|
■オープニング本文 「さあ、殺そうか」 ジョシュアは両手を大きく広げ、嬉々とした顔で歩を進める。 彼の進む先には四人の子供が。その前に立ち塞がるように青年が一人。 「ふざけんな! 殺して解決なんざ俺は絶対認めねえぞ!」 「ああ、そう」 轟音が響く。 振り返る青年はそこに、頭部を射ち抜かれた子供の姿を見る。 「なら相手してもいいんですけどね。標的は、先に落とさせてもらうよ。ほら、こちらも仕事なんでねぇ、大切な事さ。ジルベリアの民の為♪ 振るえ我等が正義の剣♪」 青年を後ろから蹴り飛ばし、彼の見ている前で、次の子供を斬るジョシュア。 彼を止めようと動く青年をあざ笑うかのように、更にもう一人を銃弾が撃ち抜く。 結局、青年はただの一人も守る事は出来なかった。 呆然と立ち尽くす彼に、ジョシュアは優しく諭してやる。 「この四人を保護し、成長するまで面倒を見るのにかかる税金は、救貧所数年分の費用に匹敵しますよね? 彼の地で救われる人数は? 四人? 四十人? 四百人? いずれ比べるのも馬鹿らしい差でしょう」 物陰より狙撃していたもう一人、ヘルマンも姿を現す。 そちらを見て頷いた後、ジョシュアは言葉を続けた。 「ジルベリアに逆らい失われた王家の遺児なんて、反乱勢力に奪われでもしたら事ですよね? なら彼等には十全な保護がいる。それはお金のかかる事なんですよ。そして保護していたとしても、奪われないとは限らない。もしこの子供達が反乱に立ってごらんなさい、死者の数は数百に達するでしょう」 青年は涙目で怒鳴り返す。 「この四人の誰が遺児かわからなかったんだぞ! それを全て殺す事は無いだろう!」 「確認の術がありませんし。ま、顔つきで何となく判別はつきましたが、事が事ですし、念は入れるべきでしょ、ね?」 まるで納得いってない顔をする青年に、ヘルマンは、なら仕方が無いと躊躇無くこれを射殺する。 「あれま。まだ説得の最中だったんですが」 「何時もと一緒だ。作戦中の被害は五人までなら許容範囲だ」 はふうと嘆息するジョシュア。 「ヘルマンさんは、本当ブレませんねえ。頼もしい限りですよ」 ジルベリアの暗部を担う二人の男、ジョシュアとヘルマン。 目的の為に手段を選ばぬ、しかしそれでも二人共、れっきとしたジルベリアの騎士である。 二人にしか成せぬ仕事を、彼等は独自の規範に従い淡々とこなす。 女も斬る。子供も撃つ。清廉な者も正しき者も須らく、ジルベリアの統治を脅かすとなれば、二人は躊躇なくこれを殺害する。 表向き領地経営に勤しむ二人の騎士は、実際は表に出せぬ殺しを任務とする、国が抱える殺し屋であった。 極めて特異な命令系統に属する二人に直接命令を下せる人間は存在しない。 彼等は彼等の判断によって、ジルベリアの障害を排除していくのだ。 都市伝説にでもなってそうな組織であるが、その歴史は長く、現在の皇帝が帝位につくずっと以前から存在しており、ジョシュアとヘルマンの二人は六代目に当たる。 ジョシュアもヘルマンも、ジルベリア帝国への忠誠など持ち合わせていない。 ジョシュアは飄々とした言動でその心底が読めぬ男だが、長年に渡りこのような薄汚い仕事に従事してきたせいか、一般的な人間が幸福を感じえる事に欠片も興味を示さず、それのみが唯一の趣味であるかの如く実に楽しそうに仕事を行なう。 ヘルマンは元々この組織の為に作られた人間ではないが、この大陸の大多数の人間の幸福を願っており、これを守る為一番効率的な手法としてこの組織へ参加する事にしたのだ。 タイプも思想も違う二人だが、手段の苛烈さと見切りの早さがほぼ同水準で、それ故にぶつかる事もなく共に任務をこなす相棒となりえていた。 