少女は少年と出会う
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2012/08/24 04:29



■オープニング本文

 飯塚昭三がその娘を拾ったのは、とりたてて理由があっての事ではない。
 焼け落ちた村の中で一人、泣きもせずじっと昭三を見つめていた少女が、物珍しかっただけ、そう昭三は思っている。
 後で昭三が聞いた所、少女は昭三に殺されると思っていたらしい。
 自分の最後がどんな人なのか気になって、それで目を離せず居たと言うのだ。
 昭三は断固として認めないが、少女を見つけた時、昭三は既に右足に大きな怪我を負っていた。
 それはその後の傭兵家業が絶望的となるような大怪我である。
 そんな不安が、昭三をこんな気まぐれに駆り立てたのだろう。
 昭三は怪我の療養も兼ね、長屋の一室を借り受け、少女と二人、そこで暮らし始めた。
 愛想の欠片も無い昭三と無口無表情な少女は、必要最低限の会話しか交わさないながらも、これはこれで、上手くやれているようだった。
 そして、二人の生活は半年程で終わる。
 昭三の怪我が思わしくなく、足の怪我が体中に影響し、遂に昭三は臨終の時を迎える。
「陽子」
「はい」
「俺は、もう死ぬ」
「…………」
「心残りが、無いとは言わないがな。好き勝手に生きてきた俺だ、全てに満足して逝けるなどと思ってはいなかったさ」
「何か、欲しいものとかある?」
「無い」
「して欲しい事は?」
「無い」
「じゃあ、私はどうすればいい?」
「そうだな、お前は、俺みたいに大切なものを投げ出したりするな。大事なものを見つけて、それを何時までも守りぬいていけ」
「……わかんないよ。それよりおじさんに私は何をすればいいのか、教えて」
「いずれ、わかる。俺の事なんぞどうだっていい……」
 そこで昭三は激しく咳き込む。
 陽子が背をなでるも咳は何時までも止まらず、あまりの苦しさからか昭三はうわ言のように、女の名前を呼ぶ。
 その名は、以前に一度だけ昭三が陽子に話した事がある、随分前に置き去りにした昭三の妻の名であった。
「おじさん、その人を呼んでくればいいの?」
「巴、巴、俺が、悪かった。俺が愚かだった、すまん。巴、すまん……」
 何度も彼女に詫びながら、昭三は息を引き取った。
 昭三が残した僅かな金子を用いて葬儀を出すと、陽子は旅支度を始める。
 目的地である昭三の故郷は、十歳にも満たぬ陽子が辿り着けるような近場ではない。
 それでも、陽子は昭三の言葉を伝えに旅にでる。
 きっと、それが昭三の最後の願いであったと思うから。


 君島健二は配下の郎党を引き連れ、その村へと足を踏み入れる。
 数日前より君島からの『要請』が行なわれているこの村では、またどんな無理難題をふっかけられるのかとびくびくしながらこれに対する。
「お前達、コイツは一体どういう訳だ?」
 そう言って君島配下が引きずり出してきたのは、村人に見覚えのないまだ十にも満たないだろう少女であった。
「子供を使って同情を引こうってか? クッハハハハハ! だが子供相手だろうと容赦しねえのがこの君島健二様よ!」
 その子供は、そこら中を打ち身やらで赤黒く腫れ上がらせている。
 君島曰く、この少女を使って村人が外部と連絡を取ろうとしていただろうと言うのだが、村人達はそもそもこんな子供に見覚えはない。
 知らぬ存ぜぬと答えるしかないのだが、君島は信じず、村人の目の前で更にこの子供を痛めつけ、二度とこのような真似をせぬよう釘を刺し、去って行った。
 君島達が去った後、偶々迷い込んで来たのだろうと村人はこの少女を介抱してやるが、野盗に狙われているこの微妙な時期に面倒な事を、と露骨に顔に出す者も多数居た。
 少女、陽子は、そんな村人の反応を知ってか知らずか、村人皆に向かって途切れ途切れに口を開いた。
「ここに、いいづかともえさん、って、人いますか?」
 驚き、真っ先に反応したのは十を超えたばかりであろう少年であった。
「何だよ! 何でお前かーちゃんの名前知ってんだよ!」
 陽子は支えてくれている人を振り切って、よろよろと少年の下に向かう。
「あの、わたし、おじさんの……言葉、伝えに。おじさん、いいづか、しょうぞうさんが、死んじゃったって、伝えたくて」

