地龍「うねりもがく者」
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2012/11/05 22:27



■オープニング本文

 険しい山岳地帯にあって一際高い頂を持つその山は、人の手が一切入らぬ魔境の奥にある。
 さにあらん。この山はアヤカシ跋扈する瘴気の森に囲まれているのだから。
 しかし、アヤカシ達ですらこの山に入り込もうとはしない。
 まるで対魔の結界でも張ってあるかのように、アヤカシ達はただの一歩ですらこの山に踏み入ろうとはしないのだ。
 この地には一切の生命がなく、動く物は天空より吹き降ろされる寒風のみ。
 漂う寂寥感はしかし、たった一体、この山に存在を許された山の主によって破られる。
 中腹に深く抉られた、明らかに自然に作られた洞窟とは違う大穴の奥より、二つ並んだ輝きが見えた。
 瞬間、静寂の山が大きく震える。
 大穴より響いて来たのは、獣の絶叫。
 次いで大地を揺らし、一歩、一歩とその姿を太陽の下に晒し出す。
 喰らい千切る以外に使用目的が考えられぬずらりと並んだ牙は、頭部の半ば以上を占める大きな口を凶悪に彩る。
 頭部からは長く伸びた首が続き、一回り太くなった胴、これを支える四本の足、背後へと続く長大な尻尾、となっている。
 腹部下面以外はほぼ全身が褐色の鱗に覆われており、保護色の一種かとも思えるが、そも、この巨大なアヤカシが一体何からその姿を隠さねばならないというのか。
 大穴を抜け出し全身をその目にすれば、これが龍と呼ばれる生物に酷似している事がわかるも、龍の龍たる所以であろう翼は存在しない。
 当然この褐色の龍は大地を、のそのそと歩き移動していく。
 遠目に見れば、どんな巨大なものも距離相応のサイズになる。
 ならば天空高くよりこの龍の姿を見下ろせば、あるいは、鈍重なトカゲが地を這うように見えなくもないだろう。
 しかるに、大きく寄ってこの姿を見れば、威容、異様が良くわかろう。
 一歩毎にその足は踏みしめた岩を砕き、見るからに強固な大地にその足跡を刻んでいく。
 起こる振動は大気をすら揺らしているようで、龍の周囲をすりぬける風は自然な流れをさせてもらえない。
 そして、ああ、そして、巨体はそれ故鈍重さを伴うはずであり、大地へと引き寄せる力は体の重さに比例するはずなのに、見ていて不気味さすら感じるこの不自然極まりない移動速度はどうだ。
 この堅く分厚い大地に跡を刻まずにはおれぬ重量が、全身の大きさとの比較で言えば、ただ支えるだけでもかなりの負担があるだろう程度の大きさの四本の足のみで、軽々と前進していくではないか。
 山の斜面を頭部を下にし、加重を考えれば明らかにバランスを失っているはずの前足超加の状態にありながら、平地を進むが如く我が物顔で踏破していく。
 この巨大なアヤカシは、確固たる意思を持って目的地へと進んでいった。