互いが信用しあっているかどうかはまた別の話だが、いずれ紛う事なき正義の使徒である。 ジョシュアは机に突っ伏す男の横よりその手紙を抜き取ると、斜め読みに目を通す。 「なるほど、なるほど。つまり、そろそろ我々が鬱陶しくなってきたと。確かに、ビィ男爵なぞの追求をかわすのも大変なのでしょうが、トカゲの尻尾を切ってそれだけで済ませるつもりとは……」 ジルベリアの利益になる行為とは、つまりジルベリア貴族にとっての利益となる行為と直結する事が多い。 ジョシュアは彼等の利益を、何度も何度も守ってやった事がある。単にそれがジョシュアの目的の副産物であったとしても、ジョシュアはこれを恩に着せる事を忘れなかった。 恩を売り、弱みを握り、貴族を味方に抱きこみ、何時見捨てられてもおかしくない立場を守って来たのだ。 しかし最近、ジョシュア達が受け持ってきたトラブルの解決を請け負う組織が台頭しはじめた。 開拓者ギルドである。 その筆頭がビィ男爵であり、ジルベリア帝国に斯様な暗部なぞ不要と言ってのけたのだ。 そんな彼の背後にはもちろん開拓者ギルドがついており、ビィ男爵はギルド普及をジルベリア国内にて強力に推進する人間でもあった。 開拓者ギルドの内部でもギルド係員と同じ権限を有している彼の押しに抗しきれず、ジョシュアを後援する貴族達は、ジョシュア達を生贄に捧げる事で彼等への追求を逃れようと画策したのだ。 ジルベリアの法を、ジョシュア達を通じて幾度も踏みにじって来た証拠を揃えられたのだろう。 事情を聞いたヘルマンは、銃の手入れを行いながらぼそりと呟く。 「……来るか?」 貴族達がジョシュア達を見捨てるには、一つ絶対がつく条件をクリアせねばならない。 「でしょうね」 ジョシュア達は裏切り者を決して許さない。故に、ジョシュア達を見捨て敵対するのなら確実にその反撃を封じなければならない。 「開拓者、か」 つまり、彼等を殺してしまうしかないのだ。 「既に動き出している事でしょう。これからどんな工作をした所で間に合いません」 ヘルマンは手入れを終えた銃を懐にしまいこむ。 「まずそいつらを殺し、次に裏切り者を殺す。だが、開拓者ギルドはこの世界にとって有用だと考える」 「同意見です。ですから、ジルベリアにおけるギルドの監督権は、我々がいただいちゃいましょう」 全ての手配を整えたビィ男爵は自室の窓から外を眺める。 「開拓者が失敗したら、私もこれまで、か」 開拓者の力を信じてはいる。しかし、命をも含む自らの進退全てを賭けるとなれば、また違った感慨もあろう。 ジョシュア達がこれまで上げてきた功績を認めない訳ではない。 しかし、それでも、結果生じた大量の悲劇、理不尽を、男爵は認められない。 社会に矛盾が存在するのは百も承知だが、秘密裏に全てを処理してしまおうというスタンスは、綺麗事云々抜きにしても、帝国の未来の為、正しておくべきと考えたのだ。 「これまでお前達が見限ってきた未来達を、私は、とても大切なものだと思うのだよ……」 そう、ジョシュア達の未来を見限る事に決めたビィ男爵は、溢した。 |
■参加者一覧
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
リーナ・クライン(ia9109)
22歳・女・魔
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
エルシア・エルミナール(ib9187)
26歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎
大谷儀兵衛(ib9895)
30歳・男・志 |
■リプレイ本文 煉谷 耀(ib3229)は、皆が二つのチームに分かれる前に、戦場となる箇所をまず確認する。 「……聞きしに勝る、か」 彼等は驚く程大量の罠をそこら中に仕掛けていた。 このままでは自分達も出られない程であり、恐らくは毎朝毎晩、これの解除と設置を繰り返しているのだろう。 そんな周到さが、彼等の住む世界が如何ようなものだったかを耀に教えてくれた。 即座に、不意打ちは不可能と断定。 遠距離職のからす(ia6525)とリーナ・クライン(ia9109)の協力を得て、少々派手な解除を試みる。 耀はシノビらしい細やかな指示を二人に伝えた後、作戦通り二つのチームに分かれ、号令の腕を振りおろした。 前衛が突入すると同時に、前方罠地帯にリーナの放つ吹雪が吹き荒れる。 これで罠の幾つかは凍結し、幾つかは作動する。 そして反対側からの突入となったからすが、耀の指示に応じて残る罠を射抜いていく。 通常、ここまでの用意をしている者は安堵と共にねぐらに入っているものであり、ならば時を浪費せぬ突入と罠解除を同時に行なったコレならば、体勢を整える前の強襲が可能、と考える。 しかし耀は事前に、その可能性を否定しておいた。 耀はシノビだ。だからこそ見えた。 この罠を仕掛けた者が、こうした開戦前の細かなやりとりに長けているという事を。 彼等が寝泊りしているだろう簡易なテントの中から、銃声が鳴り響く。 突入していた耀の左肩が大きく弾ける。 あまりの激痛と勢いに、左腕がまるまる吹っ飛んだかと思えたが、幸い腕は残ったまま、肩の端を削られたのみであった。 銃撃に対し、狙いを定めさせぬ走法を用いていたのだが、まるで通用していない。 それでも、と耀は僅かにだが安堵する。 耀の狙いは主力近接組をヘルマンより守り、その接近を援護する事だったのだから、自分を狙わせられた段階で、既に緒戦は耀の勝利であったのだ。 ジョシュアとシールドの二人は背中合わせに立ち、これを取り囲むように相川・勝一(ia0675)、エルシア・エルミナール(ib9187)、エリアス・スヴァルド(ib9891)の三人が位置する。 真っ先に、より手強い方であろうジョシュアに突っ込んだのはエルシアであった。 ジョシュアより斜め下から掬い上げるような剣撃がエルシアへと襲い掛かる。 腰を落としながら盾で防ぐ。 否。 防げたが、支えられない。 エルシアの重心がジョシュアの剣にて大きく上にズラされる。つまり、持ち上げられてしまったという訳だ。 体が浮いている状態で残る左手の盾を叩きつけられると、踏ん張る足場を奪われたエルシアはもんどりうって転がり倒れる。 エルシアが上体のみを起こすのと、ジョシュアが跳躍するのがほぼ同時。 転倒したエルシアにトドメをと飛んだのだが、ジョシュアは空中で身を捩って盾を振るう。 重苦しい衝突音は、勝一の放った投げ槍、グングニルが弾かれた音だ。 咄嗟に、エルシアは足を伸ばして空中に居るジョシュアの足を払う。 先程エルシアがそうされたように、踏ん張る足場無しでは如何な剣豪であろうと堪える事は出来ない。 大きく崩れるジョシュアに、エルシアはこの間に体勢を整え、そして、勝一が踏み込む。 長物を振るうには明らかに近すぎる距離。これを柄の半ばを持つ事で解決し、抜き胴のごとく脇をすりぬける。 これをすら、剣捌きのみで受けてみせるジョシュア。 しかし、柄の半ばを持ったのは伊達ではない。 勝一は刃が流されるなり、ジョシュアに背を向けた姿勢のまま石突を突き入れる。 