 陽子の怪我がひどいので、ともかく話は後だと陽子を治療し、少年、飯塚剛の強い要望により彼の家に寝床を用意した。
 剛に、陽子の治療をした者はそっと伝える。
「この子、かなり遠くから来たらしい。昭三の奴とどんな関係か知らないが……足、見てみろ。両足共ひどいマメが出来てる。一体、何処から来りゃこんな足になっちまうってんだよ」
 剛は、陽子が落ち着いたのを見てから、驚かせないように小さな声で、そっと口を開く。
「かーちゃん、ついこの間、あいつらにやられて死んじまった。だから、とーちゃんの話は俺が聞く」
「…………そっか。あのね、おじさん、ごめんなさいって、言ってた。ともえさんに、本当にごめんなさいって、一生懸命謝ってたんだよ」
 剛にも行方知れずになっていた父に対し、思う所は色々あったのだが、それを、こんな有様になってまで村に来てくれたこの少女に向かって言う気にはなれなかった。
「わかった。確かに、聞いたよ。ありがとう」
 陽子は、腫れ上がった顔で、めいっぱい顔をくしゃくしゃにして笑い、そして安心したかのように眠りについた。

 翌日、剛が陽子にこの後どうするかを問うと、陽子はきょとんとした顔で逆に問い返して来た。
「……どうしよう?」
「は?」
「とにかく、おじさんの事、つたえたくて。そのあとの事、考えてなかったから……」
 剛はあまりに適当な言い草にまず怒鳴りつけようとして、ぐっと堪えた後、はたとある事に気がついて顔中に渋面を広げ、最後に小さく噴出した。
「お前、変な奴だなぁ」
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。それよりお前畑仕事出来るか?」
 陽子が首を横に振ると、さして気にした風もなく剛は続ける。
「じゃあ教えてやる。だからお前、行く所無いんなら俺の所来いよ」
 そんな事を言う剛君、当年とって十二歳。
 幼い頃から母の野良仕事を手伝って来た彼は、この年で村の人間達に母の畑を継いでもやっていけるだろうと、それを認められていたのだ。


 村から出る道を封鎖している野盗共を彼方に見下ろし、開拓者ギルド係員栄は、にっと口の端を上げる。
「居た、な。ふん、逃がすものかよ」
 開拓者ギルドに討伐の依頼が来てすぐ、それを察した君島一党は姿を消した。
 彼らは、田舎の村一つを根城にして、外部と接点を持たぬ事でギルドをやりすごそうとしていたのだ。
 栄は早速、奴等を倒すべく手配した開拓者達を呼ぶのだった。

 君島は少女の登場に、何やら嫌な気配を感じ取ったらしい。
「こういう時一番頼りになるなぁ、勘だ。そいつがな、妙に騒ぎやがんだよな」
 幹部達を集めると君島は彼らの意見を聞く。
 すると異口同音に君島の勘はアテになると言った。
「なら迷う事ぁねえな。村人皆殺しにしてとっととずらかるぜ」


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
シュラハトリア・M(ia0352
10歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
賀 雨鈴(ia9967
18歳・女・弓
祖父江 葛籠(ib9769
16歳・女・武


