|
■オープニング本文 このさきには 暴力的で 鬼のような 極殺アヤカシが あなたをまっています それでも 参加しますか? 老婆は失意の内に流浪の旅を続けていた。 自らが神と信じる存在の消滅を見せ付けられ、しかし、広い天儀のいずこかに、必ずや真なる神が居ると信じ。 強いアヤカシが居ると聞けばすぐに飛んでいき確認するも、そのほとんどが老婆の眼鏡に適う者ではなかった。 「あれではダメじゃ」 老婆にそう評された手強いアヤカシ達は、その予言通り、開拓者や勇敢な戦士の手によって討ち果たされる。 しかし、とある情報が老婆の耳に入った。 曰く、存在が確認されてより何と七年半もの間、押し寄せる人間を蹴散らし続けているアヤカシが居るというのだ。 そもそも発見が困難なアヤカシであれば、これもさして珍しくない話である。 期待感もそこそこに、老婆は現地へと向かった。 アヤカシの領域と人のソレを分ける砦は、何処でも大抵似通った作りになる。 しかし辿り着いた砦の雰囲気が、老婆の期待感を煽ってくれる。 重苦しく沈んだ雰囲気が、魂にまで染み込んだような覇気の無い表情。 黙々と、作業のように砦での任務につき続けるも、兵達はとうの昔に生を諦め、ヤケにすらなれぬ程の絶望感が砦全体を包み込んでいる。 これと同じ物を、かつて老婆が神と崇めたアヤカシの居た付近でも、見た事がある。 人は決してアヤカシには勝利しえぬ、そう確信と共に告げられる程の、凶悪無比な存在が居る証であろう。 砦の人間に、その名を問う。 「‥‥クリムゾン・ホーネット‥‥頼むから口になんて出させるなよ。俺はもう、アレとは係わり合いになるのも嫌なんだ」 老婆の表情が歓喜に彩られる。 かつて老婆が神と崇めていたアヤカシと同じ、蜂型のアヤカシであるというのだから、無理も無かろう。 老婆は自身の目でこれを確認したかったが、昔と違って無理の利かぬ体だ、これと戦い生き残った者を探し、その実態把握に乗り出す。 「二体だ。蜂を模した全く同じ形状のアヤカシ、大きさはそれ程でもねえな、俺とどっこいって所だ。もちろん、こりゃ俺が今こうして冷静に思い返してるからで、実際目にした時ぁ、倍以上のデカさに見えたもんだがな」 砦にて人類の最前線を支えている勇士達ですら、口に出すのすら憚る程のアヤカシであるが、この男はほぼ唯一の生存者であるだけに、肝は相当据わっているようだ。 「何がヤバイかって、そりゃお前、どっから出てくるかわからねえ弾だよ弾。大体握り拳ぐらいあるか、そいつがこう無数に‥‥そう、無数ってのが一番しっくりくるわな、こうばら撒かれるわけよ。全周囲余す所なく」 男は肩をすくめる。 「何ていうんだろうな、物理的に人が避ける隙間がねえんだよ。いや、あるらしいし、仲間の一人は辛うじて避けた事もあったが、アイツ避けるのだきゃ化物だったしな。その奴でさえ、まともにかわせたのは一度だけだ。んじゃ鎧厚いの着て耐えて突っ込むのが正解かというと、そうでもないんだわこれが。ばかすか絶え間なくぶち込まれる拳大の瘴気の塊だぜ。よほど根性と体力のある奴でなきゃ前進すら出来やしねえ。それでようやく近接攻撃距離に踏み込んだとしても、だ、人間大の分際でアホみてぇに硬いんだよ奴ぁ。あ? どうやって勝つ? ははっ、それがわかってりゃとっくに倒してらぁ」 最初の内こそこれは人類に対する挑戦だと息巻いていたのだが、都合十回の攻撃全てを完膚なきまでに粉砕された時点で、アヤカシとは人間より遙かに優れた存在であると皆が納得したそうな。 「理屈の話だぞ。