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■オープニング本文 「忠臣は二君に仕えず」とは、鈴鹿という氏族を語るに最も有名な言葉である。 しかし、北條一派である犬神一族の中には、融通も応用も利かなすぎる役に立たぬ愚か者達、と蔑む者も居る。 幽遠(ゆうえん)もその内の一人であり、特に開拓者として二足の草鞋を履く身から見て、彼等の姿が奇異に映るのも止むを得なかろう。 とりたてて接点も無い一族であるし、仕事上だけであるのなら、付き合いがあってもさして問題はあるまい。 その程度に考えていたのだが、どうやら彼は認識を改める必要があるようだ。 「幽遠殿! どちらに参られるのですかっ!」 まるっきり犬そのものだと、率直な感想を述べる幽遠。 シノビとしてそれなりに鍛えている幽遠は、当然身の軽さを維持したままであるが、ハタ目に見てもいかめつい体つきをしている。 対して目の前で膝を突く女、そう鈴鹿の一族であるという女シノビは、驚く程に華奢な体をしている。 「犬? でありますか?」 「何でもない。それより、何で一々俺がお前に行き先を報告しなければならんのだ」 女シノビは無駄に育った胸をどんと力強く叩く。 「無論幽遠殿をお守りする為でございます! このアヤメめにお任せいただければどのような難敵であろうとたちどころに粉砕してご覧に入れましょうぞ!」 アヤメと名乗る女シノビが幽遠に付きまとうようになってこれで一週間が経つ。 任務が競合し、結局幽遠が見事アヤメを出し抜いて目標の商人から帳簿を盗み出す事に成功したのだが、この時何をどう間違ったのか、アヤメは幽遠に尊敬のまなざしを向けながら貴方こそ我が主君です! などと喚き出したのである。 任務自体は既に終わってしまっているし、そんな真似をしてアヤメにどんな得があるのかあるで理解出来ない。 してやられた相手への復讐、という線が一番強いと思われたが、そんな超が付く程個人的な理由で、鈴鹿が最も大切にする主君という言葉を出すものであろうか。 いやまあ、同じシノビ、それも幽遠のようにさして高い地位にいるでもないシノビを指して主君だなどと抜かす方が余程変ではあるが。 元々顔見知り程度には見知った相手であったし、彼女は開拓者ギルドに登録したばかりという事で、何度かギルドのことを尋ねられた事もある。 なのでつい、任務の最中にありながら、足を踏み外し怪我をしかけたアヤメを助けるような真似をしてしまったのがいけなかったのかもしれない。 昔から非情さが足りないと言われて来たが、まさかこんな形でそれが祟るとは、と幽遠は頭を抱える。 彼女はそれなりに優秀なシノビであるし、とても、その、魅力的だとも思うが、それ故に、そんな見え透いたアホな手に引っかかるのも馬鹿馬鹿しい話だ。 つい先日、他氏族への乗っ取りを仕掛けた犬神の一族であるから、これは何らかの陰謀だろうと考えるのが妥当である。 当然幽遠もそう考えたのだが、決定的な証拠が見つけられず対応に困っている。 理由もはっきりせぬ内に斬り殺すような真似も出来ないのだ。 アヤメは、無論こんな幽遠の立場も良く理解していた。 だからこそ信頼を得るにはひたすらに尽くす以外無いと信じたのだが、幽遠から常時向けられる猜疑の視線は、彼女の図太いながらも所々繊細っぽい神経をさくさくーっと傷つけていた。 「らってぇー、ほかにろーしろってのよぉ‥‥わ、わらしだって、がんばるしかないのわかってるけろぉ……」 飲み屋で酔っ払いながらクダを巻くアヤメ。 どうしても信じてもらえぬ悔しさを、同じ鈴鹿一族の同僚にぶちまける。 主君というものに対する鈴鹿独特の考え方もわかる同僚さんであったが、流石に打つ手は無いのか両手を大きく開く。 