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■オープニング本文 「やああああああああ! まああああああああああ! ですわああああああああああ!」 と絶好調に雄叫びを上げるは豪奢な金髪ともみあげ縦ロールが目印、ついでに言うと胸が小さく知能指数もちっちゃこい陰殻のシノビ、雲切である。 ジルベリア国内を旅する彼女は、今回大自然を満喫せんとジルベリアでの登山に挑戦したのだが、緑豊かなハイキングを想像していた雲切は、ほんのちょっとだけ違う予定に眉を潜める。 「……何故でしょう。山肌は岩ばかりですし、こう、かわいらしーうさぎとかリスとかと戯れるわたくしの計画は一体どうすれば……」 雲切が今回昇っている山は、ジルベリアに数ある鉱山の一つであり、中身を大して読まず従って来た立て札は、この鉱山入り口を示しているのだ。 程なくして鉱山の町へと足を踏み入れる雲切。 実にダスティで男くさーい気配ふんぷん漂う間違っても女性が一人で近寄っていいような場所ではないここに、まるで気付きもせずすたすたと入っていく雲切。 ただでさえ目立つ彼女は、ものの半刻もせぬ間に所謂荒くれーな人達に取り囲まれてしまった。 「おいおい、ねーちゃん。こんな野郎ばかりの場所に何の用だ? 女郎っつーにゃあまりに色気が足りねえと思うんだがよ」 雲切を取り囲む男達は、彼の言葉に一斉に下品な笑いを漏らす。 「この際、性別が女なら何だって構やしねーよ。こっちぁどんだけ女日照りだと思ってやがんだ」 いやむしろ胸がないのが良いでしょう、的な発言も飛び交う。つまる所彼等は雲切を、拉致ってやろーと集まった訳だ。 「わかりましたわ!」 突如そう叫ぶ雲切に、まさか許可が出るとは思わなかった男達は目を丸くするも、続く雲切の言葉にその目を鋭く尖らせる。 「つまり貴方達は! 悪者ですわね!」 「ひゅ、ひゅみまひぇんれひた。ひご、あなたさまにてはらひまへん」 土下座して謝る男を前に、雲切は涼しい顔でどんなもんだいと胸を逸らしている。 十人以上居た男達は、皆雲切一人に軽くあしらわれてしまっていたのだ。 色気が無い云々な発言をした男のみが、ちこーっとキツめのおしおきを喰らった模様だが、それはそれである。 ともかく、この話は話題に乏しい鉱山の町にすぐ広まり、この街を仕切っている男より、雲切に護衛を頼めないかという話が来る。 鉱山を掘り鉱石を得るのが山師の仕事だが、どうにもこの鉱山、自然洞窟と変に繋がっている部分もあり、そこに、何処から入りこんだかアヤカシが出るそうな。 それは一大事ですわ、と雲切は報酬の話を聞く前からこの件を了承するが、流石に気が咎めた男はせめて三食と寝床だけでも用意させた。 そして、事件は起こった。 坑道の奥にアヤカシ出現の報を受けた雲切は直ちに現場へと向かうが、その途上で他の工夫達に止められてしまう。 何でもアヤカシが暴れたせいで坑道が崩れ易くなっており、奥への通路は使用不能だとの事。 そこは現在の最奥部でもあり、支道が山程掘られた坑道ではあるが、他に現場に行ける道は無い。 雲切は自信満々に語る。 「問題ありませんわ! 何故ならアヤカシが出たという事は! その奥にアヤカシが通って来た自然洞窟があるはずですもの!」 やべぇ、コイツ頭良いじゃねえか! といった所に工夫がめったくそ驚いている間に、雲切はさっさと奥への坑道へと駆けて行ってしまう。 途中、後ろを振り返り叫んだ。 「みなさんは待っていて下さいまし! 私が必ずや皆を……」 がらがらざしゃー。うわ、落盤だみんな逃げろー、土砂が! 土砂がー! ろおおおっく! 畜生ロックが足だけ残して埋まっちまったー! ちなみに、雲切は頭が良い訳では断じてない。ただ単に、奥に行く言い訳が欲しかった、それだけの話だ。 それを思いつけた事に関してのみ若干知恵が回ると言ってやってもいいかもしれないが、勝算のまるで無い話に軽々と乗りしかも必ず勝利するつもりでいる辺り、やはり相当にダメダメであろうて。 「雲切落盤怖くて周辺に被害が及ばないよう気を配ったパーンチ!」 衝撃のみをアヤカシ内部にぶちこむような器用な拳を叩き込む雲切。 