あのアホ弾幕かわせる奴も居たし、俺の仲間よりかわすの上手い奴も居るだろうから、そいつが踏み込んで、やられる前にきっちり削り取れれば勝てる理屈だ。理論上は撃破可能って奴だな。まあ、アレが二体居る挙句、相互の瘴気弾はお互いには影響しない心折設計だし、この天儀の世界が存在を許す限界だろこれっつー数の弾避けるとか、ねえわマジで」 挙句、ついた二つ名が『極殺アヤカシ』である。 兵士達の顔に死相が浮かぶ戦場というのはそれほど珍しくはないだろうが、参戦兵全ての顔にこれが見られる戦場はそうない。 「第五槍隊突撃!」 盾を構え三列横隊で進む彼等は、射程内に入るなり、これは無理だと悟れてしまう。 盾を支える腕が軋む程の弾圧、前進すら困難なこの状態でも、無情な指揮官よりの命が下る。 何よりも隣の仲間の為に、出来ぬを行なう兵士達。 盾を大きく弾かれた仲間は、見る間もなく人の形を失っていく。 三分の一の兵が瞬く間に倒れるのを見た指揮官は後退の指示を。 続いて騎馬隊の突入だ。 こちらは数と速度の圧力でクリムゾン・ホーネットに迫るも、より以上の弾幕に防がれ、槍隊より早く壊滅の憂き目を見る。 如何に強力なアヤカシとて、こちらに志体を持つ兵が少ないとて、充分な準備と数と戦術を用いれば打ち破れぬはずはない。 兵を鼓舞する、そして真実の一端を担っているだろう指揮官の言葉が、虚しく響く。 完全に取り囲む形ではなく、四方に集中した突入の備え。 どれだけ被害を出そうと近接してみせるという、圧倒的な覚悟の突入は、しかし、より密度の上がった弾幕、いやさ砲火に防がれ前進を阻まれる。 機動力のある騎馬を側面に回し、援護の射撃にて牽制を、龍による直上からの奇襲、攻城槌すら持ち出し、五人がかりで持つ巨大な盾をかざし、全てが狂気の弾幕に弾き返された。 瘴気を放つアヤカシは数いれど、弾速が違う、威力が違う、連射速度が違う、射程が違う、射撃範囲が違う、弾幕密度が違う。 攻撃は最大の防御を体現したかのような怪物。 最後の切り札大筒を、弾幕のただ中命懸けで引っ張り入れ、これを射抜く。 しかし、奴は、それほどの威力にも、小揺るぎもせぬままであった。 遂に全軍後退を指示した指揮官は、僅かな戦闘の間に失われた大量の兵達に、その死に報いてやれぬ事が何より口惜しかった。 砦の指揮官は、風の噂に全く同型のアヤカシが倒されたという話を聞き、既に枯れ果てた希望の火を僅かながら再び点す。 開拓者、志体を持つ天儀でも無類の戦闘集団、その中の精鋭達ならばもしや、そう一縷の望みをかけ依頼する。 これを聞いた老婆は、心底より愉快そうに笑ったそうな。 「くくく‥‥くひゃひゃひゃひゃっ、そうか開拓者をの、良い良い、しかし心せよ開拓者達よ」 彼女のかつての神は、その開拓者によって滅ぼされたのだ。 「死地に足を踏み入れし貴様等は、何の手助けも受けず、ただひたすら死ぬだけじゃ。どこまでもがき苦しむか見せてもらうとするぞよ」 最早人間である事すら疑わしい程の怪しい瞳で、老婆は宣言する。 「死ぬがよい」 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
黒鷹(ib0243)
28歳・男・魔
