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■オープニング本文 「行ってらっしゃい」 見送ってくれる妻。 決して美人ではないが、気立ての良さは村一番だと密かな自慢であった彼女に、何処か違和感を覚え始めたのは何時からだったろう。 村の大事な役目を果たす為、一月程村を空けていたのだが、それだけでこんなにも違和感を覚えるものだろうか。 田んぼのあぜ道を歩いていると、子供達が駆けてくる。 ちょうちょを追っているらしい三人組。 自分はまだ子宝に恵まれていないが、それでも、子供の可愛らしさはわかる。 頬を緩めながら数歩歩き、ふと振り返る。 三人が追っていた蝶は姿を消し、少し不満そうな真ん中の子を、残る二人が笑いながら宥めている。 何処にでもある風景は、しかし、男に僅かな嫌悪の情を呼び起こす。 何が違うのかわからないが、何処か自分の子供の頃と違って見えると。 田んぼの側、肥料にする為の肥溜が、最近やたら臭いがキツクなったと感じる。 何か問題でもあるのだろうかと仲間に聞いてみるが、皆気のせいだろと笑っていた。 実際肥料に問題は無いので、それ以上の追求はしなかった。 ぞくっと背筋を悪寒が走る。 驚いて振り向くが、そこにあるのは見慣れた村の風景のみ。 いや、一つだけ。 違和感の正体に気付けた。 何時もならばふと見上げれば、何処かに鳥の気配があるものなのだが、それが何処にも見当たらない。 そういえばもう随分と鳥を見ていない気もする。 いや、いや、鳥だけではない。 犬も猫も、虫ですら。 既に遠くなった先程の子供達を見直す。 あの子供達は、蝶をどうしたのだろうか。 ぼうっとしながら歩いていたせいか、蜘蛛の巣に顔をひっかけてしまった。 手でこれを払うと、視界の隅で、まだ小さな蜘蛛が大慌てで木の幹に隠れるのが見て取れた。 居るじゃないか、そう呟いて安堵した男は、田んぼ仕事に取り掛かった。 日が暮れ始めると男は、汗だくになった額を拭いながら帰路に着く。 村に戻る途中、数箇所ひどく濡れた場所があった。 雨が降った記憶もなし、誰かが桶でも引っ繰り返したかと思ったが、内の一つの側を通ると眉間に皺を寄せる。 とても臭い。 思わず手で鼻を抑えてしまう程に臭い。 何なんだこれはと足早に通り過ぎた後、この臭いは最近の肥溜めの臭いだと思い出した。 肥を溢したのは誰だと悪態をつきながら進むと、三軒隣に住む与平の姿が見える。 「おおい与平、今夜は一杯どうだ?」 与平は首だけを男に向け、そして、その形相に男は目を剥いた。 まず目がおかしい。 後ろ頭でもぶん殴られたみたいに目玉が飛び出し、筆で塗ったような黒目がぎょろりとこちらを見ている。 何よりおぞましいのは、そんな化物が、与平の声で、与平の口調で言った言葉、行動だ。 「おお、悪くないな。見ろ、蜘蛛とムカデを山程取って来たんだ。コイツを肴にするとしようや」 そう言って持ち上げた袋は、わさわさと忙しなく動いていた。 男は悲鳴をあげ近くの家へと駆け込む。 「おい! 誰か居ないか!? 与平が! 与平がおかしくなっちまった!」 駆け込んだ家ではちょうど夕飯の準備が終わり、一家六人が揃って囲炉裏を囲んでいる所だった。 彼らは、与平と同じ飛び出した目でぎょろっと男を見る。 ぐつぐつと煮える鍋からは、外から見てわかる程はっきりとした形の、犬の足が伸びていた。 付け合せとして置かれた皿には、もぞもぞと動く団子虫が。 声にならぬ悲鳴と共に駆け出した男は自分の家へと。 