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■オープニング本文 鬼丸道場に、二人の若き剣士あり。 一人は風間新平、剣の道にしか興味を持たぬ寡黙な男。 一人は藤枝豪気、漲らんばかりの覇気に満ちた男。 この二人の高弟は、近隣に名を轟かせる程の腕前を誇り、いずれかが鬼丸道場を継ぐであろうと皆が確信していた。 しかし、そこに第三の男が現れる。 名を北見三十郎といい、二人には劣るものの見事な剣技を持っていた。 問題はこの北見が、鬼丸道場の一人娘妙に懸想した事から始まった。 鬼丸道場の門を叩いた北見は、娘への情熱を剣術修行に向け、二人の高弟に迫る勢いでめきめきと剣の腕を上げていったのだ。 風間は黙して語らぬままであったが、藤枝は露骨にこれに不服を唱える。 元々北見は他流派で腕を磨いていた人間であり、もし北見が跡目を継ぐようなことになれば、鬼丸道場を乗っ取られるようなものだと藤枝は感じていたのだ。 鬼丸道場の主、鬼丸恒元は老齢故、跡目は早めに決めねばと考えていたのだが、三人の男いずれも一長一短あり、容易に決めかねた。 北見はそんな鬼丸の考えを見抜き、一計を案じた。 全てを妙に託そうと申し出たのだ。 道場の皆に内緒で、妙とは既に幾度かの逢瀬を重ねていたので、北見は絶対の自信を持ってその日に望み、見事鬼丸道場の跡目を勝ち取った。 しかしこれで収まらないのが藤枝である。 決定が下された日の夜半、道場内の幾人かを引きつれ、北見と主の下へと乗り込んだ藤枝は、そこで思いも寄らぬものを見る事になる。 青ざめた顔の妙、無念そうに目を瞑る主鬼丸恒元、そして、胴より血を吹き倒れる北見と、血刀を下げた風間がそこに居た。 風間は静かに告げる。 「藤枝か、ちょうど良い。後は我等のいずれが上か、決着をつけるだけだ」 道場内とはいえ、ここは街のど真ん中。そこで殺し合いなぞ許されるはずもない。 藤枝は大きく笑い声を上げる。 「そうか! そうだな風間! お前は正しい! 剣の道を継ぐはより強き者! 女がどうのと心得違いをしておったは俺の方であったわ!」 しかし、と藤枝は続ける。 「お前がそうでるのならば俺も俺の道を行こう!」 師、鬼丸恒元の前に刀を抜き立ちはだかる。 「我が師よ、これより皆伝頂きたく候」 誰が何を言うより先に、ただの一刀で鬼丸を斬り倒す。 「貴様!?」 突きかかる風間、刃を滑らせこれを凌ぐ藤枝。 「これで鬼丸流は俺のものだ。さあ、どうする風間?」 「ふざけた事を! 妙様! 師匠を早く医師に!」 妙は北見が斬られた時より震えが止まらぬのか、首を何度も横に振るだけで動こうとはせず。 風間は舌打ちと共に藤枝を突き飛ばし、鬼丸を抱え道場を飛び出して行った。 結局、鬼丸は手遅れであり、失意に膝を折る風間。 そこに、ぼうとした顔の妙が現れた。 「‥‥申し訳ありません妙様。私がついていながら‥‥しかし! この仇は必ずや‥‥」 妙は、風間の声を遮るようにこれを罵る。 「黙りなさい人殺し。警邏に伝え、すぐにもお前をお上に突き出してやるわ。どうして、あの人が斬られねばならなかったというの!?」 風間の価値観は、全てにおいて鬼丸道場と剣の道が優先するように出来ていた。 なればこそ、鬼丸道場の為にならぬと判断すれば即座に北見を斬るし、これと恋仲であったと聞いても妙に対し敬意を失わないのだ。 「あの人は私と添い遂げたい一心でしたのよ! その何処が悪いというの!?」 風間は北見の本心を見抜いていたが、それを口に出す事は無かった。 もし北見がただ妙と結ばれたいのならば、跡継ぎと娘とは別個に考えるべし、そう強く師に伝えるべきであった。 なのにそうしなかったのは、北見の心に、鬼丸道場という甘美な果実をも共にという野心があったせいであろう。 風間は妙と師の亡骸に一礼すると、その場を後にした。 藤枝とその一党の遺体を見下ろし、風間は夜空を見上げる。 北見の恋心が野心へと変わっていった時、これをたしなめるべきであったのかもしれない。 