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■オープニング本文 ザワザワザワザワ。 薄気味悪いそんな気配に驚き起き上がると、両腕に感じた不快感は鳴りを潜め、ただ、薄茶色に焼けた肌が見えるだけだ。 「クソッ!」 苛立ち紛れに部屋の壁を蹴り飛ばし、漆喰の壁に大穴を空ける。 普段からそうであるのか、部屋には似たような穴が幾つもある。 苛々しながら家を出る。 夜の街は、歓楽街に相応しい喧騒に包まれているが、そんな賑やかさも彼にとっては不快の元でしかない。 ギラついた目で道を歩くと、脛に傷持つような者ですら道を譲る。普段はどれだけ大きな態度を取っていても、男の前では借りてきた猫のようになるのだ。 そんな連中が、心底から胸糞悪く。 極めつけは、一人では前に立つ度胸すら無い奴等が、徒党を組みさえすれば強気に出てくる事。 そう、今男を取り囲んでいる連中のように。 「矢作! てめぇよくもぬけぬけと街に顔出せたな!」 一党を率いるは、この年十四になるまで六回ぶちのめした桂という男だ。 「あ?」 矢作と呼ばれた男は桂の方を見ようともせず、取り囲む中の一人に目をつける。 「お前、良助じゃねえか。何だってお前までそこに居やがんだよ」 良助は、目尻を限界にまでひり上げた、憎しみに満ちた目を向けてくる。 「てめぇは自分のやった事も覚えてねえのか! ついこの間! 俺の弟半殺しにしやがったばかりじゃねえか!」 「……それは、つまり、あれか? お前も、俺の敵になるって事か?」 「もううんざりなんだよ! 気分次第で当たり構わずケンカ売りやがるわ、後先考えず番所の連中にまで手を出すわ、挙句! ガキの頃から一緒にやってきた俺の! 弟の顔すら覚えてねえってのはどういう事だ!」 桂、そしてその取り巻きは大爆笑である。 「ざまぁねえな矢作! 腹心にゃ裏切られ、てめぇの味方なんざ一人も残っちゃいねえんだよ!」 小さい頃から住んでいたこの街で暴れに暴れ、そしてふと気付いたらそこに居た。 そんな連中と一緒につるむのは、矢作にとって唯一といっていい安らぐ時間であった。 良く見ると良助だけではない。かつて仲間であった者が何人もそこに居た。 矢作は、彼等との時間を思い出しかけ、しかし、それ以上に込み上げて来るモノに全て塗り潰され、彼等に持っていた好意全てをも、共に消失させる。 「どいつもこいつも……俺をイラつかせやがるぜ……弟だぁ? そんなに大事なら俺の前に出すんじゃねえよ。クソッ、クソッ、虫の音が鳴り止まねえ」 子供のケンカ、そう呼ぶにはあまりに凄惨すぎる結末は、大人達の介入を招く。 死者二名、重傷者十名を出す惨事は、参加者の中に刀を持ち込んだ者が居たせいだ。 矢作はこれを奪い、尚も向かってくる者達を全て斬り倒したのだ。 騒ぎを聞きつけた街の志体持ちが、よってたかって襲い掛かりなんとか捕縛し牢にぶちこんだ。 そこでも暴れ続けた矢作が、若年だからと情けをかけてもらった刑を終え、牢より出て来た頃には十七才になっていた。 矢作が戻って来ても、街は変わらず。 矢作を排除した街のままであり、道行く人は矢作を見れば眉を潜める。 そんな中で、しかし、勇名というものに惹かれる、または利用せんとする者も居るせいか、何やかやと矢作の周りに人は集まって来た。 「イラつくんだよてめぇら!」 矢作の留守中、街で幅を利かせていた奴等を根こそぎ叩きのめすと、今度は子供の社会とは明らかに一線を画すプロが出張って来た。 人を斬る事に躊躇しない、敵を倒すに手段を選ばない、そも、戦わずして勝てるならそうする。 