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■オープニング本文 「アテンション!」 男が部屋に入るなり叫ぶと、部屋の中で整列していた二十人の男達は一斉に居住まいを正す。 「確認が取れた。ジョシュア達暗殺部隊はやはり開拓者によって倒されている」 二十人の男達は一様に驚きの表情を見せるも、間違ってもざわつくような真似はしない。 もとより、顔つき体つきからしてタフな男達であり、見た目通り肝も据わっているのだろう。 「我々には道が二つある。一つはビィ男爵に迎合し部隊を解散、正規軍へと戻る道だ」 屈強の男達を前に語り続ける男は、頭部右側に大きな古傷があり、ただでさえ目つきの悪い人相をより極悪なものとしている。 「そしてもう一つ。ジョシュアの後を継ぎ、ビィ男爵をジルベリアから叩き出す道。今回ばかりは、命令して決める類の内容ではない。お前等、どうしたい?」 皆無言。 誰一人ぴくりとも動かぬ様を感じ、一人の男が前へ進み出る。 「アイザック隊長、皆を代表して言わせていただきます。クソったれジョシュアの後を継ぐなぞ、まっぴらごめんです」 真顔のままアイザックと呼ばれた男は頷く。 「そして、ビィ男爵から解散要請でもありましたか? そんなもの即答してやればよかったんです。『クソ喰らえだ』ってね。何故他所から来た組織に我等が国の問題を解決してもらわねばならんのですか」 やはり顔色一つ変えぬままアイザックは頷く。 「ジョシュア達の任務は我等が引き継ぐ。開拓者ギルドとやらには、街のドブ攫いでもさせておれば良いのです。ジルベリアにとって重要な作戦、任務は我等ジルベリア人によって為されるべきでしょう」 アイザックは真顔を解いて、頬をかく。 「あー、うん、そうか。すまん。実は『クソ喰らえ』はとっくに言っちまった後なんだわ。はははっ、あの時のビィの野郎の面、お前等にも見せてやりたかったぜ」 そこでようやく男達も緊張を解いたのか、アイザックの軽口に大きく笑い出す。 解決困難と思われる問題をクリアすべく、特に優れた人材を集め様々な事件に対し臨機応変に対応する、そんな部署を、ジルベリア軍では作り出そうとしていた。 これまでジョシュアという男が率いる部隊が、ジルベリアの表に出せぬ問題を解決してきていたのだが、貴族の思惑優先となる彼等に対抗し、軍部でも同じような組織を作り上げようとしていたのだ。 ジョシュア達に比べまだ歴史は浅いが、軍上層部の思惑が強く反映される部隊とあって、軍もかなり力を入れていた。 ところが、対抗すべき相手が突如消えてなくなってしまった。 細かなフットワークを要する問題は、開拓者ギルドを用いるべしと主張するビィ男爵によって、ジョシュア達は消されてしまったのだ。 彼等は、我が世の春が来た、と大騒ぎするような間抜けではなかった。 当然、ビィ男爵は彼等に対しても手を打って来ており、軍上層部はこれに抗しきれぬだろうとアイザックは読んでいたのだ。 アイザックは続ける。 「よし、ビィのクソったれ野郎が軍部を抱き込む前に奴を殺るぞ。軍生え抜きのお前等を、有象無象の集まり開拓者がどうやって防ぐか、今から楽しみでならん」 ビィ男爵は執務室にて書類の束を手際良く処理していく。その中の一つ、開拓者への依頼確認の書類を手に取り、そこで一瞬だけ動きを止めた。 「貴族と軍人と、騙し合いでどちらが上かなど、考えるまでもなかろうに」 ビィ男爵は、既に開拓者を手配済みであった。 アイザックが忠告として受け取ったビィ男爵の言葉は、実はさにあらず。