その感触の不可思議さに、勝一は後ろも確認せぬまま斜め前方へと大きく跳ぶ。 後頭部のすぐ後ろを強い風が吹きぬけると、全身から冷や汗が噴出す。 一方シールドの前には、エリアスが立つ。 エリアスは、一瞬右肩をブラせて僅かな牽制を見せた後、左足を大きく前に踏み出す。 同時にテイクバック。 体を捻る動作と、前へと進む動作が同時に行なえる、惚れ惚れする程見事なジルベリア剣術である。 対するシールドは、こういったジルべリアの剣術と対戦経験が多いせいか、初見でいきなり懐へと踏み込んでいく。 モーションでも盗まれたかのような完璧な入りであったが、エリアスはテイクバックで後ろにもっていった重心を、剣は後ろにおいたままに前へと移動する。 肘打ちを狙うシールドに、更に踏み込んだエリアスが頭突きを叩き込む。 正統な剣術使いと見ていたシールドは虚を突かれ一撃をもらうも、痛撃を堪えながら肘を振り抜き、強引に相打ちに持っていく。 お互いたたらを踏んで後退するが、二人には決定的な差があった。 「氷の精霊よ、冷たき枷となれ」 エリアスの背後には、魔術師リーナが居たのだ。 例えば、魔術にて氷の弾やら矢やら槍やらが飛んでくるのなら、速度次第で回避の余地もあるかもしれない。 しかるにリーナの術は、そも目に見えない。 問答無用で凍らせるのだ。今シールドの腕がそうであるように。 氷の術に長けているだけあって、リーナはこれの心理的効果も熟知している。 まるで呪いの如く、一箇所、また一箇所と体の一部が凍結していくのだ。 如何な戦士とて、何処までも冷静でいられるはずがない。いや、冷静であったとしても、そうある為に心のリソースをかなりの所消耗せざるをえない。 殊更に無表情のまま同じ術を行使し続けるのには、こんな理由があるのだ。 エリアスと剣を交えながら、シールドもまた無表情にリーナの術を無視し続ける。 まるで効いていない、一体何をしている。そう、言い放つかのように。 リーナは内心のみで喝采の拳を握る。 そう、本当に効いていて、かつ前衛が突破出来ない敵はそう返すしかないのだ。 しかし何時までも、先に魔術師を倒すべし、といった誘惑に勝てるはずがないことも、リーナは知っていた。 リーナが他所の戦況を確認すべく僅かに目線を外す。そんな、隙とも言えぬものを隙と信じ突進を始めたのが、彼の焦りを表しているだろう。 強引にエリアスを突破したせいで、決して軽くない傷を負ってしまうが、シールドは泰拳士の身の軽さでリーナへ一足跳びに迫る。 「残念っ」 リーナの眼前で、足元より吹き上がる吹雪に包まれるシールド。 一瞬だが完全に動きが止まると、これ幸いとリーナはその場を離れ後を任せる。 エリアスはシールドの背後から、これでもかという勢いで振りかぶった十字剣を叩き付ける。 鎧のおかげか切断は免れたようだが、シールドはゴム鞠のようにぽんぽんぽんと吹っ飛び転がる。 術と剣と、まともにもらったシールドはしかし、即座に体を転がしながら起き上がる。 これを見たエリアスは、剣を肩にかついで臨戦態勢を解く。 「なかなか使えるな……いいぜ、そういう事なら」 人好きのする笑顔を見せると、言葉を続けた。 「元々、今回のビィ男爵のやり口には疑問を持っていてな。降伏すれば逃がしてやるよ」 なあ、とリーナに向かって振り返る。リーナの表情が強張る。エリアスは、リーナではなく、リーナの瞳の中のシールドを見ていた。 震脚と共に放たれたシールドの正拳を、ぐるりと半回転しながらかわし、同時に回転と共に背後に向け振るった十字剣がシールドの体をまっ二つに叩き斬った。 ちょうど同時だ。ジョシュアへエルシアが捨て身のチャージを仕掛けたのが。 