そんな奴等とのトラブルは矢作を一層イラつかせるが、それでも、牢に入る前の矢作とは違い、その暴力に方向性が見えて来た。 「何人でもかかって来いや! 全てぶち殺して俺がてっぺん取ってやらぁ!」 暴力の頂点を目指す。そう決めてからは、不思議と虫のざわつきは薄れた気がした。 文字通り力づくで立ち上げられた矢作組には、暴力をこそ至高と考える荒くれ者が集う。 矢作は時に、腑抜けた味方より、根性の座った敵の方を好ましく思える事があり、そう感じた相手に手を差し伸べる場合もあった。 もちろん、さんざっぱら殴り、斬り、全てを叩き壊してからの話であるが。 そうやって味方につけた男、陣内がある時矢作に問うた。 「虫って何なんすか? いや、時々口にしてるみたいなんで気になってたんすけど」 これを正面より聞く陣内のクソ度胸を、矢作は気に入っているのだ。 「……虫が、体を這ってんだよ。薄気味悪ぃ音が聞こえて、肌がざわつきやがんだ」 余人には理解しきれぬ言葉であったが、陣内は思い当たりでもあるのか、言葉を継いだ。 「そりゃあ、あれっすか。何か胸の奥っつーか、体の真ん中っつーかがざわついて、もやもやしやがってどうしようもなくなる感じ?」 驚いた顔で矢作は陣内の顔を見返す。 「お前もあんのか!?」 「俺もっつーか、ほら、この間幹部で酒呑んだっしょ。矢作さんはすぐ寝ちまったけど、残った連中でそんな話になったんっすよ。アレ何とかなんねーのかよって」 「そ、そうなのか……おい、他の奴にもこういうのあるって俺ぁ初めて知ったぞ」 「イラついてしょうがなくなるんすよね。俺ぁ、矢作さんにブチ殺されて……いや、違う。矢作さんが俺を誘ってくれた時っすよ。あれ以来、随分と大人しくなってくれたんっすよ」 「お、俺も、てっぺん目指すようにしてからぁ、それ以前に比べりゃ格段に良くなってやがんだ」 クククッ、と陣内は笑う。獰猛な、矢作が大好きな獣の臭いがする顔で。 「じゃあてっぺん取れりゃ、完全に収まってくれるかもしれやせんね」 矢作もまた、興奮に体を震わせながら笑った。 「そいつは最高だ」 依頼人は、かつての友をあらん限りの悪口雑言で貶し倒す。 正規のルートではないとはいえ、開拓者と繋がりを持つ男は、話半分にこれを聞き流しつつ最後にまとめて確認する。 「要はその矢作ってーのをぶっ殺しゃいいんですね、木島良助さん」 「そうだ! あのクソ野朗がコレ以上デカイ顔しやがんのは我慢ならねえ!」 「はぁ、しかし開拓者ってのは殺し屋じゃありませんぜ? あまりに筋の通らない話ぁ、そもそも受け付ける訳にゃいきません」 「殺し屋は前に失敗して以来ビビって手出さなくなっちまったんだよ!」 そりゃアンタがヘボしか揃えらんないような間抜けな繋ぎを使ってるからでしょ、とは流石に口にしない。 良助の依頼をのらりとかわした男は、金にはなりそうだと別口に声をかけ、矢作と現在対立している組からの依頼を成立させる。 彼は語る。 「時々居るんすよね、こういうの。アンタ等がてっぺん取った所で何が変わる訳でなし、ただただ他人を傷つけるだけだってのに。その手のが一箇所に集まってるってんなら好都合。イカレ野朗が幅利かせるようになっちゃ、街はお終いですからね」 彼は彼なりに、この街の先々を考えているのだ。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
フリーデライヒ・M(ib0581)
12歳・女・サ
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
黒霧 刻斗(ib4335)
21歳・男・サ
猪 雷梅(ib5411)