そこで男を出迎えたのは、気立ての良さが自慢の彼の妻。 家中から例の悪臭が漂い、息をするのすら難しい程の悪臭の中、妻はにこりと笑って言った。 あの、飛び出した目のままで。 「あらアナタ、今日は猫の姿煮ですよ。ああ、後仕事でお疲れでしょうが、つまみ用に天井裏から蜘蛛を取ってきてくれませんか」 男は一心不乱に走る。 「みんなが、みんながおかしくなっちまった。村が、村がおかしくなっちまった」 闇雲に走り逃げた先は、意識してか知らずか、村側にある林の奥にある小さな社だった。 さほど信心深いわけではない男だったが、こんな時他に何を頼りにすればいいのかわからなかったのだ。 六畳間が一つ分程の広さの社は、余程の事が無くば開かない扉が開けっ放しになっている。 普通はここで気になって中を確認したくなる所なのだろうが、社の中より漂う臭気は家で嗅いだものなど比べ物にならぬ豪臭を放ち、とてもではないが近づけたものではない。 もぞりと、社の奥の闇が動いた。 同時に、男は世界全てが歪んで見えるようになる。 男の脳が警鐘を打ち鳴らす。 あれは、決して、その目にしてはならぬモノだと。 ずずりと動く気配、社の床が鳴り、がたりと中途に開いた扉が揺れる。 大気は泥土のごとく男を包み、頭が拒否するモノより目を離す事が出来ない。 後に男は述懐する。 あれは本当に運が良かったのだと。 瞼の上から滴る冷や汗が、男の目を覆ってくれたのだ。 ほんの一瞬であったが動く切欠となってくれ、男は後ろも見ずに逃げ出した。 以上の報告がギルドに上げられると、半信半疑ではあったがギルドも調査員を派遣する。 そこで腕利きのシノビを二人送り込んだのは運ではなく、係員の優れた嗅覚故であろう。 彼等をして、命からがらといった形容が全く相応しい様で、戻って来るのが精一杯であったそうな。 「村、全体が‥‥化物の巣だ。俺は二匹斬ったが、どいつもこいつも緑の液体と腐肉をぶちまけて、それでも動いてやがった。アレが人語を話したなんてとても信じられねえ。もしかしたらあれは人間であったのかもしんねえが、今じゃもう紛う事なき怪物だよ」 もう一人のシノビは、囲炉裏の火でもまだ弱いのか、全身に毛布をひっかぶったまま口を開く。 「社、見てきたぜ。二度と俺は行かねえからな! くそっ! アレはやべぇ。生き残り君の勘は大したものさ! アレがこっちを認識した瞬間、全身の震えが止まらなくなっちまってよ。あの目を見ちまったらもう駄目だ。あんな恐ろしい怪物、俺は見た事がねぇ‥‥」 報告を元に、係員は静かに調書をまとめる。 普段冷静なシノビがこんなザマになるのは、余程恐ろしい姿であったか、さもなくばそこに術があったかだ。 また、帰還したシノビ、そして生き残った村人を巫女に見せた所、三人共が病に侵されていたとの事。 術での治療により全快したものの、手遅れであれば、病に全身を食われていた所、らしい。その後どうなるかは巫女にもわからぬと。 いずれ感染する類のものであるのなら、その前に駆除しなければならない。 係員は巫女の勧めに従い、開拓者募集の書類を用意する。 異論の余地も猶予もない。 村を、そしてその社とやらを、出た怪物ごと全て焼き払うのが最良にして最善手であろう。 |
■参加者一覧
