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■オープニング本文 強き事とは? このような具体性のない質問に対し、明確な答えなど出ようはずもない。 それでも武に身を置く者ならば、一度は自らに問うたであろう疑問でもある。 ここに、そんな疑問に対する一つの答えを見出した者がいる。 彼は弱さに繋がる全てを破棄すべしと結論づける。 如何な強者であろうと、人として生きていく以上大なり小なり他者と関わっていくだろう。 この愛憎含む関わりこそが、人を強くもし、弱くもしていく。 しかし、他者との関わりから生じた強さは、やはり同じく他者との関わりの中に弱所を持つ。 男は、それが、心底から、納得出来なかった。 家族を、友を、仲間を、たった一人でも守ってみせる。 そんな気概と共に自らを鍛え抜いてきた男、泰拳士国枝虎二は、仲間を人質に取られ年来の友を失い、家族を見捨てられなかったが故に仲間達を失い、最後に残った家族、妹のお良は虎二の武勇を恐れ彼の前から姿を消した。 全てを失った虎二は、彼を倒し名を上げんとする無頼達に囲まれ、完膚無きまで叩きのめされた。 トドメを刺される直前、近くの川に飛び込み辛うじて命だけは拾った虎二であったが、逃げ切った先の河原で、ぬれそぼったその体を横たえながら空を見上げ、呟いた。 「……俺は、弱かったのか……」 虎二は今の自分の胸の内を確認する。 失われたモノ、去っていったモノ、二度と戻らないモノ、虎二の脳裏に焼きついているのはそんな物ではなく、弱い弱いとせせら笑いながら虎二を囲みいたぶり続けた者達への激しい憤りであった。 何を失っても最後の最後まで拠り所となってくれた自身の武を、それまでの人生全てを賭け全精力を傾けてきた物をコケにされて、どうして黙っていられようか。 しかし、それでも、体に力は入ってくれない。 怒りより勝る厭世感が虎二の全身を支配していた。 「そうか……俺は、そんなモノ達の為に、強くあらんとしていたんだな……」 寝転がったまま、空へと手を伸ばす。 「武の極みに至らんと欲するなら、至純の頂を目指すというのなら、それすら、紛れであるという事か。くくっ……こんなになって初めて真理に至れるとは、つくづく、救えぬ話であるな」 その日から、虎二は一つづつ、ヒトを捨てていく事にした。 まず言葉を捨てるのに一年。 認識を捨てるのに更に一年。 思考を捨てるのにもう一年。 その頃には虎二は人の形をした立派な獣と化しており、後は最後の試練を迎えるのみとなっていた。 山中にて獣と化した虎二は、偶々そこを通りがかった一組の夫婦を襲った。 夫は必死に妻を逃がし、妻は生まれたばかりの赤子を抱えて走る。 虎二は、まずは夫を殺し、次に妻、そして赤子をその手にかけた。 最後に妻が言い残した言葉も、虎二に何ら意味のある響きとして伝わる事は無かった。 「……兄さんに、謝らない、と……それで、ね、甥っ子が産まれたって、言えば、きっと兄さん……怒ってても、喜んで、くれるから……だって兄さん、子供大好きだった、から……」 開拓者ギルドに、播磨峠に出没する獣を退治してくれという依頼が入った。 ギルド係員は依頼の裏を取るべく調査を行なうが、常のケモノとは少々異なる点に気付いた。 まず姿が人間に酷似している事。武具を用いる事。武術と思しき技を使ってくる事。 「……いやこれ、ケモノじゃなくて人間なんじゃね?」 即座に依頼者である播磨峠近隣村代表者の老人が応える。 「いいや、コイツはケモノじゃ」 「はぁ……そう断言する根拠でもあるんですか?」 「やかましい! 退治出来るのか出来んのか! どっちじゃ!」 「いえいえ、やりますよ、やりますとも。ですけどね、ケモノを相手にするのと人間を相手にするのとじゃ決定的な違いがあるんで。ソイツを見誤ると開拓者側にも被害が出かねないって話でして」 老人は胡散臭げな顔をするも、心当たりがあるのか口を開いた。 