■リプレイ本文

 浅井 灰音(ia7439)は自らの役割を良く理解していた。
 広義の囮、とでもいうべきか。
 敵が村人の方に向かわぬよう、敵が後方から援護してくれている弓術師、賀 雨鈴(ia9967)の方に向かわぬよう、そう考えていると悟られぬよう。
 にっ、と片側の口の端を上げる。そう、灰音は以上の理由により、この戦いを全身全霊をもって楽しむ訳である。
 ギンの刀をのけぞりかわしざま、銃先を彼に向けるとギンは跳ねるように距離をあける。
 同時攻撃を狙って来ていたナンの追撃に対しこれで辛うじて余裕が出来たので、灰音は足を交錯させる歩法にて器用にこれをいなす。
 十字に重なった足を本来の平行に戻すべく、体を回転させながら剣を振るう。
 悲壮な表情なぞ欠片も見られぬ。
 踊るように軽快に、それでいて、滲み出すような狂気を。
 そんな灰音に、二人がかりですら一息に押し切れぬ、そう悟ったギン、ナンの二人は配下の幾人かにも参戦するよう命じてくる。
 思わず口笛噴きそうになる灰音。引き付ける役としては申し分無い結果だろう。
 灰音が志体持ちだとわかっているだろうに、勇躍襲い掛かって来る男は、しかしその場で大きく仰け反り倒れる。
 ギン、ナン、二人は即座に弓術師雨鈴に気付く。が、かわしきれない。
 雨鈴の放つ矢は、まずギンを、次にナンを射抜く。
 二人は舌打ちするのみ。何せ距離が遠すぎる。
 走り、角度を変えながら射る雨鈴。
 見た目より遙かに軽いこの弓は、こういった時実にありがたい。
 弓射を考えながらの走りは、出来る限り上下運動を少なくする事が重要。
 無論止まって撃つのが基本中の基本ではあるのだが、戦場ではそうもいかぬ事が多い。
 すり足を高速回転させるような形、というのが一番しっくり来る。あまりやりすぎるとふくらはぎが泣きたくなるぐらい痛くなるのだが。
「でも、ここが頑張り所ね」
 灰音の後ろを取らんとするギンに向け、村の方へと駆けながら矢を放つ。
 突然、ギンが雨鈴の方を向くと、袈裟に一閃。放った矢を切り落とす。
 どうやら勘が良いのはこいつらの大将だけではないらしい。
 灰音もまた、この二人とおまけ達相手に優勢を得る事が出来ずにいる。
 と、灰音が一瞬のみ振り返り、雨鈴へと視線を送る。
 それだけで意図を察しろなどと無理がありすぎる。だから、雨鈴は次に灰音が行なうだろう行動を読み、これに勝手に合わせる事にした。
 灰音は体を捻って右手の剣を真後ろにまで振りかぶり、肩越しに縦に斬り下ろす。
 こんな大きな動き、ナンに通じるはずもない。
 真横にズレ動くような歩法にて外し、側面より横一文字に斬りかかるナン。
 ナンが知覚出来たのは、金属と金属を強く打ちつけ合ったような音と、何故か突如顔の真横に現れ頬に抉り込んで来た灰音の剣のみであった。
 驚愕に目を見開くギン。
 当然だ。灰音の剣に、後方より飛び来た矢がぶちあたってその軌道を変化させ、ナンを一刀の元にしとめたなぞまともな神経で信じられる訳がない。
 しかしその驚愕も一瞬のみ。
 矢に弾かれ体が流れるのに任せながら残る左手を突き出し、灰音が引き金を引くまでのほんの一瞬の間の事であった。