最後通牒であったのだ。 後は無自覚のスパイ(恋人がビィ男爵の手の者)となっている隊員から、アイザックが動くと確認出来るなりビィ男爵も動いたというわけだ。 もちろんギルドは殺人依頼を引き受けたりしない。 だが、開拓者はそれだけではない、という事をビィ男爵は知っていた。 男爵は表向きジルベリアにおけるギルド係員の立場を持ちながらも、ギルドを介さぬ表沙汰に出来ぬ依頼を開拓者に頼む、そんな仲介人を確保してもあったのだ。 「ヒドイ矛盾だ、が、外部の者にこれを頼むという事に、意味があるのだと私は思うのだよ」 言ってもほとんどの者が理解してくれぬ事であるため、ビィ男爵のこんな本音は宙に向かって小さく放たれるのみ。 「信頼出来る外部の者、などと何処を探した所で普通は存在せぬものであろうしな」 書類にサインをし、GOサインを出したビィ男爵は憎憎しげに窓の外を見やる。 「お前等に権限なぞ与えてなるものか。手段は最低だが、目的がジルベリアの平穏の為であったジョシュア達の方が遥かにマシだ。お前等は、軍部の利権拡大の為だけに動くのだからな」 襲撃当日、アイザック達が寝泊りする宿舎周辺から人の気配が消えてなくなる。 ここら一帯は軍の施設が幾つか立ち並んでおり、宿舎もアイザック達のもの以外にも二棟建てられている。 普段ならば就寝時間を過ぎてもそれらの建物から火が消える事は稀なのだが、その日に限っては全ての建物から明かりが消えてしまっていた。 そこで、空気の違いという曖昧な言葉で不自然さを感じ取ったアイザックが、ようやく事態に気付いた。 そして全てが、手遅れであると理解したのだ。 ビィ男爵による軍への働きかけは既にかなりの所まで浸透しており、少なくとも今夜一晩ぐらいは、起こった出来事を見なかった事にする程度の譲歩を得ていたのだ。 天を仰ぐアイザック。 「……これが、俺達の、敵か……俺はまるで道化ではないか」 部下達も異常に気付いたようで、アイザックの下へと集まってくる。 彼らを前に、アイザックは堪え切れぬと大口を開き笑い出した。 「はっ! はははははっ! いいさ道化なら道化らしく! 最後まで観客を楽しませてやるとしよう!」 宿舎内にて迎撃の準備を整える。 最大五十人が寝泊りする事の出来る施設だ。部屋数も二十を超えており、かなりの大きさがある。 アイザック達は、ジルベリア国内においては既に犯罪者と同等の扱いを受けていよう。逃亡に意味は無い。 そも、ジルベリア軍人である以外のあり方がわからないアイザックには、ジルベリアから逃げるという発想からしてないのだ。 アイザック達の戦力を上回る武力を差し向けられようがこれを撃退し、更にビィ男爵へと進軍、撃破する。 追い詰めに追い詰められたアイザックにとって、状況を覆す逆転の一手は、これ以外思いつかなかった。 |
■参加者一覧
百舌鳥(ia0429)
26歳・男・サ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
アリステル・シュルツ(ib0053)
17歳・女・騎
