SPEED!
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/09 00:24



■オープニング本文

 とある工房。
 世間的には『狂人』と呼ばれる類の一人の天才が、一隻の船を作り上げた。
 空戦においてはより上空を確保したものが有利であるが、この常識に真っ向より立ち向かって行ったのだ。
 戦艦に要求されるのは同じ船を相手にする能力ではなく、対地攻撃にこそその真髄があるとの信念の元に。
 そもそも船とそれ以外では根本的な出力が違う。
 他では考えられぬ重装甲を施し、圧倒的な高火力を備えながらにして、高い移動速度を維持出来るのだ。
 といった設計思想の元作り上げられた船であったが、そこには致命的すぎる欠陥が存在した。
 地表近くでの作戦のみを想定して作られた為、そもそも上空高くに舞い上がる為の能力が欠如していたのだ。
 超がつく低空を移動出来れば充分、そう設計者は豪語したのだが、障害物の全くない空とは違い、地上には地形もあれば建物も自然も存在する。
 こんな馬鹿デカイものが空を飛ぶ速度でこれ等に突っ込むなぞと、正気の沙汰ではない。
 開発を依頼したとある軍人は、とりあえず動かしてみた後、速攻で設計者諸共この船の廃棄を決めた。
 軍船であれば通常それなりの警備がなされるはずだったのだが、こんなアホみたいな船誰が盗むかとてきとーに放置しておいた所、事情を理解せぬままにとある盗賊が船を盗み出した。
 火器も全部外してあるし、どーせ廃棄じゃ知った事かぼけー、とその軍人は放置を決め込んだのだが、これを盗み出した盗賊は、船の性能を心の底より堪能していた。


「すっげぇよこれ! めちゃくちゃはえええええええ!」
 艦橋にて舵を握りながら叫ぶは、この盗賊団の頭、フリード・マーキスだ。
「あぶねっ! おい馬鹿! 端っこ引っ掛けてんじゃねえか!」
 顔面にぶちあたる勢いの風にも盗賊団戦闘員ロッドは平然としながら、しかし操縦の下手くそさに力の限り抗議する。
「うはははは! すげぇすげぇすげぇ! 風景が前しか見えねええええええ! 横の景色なんざふっとんでくみてぇだ!」
 盗み出した時、艦橋の天井を倉庫の上端に引っ掛けたせいで、壁から天井から吹っ飛びむき出しになった艦橋で、戦闘員ブリッツは超ご機嫌である。
「空飛ぶのよりずっと楽しいぞ! うおっ!? フリード旋回しろ! あの先は崖だぞ!」
 皆同様高いテンションで叫ぶ射撃手カイに、フリードは高笑いしながら怒鳴る。
「知るかぼけええええええ! 船ならこのぐらい飛んで見せろやああああああ!」
 機関出力を目一杯に跳ね上げ、崖からもんの凄い勢いで船は飛び出す。
「マジかてめええええええええ!」
 もう一人の射撃手、ダイクが吠えるがもう遅い。
 しかも飛んだ先、崖の向こう岸の奥には、飛んでから気付いたのだが巨大な岩が鎮座していたりする。
「‥‥恐ろしく下らん死に様だったな」
 この期に及んで一人冷静な戦闘隊長ジャックが呟くが、フリードは空中で必死に舵を切る。
「くそったれ! かわしゃいいんだろかわしゃよおおおおお!」
 全力で逆制動。船体を真横に寝かせ船底を大地にこすりつけるようにしながら強引に前進する船を止めにかかる。
 がん、がん、がん。三度船体が跳ねた後、舷側を巨岩に叩き付けるようにして、船は何とか止まってくれた。
 想像以上に頑丈な船であったようだ。
 全員、大きく息を吐いた後、誰からともなく大笑いを始めるのだった。