「時折、峠から雄叫びが聞こえるのだが……これが、人の名を呼んでいるように聞こえると言う者がある。わしはアレが言葉を話すなどと信じとらんがな」 「名前、ですか?」 「お良と。ふん、あれが虎二であると言う者もおるがわしは信じん。不謹慎にも程があるわ。虎二の妹のお良はかのケモノに殺されておるのじゃぞ、あれが虎二ならそんな真似は絶対にせん。虎二は、本当に、家族思いで仲間思いの、良い男だったのじゃぞ……」 ギルド係員は老人の言葉を切欠に、虎二周辺の情報を集め、当時虎二を襲った連中をも突き止め彼等に聞き取りを行なう。 そして結論が出る。 決め手はアレに襲われ唯一生き残った村人の証言であった。 彼はケモノに襲われ必死に逃げ回り、山中のとある場所に入った所、ケモノはそれ以上近寄っては来なかったそうな。 九死に一生を得た村人は、その場所で無残に躯と成り果てたお良とその赤子を見つけたという。 「いやはや……ホント、救えない話っすよね」 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ |
■リプレイ本文 天河 ふしぎ(ia1037)が、ソレに対し最初に感じた印象は、でかっ、のみであった。 人として認められるぎりぎり一杯の体躯は、確かに脅威ではあるが、それ以上でも以下でもない。 煉谷 耀(ib3229)の頬が引きつり、同時に、彼と同じく後方に居た柚月(ia0063)の後ろ襟を全力で引っ張り倒す。 柚月よりの抗議は、無い。 殺意も殺気も発さぬままに、虎二の全身が宙を舞ったのだ。 狙うは後方、最も防御に難があると思われる柚月。 陣形も糞も無い。前衛陣が反応すら出来ぬ無音の跳躍にてこれを飛び越え襲い掛かって来たのだ。 辛うじて耀の反応が間に合ったおかげで、柚月は首の後ろが痺れる程度の損害で済んだ。 ふしぎの端正に整った顔が僅かに歪む。 「アヤカシに憑かれでもしない限り、人がケモノのようになってしまう、そんな事有るのかな? ……なんて、思ってたけど……」 とりあえず、人とは思えない動きではあった。 しかし、とふしぎはこれを見て明らかに気配の変わった方々へと視線を。 まず野乃原・那美(ia5377)だ。 何がマズイかといえばともかく目がマズイ。 笑うってもっとこう微笑ましい気配漂う行為だぜべいべ、的な抗議したくなるような、殺意フルフィルアイである。 「今回も斬り心地はよさそうで楽しみなのだ♪ ちょっと硬そうではあるけどねー」 も、って何だもって、とふしぎが脳内のみでつっこんでみる。 次に鬼灯 恵那(ia6686)。 しっとりとした佇まいであるが、しっとりで滴ってる液体は鉄くさい赤っぽげなアレである。 笑顔の裏にありながら隠す気欠片もなさそーな殺気が実に怖い。 更に、もう一人。 趙 彩虹(ia8292)があっちゃーと頭をかいてる。 「また悪い癖が出てる」 ふしぎと彩虹の視線の先で、浅井 灰音(ia7439)が、嬉々とした表情のまま虎二を睨みつけているではないか。 「……ふーん、この気配で、この動きかぁ……」 由来を聞いて虎二に思う所あった灰音であるが、こんな化物じみた跳躍を見せられて心穏やかではいられない模様。 柚月は一筋流れた冷や汗を拭いつつ、隣の耀に問う。 「虎、かぁ……ヒト? ヒトじゃナイ?」 殺気纏わぬ一撃は、食う為だけに生き物を殺すケモノを、極めた動きに感じられた耀であったが、それでも断言する。 「人、だろう」 「……そっか」 ジークリンデ(ib0258)は皆から少しだけ離れた場所に居た。 皆、奇襲を受けながらも、軽口を叩きつつ即座に陣形を築く辺り場数は充分に踏んでいると思われる。 包囲を一足で飛び越えられたわけだが、ジークリンデが見るに、こんな不意打ち二度は通じない。 皆がそんな顔をしているのに気付いていた。 ちら、とジークリンデは街道の奥に目をやる。 