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「ふん、良くもまあ、貴族崩ればかり集まったものだ」 ビィ男爵は皮肉気に言い捨てる。口が悪いのはこの男生来のものらしい。 エリアス・スヴァルド(ib9891)は、横目に男爵を見返す。 「……敵も味方も、事前調査は十全という事か」 「調べるまでもなかろう。生まれも育ちも、立ち居振る舞いに現れるものだ」 言う程簡易に見分けのつくものでもないのだが、少なくとも男爵にとってはそうなのであろう。 失礼な、とフリでだけ憤慨してみせるアリステル・シュルツ(ib0053)。 「僕は崩れた覚えはないよ。まあ、まっとうな貴族のご令嬢だなんて主張するつもりもないけど」 それが、と口を開いたのはヴァルトルーデ・レント(ib9488)だ。 「陛下の御為になるのなら、些事はどうでもいいだろう」 男爵は即答する。 「なるさ、絶対になる」 至極どうでもよさそうに、ジェーン・ドゥ(ib7955)は話題を逸らしにかかる。 「意外ですね。貴方は忠義という言葉からは縁遠い人物に見えましたが」 心外だと男爵は応える。 「今のジルベリア帝国に、ジルベリアの民の平穏の為に、絶対不可欠なお方だ。それはジルベリアの治世を僅かでも考えた事がある、そういった立場に立った事がある人間なら、それこそ子供でもわかるだろう」 ジルベリア貴族が、当然そうだと教えられる忠義の話はさておいても、ガラドルフ大帝が為して来た業績の大きさは異論の余地が無かろう。 そして、彼が存在する事で、数多の問題が噴出せずに済んでいる事も。 そんな事は百も承知でエリアスは嘯く。 「誰の為になろうとなるまいと、殺しは殺しだろ。ジョシュアもアイザックもあんたも……やってることは同じさ。邪魔だから消す。必要悪だの言い繕ったところで汚れ仕事にはかわりないさ」 ジェーンは静かに呟いた。 「確かに、ビィ男爵の理想を全面的に支持する訳ではありませんが、それでも命を天秤に掛けるだけの価値があると判断しました。それだけの話で、私が力を揮うに十分な理由です」 依頼人を前に実に言いたい放題であるが、二人共為すべき事は為す者だと知っている男爵は、苦笑しながらアリステルとヴァルトルーデに問う。 「だ、そうだが。現役貴族として言いたい事はあるか?」 肩をすくめるアリステルと無表情のままのヴァルトルーデ。 「僕は僕の騎士道に則り、彼等を誅するまでだよ」 「現状、男爵の存在は陛下の御為になっている。もしならぬというのなら、その時改めて斬るまでだ」 こちらもやはり言いたい放題な二人に、男爵は堪え切れず笑い出してしまう。 「だから、開拓者を頼るのだ。自ら正邪を判断する駒が相手なら、全てを指し手の思うがままには運べまい。それでこそ、極端な破滅も対応不能な悪も、生まれ得ないというものだ」 エリアスは、男爵に聞こえぬよう小さく呟く。 「現役だと? 何が調べるまでもない、だ。きっちりこっちの素性は調べあげてあんじゃねえか」 偶々これを耳にしたアリステルは、僅かに表情を曇らせたが、口に出しては何も言ったりはしなかった。 百舌鳥(ia0429)は目標建造物から距離を置いた場所で合図を待っている。 先行偵察に出向いた二人のシノビは、いずれも同じ小隊であり、連絡役は彼が行うのが一番話が早い。 と、百舌鳥の元に鬼灯 恵那(ia6686)がふらりと歩み寄ってくる。 「ん? どうした?」 「んー、向こう何か取り込み中みたいだから」 何となくジルベリア関係者でないという事で入りずらい模様。 恵那は遠目に目標の建物を見る。 「何が目的だーとか、どうでもいいのにねえ。あれ見て、わくわくして来ないのかな、みんな」 百舌鳥にも彼女の言いたい事は理解出来る。 件の建物より漂ってくる気配。 勘が危機を察知しているのに、見た目には欠片も異常を感じられない。それが、それこそが、恐ろしいのだ。 