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■オープニング本文 その男は速かった。 「クソッ! 駄目だ追いつけねえ! こっちは馬だぞ! あの野朗どういう足してやがんだ!?」 その男は強かった。 「馬鹿な……志体持ち三人で固めた布陣がこうも容易く……」 その男は曲がらなかった。 「どうして真正面から突っ込んで来るのがわかってて止められないんだよ!? チクショウ! この世にゃ神も仏もねえのか!」 その男は紳士であった。 「……これだけ力があって、狼藉に及ぶでなくかどわかすでなく、被害は裸を覗かれただけ、だと? お、俺はこんなにもコケにされたのは初めてだ……」 その男は幼女好きであった。 「何故! 何故街一番のぐらまー美女ではなく幼子を狙うのか!? てめぇあの人のおっ○いディスってんじゃねえぞおおおおお!」 そう、彼が、彼こそが、変態の中の変態。訓練された変態なのである。 男は生まれてこの方味わった事のない苦悩に包まれていた。 旅の徒である彼は宿の一室を借りていたのだが、宿の人間が心配で何度も覗き込みに来る程その男の苦悩は深く、傍目に見ても苦痛に満ちたものであった。 それまでひたむきに守り続けてきた自らの信念に、その命ずるがまま、男は走る。 しかし、何時からだろう。そこに充足を得られなくなったのは。 男が心底より愛して已まない、幼き子の裸体を幾ら見た所で、彼は、以前程の至福を感じられなくなっていた。 贅沢になった? 馬鹿な、男は幼女をより好めど婦女子の裸体全てを愛する男。年それぞれの良さを理解している男だ。 男は、畳を何度も殴りつける。 「馬鹿なっ! この俺が幼女への愛に迷うだと!? この……誰よりも正しく! 誰よりも正直で! 誰よりまっすぐに生きてきたこの俺が道に惑うなぞ……」 しかし、男の脳裏を占めるのは、それまで出会った数多の幼女達ではなく、たった一人の、それも成人しているであろう、女性の姿。 「違うっ! 俺は瑞樹に惹かれてなぞいないっ! 俺が真に惹かれるのは幼女! その、はず、いや、で、なくば、……ならぬ、のだ……」 瑞樹は一つ、誰にも言えない秘密を持っていた。 以前瑞樹の裸を覗こうとした痴漢、訓練された変態、と呼ばれる男と、彼が去った後も交流を持っていたのだ。 女の裸を覗き見る不届き者であるが、彼は瑞樹が面倒を見ていた子供達を命懸けで助けてくれた。 だから、瑞樹は瑞樹に出来る何かで彼に恩返しをしたいと申し出ていた。 そう言われた訓練された変態、彼は彼でプライドがあるのか、自ら皿の上に乗って来た女性を覗くような真似をせず。 そんなこんなで、変装して街に潜み続ける訓練された変態の世話を、何くれとなく瑞樹が見るといった奇妙な関係が続いていた。 何やら最近、訓練された変態に不可思議な言動が目立つなぁと思っていた瑞樹であったが、部屋の入り口で男の絶叫を耳にし、全てを察した。 「……嘘? え? 私?……」 まさかこの直後、襖開いて中に入る根性も無く。 そろりそろりと部屋の前から離れ、すたこらさっさと逃げ出すのであった。 親友の智香と酒屋で二人、瑞樹はどうしたものかと相談を持ちかけていた。 智香は、くいっとおちょこを傾けた後、一息に言いたい事を放ちきる。 「ありえないでしょうが! アレ変態よ変態! 人の裸覗いて回る女の敵よ!? はぁ!? 瑞樹に惚れたぁ!? 何寝言抜かしてんのよ! 今すぐ岩にくくりつけて川に沈めなさい! 今更まっとうな人間っぽく恋愛したいなんてちゃんちゃらおかしいわよ!」 