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 土壁からぽろぽろと毀れ落ちる砂の音を聞きながら、葛切 カズラ(ia0725)は呆れ顔で上を見る。 「聞きしに勝るって、この事よねえ」 人一人が優に隠れられる程深く掘り下げられた塹壕の中で、黒鷹(ib0243)も同感なのか大きく嘆息する。 「顔を出す事すらままらんとは、何とも凶悪な相手だな‥‥」 酒々井 統真(ia0893)は手近にあった手の平大の石を上に放り投げ、これがあっという間に粉々になる様を見て肩をすくめる。 「塹壕‥‥掘っといて正解だったな」 そうだね、と開戦前からものすごーく疲れた顔の石動 神音(ib2662)。 「いち、に、さん‥‥あーだめっ、二体もいるせいでタイミング合わせらんないよ」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、塹壕上に空が見えなくなるぐらいの勢いで放たれている瘴気弾の雨霰をしっぶい顔で見つめている。 「火力勝負っ‥‥と行きたい所だけれど。何処かの誰かの悪い癖があたしにも移ったかしら‥‥ったく‥‥!」 いえいえと水津(ia2177)は首を横に振る。 「はるか東方の地では弾幕勝負というのは巫女や魔女が解決していく物だと聞きます‥‥では、巫女であり魔女である私がいる以上解決できないわけがないです‥‥尤も私は彼女たちと違い攻撃はしませんが‥‥」 そのとーりやとどや顔なのは斉藤晃(ia3071)だ。どや顔の理由である案山子デコイを両脇に装備し、何処から出てくるのかわからん自信に満ち溢れている。 「今回は改良して、バーが伸びるように改良をしてみた!」 さらっと無視して、水鏡 絵梨乃(ia0191)はいやそーな顔のまま塹壕内で深く身をかがめる。 「何にしても、やってみないことには何ともね。いい、統真?」 土煙が口に入ったのかつばを吐き捨てながら統真。 「ああ、わかってらあ!」 二人は同時に塹壕外へと飛び出した。 すわや皆も突撃か、そう意気込んだ所で、塹壕の上を吹っ飛ばされていく人影二つ。 神音は、心底から思った。 「ですよねー」 神音は血の滲む肩口を見やる余裕も持てず、ただ必死に弾の軌跡を追い続けていた。 ロクに狙いもつけぬ弾が大地を跳ねると、薄茶の下生えがえぐれ土色が姿を現す。 何度かもらったこの弾の威力は体が覚えている。怖くないわけがない。 『怖いけど、でも恐怖を乗り越え前に進むんだ!』 一つ二つ、テンポ良く右に飛び左に跳ねる。 神経が痺れる。 爪の先に至るまで正確に身体を動かさねば、この弾幕は潜り抜けられぬ。 それも全力運動をしながら、だ。 擦過傷のような痛み。これは表皮付近の一瞬の麻痺により重傷なのかどうかを痛みで判断する事が出来ない。 もちろんそちらを見ている余裕もない。重い怪我でないのを祈るだけだ。 気を練っている時間? 仕掛けを施す余地? ありえない。 出来るのは、刺し貫くような正拳を、ただ一撃見舞うのみだ。 鉄柱を殴りぬいたような重く硬い反応。しかし、確かに一打は打ち込んだ。 『隙間が無い!?』 二体同時射撃にはこれがあるのだ。 規則正しい射撃であっても、発射元が二箇所で相互に好き勝手動き回っていると、どうしてもリズムのみでこれを捉える事が出来ない。 前頭部にずどんと重苦しい衝撃が走る。 吹っ飛ぶ最中自身の右腕が目に入る。やはり、結構な怪我を負っていた。 何処かから声が聞こえた気がした。 「マズイ! あいつ意識飛んでやがる!」 大地に叩きつけられた神音の体に、瘴気弾は容赦なく降り注ぐ。 統真は弾幕の隙間を縫うように駆け寄ろうとするが、リズムを崩し左腿の上に直撃をもらい、大きく半回転してしまう。 続く弾丸をかわすのに全神経を集中せねばならず、思うような移動が出来ぬ。 絵梨乃はというと、最初から援護は不可能だ。 