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■オープニング本文 柵を作り、雲霞の如く押し寄せる敵を足止めしている間に柵越しに矢を射掛ける。 激戦の最中にある砦内部にて、新兵の勘太郎は古参の兵におどおどと声をかける。 「小隊長、報告が……」 「うるせえぞボケ! こっちは取り込み中なんだよ! クソッ! クソッ! 死んじまえよクソアヤカシがああああ!」 柵前まで来てしまったアヤカシに長い刀を滅多刺し。内の一突きが急所にでも入ったか、アヤカシはのけぞり倒れてしまった。 「はっははー! ざまあみろや! ……で、何だよ。このクソ忙しい時に」 「はぁ、本隊から撤退命令が出まして……」 「それを先に言えボケええええええええ!」 実に理不尽な怒りに晒される勘太郎であったが、その程度をいちいち気にしていたらそれこそ命が幾つあっても足りはしない。 「てめぇら! とにかく! ひたすら! 後ろも見ずに逃げ出せやあああああああ!」 小隊長は怒声と共に、自らが率先して後ろも見ずに逃げ出した。 すぐに部下達がこれに倣ったのは、言うまでも無い事だろう。 勘太郎は、腕力が自慢だった。 足はさほど速くはなかったが、その膂力でいつかは武功を上げ、栄達を果たそうと夢見ていたのだ。 しかし今、息も絶え絶えに走る彼に、そんな夢への想いはない。 ただ死にたくないと、それだけである。 腕を鍛える前に、槍捌きを鍛える前に、何故逃げ足を鍛えなかったのか。 誰一人、遅れる勘太郎に気をかける者はいない。無駄に強がって、助けてと声を出せなかったのが、ひどく悔やまれる。 それでも、息も絶え絶えといった風情で辿り着いた撤退陣地で、勘太郎は信じられないものを見た。 先に逃げていったはずの仲間達が、もうどうにもしようがないと勘太郎にすらわかる状況で、次々とアヤカシに食われていっていたのだ。 ロクに足も動かぬ有様だったのが、あまりの恐ろしさに勘太郎の足は自然と踵を返してくれた。 ほんの数歩走った所で、足首を何者かに掴まれる。 一瞬、比喩でなく心の臓が鼓動を止めた。 「お、おお、援軍、か。たすけ、助けてくれ……足が動かねぇ、んだ……」 聞き覚えのある声。彼は、つい先ほど勘太郎を怒鳴りつけ、誰よりも先に逃げ出したはずの小隊長であった。 彼は、勘太郎が足を止めたのを確認すると、青ざめた顔で笑い言った。 「はっ、ははっ、援軍が間に合ったんだ。これで、俺は助かった……ぜ……」 彼は目の前に居るのが、勘太郎だと気付かぬままに息を引き取った。 何時でも偉そうで、傍若無人で、そして誰よりも強かった彼の最後に、勘太郎は涙が止まらない。 悲しいのではない、苦しいのではない。 これまでこんな無情を知らず生きてきた自分が、哀れで仕方が無く思えたのだ。 勘太郎が本隊野営地に辿り着いた事を報告すると、これを知った全ての者が奇跡だと口にした。 この時始めて、勘太郎は自分が配属されていた陣地の危険さを知った。 しかし、勘太郎は目の前に広がる風景が信じられず、そこに怒ることすら忘れた。 「……おい、何で、こんなにも死んだのに、皆、笑って酒呑んでるんだよ……」 勘太郎の隊はほぼ全滅であったが、もちろんそれだけでなく、大規模撤退であったので、かなりの数の被害が出たはずだ。 しかし生き残った皆は、ただただ生還を喜び、自らの強運に感謝し、己が武勇を誇る。 「これで証明されたろ! 俺は隊の誰より強いんだってな!」 「だから言ったんだよ隊長さんよぉ、俺の言う通りに仕掛けてりゃアンタも生き残れただろうになぁ」 「はっ、有象無象が幾ら死のうと問題ねえ。