思っている事を正確に伝えるのが苦手であり、それ故に剣の道に没頭したのだが、それでも結局、人に自らの意志を伝えねばならぬ場面は存在し、その時風間に選べるのは斬るか耐えるかしか無かった。 今、こうして躯を晒している藤枝の事も、風間は嫌いではなかった。鬼丸流凋落の原因であった北見ですら、必死に剣に打ち込む姿に好意を抱いていたのだ。 かつて三人で技を競い合った頃を思い出し、僅かな感傷に浸るも、風間は強く首を振って自らを鼓舞する。 最早強き鬼丸流を残し得るのは、風間新平をおいて他にはいないのだから。 風間新平が手配書に名を連ねて早一年。 彼は、彼に出来る最大限で鬼丸流を継いでいた。 お尋ね者となった風間は、同じ身の上の者の中で、これと目をつけた者に鬼丸流を教え込んでいたのだ。 剣しか知らぬ風間の修行だ。町道場で許される域を遙かに超す壮絶な修行を門下の者へと課す。 風間は百人を超える者に目をかけながら、生き残ったのはたったの五人。 彼等五人は、屍と化した他門下生の血でも啜ったかのように強かった。 誰一人逆らえる者なぞ居ない程、強かったのだ。 妙は風間を恨みながらも、何処までも鬼丸流に拘るその姿勢を、誰もが認めるようになった鬼丸流の武名を喜んでいる部分もあった。 そんな自らを嫌悪した妙は家財一式を売り払い、開拓者に風間新平とその一党の退治を依頼する。 手配書が広まりながらも風間がこれまで無事であったのは、彼と彼の一党は剣を極める事に執心しており、これに目をつけた街の権力者の庇護を受けていたからだ。 街からは外れた場所だが屋敷を一つ与えられそこに定住しているのだから、お尋ね者には破格の扱いであろう。 妙は風間の全てを奪い去るべく、五人の門下生が揃う道場での訓練時を狙うよう依頼する。 それは同時に鬼丸流の終焉も意味する事であったが、妙は、そうあるべしと決断したのであった。 鬼丸流の娘ではなく、一人の女として、妙は風間との決着を望んだのだ。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「風間、貴方も鬼丸も、今日で全てがお終いなんですよ」 真亡・雫(ia0432)は何やら興味深げな顔で雫をじろじろと見ている諏訪と対峙していた。 「お前、良いな、気に入った。しばらく夜伽の相手はお前に頼むとするわ」 「念の為言っときますけど僕はおと‥‥」 「見りゃわかる」 片眉をひくつかせる雫に諏訪の刀が伸びる。 雫は直線の軌道が変化する様を読み、大きく前かがみになりながら踏み込みつつ下から斬り上げる。 諏訪は片手を刀より離しこれをかわす。 同時に諏訪は、突き出した刀の根元を雫の頭部にあてがうように滑らせる。 雫は首をぐるりと回してこれを回避しつつ、諏訪の両足を薙ぐ。 諏訪、真後ろに飛び距離を取る。 最初の間合いに戻ると、諏訪の気配が著しく変わった。 「‥‥わかった、本気でやるわ」 正眼に構えた雫は、ここで改めて名乗る。 「名は真亡雫、闇路への御案内仕る」 至極読みずらい。雫は諏訪の動きをそう感じた。 二の腕に負った深手からは止まる事なく血が滴り、足を貫いた一撃のおかげか全ての挙動に激痛が伴う。 諏訪はここまで追い詰めておきながら、決して不用意な大振りは用いない。 相手の技量次第でこれを当然のごとく行なえるのが天才の天才たる所以か。 突如、雫の刀が神速を得る。 攻撃に余力を残していると見ていた諏訪は、受けこそし損ねるものの動揺する事は無い。 冷静に反撃を。 しかし、次も、その次の剣撃も、諏訪の予測し得る、反応し得る域を遙かに超えた剣が襲い続ける。 あまりに強烈な最後の足掻き。諏訪とて対応せざるをえない。 急ぎトドメをと、とっておきの斬撃を雫へ見舞うが、雫は強引な形でこれを受け止める。 体勢は崩れ、上半身が大きくぶれる。 その状態で雫は、下半身を頼らず腕と体の振りのみで、秋水の技を打ち放った。 崩れぬ天才をも崩したのは、自身の体、命を囮にして尚恐れる事の無い勇であろう。 「‥‥何か最期に残すことはありますか?」 「ねえよ」 天才は遊戯に負けた童のような顔で逝った。 やる気満々な池上を前に、真珠朗(ia3553)はすらりと刀を抜く。 