 両替商に、ソレは船の頭を突っ込んで来た。
 轟音が収まらぬ内に飛び出して来た五人は、混乱する店に乱入し、片っ端から金という金をぶん捕っていく。
 もちろん混乱の最中でも警備に当たっていた者は応戦に出たが、五人組の戦闘力と何より船で店を吹っ飛ばした時に警備兵に被害が出ていたこともあり、腕づくで突破されてしまう。
 五人組はすぐに船に乗り込む。
「フリード! 全員乗ったぞ出せ!」
「オーケイブラザー! 飛ばすぜえええええええええ!」
 その船は、どういう訳か空高くに舞い上がる事なく、地表を嘗めるようにかっ飛んで行った。

 開拓者ギルドでは、盗まれた船に関する情報を集めていた。
 設計者はあまりまともな精神の持ち主ではないが、彼が天才である事をギルドは疑っておらず、その彼が作り上げた物が盗賊の手に渡ったというのが問題であるのだ。
 盗み出した連中を特定し終えた係員は、資料をまとめこの街の為政者にこれを伝えようとしていた所、ギルドの建物の外から物凄い音が聞こえてきた。
 ふいっと二階の窓より顔を出すと、今正に資料を作り終えた船が飛んでいるではないか。
 彼は即座に結論を下す。
 街の警備ではあの速度、絶対に対応出来ない。
 係員は建物の階段を駆け下り、その場に集っていた開拓者達に向かって叫んだ。
「アレを追える奴居るんならすぐに出ろ! とっ捕まえたらギルドから報酬を出すぞ!」


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
バロン(ia6062
45歳・男・弓
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

 ブラッディ・D(ia6200)は、駿龍翡翠を全速で飛ばしながら、眼下を見下ろす。
「おー、いたいた。派手に土煙上げてらぁ」
 兜の中で眉を潜めるシュヴァリエ(ia9958)。
「‥‥逃げる気はともかく、隠れる気はまるで無さそうだな」
 しかし、と呆れ顔のオドゥノール(ib0479)。
「地表近くであの速度とは、遠からず自滅しそうだな」
 ぎゃはっ、と笑いながらブラッディは龍首を下げ、目指す賊船へと飛び込んで行く。
「そいつを待つ程気は長くないんでね!」
 シュヴァリエもまた同感だとばかりに高度を落とす。
 無論オドゥノールも、そんな悠長な真似をするつもりもない。
「ゾリグ、アレを目指し、お前の思う通りに翔べ!」
 駿龍ゾリグにそう命じると、滑空姿勢からゾリグは一度、二度と羽ばたく。
 まずは、足の速いこの三騎が賊船の足止めにかかったのだ。

 次に追いついて来たのは、霊騎を操る大蔵南洋(ia1246)とバロン(ia6062)の二人だ。
 南洋は賊船の造りが、思ったより頑丈そうなのに眉根を寄せている。
 これを感じ取ったのか、試しにとバロンは大きく弓を引く。
 馬上とは思えぬ滑らかな安定感の通り、狙い済ました賊船の装甲版にすかんっ、と命中する。
 撃ち抜けず、しかしへこみは発生する。
 南洋は微かに頷き、バロンの援護に合わせるように霊騎雪乃を走らせた。

 風雅 哲心(ia0135)、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)、マハ シャンク(ib6351)が追いつく頃には、既に戦端は開かれた後であった。
 哲心は舌打ちしつつ甲龍極光牙を賊船の背後より追わせる。
 マハは上空より賊船を追い越しにかかる。
「往け! おぬしの速さはそんなものではないだろう!」
 主の言葉に応えるように、炎龍ブラインドレスは空を駆ける。
 不意にリーゼロッテは手綱を引く。
 急旋回ではあるが、炎龍ルベドは良く応えてくれた。
 背後で爆発音が。敵砲撃がこちらを狙っていたのだ。
「ふん、まずはアレからね」
 砲術士が用いているだけあって、命中打を出すのが難しい大筒でありながら、かなりの精度があるようだ。
 本格的な殲滅は、まず砲を潰してからになりそうだ。


