ライトニング・ジャック
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/29 00:33



■オープニング本文

 街の上水道の整備度合いは、治安の良し悪しとほぼイコールで結ばれる。
 高い金銭を必要とするのはもちろん、充分な税収が見込める街であっても、治安の悪化著しい場所ではそういった工事に金が費やされる事は少ないのだ。
 つまる所、上水道普及率が都市の半分を超えるラシュトークの街は、かなり治安も良く、税収の多い豊かな街であるといえよう。
 水は全ての生活の基礎となるものだ。
 それは水が豊かな国であろうとも、変わりはしない。
 治水灌漑を含む水の管理は、国を預かる者にとって最も重要な事の一つといえるのだ。

 その日、ラシュトークの街で水質管理を任されているアレーン(三十歳独身)は、地下水をくみ上げる宝珠装置の点検をしていた。
 この道十年のベテランであるアレーンは、そこに、ほんの僅かな違和感を覚える。
 先週の点検は同僚のブッフバルトであるが、彼がやったにしては、装置のハンドル部がキツくしまりすぎている。
 一週間毎に微調整が必要な水位確認針も定位置に止まっており、まるで誰かがブッフバルトの後にこれをいじったようではないか。
 こんな僅かな差異から違和感を感じ取る感覚の鋭さは流石に若いだけはあるが、だが、そこで何故と考えが及ばないのが、若いが故の経験不足であろう。
 結果、この違和感をアレーンが上司に話したのは、彼が点検を行った三日後、同僚達と共に酒を飲んでいる席上での事であった。

 ビィ男爵は、物事はそれが人間の社会で起こる事であるのなら、どれだけ隠そうとした所で何処かに報せを残さずにはおれぬものと考えていた。
 これは彼のみならず彼の部下にも幾度となく訓示として伝えてあり、本当に僅かなサインをビィ男爵の部下が拾い得たのは、このおかげであった。
「他ならば見逃していた所ですが、事が上水道での事ですから……」
 そう言って報告をしてきた部下に、ビィ男爵はラシュトークの街に二十人の増援を派遣し、この街の警戒レベルを二つ上げるよう指示する。
「決して気取られるな。こちらもまた静かに潜んでこそ、闇にまぎれる者の気配は察せよう」
 居るかどうかもわからぬ胡乱な動きをする者を探す為、二十人はラシュトークの街に、ある者は行商人として、ある者は吟遊詩人として、ある者は実家への帰省と称し赴く。
 人、物、金、これらの動きを全て監視出来れば、そこに住む全ての者の動きを把握出来よう。
 その上で、これらの流れに全く乗っていない存在があるというのなら、正にそれこそが、探していた胡乱な者、という事になる。
 ビィ男爵は、この時点ではあくまで用心の為、その程度での処置であった。
 つまり少なくともビィ男爵にとってジルベリアとは、こういう用心が必要な国であるという認識のようだ。

「……何という事だ……」
 強張った表情のまま報告して来た部下の前で、本来表情を出すべきでないビィ男爵の顔が凍りついていた。
「間違いありません。ライトニング・ジャックを確認しました。潜伏先も確保していますし、逃走経路と思しきルートも押さえてあります。一応、派遣人員による攻撃準備だけは整えてありますが……」
「馬鹿な、奴が相手では足止めにもならん」
「はい。街の衛兵全て動かしても、恐らくは……敵がライトニング・ジャックである事を考えるに、最早手遅れ、かと……」
「ふざけるな! ラシュトークの街には千人からの住民が居るんだぞ! 手遅れでしたで済む話か!」
 怒鳴りつけながら席を立ち、荒々しい歩調で部屋を出る。
 彼の後を追う部下に、ビィ男爵は開拓者を用いると伝える。
「かい、たくしゃですか……しかし、如何な開拓者といえどあのライトニング・ジャックが相手では……そも、間に合うかどうかすら……」
「すぐ届く位置に居る奴等を向かわせる。オービット! オービットはいるか! すぐに駿龍を十騎用意しろ!」
 その日予定してあった仕事全てをキャンセルし、この件にかかりっきりで処理をしたビィ男爵は、その日の内に開拓者の選別までを終え、夕刻出立の予定までこぎつけてしまうのだった。

