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■オープニング本文 犬神の里、若手シノビでは随一の腕前を誇る幽遠は、最近付き合いだした彼女と、今日もまた犬も食わない大喧嘩を繰り広げていた。 「何っでいつも幽遠様はそうなんですか!? どうせ私が何言っても聞いてくれないんですよね!」 「だーかーらー! 何でそうなるんだよ!? 仕方ないだろ仕事なんだから!」 近所の人達は、もう勝手にやってろと超放置。 「ふんっ、どうせまた薮紫さんと一緒にお仕事なんでしょ」 「いやそうなんだけどさ! いいだろ別に! あいつにゃ色々と借りがあってだな‥‥」 「どうだか。私の知らない所で何してるやら」 「アイツと俺とで何するってんだ! っつーかただの幼馴染だって何百回言わせりゃ気が済むんだよ! そもそもあれに手を出すとかそんなおっかない事出来るか!」 「どうせ私は薮紫さんみたいに頭良く無いし、落ち着いてもないし、あんな‥‥何、でも‥‥出来る人‥‥に、私勝てるわけ、ない‥‥し」 「っだー! そーこーでー泣くなー! 意味がわからんて! っつーか薮紫云々じゃなくて出張の話だろ出張!」 不意に幽遠の彼女であるアヤメは、座敷にあった脇息やら本やらを引っつかんで幽遠へと投げつけだす。 「ばかっ! わからずやっ! どんかんっ! とうへんぼくっ!」 「わっ、ちょ、おまやめっ! いやそこで打剣使うとかお前シノビとしてどうよって、いってえええええええ!」 すかーんと幽遠の頭部を直撃する脇息。 泣きながら家を飛び出して行くアヤメ。 その一撃で堪忍袋の尾が切れた幽遠は、大声で怒鳴る。 「くそっ! もう知るか! 勝手に何処へなりと行っちまえ!」 薮紫は、執務室で幽遠の姿を見るなり、口元を押さえて蹲ってしまう。 「くっ、くくくくく‥‥派手にやったみたいね」 額に包帯を巻いた幽遠は、仏頂面で返す。 「‥‥うるせえよ。言っとくが、今回は俺悪くねえからな」 「ケンカの時はみんなそう言うのよ」 いきなり机を全力でぶっ叩く幽遠。 「今度という今度はもう許せねえ! アイツ、よりにもよって脇息を打剣使ってまでぶん投げて来たんだぞ!?」 何時もならただヘコむだけの幽遠なのだが、今回はもう完全に怒ってしまっている。 「大体だな! 何で俺が薮紫とどうこうなってるなんて意味わかんねえ事疑ってんだよ! ありえねえだろそんなん!」 「はいはい、愚痴はいいからお仕事するわよ」 一通り仕事の話をし、薮紫は最後に付け加える。 「出張の帰りにお土産でも買って、あの子の機嫌取っときなさいよ」 幽遠はそっぽを向いたままだ。 「はっ、知るかよ、出ていった奴の事なんざ」 幽遠はそのまま退室しようとしたのだが、何故か焦った様子の薮紫に止められる。 「何だよ」 「ちょ、ちょっと待ってよ。出ていったって‥‥何処に? あの子犬神の里にそんな仲良い子いたっけ?」 「だから俺の知った事じゃねえっつってんだろ。実家にでも戻ったんじゃねえのか? 鈴鹿の里にゃ友達の一人や二人‥‥」 「こ‥‥この大馬鹿っ! アンタそれ本気で言ってるの!?」 アヤメは元々鈴鹿の里の出である。 鈴鹿は主君への忠節を何より重んじる里で、この恋に一生を賭けてもいいと覚悟を決めたアヤメは、幽遠を自らの主君とする事に決めた。 そんな彼女を幽遠は受け入れ、こうして晴れて彼氏彼女になったわけだが、当然、他の里の者を主君とした以上、アヤメは鈴鹿の里から抜けなければならない。 鈴鹿の者達にアヤメに同情する気持ちがあろうと、一度抜けたシノビを里に容易く入れるわけにはいかない。 