アヤカシ八つ
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/07 01:20



■オープニング本文

「そーいやお前、開拓者って知ってるか?」
 隣を走る部下に向かって、兵長はそう訊ねる。
「は、はい。まあ、一応」
「あれだよな、開拓者に襲われたら、きっとこんな感じなんだろーなー」
「‥‥兵長余裕あるっすね」
「うん、ただの現実逃避なんだすまない」
 五十人から成る部隊が丸々一つ、木っ端微塵に粉砕され、生き残り二人は逃げるのみで精一杯。
 今も後ろからアヤカシ共が追ってくるかもしれないと思うと気が気でない。
「みんな‥‥死んじまったっすね」
「そのみんなの中に入りたくなきゃ走るっきゃねえんだよ!」
 落ち込む部下を見て、兵長は改めて、随分とスレてしまったものだなと自身を省みる。
 今更部下やら仲間やらが何人死のうと傷つくような繊細さは何処にも残っていない。
 何となく、開拓者の事を想像してみる。
 志体を持ち、一つの仕事に色んな技術を持つ者が集まる。
 部隊を編成する時、同種の兵が集まりやすい、そうした方が効率的である軍隊とは真逆である。
 受ける仕事も兵より余程危険な仕事ばかりとなれば、よほどビジネスライクな連中なんだろうなぁと一人勝手に納得していたりした。



 アヤカシが徒党を組むというのも良くある話であるが、ある程度高い能力を持つアヤカシ同士がつるむというのは珍しい。
 ボスが居て、その配下というわかりやすい形以外だと、やはりアヤカシ同士も上手く回らないのかもしれない。
 しかるに今回出現したアヤカシ達は、ほぼ同格の八体が一緒に行動しているのだ。
 一体一体がそれぞれ優れた能力を誇り、連携するでなく独自に戦闘を行なうのだが、共に行軍する事で結果的に協力しあって人へと攻め寄せる。
 彼等にはその形態に応じた名称が与えられた。
 そうして固体識別をせねばならぬ程、人に与えた被害が甚大であったのだ。
 武者、鎧兜を身にまとい、長大な刀を振りかざす剛勇のアヤカシ。
 氷魔人、全身を氷で覆い、口より吹雪を吐き出すアヤカシ。
 岩巨兵、岩のように硬い皮膚を持つ巨人アヤカシ。
 四つ手、四本の腕を持ち、奇妙な格闘術を用いるアヤカシ。
 一本足、揃えた足が滅多に動かぬ事よりこの名がついた。遠距離より雷撃、炎、吹雪、石礫を放ち、各種を状況に分けて使いこなす。
 右腕、人型だが右腕のみが異常に盛り上がっており、強烈無比な右拳を放つ。
 影猿、真っ黒な全身と猿のように身のこなしが軽い事からこの名がついた。
 肉玉、歩くより転がった方が速いんじゃね的な体型。炎の術を自在に操る。

「いや実際さ、こんだけ多種のアヤカシが揃うと対応にも困るわけよ」
 兵長はそうぼやいた。
「型どおりなやり方じゃ容易く突破されちまうしよ。自分の得意分野が必要となると極自然にそいつが前に出張ってくるんだわ。案外頭良いみたいで、鬱陶しいったらありゃしねえ」
 誘い出すなりで上手く分散出来ればいいのだろうが、八体はある一定の距離以上離れようとはしない。
「これもさ、人間側が作戦仕掛けてアヤカシ罠にかけてばーっかいたせいかねぇ。そいつに対応したアヤカシが生まれたんだーって言われても俺信じちゃうよホント」
 各アヤカシが苦手としてそうな攻め方を八体同時に仕掛ける。そんな動きも連中が戦闘場所を入れ替わる事で簡単に覆される。
「あーやってらんねー! どうしろってんだよ一体!」
 兵長の話を聞いたギルド係員は、頬をかき、そして言った。
「だったら、それぞれの得意分野ですら届かない人間の技って奴を見せてやるっきゃないですなぁ」


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
深凪 悠里(ia5376
19歳・男・シ
リーナ・クライン(ia9109
22歳・女・魔
リン・ローウェル(ib2964
12歳・男・陰