 ジャックは、自分がやっている事の危険さを良く理解している。
 なればこそ準備には手間も時間もかけるし、下調べも怠らない。
 そして、動き出したら決着までは一息に終わらせる。その部分だけを抜き出して、ライトニング、電光のようだと言われても、正直文句の一つも言いたくなる。
 ジャックにとって最も重要なのはその前の下準備であるのだから。
 今回ももちろん、いや何時もより入念に下調べを行い、隠密性に重きを置いた動きをしていたのだが、信じられない事にそんなジャックの動きがどうやら敵に察っせられた模様。
 そして常のジャックならば、ここで迷う事なく撤退を選ぶのだが、今回の任務だけは、どうしても成し遂げなければならないのだ。
 ジャックの副官、リッカーは言う。
「今から兵を集めた所で、間に合いません。ラシュトークの守備兵だけなら我等だけでどうとでも始末出来ますし、心配する事はないのでは?」
「対応者が無能であるようを祈り作戦を行えと? この状況下でもジョシュアが近場に居たのなら、任務を遂行しきれんかもしれんぞ」
 リッカーは驚いた顔を見せる。
「ジルベリアの掃除屋ジョシュアは死にました。ご存知なかったんで?」
「何!?」
 リッカーが、ジョシュアはビィ男爵との権力争いに破れた事をジャックに伝えると、ジャックは更に表情を険しくする。
「……尚悪い。俺達はそのビィ男爵とやらがどのような戦い方をするかすら知らんのだぞ」
 リッカーは硬い表情を崩さぬまま。
「だとしても、今更作戦の中止なぞ出来ません。ジルベリアを滅ぼす、これこそが狼煙の一撃となるのですから」
 ジャックは無言のまま。しかしリッカーの言の正しさもわかるので、これ以上この話題を口にはしなかった。


 ライトニング・ジャックがこれまでしでかしてきた事件は、大きいもので三つある。
 エルンハルト徴税人襲撃事件、バルムン領主暗殺事件、そして最後の一つがローダ村毒殺事件である。
 そう、彼はジルベリアに反旗を翻す、自他共に認める反逆者なのであった。
 兵民の区別なく彼がこれまで殺して来た人間は百を超える。
 殊に、ローダ村毒殺事件においては、六十人の村人を全て同時に毒殺するという離れ業をやってのけた。
 なればこそ彼が潜伏する街で上水道に妙な気配があると聞いた時、ビィ男爵は激しく動揺したのである。
 ビィ男爵は開拓者達に命ずる。
 上水道の水源を守れと。
 ここさえ守りきれば、仮にジャック達が水源を無視し街で剣を振るったとしても、多くて二、三十人が犠牲になる程度で皆が逃げ散るであろうし、その程度の戦果で満足するような連中でもないであろうと。


