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■オープニング本文 「潜入捜査?」 開拓者のサムライ、山科絵里がすっとんきょうな声を上げると、ギルド係員栄は肩をすくめて見せる。 「ええ。臣君、ちょっと洒落にならない組織に潜入してるみたいですね。ギルドの支援も無いってのに、信じられない真似しますよ」 駿河臣という元ギルド係員が行方不明になり、その友人の絵里が栄を頼って探してもらっていたのだ。 絵里は口を尖らせる。 「何で私に一言の相談も無いかなぁ……ねえ、もしかしてさ、私、臣さんに避けられてる?」 栄はそ知らぬ顔である。 「そうですか?」 栄は知っている。臣が絵里を避けるようになったのは、もっと言えばギルドを辞めたのも、絵里が臣のせいで狙われた為だと。 本来ギルド係員の交友関係なぞ外部に漏れるはずがないのだが、不運が重なり臣が絵里と縁が深いという情報が漏れてしまったのだ。 絵里自身が強力なサムライの為大事に至ってはいないが、運が悪ければ絵里は犠牲になっていただろう。 それは、臣には耐えられない事であった。 栄はそこまで考え苦笑する。 悪党を叩き潰す事にしか興味を持たなかった臣が、随分と変わったものだと。 近しい者なら誰しもが、臣が悪党に対し通常では考えられぬ憎悪を燃やしていると気付いていた。 ギルドを辞めた後もギルドを介せぬ仕事を開拓者に斡旋し、悪党退治からは足を洗おうとしなかったのだから筋金入りだ。 ともかく、絵里には大丈夫だからしばらく様子を見ようと一度帰らせ、栄は一人、資料の山を前に思案する。 「臣君、君はさ、もしかして……本当に死んでしまいたいのかい?」 悪事を働く全ての者への憎悪は捨てられず、しかしそれを何処までも貫けぬ程に、大切な人が出来てしまったと。 「確かに、今ここで臣君が消えてなくなれば、絵里さんとても悲しむでしょうけど、きっと立ち直って新たな出会いに巡り合えるでしょう……私もこれで男の子ですから、気持ちは理解出来なくもありません、が」 ギルドの力を借りる事も出来ない。臣は対外的には紛う事無き犯罪組織の幹部であるのだから。 その組織も、志体持ちを十人も抱えているような大所帯。片手間で揃えられる程度の戦力ではどうしようもない。 「何とか段取り整えて人出せるようにしないと、ですね。臣君、お願いですからそれまで無茶はしないで下さいよ」 「やはり駄目だったか」 そう呟く臣は、予め用意しておいた逃走経路を必死に走っていた。 証拠を掴むその直前、志体を持つシノビの技術に目論みを見破られてしまったのだ。 逃げ切れる確率は一割も無いだろう。それでも、後悔も無い。 時間は深夜。川沿いにとめておいた小船に乗り込み、夜陰に紛れて川を下って逃げる。そんなつもりであった。 「うわー凄い顔してるー。やっぱ失敗したんだ。まったく、臣さんは私がいないとダメよねぇ」 必死の逃走中であり、表情が凄い事になるのは当然なのだが、そんな顔がスマイルに見える程臣の顔が大きく歪んだ。 「あ、驚いてる驚いてる」 逃走用に用意していた小船には、山科絵里が先回りしていたのだ。 何故ここにと問おうとして、付き合いの長い絵里なら臣の準備を読む事もあるかと考え、それはそれとしてこんな危ない場所に来た事を怒ろうとして、そんな事してる暇が無いので拳を握ってぷるぷる震えながら堪える。 「……言っておくぞ。もう、手遅れだ」 「みたいだね」 二人が小船を出すのと同時に、川沿いを駆け下ってくる複数の影が見えた。 また、近くにとめてあった大きな船が小船に向けて動き出している。 