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■オープニング本文 虚ろな意識は時に思いも寄らぬ景色を生み出す。 それは一面見渡す限りの赤であったり、丘と草原と風と空の見える黒であったり、奇怪な形状のそれでいて人だとわかる紫紺であったり。 この世の有様に興味を持てなくなった者には、新たな地平を見出したかのような歓喜を。 この世の有様に絶望と諦念しか覚えられぬ者には、至るべき地の獄の美しさを。 大吾は、脳裏に宿る夢の残滓を愛おしげに追想しながらその身を起こす。 周囲にはどれが誰やら思い出せない人間達が、あられもない姿でバタバタと倒れている。 と、背後から声をかけられる。 「よう、てめぇは戻って来れたか」 「あん?」 大吾は振り返る。すぐに思い出せないが、何処かで見た顔。そう、何処かではなく、毎日見ている顔であったと思い出した。 「重蔵? あー、何でてめぇがここに居るんだっけか?」 「おいおい、まーだ寝ぼけてやがんのかよ。クソッ、昨日は流石にノリすぎたな」 大吾の薄らぼんやりとした記憶に、僅かにだが昨日の夜の事が残っていた。 「‥‥あぁ、そういや、昨日は売人共からごっそりヤクぶん捕って来たんで、馬鹿騒ぎしたんだっけか」 「調子に乗ってみんな薬やりすぎたな。確認してみたら、半分は死んじまってるぜ」 重蔵曰くの死体である一人が、震えながら手を伸ばしてくるが、重蔵は一顧だにせずその手を踏みつける。 「で、どーするよ。薬もーねーぞ」 「なら、また頂いてくるまでだ」 生き残った連中をまとめ、大吾と重蔵の二人は薬を扱う問屋に殴りこむ。 公に出来ぬ薬の問屋である。その手の荒事に慣れた猛者がずらりと揃えてあったのだが、他の者の手を借りるまでもなく、大吾と重三の二人のみでこれを容易く駆逐してしまった。 「よぉ、重蔵。何かコイツらエラい動き遅くねえか?」 「んー、俺もそー思ったー。っておい大吾、お前が斬り殺したの。ソイツ津軽屋の伝衛門じゃねえの?」 「んな訳あるか。幾らなんでもアイツに勝てる程俺ぁ強かねぇ‥‥‥‥あ、ホントだ」 二人は顔を見合わせる。 「‥‥薬効果って奴?」 「んなアホな。‥‥って言い切れねぇ所あるよな、あの薬」 「マジだって! いいからヤってみろって!」 そう言って大吾は無理矢理男の口の中に薬を流し込む。 重蔵はそんな様を見てげらげら笑っているのみ。 これで二十人目であるが、大吾と重蔵が耐えられる量を飲んで無事だった者は一人もいない。 薬の農場から精製所までを揃えていた問屋は、既に大吾と重蔵の支配下にあり、需要を考慮しない大増産体制に入っていた。 これを用い、大吾と重蔵が至った境地に辿り着ける者を探しているのだが、どうにも見つからない。 「駄目だなぁ。コイツが出来りゃ剣筋なんざ幾らでも見えるってのによぉ」 大吾のぼやきに重蔵も肩をすくめる。 「赤い蝶がなぁ、あれさえ見えりゃ後はすぐなのに」 大吾は怪訝そうな顔になる。 「え? お前そんなの見えてんの? それヤバくねぇか?」 「そーいうお前は何が見えんだよ」 「いやさー、何がっつーか、人が藁みたいにごわごわして見えんだよね。かっこ敵げんてーかっことじる」 結局、二人と同じ量を摂取して無事だった者は、四人のみであった。 一人目、遮那。 「そうか、あの赤い涙は、余人には見えぬ心の悲鳴か‥‥」 二人目、爆笑女(本名不明)。 「ぶっはははははは! 何これ! 顔! 顔が三つあるし! お前それヤベェって! 腕から蛇生えてるとか軽く人間やめてんだろ!?」 