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■オープニング本文 そのケモノは、のっそりと山頂より姿を現す。 頂上にある穴、その中より這い出して来たソレは、ぼこりぼこりと音を立てる死の火口より生まれ出でたのか。 赤く、紅く、銅く、部位によってその見え方は異なるも、全身を俯瞰してみれば、やはり赤、で問題無い。 細長い胴、更に細く先細りしていく尻尾、蛇のように伸びた首、そして先端にある頭部の半ば以上を占める口、牙の群。 胴より生えた四肢は大地をがっしりと捉え、一歩ごとに大地の表皮を削り取る。 背中に寝かせてあった二枚の翼を広げると、その全身を覆えてしまう程の巨大な天幕となる。 一つ、二つと羽ばたくと、そこにどんな神秘が隠されているのか、ふわりとケモノの体が宙に浮き上がる。 そして、咆哮。 気の弱い人間ならそれだけで数回死ねそうな、魂の底にすら響く振動だ。 大空を力強く羽ばたくその姿は、俗に、龍と呼ばれる生物に酷似していた。 「すまん、良く、聞こえなかったんだがもう一度言ってくれんか」 そう、街の自警団の団長を務める男は問い直す。 部下は口から泡を飛ばしながら繰り返した。 「ですから! すげぇでかい龍が出たんですって! 順次さんの家丸々一軒炎で丸こげにしちまって、今はその辺うろついてるんですよ!」 アヤカシならわかる。しかし龍とは。それも彼が言うには、常の龍とは比べ物にならない程大きいらしい。 急ぎ団長は現場に向かうが、すぐに現場付近から多数の人間が駆けて来るのが見えた。 「おいどうした!」 「おおっ! 団長! 龍が! 龍が人を食いやがった! やべえ! マジやべえっすよおおおおおお!」 男が指差す先に、龍の首だけが見えた。 遠近感が狂ったか。物見櫓と同じ高さまで、その首は伸びていたのだ。 直後、すぐ隣の物見櫓を食い折り、龍は大きく息を吸い込み、炎の柱を噴出した。 順次の家は街外れにあるからこそ、一軒で済んだのだ。 炎の柱は瞬く間に三軒の家を飲み込み、燃やすではなくあっという間も無く墨へと変えてしまう。 団長は、声を限りに叫んだ。 「馬鹿者! あれはアヤカシだ! 皆今すぐ街から離れろ! 食い殺されるぞ!」 団長は瞬時に、街にある戦力ではあれをどうにもしようがないと、悟ったのだった。 辛うじて避難が間に合った街長は、その被害の大きさに呆然とする他無い。 金銭的、物的被害はもう、そのものずばり、街一つ分、だ。 逃げ延びたほとんどの者が着のみ着のままで、狂ったように暴れまわるアヤカシに、街の大半を焼き滅ぼされてしまったのだから。 人的被害も甚大だ。逃げ延びたのは総人口の三分の一にも満たない。 五百以上居た住民の三分の一だ。街は今頃さぞ凄惨な光景となっている事だろう。 アレは、それまで散発的にしかアヤカシが現れなかったこの街に、旅人が数年に一度周辺地域で被害に遭う、その程度の頻度しかアヤカシに出会えない場所に、突如現れたのだ。 空を飛べるようで、それはそれで物理的にそう出来るのは理解出来る。 しかし、通常は強力なアヤカシであればあるほど、瘴気の森深くに鎮座しているものだ。 それをこのような、まるで特攻の如き侵略を行なうアヤカシなぞ、想定の外だ。 兵の手配? 間に合うまい。突如この地に現れたアヤカシだ、この地を去る時もまた同様だろう。 それはつまり、再びこのような被害が別所で起こる、そういう事でもある。 出来得る限り大至急、街一つを容易く飲み込むようなアヤカシを退治する。そんな真似、開拓者ギルドでもなくば成し得ないだろう。 街長は、すぐに開拓者ギルドを頼った。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
沖田 嵐(ib5196)
17歳・女・サ
