戦狂い
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/20 17:56



■オープニング本文

 ジルベリアは広い。
 例えばジェレゾ、皇帝の住まう都での治安は、他所とは比べ物にならぬ程良い。
 より正確には、凶暴な悪が育つ前に、その根を絶しうるという意味だ。
 手間と時間さえかければ、治安側は全ての場所に目が届く。
 その手間と時間の分に、悪党の生きる猶予がある。
 そして、治安の中心より距離が開けば開くほど、かかる手間と時間は大きくなっていく。
 ならば外敵の存在しない国境付近の都市に必要な手間と時間は、悪党の生きる猶予は、どれほどになっているのであろうか。

「君の言いたい事はつまり、これ以上の騒ぎは君達にとって都合が悪い、そういう事でいいのか?」
 面子やら土地柄やらと延々並べ立てていた男は、テーブルの前に座る細身の男の言葉に眉根を寄せる。
「てめぇらのやり口が常識を知らなすぎだって言ってんだよ。衛兵敵に回した挙句、他所から増援呼ばれたら俺等なんざ一瞬で潰されちまうぞ」
 細身の男は、深く深く、葉巻を吸い込む。
「街道を絶てばいい、問題はあるまい」
「ふざけるな! 誰がそこまでやれって言った! 頭のアーリーだけぶち殺せば済む話じゃねえか!」
 細身の男、プッチは葉巻から口を離し、俯き笑う。
「‥‥君は大いなる勘違いをしているようだ」
「あん?」
「我々は殺し屋ではないし、盗賊団でもない。だから、敵対する者が居たとして、彼等から妥協を引き出せればそれで良し、とは思わない」
 プッチは椅子より身を乗り出し、男の前に顔を突き出す。
「敵は全て、微塵も残さず粉砕する。それがマフィアであろうと衛兵であろうと軍隊であろうとやる事は一緒だ。敵を殲滅する為に必要な事を為す、ただそれだけだ」
 そして、と踵を返す。
「どうやら君は、その為の障害となりうるようだな」
 男の背後に控えていた十人が色めき立つが、プッチの後ろに控えていた二人が即座に動き、まず男を、そして残る十人を次々斬り殺していく。
「衛兵を全て殺したとて、それでも町は回ると理解すれば、町人は好んで危険なぞは犯さぬものだぞ」

 住人の規模が千に届くかどうかといった町にある、とあるマフィア組織。
 起こった跡目争いにおける不利を一撃で覆そうと、男は悪名高き『血塗れのプッチ』を招いたのだ。
 充分な報酬を約束し、いざ動いてもらった所、敵であるアーリーの配下を駆けつけた衛兵ごとブチ殺してくれたのだ。
 怒り抗議した男はその席で殺され、その夜の内に組織の目ぼしい者は全て死に絶えた。
 元よりプッチは、依頼を受け、町の規模、位置、衛兵の数を確認した所で、町全てを支配するつもりであったのだ。
 マフィア組織の中で従順であった者を率い、目立つ衛兵を処理し、町の有力者を黙らせ、逆らう者への見せしめを存分に提示してやると、結構な規模であるにも関わらず、町はプッチの手に落ちた。
 例え千の人間が居ようとも、戦う覚悟をそもそも持たぬ者が命を賭け団結するには、時間と自らに及ぶ被害が足りなかったのだ。

 報せを受け近くの街から五十の兵が直ちに派遣されたが、プッチと六人の部下がこれを完膚なきまでに駆逐する。
 綺麗に落とした五十の首を、ずるずると引きずり町を練り歩く彼等を見て、最早表だって逆らおうとする者は居なくなった。

「プッチ隊長。盗賊でも殺し屋でもないとなると、我々は一体何なのでしょうか。傭兵団、というのも違いますし」
「俺にもわからん。何か良い名前ないか?」
 律儀な部下が順に候補を挙げる。
「強盗団」「今一」
「殺人隊」「そんなに人殺したきゃそこらの町人でも殺して来い」
「超マフィア」「エライ頭悪そうだな」
「幼女に踏みしだかれ隊」「それはお前だけだ」
「悪夢の町」「誰がタイトル付けろと言った」
 最初に問うた部下が、嘆息しながら言った。
「‥‥そんな事より、次辺り、確実にこちらを潰せる戦力揃えて来ますよ」
 プッチは肩をすくめて笑った。
「どうかな。町がこの調子なら、案外良い勝負出来ると思うが」
 極めて従順になった町人は、命じれば陣地櫓の作成ぐらいやってくれそうであった。