三人目、断手(ダンテと読むらしい)。 「閻魔と契約を結んだこの俺に、敵う者なぞありはすまい。くっくくく、これでこそ、魂を売り渡した甲斐があろうて」 四人目、しあわせ。 「信じ、られない‥‥私、ようやく、解放されたんだ‥‥もう、怯えなくてもいいなんて、こんな、気分になれるなんて‥‥」 結局の所、元より才能のある者が薬により切欠を得た、そういう話であったのだが、そんな事大吾にも重蔵にもわかるはずがなく。 文字通りの愉快な仲間を増やすべく、二人は次から次へと薬を人に与え続ける。 その過程でたくさんの命が失われる事となったが、薬を飲む以前より他者の命になぞ欠片も興味を抱いていなかった二人だ、気にしようはずもない。 本来官憲が相手すべき彼等への対処が開拓者に回されたのは、この薬を製造していた問屋の出資元が、とある街の有力者であったせいだ。 仲介役の人間は、はぁと嘆息する。 「実に、救いの無い話ですね」 だとしても、彼らを放置していては被害が増えるばかり。官憲の動きが鈍い事に関して色々言いたい事はあるにしても、そっちの問題より六人の処理がより優先する。 個人の感情はお仕事とは別ですよー、と仲介の男は手配を行なうが、その最中、一つの報せが彼の元に届く。 『問屋の出資者、殺害さる。下手人は遮那、しあわせの二人と思われます。依頼人の内の一人が消えましたが、依頼の撤回はありません』 仲介人は、笑いを堪える事が出来なかった。 「ホント、あの手の連中ってのは、簡単に引っかかってくれるんですから‥‥」 出資者の居場所と所業を六人組に漏らしたのは、彼であった。 「このまま手駒にしちゃうのも悪くない‥‥いえ、やはりこういう手は一度きりってのが基本ですかね」 仲介人は、それに、と言葉を続ける。 「クソ野朗は全部、この世から消え失せろってーの」 開拓者ギルド係員の仕事を捨ててまでこんな裏仕事を請け負うようになった仲介人にも、彼なりの、こんな仕事をする理由があるのであった。 標的六人が一同に介する機会は、連中皆が皆好き勝手生きてるせいもあり、実はそれほどない。 それでも仲介人が苦労して嗅ぎつけたその機会とは、六人がそれぞれとっ捕まえて来た獲物に薬を飲ませる彼等曰くの『祭り』という企画の時だ。 当たりが出た者は、特に多くの薬を手に入れられるという決まりで、皆はりきって参加するそうな。 『祭り』開始までは獲物は地下牢に閉じ込めておき、宴もたけなわとなった頃引きずり出されて皆の前で薬を飲まされるらしい。 この『祭り』に乗り込み、六人を叩っ斬り、出来れば捕まった者を助け出して欲しいというのが今回の依頼である。 下っぱも十数名居る模様だが、邪魔をするようなら斬り捨ててくれて一向に構わない。 現場は平屋の大きな店であり、周囲に声も漏れるだろうが一切問題なく、襲撃時(夜半過ぎ)周辺をうろついている人間は存在しない。仲介人がそう手配する為です。 戦闘は恐らく屋内でとなるでしょう。 |
■参加者一覧
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
贋龍(ia9407)
18歳・男・志
猪 雷梅(ib5411)
25歳・女・砲
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ
ミーツェ=L=S(ib6619)
17歳・女・ジ |