臣は真っ青な顔で、恨みがましく絵里を睨みつける。 「……お前は、どうしていつもこうなんだ……俺の考えを悉く潰してくれる。俺が何の為にこんな真似をする事になったと……」 絵里はまっすぐ臣を見つめて言った。 「臣さん、私はそんな言葉が聞きたくてここに来たんじゃないよ。ねえ、本当に、もう臣さんでもどうしようもないの?」 「馬で先回りした連中が川を下った先に待ち構えているだろうし、そもそも、後ろから迫る船を振り切る事も出来ないだろうな。川に飛び込んだ所で結果は一緒だ」 「じゃあ、これでお終いなの?」 「……そうだ。この場で命だけは永らえたとしても、今度は生き地獄が待っているだろうしな」 絵里は、心底よりのため息を漏らし、安堵の、笑みをみせてきた。 「よかったぁ、じゃあ私、ぎりぎり間に合ったんだ」 「何?」 「だって、臣さん死んじゃうんなら、私だって生きていられないもん」 信じられないモノを見るような目つきの臣に、絵里は再び真顔に戻って問う。 「ねえ臣さん、聞かせて。臣さんは、私の事好き?」 ぐるっと顔を回し周囲を確認する臣。連中が矢を射掛けてこないのは、生け捕りにするつもりだからであろう。 「……クソッ、一生口にする気無かったんだがな。最後だし構やしねえか。ああ、そうだよ。俺はお前に惚れてる」 「やったーーーーーーーー!」 ものっそい勢いで両手を振り上げる絵里。そのせいで小船が揺れる揺れる。 「こら馬鹿落ち着け。……なあ絵里。俺は間違えたのか。もっと他のやり方をすべきだったのか」 絵里は優しく臣の頭を両手で抱きしめる。 「わかんないよ、私にも。でも、きっと今この場でないと、臣さんをこうしてあげる事は出来なかったんじゃないかな」 その姿勢のまま、臣は心地よいぬくもりに全身を委ねる。 「……そうか。……そう、かもな」 栄は官憲が二人の遺体を川より引き上げるのを、野次馬に混じって確認する。 さして興味もなさそうな顔でその場を離れ、ギルドの自室に辿り着くと、そこで崩折れた。 「ちくしょう! どうしてあそこで俺は体裁なんて気にしてたんだよ! 絵里さんみたいに後先考えなきゃ何とか出来ただろ! クソッ! 臆病者! 卑怯者! どうして! どうして俺は! ちくしょおおおおおおおおおおおお!!」 一しきり喚き、叫び散らした後、床に寝っ転がった体勢のまま、栄は天井を見上げる。 「……開拓者が理不尽に殺された。臣君じゃ動けないけど絵里さんなら動ける。絵里さんには、それがわかっていたってわけでもないんでしょうけどね」 強襲に類する作戦となろう。 連中は、まだ開拓者ギルドを敵に回したと気付いていない。 しかし臣が探りを入れていた事から警戒し、二人の身元確認を急いでいる事だろう。 その前に、一息に揉み潰す。 シノビ二十人を裏取りに回し、同時に開拓者を手配。裏が取れ次第、武力行使。 そう、実力行使だ。捕縛だのと余計な事に気を回す余裕は無い。無論、殺害のみを目的とした依頼をギルドは好まない。 つまり、現役ギルド係員である栄が、ギルドを介さぬ仕事を開拓者に斡旋する、そんな話である。 他にやり方もある、だが、栄はこうせずにはいられなかったのだ。 「……拘りは身を滅ぼす。けど、わかっていても止められないからこそ、拘りって言うんでしょうね……」 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
リーナ・クライン(ia9109)
22歳・女・魔
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