 哲心がそれと気付いた時には既に手遅れであった。
 辛うじて出来たのは、奥歯を思いっきり噛み締める事ぐらい。
 極光牙も恐らくそうしているに違い無い。
 上下左右もわからなくなる強烈な衝撃が襲って来たのは、直後の事だ。
 シュヴァリエが駿龍ドミニオンを駆り降下する。
「哲心!」
 球状に広がる爆煙。
 この中より糸を引くように一筋煙が伸び、哲心と極光牙が飛び出して来る。
「火器を取っ払ってるんじゃなかったのかよ。ったく、情報もあてにならんな」
 それだけではないだろう、とシュヴァリエは敵砲を睨みつける。
 砲手を狙いずらいよう工夫された装甲、そして対船用装備である大筒で命中打を出す敵砲術士の存在が、近接を困難なものとしていた。
「賊も賊だが、こんなモノを作り出し放置した奴も相当な阿呆だ」
 リーゼロッテは少し頬をひくつかせながら、賊船より大きく離れる。
「‥‥いえ、多分、こいつらが一番の阿呆よ」
 背の高い立ち木が多くなってきているにも関わらず、賊船はまるで速度を落とそうともしない。
 むしろ更に速度を上げて来た。
 結果、船体にぶちあたった木がへし折れ、船にまとわりつく開拓者達に襲い掛かって来たのだ。
 何時までもこんな真似をしていたら、如何に頑丈だとて船体がもつまい。
 呆れ顔のオドゥノールに、地面を跳ねる木を一つ、二つと羽ばたく事で高度を取ってかわすゾリグ。
「‥‥頭が軽いから早いんじゃないか? もしかして」
 最早土煙なんだか木々の残骸なんだかわからないようなものを撒き散らす賊船を見下ろし、リーゼロッテはくすっと笑みを漏らす。
「突き抜けたバカよね。ここまでぶっ飛んでると逆に清々しいわー」

 一方笑い話で済まないのが、霊騎組だ。
 上に逃げる事は出来ぬのだから、右に左に馬を走らせかわすしかない。
 せめても真後ろにつきさえすれば船体が邪魔になって木々が飛んでこないのが有り難いが、そうなると今度は砲火が飛んでくる。
 南洋は船首に回りこむのを断念し、霊騎雪乃の手綱を右に引く。
 耳後ろより着弾の轟音が響く。
 じわりと船体に迫る南洋であったが、船付近より異音を聞き取る。
 それが何なのかすぐにはわからぬが、音の元はこちらに迫って来ている。
 賊船は木々を蹴散らし、馬の蹄が大地を削り、竜の嘶きが天より響き、何しろ周囲に音が多すぎる。
 その中で、異音に気付いたその事実を持って、南洋は警戒を強める。
 この音に意識が向いたのは、南洋の中の何かが警告を発しているせいだと考えたのだ。
 岩、いやもっと柔らかい何か。
『木か!』
 地表すれすれを飛ぶとはいえ、賊船はれっきとした船だ。船底と大地の間には隙間が存在する。
 異音はこの隙間に巻き込まれた木が大地と船底とに削り取られながら転がっている音だったのだ。
 賊船の真下から、突如現れる木の幹。これが真っ二つにへし折れながら南洋へと。
 咄嗟に盾と刀を交差させ、突っ込んで来た木材へ強く叩き付ける。
 無論、ただ力任せに押したのではない。力の向きを逸らすようしつつ、幹が大地より跳ね上がる勢いが収まらぬ時を狙ったのだ。
 それでもかなりの重圧を支えた両腕はびりびりと痺れている。
 しかし、既に南洋はこの木に注意を払っていなかった。
 へし折れた木の残り一方は、防ぐ盾もないバロンの方へと転がっていたせいだ。
「おおっ」
 思わず感嘆の息が漏れてしまった。
 バロンは両腕を手綱より離し、既に弓を構えているではないか。
 両手を離した不安定な馬上にあって、一枚絵のようにぴたりとはまって見える馬と騎手の姿は、それだけで見事な技術であると言えよう。
 しかし、バロンと馬とをすっぽり覆ってしまうような木を相手に、放つはずの矢はあまりにか細い。
 バロンは静かに間を計る。
 霊騎シルバーガストが大地を蹴る呼吸を読む。
 練達の騎射においては、地にあるのと代わらぬ弓射を可能とするが、この道の第一人者ともいえるバロンのそれは、大地にある以上の射撃を可能とする。
 シルバーガストが大地を蹴るべく前足を沈み込ませる。
 この時、当然騎乗しているバロンの体も深く沈む。
 そして蹴る。
 大地を強く蹴り出し、前方へと伸び上がる。
 ぐんと後ろに引かれるような勢いに負けぬよう両の足を踏ん張り、シルバーガストの踏み出しの勢いを矢に乗せきらせて放つ。
 弓の反りに加え、霊騎の蹴り出しをすら矢に乗せる。これで狙いを外さぬというのだから、その技術が如何程のものかわかろう。
 砲弾のごとき豪矢は眼前へと迫っていた木を更に真っ二つに叩き折り、その中心より、涼しい顔をしたバロンとシルバーガストが飛び出して来た。
 馬を寄せる南洋。
 一瞬バロンと目が合い、同時に左右に飛び分かれる。
 南洋は大きく右回りで前方へと踏み込み、バロンは賊船と速度を合わせつつ左回りで砲術士への射角を取る。
 既に射手の視覚範囲は、バロン南洋の二人に捉えられていた。

