仲介人と神父
マスター名:
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/04 08:36



■オープニング本文

 男が酒場で一人、とっくりを片手にちょびちょびと酒を嗜んでいると、彼の席の前に、一人の女性が座る。
 それが男にとっては予想外だったらしく、僅かに彼は目を見開く。
「絵里? 何故ここに……」
「何故? あのねぇ……臣さんここ何処だかわかってる? 前に臣さんが手配して潰した連中の溜まり場だよ。話聞いて飛んで来たんだから」
 臣と呼ばれた男は、絵里から目線を外す。
「……もう俺に構うな。開拓者のお前とギルドを辞めた俺とで、縁はとっくに切れているはずだろ」
 そんな臣の言葉を絵里は無視し、腕を強引に掴み店より引きずり出してしまう。
 この辺、志体を持つ絵里がそうでない臣を本気で引きずり出しにかかったら、臣は決して逆らえない所である。
「あのなぁ絵里。コレは俺の仕事でだ……」
「……聞いたよ。裏の仕事、開拓者に斡旋してるんだって」
 臣はきっと絵里を睨む。
「不服か?」
「臣さんには、似合わないよ」
「それをお前が決めるのか?」
「……危ないよ?」
「だからどうした。何度も言わせるな、俺とお前とはとうに縁が切れている。お前が受けるような仕事を、俺が引っ張ってくる事はもう無いしな」
 絵里は口をへの字に曲げながら、ふるふると震える。
 目尻に浮かんだ雫が、臣には見えたのか見えなかったのか。
「臣さんのばかあああああああああああ!!」
 ぶわっちーんと盛大な平手打ちを食らわせ、絵里は走り去って行った。
 後に残されたのは、三間程吹っ飛ばされきらきらと星が見えているせいで、身動き取れなくなってしまった臣だけであった。



 ギルドを離れた元係員にして、ギルドを介せぬ開拓者への仕事を斡旋する闇の仲介人『臣』は、当然自身の身辺への注意は怠らなかった。
 稀に自ら危地に踏み入る事はあっても、それは目論みあっての事であり、かつてギルド係員をやっていた頃より遙かに大きな注意を周囲に払っていた。
 。
 依頼人もはっきりしている、著しく利害を損ねたとある街の実力者だ。禁制薬物の生産から販売までのラインを丸々一つぶっ潰してやった恨みだろう。
 臣は自分の手をじっと見つめる。しかし、如何に用心深かろうと交友が広かろうと個人では出来る事に限界がある。
 臣がフリーになってから4件目の仕事を手がけている最中、臣はその情報を入手する事に成功した。
 人を無残に殺す事に生き甲斐を覚える者がいる。
 それは宗教的な理由であったり、特異な性癖であったり、贖罪の証であったり、復讐であったりと、様々だが、そんな人間が生きていくに選べる職種は数少ない。
 臣が得た情報によると、臣を狙ってそんな度し難い殺し屋連中が動き出したそうな
 覚悟は決めていたのに、いざその時の足音が聞こえると、こうして震えが止まらなくなる。
 神父、オーランド。コレに狙われて生き永らえた者はいない。殺害率十割の怪物だ。
 オーランドは仕事の際、都度状況に見合った人間を揃え、五人前後のチームにて行動する。
 何処からそんな人材を見つけてくるかわからぬが、個性的で、優秀な人間を揃える事で有名である。
 彼等とは一度きりであり、二度オーランドと仕事をしたという人間はいない。
 彼と仕事をした経験がある者曰く、契約以上には決して踏み込めない相手、だそうな。