25歳・女・砲
ミーツェ=L=S(ib6619)
17歳・女・ジ |
■リプレイ本文 開拓者達は、全員がまとまって屋敷へと突入する。 技量の差をしょっぱなから見せ付けてやったりしたのだが、数の差と何より逃げたりしたら後が怖いらしい雑兵達は死ねやおらーと突っ込んで来る。 そして騒ぎを聞きつけた幹部達も乱戦に加わると、数の差からか開拓者達にすら右も左もわからぬ有様となる。 尤も、事前にどう動くかを決めておいたのはこの時の為だ。 ど真ん中で堪える役、突破して後衛を狙う役、各々が各自の役割を果たすべく動く。 開拓者側の後衛役である砲術士猪 雷梅(ib5411)は、後ろで撃つだけなんて楽な仕事はさせてもらえず、乱戦の最中で銃を振り回すハメになっていた。 駆け寄ってくる敵に、雷梅は筒先より弾を込めてる真っ最中。 「せっかちな奴だな。んな焦らねえでも‥‥」 刀が振り下ろされる前に、銃を手にしたまま足刀蹴り。 くるりと銃を手の内で回し、銃先を動きの止まった男の頭部へ。 「きっちりヤってやるからよ」 発砲の反動に体を任せ大きく仰け反り、側面より迫る敵の間合いを外す。 鼻先を刀がすり抜けていくのに、軽く口笛一つ。 そのまま体を半回転させ、何時の間にか右手にしていた短刀を逆手に、斬りかかってきた男に突き刺す。 悲鳴と共に崩れ落ちる男を見下ろしながら、槊杖を銃身に押し込む。 「ギャーギャー喚くな、うるっせぇ‥‥最期ぐらい静かにしろよ」 胸元を押さえ蹲る男に、ゆっくりと銃先を向けるも、他の男達は弾の込められた銃を持つ雷梅に恐れをなし踏み込めず。 にやりと笑い、引き金を引くと耳をつんざく聞きなれた轟音が。 すわと襲い掛かって来る男達に、雷梅は弾も込めぬまま銃を構える。 「こういうのはどうだ?」 練力の奇跡は、僅かに台尻に触れるだけで弾込めを可能とする。 驚愕に歪む男達と、信じられぬといった顔で自らの腹に空いた大穴を見下ろす男。 「ハハハッ! さっきの威勢はどうしたよ! ほら、弾は入ってねえぜ? だから来いよ雑魚っぱちども!」 近接戦闘とは、ただ刃を交えるのみにあらず。 こういった駆け引きもまた、戦いであるのだ。 真っ向より男達を迎え撃つ風和 律(ib0749)の前に、鋭い眼光が特徴的な男が出て来る。 彼が来るなり、男達の動きが変わる。 及び腰は鳴りを潜め、確実に斬れる踏み込みへと。 「かえってありがたい、か」 踏み込んでくれるのなら、こちらも狙い易いというものだ。 彼らに勇気の代償を要求しつつ、現れた男、陣内の動きから決して目を離さない。 大上段に構え、震えながら力を溜めた陣内は、フェイントの一つも交えずまっすぐに律を狙う。 まるで野獣のような剣を律は篭手にて受け流そうとして自らの失策を悟る。 これは、獣のごとき剣撃に剣の理合を乗せた一撃であったのだ。 流しそこない、しかし受け止めた腕は骨の髄まで響く衝撃に痺れ、感覚が失われる。 ぎしりと絡み合う刀と篭手。 陣内が叫んだ。 「殺れてめぇら!」 男達は陣内の命に従い、四方八方より律に刀を突き立てにかかる。 陣内の刀を外し、後ろに飛んで殺到する男の一人を盾に陣内の追撃をかわしつつ、他の男達の突撃をいなす。といった形で、一応こんな時でもどうすべきかは瞬時に律の脳裏に浮かんでくれる。 実行は至難なれど、このまま八方より串刺しより遙かにマシだ。 律は脳裏に浮かんだ回避案を、一瞬で思慮の外へと放り出す。 剣を持つ手も篭手に当て、腰を低く落とし、陣内とかみ合った体勢のまま前へと突き進む。 僅かに間に合わなかった分が腰、胴、肩をかすめるも、八方よりの串刺しは回避。 強引にも程がある前進は尚も止まらず。 