翳した盾の脇より、ジョシュアの剣がエルシアを切り裂くもエルシアは止まらず。 盾越しに強烈な体当たりを加えた後、反動で開いた距離を利用する。 先と全く同じ動きに見えるよう、そっと捧げ出すように盾を投げたのだ。 ジョシュアに迫る盾はエルシアの動きを隠し、地をなめるような低い姿勢からの横薙ぎで、ジョシュアの前足を深く斬る。 不意にジョシュアは、まだ距離があるはずの勝一より座視出来ぬ殺気を感じる。 振り返る。ギリギリ間に合った。 勝一は先程投擲したグングニルを拾い、再度これを投げつけて来たのだ。 回避、無理。右腕のみ間に合う。 ジョシュアは投げ放たれた槍の先端に向け、剣を振るう。 下手に弾けば逸れるのみで何処かに刺さる。だからジョシュアは、力点がぴたり相殺しうる角度威力で槍を止めにかかった。 奇跡としか言い様のないこの技に、投げ放たれた槍は中空にて一瞬のみであるが、完全に静止してしまった。 「お前に出来るなら、こちらに出来ぬ道理は無い!」 叫ぶ勝一は、槍の後端目掛け、長巻の切っ先を叩き付ける。 絶妙な加減により停止していたグングニルは、再び勝一による加速を受ける。 ほんの僅かも横にズレず、与えた力全てはまっすぐ槍先からジョシュアの持つ剣へ、そして、剣を弾いた後は彼の体を深々と、貫いていった。 大谷儀兵衛(ib9895)は、なるほど、これがジルべリアの正義の味方の面か、と淡々と作業をこなすように剣を振るうソードと対峙する。 剣の構え一つでわかる。明らかに儀兵衛より技量が上だ。 実に憂うべき事態であったが、それもまた珍しくもない、と儀兵衛は懐より酒を取り出す。 呆気なくソードの無表情が崩れ、怪訝そうな顔になる。 一度、そちらに向け酒瓶を掲げ見せた後、友人にそうするように、ほいっと、瓶を投げ渡してやる。 これを受け取る間抜けなら話は早いんだがな、とまるで酒瓶には反応無しのソードに向けて抜刀と同時に斬りかかる。 一つ、二つ、三つ、打ち込んだ後、不意に身を大きく翻して後退し、暢気に転がっている酒瓶を拾う。 まるで要領を得ない儀兵衛の動きを、ソードはここでようやく見切った。 単純に、時間稼ぎである。 即座に攻勢に出るソード。 儀兵衛は剣を構えながら、さて次はどうしたものかね、と思案する。こんな誤魔化し手であしらえるなら、こちらにはそれこそ唸る程用意があるのだから。 ずらりと並べた長銃六丁。それら全ては弾込め済みであり、ヘルマンはこいつを次々投げ捨てながら撃って来るのだ。 ジェーン・ドゥ(ib7955)は至極単純に、その命中精度と威力が並外れているせいで、強引な接近がなせずにいた。 オーラドライブ全開で踏み込んだ所、ただの一発で大転倒した挙句大きく距離をあけられるハメになったのだから、当然といえば当然であろう。 耀もまた、彼程の俊敏さをもってしても一発もらってしまっている。 それでも、二人で行けば、どちらかは辿り着く。 同時にそう結論付けたジェーンと耀が、左右よりヘルマンへと突貫を開始する。 ヘルマンは左手に短銃を握ったまま右手で持った長銃の先を支え、まず、耀に狙いを定める。 ここで、ようやくからすが動いた。 口の中でぼそりと、見えた、と呟いた直後の事。 極めて小柄な体をめいっぱい大きく開き菱形を作り上げる。小さな体躯でありながらその構えの堂々たる事大鷲の如く。 尤も、そんな見事な会もそれに至るまで同様、瞬時に離れへと繋がっていくのだが。 ちょうどヘルマンの集中が極限に達していた、つまり引き金を引く瞬間を見切ってのからすの弓射だ。 ヘルマンの銃弾は走る耀の足元すれすれを掠めていった。 「捉えました。