対する池上もこれに倣い、待ちきれぬといった風情で刀を抜いた。 そこで不意に真珠朗は刀を手より取り落とす。 予想だにせぬ隙の発生に、池上は出るか否かを一瞬だが迷う。 そして真珠朗はといえば落とした刀には目もくれず、懐より宝珠銃を取り出しぶちかました。 轟音と共に吹っ飛ぶ池上。 「貴様っ!」 激怒する池上に、真珠朗は刀を拾いながら惚けた口調で答えた。 「いや、貴方みたいな人を見るとおちょくりたくなるんすよねぇ。波長があわないというか」 出入りを重視する真珠朗と剣術に専心する池上とでは、波長どころか戦い方も実にかみ合わない。 池上は苛立たしげに吠える。 「あちらこちらと飛びおって、そんなに我が剣が恐ろしいか。貴様も剣を用いるならその技俺に見せてみろ!」 池上の言葉を、聞き流すように手に持った刀をくるくると宙に放る真珠朗。 何処までも人を食ったような態度を崩さないのだが、落下してきた刀を、真珠朗はぽろりと取り落としてしまった。 「同じ手を!」 今度は即座に踏み込む池上。 「やりませんよ、流石に」 落下していく刀が地に着く前に足甲で弾き、池上が踏み込みきる前に再び手にする。 池上はそこに真白き虎を見た。 突き出した池上の刀は仰け反りかわされ、真珠朗が同時に振り上げた左足が池上の右脇腹を下より蹴り上げる。 蹴りの衝撃が池上を突き抜ける前に、真珠朗の忍刀が池上を袈裟に襲う。 技の継ぎ目がまるで見えなかった池上は、同時に上下の一撃をもらったような錯覚に囚われ、倒れ伏した。 「『敵』でも無い相手に真っ向勝負なんてしませんよって話なんすが。貴方、必死だから一回だけですよ? 特別に」 有栖川 那由多(ia0923)は道場よりずらりと出てきた強面を前に、心の中だけでぼそりと呟いた。 『あれ、これって道場破りってやつ‥‥? 屈強なおサムライさん達の中に非力な俺が行くとか、正直早まったな‥‥』 そんな感想に正直に、負けず劣らずヤってやるぜオーラが噴出してる近接職の皆さんの後ろにこそこそと移動してみたり。 それでも戦闘が始まると、折につけこちらに色気を出して来る奴も出てくる。 「はいはい、そこまで。止まって止まって」 惚けた口調で呪縛符万歳。 一瞬でも足止めが出来れば、仲間がフォローに来てくれる。 雪切・透夜(ib0135)が盾で押し込み、突き、薙ぐ。 その全てを完璧なまでに防ぎきる但馬。 呪縛の符に動きを制限されながらも、これほどの剣技を披露しうるのだ。 透夜の額に冷や汗が一筋。 実際、剣を合わせた直後に気付けた。 ねばつくような但馬の連撃を、透夜には防ぐ術が無い。 又このぬめりのある剣の走りは防御にも活かされており、透夜は全身を粘液で絡み取られた錯覚を覚える。 但馬の刀が伸びる。 斬りつけてるのか突き込んでくるのか区別のつかないような一撃。 盾で抑えようと翳すが、何と剣先が盾の表面を滑り進んで来るではないか。 「え?」 滑るのみならず逸らされたと気付いた時には、但馬の刀は透夜の左脇に深く突き刺さっていた。 急速に全身から力が抜け落ちていく感覚。 体を支えている事も出来ず膝を地に着く。 「出てこいモノリス!」 仲間のそんな声が気付けになってくれた。 同時に透夜と但馬を分けるかのごとく黒き壁がそそり立ち、押し出されるようにたたらを踏んで後退する透夜。 この壁を出した当人は、やっべこれ前に時間稼ぎにも使えなかったの忘れてたー、などと焦っていたのだが、透夜はおかげで呼吸を整える猶予を得た。 更に治癒の術まで飛ばしてもらえたのだから、文句なぞあろうはずもない。 黒壁が打ち砕かれると、透夜は傷口を庇うように右前の構えにて踏み出す。 怪我の隙にと狙っていた但馬の剣が僅かに早いが、盾を頭上に翳して受け止めながらくぐり平突き。 そこから更にもう一歩。 肩を入れて刀の表面を盾で滑らせ、懐深くからの本命打。 斜め上へと突き上げるように盾を叩き付ける。 苦悶の声を確認するより早く但馬の脇腹に剣を添わせ、その背後へと踏み出す足に合わせて剣を抜き斬る。 互いに背中合わせの位置取り。二人は同時に振り返る。 