この辺りの坑道は案外しっかりしており、ここまでやる必要は無いのだが、やはりこの女、武に関してのみならば天賦の才があろう。 結局、坑道奥に取り残されていたのは五人。 彼等を追い回していたアヤカシを拳(何故か刀を持っていない。最近は心底格闘にハマっている模様)で撃破し、アヤカシが通って来たと思しき通路を探す。 残された五人の工夫の内の一人が、自然洞窟と繋がってしまっていた箇所を知っており、この洞窟へと足を踏み入れるのだが、そこは、恐るべき大迷路となっていた。 五人の工夫(間違っても雲切ではない)の知恵と深慮により、ある程度の探索は行なえたが、アヤカシが出没する事もありあまりに危険すぎると坑道から洞窟へと繋がる入り口付近へと戻り、ここに隠れる場所を作り出した。 土いじりのエキスパートが洞窟上部に更に穴を掘って退避壕を作り、この間沸いて出るアヤカシは雲切が張り倒す。 出来た退避壕に五人の工夫が昇りきった後、雲切が足場を崩してしまい、そして雲切は人間どころかアヤカシですら至難であろう無茶跳躍によって高所の退避壕へ避難する。 これで、どうにか時間は稼げる。後は、外の人間を信じるのみであった。 ギルド係員、ビィ男爵。 ジルベリア開拓者ギルドにて、当初彼は実に気安く、天儀より預けられている雲切なる人物の身元引受人となった。 前任者よりの引継ぎは、くれぐれも目を離さないようにとの話だったが、ビィ男爵はその言葉の意味をようやく、そう、この鉱山町に彼女を捜索に来てようやく理解したのであった。 「……おい、生活費は与えてあるのだが、何故に故に、仕事なぞをしようとしたのだこの女は」 町長は答える。 「アイツは、金じゃ動かねえんじゃねえか。今回だって、アヤカシが出て危ないから、そう言ってたぜ」 無言になるビィ男爵。彼に町長はきっぱりと言い切った。 「口先だけ、そう思ってたんだがな。クソッ、あの女、落盤があるってわかってたのに恐れる気もなく突っ込んでったらしいぜ。ウチの連中を助ける為にな。いいか、あの女と仲間達は絶対俺達が助け出す。てめぇの出る幕はねえよ」 苦虫を噛み潰したような顔でビィ男爵は返す。 「彼女のジルベリアでの安全は私の責任下にある。それにアヤカシが出るのだろう。塞がった坑道を開くのは私には無理だが、せめてもその後の探索にはウチの開拓者を使わせてくれ」 「ケッ、勝手にしろ。せいぜい足引っ張んじゃねえぞ」 |
■参加者一覧
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
愛鈴(ib3564)
17歳・女・泰
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
高尾(ib8693)
24歳・女・シ |
■リプレイ本文 坑道内のアヤカシは、侵入者を発見するなり襲い掛かって来る。 愛鈴(ib3564)は、侵入者はお前らだろー、ってな勢いでこれを迎え撃つ。 顔なしアヤカシの右拳を流し懐に潜り入ると、人間ではありえぬ第三の手、尻尾が回りこむように側面より迫る。 こちらは肘の間合いであったのだが、これを避ける為更に深く顔なしに密着する。 問題ない。こちらは泰拳士なのだから。 背中を預ける形のまま、ただ触れるのみであった愛鈴の拳が振動する。 顔なしはびくんと大きく震え、その場に崩折れた。 「どう?」 そう問われたのは酒々井 統真(ia0893)だ。これは技のキレを確認したいのだろう。 「ん、悪くねえんじゃねえのか。ただ、足の位置はもう少し内側の方が力乗せやすいだろ」 「わかったー、次はそーやってみる」 鬼灯 恵那(ia6686)は、顔なしが受けに回した腕ごと、胴体を横一文字に叩き斬る。 思うように動けたのか満足気に頷いた後、恵那もまた統真に問う。 「どうかな?」 「いや何だって俺に剣術を聞くんだよ」 「今のは泰拳士の歩法でやってみたんだよ」 言われてみれば、確かに剣士のそれとは若干の違いがあった。 「なるほど。それにしたって残心は剣士ん時まんまだったぞ。泰拳士は状況に応じて残心の構えが違ったろ」 「わ、そうだった」 「剣士のそれが悪いとは言わないけどな。