 ふと、気になった事があって鴇ノ宮 風葉(ia0799)は隣を駆けるブラッディ・D(ia6200)に問いかける。
「ねえ月緋」
「ん?」
「走りながらタバコ吸うのってやりずらくない?」
「そうか?」
 なんて答えを返すブラッディ。さりげなくタバコの先を横に向け、くゆる煙が鼻や目にかからぬようしていたり。
 スモーカーという人種は変な小技を持ってるものなのだなと、風葉はこの場にそぐわぬ事を考えていた。
 既に、敵はアジトを出て村へと向かっていた。
 これに追いすがる形で、開拓者達は追撃をかける。
 灰音と雨鈴が敵の殿を叩き、風葉とブラッディは強引に先回りして村へ向かう。
 風葉は、記憶しておいた周辺の地図を思い出しつつ、敵の動きを読む。
 連中は村人に寄生しつつこの地を離れるとなれば、こちらの追求を逃れるべく村人をきっと皆殺しにする。
 となれば、そこまで考えブラッディに進路変更を伝え、村の裏口へと。
「……そう、村人皆殺しにしようと思ったら、今あたしらがしてるみたいに、逃げ道を塞ぎにかかる……」
 君島一党の中で、最も腕が立つと言われている神城と配下数名が村の裏口へと回って来ていた。
 ブラッディがちらっと風葉を見る。これに風葉が頷くと、ブラッディは嬉々としながら彼等の前へと歩を進める。
「面白そうな事やろうとしてんじゃねぇか! 俺も混ぜろよ、遊ぼうぜぇ! ぎゃっはは!!」
 相手の困惑も何も知った事ではない。
 機嫌良さそうにすたすた歩き、そして突如テンションが振り切れる。
 正しく爆発したとしか思えぬ勢いで大地を蹴り出し、偶々一番近距離に居た標的を蹴り飛ばす。
 そう、両手で持った十字剣ではなく、足で蹴飛ばしたのだ。
「ぎゃはっ! いいぜお前それ!」
 そんな配下の前に立ち、神城もまた同じく足を振り上げブラッディのそれを受け止める。
 無言のままの神城に、足を振り戻す反動で剣を振るうブラッディだったが、神城は後方宙返りを連続して行い距離を取る。
 配下が下がる神城の前に入りブラッディの追撃を防ぐ。
 否、防げず。
 庇う部下をすり抜けるように、風葉の放った氷の槍が神城へと迫る。
 神城はこれを素手で叩き落そうとしたのだが、腕が触れた瞬間、氷結が爆ぜる。
 両腕を繋ぐように氷の塊が生じる。神城はただ筋力のみで腕を覆う氷全てを弾き飛ばす。
 辛うじて間に合う。
 まだ痺れの残る腕を振り上げ受けに回すと、上空より降ってきた、庇いに入った部下を足蹴にしつつ飛び上がり襲い掛かってきたブラッディの踵落としを防ぐ。
 ブラッディは片足を神城の両腕に乗せた姿勢のまま、着地した残る足で大地を蹴り、体が地面と平行になる所まで飛び上がり、足元に向けるように手にした剣を突き出す。
 神城は思い切って大きく下がる。ブラッディの尋常でない身の軽さを警戒しての事だ。
 風葉はそれでも仕掛けの手を止めない。
 神城が後退し、振り返るとそこには闇しか見えず。
 それが真っ黒な壁だと気付いた時には、もう遅い。
 壁に隠れ全力助走をしていたブラッディは中空に飛び上がっており、彼女が壁に接する瞬間、風葉はこの壁を消す。
 神城には、突如眼前に現れたブラッディの全速飛び蹴りに対し、なしうる事など一つもありはしなかったのだ。