■リプレイ本文 叢雲・暁(ia5363)の眼前には、そうはお目にかかれぬ量のご禁制薬物がうず高く積まれていた。 棚毎に精度別に分けられ、無法者管理とは思えぬ整頓っぷりであった。 警戒も充分にされており、暁がこの倉庫奥に辿り着くまでに、暁の隠密術を持ってしても、実に六人もを斬らねばならなかった。 単身での潜入ならばとうに発見されている所だが、同時進行の攻撃部隊も暴れている頃だ。 「なんだろね〜〜」 左手で棚の上にある薬瓶の一つをくるりと返し貼ってある紙を確認しつつ、そちらを見もせず逆手に握った、刀としては短めの忍刀を振り上げる。 「こういうのは脳から自然にドバドバ噴き出てくるのが良いのに」 今一斬りが浅かった八つ当たりか、その男の顎を真下より蹴り上げる。 「薬使わなきゃ気持ち良くなれないのは老化か不健康だよ」 皮一枚でくっついていた男の首は、蹴りをもらうと糸を引いて飛んでいく。 そこで初めて、男達の方に視線を向ける暁。 「で、さ。捕まってる人が居るのって何処?」 忍刀を視線に添うよう伸ばし彼らに突きつけると、彼等は、僅かな葛藤の後、降参の意を示すべく囚われた人達の居場所を伝えるのだった。 援護射撃を主たる任務と心得ていた猪 雷梅(ib5411)は、皆の突入の後に続く。 「おー、やってるやってる。さぁて、私も一つ暴れるかねえ」 敵味方入り乱れての乱戦。下っ端も混ざっているので、どれが標的の六人やら良くわからないが、動きが他と違う奴、という探し方をすれば区別はさほど難しくはない。 「正々堂々なんざ思ってない……よなあ? 横入りさせてもらうぜ」 喧々囂々な戦場にあって尚、決して聞き漏らす事のない程の轟音。 同時に、右足を大きく後ろに引く。 両の膝を崩し、上半身は地面と水平になるまで寝かせ、引いた右足で全身を支える。 思った以上に伸びのある剣先が鼻っ面をかすめるも、薄皮一枚すら触れさせずにかわしきると、刀を振るった遮那は、片手を目頭に当てる。 「哀れな……お主の血涙、確かに受け取った」 「……うわ、聞いてた以上に気味悪い奴だなおい」 遮那の次撃。雷梅は真後ろに飛び、テーブルの上に飛び乗ると、銃を口で咥え天井の梁に両手を伸ばし掴む。 三撃目を両足をぐるんと振ってかわしつつ、足の回転を用いて梁の上にするりと昇る。 遮那は尚も追撃の手を緩めず。雷梅の乗っている梁を、叩っ斬りにかかる。 雷梅はその場で宙返り、真上に上がった両足、その足首を天井の柱に無理に突っ込み支えとする。 両足の筋肉がびっきびきに引きつるが、ここで動くと狙いが逸れるし何より落ちる。 この位置まで来れば、屋内であっても遮那の剣は雷梅には届かない。 雷梅は逆さまになりながら、両手でマスケットを構えた。 「ヤクやってても結構動くのな……中毒っつーからもっと簡単にやれると思ってたぜ」 そんな賛辞と共に引き金に手をかける。 構えたマスケットの筒先に、練力が螺旋を描いて集っていく。 その威力を察しうるのか、遮那の表情が強張る。 「死にたくねえなんて言うなよ……この世を捨てちまってるくせによ」 一際大きな銃声は遮那の刀を弾き、大きな傷跡を残す。 雷梅の両足もすぐに限界が来て下へと落下してしまうが問題は無い。 戦況を決する致命打は既に与えているのだから。 例えば、どんな状況下であっても許せぬ事があったとして、それはどんな事柄であろうか。 少なくとも重蔵にとっては、今この時、この瞬間こそが、正にソレであった。 「……薬、控えるかな……」 そんな彼らしくもない自嘲が洩れたのは、重蔵が相手していた胸がやったらドデカい女との対戦真っ最中の事である。 セシリア=L=モルゲン(ib5665)という名は知らぬが、存在感はもうありあまる程。主に胸とかで。 