俺さえ生きてりゃアヤカシなんざ幾らでも潰して見せらあ!」 死者を踏みつけにするような発言は、聞くに堪えない。 こんな馬鹿騒ぎに巻き込まれる前に、とこの場を立ち去ろうとした勘太郎だが、彼の上司の上司、つまり現在の直接の上司が、勘太郎の姿を見かけ世間話程度の気軽さで言った。 「おお、お前明日から谷山の隊と一緒に北北西の陣に行けな」 嫌だ。そう即答出来ぬのは、ここが戦地であるからか。 返事があろうと無かろうと彼は、逃げたらわかっていような、とだけ付け加え、酒盛りに加わっていった。 こんな目に遭ったというのに、また何事も無かったかのように戦を続けろと言うのだ。 たくさんの仲間が死んでも、自分が紙一重でその内の一人になりかけても、それでも明日は、またアヤカシ相手に刀を振るえと言われるのだ。 嫌だ。無理だ。死にたくない。死んでしまう。助けてくれ。誰か何処かに連れていってくれ。頼む逃がしてくれ見逃してくれ。必ず一生恩にきるから。 しばらくその場につっ立ったまま、勘太郎は何度も何度も、心のうちで泣き言を連呼する。 今の状態で軍務になぞついたら、気が狂ってしまう。 よほどひどい顔をしていたのだろう。呆然と立つ勘太郎に、一人の兵士が酒を持ってきてくれた。 これを飲み干しながら、勘太郎は据わった目つきでぶつぶつと呟く。 「ふざけんな、俺は死なねえぞ。絶対死なねえ。誰がくたばろうと、俺は、俺だけは絶対に死んでたまるもんか……」 二杯目の酒を口にすると、今日二度目の涙がこぼれてきた。 今日一日でたくさんの事を学んだ。その最たるモノが、言葉と成って脳裏に浮かぶ。 『……ここは、地獄だ……』 「焼け石に水ではないか?」 報告書に目を通していた小奇麗な服を着た男は言う。 しかし、馬を飛ばしてでもきたのか、そこら中跳ねた泥だらけの男は、感情を押し殺した顔で言った。 「水ならわざわざ頼んだりしません。開拓者ってのは、そう出来る連中なんですよ」 その受け答えが気に入ったのか、小奇麗な男は軽やかに笑いながら書類に判を押してやった。 「貸し一だぞ」 薄汚れた男は深く頭を下げた。 屋敷を出ると、薄汚れた男は胸の奥に溜まったドス黒いものを、大量の呼気と一緒に吐き出す。 「撤退判断が遅れたのは、てめぇがこんな所に引っ込んでるせいじゃねえか。何人死んだと思ってやがる、クソッ」 と、聞こえない所で愚痴ってみると、案外心は晴れるもので。 ともかく許可は得たのだ。後はこの特異な戦力を如何に活かすかだ。 男は早速ギルド係員の下に向かう。開拓者は、どう運用するのが一番効果的かといった事を考えながら。 噂は聞いている。化物の集まりだと。 「なら、地獄の釜の蓋は、連中に開いてもらうとしようか」 勘太郎に声がかかったのは、取り戻すべく砦が彼が居た砦であったからだ。 開拓者の道案内役として任務を果たせと言われ、勘太郎は周辺の敵情報を誰に言われるともなく調べ始める。 敵が少しでも少ないルートを、開拓者の為ではなく自分が生き残る為に、必死になって作り上げる。 以前の彼を知る者から見れば、ヒドク荒んだ顔をしていると評するだろうそんな勘太郎の顔を見て、指示を出した上司は満足気に頷く。 「ふん、ようやくいっぱしの顔になってきやがったな」 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
九条・亮(ib3142)
16歳・女・泰
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
須賀 廣峯(ib9687)
25歳・男・サ