「気持ちはわかるけど、流石に今は無理でしょ‥‥犬神の乗っ取り仕掛けは陰殻中の注目の的よ。それとほとんど似たような状況でーってのは、嫌がらせと思われても仕方ないかなーって」 「うわーん、ばかーばかー、あんなどーでもいい仕合なんかより私のほーがずーっと前から好きだったのにー」 つまり、アヤメは、幽遠に惚れていたのだ。 一目惚れに近かったらしい。何とか所属他を調べ上げ、開拓者をやってると聞いて即座に登録し、仕事がぶつかるように調整してきちっとした出会いを演出した後で主君として仕えると言い出せば、アヤメは鈴鹿の出でもあるし、側に居させてもらえるだろうと考えたのである。 一生尽くすという意味では連れ合いも主君も一緒だー、と無理矢理話をこじつけこの暴挙に至ったのであるが、何せ間が悪すぎた。 同僚は、半ば諦めながら最後の忠告をする。 「どうせ犬神のシノビを主君と仰ぐんなら鈴鹿は抜けないとマズイでしょ。だったらエライさんに睨まれても今更だし、いっそ開拓者にでも相談してみたら? こういうトラブル得意な人も居るって聞いたわよ」 同僚はお猪口をくいっと傾ける。 「主君、って言葉出しちゃったんだしもう引っ込みなんてつかないんだから。行く所まで行っちゃいなさい。心の中でなら幾らでも応援しててあげるわよ」 半べそかいてるアヤメは、ぐしっと涙を拭う。 「‥‥わかった‥‥がんばるっ」 |
■参加者一覧
氷(ia1083)
29歳・男・陰
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
黎阿(ia5303)
18歳・女・巫
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
アーリエ・ベルゲン(ia9089)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 いつの世も、恋に悩む人は数知れず。 そんな愛の迷い人に「愛と正義と真実の使者」は救いの手をさっと差し伸べる。 「まろに任せれば皆幸せになれるでおじゃるよ‥‥」 そう言って飲み屋に現れた詐欺マン(ia6851)は、席に座って待っていたアヤメの前の席につく。 へへーっと平伏するアヤメ。 「何卒、何卒この苦境を救う妙案をご教授くださいませ〜」 黎阿(ia5303)も苦笑しながら椅子に腰掛ける。 「黎阿よ、よろしく。もっとも聞いただけで即解決なんて都合の良い方法は無いけどね。で、いったいどういう話なの?」 烏龍茶を店員に頼んだ奏音(ia5213)は、お品書きを見ながら食べ物をどうするか思案中。 「えっと‥‥奏音は〜つくね〜‥‥です。よろしく〜おねがい〜いたしま〜す〜」 一緒になってアーリエ・ベルゲン(ia9089)も注文を済ませる。 「あ、待った奏音。私も‥‥うーん、この時期だしやっぱ鍋、かぁ。いいやメンドクセエ、焼き鳥上から順に全部持ってきてくれ」 詐欺マンが速攻口を挟む。 「まろはたこわさびを所望するでおじゃるっ! で、だな、良いかアヤメ殿、そもそも恋愛とは‥‥」 水津(ia2177)はというと、隣に座る斉藤晃(ia3071)に確認するように問う。 「こんなんでいいんでしょうか‥‥あ、私は梅茶漬けで」 「ガッハハ、細かい事は気にすんなや。それとご飯ものは早すぎや、わしの頼んだたこ焼きでも食って我慢しとき」 「ヤです。そんな重いもの食べたら太るじゃないですか」 「むしろお前は出るべき所が出て無いんやからもっと食ってアヤメって子みたいに‥‥はうあっ!?」 脛を蹴り飛ばされた模様。 こうして、大層賑やかな恋愛相談は始まったのである。 