そんな彼女の姿を、戦闘の最中、刀を交えていた中途で、重蔵は見失ってしまったのだ。 隠れた。ありえん。何処にどう隠れようとあの胸は隠せない。 逃げた。ありえん。何処にどう逃げようとあの胸では見失う程の速度は出せまい。 誰かにやられ跡形も無く消滅した。ありえん。何故なら、肌にひりつくような殺気は、未だ消えていないままなのだから。 重蔵にも、シノビが操る技への知識は若干ながらある。 優れたシノビは音も無く忍び寄り、気配すら消し得るそうな。 もし、目の前に居た女、セシリアがそんなシノビであったのなら、こうして身を隠せているのもわからないでもない。 しかし、だが、そんな理屈はさておき、重蔵は、セシリアはシノビではないと断じていた。 「そんなクソデケェ胸のシノビが居るかボケええええええええ! 適正考えろやあああああああ!」 重蔵の現実逃避はさておき、セシリアはれっきとしてシノビであったりするわけで。 背後をさくっと取ったセシリアは、重蔵の両腕を取り、一息に持ち上げる。 「ンフフ。どぅ? いいでしょォ」 「コメントは差し控えさせていただくぜえええええええええ!」 絶叫の尾を引きながら、ずどーんと脳天より床に叩きつけられた重蔵。 何とか立ち上がるも、ふらふらとした足元は脳を強打したせいか。 ほぼ決着はついた。のだが、セシリアは念には念を入れ、鞭でびしりばしりと重蔵を打つ。 繰り返す。念には念を入れたのである。 決して、ロクに抵抗も出来なくなった重蔵を、その絶叫を、苦悶の表情を、楽しみたいとかそんな理由では、無い、といいなぁ。 佐久間 一(ia0503)は、温和さを漂うわせる風貌に皺を寄せ、両手持ちの刀を、その切っ先をくるりと一回し。 その挙動だけで、対する大吾は一の動きを一つに絞る。 空中を跳ねるような突き。 前髪一本のみにて綺麗にかわす大吾。 一の手首が翻り、剣先が縦横無尽に暴れまわるも、その全てを危なげなく大吾はかわす。 「うっひょー、はえーはえー! あっぶねーなおい、薬やってなきゃ死んでたぞ俺。でもなぁ……」 一は目線を大吾の顔に合わせたまま、手先のみにて大吾の小手を払う。 「見切ったぁ!」 大吾が行なったのは全く同じ挙動、一への払い小手だ。そして、動きを読んだ分僅かに大吾が速い。 交差するように伸び来る刀に、辛うじて一の反射速度が勝った。 片手を離し何とか小手を外すが、大吾は追撃を忘れず、細かな連撃を浴びせてくる。 打ち、合えない。 一の剣先の流れを、薄皮一枚分、綺麗に外して打ち込んで来る為、一は後退しつつ避けるしかない。 大吾は、哄笑を上げた。 「クハハ! これだよこれ! 俺の剣は! 遂に行く所まで極まっちまったか!?」 極めて不愉快そうに、一は溢した。 「自分で『極めた』とのたまう事ほど胡散臭い話もありませんよね」 薄赤い煙が一の全身より漂い上がる。 「ケッ、小細工を……」 「確か見切ったとか言ってましたよね? ……笑わせるなよ」 青眼、やや上に構える一。 その意識は空へと至り、二つの目は大吾ではなく大吾を包む空間全てを見る。 動作の起こりが、全く読めぬ一歩の踏み込み。 意識の外より飛び出してきたこの足は、大吾の理解を超えていた。 当然、続く突きの一撃も見切る事能わず。 それでも大吾は刀を当て逸らす。しかし一が大きく一歩踏み出したのは、これで逃がさぬ為。 刀身が刀身を滑る音はほんの一瞬。 一が裂帛の気合と共に斜め下方に刀を引くと、受けた刀ごと大吾の首に斬れ込みが入る。 そして大吾がアレと思う間もなく返す一撃が飛び、完全なトドメとなった。 