そちらを更に奥へ奥へと向かうと、虎二の妹と姪である母子の遺体があった場所になるのだ。 柚月は龍笛を口にする。 常の龍笛とは比べ物にならない程大きいこれは、その分音域が広く、深く太い音が出し得る。 簡単に音階を増やしたいのであればジルベリアの横笛がほぼ同じ大きさで、かつより広く複雑な音域演奏を可能とするが、やはり金属管とそうでないものでは響きが全然違い、竹管、木管に慣れた者には少々敷居が高い。 ジルベリア横笛、フルート奏者が言う所の致命的欠点、気温の変化によって音程がめちゃめちゃに狂うというのは、まあ、そういうものだと思ってずっと吹いてきていればさしたる抵抗も無い。 逆にメリカリで高低調節するのに慣れた身からすれば、随分と楽してるなぁという印象がある。 いずれ今日の気温変化はそれほどでもないので、音程はさほど気にせぬまま無意識に身を任せる。 それだけで音の奔流を生み出せるのは弛まぬ訓練故か。 戦場全体の空気を感じ取り、敵の呼吸を汲み取って、そこから少しだけ、テンポを落とす。 すると、ほらと言わんばかりに柚月は笑う。 精霊が音に合わせてゆっくりとステップを踏み始めた。 精霊が機嫌良く踊り始めてくれれば後はしめたもの。これに逆らう事なんて、アヤカシだって出来やしないのだから。 とかく、読みずらい。 ふしぎは二刀を前後に構えながら、眉根をひそめる。 人の技を用いる癖に、気配というか殺気がまるで感じられないせいで、攻撃の呼吸を見極めるのが極めて困難であるのだ。 しかし、多数でひっきりなしに攻め立てるのは有効で、距離をあけ間を計っていた那美が飛び込むと、さしもの虎二も避けるので手一杯となる。 「あん、回避しないで僕に斬らせてよ♪ せっかく楽しめるんだからさ♪」 実に勝手な台詞をほざく那美であったが、ほぼ同時に灰音が飛び込んで来たのを見て、微かに表情が曇る。 集中攻撃のテンポをずらし敵範囲攻撃の的にならぬようする、そんなつもりがあったのだが、灰音だけでなく彩虹まで来ているではないか。 案の定、虎二はそれまでに見せた事のない動きを見せて来た。 範囲の広さは推測にすぎないが、この間なら外せる。そう見切って飛ぶ那美。 彩虹もまた、間合い直前で踏み込みを止めている。 残るは灰音だが、彼女は虎二の技が崩震脚だとヤマを張ってギリギリまで残る腹であった。 彩虹が阿吽の呼吸で崩震脚を誘う動きが出来たのは、付き合いの長さ故であろうか。 虎二の崩震脚は灰音にとって初見であるが、どうにかこうにか起こりだけは見逃さずに済んだ。 同時に、足裏を虎二に向ける形で大きく飛び上がる。 殺気が無いとはいえ、放たれた衝撃波には当然攻気が乗っている。 これを見切り、灰音は衝撃の波に乗っかったのだ。 完全に体重を預けてやると、足裏より津波がぶちあたったような威力を感じる。 膝を硬くして衝撃の赴くままに後方へと飛び下がる。 当然、距離が開けば威力は弱まる。 そこでくるりと宙返り。 逆さまになった所で満を持して銃を放つ。 初の命中弾。ふしぎはここが崩し時と紅蓮に燃え上がる二刀を手に踏み込む。 「霊剣6段−桜吹雪乱れ咲き!」 右前の半身をより深く。 完全に右腕のみが前方に突き出される形は、ジルベリアの刀剣術に似た構えだ。 その状態から、右腕が五方に散り広がる。 さながら一重咲きの桜の花びらのごとく。 本来の色であるはずの紅は、あまりの速度に色合いが薄れて見え、薄紅、いやさ桜色の輝きとなる。 見切るも困難な五段突きは、更に一突き、中央よりの一撃を秘している。 都合六連の突きを、虎二はそれでも辛うじて、半分をいなしかわして見せた。 見事開いた大輪の桜。 しかるに、桜の美しさは開く時のみにあらず。 散り際をこそ、愛でるが風流。 ふしぎのもう一方の腕に握られていた妖刀がぬめりと輝くと、ふしぎは体を左前に切り替えながら真一文字に刀を振りぬく。 