「オーランドさん、こんなもんでどうですかい?」
 真っ白な上衣をまとった壮年の男オーランドは、男の言葉に相貌を崩す。
「ああ、見事だ。期待以上の出来だな」
 男は照れくさそうに頭をかく。
 オーランドは目の前に置かれた人の形をした鉄の棺桶を覗き込む。
 棺桶の内側中から鉄の針が飛び出しており、ここに体を納められた者を串刺しにしつつ棺桶内部に固定出来るようになっている。
 ふと、オーランドは人の気配に気付き扉の方へと首を向ける。
 音らしい音はしなかったのだが、程なく扉が開き、男が二人中へと入ってきた。
「くそっ! あの女! ぜってぇブッ殺してやる!」
「……アンタさぁ、ういっすオーランドさん。実は……」
 一人は悪態をつき、一人は事情の説明を始めようとしたのだが、オーランドは手を軽く振ってそれを制する。
「見ればわかる。失敗したな」
 悪態をついていた男が一際大声を上げる。
「刀さえ奪っちまえばどうとでも出来るって言ったのアンタだったよな! ふざけんなよ! あのクソ女素手でもめっぽう強ぇじゃねえか!」
 同時に、もう一人の男は愚痴愚痴と言い訳を。
「言われた通りしたんっすよ。ええ、女が風呂入ってる時にね、そしたらそこの馬鹿が、ええ、私じゃありませんぜ。そこの馬鹿が女攫うだけじゃもったいねぇとか言い出しまして……」
「ふーざけんな! てめぇだって乗り気だったじゃねえか!」
「何言ってるんすか。風呂桶一発もらっただけで前後不覚になったアンタの援護してやっただけっすよ」
 オーランドは口元に手を当てたあと、小さく頷き、次なる動きを決定した。
「よしわかった、なら動くぞ。国光、餓鬼、オズと風蜘蛛を呼んで来い」
 きょとんとした顔のやたら騒いでいた男、国光。
「……えっと、あの、お叱りは無しで?」
「お前等の教育までを請け負う契約ではなかったはずだが。国光、お前に誘拐なんていう手間のかかる事を任せた俺のミスだ。お前はただひたすらに壊せばそれだけでいい」
 餓鬼と呼ばれた男は、余計な事言って薮蛇になるのは嫌だったので、言われた通りオズと風蜘蛛を呼びに走る。
 棺桶職人の男は、オーランドを見上げながら苦笑する。
「残念でしたね」
「神の御意志を承る、久しぶりの好機だと思ったのだがな。中々上手くは行かぬものだ」
 男は知っている。
 オーランドは人間を極限まで痛めつけ、追い詰める事で、彼の神との対話を行なっているのだ。
 今回は人質として、標的と親しい絵里という女に目をつけたのだが、オーランドが人質を取るというのはそういう事である。
 無論、オーランドの標的になるという事もまた同義だ。
 理知的で言動は快活そのもの、精悍な顔つきと愛嬌のある表情。
 社交的で誰からも好かれるような、そんなオーランドであったが、彼の唯一にして全てを台無しにする欠点は、彼が、彼にしか理解しえぬ神のみを信じ敬っているという点であった。
 オーランドは自らが信じる神以外何者をも恐れない。何故なら。
「俺を殺す資格を持つのは、神かその代理人のみだ」



 臣は決して絵里の顔を見に行こうとはしなかった。
 ギルドの知り合いに警護を頼み、様子を伺ってもらう、その程度の事しかしなかった。
 事情を察しうるギルドの知り合いは、絵里が元気一杯、よくも人の裸覗きやがったなこんちくしょー、と大騒ぎしてるなんて話を、絵里がそう望んだようにおちゃらけた口調で告げたが、臣の表情が晴れる事はなかった。
 他の誰にも知りえぬ臣だけのルートを用い、開拓者を揃える。
 静かに、確実に、オーランド達を仕留められる。そんな者達を。


■参加者一覧
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
リーナ・クライン(ia9109
22歳・女・魔
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
刃香冶 竜胆(ib8245
20歳・女・サ