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 高度の関係から、先にアレを視認するのは上空の五人であった。 安全域から、さて行くかと飛び上がると、すぐに目に入ってきたそれは、街であった場所の中心に我が物顔で鎮座していた。 正直極まりない感想をパラーリア・ゲラー(ia9712)は溢す。 「ほえ〜、にわかには信じられないけど、こんなびっくりサイズのアヤカシ龍がいるんだね〜」 街の景色を目にして、今にも泣き出しそうなのは水月(ia2566)だ。 焼き払われた街を見て、こみ上げるものがあるのだろう。 フェルル=グライフ(ia4572)は誰に言うともなく言葉を口にする。 「これは大きいですね……そして放つ威圧感も並みのアヤカシの比ではありません」 ふむ、と椿鬼 蜜鈴(ib6311)も話に聞いていた以上の迫力に、僅かに眉根を寄せている。 「之を倒すはちと骨が折れそうじゃの」 半ば呆れるように沖田 嵐(ib5196)が。 「でかさだけなら合戦で見た巨大アヤカシ並みだな」 はい、と頷くフェルル。 「もっと大きく危険なアヤカシも見てきました。何より困っている人がいる以上、戦うことに迷いはありません。参りましょうっ!」 一方地上組でも上空組と同じ感想を抱いた、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が口を開く。 「っはー……でっかいわねぇ」 尤も、後に続く言葉は一般的とは言い難い。 「これ……あたしの団に欲しいなー……」 食費だけで軽く破産出来そうな気もする。 こんな事をほざいている風葉を、走龍フロドに乗せ戦場まで一緒に運んでやっているルオウ(ia2445)は、彼女のこんな台詞も付き合いの長さから慣れているのかさらっとスルーしてたり。 呆れ顔の管狐、三門屋つねきちも含めて。 ルオウは事前に伝え聞いていた、アヤカシによる竜もどきの話が気に入らず不機嫌であった。 しかし、と出撃時を思い出す。 あれは男子なら誰でもが熱くなるだろう、そう信じてやまない、そんな光景を目にしたのだ。 機嫌の悪さを一発で吹っ飛ばしてくれた、現在フロドの後ろを追いかけてきている、アレの事だ。 グリムバルド(ib0608)は出撃に合わせ愛機ヴェルガンドに乗り込む。 正面のハッチを開き、ヘルメットを被りながら滑り込むように中のシートに腰を落とす。 ハッチが閉じた瞬間は全てが真っ暗で何も見えないのだが、徐々に周囲に輝きが満ちてくる。 ハッチのロックを閉め、練力計の振りを確かめ、宝珠の輝きを自身の目で確認する。 この間、両足を設置されているブーツに入れ込み、手を使う作業が終わるなりブーツの紐を痛いぐらいキツくしめる。 最後にこちらも設置されているグローブに両腕を入れ、起動だ。 瞬間、酒に酔ったような軽い酩酊感と、大地が失われたような浮遊感が襲う。 何時もの事だと、意識をしっかり持つと、すぐにヴェルガンドの腕、足、の感覚を掴む。 右腕、良し。左腕、良し。右足、反応鈍め。左足、問題無いが左右のバランスに若干の問題アリ。 右腕に持った大剣を、頭上高くに掲げ上げた後、思い切り振り下ろしつつ大地に触れる事なくこれを止める。 左腕の大盾は、屈み込みながら大地に叩き付けてみる。 ヴェルガンドの腕から伝わってくる反動で、腕の調子、盾の調子を確認する。 確認事項終了。いずれも出撃に問題無いレベルだ。 物が物であり、機体各部の確認は出撃直前にしなければならない。 下手な朋友よりよほど気難しい乗り物なのだ。 さて、とヴェルガンドを歩かせようとした所で、さっきから延々そうしていたらしい、きらっきらした目でこちらを見つめ続けるルオウに気付いた。 「……男の子だもんな」 気持ちはわかるグリムバルドは、これにつっこんだりしないでいてあげるのだった。 