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■オープニング本文 かつて、対軍能力なら天儀一といわれたアヤカシが居た。 その名も黒心臓。 たった一体で一軍丸々を釘付けにし、その侵攻を妨げ続けた脅威のアヤカシは、決死の開拓者達により撃破された。 しかし、居たのだ。もう一体が。 森深くに分け入った最前衛の兵達は、一体何が起こったのかもわからず全身をばらばらに砕かれる。 異変に気付いた周囲の兵が一歩を踏み出した瞬間、周囲の木々ごと一斉に薙ぎ払われる。 長大な剣か、そう難を逃れた兵が思ったのも無理は無い。 彼の視界が及ぶ限り、真一文字に衝撃が走り、それが人であろうと、木々であろうと、岩であろうと、砕き千切られたのだから。 直前に黒い影が木々の隙間をすり抜けて飛ぶのを見て、すわアヤカシかと皆が警戒していたにも関わらず、前衛陣は瞬く間に全滅。 あまりの事態に、他の兵に先駆け、志体を持つ者がこの事態の究明に向かう。 再び轟音、後方より見守る兵達の前で、志体を持つはずの男が、右に左に弾かれ続ける。 彼は堅固な鎧に身を固めたサムライであり、重装甲に物を言わせ、衝撃だか砲撃だかわからぬ黒い散弾の雨をかいくぐりつつ標的へと迫る。 が、程なく彼は攻撃を諦め後退を始める。 下がる間も森の影より飛び来る黒い衝撃に打ち据えられ続け、ばったりと彼は倒れ伏した。 その頃になり、ようやく敵の姿が見えてくる。 誰かが近づいたのではない。 距離をあけ見守る兵達の前まで、森が開けてきたのだ。 衝撃に倒れた木は、再び砕かれ、更に粉々に破壊される。 これを繰り返し、見上げんばかりの樹木に囲まれたこの一帯は、あっという間もなく更地になってしまったのだ。 真っ黒な、人のような物。 そう見えたが、詳細はわからずじまい。何故なら後衛の兵を見つけたその黒い人っぽいものは、彼等目掛けて突っ込んで来たのだから。 後ろも見ずに逃げ出す兵達。 その黒いアヤカシを見ていない者には何故後退するのかがわからず、逃げて来た者が更に逃げるのを妨げる壁となる。 再び、黒いアヤカシの攻撃が始まる。 敵が何人居ようとまるで関係ない。 例え一人だろうと、数十人だろうと、全身より八方に向け黒い衝撃弾を放ち続ける。 兵の一人は見た。 弾は、連続して放たれる故、点としてではなく線として避けねばならない事。 兵の一人は見た。 弾は一種類ではなく大きな弾と小さな弾があり、そして連続して放たれる弾も時に連続発射の間隔が違う事。 兵の一人は見た。 特に優れた兵が弾を盾で防ぎ、直撃のはずの弾を運よく回避するのを。 兵の一人は見た。 弾幕の嵐の中、何故か彼だけ命中する事なく、恐怖に引きつった顔でその場に座り込んでいる兵を。 そしてこれはどの兵にも見れなかった。 集まった兵の全てを森ごとなぎ払った黒いアヤカシが、満足げに倒れた兵を食するのを。 結局、このアヤカシの正体を知るのにもう一中隊を費やした軍は、手持ち最強の部隊をこれにぶつける。 隙間を見つけるのも困難な弾幕に対抗するため、兵達は皆盾をかかげて突入する。 前が見えずとも良い、ともかく接近する事がまず第一と思っていた彼等の希望は容易く費える。 放たれた弾は、盾に守られぬ足を貫き、更には大地を跳ねて下より襲い掛かってくるのだ。 連続発射される弾に当たり動きが止まってしまえば、その後に帯のように続く弾が次々命中し、助ける間すらなく絶命してしまう。 ならば初弾さえかわせればいいのか? それも違う。 連続発射される弾は、左右に揺れる事でまるで鞭のようにしなり、より幅広い範囲を殺傷圏内に納めるのだ。 