敗残兵救出作戦
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/07 02:47



■オープニング本文

 山中深く、ここがかつて人の領域であった証である山小屋の中で、五人、いや四人の若者が休息をとっていた。
「くそっ! 起きろよ! 起きろって言ってんだろ!」
 まだ十六にも満たないだろう女性の肩を青年は揺するが、少女からの返事は無い。
 見かねた仲間が止めに入ると、青年は今度は彼に食ってかかる。
「ふざけんなよ! みんな、みんな死んじまったじゃねえか! こんな話聞いてねえぞちくしょう!」
 既に物言わぬ少女より更に年若い少女が、あどけない容姿に似合わぬ苦渋に満ちた顔で、苦痛の末亡くなった彼女のために祈りを捧げる。
 懐より短刀を抜き、無言で少女の髪を一房切り落す。
 青年はかんしゃくを起こして彼女を怒鳴りつけた。
「またやってんのかよ! こんだけ死んじまってちゃどれが誰かなんてもうわかんねえし意味ねえだろ!」
 巫女であるらしい彼女は、目を伏せたままつぶやく。
「‥‥これ、やらないと、私‥‥もう壊れちゃうか、も‥‥」
 人を救うために、守るためにこそ居る巫女の彼女は、一体どれほどの人間を救えずにこの小屋まで逃げて来たのだろうか。
 薄汚れた硝子細工は、後ほんの一押しで割れ崩れてしまう程に磨耗していた。
 青年はつばを吐き捨てて残る仲間を振り返る。
 足を深く切り裂かれた大男は、気丈にも苦しそうな素振りを見せずにいるが、戦闘どころか逃げるのすら難しい、そもそも移動出来るかすらわからない。
 半ばからへし折れた刀を支えに座り込んでいる男は、もう随分長い事口を開いていない。
 全身数十箇所に浴びた傷が痛み、口を開くのすら億劫になっているのだ。
 そして青年はというと、利き腕が完全に動かなくなっており、肩口からじくじくと垂れる血の滴は一向に止まる気配もない。
 満身創痍の彼等がここまで逃げて来られたのは、巫女である少女と仲間達の犠牲故だ。
 逃げろ、退却せよ、その指示を早い時期に聞けたのが功を奏したのだろう。
 最前線を支えていた戦士達は、退却の指示すら聞けず散っていった者も多数居る。
 アヤカシ討伐の軍を進め、半月である。
 たった半月で、二百からなる軍は壊滅的損害を受け、逃げ帰る事になった。
 半数は整然と撤退出来た。
 しかし、前曲を支えていた戦士達は彼等が退却する為の捨て石となり、ほぼ壊滅状態。
 ほぼ、というのは、山小屋に僅かに四人が残っているからだ。
「ちくしょう! 死にたくねえよ! 俺は、まだ死にたくねえんだよ! まだまだやりたい事が山ほどあるんだ! この際鬼でも邪神でもいいから助けてくれよクソッタレが!」
 青年が吼えると、少女もまた虚ろな目で答える。
「‥‥みんな、死んじゃった‥‥でも、だから、私は、帰って、ご家族に伝えてあげないと‥‥みんな、勇敢だったって‥‥」
 戦士は死をも恐れない。
 戦の興奮の最中、戦友達と共に突撃を行ってる時ならば、こんな言葉も口に出来よう。
 だが、一騎打ちなど夢幻の彼方、泥水をすすって敵陣の中を這いずり回り、囲まれぬよう、囲めるようにびくびくしながら走り回り、すぐ隣の友人が血飛沫を上げ断末魔の悲鳴と共に倒れる戦場を、がむしゃらに駆け抜けてきた彼等が最後に思ったのは、ただ「死にたくない」だけであった。
 アヤカシの追撃隊は、こちらの必死の反撃で随分とその数を減らした。
 そもそも魔の森から人間達が逃げ出した段階で、彼等の目的は達せられているのだ。
 だからこうして追撃してきている連中は、単純に獲物が欲しいだけの小物達ばかり。
 それでも数の差は圧倒的で、中に稀に居る中級アヤカシなどとはまともにやりあう事すら出来ない。