パラーリアはまず敵間合いの把握に努める。 何せ他に類を見ない大きさだ、距離感ひとつとっても手探りに近い。 計りの一矢を放つと、矢は竜の鱗に当たり甲高い音と共に跳ねた。 次はあたしだ、と言葉によらず行動によって現したのは嵐だ。 一番狙い易い、上に大きく伸びた翼を狙ってみると、大地をも切り裂くと言われた戦斧から痺れるような手ごたえが。 「硬ってぇな……!」 翼の先端付近まで堅いのは、骨格が異常に強固なせいだろうと思われる。 そうこうしてる間に、地上部隊も包囲をはじめ、フェルル、水月の援護術も飛び始める。 更に、稲妻は光るわ氷塊は飛んでくわ。 風のように龍の周囲を駆けるはルオウと走龍フロドだ。 そして巨龍の正面に雄々しく立つグリムバルドとアーマーヴェルガンド。 嵐は、盛り上がって来た、とばかりにテンション上げて赤雷を駆る。 空中組では唯一超接近を余儀なくされる嵐は、当然龍に狙われやすくもある。 直線で降下していった嵐が突然、手綱を斜めに引き絞ると龍の首がこちらを向く。手綱を引いたのは一重に勘、それだけだ。 大きく開いた口の中より炎の舌がちろりと見えた直後、爆発したかのように紅蓮が視界を包み込む。 視野の半ば以上を覆った炎も、赤雷の旋回によりまともな空へと変化する。 ちょうど吐き出された炎は赤雷を挟んで反対側を突き抜けていく。それでも、目が痛くなるほどの熱風に眉をしかめる。 「灰も残らねえな、あんなの」 初のブレス。これを観察していた風葉は頬が引きつるのが自分でも良くわかった。 「……隙、無さすぎよ。前動作もほとんど無いじゃない」 多分、嵐がかわせたのは偶然とか幸運とか、そういった理由だ。更に言うなら、空中で高速機動しているのも良かったのだろう。 だがこれでは地上、それも徒歩と巨体の風葉とグリムバルドは撃たれたら堪えるしか手が残らない。 誰もがその回避の困難さ、威力の高さに目を奪われていた。 だが風葉は、龍が口を開き、炎が放たれる一連のプロセスに、何処か不自然さを感じていた。 それが何なのか言葉にするのは難しいが、強いていうのであれば、体内で炎を作り出し、これを吐き出したとしたのなら、龍の長い喉にも、その巨大な腹部にも、動きが無さすぎだと思えたのだ。 もう一発、見れば確信出来る。 そう考えた瞬間、風葉は走り出す。推測が正しければこれは風葉が最も適任であるはず。 「ちょ!? だんちょ何してんの!?」 ルオウが叫ぶのも無理は無い。後方に下がっていた風葉が龍の前へと飛び出して来たのだから。 それでも直接攻撃の範囲からは外れているが、その場所は、ブレスを絶対かわせない。 風葉の極めて挑発的な術攻撃を受け、龍はならば喰らうがいい、とばかりにブレスを撃ち放つ。 両腕を交差し顔を庇うように、風葉はたったそれだけで炎の海にその身を晒す。 前後左右上も下も、全てを覆い尽くす炎に包まれた風葉は、そんな中で、にやりと口の端をあげた。 直後、その巨体からは想像も出来ない素早さで、龍が這いずり迫って来た。 長い首を伸ばし、小柄な風葉を一噛みにせんと大きく口を開く。 「っだーーーーー! 間に合えーーーーー!」 猛然と駆け寄るはフロドに乗るルオウだ。 かなり限界一杯な走行にフロドの表情が歪んでいるのがわかるが、今ここで僅かでも速度を落とすわけにはいかない。 「悪ぃ! 踏ん張ってくれよフロド!」 右耳から龍首が風を切る音が聞こえてくる距離で、ルオウは風葉を小脇に抱え上げ、一息に駆け抜ける。 後方をもんの凄い暴風が吹き抜けていくのを、大量の冷や汗と共に見送るルオウ。 そして九死に一生レベルの危地を潜り抜けたはずの風葉は、空に向けて大声で叫んだ。 「奴のブレスは術と同じよ! フェルル! 出来る!?」 必要最低限の事しか言わない。