瑞樹は、うんうん、至極ごもっともでございますと頷く。 「そうよねぇ。普通そうなるわよ、うん」 「アンタ全然応えてないじゃない! どーいう事!? あのド変態に言い寄られるなんて私だったら想像しただけで気色悪くて寝込んじゃうわよ!」 「だって、ほら。私あの人のかっこいい所とか知ってるし。その、さ。絶対に悪い人じゃないと思うんだ」 「覗きは悪事だっちゅーの!」 「あははははは、だよねー。それだけはもうどうしようもないわホント」 智香は、怒鳴りつかれたのかおちょこに酒を注いで二杯目に口をつける。 「……聞くのが怖いけど、ねえ、瑞樹。貴女、もしかして、あのクソ男の事、好いてたりする?」 「どうだろ。嫌いじゃないのは確かだけど、だからって好きかっていうとまた違うと思うのよねぇ……」 智香は、内心のみで呟いた。 『……タチの悪い男に引っかかった時、最初はみんなそう言うのよ』 道に迷い、行き場を失った魂。 しかしそのまま座して状況の変化を待つには、男は余りにも漢でありすぎた。 道が見えなくば、見えるまで突き進む。 前も後ろもわからなければ、前を決めつけ足を進める。 ああ、男は、それが正しくないと理性的に判断する知性を持ちながら、それでも、進まずにはいられない。 他者から与えられた物、全てに価値がない。 欲しい物は、須らく自分の力のみで手に入れたい何かである。そう、あらねばならぬと信仰する。 ああ、ああ、何処までも愚かしく、何処までも純粋で、何処までも自分勝手な類稀なる勇者よ。 貴方の決断は、貴方が貴方である限り、間違っていようと誤っていようと愚かしくあろうと無礼であろうと、何処何処までも、正しいのだ。 訓練された変態は、瑞樹を前に、意を決して告げた。 「瑞樹! 俺にお前を覗かせてくれ!」 いきなり呼び出され、開口一番こんな台詞をはかれても、激昂もせず真顔で応対する瑞樹の心の広さは天儀全てと比しても遜色無かろう。 「……えっと、それ、今すぐこの場で裸になれって意味じゃありませんよね、多分だけど」 「当たり前だ! お前はそんな恥女めいた真似はせんだろう!」 訓練された変態は、瑞樹の両肩をがっしと掴む。 「俺は、俺がわからなくなった! 何度も何度も、夜も寝ずに考え続けてそれでも! 答えは出なかった! だから俺は! 俺が俺である全てを賭けてお前に挑み答えを見出す! もう俺には、こうする他に道が見えんのだ!」 瑞樹は、うわー本当面倒臭い人だなー、などと頭の中で思いつつも、口から出たのは別の言葉だ。 「いいですよ。それならそれで、私開拓者雇いますから」 「何っ!?」 瑞樹は少し真顔になって、じっと訓練された変態を見つめる。 「……これまでに三度、開拓者にだけは防がれてるんですよね。もし、貴方が何かを越えたい、突き破りたいって思ってるんなら、きっとそこは、避けては通れないんじゃないかなって私は思います」 実にアホらしいというか馬鹿そのものな訓練された変態の思考言動を、瑞樹はきちっと見据えていた。 そして瑞樹なりに彼の為になる事を考え、出した結論であった。 訓練された変態は、胸に熱いものが押し寄せてくる感覚を覚える。 理由は良くわからないが、何故かこの瞬間、自分が世界に一人だけではないと思えたのだ。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 訓練された変態を待ち構える山小屋の中、少し落ち着かない様子の瑞樹にレティシア(ib4475)が話しかけた。 「お二人は、どんな出会いだったのですか?」 年頃の女の子同士だ。