GSDレースに挑め!
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/16 03:26



■オープニング本文

 高速で景色が吹っ飛んで行く視界は、龍乗りならば誰しも見慣れたものだが、レースにはそんな中でも必要な情報を見落とさない動体視力が求められる。
 ただ龍なりに飛ばせるのではない。元より訓練を重ねた龍であるし、限界を超えろと命じればそう動いてくれるのだから、限界を超えた分のしわ寄せはそう命じた乗り手が行なわなければならない。
 通常飛行ではありえぬ速度により、龍自身にとってすら把握しきれぬ情報を、ライダーである乗り手がカバーしてやらねばならないのだ。
 レースでは戦闘と違って、墜落はあっても撃墜はありえない。故に自然と生まれ持っている龍の警戒心は不要のものだ。
 必要なのは、ただひたすら速く飛ぶ。その事のみであるのだ。
 ならば戦闘と比して安全かというと、必ずしもそうとは言えない。
 ただまっすぐに飛ぶスプリントレースならばともかく、数多のレースにおいて存在する高度制限により生じる飛行コースの存在が、レースを危険極まりないものとしている。
 龍本来の本能が危険だからするべきではないと感じる速度で、或いは崖の内側をかすめ、或いは狭い峡谷に突入し、時に地表すれすれを嘗めるように突き進む。
 特にジルベリア内でもトップカテゴリーに類するレースの飛行コースは、並大抵の腕や龍の存在を駆逐してしまう。
 この領域で戦える龍は、速度、旋回性能、持久力、闘争心、いずれにおいても並の龍を大きく上回る存在であり、それ以上に、乗り手がライダーであるのだ。

 年に一度のレース月。
 ゲラの都市はこの一ヶ月間、街を上げてのお祭り騒ぎとなる。
 各地から名の知れたライダー達が集まり、コースの下見やファンサービスを行なうのも毎年恒例の風景だ。
 今回で26回目となるゲラスピードウェイレースは、今年もまた、例年通りの大賑わいを期待出来そうである。
 そんな中、大会委員長であるブルーノは、苦虫を噛み潰したような顔でギルド職員と食事を取っていた。
「わしはな、今度の大会で往年のライダー魂を取り戻したいのじゃよ」
 年々レベルが上がっていくゲラのレース。
 そのせいか、レースの難所を事もあろうに飛行せずに龍を歩かせスタミナを温存させるやり方を行なう者が増えて来た。
 確かに最近のレース龍に多い圧倒的なスピードを誇るもスタミナに難のある龍には、良いやり方かもしれない。
 しかし、そんなものが龍レースであるなどと、ブルーノは断じて認められないのだ。
 特にゲラスピードウェイは、他所と比べても難所が多く、レース難度は高い。
 それらは龍の勇気と限界を引き出し試すためのもので、間違ってもチキンに逃げ回る為のものではない。
「はぁ、それで?」
 やる気あるんだか無いんだかわからん顔のギルド係員に、ブルーノは戦闘の最中を駆け抜けた龍の、レースへの参加を頼み込んだ。
 生き死にの戦場を潜り抜けて来た猛者ならば、危険度が他に類を見ないと言われるゲラスピードウェイのコースにも怖じず挑めるだろうと。
「……それが依頼だってんなら募集はかけてもいいですが。そんなんでレースに勝てるんっすか? ウチの連中、レース用の龍なんざ持っちゃいませんぜ」
「他所ならいざ知らず、ゲラのレースに何より必要なのは困難に立ち向かうスピリッツだ。君達ならば、ひ弱なレース龍に活を入れられると信じておる」
 係員もまたゲラに住む者。
 ゲラスピードウェイならば、開拓者とその龍の組み合わせは一流のレーサー達と張り合えるのではと考えた事も無いではない。
「了解しやした。しかし……今年のコースはまた一段とキッツイルート揃えて来ましたね。第十九回大会の二の舞になっても知りませんよ」
 悪夢の第十九回大会とは、レース難度の高さと悪天候が相まって完走者がたった一人しか出なかったレースだ。
 これも意地と誇りをかけた龍使い達が、全滅だけはしてなるものかと皆が協力し、たった一頭をゴールへと導いた結果である。
 ブルーノは、それこそがゲラスピードウェイの本質だと誇らしげに語る。
 係員は文句を言いながらも彼の言葉には共感出来るようで、にやりと笑みを見せた。
「確かに、この厳しさがGSD(ゲラスピードウェイドラゴン)レースっすね」