所々主語や述語が抜けているのだが、それでも充分意図は通じたようでフェルルが頷くのが見えた。 呆れたようにルオウ。 「だから術抵抗が得意なだんちょがつっこんだって話かぁ。なあ、だんちょもしかしてあんだけのものもらっといて、無傷だったりする?」 「……いや、うん、まあ、ちょっとだけ、かな」 返答が要を得ないのは、多分すげぇ熱かったせいだろうなー、とルオウは思うのだった。 フェルルは、仲間達を一人一人順に見やる。 今回、術抵抗に長けた人間が多いのは幸運であった。 問題は最前衛を担う二人がそうでない事だが、これは近接職なら当たり前といえば当たり前の話だ。 風葉はつまり、これを補えと言っているのだ。 その気配を感じ取った鷲獅鳥スヴァンフヴィードは、飛行速度を落とし、滑空へと切り替える。 その背で、フェルルは静かに立ち上がった。 足首の力のみで風の抵抗を堪える。 ゆっくりと、右腕を腰脇から胸の高さに、そして額の前まで持ち上げる。 風はひっきりなしに右に左に前に後ろにとフェルルへ襲い掛かる。 左腕を返しながら外へ流す。体はやはりゆっくりと、斜めに傾けながらも正中線は外さぬまま。 全身の筋肉がはちきれそうになっているのは、風に逆らい続けているせい。 スヴァンフヴィードもまた滑空速度は決して変えず。敵攻撃範囲内にありながら実に優雅に空を流れる。 水面下の白鳥がそうであるように、優美で、優雅で、気品に溢れた佇まいには相応の努力が必要という事だ。 世界の理に乗っ取った見た者の心を支えうる舞を届けたいと願うなら、例え空の上であろうと、決して舞のあり方を変えてはならない。 皆を守る、そんな想いの篭もった舞だ。 そしてスヴァンフヴィードと並び、時に交錯しながら大空を行くこちらは漆黒の鷲獅鳥、闇御津羽だ。 これを駆るは水月。 操るは歌。闇のエチュード。 序盤こそ基礎的な技巧で構成されているが、徐々に歌唱難度が上がっていき、後半になると著しい緩急と変調が発生してくる。 元々この歌が作られた目的が歌い手の技術向上であるかのように、歌い手を試すような構成になっている。 そして聞く側からすれば、歌に詳しくない者には歌が進むにつれ安定感が失われていくような感じがし、歌に詳しい者ならそれ以上に歌い手が最後まで歌いきれるかが不安になってくる作りになっている。 闇のエチュードという吟遊詩人のスキルは、別にこの歌でなくともいいのだが、そもあまり暗い歌の好きではない水月は、こういった選曲になってしまうのだ。 それは次の曲にも現れている。 『怠惰なる日常』と名づけられたこの技術は、通常不快な音を連ねる事が多いのだが、水月はこれをも好みに合わせてしまう。 今日はもう寝るの。 今日はもうすぐ寝るの。 今日はもうすぐいま寝るの。 おやすみなさいなの。 おやすみなさいするの。 おやすみなさいしたいの。 おやすみなさいじかんなの。 おやすみなさいしなきゃなの。 のんびりと、ゆったりと、まどろむようなそんな歌。 曲のリズムに合わせ、水月がぽん、ぽん、ぽん、と闇御津羽の背を叩くと、闇御津羽も指示に従い体を右に左にと揺らし続ける。 色んな意味でやる気を根こそぎ奪われるような歌であった。 蜜鈴の雷槌が龍の翼を貫くのもこれで三度目。 いい加減見た目にも変化が現れて来たのだが、ここでようやくこちらの狙いを悟ったか、龍は大きく羽ばたき始める。 「其の翼は広げさせぬ。地に這い蹲り其の侭果てるが良かろうよ」 神秘をその刀身に宿した短剣アゾットを片手に、残る手で手綱を握る。 前方へとアゾットを翳し、術の詠唱を始める。 魔術師は精霊力を操る。言うなれば巫女に近いものだが、放たれる術の攻撃性はどう贔屓目に見ても陰陽師のそれだ。 蜜鈴を取り巻く大気に緊張が走る。 今にも破裂しそうな切迫した、文字通り空気の中、見えぬ大気に起こった異変が具現化しはじめる。 