この最強部隊をして、撃破を諦め、後退の指示に従い集合場所に集まれたのは、志体を持つ数名のみであった。 彼等も防御や回避能力に特に優れた者達であり、幾人もの志体を持つ者が餌食となってしまった。 恐るべき攻撃可能範囲を誇り、包囲しても、どちらが前だか後ろだかわからぬ間にあちらこちらと薙ぎ払われ近づく事も出来ず。 それでも、一度に攻撃出来るのは最大で半月状の範囲のみであるようで、この間に一気に距離をつめ近接した者も居た。 しかし、アヤカシの強固すぎる皮膚だか鱗だかに阻まれ、効果があったようにも思えない。 軍は仕方なく一時後退し、弱点を探るべくこのような怪物の目撃例を探す。 一件だけあった。その名も黒心臓。 生き残った者は、その記述を見てなるほどと頷く。 損傷度合いによって攻撃手段が変わるというのは、戦闘中は必死でわからなかったが、確かに記述通りだと思えたのだ。 もちろん全てが一緒ではないが、開拓者が少数精鋭にてこれを撃破したという話を信じ、彼等はギルドを頼る事にした。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
衝甲(ic0216)
29歳・男・泰 |
■リプレイ本文 イリス(ib0247)は耳を澄まし音を探り続ける。 そしてそれを聞いた時、評判に聞いていたものよりずっと大人しげな気配に少し驚いた。 その位置を確認したアレーナ・オレアリス(ib0405)は高所を確保し、見下ろすように望遠鏡でこれを見る。 「……見る限りでは、さほど危険にも見えませんわね」 その隣で藍 舞(ia6207)は睫の上に手を翳し、目を細めている。 「移動する気配も無し、ね。なら攻撃位置は……」 二隊に分け挟撃を行う。木々の間を縫うような移動であるから、発見までにある程度までなら近接出来よう。 そんな位置を攻撃開始場所にと考えていた舞の肩を、ユリア・ヴァル(ia9996)が小さくとんとんと叩く。 「ほら、あれ」 位置を調べておいたのだろうユリアが指差す先は、先に黒心臓との戦闘があったと思しき場所。 予め聞いていたより遥かに大きい範囲が、笑えるぐらい不自然な程ぽっかりと森の空き地化している。 フェルル=グライフ(ia4572)は、以前に似た相手と戦った事でもあるのか、案外冷静なままこの現象に対する推論を述べる。 「戦闘中、移動したせいでしょうか」 鋭い視線をそちらに向けたまま衝甲(ic0216)は、大きく頷いて見せる。 或いは彼は、踏み込みの間合いを計っているのかもしれない。 戦闘跡からも垣間見える黒心臓の戦闘力の高さに、北條 黯羽(ia0072)は僅かに俯く。 口の端に浮かんだ笑みを、見られぬようにする為であった。 『この威力に継戦能力に攻撃範囲たぁ、対軍能力は天儀一ってのも頷けるさね。それを相手取るってのは面白ぇ、非常に面白ぇぜ。久々に……俺ぁ昂揚して来たぜぃ?』 黯羽がまず瘴気の黒壁を出したのは、攻撃の威力を計るという意味もあったが、前衛の皆がまだ敵の攻撃に慣れていない間は、出来るだけ彼等の避難場所を確保しておきたいという狙いもあった。 そして、この用心深くも二重に張られた壁に張り付くなり、間合い充分と早速飛び出したのは衝甲である。 元より近接しての術技に長けた身であれば、選択の余地なぞ存在しない。 敵の攻撃が別チームに向くや否や、躊躇う素振りすら見せず飛び込んでいく。 槍の様に伸ばし突き出した拳が、黒心臓へと突き刺さる。 「!?」 浅い、いやさ、硬い。 拳の先からの感触がそうと感じられた瞬間、半身の姿勢のまま半歩前へとズレ動く。 重心は真下に落とす。 