 ブラッディは後ろを見てにやりと笑う。
「ついて来な!」
 駿龍翡翠が上空よりの急降下。
 すぐ後ろにはマハと炎龍ブラインドレスが。
 真後ろにつくと風の抵抗を受けずらいため、駿龍と炎龍の速度差もある程度は埋められる。
 眼下に見える賊船目掛けて一直線にかっ飛んでいく二騎。
 地平線が見えぬ高度での急降下は、徐々に大きくなる地面との距離感を計りずらく、何よりめったくそ怖い。
 しかし、ブラッディは眦をひり上げ、笑う。
「スピード勝負なら俺達の専売特許だ! 飛ばしていくぜ、翡翠!」
 砲塔が上空へと向けられるも、ブラッディは決して速度を落とさない。
 砲台に火花が見えた。
 次の瞬間には、きんという耳鳴りの音と、不自然極まりない風が脇をすり抜ける。
「当たるものかよ!」
 空の標的は狙いずらいとわかっていても、まるで速度を落とさないクソ度胸は流石であろう。
 が、砲台の隙間、外からの攻撃を防ぐ遮蔽の脇より、長銃の筒先が見えた瞬間、ブラッディの脳に警鐘が鳴り響く。
「ヤベェ! 散開しろ!」
 ブラッディの翡翠と、マハのブラインドレスが真逆の方に分かれる。
 火砲の音、先より小さいが危険度はより高いこれが響くも、二騎の龍共に損傷無し。
 ブラッディはふいーっと一息。とりあえずこれで、近接は果たせたのだ。
 マハは大回りするようにしながら艦首へと龍を寄せる。
 天井部分が吹っ飛んだらしい艦橋をその視界に収めると、ものっそい楽しそうな男が舵を握っているのが見えた。
 止めるのが申し訳無いと思ってしまうぐらい、止めるというか関わるのすら避けたくなってしまうぐらい、その男は、絶好調に大興奮であった。
「何だよこれ木とか全然効かねえええ! 超たのすぃいいいい! 俺もう止まんねえよこれ! つかサイッコウすぎて止まりたくても止まれねえええ! こんな楽しいとかありえんだろボケカス死ねコラァ!」
 正直、引く。
 目とか、表情とか、もうどう見てもヤバイ薬やっちゃってる人っぽい。
 現在攻撃を受けている船の舵を握ってるなどと、とても思えないはっちゃけっぷり。
 何とも言えぬ顔をしながら、男、フリードの頭上前方に位置しつつ、上から墨をぶっかけた。
「そら、私からの贈り物だ! 有りがたく頂戴するがいい!」
 投下点との交差はほんの一瞬。すぐに回避運動を取りつつ上空へと舞い上がったのだが、この操舵手はどうしようもなくおかしい奴だった。
「‥‥速度を、上げただと?」
 確認の為、目を凝らして操舵手を見てみるも、確実に墨が男を覆っており、視界は確保出来ていないであろう。
 拭えばそれなりに見えるようにはなると思うが、男はそれすらせず、意味不明な絶叫と共に高笑いを上げていた。
「何これ何これ!? 前急に見えねえし! あれか!? 龍に乗っててループすっと前が見えなくなるあれか!? すっげ! まっすぐ飛ぶだけでこんなのなるもんかよ!」
 処置無しだ、とマハは小さく首を横に振った。