 『彼』は怒っていた。
 理由は自身にもわかっていない。しかし、それでも『彼』は天を突く憤怒にその身を焦がしていたのだ。
 まるで半身を奪われたかのような喪失感は、生まれて初めての事だ。
 少し前の話だ。
 山中のねぐらに居た『彼』の脳裏に、見た事もない景色が映し出された。
 そこでは『彼』は大空を自由に飛び回る雄大な存在であり、今まで経験した事もない脳髄より尾芯にまで抜けていく痺れるような爽快感があった。
 何処までもそうしていたい、『彼』はそう感じ真っ青な空の先を飽きる事なく見つめ続けていた。
 しかし、不意に景色は下降していき、大地をその目に捉えるようになる。
 不愉快さを露にするも体は言う事をきかず、しかし、次に見えた景色はそんな不愉快さが一瞬で消し飛ぶようなものであった。
 小さな、彼が何時も見ている者と比べても遥かに小さく、貧弱なモノを、それは次々口にしていったのだ。
 喉奥から染み渡るような恍惚感と、この世に生を受けたはこの為とすら思える程の充足感。
 『彼』は既にこの景色が彼の視界によらぬ、他の何者かのそれだと理解していた。
 そしてこんな新鮮で豊かな景色を見せてくれた見知らぬ何者かに、友情のようなものすら感じ始めていたのだ。
 しかし、やがて小さく貧弱な者が、攻撃を仕掛けてきた。
 まるで取るに足らぬ小さき者が一体何の真似だと『彼』は思ったが、その小さき者達は『彼』の想像を、そしてこの景色を見せてくれた素晴らしき何者かの想像をすら、超えていたのだ。
 遂に倒れる、名も知らぬ者。
 同時に『彼』の視界も『彼』自身のものへと戻る。
 そこで遅まきながら『彼』は理解した。彼が見た景色は、これまで出会った事もない、だが何処かに存在した『彼』の数少ない同族のものであろうと。
 そしてそんな同族が一体、永遠に失われたという事を。

 『彼』は、心底より、怒っていたのだ。


 瘴気の森。
 この侵略を水際にて防ぐ人類の最前線は、深き渓谷を塞ぐように谷間の底に築かれた砦であった。
 切り立った崖が左右を守る天然の要害であり、城壁は常の倍はあろうかという分厚い対アヤカシ仕様。
 城壁上には、人間に向けるには明らかにサイズが大きすぎるだろう巨大なバリスタが二機。
 また、数多ある銃眼から射られた矢が、これまでどれだけのアヤカシを屠って来た事か。
 如何なアヤカシとて、この砦を抜くのは至難を極めよう。
 そんな砦でも、今回ばかりは相手が悪い。
 発見してから攻撃する事三回。
 その全てをたやすく打ち砕いて来た巨大龍型アヤカシ、地龍「うねりもがく者」を迎え撃つには、単純に、純粋に、城壁に質量が足りなかった。
 時間は稼げるかもしれないが、あの大きさ相手ではそれ程長くはもつまい。
 この砦を抜かれれば、先には人間の領域がある。砦は決して抜かれぬ、そう信じ頼みとしているたくさんの者達が住まう土地があるのだ。
 砦の長は、考えうる最も有効と思われる手段をとる。

「おい、俺はあのアヤカシを倒せなんて不可能を頼みはしない。俺が頼むのは、城壁銃眼からの矢とバリスタで我々が奴を打ち倒すまで、命を駆けて城壁への攻撃をそらし防ぐ、特攻兵力だ」
「申し訳ありませんが、ギルドは自殺幇助なんて真似絶対に許しません。ウチから出せるのは、城壁からの援護を受け城壁前にて奴を打ち倒す戦士だけです」
「キサマはアレを見ていないからそんな寝言を……」
「貴方こそ知らない。我々ギルドがこれまで倒してきた数多のアヤカシの中に、報告にあった大きさのアヤカシが居なかったとでも思っているのですか」


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
露草(ia1350
17歳・女・陰
伊狩幸信(ia8596
25歳・男・サ
猛神 沙良(ib3204
15歳・女・サ
ディラン・フォーガス(ib9718
52歳・男・魔
鉄 千刀(ib9896
20歳・男・サ
ジーン・デルフィニウム(ib9987
22歳・男・ジ