 五十の兵を派遣した近くの町には、出来立てほやほやの開拓者ギルドがあった。
 その係員は、頬をかきながら書類に目をやる。
「血塗れのプッチ、逃亡時は部下十人と聞いていたが‥‥あんな生き方をしてれば減るのも当然か。さて、どうしたものか‥‥」
 プッチは元々ジルベリア側についていた傭兵団の団長であったのだが、全土より戦の気配が減ってくると、今度は何くれとなく理由をつけて戦に関わろうとしだした。
 それは反乱軍につく事であったり、アヤカシ退治に集まった軍を襲う事であったり、とにかく、戦をし続けたのだ。
 結果、百人近く居た部下は最早一桁まで減り、後は何処かへ消え去るのみと思われていたのだが、彼は、何処までも戦を続けるつもりであるようだ。
「戦のプロ相手に戦しちゃ、損害が増すばかりだな。ここは一つ、ケンカでお相手するとしようか」
 精鋭揃いのプッチ一党に、数で対抗するのではなく、同じく質で勝負する。
 シノビを三人雇い町へと潜入させ、敵幹部が一同に介している所を狙い、町人を人質に取る余地すら与えず倒す。
 舞台は屋内、戦術も何も用いる余地が無いままに、個人戦闘にてケリをつける腹づもりだ。
 最後に係員は町のある方を見て呟いた。
「常識じゃ考えられないようなのが居ますね、ジルベリアって土地は」


 ジルベリアは広い。
 プッチのような者がここまで存在する事を許す程に、広い土地なのであった。



■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
アルクトゥルス(ib0016
20歳・女・騎
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
高崎・朱音(ib5430
10歳・女・砲


■リプレイ本文

 劉 星晶(ib3478)はデメトリオの剣閃をその間合いから大きく飛び下がる事でかわすと、戦闘継続の意志が薄いのか、即座に踵を返す。
 小首を傾げるデメトリオは、ならばと別所の戦闘に加わろうと他所の音を伺う。
 デメトリオが咄嗟に首元に刀を引くと、一足ではとても届かぬ距離を瞬く間に詰めた星晶の苦無を防ぐ。
 刀と苦無の重量差のありすぎる鍔競りは、近すぎる間合いにより刀の優位性を奪うも、尚純粋な力比べではデメトリオが上だ。
 戦闘中だというのに、ぼへーっとした印象しか受けぬデメトリオに、星晶は鍔競りの最中に声をかける。
「ほら、笑って笑って。笑っていれば‥‥命が終わるその時も、怖くありませんよ?」
 そう言い終わるや否や、星晶の影が伸びデメトリオを縛る。
 それでも、デメトリオは無表情を崩さぬまま。
 上体を後ろに倒しつつ、膝蹴りを星晶に見舞い、距離を開かせる。
 刀の間合いとなるや星晶は僅かな躊躇もなく、踏み込んだ勢いそのままに後退し大きく距離を取る。
 じっと星晶を見つめるデメトリオ。星晶は二の腕に走った赤い筋に手を添わし、ついた雫をゆっくりと口元へと運ぶ。
「ふふ‥‥楽しいですね」
 デメトリオは小首を傾げた後、星晶に背を向け走り出す。
 あからさまな形で苦無投擲は無視し、瞬足の踏み込みを誘う動きであろう。
 それとわかっていながら、星晶はデメトリオへと飛び込む。
 振り返るデメトリオより僅かに星晶が早い。それでも、デメトリオにとっては想定内。
 星晶の刃では深い傷は負わぬと確信あってこその行動だ。
 しかし、突きたてられた苦無を見てデメトリオは初めて表情を崩した。
「ね、楽しいでしょう」
 星晶はデメトリオの鎧の隙間を見事に刺し貫いていたのだ。
「ですから、そうつれない真似をせず。もう少しお付き合い頂きますよ」