 川那辺 由愛(ia0068)とシュラハトリア・M(ia0352)の二人は、無造作にその場所に陣取っているように見えるがさにあらず。
 突貫した前衛二人が暴れまわっている限り、その戦闘域を通らずには近接出来ない位置にいるのだ。
 そして乱戦の最中に打ち込もうが絶対に外さぬ術を行使すれば、極めて一方的な暴力を振るう事が出来よう。
 例え相手が、この野盗の頭、君島であろうとも。
「くっそおおおおおお! 誰かあのクソ女二人どうにか出来ねえのかよ!」
 叫ぶ君島に、配下を蹴倒した祖父江 葛籠(ib9769)が迫る。
 葛籠はこの村に至る前、無類の悪路走破性能を駆使して先行し、野盗の状況を調べておいた。
 辿り着いたばかりの開拓者達が適切な対応が出来たのも皆このおかげで、これだけでもう葛籠は充分仕事を果たしたと言っても過言では無かったが、葛籠自身は欠片もそんな事は考えない。
 せめても、首領を倒せば。
 彼我の被害を最も減らせる、そんな期待をこめて棍を振るう葛籠。
 しかし君島もまた一党を率いる頭。そう易々とやられはしない。
「女だぁ? だが! 女だろうと手加減しないのがこの君島健二様よ!」
 剛刀と呼ぶに相応しい一斬に、葛籠は受けに回した棍ごと大きく吹き飛ばされる。
「けっ! お前ら先に村へ行け! こいつら開拓者だろう! だったら人質取っちまえば手出し出来ねえ!」
 こちらが一番やって欲しくない事を、ケダモノじみた嗅覚で察する能力は一流と呼ぶに相応しいものだ。
 青ざめた顔で葛籠は、もう一人の前衛を祈るように見つめる。
 そんな視線を向けられた叢雲・暁(ia5363)は、見るからにヤバげな鉄の腕をぶんぶんと振り回す宗次を相手にしつつ、周囲全てを残る雑兵に取り囲まれた状況で、自らの現状を簡潔に述べた。
「無理wwwwwwwwサポシwwwwwwwwwww」
 由愛、シュラハの術すら抜けた男が一人村へと走り、そして入り口を潜った瞬間、入り口内側より伸びた腕にとっ捕まり、脇に引きずり込まれる。
 こちらからは何も見えない。が、ぶしゅっという音と、入り口に飛び散った黒だか赤だかな液体が、何が起きたのかを皆に教えてくれる。
 そんな真似をする相手に心当たりのある由愛は小さく笑うのみ。
 シュラハは由愛に、見てとばかりにその袖を引いた後、自らの全霊を込めた瘴気の塊を作り上げる。
 大気が渦を巻くのは瘴気がシュラハへ、螺旋を描いた集まり来るせいだ。
 空気すら黒く変色したような重苦しい気配の中、シュラハの銀色の髪が、真っ白な肌が、不似合いな程浮いて見える。
 瘴気はただの瘴気でしかなく、これに指向性を持たせるのは術者だ。
 だからそこには、術者の嗜好が著しく現れる。
 ずるり、といった音と共に生まれたそれは、長い長い胴体を持つ巨大な蛇だ。
 しかしその肌は赤黒く爛れており、また目が見えないのかただまっすぐのたうち続けながら進むのみ。
 生理的に嫌悪を覚える外観は、これこそがシュラハの精神世界の顕れか。
 由愛は、皮肉でもなんでもなく、率直な感想を述べる。
「シュラハ、相変わらず良い趣味してるじゃないの」
 その気色悪いのに絡みつかれて悲鳴を上げている神城をさておき、そんな台詞を。
 そして次は由愛の番だ。
 シュラハの術で周囲に飛び散っていた瘴気が、由愛が片腕を掲げるのみで消えてなくなる。
 残る手で掲げた腕の手首を掴み、集中を深める。
 額から汗が一筋。瘴気は消え、大気の流れも、いやさ空気そのものすら、消滅してしまったかのような静寂。
 由愛より滴る汗は、既に額のみならず全身にまで及び、苦痛をすら伴う精神集中に体中の節々が抗議の声を上げ始める。
 それでも、やめない。
 由愛が求めるのはそんな意識の深層の更に奥へ。
 導き出すはこの世ならぬ異界の住人。
 ようやく、とらえる。
 由愛は閉じていた瞳を開いてその対象を視野に。
 導くは黄泉の世と繋いだ掲げる右腕。
 ゆっくりと、指一本一本の動きを確認しながら、半開きになっていた手を、きゅっと握った。
 絶叫。君島は、まるで目に見えぬ巨大な手に握りつぶされたように体がひしゃげ、大量の血を吐き出した。
「わぉ」
 ぷらぷらと手を振って引きつりそうになった我が手の感覚を取り戻そうとしている由愛に、シュラハは感嘆の声で評価を述べてやった。