 リーゼロッテは数度の砲撃を受ける中で、砲撃手のリズムを掴んでいった。
 敵は装填に手間のかかる大筒を用いている為、どうしても装填即発射といった形になりやすく、発射間隔が読みやすいのだ。
「後は筒先を見切るだけ‥‥わかるわねルベド」
 回避をルベドに任せ、術式の詠唱に集中するリーゼロッテ。
 ルベド怒りの咆哮は、反撃出来ぬ距離からばかすか砲弾打ち込まれたせいであろう。
 ふと、少しだけ気になった事がある。
 ルベドの動きと、砲手のリズムが合っているように思えたのだ。
 咄嗟に脳裏に閃いた思いつきは、どうやら的中してしまったようだ。
 大筒の発射とリーゼロッテの詠唱完了がほぼ同時であった。
 呪符より生じた漆黒の大蛇が空を這い、迫り寄る砲弾を噛み砕く。
 中途で破裂した砲弾の弾欠がリーゼロッテの肌を薄く裂き、生じた噴煙はルベドごとリーゼロッテの全身を包み込んだ。
 全く何も見えない。
 それでも再度詠唱を。
 煙を突き抜けると、そこは敵砲術士を捉えるに絶好の位置。
 一発目は既に敵に喰らいついている。当然だ、攻撃の瞬間こそ、最も防御が疎かになる時であるのだから。
「貴方たちの魂はどんな味がするのかしらね。さぁ、美味しくいただきなさい」
 二発目の魂喰が敵砲術士に喰らいつくのを確認もせず、ルベドは旋回し賊船との衝突コースより外れていく。
 ルベドを褒めてやりたいのが半分、躾をもう一度し直した方がいいかと思ったのが半分。
 主の攻撃と敵砲弾の軸線を合わせてこれを相殺させ、噴煙に紛れ最高の攻撃位置を確保する。
 これがルベドが野生の勘ともいうべき闘争本能で導き出したシナリオであったのだ。
 この攻撃により砲撃間隔が開く。
 オドゥノールの駿龍ゾリグは、この隙を見逃さず砲台へと翔ける。
 手にした槍を、オドゥノールは高々と振り上げる。
 騎士の本領、闘志の現れ、力の源、オーラの渦が疾風の名を冠する槍に注がれていく。
 飛行により生じる頬を過ぎる風が、オーラが生み出す大気の乱れに吸い上げられ螺旋を描き槍先へと突き抜ける。
 大筒はその造りの関係上、砲身をある程度外に露出しなければならず、また砲弾を導く役割を砲身が持つため、これを損傷すると発射が困難になる。
 無論頑強な砲身に傷をつけるのは困難であるのだが、決して、不可能ではない。
 槍を一回しした後、限界まで捻りを加え大きく後ろに引く。
 この技、ただオーラを放てば良いというものではない。
 鋭く突き刺すように、素早く切り裂くように、その為の捻りだ。
 螺旋を描く波はその威力が拡散する事なく、遠き標的をも射抜く事が出来るのだ。
 オドゥノールのオーラショットが砲手を貫くと、ゾリグは大きく旋回し、進行方向を賊船に揃える。
 出力差はあれど彼我の重量に差がありすぎるため、ゾリグが目指す砲が迫ってくる。
 槍を持ったまま脇を締め、微動だにせぬ程の力で保持する。
 槍撃に最適な位置、目標の下方を潜るようにゾリグが飛び、オドゥノールは頭を僅かに落とし肩を上げランスチャージを仕掛ける。
 突き上げるような形になるが、これは正にユニコーンヘッドの型である。
 突き出した槍は砲の下部を削り取り、その衝撃で砲は半ばから数度分曲がってしまう。
 機能不全に陥らせるに充分な戦果であった。