 奇襲の初撃でパオロを部屋より外に蹴り出した風雅 哲心(ia0135)は、彼の後を追いながら刀を抜き放つ。
 集団で動かれるのは厄介であると、不意打ちで痛撃を与えるより分散させる事を優先したのだ。
 哲心が片手持ちに刀で斬りつけると、パオロは奇襲にも関わらず落ち着いた所作でこれを捌く。
 一合打ち合っただけで哲心は理解する。
 コレは、容易ならざる敵であると。
 剣先を翻し、パオロの首元を狙うも、惚れ惚れするほど完璧な形で受け止められる。
 その上、逆手より抜いたもう一刀にも反応してくるのだから、最早言う事はない。
 それでも、哲心の次の一手は読み得なかった。
「その隙が命取りだ。‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――アークブラスト!」
 突き出した短剣より稲光が走り、パオロの胴を貫いたのだ。
 これで戦いの主導権は握った、そう確信出来る一撃であったのだが、パオロはそれでも崩れなかった。
 剣術ではパオロに分がある。そうわかってしまうのは剛腹極まりないが、こちらの術を防ぐ術が奴にはない。
 ジルベリア広しといえど、剣と魔術を組み合わせ接近戦を行なう者なぞそうはいまい。
 パオロも出来うる限りの対応をしているが、突如加速し、雷術を放つ剣士なぞとどう戦えばいいのかなど、即座に答えが出るはずもない。
 敢えて脱力し、柳のようにふらりと揺れた姿勢で刀をかわし、術の基点である短剣を翳す。
 パオロは損害構わず術により隙の出来るであろう哲心へと剣を振り上げる。
 それこそが、哲心の誘いであると気付かぬまま。
「これで終わりだ。すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」
 本命の刀がパオロ振るう剣ごと彼を両断する。
 絶命した彼を見下ろし、哲心は一人ごちた。
「本職でない分威力は落ちるが、まぁ十分か。さて、大将を落としに行くかな」


 レオの小手打ちに対し、鬼灯 恵那(ia6686)は咄嗟に片手のみを剣から離してかわす。
 構えの浅さから急所ではなく四肢を狙っていると予想していなければ、外すのも難しい速さであった。
 この一撃で恵那は、不用意に踏み込む事が出来なくなる。
 恵那は前に出した足で深く大地を踏みしめ、両肩を僅かに揺する。
 これより踏み込むぞというフェイントなのだが、レオはこのフェイントに一拍置いてから反応する。
 大きく開いた両足が大地にぺたりと寝そべる程深く地に沈み、上体をこれでもかというほど倒し剣先は恵那の前足へ。
 恵那は、どうするかなどと考えなかった。
 足裏で剣を止め抑え、レオを飛び越えながら後ろに抜ける。
 もし上に跳んでいたのなら、レオは跳ね上がるように飛び起きながら斬り上げていただろう。
 後ろに避けても、レオの強靭な足腰はかの体勢からの追撃を可能とする。
 刀で止めるはそもそも恵那の、レオと比してより高い重心位置では刀ごと片足を持っていかれるのがオチだ。
 恵那は、彼を類稀なる強敵と認めた。
 両手に持った刀をだらりと下ろす恵那。
 下段構えに見えるが、熟練者ならばすぐそれとわかる。これは構えなどではなくただ単に下ろしているだけだ。
 その位置から、ゆっくり、ゆっくりと刀が突き上がっていく。
 いや、集中しきったレオの意識がこれを緩慢な動作と受け取っているだけであり、実際は、レオが対応しきれぬ程の速さだ。
 辛うじて、剣先を逸らし肩を抉られるだけで済んだレオだったが、恵那はそこで剣質を変化させる。
 意を極限まで薄めた先の剣ではなく、津波のように押し寄せる殺意の一撃。
 刀身から伝わる充分な感触を確認した恵那は、最早レオには目もくれず、援護に現れたマフィア達を見てにこりと微笑んだ。
「せっかくだから一緒に片付けちゃおう♪」