 ゲラスピードウェイドラゴンレース、略してGSDレースは二十回を越える開催経験を持つ龍レースの老舗だ。
 高度制限により飛行コースを限定し、幾つもの難所を乗り越えゴールを目指す。
 飛行時間は半日を費やす程であり、そのほとんどが山岳地帯をかすめるように飛ぶ事から、龍にもライダーにも厳しいレースとして知られている。
 特に険しいとされる難所は以下の六つ。

 ノーバードクランク 鳥すら飛ぶのを避ける直角クランクが連続する渓谷。又の名を大地の雷。
 ホースシュー 大きく左に曲がった長大なカーブ。バンク角がキツく、また長時間バンクしている為、乗り手が失調を訴える事の多い魔のコーナー。馬の蹄鉄の形をしている事からこの名がついた。
 ノーザンクロス 十字に交差した峡谷で、その地点を抜ける時、どんなに速度を落としても、それこそ地上を歩いたとしても龍がバランスを崩す程のありえない強風が真横より襲う地点。
 ディープブルー 凄まじいまでの向かい風。まるで深い水の底を進むようである事からこの名がついた。
 ロデオステップ 大きく蛇行した狭い峡谷。右に左にと軽快に動く必要がある。見ている方は実に楽しいが、やってる方は洒落にならない程キツイ。
 デスバレー 予測不能の豪風が吹き荒れる最後の難所。コースに加えられたのは今年度が初。

 幾つかの難所は、速度さえ落とせばさほど危険ではないのだが、優勝争いに絡む者はかなりの数がコレに挑む。
 参加龍は五十頭以上、レーススタッフは二百人を超し、参加各龍には専属のチームがついてくる事もあり、また他地域からの観戦者も多く、レース月にはゲラの街の人口が倍に増えるとまで言われている。
 レーサーならば誰もが憧れるレースであるのだが、その危険度から実際の参加者が百頭を越した事はない。
 参加龍の種別は、これまた珍しい事に駿龍だけではない。
 スピードを競うレースである以上駿龍が有利なのは確かであるし、参加龍の半数以上は駿龍であるのだが、通常のレースなら九割九分駿龍である所だ。
 実際にこれまでで四度炎龍が優勝しているし、甲龍の優勝回数も二度程ある。
 これは、炎龍の飽くなき闘志が龍自身の本能を押さえ込み易いせいで、リスクは高いがツボにはまった時の炎龍は本当に速い。
 そして甲龍だ。完走すら困難なレースにおいて、甲龍の安定感とスタミナは優れた利点となる。ゲラのレースにおいて、完走率が最も高いのは甲龍であるのだ。

 係員は最後に、これ以上無い程楽しげに問うた。
「これ、ウチの連中が優勝しちまっても構わないっすよね」
「出来るものならやってみろ」


■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
長渡 昴(ib0310
18歳・女・砲
无(ib1198
18歳・男・陰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
燕清(ib7425
23歳・男・泰