 山中にはそこかしこでアヤカシの群が、獲物は何処だと探し回っている。
 特に、二体居る中級アヤカシは、これに手こずっていると下級アヤカシがわらわらと寄って来てしまう事にもなりかねない。
 広い山の中であるから、運が良ければアヤカシと遭遇せずに逃げ切れる事もあるかもしれない。
 もちろん同じぐらいの確率でアヤカシ達と鉢合わせするハメになるだろうが。

 俯瞰して山中を見る者が居れば、下級アヤカシが五十体、中級アヤカシが二体と、下手な部隊ならこれだけで粉砕出来てしまう戦力が展開している事に気づける。
 今回、逃げ出した部隊の者達から依頼を受けた開拓者達は、このただ中に乗り込んで、生存者を捜索、救出しなければならない。
 アヤカシが山を捜索しているのは生存者が居る証であろう、との目論見であり、こんなあやふやな理由で軍は部隊を出そうとはしなかったのだ。
 それでもこうして彼等が無事戻って来られた理由でもあり、大恩ある勇者達を見捨てる事も出来ず、安全な場所まで逃げた所で、生き残った兵士達は開拓者を至急手配する事にした。
 彼等自身はというと、心も体もへし折られ、精も魂も尽き果てており、命令を無視して自ら救出に乗り込む、そんな選択肢を選べるような状態ではなかったのだ。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
橘 琉璃(ia0472
25歳・男・巫
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
天宮 蓮華(ia0992
20歳・女・巫
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
与五郎佐(ia7245
25歳・男・弓


■リプレイ本文

 開拓者の一行は地図を頼りに、山中の避難場所たりうる箇所を幾つか拾い上げていた。
 内の最有力候補、山小屋があると思しき場所に向け、警戒を怠らず山道を登る。
 小さく、しかしはっきりと聞こえる声で天宮蓮華(ia0992)が警告を発する。
「左前方より来ますっ、四体です」
 即座に巫女二人を中心とする陣形を組み、これに対する。
 草むらから飛び掛ってきたのは、狼のような姿をしたアヤカシであった。
 ひゅっと息を吐き、恵皇(ia0150)が先頭のアヤカシの鼻っ面に拳を叩き込む。
「ちっ、案外動くぞこいつっ!」
 恵皇の声は皆の警戒を促すためのもの。狼アヤカシは寸前で身を翻し、頭部ではなく胴で拳を受けたのだ。
 与五郎佐(ia7245)の放つ矢が狼を捉えるも、怯む気配すら無く、前に立つ高遠竣嶽(ia0295)に牙を向ける。
 咄嗟に抜き放った珠刀でこれを受ける。がっちりと刃に噛み付いた狼は、口元からたらりと血を垂らしながらも痛みに怯む気配はない。
「‥‥随分と血の気の多いアヤカシですね」
 竣嶽は手練の技で噛み付かれている刀を瞬時に抜き取る。
 同時に、与五郎佐の第二射が狼の胴を貫いた。
 ずっ、と射撃の衝撃にずれる狼の体、その瞬間だけは足が四本あろうと大地を蹴り飛び上がる事は出来ない。
 隙を逃さず真横に立った竣嶽は、上段から両手に持った刀を振り下ろし、狼アヤカシの首を一撃で跳ね飛ばす。
 残った体は、そのまま敵を探すようにふらふらと歩き回ったが、ちょうど五歩目で力尽き、倒れ伏した。
 残りはと竣嶽が周囲を見回すと、どうにか残る三体も始末出来たらしい。
 しかし下級アヤカシと聞いてはいたが、この狼アヤカシ、想像していた以上に手ごわい。
 竣嶽にした所で、あっさりと倒せたのは与五郎佐の援護あったればこそと思っていた。
 仲間を呼ぶ習性もあると聞いていたが、ここで呼ばれなかったのは重畳である。
 まだまだ、目指す山小屋は山の奥地にあるのだから。