そこは一本線を引かねばならぬ所なのだ。 かといってアヤメはまだ幽遠と正式に婚姻関係にあるわけではない以上、犬神所属のシノビというわけでもない。 何の後ろ盾もない無所属のシノビが、陰殻で生きていくのは相応の労苦を要する。 無論、そんな放逐シノビを狙った悪辣な連中も存在する。 薮紫に言われ、ようやく事態の重大さを理解した幽遠は青ざめた顔で絶句する。 「‥‥今回ばっかりは本気で呆れたわ。貴方があの子を守ってやらないで、誰があの子の面倒見てやるっていうのよ。それを下らないケンカなんかで‥‥簡単に出ていくあの子もだけど、だから二人共ままごとしてるって言われるのよ」 部屋の扉を蹴飛ばす勢いで飛び出していく幽遠。 「悪い! 仕事の話は別の奴に回してくれ!」 駆け出す幽遠を見送ると、薮紫はぽつりと一人呟く。 「げに恐ろしきは女の勘、って所かしら」 その日は皆で飲もうという話だった。 その席で、前準備も何も無し、いきなり、唐突に、心の備えもせぬままに、あの子を紹介された。 彼女と付き合う事にした、と少し照れくさそうに言う幽遠。 頭の中が真っ白になって、その後飲み会の席で何を言ったかまるで覚えていない。 さして問題のある言動をしていないらしいのは、後のみんなの反応で確信が得られたからいいけど。 夜も深け、じゃあ解散となって、親友と二人で夜道を歩いた。 満天の空に星がきらきらと綺麗で、ああ、私の恋は終わったんだって、ようやく理解出来て。 ずっと見続けていた時間、想い続けていた強さが、何処までも悲しくて。 突然何もかもを失った理不尽さに怒るとか、そういうんじゃなくて、ただ、アイツの隣に居るのは私じゃないんだって、そう思ったら、もうどうしようもなくなった。 「や、やぶっち? どうしましたか?」 親友の胸にもたれかかって、私は何時までも泣き続けた。 「ど、何処か痛いのですか? 私がさすってあげますわよ」 やっちゃったのがめちゃくちゃ鈍いあの子の前で良かった。 この上コレがアイツにバレるなんて、そんな事絶対、ダメだ。 この期に及んでそんな意地を張れる自分が、ちょっと嫌いだった。 薮紫が人をやってアヤメの足取りを調べると、程なくしてとある街に向かった事がわかる。 無所属シノビが出自を誤魔化すには悪く無い街であるのだが、その分治安は推して知るべし。 案の定アヤメはタチの悪いのに引っかかってしまっている模様。 何でも、ヘコんでた所を優しく声かけられて油断したらしい。実にチョロい相手である。 業務内容に差はあれど、アヤメをその手にしている連中も、基本同業である。 話し合いで済ませるかと薮紫は考えたのだが、以前彼等の調査を行なった際の注意項目を思い出す。 稚拙な手法ではあれど、薬物使用による自由意志剥奪を主に、人身売買を生業とする。 イラッ、と来たのは事実。 それだけで動きを変える程子供でもないが、薮紫は方針を、彼等を完膚なきまでに叩き潰すシナリオに切り替える。 アヤメの身柄を抑えたのがそんな連中だと聞いた幽遠が、奴等をそのままにしておく訳が無いと考え直したのである。 忍べばアヤメ奪取は問題なくクリア出来るであろうが、キレた幽遠は恐らく真っ向よりぶつかってしまう。 薮紫はギルド係員の栄に連絡を取り、至急開拓者の手配を頼むのだった。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
ラティオ(ib6600)
15歳・女・ジ |