アナ・ダールストレーム(ib8823)
35歳・女・志 |
■リプレイ本文 実に騒々しくなっている表口ではなく、ウィンストン・エリニー(ib0024)は屋敷の裏口周辺警戒を行なう。 と、シュラハトリア・M(ia0352)が小走りに、リーナ・クライン(ia9109)が落ち着いた様子でこちらに来る。 逃げ道を塞ぐ為の仕掛けが終わったとの事で、ではと三人は屋敷に踏み込んだ。 すらりと抜いたウィンストンの大剣を見て、シュラハは小首を傾げる。 「それぇ、家の中じゃ長すぎない?」 ウィンストンは誰何の声を上げる家人を、屋敷の壁面を抉り取りながら斬り伏せる。 「問題無い」 そんな彼が面白かったのか、シュラハはころころと笑う。 余裕あるわねぇ、と嘆息するリーナは、廊下の先から駆けてくる人影に氷結術を放つ。 その為翳したリーナの手が止まる。 廊下の奥より更に三人が駆けて来ているのだ。 「こんな狭い所で何人も来た所で、ねぇ。無邪気なる氷霊の気まぐれ……吹雪け!」 暖かな屋内が、一瞬で冬山登山に早変わり。 床には霜が下り、凍結した天井からは板の歪む大きな音が、口を開けるばたちまち口内雪塗れになるだろう高密度の吹雪が空間を覆い、これらに逆らい、三人はゆっくりと進むしか出来ない。 中でも取り分け体力に優れた男が走り出すのを、シュラハは薄笑いを浮かべて迎え入れる。 「さぁ、みぃんないっぱい遊ぼぉねぇ♪」 明らかにリーナとは体系の異なる術を唱えると、小柄なシュラハに比べ倍程にも見える蛇が、のそりと彼女の足元より生え伸びてくる。 この黒い巨大な蛇は驚く男の股下より這い上がり、胴を巻き、右脇を潜って肩上より男の頬を一嘗め。 あまり趣味が良いとも思えぬこの挙動は、或いは作成者の嗜好でも乗り移ったせいか。 とどめはウィンストンの大剣により首を刎ねられる。 彼は志体を持つ者であったが、彼我の力量を弁えず突出すれば当然こうなる。 無論それが理解出来ているウィンストンは、後ろ二人の援護を最大限に活かせる陣形を、崩すつもりはなかった。 正門を力任せに突破すると、即座に物々しい出で立ちの者達が飛び出して来る。 この対応の早さが、彼らのやっている事の後ろ黒さを現していよう。 が、正門の惨状を前に、彼らは一様に足を止める。 人の背の倍はあろう大扉の右側は鬼灯 恵那(ia6686)が。 左側を吹っ飛ばし、無表情に彼等を見返すは佐久間 一(ia0503)だ。 扉であったものは握りこぶし程の木片と化しそこらに飛び散っている。 「――さぁ、斬ろう」 「ええ」 二人は全く同時に右の足を前へ。 二人より発する鬼気は、正門内に集まった有象無象に金縛りを強いる程のものだ。 それも、恵那が右に踏み出しつつ逆袈裟に、一が左に足を伸ばしつつ逆袈裟に、それぞれ血飛沫を巻き上げてやると、残る皆は恐慌状態に陥り、絶叫と共に斬りかかってきた。 叢雲 怜(ib5488)が、砕けた正門よりひょっこり顔を出す。 「うわー、あの二人、めっちゃくちゃ怒ってない?」 怒声と共に駆け寄ってくる男が居たが、怜が銃口を向ける前にアナ・ダールストレーム(ib8823)が一刀で斬り伏せ、いや、地面に大剣で叩き伏せた。 「そう?」 「……ごめん、訂正。怒ってるのは三人だ」 福幸 喜寿(ia0924)は、こちらに背を向けている恵那をじっと見つめている。 「怒っ、てる? そうかな、うちにはもっと……」 そこで、口に出しても不毛と思ったか言葉を止める喜寿は、鉄傘を二の腕に添わせくるりと回し、逆手に持ち直すとそのまま駆け出した。 怜は短筒「一機当千」を相手に向けぬままだらりと下ろしている。 