山茶花 久兵衛(ib9946)
82歳・男・陰 |
■リプレイ本文 目標の砦からはまだ距離がある場所で、ジェーン・ドゥ(ib7955)は用意してきた望遠鏡を覗き込む。 「……数は、十では済みませんね。二十弱、といった所ですか」 道案内の勘太郎の表情が露骨に曇る。 正確な数を知る為、嶽御前(ib7951)が護衛に九条・亮(ib3142)を伴い術の効果範囲内まで接近する。 程なく戻って来た彼女は淡々と告げた。 「外観と大きさから、中級アヤカシと思しきモノが二体。また、探索した限りですが敵の数は十七体と思われます」 これを聞いた須賀 廣峯(ib9687)は嬉々として拳を打ち鳴らす。 「……くく……こいつぁ楽しくなってきたぜ……!! 暴れ甲斐があるってもんだ!!」 怒り顔の勘太郎を慰めるつもりか、九竜・鋼介(ia2192)も頬をかきながら呟く。 「まぁ、こういう戦場では下の奴らほど理不尽なもんさ……俺たちみたいに雇われの身はなおさらだねぇ……」 反応に若干の差はあれど、ほとんどの者がこの予定外戦力にも動じた風はない。 いやまあ亮あたりは、 「このギャラだと中級1体か低級多数位の筈なのに、両方ミックスで上乗せドン! だなんて詐欺だ! 追加報酬を要求する!」 と息巻いているが、やはり負けるつもりも引くつもりもない皆に、勘太郎は怪訝そうな顔だ。 「おい、あんた等。中級アヤカシまで居て数はこっちの倍だぞ。それでも勝てるのか?」 元より、とジェーンが口を開く。 「我々の依頼は「拠点を奪還すること」撤退など論外。ですが……」 ちらと勘太郎に目をやり、戦闘中は身を隠すよう勧める。 「奇襲であれば獲物よりも静かに潜むもの。そうでないのなら、死体よりも息を殺すことです」 山茶花 久兵衛(ib9946)が、勘太郎の肩を力強く叩いてやる。 「兄ちゃん、生き延びろよ」 北條 黯羽(ia0072)と椿鬼 蜜鈴(ib6311)の女術者コンビは、少し離れた場所でこれを見ていた。 「アレ、死なせる訳にはいかねえよな」 「然り。態々危険を犯させたのじゃ。我等が護らぬでどうする」 黯羽の人魂が空より敵陣形を把握する。 中級アヤカシ二体は一所に固まっており、これらから最も距離の離れた場所より強襲する。 「んじゃ、行くとしようかね」 黯羽がぱちりと指を鳴らすと、前面にはらりと落とした呪符が弾け、大地を削る刃と化し蛇行しながら走り行く。 身を隠しながらこれを見ていた勘太郎の目が大きく見開かれる。陰陽の術をはじめて見たのだろう。 下級アヤカシの一体は背中を派手に斬り裂かれるが、そのアヤカシが倒れる前に、次が来る。 久兵衛は両手に持った二種の符で、中空にケモノを描き出す。 狼程の大きさのケモノは符の放つ燐光により形を得、久兵衛の口より漏れ出す呪言にて魂を付与される。 ケモノは一声唸り、明らかに不自然な程大きく口を開き、自らの胴体よりぶっとい炎の柱を吐き出した。 まとまった位置に居た数体が炎に巻き込まれ、生きたまま焼かれていく。 ちなみにこれを見た勘太郎君は、顎が外れそうな程大口を開いている。 そんな勘太郎の目は、蜜鈴が頭上に生み出した火球へと向けられている。 手の平に収まる程度の大きさでしかないソレが、術の知識が無い勘太郎にすらわかる程、ヤバゲな雰囲気を漂わせているのだ。 そのまま蜜鈴は指輪をした腕を頭上に振り上げる。これに合わせ、火球は天空高くへとまっすぐ飛び上がっていった。 空の彼方へ消えた輝き。勘太郎が再び空に光を見たと思った瞬間、砦中に響く程の爆音が轟いた。 爆風、爆炎が周囲一体を包み込み、遠く離れた勘太郎の所にまで爆発の熱風が届く程。 