彼女は一度踏み込んでしまえば抜け出す事不可能と断言出来る最も危険な地帯、二体のクリムゾン・ホーネットの間に位置しているのだから。 これを誰かがせねば、二体がすぐ側に並んで連続射撃などという考えたくもない事態に陥ってしまう。 後方より水津の悲鳴が。 「か、回復が追いつかないですー!」 同時に聞こえる怒鳴り声は風葉のものだ。 「まったく、世話が焼けるわね!」 後衛を守っている真白き壁を、神音の前にも作り上げる。 が、瘴気の壁も見る間に削り崩されていく。 もちろんこれは、後衛を守る壁も同様だ。 「来るわよ! しばらく堪えなさい!」 神音を守る為一時的に後衛への攻撃を許したのだ。 この判断は、容易く下せる類のものではない。 瘴気弾の強度、こちらの耐久力、それらを正確に把握出来る能力だけではない、ある意味役割の放棄にも近い真似であるからだ。 風葉に託された瘴気の壁にて後衛を守りぬくといった役目を、一時的にとはいえ滞らせねばならないのだから。 危急の時に、与えられた役割を越えた選択が出来る者は数少ない。 しかし、本当に必要な時にそう出来る者が、信頼を得る事が出来るのだ。 一時の感情でそうしたのではない。 次なる壁は後衛防御用に回し、これ以上神音には手をかけない。 風葉が壁端に目をやると、そこに、そうすると確信していた晃が突っ込んでいる事を確認し、切れた額より滴る血を拭う。 「後は、あいつなら何とかするでしょ」 神音を守る壁が崩れ落ちる。 しかし再び神音を襲うはずであった瘴気弾は、その前で全て止まっていた。 「これ、は、流石に人間様にはきっついで〜‥‥せやけどなぁ‥‥」 蛇矛を前方にかざして仁王立ち、神音を守る新たな壁として立ちはだかるはサムライ晃。 「真緋蜂! しかし、開拓者は人間の域を捨ててる! デウスエクスマキナですら生ぬるい!」 裂帛の気合と共に、そのままただまっすぐクリムゾン・ホーネットへと歩を進める。 大気が震える程の鬼気は、意識を失っていた神音の目をすら覚まさせた。 「痛っ‥‥そうだっ! まだ戦闘が‥‥」 「よう眠れたか? 寝覚めは最悪やろがまだまだ働いてもらわなならんで」 すぐに状況を把握する神音は、一瞬申し訳無さと自らの不甲斐無さに体が硬直するが、それもほんの僅かの間で晃の背後より滑り出す。 「わかってる! 神音はまだやれるよ!」 「よーし、ええ返事や。ほな行くで!」 今すべきは後悔や自虐ではない。口にするまでもなくそれがわかっているのなら、晃は自分の事に専念するのみ。 瘴気弾に晒されながら、逆手に持った槍を頭上に掲げ、走りながら前方大地に突き刺す。 この強烈無比な逆風の中、駆け抜けるのに必要なのは速度ではない、パワーだ。 全身に満ち溢れた人とも思えぬ筋力が、晃に跳躍の力を与える。 「立体殺法! 今時3Dは当たり前や!」 槍を支えに大きく飛び上がり、一気にクリムゾン・ホーネットへの距離を詰める。 勢い良く突っ込んだ分、とーぜんめたくそ痛いが頑強な晃の体躯はこれら全てを跳ね返し、大きく振り上げた蛇矛がクリムゾン・ホーネットへと迫る。 後方より何やら声が聞こえた気がしたが、そちらに意識を向ける余裕は、流石の晃にも持てなかった。 黒鷹は風葉の壁に身を隠しながら、弾の合間を狙って顔を出し攻撃を続ける。 一時壁が失われた時に受けた怪我は、思いのほか重かった。 右腕がぴくりとも動いてくれない。ここで風葉の判断を責めるより、こんな弾雨の最中を突進していった仲間達の身が気になってしまうのは、共に戦う七人を一個の運命共同体と認めているからであろう。 