陣内の背後に居た数人をも弾き飛ばし、庭にあつらえてあった池へと二人は飛び込んだ。 男達が見守る中、ゆっくりと、雫を滴らせながら律のみが立ち上がる。 律の膝回りを、ドス黒い渦が漂っていた。 「次だ」 まるで死人のようだ。 そう、アデルを見た時、黒霧 刻斗(ib4335)は思った。 奏でる調べも何処か空虚で、それでいて人を動かさずにはいられない何かを持っている。 雑兵達は心得たものでアデルへと迫る刻斗を体を張ってでも止めようとするが、他の手強いのは皆が相手してくれているので、刻斗はこれらを蹴散らすだけで良い。 刻斗の太刀が唸る。 本来馬上で使うような長大な刀であるが、刻斗の高身長故か案外にしっくりとハマって見える。 雑魚共を蹴散らしながら、刻斗はふと、戦闘の最中とも思えぬあらぬ思いに囚われる。 アデルが奏でる楽曲から、身を絞るような声が聞こえて来る気がしたのだ。 他の誰も気付いた様子は無い。いや、少なくともこの雑兵達に気付く事は出来ないだろう。 おそらく、他の幹部達にも。 刻斗自身音楽に造詣が深いわけではないが、それでも、心の奥底よりの叫びは、わかるつもりだ。 何もかもを奪われ、生ける屍と化した男に、最後の救いをと、彼は叫び続けていた。 失ってはならぬものを失った絶望は、他ならぬ刻斗ならば理解出来る。 命を助ける? 人間として生きる道をすら奪われ、悪行を悪行と認識する事すら出来ぬ程漆黒に染まった身を、救い出す術なぞあるものか。 周囲を取り囲む雑兵全てを斬り倒し、刻斗は大きく太刀を振りかぶる。 「手加減なんてできねーが‥‥てめぇには少し同情するぜ」 彼は楽器を取り落とし、魂にすら染み付いていた矢作への忠誠心に逆らい、両の手を広げ、微笑んだ。 誰もが強くあれるわけではない。 アデルの心はとうの昔にすり減り、最後の笑み一つ分を残し磨耗しきっていたのだ。 太刀についた血を払うと、刻斗は久しぶりに胸糞の悪くなる最低な気分を思い出した。 柄だけで自身の身長の半分もある大刀を、フリーデライヒ・M(ib0581)は大きく薙ぐ。 斬るというより、鉄塊で殴り飛ばされるといった方がより正確であろう。 真横に薙ぐ形であるが、自周囲全てを一回転するでもないので、当然剣の死角は発生する。 その位置で、ミーツェ=L=S(ib6619)は踏み込んだ男達を、残念っ、と仕留める。 こうして完璧に回っていたコンビネーションを崩したのは、幸一と呼ばれる魔術師だ。 フリーデライヒとミーツェのターゲットである幸一自身は上手く逃げ回りながら、配下達にはフリーデライヒの剣の間合いギリギリで牽制を続けさせる。 配下の者達は、志体持ちを翻弄せねばならぬ程の運動量を要求されている為、皆死にそうな顔をしているが。 逃げ回りながら幸一が放つアークブラストは、確実にフリーデライヒとミーツェを削り取る。 「ふふん、そろそろ諦めたらどうだ? お前達のその美しい体に傷でもついたら事だしな」 肩で息をしながらフリーデライヒが答える。 「随分と紳士な申し出であるな」 「お前達は良い。特に幼く見えながらも(以下略)が大層良い。二人揃って俺のカキタレにしてくれるわ」 フリーデライヒは声高らかに笑う。 「その貧相なナリで妾を満足させると? 獣のごときという他幹部ならいざ知らず、おぬしではのう」 部下達の失笑が聞こえる。 幸一の顔が羞恥に引きつり、そして、彼の回りを警護する者以外、つまりフリーデライヒ達を取り囲んでいた者達は、後ろも見ずに逃げ出した。 大地より小刻みな振動が伝わって来る。 どうやら洒落にならない事になってしまったらしいが、しかしこれは好機でもあろうとフリーデライヒは斬竜刀を大きく後ろに引く。 