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎
山茶花 久兵衛(ib9946
82歳・男・陰


■リプレイ本文

 ジェーン・ドゥ(ib7955)は、階段を駆け下りざま斬りかかって来た男の一撃を刀にて受け止め弾く。
 その瞬間、大気が歪んだ。
 ぬめりと張り付くような不快感が全身を覆い、空間そのものが形を為しジェーンを捉えんと迫って来ているよう。
 ただの一合で理解した。これは、コイツは、人間の域を超えている。
 こんなバケモノが、誰かに従っているというのが信じられない。単純に戦闘力だけならば、ヘルマンをすら凌ぐやもしれぬ。
 そんな相手だとわかっていながら、ジェーンは静かに問う。
「ジョシュア、ヘルマン、アイザック隊……貴方の武はジルベリア暗部を担った者を越える事はできますか?」
 僅かに、トリッターは目を見開いた。
「……貴様」
 剣先をくるりと回し、半身片手持ちにて下段構えを取るジェーン。
「試してみては?」
 返答は苛烈な斬撃にて。
 ジェーンは剣の間合いそのものから大きく離れる。如何な達人とて剣が届かぬでは意味がないだろう。
 この間に山茶花 久兵衛(ib9946)が這い寄る毒と、呪いの言葉にて仕掛ける。
 志体持ちを倒す程の毒ではないが、動きを鈍らせるには充分。
 そして呪声だ。
 こちらはもう神速を得たシノビであろうとかわしようのない一撃。声を避けるなぞありえぬのだから。
 ジェーンではそもトリッター鉄壁の防御を抜くのに並々ならぬ労力と工夫がいるが、この術にその制限はない。
 瘴気の汚泥が体を蝕むのを、トリッターはただ堪えるより他に手はない。
 しかしトリッターに焦りの色は見られない。
 まずはジェーンを斬り、しかる後久兵衛を斬ればいいだけの話だ。
 ジェーンは、勢いよく飛び込んでくるトリッターに対し、刀を口にくわえ、後ろも見ずに後方に大きく跳躍する。
 階段を下る方向に飛べばどうなるかは自明であるが、そんな世界の理を、ジェーンは事も無げに凌駕する。
 いや、単純な話、そこに壁が生えていたという話だ。
 階段のそこかしこには、川那辺 由愛(ia0068)が一息の突破を図れぬよう、陰陽術の壁を作っておいたのだ。
 壁の上端を蹴りつつ、短銃を抜き放つ。
 と、トリッターもまた大きくその場から跳躍した。
 短銃の狙いを定めるより、トリッターの剣が先。
 咄嗟に、ジェーンは袖の内より仕掛け矢を放つ。
 トリッターの跳躍、ジェーンの仕込み矢、いずれも双方にとって不意打ちであり、これによって二人共が攻撃を外し空中で絡み合う形になる。
 ジェーンの両腕がトリッターの刀を掴み取る。馬鹿が、とトリッターは刀を引き斬り指を落とそうと狙う。
 問題ない。ジェーンは刀を押し込みずらし、顔を真横に振る事でくわえた刀でトリッターの首を狙ったのだ。
 さしものトリッターも肝が冷えたようで、後先考えぬ動きで大きくのけぞりかわす。
 二人の体は空中でぶつかり合い、お互い離れた位置に落着する。
 久兵衛は、見事、と呟き両手を組み合わせ印を結ぶ。
「状況を利用するのが上手すぎるな嬢ちゃん」
 発光する符が、呆とした半透明なヒトガタへと変化する。
 男とも女ともつかぬヒトガタは、小刻みに震えながらゆっくりと口を開く。
 あ、なのか、お、なのか、う、なのか聞き取り困難な声は、ハタで聞いているだけで気分が悪くなってくる。
 目で見える程の震動の波が、直線にトリッターを捉える。同時に、トリッターの真下からも薄気味悪い半透明な何かがせり上がってくる。
 ジェーンが利用した状況は、壁だけではなかったのである。