 フォローに来てくれた者も居るが、それでも賊全てを防ぎきる事も出来ず。
 暁はこれを葛籠に任せ、村の中に向かうよう頼むと、自分は戦闘に集中する。
 宗次の鉄腕を潜り、側面に抜けながら背後に居た雑魚に下段の蹴りを。
 その一打で彼は大きく姿勢を崩す。
 鞭のようにしならせるのではなく、大地を踏みしめる強さをそのまま蹴り足に乗せるのだ。
 ハタで聞いてわかる程大きな音が鳴り、男の足の骨がへし折れる。
 次なる男が斬りかかってくるのを、のけぞりかわしながら膝の内側に下段回し蹴り。
 これまた膝が変な方へとねじ折れる。
 手に持った忍刀を使い上へと意識を振ってやれば、ほぼ警戒ゼロで蹴りは当たる。
 そして脛の裏や膝を内側から等、足の構造を熟知した蹴りを放ってやれば、折るだけなら一打で事足りる。
 宗次を除く全ての敵の足をへし折った後、生かしておく気かと訝しがった由愛の予想を素敵に裏切り、一挙動で彼ら全ての首を跳ね飛ばす。
 噴水のように胴より血を吹き上げ、ごとごとと大地に落ちる首、クビ、くび。
「さあ〜〜て、これでようやくメインイベント。レッツビギンザ幹部斬首たーいむ♪」
 腹を抱えて笑うシュラハに、止める気など欠片もない由愛。
 つまる所、暁は完膚なきまでに依頼内容に忠実に事をなしきったのであった。

 葛籠は村の中へと走る。
 刀を手に、男が一人家の中へと入っていく。
 慌ててその後を追う葛籠だったが、どうやら空き家だったようで男は誰も見つけられず。
 しかし不意に家に入ってきた葛籠を見ると、嬉々とした声を上げる。
「おおっ! いるじゃねえかちょうどいいのが。おら女、てめえちょっとこっち来い……」
 無造作に葛籠の襟をつかむ男。
 呆気に取られた顔の葛籠の様子に、怯える気配が無いのが不思議であった男は、そこで少しだけ考えた。
 そして思い出す。ああ、こんな女が開拓者の中にいたよーなー的に。
「ちょ、ちょっと待って、これには深い訳が……おごっ!」
 くぐもった悲鳴は、多分男の子にしかわからない苦しみを葛籠の蹴りにより与えられたせーであろう。
 更に追撃の頭突きで男の被害は鬼なった模様。
 ふん、と鼻を鳴らす葛籠の頭上から、僅かに噴出す声が聞こえた。
「ん?」
 上を見上げると、少年と少女が一人づつ、梁の上に隠れたまま笑いを堪えようとして失敗してるのが見えた。
 こんな状況でも面白い事があれば笑う。そんな二人を見て、葛籠は少しだけ、救われた気がした。


 逃げ出そうとした磐台勇作は、結局ブラッディに捕捉されてしまう。
「ぎゃーーっはっはっは! 痛い!? 痛いのか!? なら他の奴にやられりゃ良かったなあおい! 連中なら即死させてくれるかもしれねえからよぉ!」
 無言で絶好調ブラッディを指差す由愛と、目を逸らして口笛吹いてる風葉。
 由愛と風葉は敵を殺す生かすで少々揉めており、風葉達は裏口に回った連中を全て殺さず捕らえていた。
 ふと、そんな風葉の裾を引っ張る小さな影が。
「ねぇ、あの捕まえた人達。シュラハがもらっちゃだめぇ? あの人、外から見てわかるぐらいおっきぃ……ふふっ、楽しめそぉなんだぁ」
 おいこの野郎、的な視線で見返す風葉に、あちゃーとそっぽを向く由愛。
 灰音と雨鈴は互いに顔を見合わせ苦笑する。
「色んな人間が集まるのが開拓者、って言ってもねぇ。あ、磐台ってのぶっ倒れた。うん、死んではいないだろうけど多分、かついでやらないと動けないわアレ」
「ごった煮のこんな状況で、何とかやりくりしていくのが私達の仕事なんでしょうね」
 村人達に状況を説明している、妙に子供に人気がある模様の葛籠と、一番散らかしたという事で後片付けの手伝いするハメになっている暁。
 結局、敵は全て倒すか捕らえるかし依頼を果たした上で村人に被害は無し。その結果に、満足するかしないかは各人次第なのである。