せっかく泰拳士やるってんなら、構えの意味も含めて覚えておくといいぜ」 「んー、ありがとー」 更に、叢雲・暁(ia5363)は顔なしの正面から走りより、顔なしより放たれた拳を後ろ回し蹴りで弾く。 完全に速度勝ちしているからこその技だ。 ついでに蹴り飛ばす勢いで顔なしの体をぐるりと半回転させ背後を取り、忍刀で首をかっ斬った。 絶好調、とばかりに拳を握り、暁は統真を見て胸を逸らす。 「ふふふ、泰拳士的首狩りはどうかね? ここまで来るとむしろTAIKENSHIとでもいうべき……」 「それものすげー勢いでシノビの技じゃねーか! お前泰拳士なめてんだろ!」 都度つっこむ律儀な統真に、菊池 志郎(ia5584)は苦笑しつつこれを眺めていた。 「みなさん、元気ですね」 佐久間 一(ia0503)は何やら諦め気味に嘆息する。 「あの人が絡むと大抵はこうです。言う程、余裕は無いと思うんですけどね」 時折ぱらぱらと天井より降ってくる土が気になって仕方が無く、都度上を見上げずにはいられない。 志郎も同感なのか、僅かにだが身震いする。 「敵と戦うのとはまた違った恐ろしさがありますね。ある、はずなんですけど……」 遠まわしにだが雲切の事を言いたいというのは一にもわかる。盛大に息を吐き出す一。 「……言って聞く人じゃありませんから」 「ですよねぇ」 ふと、高尾(ib8693)が若干ではあるが突出したのが見えた。 通路の奥は薄暗がりとなっており、その先に敵が居るかどうかは見ただけではわからない。 慌てて玖雀(ib6816)がこの後ろにつく。 「おいおい、何だってんだ」 唐突に、その顔なしは姿を現したのだが、片や高尾は超越聴覚を、片や玖雀は暗視を用いどちらからも隠れられぬ状態だ。 玖雀がつい何時もの癖で飛礫を顔なしの顔面部に放ってしまう。 目も無いのだから、顔にぶつけても惑わす効果は薄いと思われたのだが、高尾は顔なしの反応が鈍った事に気付く。 この隙に脇を抜け、通り抜け様に後頭部に裏拳一発。 一息に駆けると、顔なしには玖雀より苦無が飛ぶ。 顔なしがまるで反応出来ないのは、薄暗がりの中暗い色の苦無を放ったせいか。 高尾と玖雀は前後を挟むように飛び道具と拳にて交互にこれを打ち、顔なしを撃破した。 「なんだい。顔が無いって言っても、結局顔で見てるんじゃない」 呆れたような高尾の言葉に、玖雀も思わず噴出す。 「ははっ、すげぇがっかりだってのには同意させてもらおう」 統真は肘打ちで、顔なしの胸板を深く斬り裂く。 熟練者の肘は最早刃と変わらぬ鋭さを持つのだ。 続き背後に向け掌を伸ばす。 そちらより襲い掛かってきた顔なしの腹部に、吸い寄せられるように打ち込まれ、顔なしは膝から崩れ落ちる。 更に別の敵に向かい…… 「話が違うじゃねーか! 何だこの数は!」 とりあえず殴る蹴るより先に文句を言ってみた。 それまでの坑道から、大きく開けた場所に出るなりこの大歓迎だ。 暁曰くの、モンスターハウスだ! な広間は、工夫達が中継地点としている場所だそうで、確かに幾つかの資材が転がっているのが見える。 一の拳が顔なしの顎を打ち上げると、隣の顔なしは志郎が苦無で喉元を斬り裂く。 右も左も取り囲まれてしまっている二人。志郎はぼやくように漏らす。 「後衛、援護に徹する、とか言ってられそうにありませんねこれは」 一方、一は申し訳無さそうな顔だ。 「すみません、不甲斐無い前衛で」 「いえいえ、そういう意味じゃありませんよ。それに……」 二体の同時攻撃をするりとかわしながら志郎。 「こういうの、実はあまり苦手ではありませんので」 志郎の人の良さに感謝しながら、一は確認すべき事項を問う。 「工夫の方々は?」 「合図の笛で退却してくれました」 「なら後は……」 一の全身が突如紅蓮の炎に包まれた。 ぎょっとした志郎であったが、これはあくまで精霊力であるとわかると、今度はその尋常ではない力の滾りに驚く事になる。 志士の上位剣術、紅焔桜であろうと思われたが、ここまで見事に精霊力を操る技なぞうそうそうはお目にかかれないだろう。 「駆逐するのみですっ!」 元より攻守のバランスが取れている一であったが、彼の操る技もまた、攻守いずれに偏る事もなく丁寧に全体を底上げしてくれるものだ。 