 嶽御前(ib7951)は治癒を担当する巫女として後衛におり、効率的な回復を行う為戦場全体を見渡す位置に居る事が多いが、今回は少々違った形だ。
 前衛の一人として敵を引き受ける。これは、思っていた以上に骨の折れる作業であった。
 ヒドイ怪我を誰かが負ったかどうかを確認している時間が無い。
 意識が散漫になりかけたその時、久兵衛が大声で言ってくれた。
「怪我人が出たら俺が報せてやる! だからおぬしはそやつに集中せい!」
 どうやらあの胡散臭い顔の彼は、かなりの精度で戦場を見てくれているらしい。
 ならば後はこの男、フラジヴォールだ。
 大きく振りかぶり階段を飛び降りながら殴りつけてくる。
 嶽御前は踊り場を確保し、その位置で盾をかざし踏ん張る。
 盾を持った腕が、振り抜かれた拳に引きずられ横に大きく流れる。
 そのままくるりと一回転しながら体軸が崩れる。
 嶽御前はめまぐるしく回る視界についていけず、石畳に叩き付けられるまで、自分の位置すら把握出来ていなかった。
 フラジヴォールは当然そこで止まらない。
 うずくまりながらも盾を向ける嶽御前に、委細構わず拳を振り下ろす。
 今度は飛ばされる事は無かったものの、インパクトの瞬間は見るからに彼女の体が歪んでいる。
 三度目の拳。何か砕け散った欠片を撒き散らし、よろりと嶽御前はぐらつく。
 フラジヴォールはほぼ決着か、と確信する手ごたえであったのだが、嶽御前が突然突き出してきた木刀に不意をつかれ胸板を強打される。
 見るとさしたる怪我も負っていない様子。
 驚くフラジヴォールはその後も、何度も何度も強打を打ち込むが、嶽御前はその度何事も無かった顔で立ち上がる。
 そう、嶽御前は攻撃を防御術で防ぎつつ、治癒を自らに施していたのだ。
 怒りと困惑で冷静な判断が出来ず、彼がこちらを巫女だと気付かぬ間は何とかもちそうだ、と嶽御前は心の中で呟いた。

 アルバルク(ib6635)は自分が戦う位置を細かく都度調整していた。
 実際アルバルクは、目の前の敵と戦いながらにして全体の戦況を極自然に把握していたのだ。
 把握、という所まで正確に認識してるわけではないが、感覚として理解しており、何処が出ていて、何処が引いているかといった感じだ。
 これを調整するに、味方に声をかけるのももちろん有効だが、こちらの戦闘位置を仲間の視界内に入れてやれば、戦闘場所をある程度操る事が出来る。
 人数こそ少ないが、これもまた陣を組むという事なのだ。
 それと知られぬままに戦場全体を優位に動かす、砂迅騎の真骨頂だ。
 対するは如何にもなジルベリア騎士リッカー。
 昔何度も見た事がある、盾鎧を駆使し蹂躙する騎士の剣。
 もちろん、対処法も心得ている。
 階段での足場の悪さを何とかする為、階段を上り下りではなく、横に移動するよう心がける。
 これで、出入りを激しくしてやる。お互い間合いに入っての打ち合い押し合いを得意とする騎士様に、合わせてやらねばならぬ道理なぞない。
 由愛が作り上げた壁は、ここでもリッカーの動きを制限するのに役立ってくれていた。
 有効斬撃数で明確な差異が出るようになると、リッカーは防戦を心がけ始める。
 そこでアルバルクは、一撃必殺鳩尾への突きを見舞う。
 待っていましたとばかりにリッカーは横にズレこれを外しざま、首を横なぎに狙う。
 と、アルバルクの突き出した剣先が、重苦しい風切音と共に跳ね上がる。
「ばっ!?」
 かな、と続ける事も出来ず、リッカーは喉を斬り裂かれ絶命した。
「ふん、あんな不用意な突き、罠に決まってんだろ。これぐらい見抜け」