こんな事が気になるのも理解出来る瑞樹は、彼と出会った時の事件を語って聞かせてやる。 内容は紛うこと無き変態の所業であるが、瑞樹の口調からは好意的な雰囲気も感じ取れる。 レティシアは伺うように、悪戯っぽく問う。 「わたし達と変態さん。どちらの勝利を望んでいらっしゃるんですか?」 「……どうでしょう。ただ、今回のコレは、私がどうとか皆さんがどうとかではない、と思います」 そうですね、とレティシアは話を切り上げ立ち上がる。 「今回試されるのは、彼なのですから」 山小屋の外では皆が下準備の真っ最中。 瑞樹もレティシアと一緒にひょいと顔を出してみる。 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)がようやく全てのアイアンウォールを仕掛け終えた所であった。 「あら瑞樹。こっちは終わったけど……一つ確認しておくわ」 「はい?」 「例の変態って、頑丈って聞いたんだけど」 「ええ」 「魔法打ち込んでも平気なぐらい?」 「…………いえ、その、そういった戦いとか私良くわからないんで……」 以前に遭遇経験のあるリィムナ・ピサレット(ib5201)があっけらかんと、何やっても平気なぐらい頑丈だよー、とか請合うのを見てリーゼロッテは大きく頷く。 はっ、と鼻で笑うのは鷲尾天斗(ia0371)である。 「上等だよ。跡形も残しゃしねぇ」 そう言って長大な魔槍砲を抱え上げる。 また秋桜(ia2482)からも何やら不穏な気配が漂う。 「まさか、そんな馬鹿な……あんな変態の何処が……っ。わ、私は、あんな変態に先を越されると……? 否、断じて違いますっ。ここで……ここで亡きものに……っ」 陰に篭もったメイドはハタ目に見ても恐ろしいものがある。 瑞樹はそんな面々を指差しレティシアに抗議の視線を送るも、レティシアは平然とした顔のまま言った。 「もし、件の変態がただただ変態であるだけならば、或いはこういった方々の餌食となるも已む無しですわ」 そして、すぐに下から瑞樹の顔を覗き込む。 「心配ですか?」 うぐっと一瞬言葉に詰まる瑞樹だったが、大きく肩をすくめて答えた。 「……いえ、もう、あの人の心配するのは止めました。彼あんなですけど、あれで大抵の事は自分一人で何とかしてしまうんですから」 煌夜(ia9065)が、二人の会話を聞き真亡・雫(ia0432)に問うた。 「彼女の話を聞く限りじゃ、案外まともっぽい人に聞こえるけど……」 「絶対、違います。全身ぱんつ塗れで現れるって文章、誇張でもなんでもないんですから……おかげでどれだけ目のやり場に困るか……」 神町・桜(ia0020)もまた雫に深く同意する。 「悪党ではない、そう思える部分があるのも確かじゃが、変態っぷりに関しては異論の挟みようも無いぞ」 だとしたら、と煌夜は改めて瑞樹を見やる。 「この人に、精神面では勝てる気がしないわね」 雫の警告の声に、当初天斗はやる気なさげに頭をかくのみだった。 「『幼女をより好めど婦女子の裸体全てを愛する』ッつー所で既に間違ってんだよなァ」 しかし雫は、走るでなく堂々と歩を進めてくる訓練された変態の姿を見て、驚きに目を見張る。 「え? 嘘、普通の服だ」 何時ものパンツ塗れの格好で来られたら目のやり場に大層困る雫であったが、だからとコイツが普通の服で現れるのは予想外である。 隣に居る、先陣を切る気満々な秋桜に雫は問う。 「どうします? 彼、本気って事なのでしょうか……」 しかし仁王立ちに腕を組む秋桜は、だからどうしたとでも言わんばかりに殺意を振りまくがまま。 