短筒を握った腕は体の正中線に添わせ、肘を気持ち曲げた形で半身の姿勢。 逆手に握った銃剣は、体の裏に持って行き、相手からは見えぬように。 対する蟹田はというと、猫足立ちで体を低く構えたまま微動だにせず。 既に両者一撃づつを交換しあっている。いずれも命中無しだが、冷や汗が樽一杯分噴出した気分である。 射程は怜が上。しかし間合いに入られたが最後、あちらの命中精度はこちらのそれを遙かに凌ぐであろう。 蟹田にとっては初弾を如何にいなすかであり、怜は逆にこれを如何にぶち当てるか、実にシンプルな話だ。 当事者にとっては永劫とも思える対峙。 両者ぴくりとも動かぬように見えるが、二人には二人ならではの差があった。 泰拳士と砲術士で、いずれが長く待機姿勢を維持出来るかなど、火を見るより明らかであろうに。 涼しい顔で待つ怜と、額より汗が滲み出した蟹田。 戦闘中の体内温度の差が、明暗を分けた。 それでも、怜が銃を持ち上げ眼前に構えるのと、蟹田が踏み込み拳を振り上げるまでが、ほぼ同時であったのだから彼の能力も褒め称えて然るべきか。 しかしそれは、余りにもわかりやすすぎる、最短距離をただ伸びるのみの拳である。 怜はふらりと斜め前方に体を倒し、それだけで拳の進路より頭部を外す。 駆け抜ける蟹田。怜は通りすがりざま、肩越しに後ろに向けた銃口より、必殺の一撃を放った。 アナは片腕で大剣を持ち、残る片手は刀身に添える形で空けておく。 ひっきりなしに体の向きを変え、常に相手を正面に捉えるよう動くアナだったが、時折それでも追いきれぬ速さで迫ってくる。 速度差から来る手数に圧倒されがちな所を、ギリギリで堪え防御に徹するアナ。 速さ勝負では相手にならない。 こちらはただ向きを変えるだけなのに、全身で吹っ飛ぶように全周を動く敵の動きに、ともすれば遅れがちなのだから。 視界の右端より左端に抜けていく敵の姿。 速度が上がる。 また、上がる。 更に、上がる。 まだ、上がる。 頭の中で一つ、二つ、と数を数えて間を読む。 奴の弱点を、アナは見切った。 とんでもなく速い速度は、それに頼りすぎる故、緩急ではなく急急のみでメリハリを付ける癖を生じていた。 紅蓮に燃え上がるフランベルジュを、胸の脇に大きく引き構え、足先から膝までの重心移動を起こしてみせる。 反応速度に優れた敵なればこそ、これだけの挙動でこちらの動作を読み飛びかわす。 無論これは誘い。回避運動中ならば避ける手もあるまいと、アナの大剣が伸びる。 腰より上の回転のみで突き出した剣は、それでも、疾風により潜りかわされる。 彼は、心の中のみで、最後の瞬間に、こう、叫んだ。 『何故まだ剣が我が前にあるか!?』 かわしたはずの大剣が、再び神速を得て突き出されるのを、彼はかわす事が出来なかったのだ。 既に手強き敵を迎えている仲間の為、喜寿は意識して雑兵を手早く片付けにかかるが、ただの一人も斬る事なく、丁寧に武器を奪ってその無力化を行なう。 しかし、そんな容赦も文治が現れるまで。 「えっと、文治さんやっけ? 調査能力があるらしいけんども、うちの今日の職業は何かわかるけー?」 戯言に興味は無いと文治は無言のまま刀を抜く。 対する喜寿は、ここまで無力化した雑兵の武器が、狙った通りの位置に全て『刺さっている』のを確認し、両手に持った傘と短剣を空高くへと放り投げる。 ずらりと並ぶ、大地に突き刺さった刀、刀、刀。総数はこれまでに喜寿が無力化した雑兵の数、十六。 喜寿は斜めに疾走しながら、眼前の一本を抜きながらに投擲する。 その一本目が着弾する前に既に二本目投擲を終えている。