フリーデライヒは背後を固めていたミーツェに問う。 「乗れるか?」 「任せやがってください」 柄の先と鍔元を握ると、柄が長すぎて最早刀ではなく棍を持つように腕が開く。 この状態で、フリーデライヒは斬竜刀を肩越しに振り上げる。 如何な強力を誇るとて、これほどの重量の刀を振るうのであれば、初速はどうしても重くなってしまう。 ミーツェは、フリーデライヒが刀を振り上げる動作から、刀先に加重と速度が乗り切る瞬間を見極める。 そして飛ぶ。 フリーデライヒの肩を蹴り、天を突く勢いで振り上げられた刀の先に。 早すぎれば刀はミーツェの体重に勢いを失い、遅すぎれば刀の加速を妨げる事になる。 神経をすり減らすような細かな作業をこなしたミーツェは、フリーデライヒの剛剣を全身で味わいながら更に宙を飛んだ。 フリーデライヒが振り抜いた斬竜刀は、砂利が敷き詰められた大地に刃全てを埋めてしまう程の威力である。 弾丸のごとく空を飛ぶミーツェは、無手のまま大きく両腕を開いた。 少々勢い良すぎたが、ミーツェはくるりと半回転し大地と逆しまになる事でこれをクリア。 幸一の頭上を飛び抜けながら、両腕を十字に交差させる。 着地と同時に噴出す悲鳴と血飛沫。 「きゃははは♪ もっと楽しませやがってくださいよ?」 絶好調で振り返り追撃を狙うミーツェであったが、幸一は既にばたりと倒れた後であった。 「もっと鳴いてくれくれやがらないとつまらないんですよね」 そう呟きながら幸一を護衛していた者達を見ると、彼等はそりゃもうな勢いで逃げ出すのだった。 鬼灯 恵那(ia6686)は雑兵の中を後衛二人を狙うべく走っていると、不意に側面より凶悪無比な気配を感じた。 「わっ」 刀の背に逆手を当て構えるが、体勢を整えきる前に奴が来た。 「良く来たクソッタレ! 歓迎するぜぇ!」 漆喰の壁をぶち破りながら飛び出して来たのは矢作であった。 如何な剣豪恵那と言えど、崩れた姿勢で連撃を受け続けるのは至難。 剣同士を絡み合わせ、身動きを封じてから真横よりの回し蹴りを叩き込まれた恵那は、柱をへし折り、障子をぶち破って屋内へと叩き込まれる。 恵那が苦痛を堪えながら立ち上がるが、迎撃の態勢が整う前に矢作は更に飛びかかって来る。 そうはお目にかかれぬだろうイカレた前進圧力を、手持ちの剣技全てを駆使していなし、凌ぐしか恵那には出来ない。 客間をまたぎ、廊下を渡り、またも壁に叩きつけられ、更に奥の部屋の襖をぶち破る。 最後の障子を突き破り、屋敷の反対側、裏庭に叩き落される恵那。 縁側より庭に落下した分、僅かにだが矢作とは距離が空いた。ようやく、迎え撃つ溜めを作る事が出来る。 体を前傾に倒し、迎撃の刀を振るわんとした恵那であったが、矢作の刀がぼうと姿を消す。 柳生の奥義、無明剣だと気付いたが、恵那も既に刀を出している。引くのは絶対に間に合わない。 恵那の刀身も、矢作同様視界から消えて失せる。 「‥‥嘘、だろ?」 「あれだけ見れば、体が覚えてくれるよ」 矢作の剣筋を体に覚えこませ見えぬ剣をかわし、隼の如き速さで矢作を捉えたのだ。 「ふざ、けんな‥‥俺は、てっぺんを‥‥」 恵那はじんじんと痛む脇腹をさすりながら、倒れた矢作を見下ろす。 「漠然とした暴力だけじゃ何も解決しないんだよね。やっぱり方向性が大事なんだよ、うんうん」 「矢作さんがやられたぞー!」 そんな大声が聞こえるも、天津疾也(ia0019)と戦闘中の文也は鼻で笑う。 「アホか、あの人殺るとかありえねえだろ」 まるで信じていない文也であったが、オドゥノール(ib0479)と対している斬九朗の変化は劇的であった。 