右腕で描いた美々しき桜は、左腕の一閃にて虎二ごと真っ二つに切り裂く、はずであった。 「なっ!?」 何と虎二は振るわれた妖刀に背を向ける形で半回転しており、その姿勢から足を伸ばしふしぎへの反撃を行なっていたのだ。 一瞬ではあるが視界が真っ暗になり、視野の端では無数の光点が明滅を繰り返す。 それでも手ごたえは感じられたし、充分なものであったとの自負もあったのだが、虎二はまるで痛痒を感じぬ様子で戦闘を続けている。 耀が虎二を休ませぬよう攻撃を引き継ぐ。 耀の円月輪が地をなめるように走ると、虎二はこれを上より踏みつけ止める。 その止めた足を、駆ける音をすら消して走る那美が逆手にもった刀で薙ぐ。 今度こそ、虎二の全身が宙に飛ぶ。 如何な虎二とて、中空に舞い上がってしまえば行動は極めて制限されてしまう。 円月輪を放った耀は、そのまま正面より虎二へと迫る。 身長差があるので頭部は狙えない。ならば、こちらも飛べばよい。 緊急回避の為に飛んだ虎二と助走充分で飛んだ耀で、跳躍の高さに差が出るのは当然だ。 しかし、虎二が中空にて行動が制限されるように耀もまた空中では動きが限定されてしまう。 これを補うは、大地にて低い姿勢を取っていた那美。 虎二の浮いた両踵が大地に再び戻る前に、後ろより全力で蹴り飛ばしてやる。 直後、耀の飛び回し蹴りが虎二の前頭部を直撃する。 二人の蹴りにより、虎二の全身がぐるりと半回転。 着地した耀は後ろを見る間も惜しみ、脇の下を通して針短剣を突き刺す。 蹴飛ばした足の回転を殺さず、那美は二本の刀をそれぞれ両脇より背後に向け突き出す。 抜き際に抉りつつ、耀と那美はやはり虎二を背にしつつそちらを見もせぬまま前方へと飛ぶ。 それぞれ耀は肩口裏に、那美は後頭部に、何やら洒落にならないモノがもんの凄い勢いでかすめて飛ぶのを感じた。 それでも何とか安全域に脱出した耀は、エラク消耗した様子で荒い息を漏らす。 さもありなん。空中で虎二を蹴り飛ばしてからここまで、耀は虎二の近接間合いに居ながらその姿を視界に納めぬまま戦っていたのだから。 そもそもあの間合いは、シノビの取る間合いではない。 離脱の際ちゃっかり円月輪を回収していた耀はこれを構え、中距離を保ち援護を主に再び動き始める。 が、もう一人の、たった今耀と同じシノビに似つかわしくない真似をしてきた那美はというと、まるでヘバった様子も見せず元気溌剌というかむしろ嬉々とした顔なのだから不思議でならない。 恵那が彼女の側に寄り小声で問う。 「どうだった?」 「ものっすごい硬い。でも、あの感触は確実に人間だったな」 「そっか、楽しみ」 「へへー、もたもたしてると私が全部とっちゃうぞー」 「あー、それはだめー」 耀は、二人の女の子っぽいと見せかけた殺伐全開トークを、聞こえなかった事にして自分の仕事に専念するのであった。 柚月の舞に加え、ジークリンデの魔法の蔦が常時虎二を捕らえているのだが、それでも彼の動きが決定的なまで鈍る事は無かった。 ジークリンデの仕掛けたフロストマインにも、ただの一つにも引っかからぬまま。 内の一つなぞ、体勢が不利になるの覚悟で仕掛けの直前で急転換したのだから、コイツにはこの手の仕掛けは通用しないものと考えていた。 ところが、街道より離れられては面倒と一応程度に仕掛けたマインに、虎二は見事引っかかったのだ。 そこで、虎二の叫び声を思い出したジークリンデに天啓の如きひらめきが走る。 虎二は妹と姪の亡骸がある場所に、行きたくないのではないか。 胸が締め付けられる。 虎二の叫びは、妹を求めて放たれたもの。その妹の亡骸がある場所に、彼は近づきたくはないのだ。 虎二に対し同情的で、彼が人間であるものとその思考を追っていたジークリンデだからこそ、そう思えたのかもしれない。 以上の前提の元でもう一度フロストマインを仕掛けなおし、虎二の逃げ道を塞ぐ。 そしてバインドは切らさぬまま必中のアークブラストで確実に虎二を削っていくジークリンデ。 