■リプレイ本文

 その威容を目にした露草(ia1350)は、誰もがそう感じたであろう事を率直に言葉にする。
「……大きい、ですね」
 半ばあきれたような口調で胡蝶(ia1199)が返すが、表情からは言葉程に余裕がある様子は見られない。
「さすがに、あそこまで大きいアヤカシはちょっと見ないわね」
 一方ディラン・フォーガス(ib9718)はというと、その大きさより、こちらの砦を視認した時の怒りようが気になる模様。
「随分と荒れてるなぁ……一体、何があったっていうんだろうな」
 またあの巨大さを、壊し甲斐があるとでも受け取ったか、北條 黯羽(ia0072)は口の端を上げ指をこきりと鳴らす。
「至極簡単に言えば、砦を護りながら地龍を斃せ、ってなぁ。地龍の姿形を見るに中々厄介なコトになりそうだが
 ……ま、両方共こなしてみせるさね。こんなデカブツの相手はゾクゾクするしなぁ」
 そして、より大きさを体感出来るであろう前衛組である。
 伊狩幸信(ia8596)は、首を右に一度、左に一度、それぞれ向けた後、上を大きく見上げる。
 まだ間合いからは大きく離れているというのに、こうでもしないと龍がよく見えないのだ。
 ふと、まったく同じ動きをしていた鉄 千刀(ib9896)と目が合ってしまい、お互い顔を見合わせる。
「おい千刀。これデカすぎて、踏み込んだら足しか見えなくなるんじゃねえのか」
「足一本ですら幸信、テメェよりデケェしな。本当にコレ刀通るのか?」
 中々なネガティブトークであるが、二人ともの表情が内容の弱気っぷりを裏切っている。
 どちらも一刻も早くあのデカいのに刀を叩き込みたいと、待ちきれぬ様子だ。
 しかし、真っ先に飛び出したのはジーン・デルフィニウム(ib9987)であった。
「膝裏狙い、言い出したのは私ですから、まず私が試すとしましょう」
 あ、てめー先越しやがって、的な二人の顔は見えなかったので、ジーンは地龍へ向かって駆ける。
 大地があってくれてよかった。そうジーンは思う。
 彼我の距離感が、あまりに相手が大きすぎるせいでまともに働いてくれそうにないのだ。
 地面という比較対象物がなければ大変な事になっていただろう。
 一歩づつ歩を進めてくる地龍。見るべきは重心だが、全体の重心を把握するにはジーンに視野の広さが足り無すぎる。
 半ば勘で動き、右前足の内側へと駆け寄る。膝裏が高い、跳躍。遠い、距離を外した? それでも届く。振れ。
 ここまで近寄ると、視界いっぱいに広がるは龍の膝裏の白のみ。
 他は何も見えず、構わず剣を振るうと剣先から予想以上の反応が返ってくる。
 着地し、胴下を駆け抜けながら千刀、幸信の居る場所へと戻る。
「……こうして目にしても、構造上膝裏が弱いという意見に変更はありません。ですがその上で……効果的な痛撃を与えられる気がしません。常軌を逸して硬いです、アレ」
 手にしたピクシーソードを見下ろしているのは、あまりの硬さに刃こぼれがあるか気になったせいだろう。
 ジーンの言葉も終わらぬ間に、幸信が我慢しきれなくなったか突貫を始めた。
 それでもジーンがそうした、胴横より駆け寄り、前足膝裏の位置を通りすがりざまぶった斬り、そのまま胴下を抜け前方より退避するといった進路の有効性を理解し、さらっと真似る程度の巧みさはあるのだが。
 足踏みによる振動が一つ、二つ、間はこれでいい。後は龍の重心。
 と、突如幸信は進路を変更。舌打ちしながら大きく龍より外に向かって跳躍する。
 直後、狙っていた右前足が足踏みを行ったのだ。これだけの大きさがあると足踏みを至近で行われただけでこちらは笑えぬ損害を受けよう。
 それほどの質量差があるのだ。
 幸信は龍の足が大地に沈み込む深さを、興奮した様でありながら冷静に観察しており、これによって重心の深さ高さを確認していたのだ。
 好機到来、と千刀が飛び込んでいく。
「任せろよ!」
 今度は足も動かぬまま、距離感を外されたジーンの様子を見ていたので、踏み込みも常より半歩深くに。
 熱く煮えたぎった脳内にて、ふと龍の真っ白に染まった肌を視界いっぱいに映しながら、こりゃ一発目は誰だって外すわな、などと暢気な事を考えていたり。
 鉄。いや、鉄ならどうにかなる。それ以上の硬度と弾力と、アーマーでもここまでヒドくないというありえない程の重量が、叩き付けた剣先より響き渡ってくる。
 それでも斬り抜くが刀のありようだが、確かに、一撃や二撃でどうこう出来る気はまるでしてこない。
 胴下を抜けていると、不意に首筋の毛が逆立つ。
 千刀が駆けながら真上を見上げると、ぎょろっとした目で、地龍がこちらを見下ろしていた。
 これまで意識すらしていなかった千刀達を、どうやら地龍は気にし出したらしい。
「上等」
 中指おったてて見せてやると、地龍は驚いたように首を何度も横に振る。
 これは、ほぼ同時に猛神 沙良(ib3204)が左の前足を攻撃したせいだろう。
 そして地上前衛組に地龍の意識が向くや否や、砦の矢、バリスタ、そして後衛組の術が一斉に火を噴き始める。
「さあ行くぜ。総攻撃だ」