そんな恐怖を、わくわくと評する彼女の感性も、独特ではあれど百舌鳥にもわからぬでもないのだ。 「連中、強ぇぞきっと」 「うん♪」 とても嬉しそうに、恵那は応える。 偵察二人より、準備よろしの合図が送られて来たのはこの直後の事である。 痕離(ia6954)の全身がその場より消失し、次の瞬間には二階の窓枠に指をかけている。 左の人差し指一本をひっかけ、両足を壁についた姿勢のまま、痕離は宿舎の二階部壁面に張り付いているのだ。 足裏から感じる壁面の強度。これが音を鳴らさずに済むぎりぎりの力で再度蹴り出し、屋根端を掴むと、傍目で見ていても一体どうやったのか説明出来ぬ不思議体術でくるりと屋根上に上がる。 すぐに煉谷 耀(ib3229)がこの後に続く。 こちらは手すら使わぬ。 大地を蹴り、一階窓枠のひさしを蹴り、二階窓枠を蹴り、せり出した屋根を体を捻りかわす。 あれと言う間もなく屋根に上に上った耀を見もせず、痕離は目をつけていた二階窓を屋根から逆しまに乗り出し外より覗く。問題なし。 位置を耀と入れ替え、耀は音もなく窓を開き部屋の中へ。 耀の後に続く痕離。耀は扉外の廊下に人の動く気配を感じ、指にて天井を指す。 痕離は音もなく耀の肩の上へ飛び乗る。片足のみで人の上に立っているというのに、ブレる様子も揺れる気配もない。 天井の板を外し、中に滑り込む。天井をぐるっと一周見渡す。問題なし。 手を伸ばし耀を招き入れる。耀は板一枚分しか外していない、その程度の隙間をするりと抜けて登って来た。 耀もまた周囲を一回り見渡し、問題がない事を確認する。 夜目に長けた痕離と、忍眼に長けた耀の、これこそが、シノビの潜入なのである。まともな手では防げるはずがなかろうて。 ヴァルトルーデは大部屋にて備える彼等に向けて告げる。 「好い月だな、諸君。今宵は執行するに相応しい」 開拓者と聞いて、彼等は天儀の人間を想像していたのだろう。 隊長格の弓兵が問う。 「貴族、か?」 「レント家のヴァルトルーデだ」 ジルベリア人が何故、と憤る部下達に、しかし弓兵は笑みを溢す。 「良い。天儀人に殺されてやるなぞ、冗談ではないと思っていた所だ」 そして、ともう一人乗り込んで来ていたエリアスの方に視線を送る。 「いずれ名のある方とお見受けした。我等が最後の戦い、しかとその目に焼き付けていくがよろしい」 弓兵の号令に合わせ、部下達が二人に襲い掛かってきた。 皆が皆、これが最後の花よとありったけを振り絞って来る。 エリアスがそんな戦いに動じる事もなかったのは、さにあらんと構えていたおかげだ。 首を飛ばして尚、掴みかかってくるその意気は、エリアスの心の琴線に触れてやまぬ。 なればこそ、彼等を斬らずにはいられない。 『上官の命令には一切の疑問も抱かぬよう躾けられた軍人。その信念に殉じさせてやるのが、せめてもの餞だ』 ヴァルトルーデがその身に十数本の矢を突き立てられながら、顔色一つ変えぬままに、弓兵のその何処か穏やかな表情を浮かべる顔を、跳ね飛ばすのをエリアスは見た。 『自らの大義を信じ、貫く、か……羨ましくも思うぜ』 今のあり方に慣れているヴァルトルーデは、全てを片付けると他所の応援に向かおうとすぐに駆け出す。 火の後始末もあるからな、とやる事に比べ存外に良識的な配慮をする事を、少し意外に思うエリアスは、ヴァルトルーデ程容易く、このあり方を受け入れる事は出来そうに無かった。 アリステルの強烈無比な一撃が、バリケードを為していた家具を一突きにて粉砕する。 これをブラインドに、突破した直後のアリステルに飛び掛っていく兵。 