「ふんふん、それで貴女はどうしたのよ?」 黎阿は適度に緩めた頬でアヤメを見返す。 シノビという職の持つ印象からかけ離れた情熱を感じさせるアヤメの話を、黎阿はとても気に入っていた。 初めての出会いから、もう何度も彼女の頭で繰り返されたであろう彼との会話や、知るにつれ胸が高鳴った彼の優しさなどをアヤメは飽きもせずいつまでも語る。 話下手ではないのだろうけど、伝えたい事が大きすぎてどうしても表現しきれぬもどかしさに、にやけながらもあーもうっ、と文句を言うさまも可愛らしい。 聞いてるこっちが恥ずかしくなると、アーリエは鼻の頭を指でゆっくりとなぞる。 「あーメンドクセエなぁ、そんなに好きなら好きって言っちまえばいいのによ」 「それが出来れば苦労は無いわよおおおおおおおおおおお!」 魂の慟哭が返ってきた。 「はいはい。でもよぉ、どんな事も言わなきゃ伝わんねえってもんだぜ」 ぐっと口ごもるアヤメに、奏音がにこっと笑いながらつくねを差し出す。 「はい〜っ、おいしい、ですよ〜」 いきなりの事にアヤメが反応し損ねていると、奏音は更に笑みを深くしアヤメの口元までつくねを持っていってやる。 「おいしい、ですよ〜。だから、うーって怖い顔じゃなくて、にこーって嬉しい顔になれます〜」 意図を察したアヤメはあーんと一くわえ。確かに、タレが利いていてとてもおいしい。 「あははっ、ほら〜、にこ〜ってなりました〜」 水津はこれまでに聞いた幽遠の話から、彼の人物像を脳裏に作り上げ、如何に対処すべきかを考えている。 「うーん、アヤメさんのお話を聞く限りでは、随分と情に厚いところがあるようにお見受けしますが‥‥」 がばっと会話にくいつくアヤメ。 「そうなの! 任務中にも関わらず敵方の私助けちゃうとかもうかっこ良くて優しいの〜〜〜!」 何というか、彼女達は既に十年来の友人のごとく、である。 少し離れた場所で、詐欺マンは口元を扇子で覆いながら隣の大男に語る。 「やはり女性同士にしておくと話が弾むでおじゃるな、斉藤殿」 「みたいやな。んじゃわしはちょっくら出かけてくるわ」 「おや、どちらへ?」 「まずは犬神一族の掟やらを知らなきゃ話にならんやろ」 「なるほど。ではまろは何処か雰囲気の良い場所を探すとするでおじゃるかな」 ひょいっと顔を出して来たのはアーリエだ。 「おっ、そいつは奇遇だな詐欺マン。私もちょうど二人にとって縁のある場所ってのを聞き出したんで、下見に行って来ようかとおもっててな」 晃が要を得ぬ顔をすると、詐欺マンは扇子を口に当てながら上品に笑う。 「やはり最後は告白せねば収まるまい。ならば、長く思い出に残るであろうその場の選択も重要でおじゃろう」 三人が店を出た後も、女同士の姦しい話は続く。 いやもういい加減勘弁してくれと思う程に。流石に年頃の女の子に恋話とかエサが大きすぎたか。 黎阿なぞはもう完璧にアヤメの味方になっている。やはり女の子同士思う所も似るのであろう。 水津はどうすべきかの考えはまとまったのだが、何しろ気持ちが痛い程わかるだけに、それを口にする間が難しい。 そこで、奏音がゆっくりとした彼女独特の調子で、アヤメに語り始める。 「奏音は〜、にゃんこさんが〜、だ〜いすきなの〜♪ だから〜いっつも〜、だ〜いすき〜っていって〜「ぎゅぅ〜♪」って〜だっこして〜あげるの〜♪」 彼女独特の表現手法、これを理解出来る程度には言葉を交わしていたアヤメ、黎阿、水津の三人は、この言葉だけで奏音の言いたい事を察した。 水津が言葉を続ける。 「うん、奏音さんの言う通りですよ。私としてはアヤメさんが何処までの覚悟を見せるのかが鍵だと思っていますですよ‥‥今までの自分を捨て背水の陣で臨む事をお勧めするだけですね‥‥」 ソレ、を言葉にするのにも勇気が居る。 