三本、四本、五本、六本…………文治も無論案山子ではなく、走り避けるが喜寿の連投は止まらない。 しかし文治は未だ中空にてくるくると回っている傘と短刀の位置、残る刀の配置から、喜寿の移動先を読む。 最終攻撃点をそこに揃え、刀を刀で弾きながら喜寿以上の速度で駆ける。 最後の一本、これを手に取らんとする喜寿。 その姿が、徐々に、徐々に薄れ消えていく。 慌て目を凝らす文治の視界が宙に舞い、くるりと回転する。何故かそこに自身の胴があった。 「答えはー……あなたの死神、さね」 大鎌に首を飛ばされ、倒れ伏す文治の体。 その両脇に、墓標のように傘と短刀が突き刺さった。 ウィンストンは体の後ろに、片腕で掴みながら大きく伸ばした大剣を、屋外でもやらないような超がつく大振りで振り上げる。 剣先が天井につく直前、残る片腕で柄を掴む。 決して均一ではない手応えを剛力と加重移動で強引に振り切る。 そして、剣先が天井を抜ける瞬間、腰よりの回転と上体の捻りを加えた最後の加速を行なう。 それまでの抵抗より解き放たれた大剣は、敵の予想を遙かに超える速度を得、受けすら許さず一刀の元に全身を両断する。 これに怯えた雑兵が数人、後ろも見ずに逃げ出したおかげで、ウィンストン、シュラハ、リーナの三人は思わぬ一息を付く事が出来た。 頭頂より股間までを真っ二つにされた男の側に、シュラハがとことこと歩み寄る。 「ねぇ、これ使わない?」 意図がわからぬリーナは首を傾げるのみ。 「どうやって?」 シュラハは満面の笑みで言う。 「これをね、着るの。それでぇ、中からばばーって飛び出したらきっとびっくりするよぅ」 ここまでならまだ誤解の余地もあった。 「飛び出すんなら、お腹から、かなぁやっぱりぃ」 しかしここまで言われてはもうダメだ。それでも、ウィンストン、リーナ共に、一瞬言葉の意味を理解し損ねた程だ。 上機嫌であったシュラハは、しかし二人の硬化した表情を見て、人形のように笑う。 「あはははははははは。冗談だってばぁ」 引きつった頬のままウィンストンは小さく抗議する。 「あまり良い趣味とはいえないぞ」 そして妙に真顔のリーナ。 「そこまでしなきゃならないような敵、まだ残ってそうなの?」 どうやらシュラハは、比較的リーナの返答を好んだようだ。 「どうだろぉ。えへへっ、わかんなぁい」 ウィンストンは戦闘の最中に発覚した不安要素に、心の中だけで嘆息する。 彼はシュラハがひどく失望したのを、それを誤魔化したのに、気付いていた。 さてどうしたものか、と考えに深ける時間もない。 まだまだやる気な敵さんが、通路の前後を挟むように襲ってきたのだ。 即座に反応したリーナが前方の空間を指で軽く突くと、薄白い波紋が円状に大気中を走る。 リーナは続けざまに指を走らせる。 一つ、右上。手の平程の大きさに広がる。 二つ、左上。波紋同士がぶつかりあって放射状に広がる。 三つ、右下。絡み合った波紋は複雑でいて一定の細波を描く。 四つ、左下。四隅の波同士が打ち消しあい中央にぽっかりと空間が開き、リーナは魔杖ドラコアーテムをその位置に差し入れた。 まるで杖の先が豪雪へと変化したかのよう。 吹き荒れる吹雪が前方より迫り来る敵兵へ殺到する。 後ろに回りこんだ敵は一人のみと数では前側より圧倒的に少ない。 その戦力配分差を即座に見て取り、シュラハはリーナと背中合わせになる形で後方の敵へと向き直る。 シュラハの右手が、左腕の内側を優しく撫でる。 そのまま、交差するように両腕を回すと、その中心に小さな小さな白銀が生じる。 更にシュラハが二回し程すると、円状の白銀に刃状の凹凸が無数に生まれ、高速で回転を始める。 