もう逃がしません」 遂に近接を果たしたジェーンは、ヘルマンの頭部目掛けて突きを放つ。 これは銃使いを相手にする際の手。目線に沿わせる形で狙いを定められると、恐ろしく命中率が上がるのだ。 これを防ぐ為、頭部をまっすぐに。 後退しながらヘルマンは、首を右にかわす。 後ろ足に後退するヘルマンなら、ジェーンはすり足で充分追いつく。 二段目の突き。片手持ちの刀をそうやって伸ばすと、重量がキツいが体を大きく開ける事も手伝ってとんでもなく伸びる。 仰け反りではかわせず、頭をブラす事で辛うじてヘルマンは外す。 同時に、ジェーンは空いた手で懐より短刀を抜き取り、手元も見ぬまま上に放り投げる。 その所作はヘルマンも見えていただろうが、何せこちらは頭部を狙う連続突きの真っ最中。 目の前に伸ばされる切っ先のせいで、視界も制限されているのだから、対応なぞしようがない。 都合五連突きをヘルマンがかわしきった所で、突然ジェーンは何と刀を口にくわえだした。 そして、空中より降って来た短刀を手に取り超接近戦へ。初撃は、不意打ちすぎる為見事命中、鎧の隙間を縫うように一撃をくれてやる。 更に押す。徹底的に押して、そして、やはり突然、ジェーンはヘルマンの脇をすり抜ける。 我が意を得たり、そんな顔をしたのはソードと戦っている儀兵衛だ。 まるで打ち合わせていたかのように儀兵衛とジェーンは敵をスイッチ。 剣技に頼らぬ戦いを身上とする儀兵衛、そして実用であるか否かが最も重要である傭兵上がりのジェーン。 戦地での臨機応変さは他の追従を許さぬ。 それぞれ一撃をくれた後、再び相手を切り替えるが、ソード対儀兵衛は、この一撃で綺麗に形勢逆転となる。 ヘルマンの左肩に突き刺さった矢から、悲鳴とも絶叫ともつかぬ叫び声が聞こえる。 同時に内側より破裂し、夥しい量の出血がなされる。 覚悟を決めたソードが咆哮を用い、僅かでもヘルマンに銃撃の機会を与えんとするが、この範囲ギリギリを保っていた耀が対ヘルマンの前線を担うだけ。 そして短銃とはいえ異常な攻撃力を誇るヘルマンの攻撃は、随所で放たれるからすの先即封によって大きく力を削がれる。 それでも尚ヘルマンは、ジェーンの影に入り込んでからすへの遮蔽となし、後ろ手に短銃をぶっ放つと胸板ど真ん中へ綺麗に打ち込まれ、ジェーンは大きく後ろに吹っ飛ぶ。 これを見た耀は、敢えて援護への踏み込みを一瞬だけ遅らせる。 ヘルマンはようやく取れた余裕で、防御能力に難があるだろう弓術士への攻撃を優先する。 そうしてヘルマンの意識がからすに流れた瞬間、耀は動く。 伸ばした腕、その先より隠し刃が飛び出す。 ぎりっぎりで、急所のみ外したヘルマンであったが、耀はこれで詰みだと位置をズレてやる。 そこには、転倒させられた姿勢のままで、短銃を抜き構えているジェーンの姿があった。 ビィ男爵は報告を受けた後、これを伝えに来た少女に問う。 「で、わざわざ君が来た理由は?」 少女、からすは真顔のまま、ヘルマンとジョシュアの最後の言葉をビィ男爵へと伝える。 「呪言さ。彼等は任務を果たした。それくらいは覚悟して受けて貰わねば」 「……同情でもしたか?」 「いいや、きみの以後の働きに期待しているだけだ」 男爵は、目を大きく見開いた後、含むように苦笑する。 「そうか、ならせいぜい失望させぬよう努めるとしようか」 彼にとってこの邂逅が何か意味のある事となったかどうかはわからない。 しかしからすにとっては、政敵を葬り安堵するような小物の顔ではなく、今後為すべき仕事の大きさを理解し、それでも尚挑まんとする男の顔を見れただけでも、意味はあったのだろう、と思えた。 |