訓練された変態がパンツ塗れを止めた事は、好意的に受け取るべき事柄である、そう雫は思っていたのだが、もう一人の天斗はそれまでに輪をかけて不機嫌な顔を見せてくる。 ずいっと前に出ていた秋桜の制空圏と、訓練された変態のそれが、衝突する。 火花が散って見えたのは、秋桜の放つ手裏剣を訓練された変態が居合い抜きに抜いた刀で弾いた為だ。 開戦にあわせ、煌夜が飛び込む。 「不意打ち無しとは潔い事だけど、だからとそれだけで通してはあげられないわよ」 やりすぎはアウトだと明言されてるのに、この人もまた情け容赦のまったくない斬撃を叩き込む。 もう君ら二人共、親の仇か何かと間違えてるだろな勢いである。 訓練された変態の頚部が剣筋に合わせてズレ外れた。 かのように見える程の剛斬であったが、訓練された変態が上体を傾けるのが間に合った。 初太刀を外された煌夜は即座に二の太刀、三の太刀と動きを繋ぐ。 同時に跳ねる秋桜がまた凄まじい。 同士討ちの危険すら考慮せねばならぬ距離を駆けながら、何時、どうやって抜いたのかもわからぬ手裏剣が随時放たれ続けるのだ。 如何な訓練された変態とて、抜く手が見えぬ手裏剣を打ち落とすなぞ出来るはずもない。 と、突然煌夜と秋桜の動きが変化する。 弾かれるように訓練された変態から距離を取ったのだ。 我が身を見下ろす二人はそれぞれ、煌夜は僅かに引かれ上部のみが顕になりかけた胸部を覆いなおし、秋桜は外されかけた着ぐるみの頭部を整えなおす。 この所業に、誰よりも驚いているのは訓練された変態であった。 「ふっ、我が身に染み付いた技の数々……意図せずとも出てしまうとはな」 言葉を最後まで言い切れず、頭上に刀を掲げる訓練された変態。 間合いを外す事すら許さぬ、雫の飛び込み面がこれを襲ったのだ。 こちらはせめても峰打ちにしてあるが、この勢いで刀叩き込まれれば常人ならば怪我では済むまい。 「鋭いっ、お前……前やりあった時より強くなってる、か?」 「前と違って不埒な衣装は今回ありませんから! 後前回の件、忘れてませんからねっ!」 「ああ、俺をダシに女湯覗いた……」 「せいばーーーーーい!」 そんな光景を女剣士とクマの着ぐるみが眺めていたり。 「へぇ、雫さんが覗きって……見た目によらず……」 「という事は、雫様も彼奴と同じ趣味だったりするのでしょうか」 「甚だしい誤解ですってばああああああ!」 リーゼロッテは同じく後方支援型であるレティシアに問う。 「どうする? いっそまとめて天誅って事でもいいかもしれないわね」 「うーん、雫さんですかぁ。あの方からはさほどキワモノな気配は感じられないんですよ。疑わしきは罰せよでもこの場合はいいとは思いますが」 「あれ!? 何か僕知らない間に大ピンチじゃないこれ!?」 などと頼もしい応援を受けつつ雫は訓練された変態を迎え撃つが、男相手ならばそれが見目麗しい子であろうと容赦しないのが訓練された変態だ。 「こんな可愛い子が女のはずがないだと!? 戯言を! 俺は男の娘になぞ興味は無いっ!」 「誰がっ! 男の娘ですかっ!」 リーゼロッテは、あれはあれで二人共それなりに楽しんでいるのでは、とかちょっと手を出しかねもしたが、開拓者のお仕事はお仕事である。 顎の下に引いた左手の前に、魔術の術式を展開し指先で指向性を持たせつつ、腕全体を薙ぐ。 この術式は雷撃の上位魔術であり、ヤると腹をくくっているのでなければ、決して人に向けてはいけない類の術である。 案の定、これが命中した訓練された変態より、こんがりと香ばしい匂いが漂って来ている。 そこで、一瞬の隙が出来てしまった。 雫が生来の優しさから、やりすぎたか、と次の動きを躊躇した瞬間、訓練された変態の全身が跳ねたのだ。 