一つに長けた美もあるが、やはり全体がバランスよく整っている物には及ぶまい。 紅の閃光と化した一の、流麗にして力強い動きを見ると、そう思えてならない志郎であった。 敵を斬り、叩き、潰し、通路を進むとこれは工夫が掘ったとは思えない自然洞窟に出る。 人が掘ったものより数段安定してみえるのは、長年かけて作り上げられたせいであろうか。 おかげで戦いやすくはなったが、敵の数はここに来て最大数に達する。 暁と高尾の二人が同時に飛び出した。 そう意図した訳ではないのは、二人共がお互いの動きを見て少し意外そうな顔をした所からもはっきりしているが、天井を蹴り、反動で飛び込む時には言葉にせずとも二人共がどう動くかを示し合わせていた。 標的は高尾の目線の先から暁が察し、どう動くかはそれまでの暁のやり口から高尾が察する。 案外に硬い顔なしの首。 これを目掛けて暁と高尾が上方より飛び込み、斜め十文字に交差し手刀を、忍刀を走らせる。 前後から全く同量の力をかけたせいで顔なしの首は真上へと飛びあがるが、二人はこの戦果を確認もせず次の標的を狙うべく地を蹴り、壁を、天井を蹴る。 敵に幾ら数が居ようと、それこそ空間全てを埋め尽くすでもせねばこの二人は捉えられまい。 高尾は縦横無尽に飛び回る事でひっきりなしに動く視界のみを頼らず、視覚を補う形で卓越した能力を誇る聴覚を用いているのだ。 灯り届かぬ暗がりも恐れず、確実に、正確に仕事をこなしていく。 全く同じ行動を取っている暁が、高尾と違って確実な仕事人といった雰囲気がまるで出ていないのは、間違いなく首のみを狙ったその動きのせいであろう。 出来るかどうか難しい状況でも迷う事なく首を狙う一発屋的な動きは、実に彼女らしく、高尾の堅実さから生じる迫り寄るような恐ろしさとは別種の怖さがそこにはあった。 乱戦続く自然洞窟での激闘。 洞窟の奥、細く狭まった場所より更なる増援の姿を確認した玖雀は自分ともう一人、恵那の位置を見て咄嗟に動いた。 「合わせろ鬼灯!」 普段なら絶対にやらない超大振り。 右手に持った苦無を、体の後ろに大きく振りかぶる。 同時に振った左腕を前方に振り出しながら足を大きく踏み出す。 泰拳士の震脚かと見紛うばかりの力強い踏み出しは、体重移動の全てを右腕に乗せきっての事。 右腕に振り回されるような勢いで、玖雀は腕を振りきり苦無を放つ。 恵那はというと、肩越しに後ろを振り返りつつ刀を脇構えに備え、そちらから放たれるだろう苦無を待つ。 見て、動くのでは絶対に間に合わない。 多分この辺に飛んでくるだろうという予測の元、恵那は踏み出しをはじめ、投擲直後にその軌道を確定する。 位置は恵那の肩口上方、頭頂より手の平一つ分上。 その瞬間だけは、玖雀の放った苦無の速度を恵那の剣速が上回る。 そう、玖雀が螺旋の力を加え放った苦無を、恵那が柳生の秘奥にて再加速させ打ち出したのだ。 そこにどのような奇跡があったのか、無数に分裂してみえた苦無は、通路より現れた顔なし達を凄まじい威力で引き裂き、千切り飛ばした。 ちょっと距離は空いているが、思わず顔を見合わせる玖雀と恵那。 「すげぇなおい。今お前一体何やったってんだよ」 「うーん、私にもわからないけど……でも、もう一回やれって言われても絶対無理だと思う」 「だよなぁ。威力上げるつもりでやっただけだったんだが……あーびっくりした」 松明係を自分に課していた愛鈴だったが、何せべらぼうに敵が多い為そんな余裕な事言ってられそうにない。 松明を持った手を使わぬよう、足技にて顔なしを相手取る。 知能は低いようだが、敵も受けるかわすはきっちりやってくる。 もちろん、これを外す手も愛鈴にはある。 蹴りの為にまず膝を振り上げる。 これだけでは蹴り足が何処に飛ぶのかまだ見えない。 それでも受ける為に両腕を前方に構える顔なし。この受け手を外し顔なしの側面を愛鈴の蹴りが通過する。 外れた? いや、顔なしの受けを外しただけだ。 顔なしの側面を抜け上へと振りあがった足は、弧を描くように、受け手を避けるように顔なしの頭部を上より踵にて強打する。 振り上げ敵頭上にて止まり反動をつけるのではなく、僅かな停滞もないまま楕円を描いて踵を落とす。威力においても速度においてもこの差は大きい。 