響く震脚、肘を中心に折り曲げた腕、真後ろに大きく振るった引き手、惚れ惚れすよるな十字勁である。 それでも肘より伝わってくる反動は、これがまだまだ痛撃足りえていないと衝甲に教えてくれる。 流石にこれ以上の連続攻撃は厳しいか、そう思い後退しかけた時、衝甲は不思議な現象に見舞われた。 気付いた時には、目の前が真っ青になっていたのだ。 直後、盛大に背中をどやされ、どうやら吹っ飛ばされたとわかるや視界の隅にあった黒に転がり込む。 あそこまで踏み込んでしまうと、相手の攻撃は、その起こりすら全く見えなかった。 こんな時、黯羽の瘴気壁が大層有難い。体勢を立て直すにはもってこいである。 一方、その黯羽である。 「……ドジった」 瘴気壁の背後にいれば隠れられるが、そうしていては接近も出来ないし、そも敵が見えない。 なので攻撃の気配があるまでは壁の外に出ていたのだが、敵の弾丸が放たれる気配がありえない程に薄い。 あれと思った時にはもう命中しているのだ。 間違いなく痣になっているだろう命中部位はさておき、黯羽は皆がこの攻撃に慣れるまでは防戦に徹さなければならないな、と攻撃術の使用をすっぱり見切る。 いずれ、チャンスは来ると自分に言い聞かせながら。 間が悪かった。 舞は小さく舌打ちしながら駆ける。 舞のチームに向け黒心臓は攻撃を続けざまに放って来たのだ。 おかげで仕掛けが遅れてしまう。 それでも、後ろから見てるだけで気分が悪くなるような弾幕にも、盾を翳したフェルルは怯む事なく突き進む。 恐らくジルベリアのアーマー突進とは、このようなものなのであろうと舞が呆れてしまう程に、フェルルは弾丸を物ともしない。 無論、アーマーの装甲と違ってフェルルのこれはオーラの力によるもの、何時までも続くはずもない。 舞は呼吸を合わせ、黒心臓の攻撃が別方向に向くのを待つ。 途切れた。 フェルルはそれを盾にかかる圧力より判断したが、その時にはもう舞は飛び出している。 一歩目は、弾が切れるなり反射で動いた。 だから二歩目からが舞の走り。 足首と足指の付け根の二点を基点に、段階的に加速する。 足の接地時間を延ばし、宙を回る時間を少しでも短く。 姿勢は低く。重心を落とせば足が大地を蹴る反作用を僅かでも抑えられる。 早駆は陰陽師や魔術師の操るような不思議術ではない。当たり前を積み重ね、非常識にまで至った奇跡の技だ。 上下振動が見えぬ、蛇がのたうつような移動は、滑り進むといった形容がぴたりと来よう。 黒心臓が、体の向きを舞へと変え動く。 「範囲内に入らなければ、団扇と変わらないわよ」 放つ弾幕が風の渦を巻き起こすも、舞の髪を揺らすのみだ。 舞はすり抜けざまに、黒心臓に苦無を突き刺す。かつん、と苦無に付けられていた黒い弾が揺れた。 破裂音は黒心臓の弾幕の音にかき消されたが、湧き上がる黒煙はあっという間に黒心臓を覆ってしまう。 充分な距離を取った所で舞は速度を落とす。 この間合いなら、煙幕の援護があるのなら、そんな舞の準備をあざ笑うかのように、黒心臓は攻撃方法を変える。 連続発射される弾丸が鞭のようにしなる。これが同時に複数本放たれるこれこそがワインダー。 何とか弾筋と弾筋の間へと入り込むが、左右に揺れ始めるともうどうにもしようがない。 前後左右全て弾丸で覆われる錯覚に捉われながら、全身を盛大にどやされる。 ブレる視界。苦痛に硬直する体。薄れる意識。 それらが一瞬で正常な枠に収まり直したのは、周囲を圧する気配の為。 味方にすら響く強烈無比な剣気の主は、フェルル=グライフその人だ。 位置は動かず、盾を翳した姿勢のまま、フェルルは盾の上部より黒心臓をまっすぐ見つめる。 瞬間、黒心臓の体がびくりと震えた。 