「また来たぞ! 各自構えろ!」
 王禄丸(ia1236)が察知した敵の数は六体。
 巫女である橘琉璃(ia0472)も力の歪みを使って攻撃しているのは、即座に倒し応援を呼ばせぬ為であろう。
 樹邑鴻(ia0483)も狼アヤカシが仲間を呼ぶような挙動をしないかどうか、気にしながら戦闘をしている。
 正直、判断に迷う所だ。全力を出してここを凌ぎ切り、応援を呼ばれる前に倒し続けるというのも確かに手ではある。
 しかし瘴索結界や心眼を用いた上でこの頻度での遭遇という事ならば、下手をすると山小屋にたどり着く前にこちらが力尽きてるなんて事もあるかもしれない。
 中級アヤカシが出るまでは、そうも思っていたがここが決め所かと、王禄丸は風雅哲心(ia0135)をちらりと見る。
 彼もまた同じ考えであったのか、刀を構えたまま深く頷く。
「良しわかった! 救護班は先行する! この場は囮の連中に任せろ!」
 予め決めてあった救護班の四人、王禄丸、蓮華、与五郎佐、恵皇が戦場を離脱し、残る四人にこの場での戦闘を任せる。
 六匹居る狼アヤカシであったが、流石に開拓者四人が残っている中を追撃出来る程の力量も無く、四人は容易くこの場を脱しえた。
 山道を駆け上る四人の背後から山の半ばまでは確実に届くであろう、朗々とした狼の遠吠えが聞こえる。
 あれが仲間を呼んだ合図だというのなら、集まるアヤカシの数は並大抵ではなかろうと思いながらも、四人が足を止める事はなかった。

 残るは二匹、といった所まで狼アヤカシを追い詰めた囮組、哲心、竣嶽、琉璃、鴻の四人であったが、全てを倒しきる前に狼アヤカシの増援がたどり着く。
 まずは三匹、更に続々と増えるだろうこれらに対するため、巫女である琉璃を守るように布陣する。
 琉璃も防戦の為の術に切り替えており、長期戦の構えである。
「せーのっ!」
 鴻がばっこーんとぶん殴ると、狼アヤカシは盛大に跳ね飛ばされて宙を舞う。
 踏ん張る体力も残らなくなるぐらいぼっこぼこに殴り、蹴り飛ばしてあったのだ。まさにトドメの一撃であろう。
 すぐに真横の死角に目をやると、そちらから別の狼アヤカシが飛び掛ってきている。
 軽く頭部横をはたくことで軌道を逸らしつつ、体を傾けてこれをかわす。
 更に次は足元に噛み付かんと低い位置からの突進。
 ひょいっと足を上げると、器用に半回転させ、ひらりとこれをかわす。見てる方からすれば、一体何をやったのかわからなくなるほどの早業である。
 それでも敵の連続攻撃は終わらない。
 脇腹目掛けて飛び掛ってくる狼アヤカシを上から腕を叩き当てて口を強引に閉じさせ、首目掛けて一直線の狼アヤカシは軽く紙一重でかわすのみ、振るった腕目掛けて正確に襲い掛かってくる奴には肘を顎に当ててさらっといなし‥‥
「キリがねえな、一回殴る間に何回避けるなきゃなんねえんだよ」
 死角を突くように動き、知能もさして高くないはずなのに、連携だけはきちっと取ってくる。
 単体の能力も馬鹿に出来ず、つまり、今の状態では下手に攻勢には出られないという事である。
 こうして敵の援軍をこちらに引き付け、救助班が動きやすくするというのが目的なので、計算どおりうまくやれてはいるのだが、これはちょっと笑えない程の数になってきている。
 哲心は怒鳴りながら刀を振るう。
「少し押し返して数を減らすぞ! 琉璃は治癒の間をはかりそこねるなよ!」
 心得たとばかりに竣嶽は、一歩だけ前へと踏み出す。
 飛び掛ってくる狼アヤカシに向かい、最早その間合いは見切ったとばかりに、前へと飛び込みながら斜めにコレをかわす。
 同時に振り上げる刀は狼アヤカシの胴を下から捉え、それまでの慣性からか斜め後ろへぽーんと飛んでいく。
 死体なぞには欠片も興味の無い竣嶽は、更に次の標的へと狙いを定める。
 その動きが、一瞬だが止まる。
「‥‥中級、アヤカシッ‥‥!」
 骸骨が武者鎧を着込んだ姿で現れたソレは、明らかに、他とは次元が違う存在である。
 竣嶽と鴻は、直後に動いた哲心に動きをあわせる。
 先ほどから治癒の術や自身の防御に忙しい琉璃は、半ば悲鳴のように声を上げた。
「治癒の術は間に合わせます! ですから攻撃に専心してください!」
 そう、あの中級アヤカシだけは一刻も早く倒してしまわなければならない。そう哲心は考え、琉璃を守る陣が崩れてでもと単身飛び込んだのだ。
 琉璃もまたその必要性を感じ取ったのか、中級アヤカシが倒れるまでは無理を押し切ると腹をくくったようだ。
 哲心は、咄嗟の事なのに即座に合わせてくれた仲間達に感謝しながら、眼前の骸骨と相対する。
 間合いを計るだのしてる暇は無い。まだ腕もわからぬ内であるが、知った事かと敵の間合いに勇躍飛び込む。
 流石に中級アヤカシ、鋭い剣先がたゆたうように哲心の首元へと伸びてくる。
 力量を測る事すらせず踏み込んだ代償か、これを避けきれず肩先を深く抉られる。
 が、それでもと踏み込んだ分、こちらの剣撃もまた深く敵を貫く。
 これが勝負所。乗り切らねば命は無いと踏んだ哲心は、奥義を余す所無く繰り出し続ける。
 辛うじてだが琉璃の治癒も何とか間に合ってくれている。
 それでも、押し切れるかどうかは微妙であった。
 まともに骸骨の斬撃を胴にもらってしまい、血潮が吹き出る中、これは厳しいかと歯軋りした直後、骸骨の頭部が半ば砕け散る。
 見なくてもわかる。これは泰拳士の技気功波だろう。鴻は自分の所も厳しいだろうに、必死に攻撃を飛ばしてくれたのだ。
「ここまでしてもらって外せるかよ!」
 切り札、最後の一撃ととっておいたソレを、これで倒し切ってみせると振りかざす。
 精霊宿しし青白く輝く刀身に、更に白梅の香り漂う清廉なる闘気をまとわせ、一斬必殺の奥義となす。
 これぞ奥義「星竜光牙斬」なり。
 そは正に光の牙、星間を駆ける竜のごとく稲光が走り、受けにまわした骸骨の刀を跳ね飛ばし胴中央を真横から真っ二つ。
 その衝撃の大きさは、上半身のみとなった骸骨が宙をくるくると三度回ったというから推して知るべし。
 良し、とった! そう叫んで拳を握り、天へと突き上げたかっただろうが、そんな暇も無いわけで。
 へたりこみそうになっている哲心の援護とばかりに、竣嶽が哲心側に居た狼アヤカシに居合を放つ。
 明らかな剛の者である中級アヤカシが倒れて尚、意気軒昂な狼アヤカシに囲まれながら、しかし何とか難敵を打破した囮班は、まだ、もうしばらくは戦い続けていられそうだった。