引っ掛けるように自らの方に引き寄せ倒す。 その倒れた背を踏みながら、愛鈴は松明を頭上高くに放り投げる。 即座に、次なる顔なしの顎を真下より蹴り上げる。 足を振り上げる際の加重移動を、腰の回転で次なる動きに繋げる。 更に逆足を振り上げ、二連撃。仰向けに倒れる顔なしには目もくれず、落下してきた松明を受け取る愛鈴。 かなりの数を討ち減らし、そこそこ視界も取れるようになってきた愛鈴は、洞窟の奥に、正確にはその天井付近に、人影を見つけた。 「雲切っちやーい。生きてたら返事、およ、あれじゃない?」 雲切発見の報に、統真は舌打ちを禁じえない。 減らしたとはいえまだまだ顔なしは残っており、恐らく雲切と共にいるだろう要救助者の回収作業はとてもではないがやれる状態ではないのだ。 問題を先送りするだけではあるが、ともかく今は疲労困憊であろう工夫達の救助が優先する。 統真は静かに、心の中を整理する。 武威を示す心のありようは、正しき心に添った形でなくばならない。 殺意、狂気もまた武威ではあるが、敵の更なる反発を招く事もある為だ。 これまで積み重ねてきた武への信頼を、全身に漲らせ一歩、足を進める。 震脚ではまるでない一歩は、静かにしかし確実な波紋を生み出し周囲に広がって行く。 まず、開拓者全員がその気配に反応する。してしまう。 無視出来ぬ。断じて放置も出来ぬ存在感。殺意や害意等指向性のない、ただの存在感だ。 それ自体に色は無いが、それだけに統真への殺意を持っている者にとっては、鏡となってその殺意が跳ね返ってくる。 自らが向けた殺意、これを、このような大きな存在に向け返されたら。 そう考える知能があってしまったが最後、そう、今こうして、顔なし達がすごすごと引き上げていくように、殺意を持続する事も出来なくなってしまうのだ。 顔なしが周囲から全て居なくなった後、統真は疲れたのか少さく息を漏らす。 「ま、時間稼ぎぐらいにしかならないだろうが、な」 シノビの技をもってすれば、天井付近にある横穴に飛び移り縄をかける事もさして難しくはない。 シノビの癖に技ではなくただ脚力のみでそーする力馬鹿も居るには居るのだが。 工夫、そして雲切の回収が済むと、工夫の消耗がひどい事から一時後退すべしとなる。 敵が居る為後詰めの工夫もまた後退していたのだが、高尾が目印をつけておいた為、迷うなどという事もなくスムーズに安全地帯へと退避出来た。 途中途中に荷車を用意させておき、衰弱した工夫はこれを用いて運べるよう手配してもいたのだ。 顔なしの特徴を調べようとした事といい、女性らしい細やかさのある人だな、と志郎は思った。 共に行動し、派手な外見とは裏腹だなと思えたのは高尾だけではない。 暁は衰弱している工夫を随分と気にかけており、彼女らしい言い方ではあったが、工夫達を元気づけるような声かけをしていた。 そして、救助直後ぴーぴー一番泣いてた一番体力ありそーな雲切とかいうシノビっぽいものの方を見てみる。 恵那が用意したチョコをがっつくように食べている。あーあー、口の周りにちょこがー。 そんな雲切の口元を恵那がふいてやってたりするが、これを見ていたらしい統真が、何を思ったか彼も懐よりチョコを取り出す。 「ほれ」 右に振ると、雲切の首も右を向く。 「ほれ」 左に振ると、雲切の首も左に向く。 「ほーれ」 ぽーんと投げると、雲切は顔をがばーっと前に出しこれに食いついた。 ものっそいジト目なのは一である。 「……酒々井さん」 「いやすまんっ。何かなんてーか、つい、な」 犬か何かみたいにチョコに食いつく雲切に、一は苦笑しながら問う。 「洞窟はどうでしたか?」 暗い寒いひもじい寂しい等々、凄まじい勢いでネガティブワードが乱舞される。 勢いまた泣き出しそーだったので、慌てて恵那と一の二人がかりで宥めたのだが。 玖雀はふと、疑問に思った事を口に出す。 「で、どーすんだこの後。依頼は完遂だが、洞窟のアヤカシほっとくのか?」 いの一番に答えたのは、半べそかいていた雲切であった。 あっと言う間に復活し、拳を握って立ち上がる。 「もちろん! 全部やっつけますわ! 帰路さえ確保出来れば最早怖いものなどありはしませんっ!」 皆、一斉に思った。 『……全然、懲りてない』 |