 敵シノビ、バルカンはあろう事か立てられた壁を逆用し、これを足場に皆の頭上を抜け後方へと飛ぼうとしていた。
 僅かに遅れて珠々(ia5322)が、別の壁を足場に中空へと飛び上がる。
 空中にてバルカンの白刃が煌く。
 バルカンは我が目を疑った。
 斜め下方より迫って来ていた珠々の姿が霞のようにかき消え、すり抜けるようにバルカン頭上に現れたのだから。
 両者はそのまま着地。出来ず。
 その場に膝をついたのはバルカンであった。
「き、キサマ……」
 交錯の際、一体何をどうやったものか、バルカンの腕に金属の針を突き刺していたのだ。
 バルカンは懐より手裏剣を取り出す。
 逆手で印を結び、必殺の気を込め、これを放つ。
 瞬間、バルカンの目が大きく見開かれる。
 手裏剣ではなく、投げ放つべく伸ばした腕をかいくぐり、珠々が懐深くにまで踏み込んでいたせいだ。
 煌びやかな目に悪い手裏剣が後方へと飛んでいくが、当然効果は無い。
 刀を振るえぬ至近距離、そこで珠々はバルカンの腕を取りつつ片足を払う。
 残る軸足は、ちょうど砂利をまいており、大層滑りやすくなっているのだ。
 盛大にすっ転び階段を転落するバルカン。転がり落ちた先は撒菱をまいた場所である。
「強化してありますから、アタリ踏んだら痛いですよ」
 そこら中から血を噴出しながら、それでも必死の形相で立ち上がるバルカン。
 珠々は、ほんの微かに、かちりという金属音を聞いた。
 真横に飛ぶのと、バルカンが暗器を放つのが同時。
 完全な不意打ちをかわされ動揺するバルカンに、珠々は真顔のままで言ってやった。
「ご心配なく。行き先は皆さんご一緒ですから」

 戦闘開始と同時に、もうアホかっつー勢いでぶっぱなす馬鹿が居る。
 野乃原・那美(ia5377)は由愛が大急ぎでそこら中に壁を作るのを横目に、二本の刀をすらりと抜く。
「僕達の相手はあの鉄砲屋さんだね♪ 斬り心地いいといいな〜♪ それじゃあ由愛さんよろしく♪」
 まるで戦闘に挑む姿勢とは思えぬ気安さだが、その移動は間違いなく一流のそれだ。
 由愛が張った壁の間を縫いながら、砲術士マイトの視界を操る。
 ある場所で僅かに姿を見せ、速度を急に上げつつ壁の反対側から三角飛びにて気付かれぬよう別の壁まで飛ぶ。
 その動きは階段上を這うモノではなく、空をすら舞う鳥の如き立体的なもの。
 それでも自分へと向けられた強烈無比な殺気に気付けぬ程、マイトも抜けては居ない。
 完全に見失っているはずの那美に向け、勘だけで銃弾をぶち込んで来る。
 その正確さに、那美も足を止めざるをえない。
 由愛は階段下方へは射線が通らぬように完璧な形で壁を整え終える。
 その間、命中弾は無し。運が良いのか敵がヘボなのか。
「滅多矢鱈に撃ちまくれば良いってもんじゃないのよ!」
 それでもあのナチュラルボーンキラー那美が足止めされるというのは余程の事だ。
 手にした符を床目掛けて投げつける。
 すると符は滑るように地を這い進み、那美の足元で八つに裂け、幻の那美へと変化する。
「殺りなさい、那美!!」
「お任せ〜♪」
 幻術に紛れ踏み込む。そんな中でもマイトは正しい那美に銃を向けるが、幻の那美が視界を遮り命中弾を逸らす。
 那美が左の刀を突き出すのと、マイトが筒先を那美に向け引き金を引くのがほぼ同時。
 マイトは苦痛から、那美は弾丸の衝撃に、二人は大きく弾かれぐるりと半回転。
 そこから先は自らの力を乗せ残る半分を回り、再度攻撃を仕掛ける。
 マイトは練力で弾を込めつつ長銃を伸ばす。この状態でも、銃尻に目を当て狙いを定める姿勢を崩さないのは見事であろう。
 那美はというと、弾かれた分、刀の射程には僅かに届かないので、前へと踏み込みながら今度は右の刀を突き出す。
 銃が速い。攻撃偏重のマイトは、その分コレに特化しているのだ。
 那美が再び大きく弾かれる。
 が、驚いているのはマイトの方。
 必殺の銃撃であったはずなのだが、那美は刀が届かぬと見るや、何と銃の筒先に刀の先を突っ込んでやったのだ。
 銃弾により弾き飛ばされたものの、受けたのは刀であって那美ではない。
 マイトはすぐさま懐より短銃を抜き放つ。
 そこで、由愛は人差し指と中指を真上に上げてみせる。
 これに従い、先と同じように階段を這い登っていっていた符が、マイトの直下より変化しながら跳ね上がる。
 それは粘液状の瘴気で出来た泥である。
 あまりの不気味さに、思わず小さい悲鳴を上げるマイト。
 強烈な酸でもあるのか、触れた部位が煙を上げて腐食していく。
 更に、もう一枚符を。
 マイトの視界に、信じられぬものが映る。
 由愛が白壁の上に立ち、マイトの目から見ても非の打ち所がない正しい形で、マスケット銃を構え今正に引き金を引かんとしていたのだ。
 慌ててそちらに銃を向けるも、無論これは由愛の幻術で。
「ここまでくれば僕も射程内♪ あははは、あなたの斬り心地教えてよ♪」
 そんな声が、マイトの背後より聞こえてくるのだった。