■リプレイ本文

「それじゃ、初っ端挨拶代わりに行かせてもらうぜ。‥‥轟け、迅竜の咆哮。吹き荒れろ―――トルネード・キリク!」
 風雅 哲心(ia0135)の叫びと共に彼の魔術が、そして皆の術が影猿を襲う。
 偏った構成であったとしても、相応しい戦い方を用いれば、それは決して短所とは言えなくなるものだ。
 遭遇するなりの陰陽師魔術師による集中砲火は、屈強のアヤカシをもってしてもかなり応えたようで、見るからにボロボロの有様になっている。
 低く姿勢を落とす水鏡 絵梨乃(ia0191)は、大地より両の足に力が伝わって来るのを感じる。
 閉じていた目を開き、走る。
 一歩ごとの重みが違うのは、足に漲る力故か。
 大きく飛び上がり、膝を抱えてくるりと一回転。
 まだ間合いは遠い、そんな位置で突然絵梨乃の練力が炸裂した。
 青白き龍の輝きと共に影猿を蹴り貫くと、着地した大地を滑り進む。
 アヤカシ万歳とばかりに爆発した影猿はさておき、残る連中の動向に目をやる。
 格闘アヤカシ共がこちらに来てくれれば、そんな期待もあったのだが、連中絵梨乃には目もくれず奥の仲間達へと殺到する。
 行かせるかと二体、右腕と四つ手は絵梨乃が抑えた。
 哲心は最初に突っ込んだ勢いそのままに、後方で術の構えの一本足へと。
 深凪 悠里(ia5376)が前線に突っ込んで来る。
 同じく後方待機の姿勢を取る肉玉を抑えに向かったのだ。
 味方に術の射線が被らぬよう動いたつもりだったのだが、肉玉は扇型の炎術にて他の仲間も巻き込むよう狙う。
 幸い前に出ようとしていた天津疾也(ia0019)にぎりぎり熱風を送る程度であったが、この肉玉、みじめな図体に似合わず賢い。
 その一挙手一投足から目を離さぬよう注意しながら肉玉の周囲を走る。
 北條 黯羽(ia0072)は距離がある内に優位を確保しきるべく、呪縛、斬撃とを武者に叩き込む。
 結構な痛打だと思われるのだが、武者はまるで怯む気配がない。
 こりゃ腹をくくらないとね、と黯羽は生唾を飲み込む。
 と、氷魔人が豪雪をその口より噴出す。
 調節の難しい戦闘初期の一撃だ。半数以上がこの被害に遭うも、吹雪を貫き、葛切 カズラ(ia0725)が走る。
「天然の連携と見るか利害の一致と見るか、実際の所は如何なんでしょ?」
 惚けた台詞と共に術を放つ。
 傍らに立つ形容しがたい(したくない)怪物が呼応し氷魔人と同じ吹雪を吐き出す。
 リン・ローウェル(ib2964)は、眼前まで迫った岩巨兵を見上げる。
 否、それしか出来ないのだ。影猿へと術を叩き込んだ直後であり、この隙を狙われれば陰陽師には打つ手が無い。
 この狙いの良さが彼等の強さなのかもしれない、と人事のように思う。
「やらせるかボケ!」
 疾也の飛び蹴りが岩巨兵の真横から決まり、どうにか窮地を脱した時にも、リンは涼しげな顔を崩す事は無かった。
「‥‥可愛げないで、自分」
「無駄口を叩いてる暇は無かろう」
 ほんっと可愛くないなこいつ、とか思いながらも、こっちは大人げが無いとか言われては堪らないので、真面目にコレの相手をする事にした疾也であった。
 リーナ・クライン(ia9109)の目は、一気に乱戦となった戦場全体へと向けられている。
 序盤にて何処をどう支援するかは、後々まで結果が響く。
 乱戦の先の先を読み、より有益な、優位な状況を導き出す、その助けとなるような差配を。
「氷の精霊よ、冷たき枷となれ」