思わず顔を腕で庇う勘太郎がその腕を上げた時、未だ収まらぬ爆煙の最中に、五つの影が躍りかかっていた。 廣峯は刀も抜かぬまま、既に着火済みの焙烙玉を手にしていた。 踏み込んでくるアヤカシに対し、槍の柄を残る手で力任せにひっ掴む。 「オラァ!」 槍を引き寄せながらアヤカシの顎に頭突きをくれてやると、顎が外れたアヤカシはだらりと口を大きく開く。 これに焙烙玉を詰め込み、もがもが言ってるアヤカシを他アヤカシの方へと蹴り飛ばす。 爆発音と共にアヤカシの頭部が吹っ飛ぶのを尻目に、ようやくそこで刀を抜き、爆発でボロってるアヤカシ達へと斬りかかる。 亮とジェーンは二人並んで敵前線へと踏み込む。 間合いも一所であり、二人が対する敵アヤカシは、それぞれ同時に槍を突き出す。 亮はこれを右前から左前へと切り替える事で槍先を外し、かつ大きな一歩で懐にまで踏み込む。 ジェーンは伸び来た槍先を刀を真横より叩き付ける事で脇へと逸らしつつ、自身も大きく回転する。 踏み込んだ亮は重心を低く落としながらの肘打ち、というより肘を当てる体当たりをアヤカシの脇腹へと突き刺す。 半回転しながらジェーンは槍の間合いにも負けぬ長い足を伸ばし、後ろ回し蹴りにてアヤカシの頭部を蹴り飛ばす。 亮はぐらりと揺れるアヤカシの顎を、真下より垂直に振り上げた足にて蹴り上げトドメとする。 ジェーンは更に半回転しつつ、蹴りで視界がブレ、身動きが鈍ったアヤカシの首を斬り飛ばす。 ジェーンと亮はその後一瞬だけ視線を交わし、お互いの反対側へと飛び次なる敵を目指す。 嶽御前は前に出ながらも出すぎぬ位置にて、錯綜する敵味方の動きを見極めんと目を凝らす。 複数の敵が同時に襲ってくるのなら必ず居る、そう、後衛へと目を向ける敵を見落とさぬ為だ。 その前に立ちはだかると、突き出される槍に向けこちらも力任せに盾を押し出す。 槍の鋭さで盾を貫けぬのなら、この時槍は盾の表面を滑り、横に逸れてしまうのだ。 後は込めた力で自らバランスを崩したアヤカシに、残る腕が握る剣を叩きつけてやるのみだ。 家事炊事等々含め、万事にそつのない巫女嶽御前は、無論、荒事の中では最も使用頻度の高い技術、近接戦闘もこなしてしまうのであった。 鋼介は駆け寄りざま、自身の前方に居るアヤカシの頭上を越すように、その背後目掛けぽんと焙烙玉を放り込む。 すぐに刀を抜き、鋼介の動きに惑わされているアヤカシの胴に刀を突き立てる。 鋼介はそのままアヤカシの側に寄り、両足の位置を揃えつつ、体を屈ませる。 直後の爆発音。 鋼介の前に居たアヤカシは背後よりの爆発をモロに受け、そのまま倒れ、周囲に居た他アヤカシもまたこの影響を受ける。 しかるに鋼介は損害なし。眼前のアヤカシを盾に爆発を防いだのだ。 中級アヤカシ黒武者がようやく戦場に姿を現す。 まずは下級を、そんな話であったが放置する訳にもいかず、亮はこれを抑えに向かう。 速度の緩急で懐へと一息に踏み込んだのは、黒武者の剣速が洒落にならない速さであったせいだ。 超がつく接近戦で刀を無効化し、下から突き上げるような肘打ちを叩き込む。 だが、直後首の後ろに黒武者の手が回る。 腹部に凄まじい膝が叩き込まれると、亮の呼吸が停止する。 更に黒武者は背中越しに亮の腰を抱え、片腕のみで力任せに放り投げる。 落下場所は複数の下級アヤカシの中心。 落着と同時に殺到する下級アヤカシ。 その全てが、大地に拳を叩き込んだ亮の一撃で轟音と共に吹き飛ぶ。 鋼介は近接処理に黒武者が手間をかけている間に、こちらもまた接近する。 振り向く黒武者。その視界が黒で覆われる。鋼介が用いていた盾を、振り向く瞬間に合わせ投げ放っていたのだ。 