剣の間合いを確保すべく、両者が半歩下がりながらの反転。 但馬よりの横薙ぎの一撃を、頭を落としかわす透夜。 透夜よりの平突きを首を捩ってかわす但馬。 しかし次撃は圧倒的に透夜が早かった。 手首を捻り肘を入れ、剣を突き出した形よりこれを引き下ろす。 「可変平突き‥‥。志士のそれを、自己流に解釈した結果ですよ」 最も刃が鋭い切っ先の部分で引っ掛けるように動脈を撫でれば、それだけで、敵は倒しうるのである。 敵を計るように斉藤晃(ia3071)はじろりと加納を睨みつける。 矛を交えてからこのかた、この男表情を見せぬ。 狂人と聞いていた晃は訝しげに思ったが、蛇矛を加納の頭上より力任せに叩き付けた時、ようやく狂人たる所以を理解した。 数度刃を交え、既に晃の怪力を理解してるはずの加納は、しかし刃さえ無ければ構わぬと頭部を打たれるに任せ、同時に刀を振るって来たのだ。 辛うじて刃は鎧で受けた晃だったが、それでも刃先を滑らせ鎧の隙間にこれを突き刺す加納。 そんな技を、頭部を痛打された直後にするというのだからとんでもない話だ。 薄ら寒いものを感じるような彼の動きに、晃は得心したとばかりに頷く。 「なかなかと面白い」 こういった敵には、距離と間合いを味方につけ無茶な動きの隙を狙うのが定石であるが、蛇矛と刀という間合いを味方につけやすい武器でもあるが、晃もまた全撃必殺を狙う。 寒気がするような刀撃を、肩当を強く打ち出す事で弾く。 鋼をすら貫くだろう矛撃を、刀の背に手を当て両手で力任せに逸らす。 全てをかわしきる事は出来ず、両者の血飛沫が景気良く飛び交う真っ向勝負の削りあいは、やはり間合いの利からか、晃の剛撃が先に加納に叩き込まれる。 体の半ばを斬り裂かれながら、加納は、しかし、止まらなかった。 巨漢の晃を壁に叩き付ける程の斬撃を見舞い、そのまま前のめりに倒れる。 晃は壁際によりかかるように座り込みながら加納に問う。 「おい、まだやれるんか?」 「‥‥無理、を、言う、な‥‥」 「さよか」 「俺、の負け、か‥‥まあ、いいさ。お前、のような男の、血が見れた、の‥‥だか‥‥」 そのまま事切れた加納に、晃は自分もちょっと動けそうにない事を教えてやった方が良かったか、などと愚にもつかぬ事を考えていた。 こいつは理と知で剣を振るっている。 これが竜崎と剣を交えた風雅 哲心(ia0135)の感想だ。 それだけならば楽なのだが、と哲心は突如攻め方を変える。 並みの剣術にはありえぬ角度からの斬撃を繰り返し、かと思えば刃の鋭さではなく精霊力にて導き出した雷にて仕掛ける。 おおよそ剣術とはかけ離れた動きであったが、竜崎はブレず揺れず。彼は理知のみの男ではないらしい。 「なるほど、こいつは噂通り、いやそれ以上だな。それじゃあ、こっちもそろそろ本気で行くか」 竜崎の額を一筋の汗が伝う。 哲心の言葉がはったりなどではないとわかっているのだろう。 いや、まあ、実の所、冷や汗が垂れたのはその事ではなく。 「あ、もしかして余計だったか?」 竜崎を手強い相手と見た那由多が、しれっと呪縛符をぶちこんだりしてくれたせいであるわけだ。 ぷっと噴出す哲心。 「いや、これもまた戦いだろ」 竜崎はこれ程に疲れる戦いを経験した事が無かった。 一日中剣を振っていても衰えぬ程に鍛えてきたのだが、ものの十数合打ち合っただけで、呼吸も覚束ぬ程に疲労してしまっている。 呪縛の符、与えた傷を癒す術、これらはそれだけで心を折るに充分であったが、より以上に神経を疲れさせていたのは哲心の動きであった。 何せ読めない。 肩を入れているのか踏み込みに秘密があるのか、やたらと剣先は伸びてくるし、床に刀を叩き付けて跳ね上がらせるなんて発想、まともに剣を学んでいて思いつくはずがない。 万事がこの調子で、これだけ打ち合っているというのに剣筋がまるで見えてこない。 幾度かこちらの刀も当たっている。この緊張を維持さえ出来ればきっと打ち崩せる。そう信じて刀を振るい続ける。 変則、雷、正面からですら見えぬ剣。 ようやくこれらに対応出来、見切っての攻撃をと踏み出した刹那、竜崎の視界は暗転した。 