■リプレイ本文

 佐久間 一(ia0503)は、無造作に間合いを詰めてくるオーランドに対し、同じような真似をする事が出来ない。
「こうやって向かい合ってるだけで嫌な汗が出てきますね……」
 刃香冶 竜胆(ib8245)は一の言葉に、人事のように呟く。
「なるほど。小生が先から感じる身震いは、初陣のみが理由という訳では無い、と」
 一はその言葉に、驚いた顔を見せる。
「それはご愁傷様。最初の相手がアレってのは、昨今稀に見る不運だと思うよ」
 こんな場面での軽口はあまり一らしく無いかもしれないが、初依頼だという竜胆に気を配ったのかもしれない。
「いえいえ、これでこそ、開拓者になった甲斐ありんす」
 そう言って竜胆がすらりと抜き放つは霊剣御雷。確かに、初陣の者でこの距離に接近されるまで抜いていないというのも珍しい。
 一は改めて勇猛であるという修羅という種族の印象を強くする。
 小細工抜きの接敵と見た臣は、リーナ・クライン(ia9109)の勧めに従う。
「今の内に安全な位置に行ってね? 近くに居たら守りきれる自信ないから」
「了解した。が、必要なら盾ぐらいにはなるが……」
「そういう後味悪そうな事言わない」
 念のためにと臣を叢雲・暁(ia5363)に任せつつ、まだ距離のある内にリーナはサンダーを放つ。
「…………うわぁ」
 稲妻が走り、彼の鎧の表面で火花が跳ねるが、これをもらったオーランドはまるで痛痒を感じているように見えない。
 一はオーランドの進路上に位置し、初撃を真っ向から受け止めにかかる。
 あくまでこれはスタイルのみで、寸での所でかわし次撃に繋ぐつもりだったのだが、オーランドが剣を振り上げた瞬間、体が硬直したかのように身動きが取れなくなる。
 それでも受けるのみだけは為したのだが、咄嗟に両手持ちに切り替えたにも関わらず、両肩にずしりとのしかかるオーランドの剣を振り払う事が出来ない。
 一には硬直の理由がわかっている。
 オーランドは一が動く直前、剣速を上げてみせたのだ。
 一にもまるで理解出来ぬ術理にて行なわれたこれのあまりに自然な加速故、彼が加速したのではなく一の動きが止まったと受け止めてしまったのだ。
 対オーランド用に構えていた竜胆も、もちろんこれを黙ってみている訳ではない。
 両の足を大きく開き、腰を落とすは大地を斬り裂く地断の構え。
 これに対しオーランドが取った行動は、開いた手の平を竜胆に向ける。それだけであった。
 しかしその効果は絶大。
 遠近法を何処ぞに置き忘れたかのように、オーランドの掲げた手の平が巨大に広がり、竜胆の視界からオーランドの全身を隠しきってしまう。
 距離も、位置も、完全に見失ってしまった竜胆は、恐怖に駆られ剣を振るいたい衝動を必死に堪え、同時に恐怖に潰され剣も振るえぬ硬直から脱せんと力を込める。
 この時オーランドは、竜胆に絶大な意識を送りながら眼前の一の身動きをも封じていた。
 いや、封じるどころかそのまま鍔迫りにて押し斬る勢いだ。
 剣は外せない。これは下手すればこのまま死ぬか、そんな思いが一の脳裏を過ぎるが、ごうという音が聞こえるなり意識より先に体が反応した。
 後も先も考えず、ただただ全力で後退する。
 大地を後方に向け滑り飛んだ一は、そこでようやく、オーランドの意識を僅かに外させた一撃が竜胆の地断撃であったと察する。
 何とか窮地を脱した一の口の端がにやりと上がる。
「そこいらのゴロツキとは訳が違いますね……本当に恐ろしい……これが本物……」