彼の眼前に、アリステルの肩上から姿を現した銃先が突きつけられる。 引き金を引き彼を吹っ飛ばしたジェーンは、銃を捨て刀を抜くとアリステルの隣に並ぶ。 敵騎士もやはり弓兵同様、ジルベリア人がこの場に現れたのが意外であったようだ。 「チッ、天儀なぞに尻尾を振ったクズめが」 ジェーンは静かに、たった今撃ち殺した男を見下ろす。 「誉れ高きジルベリアの軍人とあろう者がこの程度ですか。ジョシュア達と比べるまでもありませんね」 激昂し斬りかかってくる彼を、こちらからも踏み込む事で距離を潰し、意図を潰す。 隊長がキレたにも関わらず、整然と戦闘を続ける部下達。 彼等の毅然とした態度に敬意を払い、アリステルは名乗りを上げる。 「シュルツ公女、子爵、騎士アリステル・シュルツだ」 部下達は爵位を持たぬのだろう。一瞬、爵位に対し畏れのようなものを見せたが、それでも、名乗りを聞く前より皆が、喜びと共に斬られている、そうアリステルには思えてならなかった。 ジェーンは騎士の腕を掴み、内股に足をすり入れ、のしかかるように倒れ込む。 鎧の重量のせいで、騎士は一度バランスを崩すと立て直すのが難しい。 そのまま転倒した彼の上に乗り、ジェーンは短銃を突きつけ言った。 「あなた方の戦争をここで終わらせましょう」 ほぼ同時に、アリステルも全ての兵を斬り終える。 騎士との誉れ高き戦いの末果てる。それを名誉と死んでいっただろう最早物言わぬ彼等に、アリステルは問わずにいられなかった。 「……君達の正義はどこにあるんだい」 痕離と耀が引いたのは、所謂一つの大当たりという奴だ。 敵サムライとその部下、更に、アイザックとシノビに魔術師まで居るのだから。 当初は司令官たるアイザックの動きを止めるつもりで挑んだのだが、すぐにサムライ小隊まで加わって来たのだ。 「どうする?」 とは痕離の台詞だ。 問われた耀はぼやくしかない。 「まさかこちらが挟撃されるとはな。とんだドジを踏んだものだ」 「やれやれ、全く困ったものだよ」 同時に、二人はその場に飛び上がる。 空中でお互いの両の足裏を合わせ、二人は同時に足を伸ばす。 足裏より伝わってくる感触に集中する。力の強さをいずれかが誤れば狙った勢いは生まれ得ない。 そんな困難な技を、二人は軽口交じりにこなしてしまう。 それぞれ正反対に飛びつつ、床に手を突き半回転、そのまま壁を蹴り、天井に、足を引っ掛け逆さまに立ってみせる。 苛立たしげにアイザックが殺害を命じるも、天井の敵を斬るのに慣れている者なぞおるまい。 ひょいひょいと攻撃をかわし、しのいでいると、次なる参加者が現れる。 「わわっ!」 ぼかーんと部屋の扉が砕け、勢い良く飛び込んで来たのは金色の髪を振り乱した少女、恵那であった。 すぐその後からひょいっと顔を出す百舌鳥。 「何をやってんだあんたは」 「あはは、ちょっと瞬脚の勢い良すぎたかも」 呆れ顔のまま百舌鳥は、室内に居た顔見知りに陽気に挨拶する。 「よう二人共、待たせたか?」 痕離、耀の二人は同時に応えた。 『それほどでも』 百舌鳥が全てを圧する覇気と共に宣言する。 「じゃまするぜ」 屋内に居た全ての者が、このたった一言で確信する。 今すぐ、直ちに、この男をブチ殺さなければ自分達に未来はないだろうと。 一斉に飛び掛っていく兵士達。これを、百舌鳥の双刀が踊るように次々屠っていく。 一瞬、百舌鳥とアイザックの視線が絡み合う。 目論見通りの開戦を迎えられた百舌鳥と、先手を取られたアイザック。そんな互いの状況が二人の表情に表れていた。 