■リプレイ本文 勝手にさっさと先行したらしい幽遠の後を開拓者達が追うと、程なくしてその姿を見つける。 見るからに殺気立っているコレに声をかけるのは少々憚られたが、真亡・雫(ia0432)は意を決して声をかける。 「幽遠さん‥‥一人で突っ込んでも事態は悪化するだけです、共に‥‥」 「あ!?」 取り付く島もない勢いで睨み返される。 あらら、と鬼灯 恵那(ia6686)が幽遠の前に立つ。 にこにこ顔のままそうしている恵那だったが、幽遠の殺気には当然、反応している。 こりゃまずいとフェルル=グライフ(ia4572)、酒々井 統真(ia0893)が動きかけるが、ふと恵那の表情が変わる。 正確には、幽遠より放たれていた殺気が消え去り驚愕の表情へと変化したそれを見て、怪訝な顔をしたのだ。 幽遠の視界の片隅に、扇を手にした詐欺マン(ia6851)が居たせいだ。 詐欺マンがぱちりと扇を閉じると、幽遠はしどろもどろに言い訳を始めた。 「さっ、詐欺マン‥‥い、いやこ、これはだな‥‥」 そう、幽遠はアヤメとの馴れ初めの際、詐欺マンにはエラク世話になっているのだ。 それがケンカが元で事件にまで発展してるとなれば、居た堪れぬのは無理からぬ。 じーっと幽遠を見つめる詐欺マンの視線に、幽遠は容易く屈服した。 「機を逃せばそちを深い悲しみが襲うことになるでおじゃる」 「ごふぁっ!」 ごん太の柱に胴を貫かれたかのように、大きく仰け反る幽遠。 ラティオ(ib6600)はこれを眺めながらぽつりと漏らす。 「案外、可愛い所あるのね」 うんうんと頷いているグリムバルド(ib0608)。 「悪い奴じゃないぜ」 即座に切り返すラティオ。 「そう? 頭は悪いみたいだけど」 返事に詰まったグリムバルドは、救いを求めるようにアルーシュ・リトナ(ib0119)に目をやる。 彼女は笑顔で応えた。 「‥‥‥‥」 「いやそこはフォローしてくれよルゥ!」 「ご、ごめんなさい。咄嗟に言葉が出なかったもので‥‥」 「‥‥トドメよ、それ」 しょっぱなから実に賑やかな面々に、統真は懐かしげに肩をすくめ、フェルルもまた同様に苦笑するのであった。 雫、恵那、グリムバルドの三人は、宿の入り口付近にたむろしていた数人をまとめてふっ飛ばし、宿の中へと叩き込む。 出入りかとぞろぞろ湧き出す下っぱ達は、当然腕っぷしに物言わせてくれた雫、恵那、グリムバルドの三人にも目をやったが、とかく目立つもう一人に視線を奪われてしまう。 真っ赤なドレスを身にまとったアルーシュは、竪琴を両手に抱きながらぐるりと下っぱ達を見渡す。 「随分とイイご商売を‥‥誰に許可を貰ってやっているの? 解ってない様ねぇ‥‥」 雫が抜いた刀を青眼に構え、恵那の笑みが深くなり、グリムバルドの長槍ががしゃりと音を立てる。 「やっておしまい」 アルーシュの声を合図に、おんどりゃーとばかりに大立ち回りが開始された。 潜入組はひっそりと宿に忍び込む。 不意に詐欺マンが警告の小声を上げると、手振りした後ラティオが動く。 あっという間に背後を取り、口を塞ぎ、ついでにナイフが腹部にきらりと。 若干の悶着と下っ端君の苦悶と共に、アヤメの所在が判明。一行はそちらへと向かう。 地下へと続く道、その途上で数名との遭遇があったが、人の域を軽く逸脱した速さでフェルルと統真が黙らせる。 そうして辿り着いた地下室。ここはかなりの広さがあり、目標以外にも数人が捕らえられているのが見えた。 くすん、と涙目で居た美少年を見た一行が、同時に真亡雫君を連想したのは無理からぬ事であろう。当人にはとても言えないが。 ラティオは何やら考えがあるらしく残る四人はアヤメを探す。 その頃、突然身震いを始める雫。 