そんな自分の冷静さが、少し疎ましいとも思えた。 虎二は無数の怪我を負っている、そのはずだ。 数多の痛撃を受けて尚微動だにせぬ虎二に、彩虹は焦りを隠せない。 そんな彩虹の両目が驚愕に見開かれる。 「その技は!?」 虎二の全身を白い気が覆う。 直後襲い来る信じられぬ衝撃。正中線をぶちぬかれなかったのは、それが自分も良く見知っている技であるせいだろう。 虎二も仕損じたとわかったのだろう。 即座に二撃目の構えを取る。 しかし彩虹にも虎拳士の意地がある。この技で倒れる事だけは断じて許せない。 「理性を無くしたら……いくら強くても……アヤカシと変らないです!」 痛撃に崩れる体勢を、片足を大きく引く事で強引に建て直す。 虎二、彩虹の全身が、同時に白い輝きに包まれる。 目を剥いたふしぎが叫ぶ。 「同じ技!? 無茶だ!」 しかし灰音は口の端を上げて言った。 「どっちが真の虎か、今こそ見せてあげるべきじゃないかな、彩!」 虎二の左足が大きく踏み出される。 彩虹の右足が腰の捻りと共に振り上げられる。 虎二の白き輝きは右足先端に集中する。 彩虹は猛き虎の気を纏い、自らの全てを蹴り足に乗せきってみせる。 地力では虎二に分があった。 しかしこの技、極地虎狼閣の習熟度で、彩虹は彼を大きく上回っていた。 瞬き一つ分の差であるが、先に当てた彩虹の勝ちである。 カウンターになったせいか、虎二の全身が弾丸の如く吹き飛ぶ。 フロストマインの上を通過し豪雪に塗れながら尚止まらず、ごろごろと街道を奥へ奥へと転がっていく。 追撃を狙っていた灰音は、眉根を寄せて抗議する。 「彩、やりすぎ」 「加減する余裕無いってばっ」 吹っ飛ばされた虎二にジークリンデはえもいわれぬ不安を覚えると、果たして、その不安は的中する。 街道の奥から、人のモノとはとても思えぬ絶叫が響いてきたのだ。 皆がその場に辿り着くと、虎二は腐敗の始まっている女性の亡骸を片腕に抱えたままで、天に向け慟哭を放ち続けていた。 虎二とその亡骸との経緯を聞いていた皆は、彼の苦しみを僅かなりと理解してしまい、それ故に、反応が遅れてしまった。 再び、真っ白き気に包まれた虎二が、憤怒の表情で飛び込んで来たのだ。 まるで動じず、即応出来たのは二人。 那美は位置的に二分の一の確率で標的になるだろうジークリンデを後方へと引っ張り込む。 そして残る二分の一であり即応出来たもう一人、恵那はその場に留まったまま虎二を迎え撃ちにかかる。 「連続で、三度も見せちゃダメだよ」 虎二の伸ばした蹴り足が捉えたのは、恵那の残滓のみ。 両膝が限界まで沈み、頭部が腰の位置まで来る程の低い姿勢。 両手持ちの刀は真後ろに引いており、刃は地面に向いたままの為このままでは地面に引っかかって斬り上げる事は出来ない位置。 しかし、完全に虎二の動きを見切っていた恵那は、回避と同時にこの姿勢に入れたのだ。 全身の力を溜めに溜められる、そんな姿勢にだ。 全身のバネを使い、大きく真上に伸び上がりながら刀を振り上げる。 切っ先は地面を嘗めるように、両の足で蹴り飛ばした大地は土砂が巻き上がる程。 当然、恵那の全力は容易くその体を宙へと持ち上げる。 刀を振り上げた姿勢のまま、恵那は虎二の頭上を綺麗に跳び越える。 完全に真っ二つに斬り裂かれた虎二。 そして、恵那はそのまま綺麗に着地、とはいかず、勢い余ったのかとっととっ、と数歩たたらを踏む。 「えへへ」 振り返り、はにかみながら皆に笑ってみせる恵那。 血刀を下げながらそんな真似をする様が、あつらえたように彼女に似合って見えた。 虎二と哀れな親子の埋葬が済むと、皆思う所あるのか、俯いたり我が手を見下ろしたりと無言になる。 ふと、虎二末期の夢を見た柚月はしんみりとした皆に見つからぬよう顔を隠して笑みを溢す。 彼が最後に見た夢は、誇らしげに力瘤を作り、甥っこと妹に自慢している姿であったのだ。 |