爆笑女とミーツェ=L=S(ib6619)の戦闘は、開始してすぐ、二人のみのタイマン勝負となった。 さもありなん。 「ギャハハハハハハハハハハハハ! ハハッ! おもしれぇよお前ハハハハハハ!」 「きゃはははは♪ 品も減ったくれもねえような笑い方しやがってますが、何だか私も楽しくなってきやがりましたよ♪」 「笑ってんじゃねえギャハッ! てめぇちょこまか動き過ぎなんだよ! いい加減斬られて無様に命乞いしやがれギャハハハハ!」 「きゃはははは♪ そろそろ鳴きやがってください! 笑いながら鳴く笑い鳴きってのを見せやがれ! って事ですよ♪」 こんな二人に近づきたくない。 ミーツェの短剣は深手こそ残さぬものの、表皮を削り取り爆笑女に出血を強いる。 舞うような動きで爆笑女の攻撃全てをかわしているミーツェが有利に見えるが、この優位も見た目程差があるわけではない。 遂に、爆笑女の一撃がミーツェを捉えると、あっさりと戦況は五分に戻る。 元より重装甲なぞ望むべくもないミーツェは、攻撃力に長けたサムライ爆笑女との戦いはこういう形になってしまうのだ。 全身各所の傷口から血潮を噴出しながら、赤き飛沫が床に前衛芸術を作り上げながら、心底楽しそうに、爆笑女は笑う。 ミーツェが背なに一撃もらってしまったのは、大きく動いてかわすジプシーならではの結果か。 当初焼けるように熱かった背中は、半端にぬるい感じと、芯から冷えてくるような二つの温度が入り混じっていた。 くるりと回る度、ぴぴっと赤黒い筋が中空に描かれるのが見える。 背後に尻尾や付け毛をするとこんな感じだったなと思い出し、愉快になってより赤い筋が跳ねるように動いてみる。 二人の戦いは、大層騒々しいまま何時までも続けられていたが、唐突に終わりを告げる。 叢雲暁が、爆笑女の背後より一撃くれてやったせいだ。 「うわー、何かエライ事になってない?」 ミーツェは、やはり笑顔のまま。 「きゃはははは、何、邪魔、してくれやがってん、です、か……」 そんな笑顔のまま、コテンとひっくり返ってしまった。 「…………とりあえず、後続に任せて大丈夫、かな。べべべ別に起きた後が怖いとかじゃなくて、仕事優先だしねっ」 鬼灯 恵那(ia6686)は、断手と対するとまずはどんな相手かを、じっと見る。 「我が閻魔の力、存分に見せてくれよう」 と言っているのだが、腕の立つ気配は無いでもないが、閻魔の力とやらは見えないし感じない。危ないものならそれと察する自信はあるので、危険ではない力なのだろうか。 「うーん、本当にこの人強いのかなぁ……まあいいや、いくよー」 恵那の全身に漂う濡れそぼったような滴りは、現実の液体ではなく真紅に輝くオーラの光。 誓いと決意を力に変える騎士の騎士ならではの奥義は、清廉なる輝きなぞ欠片も見せず、何処までも餓え乾き血臭を求める戦餓鬼の如く蠢く。 オーラの光に意志を伝達する能力はないが、その色を、輝きを見れば誰しも理解出来よう。 斬る、斬れ、斬って、斬らせろ、斬るまで、斬ればこそ、斬るつもり、斬りきざめ、斬りたおし、斬りふせろ。 それしか見えない。 断手は、一瞬だが全てを忘れ一歩後ずさる。 恵那と戦うに最も注意せねばならぬのは、この異常なまでの剣気である。 人を斬った数だけ艶を得ている鬼神の剣は、ただ前に立つ事すら容易ではないのだ。 そして、気で呑まれれば一瞬で押し寄せてくる。 右袈裟は下の畳を削り取り、逆左袈裟は障子を真っ二つに斬り裂く。 断手が仰け反りかわした突きは、柱に刺さると勢い止まらず貫通、切断してしまう。 