 哲心の胴中央を雷撃が貫く。
 あまりの激痛に思わず声が出てしまいそうになるが、懸命にこれを堪え、詠唱を続ける。
 前方に翳した短刀を中心に、精霊の力が渦を巻く。
 発する言の葉は精霊を導く先触れとして、短刀の先端へと誘っていく。
 脳裏にぴんと響く術式完成の声に、間髪入れず雷を解き放つ。
 先の哲心同様一本足の胴中央を貫くも、奴もまたぐらりと揺れるのみで堪える。
 表情が見えない分、効いているのかいないのかがわかりずらい。
 或いはまるで通じていないのでは、そんな恐れを振り払い、この我慢比べを何処何処までも続ける。
 哲心の右腕が肩ごと大きく後ろに跳ねる。
 一本足の体がくの字に捻り曲がる。
 哲心の胸部が焼きゴテでも当てられたかのように黒ずむ。
 一本足の頭部が顎裏が見える程に跳ね上がる。
 ぎりりと音が聞こえる程に奥歯を噛み締める哲心。
「これならどうだ‥‥」
 哲心の全身が炎で燃え上がるも、術は止まらない。
「響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――」
 もう何度目になるかわからない、都度、最強をと捻り出し続けた頼みの術。
「アークブラスト!」
 一本足の影が二股に増え、半ばから折れ大地につく。
 この手の我慢比べはキツイ事この上ないが、勝利した時の充実感は、何にも代え難いと思える哲心であった。



 カズラは氷魔人の吐く吹雪にも気を使わなければならない。
 これの放射される方位によっては、他の仲間達に被害が出てしまうのだから。
 間合いと相互の位置関係に気を配りながらも手にした鞭が飛ぶ。
 攻撃に用いられるだろう腕を巻き取るのは下策。この手のアヤカシは近接もこなす。ならば腕力はカズラの及ぶ所ではなかろう。
 踏み出して来た氷魔人の前足、その足首に巻き付け前足が地に着く前に引く。
 原理は柔術の出足払いと一緒だ。
 大きく滑り体勢を崩した氷魔人の側面を回りこみ距離を取る。
 攻撃をかわすは避ける受けるのみにあらず。こうして、攻撃の間を外すもまた回避の術であるのだ。
 それでも、全てをかわす事も出来ず、相互に傷を増やしていく。
 度重なる痛撃に、カズラの足がもつれた。
 中距離、向き良し、敵の動き鈍し。氷魔人はそう判断し、次なる行動をと大きく息を吸い込む。
 倒れるかと思われたカズラの体が跳ねる。
 突き出した手の先に握る呪符。指先にひんやりとした感覚があるのは、吹雪の噴出す口元へとこれを伸ばしているせいだ。
 格闘に術を組み込むに、最も重要なのは発動のタイミング。
 見てから詠唱したのでは間に合わないのなら、そう動くよう誘導してやれという事だ。
 手先の感覚が薄れるのは、豪雪が集約されているせいか。
 それでも手は吹雪に先立ち氷魔人の口に。
 氷魔人の後頭部を巨大な蛇が食い破ったのは、その直後の事であった。



 走る悠里の背後を、炎の柱が貫いて行く。
 側面に回りこんだ所で肉玉がこちらに首を向ける。
 踏み出した左足を捻り、踵を立てて前進を止める。
 駆ける速度と自らの体重が捻り支えずらい足に圧力としてのしかかるも、鍛えぬいた頼れる足だ、この程度でイカれたりはしない。
 急な方向転換はこうした負担を堪えてこそなのだ。更に肉玉の背後を取るように周囲を駆ける。
 左回りに回っている為、そのまま回るのであれば左足を幾度も駆使する事になるが、悠里は次なる場所では右足を用いる。
 左足は内側を回るように進行方向へ、支える右足が大地を蹴る。
 負担を抑えながら肉玉がこちらを見失うまで、何処までも走る、走る、走る。
 悠里がその身に浴びた炎の量と、数度の交錯で与えた傷の量、いずれもが無視出来ぬ域に来た時、悠里は勝負に出る。
 肉玉の背後より駆ける。
 辿り着くより肉玉が振り返る方が早いが、悠里は懐に腕を入れ伸ばす。
 目視も至難な細い針、これが肉玉の目に向かって飛ぶ。しかし、挙動で見抜かれたか肉玉は鈍重な図体に似合わぬ動きで針を止める。
 その為に、肉玉の眼前に掲げられた肉玉の手。
 これに視界を覆わせるのが悠里の狙いであった。
 一つフェイントを入れ背後に回りこみ、腹部に脇差を突き入れる。
 仰け反る肉玉の首にガビシを差込むと、ようやく、肉玉は動きを止めるのだった。