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 村に至る少し前、足を踏み入れた瞬間に明らかな違和感を覚えるポイントがあった。 空気が変わったとでも言うべきか。 丘の上を過ぎ行くそよ風は、肌にまとわりつく不快なものへと。 天より降り注ぐ輝ける恵みは、じりりと脳を焦がす悪意の光へと。 更に歩を進めると、地表を漂うように迫り寄る風が、話に聞いた悪臭を届けて来る。 素直な感想をアルクトゥルス(ib0016)が。 「鼻が曲がる、ってのはこう云うのを言うんだろうな」 片眉を潜める瀧鷲 漸(ia8176)。 「なんだこの臭いは。悪臭ってレベルじゃないな。一刻も早く倒さなければ」 臭いだけではない気配の怪しさに、思わず周囲を見渡すのは郭 雪華(ib5506)だ。 「何だか‥‥凄く異様な雰囲気だね‥‥。この空間に居るだけで‥‥まるで狂ってしまいそうなくらい‥‥」 鳳珠(ib3369)は用意した布を皆に配る。 「気休め程度ですが‥‥」 アルコールを浸した布は、その臭気で生臭い臭いを緩和してくれる。 からす(ia6525)は無言のまま、ちらと菊池 志郎(ia5584)を見上げる。 視線に気付いた志郎が振り向くと、落ち着いた佇まいを崩さぬまま口を開く。 「菊池殿、怪我の具合は如何か?」 苦笑する志郎は、質問の真意を先取りしつつ答える。 「それなり、です。大丈夫、無理はしませんよ」 満足出来る返事を得られたからすは頷き、表情を引き締める。 社を目指す一行の耳に、ぼちょりと、大量の液体が滴る音が聞こえた。 ソレが、人であった名残は四肢がそれっぽいという事のみ。 汚物で塗り固めたヒトガタ。むしろ、人型であるだけにより嫌悪感が増す。 そこだけははっきりと残っているぎょろりと飛び出した目が、振り向くとはっきり一行の前に晒される。 こういう時、状況を吹っ飛ばすのは何時だって、この手の人間だ。 「久遠に伏したるもの死する事なく怪異なる永劫の内には死すら終焉を迎えんなヤローは渇かず飢えず無に返してやらネーとNAaaaaaa! ついでに宇宙的恐怖に犯され信奉者となっちゃった人達はヒャッハーだaaa!」 既に不定の狂気にでも犯されてそーな勢いだが、叢雲・暁(ia5363)はこれで素なのだから手に負えない気もする。 雪刃(ib5814)は、これを前に思う事数多あったのだが、口に出したのは一言のみ。 「行くよ」 数体倒しただけで、数十体アヤカシを退治したかのように疲れる。 悪臭もそうだが、気味の悪い造形も、攻撃の度跳ねる体液も、表皮より滴る緑色も、何もかもが不快でこれと対するに常以上の体力を要する。 散発的な襲撃を蹴散らしながら進む一行の足が止まったのは、社まであと少しといった場所だ。 最初に、雪刃が静止した。 止まった理由が雪刃自身でも説明出来ないのだが、何故か、進むべきではないと思えたのだ。 次に止まったのは、そういった感受性の高い鳳珠だ。 布を口元に当てたまま、苦しそうに眉根を寄せている。 からすは、ゆっくりと手を前に差し出してみる。 湯の中を進むような抵抗が感じられるのは、大気が変質しているわけではなく、此方の精神が肉体に影響しているせいではなかろうか。 水ではなく湯としたのは、じめりとした生臭さが温度を感じさせてくるせいだ。 「ふん」 近寄るべからずと全身が警告を発する中、それがどうしたとからすは歩を進める。 雪刃もまた、一度目を閉じた後、ゆっくりとこれを開き心を落ち着ける。 被害に遭った村人の事を思えば、何をかあらんだ。 他の者も大なり小なり感じる所はあったようだが、これを正直に口にしたのは。 「う‥‥うろたえるな! NINJAはうろたえない!」 肌をすら隠す事を好まぬ暁のみであった。 