 餓鬼の視線の先、そして舌打ちの意味を九法 慧介(ia2194)は正確に理解していた。
 より正しくは、餓鬼が慧介にそう見せているという事をだ。
 襲撃者の目的はあくまで臣だ。これを狙うそぶりを餓鬼が見せれば、対峙している慧介も無視は出来まい。
 現在は暁が臣の側についているので問題無いが、慧介も気付いている。オーランドの戦力は当初想定したいたものを遙かに上回っていると。
 オーランドの足止めは一人でも多く欲しい。更に言うなら他の連中を一刻も早くしとめ、応援に向かいたい所だ。
 そんな彼我の状況がわかっている餓鬼は、慧介の間合い深くには決して踏み込まず、それでいて後退した臣にちょろちょろと色気を出している。
 投擲武器を放つ程度で、暁が容易く弾いているが、慧介はこちらにも注意しなければならない。
『そう、思わせるのが狙いだろうね』
 餓鬼が両足を揃えたまま、膝より上をまるで動かさず前に飛ぶ。
 足首より下のみで、全身を運んでみせたのだ。
 スライドするような奇怪な踏み込みから、真横に凪ぐ一撃へと繋ぐ。
 慧介は切っ先を見切り、大股に半歩下がりながら縦に刀を振り下ろす。
 狙うは小手先。が、慧介の予想を僅かに上回った餓鬼の手を捉える事能ず。
 餓鬼の二の腕、そして慧介のそれからも赤筋一つ。
 ありものは何でも使う餓鬼は、当然、自分の剣力もありったけ用いて敵を討つのだ。
 慧介から表情が消え、餓鬼もまた全ての意識を慧介に向ける。
 どちらからともなく動き始めた二振りの刃は、決して交わる事なく虚空を駆ける。
 都合十回、白刃閃いた後には、手癖の悪い餓鬼の両手が、三つの仕掛けを施してあった餓鬼の両足が、秘中の秘である餓鬼舌先の毒針が、全て斬り落とされた後であった。
 代わりに慧介が支払った代償は青ざめた顔色に色濃く現れていたが、慧介の足はそれでも力強い歩みを止めようとしなかった。

 野乃原・那美(ia5377)の忍刀が風蜘蛛の構えた手先を狙う。
 風蜘蛛は大仰な動きはせず、最小限でこれを避け、刀身に添わせるよう腕を伸ばす。
 が、駄目。
 刀と素手との間合い差により、風蜘蛛の拳は那美に届かず。
 那美は必殺を期した一撃を放つべく敵の懐へと踏み込む事はしない。牽制程度に仕掛けた後、崩れぬと見るや即座に距離をあける。
 風蜘蛛は下がる那美を追うが、武具を用いながらの速度では那美に到底追いつけない。
 互いに速さを売りとする戦闘スタイルであるが、攻撃速度と移動速度、いずれに重点を置いているかが異なる。
 故に、勝敗の天秤が那美へと傾けば先のようになる。
 そして風蜘蛛へと傾けば。
「さて、君の斬り心地見させて貰おうかな♪ でも今日は……ゆっくりは楽しめないんだけどね♪」
 踏み込んだ那美が距離を誤る事は決してない。
 だからこれは、風蜘蛛がより上手かったという事であろう。
 切っ先をかすめるように振るわれた那美の忍刀先端横を、風蜘蛛が中指先にて軽く触れたのだ。
 それだけで那美の切っ先は目標を失い、風蜘蛛が誘う方へと体が崩れる。
 風蜘蛛の左拳を、那美は流された刀から手を離す事で仰け反りかわす。
 ほぼ同時に、拳の後を追うように左足が那美を襲った。
 ぎりぎり頭部のみ外したが首筋を痛打される。
 続く三撃目の膝蹴りを、目一杯後退しつつかわした那美は、わざとらしく首をこきりと鳴らしてみせる。
「速さでは負けないつもりだけど、そっちの土俵に乗るつもりはないのだ♪」
 風蜘蛛の腹部からは先の交錯時、何時の間にか入れられた那美の一撃により噴出すように血が流れ出していた。