 ようやくたどり着いた山小屋。ここに居てくれと祈るように扉を開いた与五郎佐は、果たして中に四人の生存者を発見し歓喜する。
「お待たせしました」
 男三人に女が一人。
 皆、信じられぬといった顔で開拓者達を見つめているが、若い男がまだ辛うじて口を利く元気が残っていたらしい。
「お、俺達を、助けに、き、たの、か?」
 彼等の負った損傷の大きさは与五郎佐にもすぐにわかった。
 だがそんな想いを押し殺し、努めて明るい笑顔を見せる。
「アヤカシは仲間が引き付けております、さあ急ぎましょう」
 すぐに蓮華が駆け寄り、彼等に治癒を施す。順に一人づつ術を施していると、彼女と同じ巫女である少女は、静かに懐から幾本もの髪の束を、震える手で差し出してきた。
「‥‥これ、弔って‥‥あげて、私、もう無理‥‥かもしれない、から‥‥」
 蓮華は差し出された手ごと髪の束をきゅっとにぎる。
 ぷるぷると震えながら何とか感情を堪えた蓮華は、勇気づけるように握る手に力を込めて、巫女へと押し返す。
「必ずその想いをご遺族の方に届けましょうね。私も、ご一緒しますから」
 彼女は、少しだけ落胆したようにしながら、薄く笑みを浮かべゆっくりと立ち上がる。
「‥‥やっぱり、私も、がんばらなきゃ、だめ、かな‥‥」
「後少しの辛抱ですっ。どうかお気を強く」
 足を怪我した男を、恵皇は軽々と背中に担いでやる。
「必ず助ける。そんな顔するなよ、心配ないさ大船に乗ったつもりで任せとけ」
 男は、掠れ消えそうな声で言った。
「‥‥どうしようもなければ、さっさと見捨てろ。‥‥そう、他の連中にも言ったんだが、聞きやしねぇ‥‥クソッ、どいつもこいつも‥‥」
「馬鹿野郎、せっかくここまで生きのびたんだ。もののついでにでも、もう少し生きながらえてみやがれ」
 肩越しに酒を飲ませてやると、男は半分以上は呑めずこぼしてしまったが、それでも、彼はほんの少しだけ笑ってくれた気がした。
 何時もは被ったままの牛面を外した王禄丸は、ようやく治癒を受けられた傷だらけの男と並んでいた。
「出来ればもう少し回復を待ってやりたいのだが、悪いが時間が無い。アヤカシを引き付けるために半数が囮になって暴れているんでな、すぐに移動させてもらうぞ」
「わかっている。よく来てくれた、心から感謝する」
「礼は戻ってからにしろ。まだ危機は乗り切っていない」
「いや、今言わせてもらう。こんな奥地にまで助けに来てくれたというだけで、言葉に出来ぬ程の感動があった」
 ふっと口元を緩めた後、改めて牛面を被る王禄丸。
「さて、下りようか。なぁに、全員生きて帰れるさ」
 そこまで言って、ちらっと恵皇を見やり。
「だから安心して、決して沈まぬ我等が大船に乗るがいい」