■リプレイ本文

 合図の号砲と共に、スタート地点に待機している龍に向け、レーサーは一目散に駆ける。
 それぞれの愛龍に飛び乗り、一息に羽ばたく。
 長渡 昴(ib0310)は殺気だったライダーに囲まれながら飄々と龍を舞い上がらせたのだが、ふと、左隣の龍が斜め前より被せて来た。
 ライダーの顔が言っている、無名はでしゃばるなと。
 昴は敢えて炎龍リョウゲンの好きにさせてやる。当然、リョウゲンはレース龍如きになめられてたまるかと威嚇し返した。
 びくりと一震え。
 その隙に昴は悠々とその龍の前を取るのだが、周囲よりの敵意を感じる。
 乱暴な展開を繰り返しレースを壊す事を危惧しているのだろう彼等に、挑発的な視線をつい返してしまったのは、常の手綱を握らぬ昴では考えられぬ乱暴さである。
 一説にはこれこそが彼女の地であるらしいのだが、ライダー達に事の真偽を確認する術は無い。
 このような事もあったが、レース序盤は何時もの通り。
 先頭集団十数騎、そして第二集団と続く。
 最初の難所に至ると、一気に第二集団は先頭集団に迫る。
 角度のキツイコーナーが続くノーバードクランクは、どうしても速度が落ち、こうなりがちだ。
 燕清(ib7425)はこの地点に至る直前で第二集団の先頭に出、コーナーへと侵入する。
 しかし後ろの誰が見ても、コーナーで手綱を引くタイミングが遅い。
 速度を落としきれぬ駿龍蒼魏は、手綱の操作に従って身を翻し、大地を大きく蹴り出した。
 一度目は、狙った通りの角度で飛べず、明らかなミスと呼べる選択となる。
 後ろとの差を大きく縮められるも、燕清は慌てずに蒼魏の首元を一撫で。
「次はもっと上手くやろう」
 羽ばたきと蹴りとのタイミングが重要だ。
 これは蒼魏が体で覚えるしかない。
 コーナーにて最も減速するタイミングが、壁を蹴り出すその時と重なるように。
 ほんの僅かに残った速度を反動に、思い切りよく進行方向へ向け蹴り出す。
「地面を歩くのがアリなら、これもアリですよね」
 事前に充分に練習し準備してきた技だ。他の誰もがすぐに真似出来るわけではない。
 ましてや壁面に激突する速度でコーナーに入るなぞ、まともなレース龍に出来るシロモノではない。
 無論、この技の弱点も燕清は理解している。
『疲れるんですよね、コレ』
 しかし減速著しい場所でのアドバンテージは充分なインパクトがあろうと仕掛け、思った通りの効果を得られた燕清は満足げに龍を進ませるのだった。

 ホースシューに突入したマハ シャンク(ib6351)の脳裏に、一抹の不安がよぎる。
 速い、角度がキツイ、しかも長い。
 周囲の皆に合わせる形で飛び込んだのだが、こんな速度で、こんな角度で、しかも延々延々何時までもバンクし続けた経験は無い。
 角度のせいもあり、終わりが全く見えない。ただ曲がるだけのコーナーがこれほど恐ろしいものだとは。
 この時ばかりは志体を持つ頑強な体がありがたい。
 あまりに長くこうし続けているので、平衡感覚が狂ってきているのが自分でもわかる。
 ましてや羽ばたき続けている愛龍ブライの負担は如何ほどのものか。
 元より視覚の弱いブライだ、挙句感覚まで崩されたらまっすぐ飛ぶのも難しいのではないか。
 そんな不安を吹き飛ばすように、ブライは力強く羽ばたき続ける。
 大空を住処として生を受けた存在が、大地に足をつけ生きるソレと同等のはずがないのだ。
 改めて自らの龍を見直すマハ。そんな機会を得る事が出来ただけでも、参加した甲斐はあったと思えるのだ。
 また、皇 りょう(ia1673)もホースシューの手前に至ると、大きく息を吸い込み腹をくくる。
 不覚にもレース前に負った怪我は、はた目にはさほど影響が無いように見えるらしいが、実は物凄く痛い。
 先の連続コーナーなぞ、右に左に揺れる度、体中がみしみし音を立てているようであった。
 幼い頃よりの相棒、駿龍蒼月にもりょうの苦痛がわかるだろうし、出来ればりょうの体を案じ減速したいのだろうが、りょうは蒼月にレースに挑めと伝えてある。
 乗り手の不安が龍に伝わらぬよう、全力で強がりながら手綱を引く。
 ホースシューに入ると、全身に龍側へと押し付ける力が働く。
 痛い。実に痛いが、大外から被せてきている龍が居る。
 敵はレース龍とはいえ、こちらも駿龍。
 大外よりぶち抜かれたとあっては面目が立たぬ。
 それに、痛いのは出来れば速く終わって欲しいという切実な願いを込めて、蒼月に速度を上げるよう命じる。
 レース龍としての経験は無いが戦闘技量は山盛り持ってる蒼月は、ここぞでの踏ん張り方を良く知っている。
 外に膨らまぬよう強引に内に切れ込み、頭部が崖面すれすれを嘗めるように飛行する。
 ここで壁面に異常な盛り上がりでもあったら頭部に激突するだろう。そんな危険な飛行も、戦闘龍である蒼月にとっては然程気にするものでもない。
 蒼月の伸ばした首先は、りょうより先に崖の異物を発見しうる。
 乗り手の命も待たぬまま、蒼月は首を軽く一捻りして異物を回避。
 大事故にも繋がりかねない技を飄々とこなすのは、墜落以前に撃墜を考えなければならない戦闘龍ならではの感覚であった。