 沙良は自身が怯えている事を素直に認める。
 これだけの質量を運搬しうる足の骨格強度、筋肉硬度は想像するのも嫌になる。
 いずれ触れられれば痛手は避けえぬ。そんな巨足に向かい自ら踏み込み、斬り、抜く。
 かついだ大太刀を、その銘を思い出し、沙良は一歩を踏み出した。
 一歩出てくれれば後は考えるより先に体が動いてくれる。
 左前足前方より龍の懐へと飛び込み、膝表を斬り抜き、返す一撃で膝裏を強打。
 暴風のように大太刀を振り回した沙良は、しかしその重量に振り回されるような事は無かった。
 振るった刀の勢いそのままに竜の体下へと潜り込み、竜の頭部からこちらの姿が見えぬよう遮蔽を作りつつ後方へ抜ける。
 と、大地に踵を立て急減速。
 尻尾脇をすり抜けようとした沙良は、その視界からは尻尾の根元と左後ろ足が見えるのみだったのだが、更にその先で尻尾の先端が霞んで見えたのに悪寒を覚えたのだ。
 直後、凄まじい速度で尻尾が、沙良が通り抜けようとした進路を薙ぎ払っていった。
 そう、沙良の動きを読んでいたかのように、尻尾は振るわれていたのだ。
 その際尻尾が巻き上げた土砂粉塵に紛れ竜下を抜けた沙良だったが、胡蝶が驚いた顔でこちらを見ている事に気付く。
 彼女も尻尾の動きに気付いたのだろう。問うような視線に沙良は頷いてみせる。

 同時に胴下を潜りにかかる千刀とジーンに向け、胡蝶が叫ぶ。
「ジーン、千刀、上! 牙が来るわよ、左右に飛びなさい!」
 胴下を潜り抜けているのであれば、竜の目からはこちらを視認出来ぬはず。
 にも関わらず、胡蝶の注意通り、胴下より飛び出した二人に向け竜の首が襲い掛かる。
 何とか左右に飛び回避したが、ジーン、千刀共に慄然とせざるをえない。
 この、竜は、つまる所、目ではない何かで、全身の周囲を認知しているという事なのだから。
 露草は、口元に手を当てる。
「アテが、外れましたね」
 如何なる生物であろうと目は弱点たりえる、そう思い狙い所と考えていた露草は、しかしそれで目に見えて落胆しているようにも見えない。
 いずれ目には強固な防御が存在せぬようであるし、狙いどころとしては悪くは無いのだから。
 露草が前方へと伸ばした二本の指先は、くるりと一回転するとそこに符が現れる。
 これを露草は放つでなく投げるでなく、ただその場ではらりと落とす。
 手を離れるや否や符は鴉へと変化し、羽ばたきすらせず一直線に地竜の頭部を目指す。
 黒き矢となった鴉は、地龍の体に見合った大きさの瞳に突き刺さるが、地龍はそれで挙動を変えた様子は無い。
 ディランは魔導書を開き、中に描かれた文字の上に指をなぞらせる。
 書はこの所作を受け、指に合わせるようになぞった文字が光輝く。と、書より一筋の閃光が走り、大地へと沈み込んでいく。
 地に潜った光は四又にわかれ、地龍の四本足全てを絡め取る蔦へと変化する。
 ちら、とディランが城壁上に視線を向けると、待ってましたと言わんばかりに撃龍……もといバリスタの矢が地龍へと襲い掛かる。
 バリスタを操る紗々良も微調整の利かぬ照準に苦労していたようで、こういった好機は決して逃さないのだ。
 彼女に続けと銃眼からは矢が雨あられと降り注ぐ。