銃を構える雪華は、震えを気取られぬようにするのにかなりの労力を要した。 恐れる気もなく社に向け矢を放ち続けるからす。 社の中で蠢く者は着矢の衝撃に揺れた風もなく、のそりのそりと移動してくる。 社の扉、壁、無駄に立派な賽銭箱等々が矢で砕かれる中、意を決した雪華の銃口が轟く。 一際大きな炸裂音と共に、社の中の怪物を隠していた壁が、打ち砕かれた。 覚悟を決めていた者をして硬直を余儀なくされる、そんなモノがそこに居た。 全体の大きさは牛を一頭そのまま縦にした感じ。表面は絶えず波打つ液状の何かに覆われている。 足は無く、両手と思しき物が胴の左右より伸びている。頭部は胴とまっすぐ繋がっており、首に当たる部位が無い。 最も奇怪なのはその頭部である。 タコ、ないしイカの足が腕より上の頭部に当たる部位より四方八方に伸びているのだ。 ただ力なく垂れ下がるのみならず、それぞれに独立した意識でもあるかのようにうにょうにょと動き回る。 また全体としてみた場合、全身が右回りにぐるりとねじけている。 上に引っ張られるように捻り上げられた全身は、引きつった笑顔を思わせる。 ソレにつられた訳でもないのだろうが、アルクトゥルスはすっとんきょうな笑い声を上げた。 志郎が慌ててアルクトゥルスに声をかける。 「だ、大丈夫ですか?」 「いや、だってよ。笑う以外どーしろってんだあれ」 「えっと、そうですね‥‥その、とりあえず‥‥や、やっぱり笑ってみます?」 「うん? あー、やっぱ笑うの変、か。うん、変だわ」 「ですよね。じゃあ、その‥‥」 ちょっと混乱してる二人の問答を遮って、漸が一直線に駆け出した。 「こいつのふざけた格好笑うより、ぶった斬るのが先だろ」 駆け寄りざまに、斧槍を叩き付ける。 表面を覆う粘液は、かなりの硬度と柔軟性を保持しているようで、斧槍は滑り弾かれる。 舌打ちしつつもコレの動きから目を離さない漸は、攻撃を受けてもまるで動く気配の無いコレに、ふんと鼻を鳴らしてやる。 「恐ろしいとはきいていたが‥‥こんなものか。おい、」 そこで漸は言葉を遮られる。 コレが、物凄い速さで動き出したからだ。 足の無いコレは胴がそのまま地面についているのだが、大地との接地面に仕掛けでもあるのか、体の何処も動かさぬまま、滑るように移動する。 坂を滑り落ちるように迫るコレ。 アルクトゥルスは誰を狙っているかも定かでない動きに合わせ、皆より数歩前に出、これを受け止める。 勇気、そんなものではない。ただ、あるべき騎士の役割を、自然に体がなぞってくれただけの話だ。 盾と剣で受け止めると、柔らかくて硬いという意味のわからない感触が伝わって来る。 出来れば体液肉片には触れないで済まそうと思っていたアルクトゥルスであったが、そんな事言っていられるような相手ではないようだ。 雪刃は、コレを相手に小細工は無意味と見切ったのか、体がねじ切れる程に大きく太刀を振りかぶる。 駆け寄りざまぴょんと小さく飛び上がり、落下の体重をも刃に乗せ、全力で刀を振るう。 先の漸の動きは見ていた。 ならば斬り抜くではなく押し付けるように斬るが良し、と粘液にも力点をずらされぬような斬撃を。 そのせいで振り切る事は出来ず、体表より太刀が弾かれるが、コレの重心がズレた事も見てとれた。 そのまま気味悪いだのなんだのを振り切り、足裏を用いて蹴り飛ばすと、コレは僅かにななめった姿勢のまま真横にズレ動いていく。 ただでさえデカくタフそうなのに、攻撃を逸らす術に長けているなどと、厄介この上無い。 ならばと動いたのは志郎だ。 