 囮班からは順調に定時連絡である呼子が鳴らされている。
 それは同時に、囮として戦い続けているという事でもある。
 与五郎佐は自身が感じる不安と焦燥を、しかし依頼人である兵士達のそれと比べれば何ほどの事があらんとかみ殺す。
 若者に肩を貸し歩く与五郎佐に、鋭い警告の声を発したのは王禄丸である。
 練力のほとんどを定期的に行う心眼に回していただけあって、敵の発見は早い。
 怪我人含む八人は即座に物陰に隠れる。何とか間に合ったのかアヤカシの一団は皆の近くをのっしのっしと歩いていく。
 狼型七体に骸骨武者。四人だけならともかく、怪我人抱えた上での戦闘は少し厳しいかもしれない。
 恵皇の額から汗が滲み、蓮華は祈るように巫女の少女の手を握る。
 与五郎佐が王禄丸をちらりと見ると、王禄丸は感情を表さぬ牛面で、息一つ漏らさずじっと待ち続けていた。
 不意に、定時でもないのに、呼子の音がぴーと聞こえた。
 アヤカシ達はびくっとこれに反応し、音がしたと思しき場所に向かい駆けて行った。
 咄嗟に動こうとした恵皇だったが、どうしても足が踏み出せない。
 定時以外の呼子は、恐らく緊急事態の発生か、囮役としての役目の限界を意味する。
 ここで開戦してしまえば、要救助者を危険に曝す事になるが、囮班へと向かう敵を抑える事にもなる。
 王禄丸は逸る恵皇に至極冷静な調子で囁く。
「‥‥囮班は脱出に動き出したのだろう。ならば、この一団がここから囮班に追いつく可能性は五分以下だ」
 囮班には最後は自身の力のみで逃げるという選択肢がある。
 だが、救護班はそうはいかない。その役割の差が、ここでの忍耐に繋がるのだ。
 与五郎佐もまた、強く弓を握り締めるのみ。しかし、これこそが今の彼らに課せられた戦いなのだ。
 それがわかっている皆は、アヤカシが立ち去るまでその場を動く事は無かった。

 下山後の合流予定地点。
 ここにたどり着いた王禄丸達救護班は、心からの安堵と共に彼等に向かって手を振る。
 先にたどり着いていた囮班は、誰一人無傷な者などおらず、救護班が来たというのに迎える事すら出来ぬ程疲れきって大地に寝そべっていたのだが、それでも、見事生存者を見つけ助け出してきた仲間達に満面の笑みを送る。
 突然、与五郎佐が肩を貸していた若者が笑い出す。
 どうしたと問うと、若者は笑いが止まらぬままに答える。
「ああ、俺さ。今ようやく、助かったんだって思えたら笑えてきちまってさ。は、ははははっ、すげぇ、俺達、生き残っちまったのかよ‥‥信じらんねえよ、ちくしょう‥‥」
 複雑な想いの詰まった大粒の涙をこぼす若者。
 かくして、開拓者達は見事生存者の救出に成功したのだった。