 両手持ちの大鎌を、刃の尖った先を前にしつつ後ろに引く。これがこの特異な武器の標準的な構えの一つだ。
 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)が一歩進むと、りんと音が鳴る。
「レント家のヴァルトルーデだ。貴公は、ジャックで良かったか」
 ジャックは居住まいを正し応える。
「ジャック・ド・オルレアンだ。一つ、言っていいか」
「遺言か。聞こう」
「ふん、言ってくれるな……そも、この状況になった時点で俺達は負けている。だが、生きる死ぬはまた別の話だ」
 大鎌の峰を盾代わりに出来たのは、僥倖であったろう。幸運でしか無い後に続かぬ話ではあるのだが。
 ジャックが音もなく飛び込み抜きざまに放った一撃が、ヴァルトルーデにはまるで見えなかったのだ。
 その証拠に続く連続攻撃を、ヴァルトルーデはただ大鎌を前方へと翳し壁とする事で防ぐしか出来なかった。
 それでも防ぎきれず。
 一体何処からどう滑り込んだものか、ヴァルトルーデの全身各所に切り傷が刻まれていく。
 攻撃パターンを読むも何も、一撃と一撃の繋ぎがありえぬ程に速すぎて、体が反射で動いてくれるに任せるしか出来ないのだ。
 これ以上体がもたない、そんな所まで行くと治癒術が飛んで来てくれた。
 同時に、陰陽の虫がジャックの足元より這い上がっていく。
 これを為した久兵衛は、苦しそうな顔であった。
「もうしばらく堪えろ! 援護は必ず向かわせる!」
 戦況を理解出来る者は、ここが一番危険だとわかっている。
 ジャックの追い込んでいくような攻勢に対し、最後の詰めに入る直前、アルバルクの放ったたった一発の銃弾が再び一からの見直しをジャックに要求する。
 少し距離が開いたと思うと、ジャックとの間に壁がそそり立ち、一呼吸入れる猶予を得られる。
 仲間の支援に感謝しつつ、ヴァルトルーデは勝負に出る。
 ここまで何度も死にかねぬ斬撃を受けていたおかげで、ようやく、僅かにだが剣筋が見えてきた。
 ジャックの剣は速い。故に、その技量に比してだが、重さが足りないのだ。
 胴への薙ぎを、自分の体を的にかけつつ脇の下に挟み込むように止める。
 剣を持つ手を掴み、残る手一本で長大な鎌を振るう。
 近すぎる、ならば柄と鎌の繋ぎを持ち、刀をそうするように首筋に当て滑り斬り、処刑を終える。
 胴に食い込んだ刃の深さは、贔屓目に見ても相打ちであったろうと思える。
 それでも、直後に治癒を受けられる体勢を用意してある、ヴァルトルーデの勝利であった。