「突破口を開くぞ。砕け、極光牙!」
 哲心の声に応えるように、賊船の舷側に突進し大穴をぶち開ける極光牙。
 哲心はハタ目には軽々と、しかし絶妙の身体操作によって賊船へと飛び移る。
 ほとんど時を置かず迎撃に出て来たのは戦闘隊長ジャックだ。
 お互い語る言葉も無し、唐突に斬り合いは始まった。
 操舵手に乗員を気遣うつもりが欠片も無いせいか、上下左右に激しく揺れる足場にも、二人の動きは乱れない。
 いずれも正統派の剣術ではない、何処からでも必殺の一撃を放つ天衣無縫の型無き型だ。
 上半身を地面すれすれまで前傾しておきながら、片腕のみで真上へと刀を跳ね上げるジャック。
 崩れた体勢を、壁面に片足つく事で強い姿勢に変える哲心。
 無表情を崩さぬジャックであるが、剣先より伝わって来る隠しようのない焦燥、歓喜、苛立ち、意地は、哲心もまた同様である。
 哲心が半身前傾にて左手に持った刀を、踏み込みながら突き出すと、ジャックはこれを柄にて払い落としにかかる。
 寸前、哲心の左手首が翻り、刀が幻のごとく消え去る。
 左手に持った刀を、右手に向けて放り投げたのだ。
 当てるつもりの柄落としを外され、ジャックの刀が流れる。
 これを持ち手ごと左手で抑えながら、右手に持った刀で突きにかかる。
 仰け反りかわすジャックであったが、哲心は同時に足払いを仕掛ける。
 その場で後方宙返りを行い、顎を蹴り上げんとするジャックの反射神経も異常だが、ジャックの刀を抑えた手を引き、蹴りの狙いを逸らさせた哲心もまた尋常の使い手ではない。
 逆しまに宙を舞うジャックの胴を、哲心は半回転しながら真横より斬り裂いた。
「そこまでだ。さぁ、貴様の罪を数えろ!」
 それでもと真下より伸び上がるジャックの刀を足で踏みつけ、哲心の雷鳴剣がジャックを貫くのだった。

「警告だ。今大人しく船を止め投降するのなら、命だけは助けてやる」
 シュヴァリエのそんな降伏勧告にも、敵砲術士はまるでこれを意に介さない。
 これが返事だとばかりに短銃をぶちこんできた。
 心の臓真上に銃弾を叩き込まれるも、片眉を潜めるのみでこれを耐え、片手持ちにしより伸びるよう構えた斧槍を突き出す。
 身を捩りかわそうとする砲術士であったが、シュヴァリエが斧槍の柄尻を残る手で叩くと、軌道が変化し、砲術士を捉える。
 すぐに肘を立て左側に全体重をかける。
 側面より斬りかかってきていた戦闘員ロッドの刀を、鎧で覆った肘にて弾いたのだ。
 この間に、敵砲術士は外に向けて大砲の狙いを定めんとする。
 狙いは、いや、狙えなかった。
 砲に向け、外より一直線に飛び上がる影、南洋が盾を放り投げ刀を両手で振り上げていたのだ。
 筒先が自身に向いているのも構わず、着地を失敗すれば転落しとんでもない事になるにも関わらず。
「‥‥イカレてるぜ、てめぇら」
 砲術士の呟きと、南洋が砲身を縦に斬り砕くのが同時であった。
 一方、狭い船内で斧槍を振り回すシュヴァリエだ。
 ちょうど柄の中央を持つ事で、刀とほぼ同じ長さでの取り回しを可能としていた。
 重量のある斧槍部を後ろに回し、常の棍とは違う動きにて敵戦闘員を翻弄し、十合打ち合う頃には全身をぼっこぼこに打ち据えていた。
 ほぼ無力化に成功したので、さて次はと考えていたシュヴァリエの耳に、外よりの声が響く。
「マズイ! みんな早く脱出して!」