アヤメは少し震えながら、ちらっと黎阿を見る。 黎阿は彼女が安心出来るよう、自信を持って言葉に出来るよう、そんな笑顔が出来るよう、優しくアヤメに微笑みかけた。 「‥‥わ、わかりましたっ。こ、ここここ、こくっ‥‥こくはく、しま、すっ!」 今回の共同依頼人となっているアヤメの友人である鈴鹿のシノビと斉藤晃は連絡を取った。 すぐに会えるという事なので、開拓者ギルドにて待つとほどなく彼女は現れる。 鈴鹿を抜けるにはどうすればいいか、犬神に仕えるしきたりのようなものはあるのか、等色々と聞くべきことがあったのだ。 すると彼女は、片眉を器用にうねらせる。 「それがねぇ、直近の上司に聞いてみたのよ私。そしたら『別に朝廷に逆らう訳でなし、鈴鹿のままでもよくね?』だって。困ったわねぇ‥‥」 「‥‥か、軽いのぉ。それでええんかいシノビ社会」 「犬神って今敵が多いから、上司がそう言って引き止めるのもわからないでもないのよね。ほら、アヤメは鈴鹿って事にしとけば他所からちょっかいかけられた時も鈴鹿とケンカする気が無いんなら、あの子と主様だけでも生き残る目はあるかもしれないし」 「そう都合良くいくか? どの道それでは幽遠も犬神も納得はせんやろ」 「よねぇ」 ほふぅと嘆息する女シノビ。 晃は正式に鈴鹿を抜ける手続きを進めるよう依頼(もちろんアヤメの確認を取ってからだが)し、また犬神の元へ嫁ぐのに必要な処置を同時に進めておくよう指示する。 抜けるのは絶縁状を回せばいいとの事。もちろん即座に犬神の庇護が得られぬ場合、アヤメは極めて危険な立場に陥る事となろうが。 「本来はもっと祝福される事なのよ。自分が生涯賭けて忠節を尽くす相手が見つかったんだもの、私達鈴鹿の人間がそれを喜ばないはずないわ。それも朝廷の敵なんかじゃない同じシノビっていうんなら相手の理解も得やすいはずだし。そりゃ立場とか体面は色々あるけど、心情的にはみんなアヤメの味方なんだと思う」 掟に反するのなら地獄もかくやという所業が待ち受けているので薄ら寒い印象しかシノビには無かったが、そうでないのならシノビもまた人間であるのだろうと晃は一人納得する。 犬神も今は時期が時期なだけにぴりぴりしているが、本来は他所の里に嫁を出す程交流に理解のある一族だったはずなのだ。 「掟にも反しない、感情的にも双方に味方してもらえる余地はある。なら後は当人達の情熱次第だと思うのよ」 詐欺マンとアーリエは、一年前に初めてアヤメが幽遠と会話を交わしたという思い出の場所に来ていた。 鈴鹿の里と犬神の里の位置関係や、他諸々の問題を解決出来る素晴らしい立地条件である事も確認済みだ。 「‥‥これはヒドイでおじゃるな」 「うわぁ‥‥見る影もねえってなこの事だろ」 木の葉も落ちきり寒々しい巨木の側、薄茶色の下生えが淡く大地を覆い、どんよりと曇った空の灰色が重苦しくのしかかってくる。 当時は雪が降っていたらしい。それだけでこうまで印象が違うのかと二人は同時にため息をついた。 「なあ詐欺マン。あの木の枝から垂れてる縄って何なんだ?」 「むむ? ふむ、先が輪になっておるし‥‥あの縄目だと、輪の中に何かを入れて下に引っ張ればぎゅっと締まる造りでおじゃるな」 とことこと一人の男が木に歩み寄って来た。男は持ってきた台の上に乗り、縄に首をかける。 「さあ、死のうか」 さらっと抜かして台からえいやっと飛び降りようとする。 「やめんかあああああああああ!」 「ままま待つでおじゃるうううううう!」 半刻後、ようやく落ち着いた男を里に叩き返す。これから告白しようって場所で自殺などされてたまるかと。 「アーリエ殿! 