 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、洒落にならない強さの二人を相手に、危機に晒される我が身とはまるで別の事を考えていた。
『こ奴等がアヤカシとの戦いに身を投じたならどれだけ心強かったであろう‥‥』
 実際の所、そんな事考えてる余裕なぞないのだが。
「幼女騎士とか俺得すぎて死ねる、何このぱらいそ。おい! そこの砲術幼女! 俺の仲間を撃つんじゃねえ! 撃つんなら俺を撃てい!」
 などと寝言をほざきながらガスパロの斧がリンスガルトを打ち据える。
 受けたリンスガルトの長斧が弾かれそうになった所で、ジュリアーノの長剣が脇より突きこまれる。
 長斧の柄で外そうと狙うも、すり抜けるようにリンスガルトに突き刺さる。
 高崎・朱音(ib5430)は彼の望み通りというわけではないが、追撃を防ぐ意味でガスパロに銃弾をぶちこむ。
 しかし流石に騎士だけあって、装甲の厚さは折り紙つきだ。
 そこでふと、ジュリアーノが剣を止める。
「おい、お前等。一つ聞かせろ」
 一呼吸置かせてくれるというなら有り難い話なので、朱音とリンスガルトも警戒しながら動きを止める。
「何故に小銭を落とすんだ?」
 朱音はしたり顔で頷く。
「うむ、汝が金に目が無いと聞いてな」
「斬り合いの最中でんな事気にする奴がいるかあああああああああ!」
 凄い勢いで怒鳴るジュリアーノであったが、同時に、屋敷の壁が大きな音を立て吹っ飛んだ。
「さっきから銭の音鳴らしとるんわここかーーーーーー!」
 吹っ飛ばされ転がるトマーゾは、ガスパロ、ジュリアーノの側で険しい顔のまま剣を構える。
 そして壁に空いた大穴から、天津疾也(ia0019)が姿を現した。
「っだー! 気になってしゃあないやんか!」
 朱音とリンスガルトが声を揃えてお返事。
『汝がかかってどうする』
 ともかく、銭が落ちた場所はここと確認出来た疾也は、なら後で拾えばおけと集中を取り戻す。
 リンスガルトは敵に対する以上に冷めた視線を疾也に送った。
「‥‥嬉々として他人の物を盗もうとするでない」
「細かい事は気にするんやない」
 その視線は俺のモノだクソがとガスパロが疾也に襲い掛かると、三対三の戦いが始まる。
 戦力的にも妙にバランスが取れてしまったこの戦闘の均衡を、崩したのは朱音であった。
 疾也とリンスガルトで三人を抑え、朱音が後方より射抜く形であったのだが、長銃を放った後に弾込めを始めるフリを見せた直後、朱音は自ら前線へと飛び込んだ。
 ちょうど疾也の影となっている所より、ジュリアーノの眼前に突如現れ、飛び後ろ回し蹴りを。
 もちろん砲術士である彼女が狙うは蹴りなどではない。
 ジュリアーノの首に内腿を引っ掛け巻き込むようにすると、さしもの彼も朱音の体重を支えきれず転倒する。
 首には足が乗り、尻で武器持つ腕を踏みつけ、抜いた短銃は彼の額に。
 着地後の姿勢を考えていた朱音と、堪える事に力を注いでいたジュリアーノの差が、この致命的な体勢に現れていた。
「これでも一応近接戦の術は考えておるのでの」
 不意打ちでもなくば当たらぬ技だが、なればこそ、不意打ち足り得るのだろう。

 朱音の銃弾がガスパロの胸部を強打し、大きく仰け反るのに合わせリンスガルトは既に振りかぶってあった鉤薙斧を横薙ぎに一閃する。
 彼女とは以前共に戦闘を行なった事があり、攻撃の間に合わせるのも言う程難しい作業ではなかったのだ。
 鉤爪にて足を捉えると、勢いそのまま手前に引き上げる。
 片足が腰の上にまで跳ね上がったガスパロは、何くそと転倒を堪える。
「ええい耐えるでないわっ!」
 リンスガルトは鉤薙斧を片手に持ち、先端を後ろに置いてくるような形でガスパロの上半身に飛び蹴りをくれてやる。
 これがトドメになりガスパロはひっくり返ってしまう。
 間髪入れず、鉤薙斧を肩越しに振り上げ、その重量をも用い、ひっくり返ったガスパロにありったけのフルスイングを叩き込んでやるのだった。

 疾也はすっとぼけた言動とは裏腹に、剣術において一党の中でも二番手の男であるトマーゾを圧倒する。
 重装甲の利がトマーゾにあれど、手数も、威力も、剣捌きも、全てにおいて優れている疾也を相手に、むしろトマーゾは良くやっていると言えるだろう。
 それでもトマーゾ得意の複数戦での立ち回りをさせてもらえないのは、現状においては致命的と言える。
 トマーゾの剛剣が真横より疾也に迫るが、疾也が刃を痛めぬよう背を向け引っ掛けるように頭上を回すと、トマーゾの剣は魔法のように疾也を避ける。
 そして疾也の剣はトマーゾの腕を流れるように斬り裂く。
 体勢の悪さに後退するトマーゾに追いすがり片手平突き。
 急所を避けたトマーゾも見事であったが、肩口に刺さった状態より疾也は更なる一斬を。
 ハタ目にはトマーゾの体を通り抜けたようにしか見えぬ一撃は、トマーゾの鎧接合部を崩しながら振り切った神域の技術であった。
 逆側の脇の下まで振りぬかれた刀を引くと、トマーゾはどうっと倒れ伏すのであった。