そこでシュラハは左手の人差し指を口に当て、ゆっくりと、円状の白銀に触れる。 切っ先が僅かにシュラハの指を傷つけ、赤い雫が円盤の表面を走る。 と、これに力を得たかのように、金属の光沢を放つ円盤は徐々に大きくなりながら敵へと放たれた。 ウィンストンはリーナの更に前に位置しながら、シュラハの動きを確認すると彼女への評価を改める。 どうやら、性質はさておき、その動きは信じるに足るようだと。 仁の手数の多さは、流石に注釈が入るだけの事はあった。 殊に、鍔側と柄尻を掴み、両手首を切り返す事で切っ先を変化させる技は、他に類を見ない程見事であった。 接触寸前、剣先が縦横無尽に跳ねる技に、恵那も全てを防ぎきる事能ず。 それでも恵那に動揺は無い。 「軽い剣じゃ、私は止められないよ?」 恵那にとって、骨も砕けぬ表層を撫でる程度の剣なぞ、そも、避けるにすら値しないのだ。 予備動作の大きさから、剣筋があっさりと見切られるだろう恵那の一撃が仁を襲う。 一歩踏み出しながら、敵に背中を向けつつ一回転。 二歩目の踏み出し時は極端な前傾姿勢を取る事で回転により生じた速度と全体重を刀に乗せる。 何処をどう斬るかはわかるが、それでも、速度と威力から決してかわす事の出来ぬ豪斬。 仁は万全の体勢を取り防ぎ抑える。 重苦しい、とても金属同士の衝突とは思えぬ音が響く。 仁の両膝が痺れる程の衝撃は、しかし強い体勢を維持した為きっちり跳ね返す事に成功する。 威力が強ければ強い程、受け止めた後の反動は大きく、崩れも甚だしかろう。 が、恵那は弾かれる勢いを利し、逆に一回転しながら仁へと刀を叩き付けた。 この体重移動の妙は、予め備えておかねば行なえまい。 「別にね、私は貴方達がどこで好き勝手やろうと誰を斬ろうと構わないんだよ」 胴の半ばまで切断された仁は虚ろな目を恵那へと向ける。 「でも……私の知り合いに手を出して、あまつさえ殺したのは……」 恵那の剣先が地面側を跳ねると、ごろりと仁の首が転がった。 「おいおいおいおい、どーなってんだよ! 何だよこれ! この間の女といい今回といい! 何だってこう腕の立つ奴がゾロゾロ出てきやがんだ!?」 阿仁は耳まで裂けそうな勢いで口の端を上げに上げる。 阿仁の攻撃全てを防いだ一の剣捌きに、阿仁が心底より感嘆しているとこれを邪魔する者が現れた。 横合いより隙ありとばかりに飛びかかってきた男。激怒した阿仁は何とこれを斬り倒そうと動くが、それより先に一の剣がこれを捉える。 斬り伏せられた男の傷口からは、一滴の血潮すら吹き出ぬまま。 恐るべき剣速である。 「はっははは! すげぇすげぇ! お前みたいなのが居てくれて……」 そこで初めて、一は阿仁に対して口をきいてやった。 「ああ、戯言はもう結構。それでは、さようなら」 一度見せた剣。それを、阿仁程の猛者に即座に用いる事の危険は一も重々承知の上だ。 同時に、一は体の動きと意識のあり方を切り離す。 そして意識は、体がそう出来る以上の速度を想像し、夢想し、妄想する。 ほんの、僅かである。 しかしその僅かは敵の予測を外し、先の先を一へともたらすのだ。 体が硬直してしまったかのような錯覚を起こさせる、加速となるのだ。 結果、まるで素人のようにまともに袈裟斬りをもらった阿仁は、何を口にする間も無く両断され、絶命した。 依頼全てを果たした開拓者達は、栄の案内で臣と絵里の墓参りに向かった。 そこで、栄はぽつりと漏らした。 「あの世なんて、あるかどうかもわかりませんけど……せめても、二人はあの世で幸せにやれてるって思わないと、やってられませんよね……」 |