 四つ手はただ手が多いだけではなく、四本の腕を余す所なく活用してくれる。
 絵梨乃の常軌を逸した精度の見切りすら追いつかぬ、手数と鋭さで攻撃を繰り返すのだ。
 そして、決して目を離せぬ右腕。一発もらっただけで、体の何処かが消えてなくなりそうな拳を惜しげもなく振り回してくる。
 この場の状況のみならず、周囲全てを警戒していたリーナが警告の声を。
「絵梨乃ちゃん右火!」
 絶妙の間で距離を開けた四つ手と右腕。絵梨乃はそちらを見もせず飛びのくと、大きく広がった炎が絵梨乃の足先を焦がす。
 リーナは絵梨乃にかなりの負担がかかっているのをわかっていながら、これ以上の援護を出来ぬ現状に歯噛みする。
 カズラも悠里も、良く敵を抑えてくれているが、こうして時折漏れてくる範囲攻撃全てをどうにかするのは不可能だ。
 かといってあちらに行くのも都合が悪い。
 意味不明なレベルで敵の攻撃を凌ぐ絵梨乃であったが、四つ手の攻撃を全て回避しきるのは物理的に無理だろと思える。
 一刻も早くこちらを一体でも倒さねば、いずれ、もう一体の右腕の命中打を受けかねない。
 そして戦況が動く。
 四つ手の右上手が絵梨乃の腕を掴み取ったのだ。
 咄嗟にその腕を払うべく足が伸びるも、これを読んでいたらしい四つ手は、その足をも捕らえてしまう。
 四つ手は自らの攻撃を捨て、右腕のソレに賭けた模様。
 迫る右腕。リーナは走り、長大な杖を眼前にかざす。
「鋭き聖なる矢よ‥‥我が敵を貫け!」
 杖の頂上部に輝きが宿り、リーナがそうあれと願う軌道を走り、聖なる矢が右腕を、その右腕を貫く。
 直後、持ち上げられた絵梨乃の背中に右腕の一撃が叩き込まれた。
 人一人が、まるで飛礫のように軽々と跳ね飛ばされていく。
 中空にある絵梨乃とリーナで、一瞬のみ、目が合った。
 リーナは続けざまに詠唱を開始する。
 一言毎に、精霊の力が杖先に宿っていくのがわかる。
 四つ手と右腕がこちらに目をつけているのも理解している。そんな位置取りをしたのだから当然だ。
 その殺気に直接晒されながら集中を行なうのは多大な負担となるも、静かに、着実に、詠唱を進める。
「無邪気なる氷霊の気まぐれ‥‥吹雪け!」
 掲げた杖より、吹雪が渦を巻き放たれる。
 体積に乏しい水分の集まりであるが、これは明らかに異常とわかる質量が二体を包み込み、視界を閉ざし、体を滅する。
 突如変化した世界の有様にも、リーナは冷静なまま。
 四つ手が崩れ落ち、しかし、右腕は健在。
 リーナの両肩に、背後より誰かが両手を置いた。
 あの豪腕をもらって尚、その必要があるのなら彼女は動けるとリーナは信じていた。
 駆け寄った勢いそのままに、リーナの両肩においた手に力を込め、前方宙返りの要領でリーナの頭上を飛び越えたのは絵梨乃であった。
 空高くにて、振り上げた右足を両腕で抱え込み、ありったけの溜めを作る。
 眼下には踏み込んで来ている右腕。
 その肩口に、全力の踵落としをぶちこんでやった。
 右足は肩口に乗せたまま、着地した左足が再度跳ねる。
 これにて顔面を蹴り飛ばしながら後方宙返り。着地と同時に右腕は倒れ伏すのだった。