耀は百舌鳥へと殺到する兵、その頭部を踏み台にしながら一歩、二歩と奥のアイザック、そして魔術師へと突き進む。 そのすぐ耳元から、声が聞こえた。 「調子に乗るなよ」 姿を消していた敵シノビが、耀のすぐ側まで迫ってきていたのだ。 耀の首元へと手を伸ばしたシノビが、弾かれるようにその場を離れたのは、気配を消していた痕離がシノビへと踏み込んだからだ。 シノビは飛ぶ。駆ける。無理、振り切れず。 「悪いけど、速さなら僕も負ける気がしなくてね」 痕離の言葉は、シノビにとっての死刑宣告であった。 耀は更にアイザック達へと踏み出す。魔術師の術が早い。かわす、否。そのまま。 炎の術が耀を包み、足を止めざるを得なくなる。よし、と次を考えかけた魔術師の、首が宙を舞った。 「ん、今度は上手くやれたー」 背後より恵那の瞬脚の音が聞こえた為、耀は敢えてその身をもって注意をひきつけたのだ。先ほど痕離をそうして援護したように。 百舌鳥は数多の兵だけでなく敵サムライも迎え撃たねばならない。 恵那が踏み込む前、手伝おうかと問うて来たのを断ったのは他ならぬ百舌鳥なのだから。 そんなやりとりを聞いていただろう敵サムライは、百舌鳥を過剰な自意識の持ち主と見たようで、百舌鳥の大振りの隙を伺うような立ち回りをみせる。 無論、百舌鳥にそんなつもりはない。 倒すでなく、引きつける。傾いた外面とは裏腹に、百舌鳥は確実な勝利を視野に入れて行動しているのだった。 アイザックの剣は、確かに優れたものであった。 それだけに恵那は残念に思う。 彼は剣士ではなく指揮官であったのだ。別に、部下が全て消えうせようと、自分一人で全てを斬り抜ければいいではないか。 恵那は心底よりそう思うのだが、そんな剣士の孤高を彼は理解しえぬようだ。 恵那との決着の前に全ての部下が失われた事を知ったアイザックは、剣を下ろし、項垂れた。 自分の腕を見下ろす恵那。縦に深く斬り裂かれており、こんな深手を負わせてくれる相手、そうはいない。 だから恵那は、嫌味でなく率直に言葉を述べた。 「お勤めご苦労様。さよなら隊長」 突入時放った火は、段取りを準備していたヴァルトルーデが事細かな指示を出し、綺麗に消し止める。 障害は殺す。そんな彼女の基本姿勢は、ただ、それだけではないのかもな、とエリアスには思え、はいはい次はあっちね、と彼女の消火指示に従う。 「っつーかおまえ、矢傷の治療ぐらいしろ」 「消火が終わったらな。次は屋根だ、早くしろ」 手馴れた所作で自らの治療を行う恵那を見て、百舌鳥はなるほどと頷く。 「あんた、怪我多そうだもんな」 「そんな事無いよ。最近はそういう手強いのが少なくてね、居てもすぐ諦めたりするし」 はふぅ、と嘆息する恵那に、苦笑する百舌鳥。 「随分と人生楽しんでいるようで何よりだ」 「ジョシュア達とこの者達、そも起こりが違う、か」 ジェーンは、耀の言葉に深く頷く。 「強いですが、恐ろしくは無かったですね」 興を引かれた痕離が問う。 「そんなに、手強い敵だったのかい?」 顔を見合わせる耀とジェーンは、二人揃って自らの体に触れる。それぞれ銃弾をぶちこまれた箇所である。 痕離は二人に微笑を見せた。 「なら、きっと一番の難所は越えてるだろう。以後はこんな依頼も減るだろうさ」 アリステルの言葉に、ビィ男爵は沈黙を守る。 責めるような、請うような瞳でアリステルを見つめる。 ふいっ、と目線を逸らすビィ男爵。 「いずれ、私の立場でどうこう出来る問題ではなかろう」 アリステルは、きっとこの人は、この事で深く傷ついた事があるのだろうな、と思った。 |