アヤカシとて反応せずにはいられない存在感。その相手は、黒心臓の全てを引き裂く弾幕をすら堪える強固極まる巌の如きモノ。 そんなシロモノの向ける剣気を、どうして無視なぞ出来ようか。 戦の機微を感じ取れる者ならば、フェルルが翳した盾の中心部より、ぬるりと薙刀が突き出されるのが見えるはずだ。 盾の後ろで構えるフェルルに重なるように、両手に薙刀を構えるフェルルの姿が。 盾のフェルルが一歩進めば、薙刀のフェルルがずいと歩を進める。 黒心臓の弾幕に、盾のフェルルがこれを堪えながらも前進すると、薙刀のフェルルはずいと大きく直上に振りかぶる。 その刃は木漏れ日を照り返し、ぬらりと光る銀光まで見えるようではないか。 薙刀のフェルルが盾のフェルルをすりぬけ更に踏み込む。間合いはまだ遠い。否。薙刀は更に長く大きく伸びていく。 黒心臓をもってすら警戒せずにはいられぬ斬撃が、黒心臓へと振り下ろされ、煙を巻き上げ叩き付けられる。 しかし、斬撃は振るわれず、煙もそのまま、ただ、この隙に舞が再びフェルルの背後に移動したのみであった。 アレーナは、頃合や良しと攻撃可能圏内へと踏み出す。 射角を考えるに、踏み込めば踏み込む程ワインダーの隙間は狭くなる。 だからアレーナは弾速に体を慣らすまで、おいそれとその位置まで踏み込む事はしなかったのだ。 通常弾幕からワインダーへと移行するも、アレーナは恐れず臆さず。 左右へ軽やかにステップを踏み、ワインダーを流しきる。 騎士の誓いは単なる自己暗示にあらず。精霊の加護を得て、アレーナの体のキレは人の域すら超え始める。 揺れる弾幕。右に滑る。飛んでは次の動作に支障が出る。 弾幕を掻い潜るように瘴気弾が流れてくる。皆これのせいでリズムを崩してしまうのだが、アレーナは危なげなく首を軽くよじるのみで回避する。 左右の揺れが激しくなる。ステップが間に合わない。僅かな躊躇いもみせず、大地に向かって体を投げ出す。 転倒ではない。大地に両手がつくなり、全身のバネを用いて跳ね上がり、弾幕の下を潜り抜けたのだ。 薙いでは弾丸に当たるので、刀は突く形で。 止まらず連撃を考えていたアレーナは、二撃目の前に真横に飛ぶ。 これでワインダーが波打つのを回避しながら二撃目を。 そしてまたも続けられず、眼前に現れた瘴気弾への対処を迫られる。 刀を返し、瘴気弾目掛けて突きを放つ。刃は瘴気弾を貫き止め、尚留まらず黒心臓を貫く。 直後、誰かの叫び声が聞こえたかと思うと、黒心臓が爆ぜた。 その弾幕を形容するにこれ以外の表現が思いつかぬ。正しく、爆発してくれたのだ、このアヤカシは。 乱れ飛ぶ弾殻に、アレーナは何かを考えて動いたわけではない。 ただ体が動くに任せて、弾幕の雨を掻い潜る。 『ホント……骨のある敵ですこと』 イリスの支援は、皆にとって極めて有効なものであった。 盾で受けるにしろ、かわし続けるにしろ、その軽快なリズムに乗って流れる歌は、いずれの防御能力も援護してくれるものなのだ。 無論、全員に有効な歌である為、出来る限り多数にかけるべく黒心臓側までふみこんじゃったりしてるのだが。 少しづつ、歌のテンポを上げる。 今よりもっと、ほんの少しでも速く。その為どうしても早口になってしまう。 それでも音程もリズムも決して外さない。そんな曲が、転調一つで速代わり。 朗々と歌い上げ、しかし、テンポの速さはそのままに。 常にこの曲の傍らに居るのはユリアだ。 強烈な弾幕を、盾と腕力で押さえつけながら近接間合いに飛び込んでいく。 こちらはもう真っ向勝負である。 もちろん弾を受け流すなどは出来る限り行うが、逆手に持った槍を叩き込もうと思ったらそれ相応の間合いに居なければならない。 