 雪刃(ib5814)がこの戦いで優位である理由は一重に、先に敵の情報を仕入れていた事だ。
 国光という暴風のような男が相手となれば尚の事である。
「てめぇ!」
 国光の怒声をすぐ耳の上で聞く雪刃。
 互いの武器が最も効果を発揮する距離より更に接近し、刀ではなく体を国光へと叩き付けたのだ。
 この距離では刃はほぼ無意味。
 雪刃は柄で国光の顎をカチ上げる。
 が、何と国光は片手を開け、雪刃の奥襟を掴み取る。
 万力のような力で全身が引き寄せられ、同時に国光が腰をひねると、雪刃の体がふわりと宙に浮く。
 国光は引き手も持たぬ状態で、奥襟のみを掴み雪刃を腰に乗せきったのだ。
 瞬間、雪刃の腕が奥襟を掴む国光のそれに当てられる。力なら、雪刃も引けは取らない。
 強引に奥襟を外させると、中途半端な形で雪刃は投げ出される。
 ここで常なら仕切りなおしが有効である。こちらの狙いは読まれたであろうし、対応手も国光にあるとわかったのだから。
 しかし、雪刃は止まらず。
 一歩でも引けば、攻撃に特化したこの男より勝機を見出すのは困難と見定めたのだ。
 用いるは力と速さ。
 剣先が大地を削ろうと寸毫も衰えぬ威力、人の域を越え獣と見紛う程の速度。
 技もへったくれもない近接間合いでの打ち込み、いやさとっくみあいの如き攻防は、体躯に劣る雪刃が不利にも思えたが、腕力速度は雪刃がより勝る。
 そして、近接間合いにおいて、下よりかち上げる形は極めて強力であるのだ。
 遂に堪えきれずたたらを踏んで後退する国光は、ようやく刀の間合いになったと刀を振るうも、弾いた側である雪刃との体勢の差から間に合わず。
 雪刃の大太刀が先に、その強力無比な威力を国光に叩き付けるのだった。

 鬼灯 恵那(ia6686)は荒い呼吸のまま刀を振るい続ける。
 キレのある挙動一つ毎に恵那の肌より汗の雫が跳ねるのは、激しい運動の代償としては当然のものだ。
 対するオズは、汗どころではなくなっているのであるし。
 オズが身をかがめるのが間に合わず、受け流しに用いた肩鎧が千切り斬れる。
 恵那の動きはまるで止まらず、切っ先が地面をこすり抜ける逆袈裟が胸部鎧を削り取ると、次は小手を鎧の上より強打し、剣先が円を描いた後膝当てを砕く。
 連撃の限界とは、技の限界ではなく呼吸の限界である。
 呼気と共に攻撃を行なうのが常であるのだから、連続で攻撃し続ければ吸気している暇が無い道理だ。
 しかしこれしも、鍛えれば限りなく吸気を少なく済ませる事が出来る。
 恵那の攻撃は止まらない。
 ひたすら攻撃に傾注した動きであるが、反撃の暇も与えなければ一切問題にならない。
 これだけ打ち込んでも、致命打を避け続けるオズの技も見事であるが、幾ら致命打を避けようとこれだけ傷を負わされればジリ貧であろう。
 そういった焦りが剣先を狂わせ、恵那に強打の隙を与えるものなのだが、オズは微動だにせず。
 恵那の目が僅かに見開かれ、片手持ちに身をよじりながら刀を突き出す。
 全く同時に、オズより突きが放たれていた。
 自分が受けた傷は見えないが、首筋より滴る血が襟元をぬらす感じからしてかすめただけだろう。そう判断しながら恵那は笑う。
 こんなに何度も打ち込んで、まだ戦意も失わず戦ってくれる相手など、そうは巡り合えないのだから。
「今の悪くなかったよ。だから、私のも見せてあげる♪」
 ゆっくりと刀を振り上げ、頭上高くに翳したところでぴたりと止まる。
 オズの顔に浮かんだ死相が、この上段の危険さを物語っている。
 それでも絶命までに三度、これを耐え切った彼の能力は称えられてしかるべきであったろう。