ここ一番で限界をも超えた速度を出してくるのは、訓練された変態が一流である証だ。 最終防衛線まで下がり、皆の戦闘の様子を見ていた天斗が、ここで動く。 「来たか……中途半端な雑種がァ!」 槍の間合いで魔槍砲を放つ天斗。この距離ならばかわすも至難と思っての事であろうが、訓練された変態はこれをすら、かわす。 発射の反動で天斗は半回転してしまい、この後の彼の動きに対応出来ないだろう。そんな油断をしていた訳ではないが、続く天斗の動きは訓練された変態の上を行った。 槍先が後ろを向いてしまった状態で、構わず魔槍砲を発射。結果生じる反動に体を乗せ勢いそのままに訓練された変態を蹴り飛ばしたのだ。 真っ向よりまともにこれをもらった訓練された変態は、木々の中に叩き込まれてしまう。 感触から痛打であった確信はあるのだが、訓練された変態が何事も無かったかのように立ち上がると、天斗も思わず口の端が上がってしまう。 「……嫌いではないが瑞樹に心奪われる時点で変態じゃネェなァ」 がしゃりと、魔槍砲を肩に乗せ天斗は言い放つ。 「イイか、よく聞け!」 少し離れた場所で雫がものすごーい嫌な予感に苛まれていたが、知った事ではない天斗の言葉は続く。 「裸体を覗くと言う所で貴様は雑種、アマチュア! 真のガチロリはなァ! 服を着た美少女を愛するんだ! 詳しく言えば『無邪気な無防備時に見えるチラリズム』これこそ至高!」 女性陣からは氷点下にまで落ちた視線が送られるも、天斗はもーどうにも止まらない。 「貴様が間違っていないと言うなら俺達を倒して前に進め! そして瑞樹の裸を勝ち取れ! ただし『幼女好き』の魂は置いて行ってもらうぜェ! 半端な覚悟で『炉裏板番長』を倒せると思うなァ!」 リーゼロッテとレティシアがひそひそと小声を交し合ってたり。 「ヤるならトコトンやろうぜ! 固有結界 unlimited little girl works !!」 絶好調に盛り上がり始めた天斗と訓練された変態をさておき、凄く理不尽な事に気付いた雫が、抗議を煌夜に伝えてみる。 「……覗き疑惑は責められるのに、アレはスルーなんですか?」 煌夜の雰囲気が変わる。 それは穏やかな小春日和の縁側で。 起き抜けに見上げた抜けるような青空に目を細めた後、自然と零れる女性の最も美しい瞬間のようで。 体型のせいかとかく強調されて見える胸元が寄り上がる感じで両肩を僅かにすくめ。 同意を求めるように、ねっ、と小首を傾げたあどけない様で煌夜は言う。 浮かべる笑みは精霊の祝福か、天使のイタズラか。 「あれと係わり合いになりたくないしね」 「目一杯イイ笑顔で何言ってるんですか!」 小屋の中に居る瑞樹とリィムナ。 比較的常識人である瑞樹は、罠だとか何だとかいう以前の問題を、真顔で指摘してやる。 「女の子が人前でそんな格好しちゃいけません」 リィムナの現在の格好は、とてもではないが外に出せるようなシロモノではないのだ。 不意に扉を開いて小屋の中に桜が顔を出す。 「ちと旗色が悪くなってきおった。準備の方はいいか?」 「ばっちり!」 「いや他にも男性いますし、桜さんも止めてあげて……」 「うむ、こちらも万端整っておる。いざゆかん、変態の心根確かめてくれようぞ」 「おー!」 「……話聞いてってばー……」 見た目には複雑そうに見える桜の巫女装束も、普段から着慣れている者にとっては脱ぎ着に不足はない。 両肩口をたくしずらしてしまえば上は一息に脱げるし手っ取り早くはあるのだが、これは悪手だ。 着崩しの妙を考えるのなら、まずは帯から。 