急所を探す努力も怠っていないが、それがまるで見つからぬではもう、仕方がないのである。 分厚い鉄板をブッ叩いているような感触。 何時終わるかもわからぬ、砂地に穴を掘っていくような攻撃を繰り返す。 と、イリスは、鋭いその聴覚で異常を聞き取る。 黒心臓体内の音が変化した。 徐々に緊張感が高まるこの音は、音量増加速度といい、洒落にならない事態を予感させる。 これに前情報で聞いた話を参照するに、つまりどうやら、アヤカシは、発狂しかけているのでは、と。 「みなさん! 発狂来ます!」 暴風域に巻き込まれた二人。というかまあそれ以外の皆も似たような状況なのだが。 ユリアは、ここが勝負所と盾と槍を揃え構える。 体内をたゆたうオーラの力。これを細く穿ち、体が本当に必要な部位へと送り出す。 盾越しでもわかるぐらい弾幕密度が上がっている。 紅色に燃え上がった盾は、これらをもらす事なく防いでくれる。この紅の輝きを維持したまま、オーラをも操る。 大きく引いた槍にオーラの輝きが集い、それらは徐々に広がり全身を隈なく覆いつくす。 ここまでくると発狂中の黒心臓もユリアの動きに気付く。 一際激しい弾幕が降り注ぐ中、ユリアは、大地を後ろ足に蹴り飛ばした。 ユリアの周囲の景色が一瞬ですっ飛んでいく。 その景色の中には無数の弾丸があるのだが、見えない、当たらない、痛くない、と勝手に決めつけてる模様。 ユリアが蹴り出した勢いなぞほんの僅かな助走程度のもので、オーラに導かれ加速していくその威力は、ユリアの体重をすら武器として、更に強力なものへと育っていく。 完全に後先の事を放棄した必殺の槍撃、それがカミエテッドチャージである。 押し負けぬようがっちりと脇で固定された槍は、重苦しい響きと共に黒心臓へと命中する。 そこまでやっても、貫けない。 ユリアは更に、大地についた両足を踏みしめ、腰を回しながら槍を更に突き出した。 弾かれるように、重苦しく動く気配すらなかった黒心臓が、遂に、漸く、バランスを僅かにではあるが崩したのだ。 が、そこまで。 イリスはすぐさまユリアのフォローに入る。今のユリアはやわらか騎士になってしまっているのだから。 この辺りの呼吸は、流石に付き合いが長いだけあって、絶妙なものだ。 黒心臓の発狂攻撃も何とか食らわずに済んだユリア。 「ホンット、しぶといっ。イーちゃん、もう一発いくからお願い」 危ない、そう言ってやりたかったのだが、この敵はどうも無茶をしなければ倒しきれないようだ。 イリスの練力ももうさほど残っていない。となれば、ユリアの判断は誤ってはいない。 イリスは剣の歌を口ずさみながら、小さく頷いて見せた。 黯羽が前方へと手を掲げる。 眼前に立てた黒壁は、見る間に削れ抉れていく。 『間に合わない、か……いいさ、耐えてみせるよ』 黒壁が崩れ去る寸前、黯羽の前に立ちはだかるは衝甲の大柄な体だ。 「そう長くはもたん。手早く頼む」 言っている間に壁は崩れ落ち、情け容赦の無い弾幕が衝甲を打ち据える。 黯羽からの返礼は、壁あるからこその深い集中であった。 黯羽は下方より、掴み上げるように腕を振り上げる。 腕の動きに合わせるかのように、巨大で透明な何かが黒心臓を掴み上げる。 聞こえる破裂音は、握り締めた圧力のせいか。 その強固な体がひしゃげる程握り締めた後、透明な何かは消えてなくなり黒心臓はその場に落下する。 黯羽も衝甲も、同時にへたりこんでしまう。無論、二人のみならず他の皆もまた決着がついたと知るやまずは休ませろとその場に腰を落としてしまう。 黯羽は、すぐ近くの衝甲とお互い弱弱しいままの手を上げ、音高く打ち鳴らした。 |