 竜胆は極まった強者との戦闘の厳しさを、その身をもって味わっていた。
 一合打ち合うだけで、神経が芯まで削り取られる気がしてくる。
 斬られた傷は、それが何処なのか自分でもわからぬのは、傷口が鋭利すぎるのか、はたまた、乳白色に染まって見える視界のせいか。
 一の顔が悲痛に歪むのだけが、妙にはっきりと見えた。
 一も竜胆に無理をさせていると自覚しているのだろうが、オーランド相手では踏ん張ってもらう以外無いのだ。
 竜胆が怪我ではなく、極度の疲労から意識を失いかけたその時、暁が絶妙の間で飛び込んで来た。
「もーげんかいっ!」
 オーランドの剣を忍刀で受け止めると、リーナが駆け竜胆を抱えて離脱する。
 一が大地を抉るような踏み込みと共に突きを放つと、オーランドはそちらを見もせぬまま半身になるのみでかわし、忍刀ごと暁を弾き飛ばす。
 リーナへと追いすがるオーランド。
 竜胆は虚ろな意識のまま尚も戦おうと動くが、リーナはにやっと笑って言ってやった。
「これ、術者には反応しないんだよね」
 リーナの背後で刀を振りかぶったオーランドの足元より、豪雪が直上に向け吹き上がる。
 先に仕掛けたフロストマインの術であった。
 やったら勘の良いオーランド相手にこれまで一度も発動させる事が出来なかったのだが、自らの身を囮にする(せざるを得なかったとも言う)事によりこいつをぶち当ててやったのだ。
 暁は心底からの賞賛をリーナに贈りながら走る。
「汚いっ! 流石魔術師汚いっ!」
 逆手に持った刀で上段を真横より凪ぐ形で暁はオーランドに斬りかかり、直前、刀より手を離し、下に添えていたもう片方の手で拾いながら足を斬りぬける。
 リーナもまた暁に続く。
 距離が近すぎる恐怖はあれど、こんな好機はもう巡ってこないだろうから。
「氷の精霊よ、冷たき枷となれ」
 冷気の影響で著しく落ちただろうオーランドの体温を、彼の表皮を覆う冷気を、感じられる程の距離での術の行使は、精神にクルものがある。
 近接職は皆この距離でドツきあってるらしいが、武器もらってもこんな距離でやりあうのは御免だと感じるリーナは、オーランドの相手を暁からスイッチした一に任せつつ戦場全てを確認する。
 他の皆はまだ時間がかかりそうだ。
 振り返って竜胆を見ると、こちらはもうどうにもしようがない。というよりむしろここまで良くやったと言うべきであろう。
 後で聞いた話であるが、竜胆は疲労の余りオーランドと剣を合わせた記憶が途切れ途切れになっているらしい。
 そんな有様でも自身の出し得る最高のパフォーマンスを発揮し続けたのだから大したものである。
 リーナはありったけを振り絞り術にてオーランドの足止めを狙う。
 ここ、この時を凌げれば、後はどうなと出来るのだから。
 それがわかっている一も今堪える事に全てを賭ける。
 剣で受けるのは、オーランドの剛力と鍔競りの上手さを考えれば絶対に避けるべき。
 となれば見えぬ剣を見切ってかわし続けなければならない。
 この気の遠くなるような作業を、一は皆がこちらに参戦するまでやり通した。
 そして、それが終わった後、竜胆同様意識を失ってしまったのだった。



 如何な強敵とて。
 針の穴通す繊細さを。
 度肝抜く大胆さを。
 身に付けたる忍ぶ身なれば。
 為せぬ技では断じてあらじ。
「神の使いじゃないけど、一身上の都合により首を刎ねさせて頂きます」
 そんな言葉と共に暁がオーランドの首を景気良く跳ね飛ばしたのは、慧介、那美、雪刃、恵那の四人がそれぞれの敵を倒しオーランド退治に参加してからの事だ。
 とんでもなく手強い相手であったと安堵する皆に臣が謝辞を述べた後、暗い表情が消えないままの臣に暁はあっけらかんとした口調で言った。
「仲介人やってりゃこういう事も有るよね」
「……そう、だな。だから俺は……」
 臣は、用意した依頼を嬉々として受けてくれる面々を、仕事としてだけではなく自分を気にかけてくれる者達を見て、苦笑ではあるが、皆の前で初めて笑って見せたのだった。