袴がすとんと落ちてしまうが、丈の長い上衣が覆いかぶさり腰回りまで見える事は無い。 むしろ天斗主張する所のちらりずむ的な気配を打ち出す形となり、雰囲気はこちらの方が遙かに出る。 そしてそーいった雰囲気とかまるで考えぬリィムナは、すっぽぽーんと気前良く脱ぎ捨てた後、毛布のみで身を包んでいる。 瑞樹は気付いていたのだが、きっちり中の下着をはき忘れていたりするので、そら彼女も止めるわと。 天斗のガチロリ魂が、迫る危機を避けるべく導いてくれた。 「そいつは! そいつだけは認められねえ! ましてや半端モンにゃ百年はええんだよ!」 魔槍砲を大地に連発し吹き上がる粉塵にて、お色気囮作戦(最終防衛下着やら前張りやらが何故か不思議な事に消失している為、お色気どころではなくなっている)を強引に阻止。 次いで、秋桜が時間の枠をすらふっ飛ばすシノビの秘奥『夜』にて見事にだいかいほー中の二人にしかるべく衣服を着せ付ける。 そして、この粉塵に紛れ小屋へと突っ込む訓練された変態。 しかしその先にはリーゼロッテが万全を期して備えた鉄の壁達が。 訓練された変態は、術も何も無し。ただ愚直に、自らのありったけを刀に乗せ鉄壁に叩き付けた。 無論リーゼロッテも指をくわえてみているわけではない。強烈な雷撃が幾たびも彼を襲うが、訓練された変態はただの一度も止まりはしなかった。 近接組が小屋側に来る前に、訓練された変態は鉄壁を強引に粉砕し、低い姿勢で中へと飛び込む。 「そこまで」 ぶぎゃる、とそんな訓練された変態の顔面を蹴り、中よりこれを止めたのはレティシアであった。 すぐに雫と煌夜が追いついてきて、二人がかりで彼の背中に飛び乗り取り押さえる。 レティシアは、足裏で顔面を踏んだ後、スカートの中を窺う好機であったにも関わらずまるで動かない彼に、僅かに感心している模様。 彼は煌夜と秋桜の服を剥きかけた時もそちらに視線はやっていなかった。そして、桜とリィムナの囮作戦にも意識を取られる事は無かった。 ちなみに天斗は二人のろりきゅあふらっしゅを喰らい、瀕死であったので取り押さえには参加出来ずである。それでも痴態晒しを止めるべく動けた事を褒めてあげるべきだろう。 組みしかれた訓練された変態は、それでも首だけを必死に持ち上げ、大声で叫んだ。 「瑞樹! 俺が、俺が本当に欲しいものが! ようやく見えたんだ瑞樹!」 小屋の奥にちょこんと座った瑞樹は、まっすぐ彼を見つめたまま。 「俺の! 妻になってくれ!」 瑞樹は静々と三つ指をつき、深く頭を下げた。 「はい。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」 後で皆が聞いた話であるが、瑞樹は小屋で彼を待っている間、彼の想いを受け入れるかどうか決めてかねていたとか。 ところが、いざこうして口にされた瞬間、迷いも何もぜーんぶ吹っ飛んでしまったらしい。 そんな自分の様を思い出し、瑞樹は「結局、私もずーっと前から、あの人に惹かれていたんでしょうね」と照れくさそうに漏らしたそうな。 「変ちゃんはこの後どーするの?」 そう問うリィムナに、訓練された変態は友人に向けるような、気安い笑みを見せた。 「俺はこんなでも一応長男でな。実家に戻って家業の手伝いでもするさ」 じっ、と彼を見つめるリィムナに、彼は苦笑する。 「……そんな顔するな。実家はシノビの里でな、開拓者やってる奴も多いし、縁があればまた会えるかもしれんさ」 そして約一名、この世の終わりかといった顔をしているメイドを除いて、皆はそれぞれの表現で彼等二人を祝福してやるのだった。 |