その一撃が惚れ惚れする程正統な袈裟斬りであったと、竜崎は最後まで気付く事は出来なかった。 「確かにあんたは強かったが、所詮はその程度だ。道場という枠に捉われているようじゃ、そこから先に進む事はできねぇよ」 梢・飛鈴(ia0034)、犬神・彼方(ia0218)、いずれも一騎当千の開拓者である。 相手がアヤカシだろうと歴戦の猛者だろうと、残らず叩き潰して来た生粋の戦士である。 それが、たった一人の人間に苦戦を強いられるというのはどういう事であろうか。 彼方の十文字槍による突きは、大雑把とは数十里単位でかけ離れている。 突き出し先をを読まれぬよう肩の動きは最小限に、重心もまた無理に槍先に乗せたりせず、足先から頭頂までを突きの動作開始までぴくりとも動かさぬ。 槍術を知らぬ者なら突かれたと気付く事すら出来ぬ程の神速。 しかし風間はこれを数寸で見切ってかわすのみならず、戻しに合わせて踏み込んで来るのだ。 彼方の左手が弾かれたように槍より外れ、槍使いの手先を狙う定石を何とかかわす。 彼方は鎧の強度と自身の体力を信じて歯を食いしばり、返す二撃目に備える。 脇腹が消し飛んだかと思えた。 大きく後ろに飛ばされながら体勢を整え、手で打たれた腹に触れると、どうやら残ってはいてくれてるらしいと僅かに安堵する。 飛鈴の下段蹴りが刀を振り切った風間を襲う。 そこで飛鈴は信じられぬものを見た。 風間の体を挟んで逆側にまで振りぬかれたはずの刀が、どういうわけか既に戻されているではないか。 彼方を、そう、陰陽師であった頃から強靭無比と謳われた犬神彼方を吹っ飛ばす程の斬撃を放っておきながら、この戻しの速度はありえない。 飛鈴の集中力が極限にまで高まる。 普段ならば見えぬ速度をすらその目に映し、もどかしさをすら感じる最速でその身をよじる。 見切れたはずなのに、刀の軌跡が自らの首を通り過ぎたような錯覚を覚える。 たまらず数歩下がるが、本来剣と拳では接近しなければ勝負にならない。 にも関わらずそうせざるを得ない程の、斬撃であったのだ。 彼方と飛鈴双方共に、実に、心底、どうにもならぬ程に、生きた心地がしない。 怯え震え、逃げ出しかねぬ恐怖に見舞われながら、飛鈴が問い、彼方が応える。 「コイツ、ツキのナイ奴だと思ってたケド、ツイてナイのはもしかしてこっちカ?」 「かぁもな。楽しみにしてきた甲斐はあったみたいだぁぜ」 風間を相手に、これまで致命打を浴びずにいたのは奇跡に近い。 飛鈴はひたすらに耐えながら、一手を決め手とすべく戦いを積み重ねて来た。 ただ一点に絞っての狙いであったが、それをすら絞りきれぬ。 上段よりの斬り下ろしはこれまで六度見て、間が計りきれなかったのが五回。 内の一撃は、もう一度見てもかわせる気がまるでしない。 それ以外なら全て対応出来る。 だから飛鈴は、その決してかわせぬだろう一撃に的を絞った。 それ以外は全部捨てる。つまり、それ以外だったらどうしようもない程に踏み込んでしまうという事だ。 風間の刀が上段に振り上がる。 もう物を考えては反応出来ない。 剣先が肩口に触れる。 強さより速さ、そう、決めていた。 「よぉくやった!」 飛鈴の拳が半瞬早く風間の持ち手を打ち、刀を弾き飛ばしていた。 彼方はこれまで隙が小さい分威力に劣る攻撃しかしてこなかった。 風間を相手にするなら当然の選択なのだが、この一瞬のみ、飛鈴がそうしたように彼方もリスクを度外視する。 ここで決めねば、もう二人に風間の剣撃を凌ぐ余力はない。 決して外せぬ、ここで崩す切欠だけでも得られなければ後はジリ貧が目に見えている。 そんな一撃を背負って、しかしそんな一撃だからこそ決めて見せるのは、彼方が常にたくさんのものを背負い続けてきたからなのかもしれない。 全てが終わり風間の道場を後にする一行であったが、そこに同行していたはずの鬼丸の娘の姿は無かった。 真珠朗は、彼にそう問う理由を口にせぬまま結果だけを訊ねる。 「大丈夫なんですかね?」 晃は頬を赤く手形に染めながら肩をすくめてみせた。 「不器用なのは風間だけじゃないみたいやな。それでも、まあ、あの調子なら大丈夫やろ」 |