 その時露草が結界呪符を張れたのは、全身が感覚器にでもなったかのように神経を鋭く尖らせていたせいであろう。
 度重なる緊張の連続、そして幾度かの痛撃により千刀が転倒し、この体の上に地龍の足裏が降ってきていたのだ。
 ほんの一瞬、止められたのはそれだけだが、僅かの間に意識を覚醒させた千刀は、大地を転がり辛うじて死の一歩を回避する。
 同じく結界呪符を放とうとしながら彼女に一瞬遅れた黯羽は、その反応の良さに小さく口笛を吹きながら、しかし千刀の転倒もこれを彼のミスだとは思わなかった。
 前衛四人は既に何時倒れてもおかしくない程、そして中衛に位置する胡蝶や露草ですら直接攻撃に晒されるような状況なのだ。
 治癒専門に特に招いた水月の歌が、傷ついた皆の体を癒すのもこれでもう何度目になるか。頼んでおいて本当に良かったと心から思える。
 そして、黯羽は動く。
 二振りの小さな刃を組み合わせた術具は、黯羽がゆっくりとかざした両手の前で、宙に静止する。
 詠唱に伴い、最高位の神職の者が用いる程の霊衣が、そのはちきれんばかりの練力に呼応し裾がたなびき波立ち揺れる。
 黯羽が右腕を高らかと掲げ天の一点を指し示すと、術具金蛟剪はそちらに向け一直線に空を走る。
 いや、走ったのではない。斬ったのだ、空を。
 裂けた大気はその奥に、深淵なる不浄の地を潜ませる。
 膨大な量の瘴気に導かれ開いたこの門を潜り、現れ出でたのは穢れとは無縁に見える真白き獣であった。
 気高く誇り高き白狐は、全身をこの世に現した時始めて、ああ、やはり不浄なる者かと万人が納得する証を持つ。
 この世の生物ではありえぬ九つの尾は、何よりも忌むべき悪鬼の印。まさに、陰陽師北條黯羽が呼び出すに相応しき瘴気の主であろう。
 その内に秘めた凶暴性を存分に発揮し、地龍へと襲い掛からせた後、さーてと黯羽は腹をくくった。
「ま、コイツぶちこまれりゃ誰だって怒らぁな」
 地龍が伸ばした首、これに噛み付かれるのだけは回避できたが、顎に引っ掛けられて盛大に吹っ飛びながら、黯羽はそんな暢気な台詞をのたもーた。

 露草は黯羽の術を受けた地龍が、それまでに無い動きをするのを見逃さなかった。
 同じく中衛に位置していた胡蝶と示し合わせ、ここが押し所と攻守のバランスを著しく攻撃に傾ける。
 胡蝶は鬼を呼ぶ符を用いる。
「豪腕の振るい甲斐がある相手よ。出なさい、鉄甲鬼!」
 人間の天敵。人を喰らう者。生者とは決して相容れぬ力瘴気。これを用いてアヤカシを滅する。
 そんな矛盾を長きに渡る研究と研鑽にて乗り越え、胡蝶は巨大な棍棒を手にしたアヤカシを招き出し、地龍への剣となす。
 鬼は咆哮と共に地龍へと駆け寄り、棍棒を上よりたたきつけるように二度、その前足へと振り下ろす。
「まだよ!」
 勢いあまって大地にめりこんだ棍棒が、鬼の腰の振りに合わせこれまでにない威力と共に振り上げられる。
 後の体勢なぞ知った事かといった無茶な振りは、使役アヤカシでもなくば出来ぬ芸当だ。
 そしてこれに並んで突貫する露草。
「へ? 突貫?」
 驚いた顔の胡蝶を他所に、露草は術により生み出した魚。デカイ魚。ひらがなにひらくとうお。を両手でもって、右下から思いっきり斜め上へと振り上げる。
 次は左下から右上へ、更に右下からと何度も繰り返す露草を見て、胡蝶は一言口にせずにはいられなかった。
「……少しは陰陽師らしくしなさいって」