本来の技量をまるで発揮出来ぬまま、こけつまろびつ断手は逃げ回り、漆喰の壁に囲まれた部屋の隅にしゃがみこむ。 追い詰められた断手は、口を開き命乞いを言いかけるが、 「地獄の閻魔様によろしくねー」 続く恵那の言葉に絶望を顕にし、最後の最後で、本来の技を見せて来た。 伸び上がりながらの突きを、恵那は脇の下を通してかわしつつ、同じく突きを放つ。 断手は身を捩って剣先のみをかわしたが、続く横薙ぎの一閃にて、首をはねられるのであった。 「うん、最後だけは、ちょっと良かったよ」 「貴女みたいに出来なかったから! だから私は苦しんだのよ!」 叫ぶしあわせに、野乃原・那美(ia5377)は平然と返す。 「罪悪感感じるなら最初からヤらなければいいのに。薬になんか頼るくらいならねー」 激昂したしあわせよりの苦無が走る。 那美はここまで話をして、色々言って聞かせてやるのが面倒になった。 論破して楽しむ趣味もなし、楽しみは別の所にあるのだ。 「じゃ、さ。一つだけ聞くよ」 「何よ」 「ねえ、君の斬り心地はどんな感じ?」 そこだけわかれば、那美はそれでいいのだ。 屋内を所狭しと走り回るしあわせと那美。 時折示し合わせたようにその進路は交錯し、金属の火花が散る。 三度目の交錯で、金属ではなく肉を抉る音が。 四度目の交錯では、小さな悲鳴が。 十度目の交錯の頃には、二人の走る後を血の雫が追うようになった。 しかるに、その雫に差異があった。 しあわせの軌跡に点々と続く雫は概ね一定の間隔であったが、那美の後を追う雫の間隔は大きくブレがあった。 「つまり、きみの動きは、緩急が無いって事だよ」 急加速にて、しあわせが推定していたであろう間を外しながら近接。 片手持ちの刀を水平に寝かし突き出す。 しあわせはこれをいなし、すり抜けようとするが、こちらは囮だ。 逆手に持った那美のもう一本の刀がしあわせの脇腹を薙ぐ。 舌打ちしながらしあわせは振り向きざまに刀を振る。 牽制目的だが、こうしておけば距離を置かせる事が出来る。しかし、那美はかわせる牽制の刀をそのまままともに喰らう。 「!?」 驚くしあわせに、那美は僅かに遅れて刀をしあわせへと突き立てる。 先に斬りこんだしあわせは引けない。斬りつけた刀を更に奥へと。もちろん、那美もまた同じく刀に力を込める。 「いいね、この感触♪」 「イカれてるの貴女!?」 「ね、斬られていくのどんな気分? 相手を斬るってことは自分が斬られる覚悟くらいできてるんでしょ♪」 「くっ!?」 相打ちなぞ冗談ではないと下がるしあわせに、那美は追いすがり二刀を深々と突きたてた。 「人を斬るのこんなに楽しいのに……勿体無い♪」 暁はふと、後詰として来た者に意外な人物を見つけ声をかける。 「あれ? きみ仲介人?」 仲介人は周囲の惨状を見て、目を大きく見開いた後、大声を上げ仰け反り笑い出した。 十人近く居る人間の、遺体の首は全て斬り落とされており、そこらに無造作に転がったままであったのだ。 そのほとんどが驚きの表情をしているのは、自らの首が落ちた事が信じられぬような斬られ方をした証だ。 「もしかして、首刎ね気に入った?」 「クククッ、ああ、最高だよアンタ。いやアンタ等だな。完殺、必殺、全殺、滅殺。言う事ねえぜ」 暁が救出した人質達は、皆一様に怯え震えている。これは、賊に捕らえられた事のみが原因ではあるまい。 仲介人は、満面の、しかし怖気のする笑みで言った。 「腐れ外道が相手だ。このぐらいやんねえとワリが合わねえぜ」 狂ったように笑う仲介人をみて、暁は、彼はいずれ斬らねばならなくなる、そんな気がした。 |