複雑な印を瞬時に結び、本来陰陽術に用いる為の符をかざす。 距離が空いたのは好都合。志郎の力ある言葉に従い、突如炎が出現した。 コレの周囲を取り囲んだ三筋の炎は、螺旋を描きながら上空に舞い上がり、上をも塞ぐと一際大きく膨れ上がって爆ぜた。 効果があったのか無かったのか、確認すらせぬまま暁が走る。 人に似た構造で頭部があるのならコレを刎ねずにはいられない、とまだ熱も覚めやらぬコレへと突進し。 「‥‥あれ?」 コレの両腕部にがっしりと掴まれてしまった。 そのままコレは、自らの体内へと暁を誘う。 志郎の炎でも剥ぎ取れぬ粘液に、ずぶりずぶりと食い込んでいく暁。 戦前に用心の為とかけてあった加護結界のおかげで即座に体に影響は無いが、時間の問題であろう。それもあっという間とかその程度の時間で。 「SAN値が!? SAN値がゴリゴリと〜〜!?」 精神的にもかなりキッツイらしい。 「下がってな!」 叫びながら駆け寄る漸。全身より煙のごとく立ち上るオーラにより、漸は悪鬼のごとき威風を備えている。 斧槍を刃で斬るではなく鉄槌のごとく叩き付ける。 衝撃に揺れるコレ。 その勢いは食い込んでいた暁にも及び、一瞬ではあるが粘液から体が離れる。 充分です、と鳳珠が再び加護結界を暁に。 掴もうとしたコレの腕を輝きで弾きながら、暁は大きく後退。 追撃にと満を持していた雪華の銃が火を噴く。 縦に長い形のコレは、銃撃の勢いを体を逸らすのみでかわしきれず、またも体がズレ動き距離が開く。 近接組が動き回る中、からすはコレの動きを観察していた。 皆との攻防で特性も概ね理解した。 そして静かに宣言する。 「アヤカシの、正体見たり」 ヒトは正体不明、自ら理解できないものに恐怖する。 だから名付ける。その形に相応しいものを。真名でなくとも名付ける事に意味があるのだ。 「君は『這い寄る病』だ」 同時に、大きく弧を描くように弓を引く。 最早恐るるに足らず。強きアヤカシではあっても、恐れるべくアヤカシではなくなったのだから。 「さよならだ。蝕まれし生前の彼等の怨みを受けよ」 放たれた矢はアヤカシの粘液で止まるが、ここより先あるが弓術士の技。 形容し難い音が鳴り響き、アヤカシ『這い寄る病』の体を貫いた。 これにより、開拓者一同、どう動くべきかを瞬時に悟る。 這い寄る病が動く。標的は、雪刃。 しかし既に雪刃は踏み込みを始めていた。 防御が疎かになるも構わず、ただ一重にこの一斬に集中する。 這い寄る病の両腕が伸びるが、そんなもの雪刃の視界には映らず。見えるのは、斬るべき胴のみ。 敵が何をしてこようと、先にこちらが斬ればいいだけの話だ。 後も先もない、振り抜いた刃は大地をこすり、雪刃の背後に到るまで止まらず。 後を封じる先、それが一の太刀の目指すものだ。 よろめく這い寄る病に、アルクトゥルスが右前構えにて右突きを見舞う。 同時に振るわれる敵の豪腕を掻い潜り、突き立てた刃はそのままに左足を大きく踏み出す。 盾を持つ手も刀に添え諸手で抜き斬ると、粘液を引き裂くように刀が走った。 志郎は右腕を天に掲げる。 この動作は、手に持つ三つの飛礫を宙へと舞わせるもの。 綺麗に縦三つ並んだ礫の下には、肘を曲げた左腕が。 腕力のみならず、全身のバネを用いて腕を振るう。 一つ、二つ、三つ、落下してくる飛礫に合わせ腕を振るうと、ただ落ちるのみだった飛礫が神速を得る。 そは如何なる技か、世界の理より外れた三つは螺旋を描き、相互に位置を変えながら這い寄る病の懐へと。 着礫に合わせ動くは暁だ。 「フフフ。