 中衛後衛組が大きく動いたのは、前衛四人にも見えた。
 つまりここが勝負所という訳だ。
 沙良はここで全てを出し切るつもりで、斬竜刀に炎をまとわせる。
 赤き輝きと共に踏み込み、呼吸の尽きるまで、何度も何度も何度でも、酷使した筋肉があげる抗議の悲鳴も黙殺し、刀を振るい叩き付ける。
 刀の軌跡に炎の赤が続き、ある種幻想的な風景にも見えるではないか。
 自身の役割を回避盾としていたジーン。
 戦闘経験においてまだ未熟な所のある彼であったが、状況を予測し、推察し、備える事が出来れば役目は十分に果たせるものだ。
 そうしてどうにかここまで戦場に立ち続ける事が出来ていた彼も、ここに至っては攻勢に転ずる。
「全く……ここまで汚されるとは思いませんでした。最後の手洗いうがいは済みましたか? 地龍殿」
 ジプシーならではの身の軽さを駆使し、大きく飛び上がりながらの初撃。更に数撃加えた後で体を回転させながら剣を叩き付ける。
 常時バリスタとの連携に気を配っていたディランは、やはりここでも連携を忘れない。
 遠距離射撃可能な術士にしか出来ぬ、上空高くにある頭部へ聖なる矢を射ち放つ。
 ディランにはディランなりの目論見があったのだが、それと知らぬまま、城壁のバリスタや弓隊も同じく頭部を狙い始めてくれたのはありがたかった。
「ふむ、そういえば北條が砦の兵に声をかけていたな。なるほど、そういう気配りが大切だという事か」
 一方、連撃にてここぞの勝負をかける幸信もまた、ディランと同じ意図をもっていた。
「テメェの相手はこっちだ、目ェ逸らしてンじゃねェぞ!」
 前足ですらなく胴前方の位置に立って、乱暴に、粗雑に、荒れ狂う暴風の如く両手持ちに刀を振り回す。
 左より薙ぎ、右より切り上げ、再び左より薙ぎ、右から斜め上へと切り上げる。
 沙良がしていた連撃のような美しさはないが、雄々しく荒々しき連撃は、こちらも何処何処までも止まる事を知らず。
 遂に集中攻撃を受けていた地龍の頭部を、幸信攻撃へと引っ張り出す事に成功する。
「へっ、間抜けが」
 その瞬間、斬り上げの位置を変え、頭上にまで至るよう無茶な体勢になるのを覚悟で強引に振り上げる。
 ちょうどそこは、竜が口を開き迫っていた所であった。
 当然、質量差から大きく跳ね飛ばされる幸信であったが、同じく竜の首もまた弾き飛ばす事に成功した幸信は、大地に叩き付けられながらも煽るように叫んだ。
「泣き言は聞かねえ! てめぇで決めろ千刀!」
 ディランも幸信も、竜が皆の攻撃で大きく首を落とすのを待ち構えていた千刀に、繋ぐ事を考えていたのだ。
 前衛の一人として延々戦い続けていた千刀は、既にロクに動きも取れぬ体と成り果てていた。
 それでも、あんな事を言われて、出来ぬなどと口が裂けても言えるものか。
「誰に言ってやがる! コイツで、仕舞いだ!」
 全身が弾け飛ばんばかりに溜め込んだ力を、ただ一点、跳ね飛んできた竜の頭部へと雄たけびと共に解き放ち、地龍の首を叩き斬ったのだった。