暴れ馬でおじゃるうううううう!」 口から涎を滴らせた馬がものすごい勢いで走り寄ってきた。もう一直線に木をへし折らんばかりの勢いで。 「ふざけんなあああああああ! 何でこんなのがいきなり出てくんだああああああああ!」 強力の技を用いて力づくでこれを受け止めるアーリエ。 今度は上空から竜が降り立ってきた。 「はっはっは、こらこらりゅーちゃん。こんな所で野○ソとか下品だぞー」 「朋友の下の世話は飼い主の責務でおじゃろううううう!」 水遁の術で軽く追い返しておく。 二人は、結局告白寸前までこの場を守るハメになった。 「‥‥なあ二人の仲を妨害しようって奴の策略って線はどうよ?」 「‥‥まろもシノビでおじゃる。そのまろの目からみても全部コレ偶然にしか見えぬでおじゃるよ‥‥世界は二人がキライなのでおじゃるか」 流石詐欺マンだ! 下生えぐらいしかない見通しは結構いいはずのこの場所に、きっちり隠れて監視できる場所を作っちまってるぜ! 開拓者六人とアヤメの友人である女シノビの計七人は、詐欺マンがアーリエに手伝わせて作った超イカス物陰に隠れて木の下で待つアヤメを見守って(でばがめして)いた。 「来たっ、来ましたよ。うわー、結構かっこいいかもです」 水津が黄色い声をあげると、晃もうーむと唸る。 「なかなかに鍛え抜かれているな。細っこいだけの軟弱シノビとは違うようだし、肉づきの良いアヤメにはああいった逞しい男が似合うであろう」 言下の意味を察したのか、水津の声の調子が二つ三つ低くなる。 「‥‥何故こっちを見て言うんですか」 「いや、やはり子供では大人の色香にはかてん‥‥おうちっ!」 このおっさん、余計な言葉を口にするのが癖らしい。 まるで自分が告白するみたいに頬が上気している黎阿。 「最初が肝心よぉ頑張って‥‥ってあー、世間話に逃げちゃ駄目だって〜。いきなり核心行かないとっ」 奏音もはらはらしながら見守っている。 「大好きって、言えたら〜‥‥いい子いい子してあげるの〜‥‥だから、頑張って〜」 詐欺マンはぱんっと扇を開く。 「頃合は今っ、さあ踏み込むでおじゃるっ」 アーリエはぐっと拳を握り締める。 「よしっ、良く言った。後は向こうの反応次第だが‥‥ってうっわ、あの男ヘタれやがった。馬鹿っ、アヤメお前も一緒になって逃げ打つんじゃねえっ」 「あ〜〜っ‥‥頑張る、の〜‥‥話逸らしちゃダメなの〜」 「おっ、持ち直したんか? しっかし見ているだけて、落ち着かへんもんやな」 「だからって口出せる場面じゃありません。おおおっ、幽遠さんも頑張りますかっ。そうです、それでこそ男の子っ」 「アヤメ殿、今こそ一息に一線を踏み越える時でおじゃるっ。さあっ、さあっ、さあっ」 「っだー、やっぱダメだあの男。そこまで行ったんなら接吻の一つや二つやってみせろっての。何だあの背中に回そうとして、でも触れるのが怖いからわにわにしてる手は」 以上、六人による告白風景の実況でした。最後まで沈黙を守ったのはアヤメの友人である女シノビだけであるが、彼女も別に思いやりからそうしていたのではなく、二人の発言を一字一句余す所なく、記録に収めていたからであった。後で嫌がらせに使うつもりらしい。 こうしてアヤメは幽遠と共にある事になった。 水津は、後は時間が少しづつ問題を解決してくれるだろうと言っていた。 それもはにかみながら手をつなぐ二人の様子を見れば、何とかやっていけるだろうと感じられた。 終わってみれば呆気ない話であるが、一緒になってどうすべきか騒いできた皆は、アヤメと同じようにエラク苦労した記憶しか残っていない。 同時に、うまくいった喜びを共有出来てもいるので、悪い気はしないのだが。 「また一つ、愛がここに‥‥」 |