 武者に対し、黯羽は正面よりのガチンコを余儀なくされていた。
 武者の鎧が大きく弾け、へこみ、砕ける。
 黯羽の全身に刀の軌跡が幾筋も刻まれる。
 いずれも引かぬ一進一退の攻防、いやいずれもそれぞれの攻撃に対する防御手段に乏しい事から攻攻とでもいうべきか。
 これは、しかし、体力に劣る黯羽に不利な展開である。
 ざっくりと抉り斬られた傷口より、滴るを通り越し溢れ出す血の流れ。
 急速に体温が失われていき、視界がぼうと揺れ、体の平衡を保つのも難しい。
 それでも意識が失われないのは、一重に、黯羽が武者との戦いに快絶を覚えている為。
 並のアヤカシなら一撃で消し飛ぶ斬撃符をその身に浴びながら、より以上の斬撃で応える武者のなんと雄々しき事か。
 後も先も意識の内より消えてなくなり、今この時こそが人生の全てと戦を堪能する。
 武者もまた必死な事がわかるだけに、尚の事、戦いの高揚感は留まる事をしらない。
 疾也は岩巨兵を相手取りながら、悲鳴のような声を上げる。
「アカン! 黯羽を援護せえリン!」
「‥‥わかった。そっちも気をつけろよ」
 一瞬、疾也の目が大きく見開かれる。
 疾也が相手している岩巨兵も並大抵な相手ではない故の言葉であろうが、思わず苦笑が漏れてしまう。
「誰に言うてんねん、はよ行け」
 緩みかけた疾也の頬が即座に引きつるハメになったのはリンの返事のせいだ。
「ふん、可愛げの無い奴だ」
 直後、岩巨兵の腕が振るわれなければ、大人気なく怒鳴り返していたろうと確信出来る。
 罵詈雑言吹き荒れる脳内はさておき、疾也は姿勢を低く岩巨兵の拳を流す。
 身長差が著しい相手にはこうした低い姿勢が効果的なのだが、逆に岩巨兵も人間サイズとの戦いに慣れているようで、容易くは外させてくれない。
 それでも大きな出入りと攻防の緩急で着実に敵へのダメージを与えていくのは流石疾也であろう。
 下段、疾也にとっては中段になるが、攻撃を岩巨兵に集中し、巨躯を支える膝を崩すのが疾也の狙いであった。
 文字通り巌のようなその足は、どれだけ攻撃すれば崩れるか予測もつかなかったが、がらりと重心がブレた所で疾也が動いた。
 意識ではなく反射の域で反応し、それまでの動きを更に上回る速さを見せる。
 ここ一番で最速をも越えうる動きを引っ張り出せるのが、一流の一流たる所以だ。
 崩れていない方の膝を蹴り、伸び上がるようにして刀を振り上げ、斬り下ろす。
 首を飛ばした岩巨兵の右拳を、その胸板部を蹴り飛ばす反動でかわし、更に踏み込み振り下ろす左拳を髪一本分で見切る。
 ぐらりと岩巨兵の全体が揺れる。
 油断は、していなかった。
 疾也に圧し掛かるように覆いかぶさる岩巨兵の、股下を潜れたのはその現れだ。
 頭部を失って尚動く岩巨兵に一撃くれてやると、ようやく動きを止めるのだった。

 リンの術に応え、手乗りサイズの人型が黯羽の元へ。
 流れるように次の術式を。
 傍らに生じた氷の龍は、吐き出す吐息により武者の動きを止めにかかる。
 二体の式を見たリンは、僅かに眉を潜めた。
「‥‥今更だが、お前達は美し過ぎるのが難点だな。僕には眩し過ぎる‥‥」
 治癒の専門ではないため、気休め程度しか回復は望めないが、それでも黯羽の良く立っていられるなと思えるような出血を抑える効果はある。
 武者を一瞥したリンは、その状態から黯羽の次の動きを読む。
 手首の返しで呪符を放つと、指先が五芒の星を象る。
「自慢の肉体、一度凍らせた後に砕くとどうなるのだろうな?」
 呪符は鉄釘となって霜の浮かぶ武者の胴中央を貫いた。
 委細構わず刀を横薙ぐ武者。
 黯羽の目は、そのままでは腕一本と胴の半ばをもっていかれると見た。
 一歩前に出て打撃点をずらしてやれば、腕の骨で止まるとも。
 武者に隙らしい隙はなく、黯羽は外部よりの好機、リンの援護を活かし詰める。
 踏み込むと同時に突き出した刀は、瘴気の力を得て武者の胴を貫き、これを最後の一撃とする。
「愉しかったぜ、お前」