋の腕を包み込むと、小手の内で青みがかってしまっていた腕を優しく癒す。
 志郎を癒し手と見たヤクザは、まずこれの撃破を狙いはじめる。
 次々と斬りかかってくる敵に、しかし志郎はあくまで静かに、一つ一つを丁寧に捌いていく。
 術者らしからぬ身のこなしにヤクザは困惑するが、特に目立つ、志体を持つ者に志郎はシノビ特有の印を結び、術を放った。
 陰殻の者であればシノビの術を見知っていても不思議ではない。
 しかしその威力はシノビのものとはとても思えぬ。
 敵サムライを深く斬り裂き、尚勢い止まらぬまま水の刃は彼方へと飛びいくのだ。
 この威力の大きさにサムライは大いに怯み、また彼を頼みとしていたヤクザも驚き後ずさる。
 ヤクザ達の様子をみた志郎は、彼にしては珍しい強い口調で言い放つ。
「中ではもっと激しい戦いをしているのです。対局の邪魔はさせませんよ。これ以上の怪我を負わないうちにお引取り下さい!」

 竜胆の剣が舞い踊ると、取り囲むように同時攻撃を仕掛けてきたヤクザが数人まとめて吹き飛ぶ。
 数を揃えた分の面倒さはあれど、抑えきれぬではない、そう思えていた敵攻勢であったが、蹄の音を聞いた竜胆は敵もさるものとこれを見直す。
「歩兵のみならず、飛将も揃えてありんすか」
 馬蹄を鳴らし、騎乗したヤクザが柵を飛び越え竜胆へと迫る。
 回避、後退、色々選択肢はあるはずだったが、竜胆は開戦直後、背後の大地に自ら引いた一本の線により、下がるといった選択だけは投げ捨ててあったのだ。
「下がれぬのなら、前へと出やんせ」
 緊迫した情景にまるで似つかわしくない艶のある言葉と共に、剣を両手持ちに、大地から飛び上がる勢いで突きかかる。
 相手は馬だ。
 人間より遥かに重く、更に跳躍直後の最も速度が乗り切った時。
 これを刃の鋭さと踏み込み速度で更に凌駕し、馬の首を突き斬り引き裂き、馬上の者をも貫き倒すのだった。

 槍という長柄の武器を持っているせいか、硝は柵を越えようとする者を実に効率良く追い返す事が出来ていたのだが、志体を持つ者が混ざると柵際のみでは話を終えられなくなる。
 槍は、特に穂先まで距離がある分、一度刺さってしまうと抜くのに苦労する事がある。
 必要なのは、突き出す速度と、脇を締め強く引き寄せる力だ。
 が、敢えて硝は引き寄せる力を加減する。当然、槍は敵に刺さったままになる。
 これを見逃さず踏み込む敵志体持ち。硝は槍を握る手を緩め、槍先が刺さったままの槍に沿って大きく前へと飛び込みつつ、槍の下にもぐりこむ。
 こうして振り下ろされた刀を槍の柄で防ぎつつ、大振りのせいで体勢の崩れた敵に槍の柄を棍のように叩き付けつつ、槍先を抜く。
 よろける敵に、硝はこの槍の最も得意とする突き技を用いてトドメとするのであった。

 何せ数が多い為、どうしても外だけでは対処がしきれない。
 それでも何とか土間のみへの侵入で防げているのは、屋内組が頑張っているおかげだ。
 ヘルゥは土間の奥に自分の身を置く。砂迅騎としての知識と経験のあるアナにとってはそれだけで充分に意図が通じるのだ。
 ヘルゥが今居る場所が、土間全体の中でどういった位置になるのかを考えれば、自然とアナが有利に立ち回れる場所がわかってくる。
 アナはこの優位を活かすべく勝負に出る。
 両手持ちに構えたフランベルジュを素早く振り上げ、そしてありえぬ程の遅さで敵へと振り下ろす。
 敵が受けに回した刀には、予想されていた重い衝撃がまるで来ず、支えるべく込めていた力が無駄に空へと抜けていく。
 瞬間、剣速が跳ね上がり、力の弱まった剣を弾き、これを斬り伏せる。
 一方、対局を行っている部屋では、水月がこの場を動かぬまま最終防衛線として敵の動きを警戒していた。
 そしてやはり居たというべきか、シノビが開けた藁葺屋根より忍び込もうとする者の気配を察する。
 しかしだ、穴が開いているという事は、こちらの声も届きやすいという事で。
「〜〜♪」
 神秘の髪飾りに誘われた歌声は、屋根の穴を通って屋根の上から這い迫る者達へと届いた。
 力なく倒れる音、そのまま転がる音、落ちる音、落ちて目覚めてちょー痛そうな悲鳴。
 不安定な足場での睡眠術は、ちょっと洒落にならない威力なのである。
 更に、また別の気配を感じ取った水月は、うんしょうんしょと部屋の畳を一枚ひっぺがし、床板をえいっと外す。
 その下に、あちゃーってな顔のヤクザが一人。
 めっ、と目線でダメ出ししてやると、ヤクザは引きつった顔で答えた。
「し、失礼しやしたー」
 彼は外見に惑わされる事なく、志体持ちとソロでケンカなぞ出来るかいとさっさと引き上げるのだった。

 屋根からぼろぼろと人が落ちるのを見たヘルゥは、状況を動かす時だとアナを誘い外へ出る。
 敵味方の配置を見たヘルゥは先ほど、覗き見た盤面を思い出す。
「なるほど……飛将を龍へ、であるな!」
 庵内外の戦力バランスを大きく崩す事で一息に決着をつける。
 それが許される場面だと判断したヘルゥは、アナを防衛専任より、龍へ成るかの如く攻撃に用いる。
 それまでとはがらりと攻撃リズムが変わった事もあり、各所で戦況が動き遂にはやくざ達を退ける事に成功したのであった。

 氷室の、ありません、の言葉の後、二人は揃ってぶっ倒れてしまうが、開拓者達は二人を抱えて陰殻外へ脱出させてやった。
 将棋の鬼とその師匠、という触れ込みで天儀を荒らして回る将棋打ちの噂が聞かれるようになったのは、それから少し経っての話である。