 ノーザンクロス。
 最も事故の多いこの難所には、既に確立している二つの飛び方がある。
 一つは減速し、突風を堪えながら進むやり方。
 一つは増速し、勢い付け一気に抜けるやり方。
 そしてもう一つ、飛び方ではないが、確実に地面を歩かせるやり方がある。
 加速した場合、突風に煽られた後の体勢立て直しがきくかどうかは完全に運となる。
 例えば葛切 カズラ(ia0725)が、ここぞと突っ込んだように。
 トップ集団が減速して尚煽られるのを見ていながらこうするのだから、何処かイカれているとしか思えない。
 案の定カズラの甲龍でも紙で出来ているかの如く弾かれ、壁面に激突してしまう。
 他のライダー達より歓声が上がったのは、その無謀さを称えたのではなく、それでも平然と飛んでいるせいであろう。
 こんなものを見せられて挑む者がいるものか。
 しかし、无(ib1198)は口の端を僅かに上げた。
「せっかくのコースだ、楽しまないとな」
 手綱を一振り。
 すぐ後に不敵な表情の昴も続く。
 が、今回ノーザンクロスにて最も無茶であったのは、ここまでひたすらに力を温存し続けていたアルネイス(ia6104)であった。
「さぁ! 駆け抜けて、貴方の空を!」
 ここに来て最高速を引っ張り出し、地獄への片道切符ノーザンクロスへと飛び込んで行く。
 下方、特に徒歩にてこれを抜けようとしているライダー達から漏れたのは、失笑でもなく侮蔑でもなく、忠告の叫びであった。
「馬鹿よせっ! 死ぬぞ!」
 上方、高度制限ギリギリの場所より駆ける影が一つ。
 マハは、急降下を用い瞬間的な速度を上げノーザンクロスに挑む。
「どうなってやがる! 死にてえのかコイツ等!」
 ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)は、正直こんなモンに突っ込むのは嫌で嫌でしょうがなかったし理に適っていないとも思ったのだが、騎龍ヤークートの手前そんな事も言い出せず。
 仕方なくだかヤケになってるんだかな勢いでこれまた飛び込む。
 ノーバードクランクにて巧みな技を見せた燕清までもが、加速でこそないものの安全な減速なぞしようともしない。
「あれが開拓者かよ!? どいつもこいつもイカレやがって!」
 悲鳴のような叫びを他所に、りょうはぼそりと呟いた。
「……いや、流石に今回は勘弁してくださいっ」
 弾かれるようにあちらこちらに吹っ飛ばされてる皆を他所に、りょうはじみちーな安全速度を確保するのであった。