「‥‥何や幸せそーに見えるんは俺の目の錯覚か?」
 戦闘後、残ったガスパロ相手にさんざっぱら好き放題ふりーだむわーるどを展開していた朱音とリンスガルトにそんな事を言ってみる疾也。
 リンスガルトは戦闘(と呼んでいいものか判断に迷うが)により乱れた衣服を整える。
 低身長故か、上着が乱れると成人の身長ならば胸元が見えてしまい、薄桃色の(略。
「世の中にはこういう度し難き者もおるという事であろう」
 朱音はそんな救い難きガスパロにも、既に遺体となった身ならばと情けをかけてやる。
 親指をぐっと立てたまま目を細めているガスパロの瞳を手を翳し閉じる。
「これで本望かの? お主の希望は叶えたわけじゃし‥‥未練はなかろう? 静かに眠るがよい」


 プッチは襲撃と見るや、視界内に入っていた情報のみで最適を導き出す。
 他の者には目もくれず巫女の鳳珠(ib3369)に狙いを定めたのである。
 真っ先にこれに対したのは、やはり騎士。
 アルクトゥルス(ib0016)は我が身を呈して鳳珠に至る壁となる。
 開拓者側でも幾人かがこの動きに気付いたが、アルクトゥルスは盾でプッチの全身を受け止めながら叫ぶ。
「コイツは任せろ!」
 ぎりりと剣を押し込みにかかるプッチだが、アルクトゥルスはプッチの尋常ならざる膂力にも強い姿勢を崩さぬまま。
「名乗り合っての決闘といきたいトコだが、そういう趣味じゃなさそうだなアンタ」
 全力で押し出し、逆に突き飛ばし返してやる。それでもプッチの姿勢は崩れぬままであったが。
「アルクトゥルス・フォン・ハルベルドだ。来いよ、きっちりケリが着くまで付き合ってやる」
 鳳珠は、プッチがアルクトゥルスの名乗りにも関わらず相変わらず鳳珠に狙いを定めていると見ていた。
 他所で戦っている面々は、剣撃の音はそこかしこから聞こえるものの、それが何処なのかまでは良くわからず、支援は不可能だ。
 これで閃癒は効果半減以下になってしまったが、敵一同がまとまって突破にかかるというのが一番怖い。
 最悪の手を防げたというのであれば、こちらの不利益も目を潰れる範疇。
 この辺の戦力比計算や状況把握は後方支援型である鳳珠の真骨頂の一つであろう。
 後はそれぞれ個人の技量勝負になるが、ここはもう勝ってくれると信じるしかない。
 敵で最も強力であろうプッチは、鳳珠が援護する事で叩き潰す。
 加護結界をアルクトゥルスに施した後、鳳珠自らも攻撃に乗り出す。
 両手を合わせ、戦闘の最中にありながら心中を静謐に保つ。
 すぐに聞こえる、見える、感じる事が出来る力は、何時でも身近にあって見守り育んでくれる大いなる友の息吹。
 これに指向性を持たせるのは鳳珠の心の力だ。
 イメージするは悪しきを滅する浄化の炎。
 組んでいた手をゆるりとプッチに向けると、音すら生まぬ精霊の炎がプッチの全身を包み込んだ。

 鳳珠の結界と治癒があって尚、アルクトゥルスの重装甲とオーラを持ってしても、プッチの斬撃を防ぎきる事能わず。
 刃は鎧が防いでくれているが、体の芯まで来る重い衝撃は何時までも残り続ける。
 剣を握る手からは、少し前の痛打より感覚が無くなっており、荒い息を漏らしながら剣をだらりと下ろしている。
 プッチがもう何度目になるかわからない剣撃を振り下ろしてくる。
 盾で防ぐ。フェイントにつられる。
 剣をかざす。間に合わない。
 首狙いだけは喰らうわけには。無理して受けたせいで剣を弾き飛ばされる。
 詰みだ。
 などと、アルクトゥルスは剣術稽古の延長で剣をふるっているわけではない。
 盾をも投げ捨て懐に入りざま、短剣を抜き、プッチへと突き立てる。
 首の皮一枚でかわすプッチであったが、プッチもまた、重い怪我に苦しんでいたのだ。
 更に奥に踏み込んだアルクトゥルスは、盾を捨てた手で上から抱え込むようにプッチの首を捉える。
 残った手は短剣をも投げ捨てプッチの顎を掴み、そのまま全身をぐるりとまわすと、プッチの頚骨がごきりと音を鳴らし、ようやく決着がついてくれた。
 鳳珠は、そのまま地べたに寝転がるアルクトゥルスに手を差し伸べる。
「強敵でしたね」
「ああ、悪くなかった。何時もこういう相手ばかりだと嬉しいんだがな」