「‥‥この悪寒は気のせいです‥‥よね。ぅん‥‥」 いやまあ、雫の眼前に立ち、何やら荒い息を漏らしている男を目にすれば、悪寒の一つも感じるわという話で。 「やべぇ、超好みかも」 「一応言っておきますが僕はおとk」 「私は一向に構わん!」 ちょっと切っ先が震えながら、雫はかなり本気で構えを取る。 「!?ぁ‥‥あの様な人は野放しにはできない。この白梅香にてその瘴気(?)を浄化する‥‥っ」 「うむ、君の全てで私を昇華してくれたま‥‥」 「はくばいこー!」 一刀で黙らせるつもりだったのだが、男は、体に負った傷にも動じた気配は無い。 「ふっ、まいすいーとはーと。君の想い、確かに受け取った‥‥」 「しゅーすいー!」 真っ赤になりながら、必殺の斬撃連発で即座にケリをつけた雫。 剣の実力云々ではない所で甚大な被害を被った雫は、今にもくじけそうな心を支えるので精一杯であった。 一方、恵那の前にも先生が姿を現す。 「ははっ! 先生が来てくれりゃてめぇなんざ粉微塵だぜ!」 先生登場に一気に士気を取り戻す下っ端達。 先生は、刀も抜かぬまま静かに、恵那の前に立つ。 以下は彼の心中である。 『何でお前等気付かねえんだよ! こんなバケモノ見た事ねえっつーの! 見える、見えるぞ! あの女の背後にでーっかい鎌抱えた死神の姿が! これ間合いに入った瞬間死ぬだろ俺!?』 ゆっくりと刀に手をかけ、これを抜く。 「やっちまってくだせえ先生!」 『煽るんじゃねえええええ! 一合だって打ち合える気しねえんだっつーの!』 恵那は期待に満ちた顔で言った。 「志士の先生、戦い方教えてください♪」 『アンタも言うかああああああ!? 死刑宣告っすか!? アンタの前に立ってるだけで俺気狂いそーなんすよおおおお!』 先生は、恵那に背を向け、クールに告げた。 「ふっ、俺はアンタ達を待っていた。こいつらの悪行を、蹴散らしてくれる者をな!」 「な、何だってー!? 先生アンタ裏切る気か!」 先生は、ちらと恵那の方を振り向く。 小首を傾げる恵那に、焦ったように先生は動く。 「貴様等の悪事もこれまでだ!」 ずんばらりと数人を斬り倒す。一応峰打ちなのは、彼なりに悪いと思う部分があるせいか。 そこでまた、ちらりと恵那を見る。 恵那は、小首を傾げたまま問うた。 「ふーん、斬らないんだ」 「‥‥いや、その、流石にそれは‥‥」 先生の肩に、かちゃりと恵那の刀先が乗る。 恐怖に硬直する先生に、恵那はつまらなそうに告げる。 「ねえ、私とはやらないの?」 「か、勘弁、して、下さい」 ぶーと不服そうな顔で恵那が刀を引くと、先生はその場にへたり込んでしまうのだった。 グリムバルドは長物の利を容易くほうり捨てる。 刀の間合い深く踏み込み、下段に構えた槍を跳ね上げる。 振るった刀ごと吹っ飛ばされる下っ端。同時に、踏み込みすぎたせいで、槍には不利な間合いで周囲を取り囲まれる。 鋭く呼気を発し、全身を捻りつつ槍を振り回す。 ぐるりと円を描く体に合わせ、右足を、左足を滑らせる。 強い姿勢を維持したままこうする事の難しさは、グリムバルドの表情の険しさからも伺えよう。 膝を強く、柔らかく回す事で、支え、動く。 足首を何処まで固定するかは、大地からの感触により定める。 回りすぎず、止まりすぎず、槍先から柄端に至るまで神経を行き届かせておきながら、足裏にまで意識を向ける。そうしてこそ、回転切りは力を発揮しよう。 大きく敵を薙ぎ払うと、後退しつつ歌を奏でるアルーシュを守る位置へと戻る。 そこで止まらぬのは、アルーシュの歌がグリムバルドの精神に響いているせいだ。 