感傷からそうしているのではなく、自身が生き残る為の冷静な判断からこんな思考が出て来るのであろうが。 「まぁ、俺にやれることをするだけだ。アヤカシに好き勝手はさせないよ」 雷撃が奴を貫くのももう何度目になるか覚えていない。 しかし、攻撃の時覗き見る程度であったが、少し気になる事があった。 二体の敵、まずはこの内の一体に集中攻撃をという話であったはずなのだが、何故か、残ったもう一体も傷を負っているように見受けられたのだ。 誰もが気を張り詰めた最中にあり自らの事で手一杯の中それに気付けたのは、自身の達観したような性格のおかげかなどとのんびり考える自分に気付く。 確信を持てたのは、統真の突きが奴の胴をへこませた時だ。 この弾幕の最中届くかどうか自信は持てなかったが、黒鷹は似合わぬ大声を張り上げる。 「二体は傷を共有しているぞ!」 絵梨乃は既に視覚のみで敵を捉えてはいなかった。 いや、もちろん目で見るのも大事だ。 しかし、一瞬のみ見た光景で何をどう判じろというのか。 必要なのは想像する事。 目に映った光景から、次の、その次の弾丸の動きを想像し、これを元に体を動かす。 僅かな酩酊が頭に常に余裕を持たせてくれているおかげで、拷問器具にかけられるより厳しい現状にも一つ一つ丁寧に対処出来ている。 規則正しい弾幕。 二体の位置が移動する事で生じる規則のブレをすら、自らのリズムに組み込んでくるりくるりとその場を回る。 それは、無心が故の成果か機能美の極致か、天儀の何処を探しても見出せぬだろう独特で、しかし誰もが美しいと判じうる流麗な舞となっていた。 自我を捨て去る程の集中は、絵梨乃の全身を弾幕回避の為に生まれた道具と化す。 道具が人へと戻ったのは、か細い声を聞いたからだ。 「二体は傷を共有しているぞ!」 直後、晃の鬼すら断ち切る剛槍が振り下ろされる。 そして二体のアヤカシが爆ぜた。 聞いていた第二段階への移行。予想外の二体同時第二段階。声が僅かでも遅れていれば、対応しきれず痛打を浴びていただろう。 更に難しくなった回避運動、そしてそのリズムを作り上げる作業をまたしてもやり直さなければならないのだが、絵梨乃は自らを切り刻む弾雨にも怖じずこれをやり遂げる。 後は、練力が切れるまでに、きっと仲間が倒してくれると信じるのみであった。 水津の目は、狙った対象に治癒を施すと同時に他の仲間達の状態も捉えている。 壁から顔を出せるのはほんの僅かの間。 この間に皆の怪我の具合を確認し、次に治癒する相手を決めねばならないのだ。 水津が用いている少彦名命の術の治癒は、大きな怪我をも一瞬で治してしまう。 その分練力の消耗が激しく、おいそれと連発出来るはずのものではないのだが、これを惜しげもなく使い続け前衛を支える。 水津が見ているのは皆の損傷、体力の消耗だけではない。 用いた技、術を確認し、各人が消耗した練力も計算しているのだ。 何故か。 練力を用いる事で被弾を下げている者達は、これが生命線となる。 例えば同じく鬼の様にかわし続けている絵梨乃と統真とでは、消費した練力に差異が見られる。 又囮役である絵梨乃と、攻撃役をも担っている統真とでは練力の消費すべき場所が違う。 練力管理は各人がそれぞれするしかないのだが、支援する立場となればこれをすら考慮に入れなければならない。 皆を支えるというのは、こういう事なのだ。 「私は皆さんの支援に徹します‥‥」 この一言を発するに要求される能力は、余人が想像するより遙かに厳しいものであるのだ。 カズラはうんざりした顔で瘴気壁に身を潜める。 