 崖を抜けると、風が一層強くなる。
 次なる難所が近づいている証だ。
 先のノーザンクロスにて強引な突破を図った結果、真横よりの突風を利用する形を考えたアルネイス(ただ無策に突貫した訳ではないようだ)と、風の扱いに長けていた昴の二騎が先頭集団となる。
 それでも何時までも引き離し続けられないのは、敵も流石にレースに長けた龍達であるせいか。
 ここまで、基本的に予定通りのレースを続けて来た无は、しかし、龍と自身の疲労がかなり重なっていると自覚する。
 それは无だけではないようで、他の龍もそろそろ、疲れが見えはじめてきた。
 そんな所でガツンと立ちはだかるはディープブルー。
 无がレース前に集めた、ともすれば誇張表現としか取りようのない情報の数々は、まったき正しくあったのだ。
 ぬかるみに半身まで浸かりながらすり足で進む感覚。
 吹き降ろす風を突きぬけ、山の尾根を越えて行けというこのコース。
 疲労の溜まって来た今この状態で喰らっては、心を根こそぎへし折られかねない。
「なら、好機でもあるかな」
 どんなに風が強くても、殺意の篭もったアヤカシの群に突っ込むよりは、遙かにマシであろう。
 先行する龍の後ろにでもつければと思っていたのだが、流石にそれを許すような相手達ではないようだ。
 龍の翼の形状を考え上昇下降を繰り返す事で何とか進む力を得られてはいるが、それまでの風が抜けるような感覚に慣れてしまったせいか、まるで空中で静止してしまっているように思える。
 ここを突破するにセオリーは無いようで、他のレース龍達もそれぞれの方法を試みている。
 では、仲間達はどうかと目をやると、昴の動きが一つ抜けていた。
「リョウゲン! ボートタック!」
 コースに対しまっすぐに吹いて来る風。
 これに対し斜め前方へと進む形に進路を取る。
 昴は、風の波をじっと目を凝らして見つめる。
 このまま斜めへと進めばコースアウトしてしまうが、昴は微動だにせぬまま。
 強風の中、一際強い風の塊を抜けた瞬間、叫ぶ。
「タッキング!」
 リョウゲンは首を、そして全身を今度は逆斜め前方へと向け始める。
 風をいっぱいに受け膨らんでいた翼が、一瞬真平行に戻ったかと思うと身じろぎ一つと共に今度は逆側に大きく膨らむ。
 无は思わず我が目を疑ってしまう。
 揚力を失わぬままに、こんな真似をどうやったら出来るのか。
 无はこれを強風の最中やったら失速と共に高度を大きく失うであろうと考えたからこそ、上下の動きにしたというのに。
 騎手は見た目簡単に背に乗っているように見えるが、アレすら、信じられぬ程のバランス感覚を要するはずだ。
 と、後方から迫る影が一つ。
 こちらはもう、意味がわからなかった。
 向かい風なぞ何するものぞと、真っ向から突っ込み、強引ここに極まれりといった勢いでわっさわっさと迫って来るのだ。
 信じられぬ事に、どの龍も苦しそうに見える中、その龍、カズラの鉄葎はむしろこの状況を喜んでいるようではないか。
 このぐらいでなければ飛んでいる気がしない。そうとでも言い出しそうな速度で、何より、この龍は一度壁面に激突しているはずなのに。
 レース龍の中に居た他の甲龍ですら、ここまでの力強さは持ち得ていない。
 ふと、この後ろにつければかなり楽が出来るのでは、そう思い合流コースを取ろうとするが、他の龍に先を越された。
 そこでカズラは、わざと速度を落として見せる。
「バックも好きだけど前からの方が好みなのよね」
 強風の中でそんな真似をすれば、当然失速する。
 それを、バケモノみたいに力強い羽ばたき一つで再加速する鉄葎。
 後ろについた龍には当然真似出来ず、揚力すら失い高度を著しく失ってしまう。これを取り戻すのにはとんでもないスタミナを要するであろう。
 无は頬を一かきした後、ぼそりと呟いた。
「‥‥横着はよくない、という事だね」