これは牽制であると同時に、鋼介が黒武者を試すために行った一手。 黒武者は刀を振り回し盾を払い落としつつ周囲を薙ぎ払いにかかる。 つまり、黒武者は不明な状況に陥った時、攻めに出るという訳だ。 鋼介の位置を見つけた黒武者の袈裟が降り注ぐ。小刀を逆腕で抜きつつ頭上に翳し、体を僅かに横に倒す。 ほんの半寸ズレただけで一刀両断であろうこの受けにて、袈裟を外しつつ踏み込み、抜き胴一閃。 痛撃をもらったはずの黒武者は、即座に振り抜いた刀を切り返して来る。 辛うじて小刀が間に合い剣撃は止められたが、そのまま押し合いになる。体勢はどうにもしようがない程鋼介に分が悪い。 だが、黒武者の動きが僅かに鈍る。 咄嗟に鋼介は押される刀に逆らわず、押し出されるように距離を取った。 黒武者はその場で震えたかと思うと、両耳より黒い、液体なんだか気体なんだかなものがこぼれだしてくる。 久兵衛は呪符を構えた姿勢のまま眉根を寄せる。 「いやはや、流石に中級アヤカシはやるのぅ。いや……」 逆腕に持った符を側面に向けかざすと、呪符がくしゃりと縮み、かざした手の平の中へと吸い込まれていく。 入れ替わりに、犬の鼻と口の部位のみが、手の平よりずいと姿を現す。 「下級も、か。こやつ等、連携に慣れておるわ」 迫り来る下級アヤカシに向け、犬の口と同化した手の平より、紅蓮の炎が吐き出される。 これをすら抜けてくるアヤカシが居るのだから、確かに久兵衛の言う通りであろう。 蜜鈴は久兵衛の前に立ち、突き出された槍を大きく跳躍し飛び越すと、アゾットの刃をその胸板へと突き立てる。 「術師が前に出れぬと誰が決めた? おんしの思い込みであろ?」 その突き刺した短剣より、強烈無比な雷撃が放たれる。 雷と炎により、真っ黒に炭化したアヤカシ達が崩れ落ちる。 蜜鈴は手の中でくるりとアゾットを回した後、大地に投げ落とし刺す。 そのまま片足でこれを抑えつつ、真っ白に透き通った手の平を二つ、前方へと翳し出す。 久兵衛は、これはいかんと少し距離を開ける。 蜜鈴の周辺には目に見える放電すら発生するようになり、その表皮を青い可視の波が踊りはねる。 明らかに過剰にすぎる集電は、大地に突き刺した短剣により身体異常が発生しない程度に足先で調整放電され、狙いが定まるなり放たれる。 黒武者の全身が雷撃に震える。 鋼介はこれに合わせ踏み込む。黒武者は震えながらも刀を振るうが、ここで強引に前へ出るだろう事は読めていた。 紅蓮の刃で逆袈裟に斬り上げ崩すと、更に亮が合わせる。 まだ威力を失わぬ黒武者の腕をいなし、そのいなした姿勢がそのまま肘打ちの形となる。 「さっきのお返しだこんちくしょー!」 強烈な肘。いや、更に踏み込み連撃を。 仰向けに、黒武者は大きく倒れる 黒武者頭部に、半透明なヒトガタっぽい何かが漂う。 まだよと起き上がろうとする黒武者に、久兵衛は言ってやった。 「往生際というものは、例えアヤカシであろうと大事にすべきであろうよ」 だからとっととくたばれい、と呪いの声を流し込み、トドメを刺すのであった。 赤武者は皆の戦いを見ていたのか、前衛の要となっていたジェーンの前に立ちはだかる。 もう一人の近接、廣峯は下級アヤカシに囲まれ援護にはまだ来れなそうだ。 ジェーンは彼の、野卑で、野蛮で、粗野で、只々溢れんばかりの闘志頼りの危なっかしいとしか形容しようのない戦い方を、全て遍く是と思う。 彼の戦い、その全ては、挑み勝利する為のもの。指先一本に至るまで、眼前の敵に今の自分がどう勝つかしか考えていない。 勝利し生き残って初めて、それ以外の全てを為しうるのだから、彼のあり方はまったく正しい。 