全開拓者の中でも屈指の力を持つ陰陽師カズラが、陰陽術の秘奥黄泉より這い出る者を用いれば、駆け出しの志体持ちなぞただの一撃で倒しうる。 ましてやこれを連発すれば、立っていられる開拓者すら稀有であろう。 それほどの術を二発も受けたクリムゾン・ホーネットは、まるでビクともせぬまま攻撃を続けているのだ。 「どういう強さよコレ」 こちらは風葉が後衛を守る壁につきっきり、水津は治癒術に専念しており、いずれも名うての術士だ。 そして黒鷹とカズラはありったけで全力攻撃を。 ここまで揃えておきながら、まるで湯水のごとく練力が失われていくのみで、奴はまるで崩れる気配がない。 挙句、前衛がどうにかこうにか痛打を与えたと思ったら、先以上の勢いで弾幕を吐き出して来る。 おかげで、常時全員攻撃から敵の狙いが絞られてくれたのは有り難いが、こちらにも弾丸を飛ばしてくるのでやはり風葉は瘴気壁を作り続けねばならず、より厳しくなった前衛の損害に水津にはより以上の負担がかかっている。 切欠が欲しい。 しかし前衛にそれを頼む事も出来ない。 風葉が、そんなカズラの意志を汲み取る。 「前衛! 一度下がって!」 前衛四人が即座に移動を開始する。前へ出るよりは余程楽ではあるのだ。 追うように前進するクリムゾン・ホーネット。その一体の真下より、突如吹雪巻きあがり動きを縛る。 この好機に、満を持して踏み込んだのは統真だ。 攻撃の激しさに打ち込みきれずにいた大技を。 右の拳が真っ赤に轟く。 いやさ、右拳のみならず、紅蓮の炎は全身を包み込む。 これまで練りに練っていた気を解き放つと、体中が吹き飛んだかのような衝撃が走り抜ける。 骨が軋み、皮膚が裂ける。肉は悲鳴を上げ、脳が止めろと泣き叫ぶ。 「‥‥どんな敵でも砕くのが」 線にしか見えぬ弾幕の隙間を残像すら残す速度で掻い潜る。 「この拳だって教えてやらぁ!」 精霊力と気と、異なる二つの力を操り、尚且つ体位を崩さず、イメージした通りの動きを寸単位で実行に移す。 大地を蹴る力が、足を伝い、腰を伝い、胴を伝って肩に至り、体術の極致を顕現する。 幾つもの要素を澱みなく拳先へと伝う術技は意識して為し得るものではない。 そうあれという姿を心に描き、後は、ただ己が積んで来た修行を信じるのみ。 その瞬間は、何処か別世界のようであった。 弾き飛ばすでなく、吸い寄せるでもなく、クリムゾン・ホーネットはその場に飛ぶのみであったが、大きな音と共に表皮が砕け散った。 集中しすぎたせいで視界が狭く、狙う敵以外何も見えていなかったが、統真は叫んだ。 「神音!」 「任せて!」 統真の背後より飛び出し、神音の拳がこれを射抜く。 打点が爆発し更に破れた表皮の内側に苦無を叩き刺すと、同時に統真を蹴り飛ばしながら反動で自らも飛ぶ。 苦無の後ろについていた塩水付けの銅線。 その後端を握り締めているのは黒鷹だ。 「上手く電流が伝ってくれればいいのだがな」 何て事を口にしながらも、半ば以上成功を確信しつつ、術を解き放つ。 銅線で導かれた雷は、下生を焦がしながら敵に肉薄していく。 黒鷹にはもう練力も残っていない、最後の最後のとっておきだ。 青白い輝きがクリムゾン・ホーネットを貫くと、何とも形容しがたい臭いが周囲にたちこめる。 これで終わった。そう思えたのだが、奴は、上を見上げ、全身を大きく膨らませた。 「おいたは駄目よ。秩序にして悪なる者よ、黄泉路より来たりてその呪視を撒け」 既に二度放ちながら、まだ一発残していたカズラの必殺術は、敵を粉々に打ち砕き、今度こそ決着であった。 |