光、それは小さな蛇のように蛇行し、うねる。 細かな破裂音が断続的に続き、蜜鈴の集中に呼応するように光もまた強く、大きく育っていく。 異変の中心地であるアゾットには既に蒼銀の輝きが纏わりついており、放電により発生した磁界が、蜜鈴のしなだれる髪を大きくたゆらせる。 そして呟く、導きの言葉を。 「Ark Blast」 まるで定規を添えたかのようにまっすぐ飛ぶ。 一際大きな破裂音は、龍の翼を貫いた時に起こったもの。これは砕いたか、そう期待したのも無理は無い。 だが、龍が傷を無視して一羽ばたきすると、その一挙動のみで龍の全身が空中高くへと舞い上がったではないか。 炎が術であったように龍の飛行もまた術、ないし何がしかの神秘に支えられてのものなのだろうか。 龍の飛行を見るのはこれが始めてのはずの風葉の声が響いた。 「右翼! 怪我のせいでバランス乱れてるわよ!」 これに応えたのは、パラーリアだ。 飄々とした感じでありながら、何時のまにやら龍の懐深くにまで迫り寄っていたのだ。 「りょーかいにゃ♪」 龍の背後、低空から昇りあがるように接近したパラーリアとその駿龍は、戦闘の最中ひたすら観察を続け、その視野の限界、巨体が巨体故に出来る死角の位置を探っていたのだ。 突如の接近に龍も驚いたのか、蜜鈴を狙おうとしていた首をそちらに向け、そして相互の距離からブレスではなく直接攻撃を狙う。 その判断を、龍が何時しているのか。 これをも、パラーリアは見切っていた。 風葉の観察は戦闘全体を優位に運ぶ為のもの。 パラーリアのそれは、細かな戦闘の機微である。 龍の知能は低くないが、それでも瞬時の判断が一定の基準の下に統一されてしまうのは、戦闘を前提とする生物であるのなら当然のあり方であろう。 それを、パラーリアは見ていたのだ。 龍が近接攻撃を選びそう動いた直後、パラーリアは駿龍を旋回させ攻撃範囲から外れてしまう。 物理的に届かない位置相手では、如何な巨龍の鋭い攻撃とて当てようがないのだ。 こうして攻撃をいなした直後の、今度はこちらの攻撃機会に、パラーリアは我が身の存在すら忘れる程の精神集中を果たす。 彼方にある龍の体が、まるで手を伸ばせば届く場所にあるかのように身近に感じる。 パラーリアは更に手を伸ばす。 頭部に、顔に、大きな口を避け、鼻筋を滑り昇り、左右に二つある、右を。 ごつごつとした、金属と変わらぬ硬度を誇る鱗、それらとはまるで違う、しかし他の生物と比べると破格の強度、そう強度と呼べる程に堅い、水晶のように光を吸い寄せ照り返す、龍の眼球その表皮に、触れた。 パラーリアが意識を取り戻したのは、龍が苦痛の雄叫びを上げたせい、おかげか。 とりあえず片目を奪ったパラーリアは、これを見て合わせるように動き始めた騎影を見て満足気に頷く。 「翼みたいに大きなものは、やっぱり矢じゃなくて刀のが合うにゃ」 パラーリア眼下の騎影、フロドは走る。 速度はこれまでに無い程上がり、本当に制御出来てるのか不安になる程。 ルオウが気合の声を相棒に伝える。 「フロド、行くぜぃ!」 満を持して、フロドが飛んだ。 それは跳躍と呼ぶにはあまりに高く、遠すぎた。 自らの力のみで飛び上がったはずなのに、着地を心配してしまう程の高さ。 飛行中なので問題ない。そもそも目をやられて反応が鈍っている。そんな龍に、走龍フロドは大跳躍で迫る。 まずフロドの蹴りが翼に命中し、続き袈裟に振り下ろす形でルオウの刀が煌く。 一斬で翼を斬り開きルオウとフロドは龍の右翼ど真ん中をぶちぬいた。 いや、一斬ではない。 袈裟に振り下ろしていたはずのルオウの刀は、翼を貫いた時には逆袈裟に振り上げられていたのだから。 いや違う、横一文字か、閃光の如き突きか。 全て、であった。 片翼を失った龍は空中から叩き落される。 それでも龍は大健在。