真紅のドレスなぞを着ているせいであろうか、常以上に能動的な自分をアルーシュは自覚する。 竪琴を大きく弾く動作は、朗々と響く高音を導き出す。 また短調で早い曲は、血の沸き立つような勢いを聴衆に与える。 狂気を冠した題名に相応しいアップテンポの曲調は、情熱を現す赤により引き立てられ、演奏に熱を込める。 ただ早いだけでは駄目だ。響かせてこそのファンファーレなれば、一音一音を正確に、丁寧に発しなければならない。 額から、首筋から、滴る汗が宙を舞い、指先が駆ける馬のごとく跳ねる。 グリムバルドは、アルーシュの歌に乗せられるならば文句なぞない。 心臓が呼吸を欲するのを一動作分のみ我慢してもらい、真空の刃伴う槍を突き出す。 番台を下っ端共々吹っ飛ばした所で、ふと、彼らの動きが妙に鈍くなった事に気付く。 見るとようやく出張って来た先生二人が、あっという間に雫、恵那の前に屈服していた。 残る下っ端もぎぶあっぷだそーで。 拍子抜けした様子でグリムバルドは振り返り、アルーシュに笑いかける。 「偶にはそういうのも悪くないな」 アルーシュは少し照れくさそうに、はにかんだ笑みで応えた。 統真が足を止めると、フェルルが緊張した表情で問う。 「統真さん」 「先、行っててくれるか」 皆その気配に気付いており、統真の言わんとしている事を即座に理解する。 地下室を更に奥へと進む残る三人。 通路のど真ん中で、構えるでなく立ったままでいる統真。 「どうした、来いよ」 真後ろより殺意が迫る。 五間の距離が一瞬で埋まる瞬歩。 統真は背を向けたまま。 影の伸ばした手は、最速、最短距離を統真の背に向け走る。 地下室中に響く程の轟音は、統真の足元より。 後ろに一歩引いた足、影の刃を潜ってかわし、真下より肘を打ち上げる。 影は走り寄った速度そのままに、真上に向け急上昇。 板張りの天井、床下の柱をぶちぬき、一階床板に突き刺さる。 統真はふうと一つ息を漏らし、真横に一歩分ずれると、突き刺さった床板から剥がれるように、影が落下してきた。 「ちとやりすぎたか」 完全に白目向いてる彼に、そんな言葉を漏らす統真であった。 並んで走りながら、フェルルは幽遠に声をかける。 「そうそう、助けたらこう言うんですよ。引き付けあう絆は離れない二度と、って♪」 「ぐっ‥‥それ、言わなきゃ駄目か?」 もちろん、と返そうとした所で、地下室最奥の部屋、複数の人の気配がある場所が見えてくる。 背後より響く轟音に驚き飛び出して来た数人の姿を認めるなり、フェルルが飛んだ。 走った、駆け寄った、いずれも正しいが、形容としては相応しくない。 二刀を抜き、斬り上げ、薙ぎ払い、男達の背後まで駆け抜ける。ここまでを一呼吸で終える速さを語るには、やはり飛んだとの言葉が一番ぴたりと来よう。 自らの出した速度を止めるのに、片足を大きく前に出し踵を立て、床を滑らせてようやくな速さなのだから。 「今ですっ、彼女を取り戻してっ!」 反応速度ならば幽遠も負けてはいない。 壁、天井を蹴って男達の頭上を飛び越え、更に奥の牢へと。 「アヤメ!」 鉄格子の中、意識を失った彼女を見つけると、幽遠の激情メーターはあっさりと振り切れる。 数人が周囲にいたのだが、あっという間に張り倒しアヤメの側へと。 一方、フェルルの前で震えているのは人攫いの頭目だ。 これで勘弁をと金の詰まった袋を差し出すが、フェルルの一閃で袋は斬り落とされ、中の金がばらばらと零れ落ちる。 「いいですか、二人の安らぎを壊す事なんて出来ないんです。もしまたやったら、幽遠さんが指先ひとつでダウンさせますからっ!」 (注:以下は実に健全な戦いの模様である) まずはラティオ、受けに回って敵陰陽師の攻勢を見定める。 加減の必要無しと数多の手管を惜しげもなく披露し陰陽師は攻める。 流石にこの道のプロ。陰陽師は実にけしからんラティオの衣装にも動じず。 歯の浮くような美辞麗句ではなく、親しみの持てる身近さを用いる陰陽師に、ラティオはこれはなかなかと評価を気持ち上げてやる。 それだけではまだまだ、と雰囲気崩さぬままいなし、かわすラティオの見事な技に、陰陽師もこれは手強しとにやり笑う。 切り返しに次ぐ切り返しの応酬は、大きく攻勢に力を入れたラティオにより近接間合いでの攻防に。 望む所と迎え撃つ陰陽師。自慢の逸品を披露し最終局面、いやさむしろ始まりか、へとラティオを誘う。 そこでラティオは身を引き、静かに告げた。 「65点」 直後、ラティオの短刀が陰陽師を襲った。 ソレが走り去っていくのを、統真は驚きに目を見開きながら見送ってしまった。 「‥‥何だありゃ?」 ようやく揃った幽遠とアヤメに一言言ってやるかと思っていた詐欺マンは、通路の奥よりすっぱだかの男が走って来るのを見つけてしまった。 この奥には女性が居る。幾らなんでもこんなモノを通す訳にもいかぬとその前に立ちはだかった。 「小物も何も、逃す訳にはいかぬでおじゃるからな」 全裸の男は、泣きそうな顔で絶叫した。 「小物って言うんじゃねえええええ!」 端正な顔を歪め叫んだ彼は、詐欺マンの術によりその綺麗な顔を吹っ飛ばされ倒れ伏した。 薮紫が現場に辿り着くと、雫が少し青い顔のまま状況を説明する。 薮紫は捕虜と雫を見比べる。 「わかりました。彼らの処遇は引き受けましたが‥‥その、大丈夫ですか?」 「‥‥怪我はありません」 「真亡さんは、いっそ開き直って女性の衣服を着てしまうというのはどうでしょう」 「‥‥」 「えっと、ここ、笑う所のつもりだったんですが‥‥もしかして‥‥」 「‥‥聞かないで下さい」 ともかく、陽動組と一緒に地下牢まで行くと、そこでは幽遠とアヤメが揃って正座していた。 何でもアヤメの意識が戻るなりまたケンカを始めたせいらしい。 二人を前に、詐欺マンの説教が延々と続く。 「愛とは何か。それは悔やまないことだと古の言葉にある。つまり後悔先立たずということであり斯様な事態を引き起こした二人には強い遺憾を表するものである‥‥」 人事じゃねえな、と反面教師にでもするつもりでコレを聞いていた統真は、フェルルが見つめている事に気付く。 「どうした?」 「統真さん。‥‥今の私、一年前みたいに笑えてる‥‥?」 統真は、フェルルが何を言うより早く、その頭をくしゃくしゃと撫でてやる。何も言わず、ただそうしてやるのだった。 幽遠とアヤメの二人は揃ってへへーと平伏し反省の意を表すると、詐欺マンも矛を収めてやる。 ラティオはラティオで、もー終わりかーと少々つまらなそうだったが、何やかやと助けに来てくれた幽遠に、アヤメの機嫌も全快していたので二人は問題無さそうであった。 多分ケンカはこれからもするんだろーなとグリムバルドが肩をすくめていたりしたが。 薮紫はアヤメの前に立ち、口を開く。 「アヤメ。どうやら誤解があるようだから言っておくけど‥‥」 にこりと笑って一言。直後幽遠からの抗議が。 「私、頭悪い人って駄目なの」 「ケンカ売ってんのかてめえええええ!」 くすくす笑いながらその場を離れる薮紫の両脇にアルーシュと恵那が。 二人共、思う所があるのはその表情から察する事が出来る。 だから薮紫は、少し苦笑しながら言った。 「仕事が多いのって、悪い面ばかりじゃないんですよ」 |