人間の偉大さは−恐怖に耐える誇り高き姿にある」 翻せば、さっきみたいなキモい目に遭うのは出来れば御免したいという話であろうが。 「恐怖に屈するものか! このまま縊り殺してくれる!」 前半分はちょっとかっこ良さげだが、まあ、後ろ半分は愛嬌という事で。 暁は突き刺さった礫を刀で思い切りぶっ叩き、更に奥へとねじ込みつつ即座に離脱。 次撃は少々強烈であるのがわかっているのだろう。 雪華が構える銃の根元、これに雪華の集中が為せる技か、人の持つ力、そのものが注ぎ込まれていく。 今や銃と一体となった雪華は、筒先にまで行き届いた神経が指し示す標的に、自らの分身と等しき弾丸を撃ち放つ。 着弾の衝撃は這い寄る病の表皮を円状に伝う。 その中心は、粘液が存在しない。 頭上で斧槍を軽々と振り回す漸は、間合い入りと回転の変化を揃え、円運動を直線運動へと切り替える。 「終わりな」 雪華が弾いた粘液の中心を、斧槍は正確に射抜いた。 尚も、漸の動きは止まらない。 全身に青筋が立つ程力みきった体より裂帛の気合が放たれると、大地についた両足が沈み込む程の衝撃が斧槍を伝い這い寄る病へと。 そこで、漸は一瞬だけ留まった後、大仰に斧槍を抜き敵に背を向ける。 くるりと回した斧槍が脇に納まると同時に、這い寄る病は爆散し果てるのだった。 とりあえず社の怪物を倒したという事で、メディカルチェックの時間を鳳珠は主張した。 一人一人丁寧に解術の法を施す彼女に、皆やきもきする部分が無かったとは言えまい。 それでも、この分野は鳳珠が責任を持って扱わなければならない案件。 そこが例え病魔の巣窟であろうと、皆を無事に連れて帰るのが巫女である鳳珠の役目なのだ。 傷の手当も含む一通りの処置を終え、条件付きですが問題ありません、との言葉に、皆が心より安堵出来るのも、そういった心構えを常日頃から巫女の皆がしてくれているせいだ。 この信頼の重さを、鳳珠は良く理解していた。 開拓者達にとって最大の難関はクリア出来たが、最もキツイ作業はこの先であった。 村に巣食う怪物と化した村人を全て倒し、火を放つ。 二手に分かれた一方で、志郎は温厚な彼にしては珍しい表情を見せる。 「なんか、だんだん腹立ってきました‥‥」 倒れ伏した村人を見下ろし、アルクトゥルスは誰に言うともなく呟く。 「いくさ場で露と消えるならば、それはソレで武人の本懐って奴だろうが‥‥」 やはり怒りの表情を隠せない鳳珠。 「村人は、そも武人ですらありません。これは人への冒涜です」 皆がしかめっ面でいるなか、暁は何故か、どういう訳か、絶好調であった。 「ヒャッハー! OBUTSUは消毒だぁぁぁ!!」 無言でソレを指差す志郎に、私に言うなとそっぽを向くアルクトゥルス、そして、青筋を立てながら額を抑える鳳珠であった。 燃え盛る村を見つめながら、雪刃は無言を保つ。 その表情に、感じる部分があったのか漸が雪刃の肩を叩く。 「このまま化物のまま放っとくのはまずいからな。‥‥安らかになれればいいが」 敢えてわかっている事を口にすると、雪刃は一度だけそちらを向いた後、再び村に視線を向けた。 誰かがやらねばならぬ事であったのは、皆承知しているのだろう。だからこそこれを完遂したのだ。 雪華は、手を空へと翳す。 来た時の気持ち悪さは失せ、村より吹き付ける熱波のみが手の平に触れる。 ふと雪華が隣を見ると、からすが弓を鳴らしていた。 残存アヤカシの最後の確認なのだろうが、その音色は何処かもの悲しく、皆の心を詠ってくれているような気がしてならなかった。 |