大きく振るった尻尾が回り込もうとしていたパラーリアを牽制する。 しかし、今が攻め時なのも事実。 嵐は多少の無茶には目を瞑り、赤雷に突入を命じる。 来る、わかっていたから奥歯を噛み締め覚悟を決める。 龍のブレスが嵐と赤雷を襲う。フェルルの援護の術は入っているが、強烈無比な威力を全て殺しきるのは無理がある。 堪らず失速する赤雷。それでも速度が落ちなかった嵐は前方へとつんのめる。 そこで、堪えずその身を前に投げ放った。 ただの一歩も、引いてなぞやらぬとばかりに。 「さっさと瘴気に帰れ!」 空中に飛び出しながら、龍の頭部目掛けて一直線。 両手で抱えてなお余る巨大な斧を、龍の顔面に叩きつけてやった。 龍の頭部が、激痛に大きく跳ねあがる。 刺さった斧が抜けないせいか、嵐もそのままぐんと上に引っ張り上げられる。 ものっそいキッツイ状態だったのだが、ふと、声が聞こえた気がして素直に手を離す。 「嵐さん!」 フェルルのスヴァンフヴィードが、空中に投げ出された嵐の後ろ襟を、前足でひょいっと掴んでこれを保持する。 「おおっ、助かったぜ」 「……とりあえず、治療しますね」 色々と言いたい事があるのだが、今言ってもしょうがないし、何より、言っても多分聞いてくんないんだろーなーとか思えたので、今はともかく必要最低限の事だけしようとしたフェルルであった。 グリムバルドのヴェルガンドは、地上で、誰よりも大きく、かつ眼前に立ち続けている、という龍に狙われる要素を山盛り持っていたので、開拓者の中で最も損傷を受けていた。 龍が圧し掛かるように体当たりしてくるのを、盾を翳しつつ両足よりアンカーを大地に打ち込み後退をすら堪える。 そう、皆は速度で撹乱しながらの戦闘だが、グリムバルドはただ一人真っ向よりの力勝負を挑んでいたのだ。 中に乗っているとこの堪えている時の機体の軋む音が、恐ろしく感じられて仕方が無い。 そんな恐怖を意志の力で捻じ伏せ、首下に鉈のような大剣を叩き込む。 すぐに反撃の噛み付きが左腕部へ。 口元を残る腕でぶっ叩いてやると牙が離れる。 突然龍の顔面が衝撃に歪んだのは、パラーリアがこいつはおまけ、とばかりに残る目も射抜いてみせいたせいだ。 それでも龍はまるで動きを止めない。 アヤカシの不思議パワーでも使っているのか、グリムバルドに何度も何度も頭部やら胴やらを叩きつけ続ける。 水月も回復に回り、フェルルと二人がかりでグリムバルドを支えにかかる。 もう、練力も残り少ないグリムバルドは、これが最後と体の奥底の力を捻り出し振り絞る。 風葉の側に降りた蜜鈴は、眼前に鉄の壁を作り壁としている。 蜜鈴は風葉の考えを聞き降りるよう言ってきた理由を理解する。 ならばと風葉の前に片膝立ちで構え、アゾットを抜き放つ。 龍をにらみつけたまま蜜鈴は口元を緩める。 「おぬしも中々に面白い事を考えるのう」 こちらも詠唱は始めている風葉。 「あの手のは最後がしぶとく手強いってもんでしょ。だから、最後はデカイのぶちこんで一気に終わらせるのよ」 グリムバルドが吹っ飛ばされ、ブレスが備えた鉄の壁を焼き溶かし始める。 「ではやるかの」 「ええ、やってやるわ」 二人はほぼ同時、ほんの僅かに蜜鈴が速く、術を行使する。 まずは蜜鈴のアークブラスト。 大気に大穴を穿ち、龍へと一直線に伸び行く。 この、大気が帯電している間に、風葉の術が放たれるのだ。 霊杖カドゥケウスが光り輝いているのは、朋友三門屋つねきちがその身を宿し、風葉と共に戦っているからに他ならない。 「これが全開ッ……これが効かないなら、あたしにはこの場所に立つ資格なんかない!」 瞬きする間もなく雷撃は龍の胴中央に突き刺さる。 それだけに留まらず、胴内を走りぬけ、後ろより突き抜けていった。 ほんの少し、間があいた。 龍は首を大きく左右に傾げた後、大きな地響きと共に倒れ伏すのだった。 |