 奇妙なもので、このGSDレースにおいて完走者というものはほぼ先頭、もしくは第二集団に属する龍である。
 これは、このレースを完走する為に最も必要なものが他のレースとは違うせいであろう。
 GSDのコースは、龍や騎手の技術を問う為作られているのではなく、難所の全てが、自らの限界に挑ませる為のものなのだ。
 アルネイスは、ディープブルーをようやく抜け、精も根も尽き果てたようにへろっへろとなった自らを叱咤する。
 こここそが、勝負時であると。
 全身が叫ぶ。
 右腕が、もう無理勘弁と。
 左腕が、そんな事したら完走出来んだろ常考と。
 右足が、ここは体力回復に努めるべきだと。
 左足が、鐙踏むのも辛ぇ、このまま乗ってたら落ちるぞおいと。
 胴が、もういいだろコレ、リタイアするべと。
 首が、あそこの救助龍が持ってる水、マジうまそうと。
 かえるが、げこげこげーこと。
 それら全てを心の力で捻じ伏せると、愛龍タノレッドもまた、同じプロセスを経て覚悟を決める。
 風に乗る以上の力を羽ばたきにて生み出し、前を行く一騎、また一騎と次々追い抜いていく。
 そのままロデオステップへと突入するが、アルネイスは止まらない。
 最後の難所なぞ見えぬ、ロデオステップが終わればそこがゴールだとでも言わんばかりの激翔。
 先のディープブルーでぐちゃぐちゃになった順位が、再び順当な形に戻りかけていたのを単身粉砕せんと挑み続ける。
 ヘルゥもまた、ここで動いた者の一人だ。
「ベドウィン秘伝の操龍術、この儀の者に見せてくれるっ」
 口にする事で自らに言い聞かせ、砂塵舞う砂漠を駆ける技を披露する。
 砂漠にて存分に熱せられた大気中を飛ぶ事を常としてきたヘルゥにとっては炎龍ヤークート共々、汗だくの現状がキツクないとは言わないが、だからと折れる程にも感じられなかった。
 右に左にとリズミカルな動きを要求されるロデオステップにて、ヤークートのやたら挑戦的な飛行は時に崖端を弾く程であった。
 しかし、これこそが炎龍の闘志だ。
 ヘルゥは、ヤークートならば力尽きるその寸前まで、鬼のような挑戦を続けてくれる。そう信じられた。
 限界域でも尚そう思える愛龍に対し、普段の態度はこの力あればこそなのかとヤークートへの理解を新たにする。
 鋭く前を見据えるヘルゥ。
 ヤークートの闘志に応えるべく、最適なコース取りとリズムの維持に集中する。
 不思議なもので、すぐ側で相棒が奮闘してくれていると、自身の疲労を僅かにだが忘れられる気がした。