 バロンは地上から故か狙い難いフリードに集中攻撃を浴びせていた。
 船を止めてしまえば後はどうとでも、という話であったのだが、むき出しの艦橋にありながら、上手い事遮蔽を取るフリードに致命打を与える事が出来ない。
 そこに上空より、リーゼロッテの声が。
「マズイ! みんな早く脱出して!」
 何事が起きたかを一瞬考え、すぐに前方へと目をやる。
 ぽっかりと穴を開く崖がそこにあった。
 舌打ちしつつ、それでもまだギリギリ間に合うと判断したバロンは、これが最後と弓を引き絞る。
 弓が常以上の悲鳴を上げる。これで速度を確保し、一撃必殺の威力を得るのだ。
「がっ!?」
 上がったフリードのくぐもった悲鳴は、絶命の叫びではなかった。
「何と‥‥」
 この馬鹿は、動く余裕もないとわかると、口でかじりついて矢を防いだのだ。
 すぐに大きく賊船が揺れる。
 リーゼロッテのルベドが炎をはき、大砲の火薬を吹っ飛ばしたのだ。
 しかし、それでも、賊船は健在。
「飛べマハ!」
 船に飛び乗っていたマハに、オドゥノールが龍を寄せる。
 マハは敵泰拳士にトドメの蹴りを放つと同時に外に飛び出し、龍の足を引っつかむ。
 翼が無い分龍より接近しやすい霊騎雪乃は、南洋が両足を揃えとんっと船から飛ぶに合わせ賊船に飛び乗り、主を迎えるなり即座に離脱する。
 哲心の極光牙はこんな危機にも慣れているのか、無理矢理主の側に龍体を突っ込ませる。
 甲龍の中でも特に頑強な極光牙でもなくば出来ぬ芸当であろう。
 シュヴァリエは、手近に居る二人の敵を抱え、脱出せんと舷側に出る。
 リーゼロッテが龍を寄せており、また自らのドミニオンを呼び、何とか共に逃げる手は無いかと探す。
「ふざけんな、ボケ」
「置いてきぼりは御免だぜ」
 二人の男は、最後の力を振り絞ってシュヴァリエを蹴り飛ばした。
 意外すぎた二人の動きに、賊船より転落するシュヴァリエを、リーゼロッテが大地寸前で拾い上げる。
「‥‥人が良いわねぇ」
 シュヴァリエは硬く拳を握り締めるのみであった。

「ギャハハッ! お前サイッコウだよ!」
 バロンの矢を吐き出したフリードに、龍で並びながらブラッディが爆笑している。
「けっ! この程度で止まれるかよ!」
 眼前に迫る崖にも、まるで止まる気配はない。
「いいぜお前! ならとことんまで付き合ってやるよ! 飛べんだろ!? 飛ぶんだよな!? 飛んで見せろギャハハハハッ!」
「ったりめえだ! 見てろクソ女! 地獄の底まで飛んでやらあああああああ!」
 賊船は最後の加速と共に宙を舞う。
 ブラッディもまた龍を走らせ、まだまだ楽しめるだろう崖先に続く広大な大地に目をやる。
 背後から予想外の爆音が聞こえた。
「あ?」
 崖の端に引っかかったらしい賊船は、船体を炎に包みながら、転がり、砕け、止まった。
 翡翠の速度を落とし、旋回しながら呟く。
「何だよ‥‥これからじゃ、ねえのかよ‥‥」
 止まっている賊船は、随分小さく見えた。