必要なのは、何処何処までも戦い続ける意思だ。 これを信じられる相手なら、任せようという気になれる。 赤武者の信じられぬ連撃の速度に、刀を打ち合わせる事すらせず、ジェーンもまた暴風の如き剣撃を繰り返し迎え撃ちながら、今はこの相手に集中しきると腹をくくる。 一方廣峯はといえば、そんなジェーンの評価なぞ知る由もなく、周囲を取り囲むアヤカシを相手に刀を振るい続ける。 八方より放たれる槍を、全てかわすなぞ不可能だ。 足と言わず腕と言わず、致命打ではないにせよ深い擦過傷は至る所にある。 それらが、優気に満ちた水の幕に覆われる。 嶽御前は眼前の敵を掌打にて押し出しながら、特に高位の精霊へと祈りの舞を捧げる。 突き出された槍をその場で回りながらかわし、袖をたなびかせる腕の振りにて、槍先を大きく外させる。 二歩、ととんと前に進み、掲げた手の平で槍アヤカシの目線を封じる。 舞の完了により治癒術が済むと、今度は更に後方に居る黯羽に声をかける。 「ジェーンさんの下に二体向かってます。これ以上の負担は厳しいでしょうから、お願いします」 「おう、任せな」 人魂により俯瞰視点を持っていた黯羽であるが、赤武者は現れるなり空に居たこれを飛礫で叩き落したのだ。 なので敵の配置は嶽御前の瘴索結界頼りとなっている。 索敵手段は複数持つべき、という言葉はこういう時の為であろう。 治癒と戦況把握、それに少数とはいえ護衛として敵を受け持つ事も嶽御前はこなしていたのだった。 ジェーンは硬直しかけてきた戦況を打破すべく、廣峯に声をかける。 廣峯はこれに待ってましたと嬉々として応じる。 こういう所は戦場には不要か、とかジェーンは思うが無論口には出さない。 槍アヤカシを振り切って走って来た廣峯と入れ違いにこれらに対するジェーン。槍が襖のごとく並べられ突き出される。 黯羽の斬撃符がこれを襲う。弾かれた槍先。崩れた陣形にトドメを刺すべく銃撃を一発。 そのまま近接すると槍の長さが災いし、アヤカシは身動きが取れなくなる。 これを、それこそ撫で斬りに斬り倒す。超接近状態での剣捌きはジェーンの得意とする所である。 赤武者は焦りこちらへ足を進めようとしている。 「おいおい余所見してんじゃねえよ……てめぇは俺の相手だろうが!」 その顔面に、廣峯渾身の突きが刺さる。 それでも、赤武者は委細構わず前進する。 「離れな! それと勘太郎は目を瞑れ!」 黯羽の声が響く。廣峯は逆らわず大きく後退する。 それは、背後より座視出来ぬ気配を感じたから。 振り返り確認した廣峯は、そのあまりの醜悪さに眉根を寄せた。 肉、肉である。ケモノのものかそれ以外なのかまるでわからぬ肉塊。 口と思しき空洞より漏れ聞こえるは、死の吐息とも苦悶の声とも怨嗟の叫びとも判別つかず。 這いずる度、びちゃりと液の滴る音がする。肉が波打ち皮同士が触れ擦れあう音がする。 その後ろに、黯羽の美々しき容貌が佇んでいるだけに、より一層の醜さを感じざるを得ない。 「諸余怨敵」 この世界にとって取り返しのつかない事をしてしまった。 「皆悉摧滅」 そう思えてならない。こんなモノを、何故呼んだのかと。 「痕跡すら残さず、喰われちまいな」 これに貪られていく赤武者が、アヤカシでありながら哀れと思えてしまうような、そんなバケモノであった。 全てが終わると勘太郎は、妙に晴れやかな表情で皆に礼を言う。 「俺は、絶対にアンタ達みたいにはなれない。だからこそ、俺は俺が生き残るやり方を、どうやら見つけられそうだ」 勘太郎が何を見つけたのかはわからなかったが、少なくとも、迷いだけは無くなったようであった。 |