 先頭集団がデスバレーへと突入を開始する。
 第二集団もまた同様にこれへの突入をと構えるのだが、第二集団の皆が皆、後悔の念に駆られてしまう。
 先頭集団の皆が右に左に上に下にとヤケクソな勢いで煽られているのを見て、いっそ知らなければ恐れる心もなかったろうにと皆が思ったものだ。
 前を飛ぶ龍の飛び方を参考に、どうにかこうにかここまでついてこれたりょうは、深呼吸を一つ、二つ、三つ。
 逃げ道も、逃げるつもりもなければ前に進むしかない。
「蒼月、策は無しだ。只々ひたすらに駆け抜けるのみ」
 思い切りの良さで開拓者に敵う者なぞ居はしまい。
 飛び込むなり、右方よりの強風に煽られる。
 対応手を取る前に風向きが変化し、真上からガツンと押し込まれると、追い風に巻かれ左方に流される。
 都度手綱を操り一つ一つの動きに対応する。空でこんな忙しない操作を要求されるのは初めてだ。
 落ち着かぬ挙動はりょうのみならず、他の龍もそうであるので激突の危険もある。
 読めぬ彼らの挙動にも注意を払い、荒れる空を駆け抜ける。
 まるで戦闘の最中にあるような集中を要するこの作業は、りょう当人も気付けなかったのだが、彼女より怪我の痛みを忘れさせてくれたのだった。
 風の最中を抜けるなら、それが空であろうと海であろうと昴にとってはさほどの差は感じられない。
 のだが、流石に、こんな風にはお目にかかった事がない。
 まるで規則性が存在しない、嵐の中ですら、こんな風に囲まれる事は無かろう。
 人為かアヤカシの悪意か、そんな乱風に、しかし昴は目を閉じ耳を澄ます。
 大気が強引に引き裂かれる悲鳴のような声、それらが四方八方より迫り来る。
 昴は理解した。風に合わせるのではなく、風を、あるべき姿にしてやればいいのだと。
 風がそう動きたいだろう向きに、リョウゲンの翼を広げ導いてやる。
「‥‥よし、掴んだ。けど‥‥」
 コレでは進路は風任せ。しかし、より以上の突破方法も難しく、これを強引に突破するのは好ましくない。
 ちらと横を見やる。
 そう、ああいう規格外の龍ならば或いはそれもありかもな、とカズラとその龍鉄葎の雄姿を見守るのだった。
 そのカズラである。
 風になぞ乗ってやらない。
 風は切り裂くものであり、踏みしめる大地であり、頼るは両の翼のみ。
「カナちゃんガンバ! 限界なんて超える為に有る! トンボや弾幕に比べれば楽よ!」
 カナちゃん的にはきっと弾幕のが楽なんだろーなーとか思えるようなすんごい顔をしている。
 風に殺される、そんな戯言が現実となりそうな奇風の中、それでも、カズラと鉄葎はまっすぐにコースを突き抜けていく。
 ロデオステップで先頭集団、それも前の方を確保出来たヘルゥであるが、デスバレーに入った後順位がどうなったかは良くわからない。
 他龍に激突せぬよう、高度を落とさぬよう、壁面に激突せぬよう、必死に手綱を操る。
「横倒しになろうと裏返ろうと、私の道を信じて勢いを殺すなヤークート。ぬしの力を全て引き出して見せるのじゃ!」
 順位も何もない。
 ありったけを振り絞りこの難所を突破する事のみを考え、ヤークートと共に紛う事なき死地を飛ぶ。
 今度はこちら、次はあちらと脈絡なく変化する風に、マハはまるで掘った穴を埋める作業のような果てしない苦痛を連想する。
 そして、リスクの大きさから避けていた手を、実行に移す事に大決定した。
 一般的には、キレたと言うのかもしれない。
 手綱を握ったまま鞍に足をつく。つまり、龍の上に立ったのである。
 暴風が吹き荒れる最中にこんな真似なぞ正気の沙汰ではない。
 然るにマハは、そのままブラインドレスの首を駆け上がり頭部の上まで辿り着くと、あろう事か、片足を振り上げたのだ。
「風ごときが私の前に立ちはだかるでないわ!」
 風の塊を蹴って飛ばす。
 重苦しい衝撃音が響くと、ブラインドレスの全身が吸い寄せられるように前方へと進む。
 マハは、崩震脚の衝撃にて風を砕いて見せたのだ。
 そんな様を燕清は、デスバレーの壁面すれすれを飛行しながら眺めていた。
「‥‥幾らなんでも、あれは真似出来ませんね」
 コースの下見、そしてシミュレーションを繰り返していた燕清は、デスバレー攻略法にも思い至っていた。
 壁面側を飛ぶ事で風の影響を限定する。
 無論微細なコントロールが必要でありリスクもあるが、地面を歩くより確実に速く、最中を抜けるより容易な突破が可能となろう。
 同じ開拓者では、事前下見で何度か顔を合わせた无も同じ手を使っている。
 一瞬二人は目が合い、互いに僅かに笑みを見せる。
 しかし、優勝候補達を出し抜く事は出来ず。彼らもまた同じ手を使っており、龍使いの技量では彼等が上であった。
 无も必死に振り切りにかかるが、豪風の最中では後ろについた彼らを離しにかかる余裕もそうそう持てない。
 と、一番にデスバレーを突破した者が出た。
 第二集団に喰らい付き続け、ロデオステップにて勝負をかけたアルネイスだ。
 心はまだ折れていない。
 しかし、早めのスパートによる代償は色濃くその全身に顕れている。
 後に続くようにデスバレー突破者達が、次々とスパートをかける。
 開拓者達もまた、最後の力を振り絞りゴールを目指した。



 GSDレース主催陣は、今回のレースを振り返る。
「流石に表彰台は無理があったか、しかし‥‥」
「ええ、呼んだ甲斐はありましたよ。レーサー達は荒れたレースだったとぼやいていましたが」
「余力を残してのゴールなぞ私は断じて認めん。やはりGSDレースはこうでなくてはな」
 死屍累々な有様でゴール地点に転がる完走者を眺めながら、彼は満足気に頷くのであった。