「そうか! 死んだか! はははははっ! お前達ならばもしやと思っていたが! そうか死んだか!」 即座に身を翻す斬九朗。 「戦果は充分! いずれ貴様等も俺がこの手で殺して‥‥」 オドゥノールの剣が閃く。 「誰が、逃げていいと言った?」 舌打ちしつつ斬九朗は足を止める。 一方疾也は、片手持ちに刀を垂らし、残る片手を自由にしておきながら文也を正面に収める。 「あんたは逃げんのか?」 「‥‥聞かせろよ。他の連中も、てめぇみたいな腕利きばかりか?」 「さてな、少なくともあんたよりゃ強いやろな」 文也の瞬速の踏み込みは、容易く疾也の懐を奪う。 右上段拳、首のみを捻ってかわす。 左下段蹴、逆半身になりながら半歩下がる。 左足が跳ね上がり踏み込みつつの足刀、前に出ながらかがんで外す。 右飛び回し蹴り、下より自由な手ではたいてそらす。 そのまま文也の胴を、突くでもなく、打つでもなく、軽く触れるように押す。 体幹を崩された文也はたたらを踏んで後退。 速さが命の泰拳士が、懐に踏み込んで尚捉え切れない。 当然、焦る。 今度は見え難い連携を、そう文也の加重が前へと動いた瞬間、疾也の刀が走る。 隙を見て懐へ、そうした所で疾也を捉えるのは困難と刷り込んである為、文也からの反撃は余程大きな隙でもなくばあるまい。 その上で攻める。 この辺りの組み立ての妙は歴戦たる所以であろう。 右袈裟からの突きを見せつつ、下がる文也を大きなすり足で踏み込み追う。 しかる後、右前の姿勢から左前の姿勢へと切り替える更に大きな踏み込みにて左袈裟に。 横薙ぎの一閃は、受けに回した文也の手甲を弾く軌道へと変化し、開いた胴を鎧ごと強打する。 疾也の連撃に対して文也の受けも捌きも、何一つ機能しない。 文也の表情から、焦りを通り越し諦念が見て取れるようになった所で、これまで二度程見逃してやっていた致命的な隙を突いた。 「ええ冥土の土産、出来たやろ」 「まだ我が身の未熟さに気付かないのか?」 屋敷を出てすぐの所で、荒い息を漏らす斬九朗に言い放つオドゥノール。 この期に及んで、彼は笑っていた。 「抜かせよ! 俺が一番なんだよ! 俺より強い奴ぁどんな手使ってでも殺してやんだよ! もちろんてめぇもきっちり夜討朝駆け不意打ち上等でぶっ殺してやるから覚えとけ!」 走り出す斬九朗に、追うオドゥノール。 斬九朗の逃げる先より現れた二つの影。 「悪ぃな、やっぱりてめぇはここで死ねよ」 虚ろな目をした二人の男は、長銃を構えていた。 騎士たる者、如何な事態においても自暴自棄になるべからず。 例え免れえぬ死を前にしたとて、否、そんな時こそ、何処までも騎士たれと教えられる。 ましてこれは、オドゥノールにとって免れえぬ死などでは断じてない。 弾速が異常に早い銃とて筒先から飛び出す構造であり、その攻撃先を大まかに見切るのは難しくない。 盾を斜めに構え、半身のまま駆け寄りつつ急所を庇い、後は精霊様のご加護を祈るのみ。 弾丸一発分はご加護により、残る一発は斜めに構えた盾で弾き、最後の一撃、斬九朗の一の太刀は剣士の技量で潜り抜ける。 低い姿勢で滑るように背後まで駆け抜けたオドゥノールは、大地に引っ掛けていた両足が速度を殺しきるなり振り返る。 視線より先に剣が走り、体がそれを許す前に強引に頭部を真後ろに向け、全身が制動を取り戻すなり体全体を後ろに。 この間、体幹がブレる事は一切無い。一部の隙も見出せぬ芸術性すら漂わせる反転だ。 すり抜ける際致命打と思しき一撃を入れた事を確信していながら、こう出来るのが一流なのであろう。 「何が足りない、そういう話ではない。全てが未熟なのだお前は」 |