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■オープニング本文 その村は、あった位置が悪かった。 アヤカシの侵攻が進むにつれ、防衛線を維持するのにひどく厄介な位置に存在するのだ。 兵達の一隊が、部隊長の命で村人に村の放棄を勧めに向かう。 兵士達は長く戦場に居たせいか、皆ひどく、心が荒んでいた。 さもありなん、今日死ぬか、明日死ぬか、そんな緊張感の中、仲間が次々失われていくのが戦場だ。 人間らしさなぞを残していては、極限の選択を要求される戦場で生き残るのは難しい。 戦場での命の価値は、そうでない場所と比べ著しく軽い、それを理解していない奴から死んでいくのだ。 だから彼等兵士達の蛮行も、戦場では珍しくもない、そんな光景の一つであった。 「おい、良い娘いるじゃねえか。いっやぁツイてるよな俺等、こんな任務滅多にねえぜ」 村に居た娘をかどわかそうとしているのは、アヤカシより人間を守る任務についている人間の兵士であった。 老人が懇願しこれを止めんとするが、別の兵士が蹴飛ばすと、それ以上口を開く事は無かった。 更に別の兵士はげらげらと高笑いを上げる。 「だーから言ったんだぜ、とっとと村捨てて逃げろって。それを村と運命を共にするだぁ? お前等頭おかしいだろ。ま、どうせ死んじまうんだ、せいぜい俺等を楽しませてから死んでくれや」 村人達の大半は既に逃亡しており、この村に残るのは代々精霊を祀る役を仰せつかってきた老人とこの娘のみ。 彼女を守るものは、もう何一つ、残っていないはずであった。 「待て!」 村の周囲を見回りに行っていた青年が、騒ぎを聞きつけ駆けつける。 彼も兵士の一人であったが、娘の手を引き、強引に兵より奪い取る。 「何のつもりだお前等!」 他の兵士達は、一しきり顔を見合わせた後、全員が揃って爆笑した。 「おいおい! お前もしかしてコイツが可愛そうだとか言い出すんじゃねえだろうな! アホじゃねえのお前! コイツは死にたいんだとよ! だったらもうどうだっていいじゃねえか!」 「ふざけるな! 俺達は民を守る兵だぞ! それがこんな真似していいはずがないだろう!」 更に爆笑が広がる。 「やべぇ! 英雄様がこんな所にいらっしゃった! おいおい、これもしかして俺等が悪人じゃねえの!?」 さんざっぱら青年を笑い飛ばした後、率先してこれを行なっていた兵が刀を抜く。 「御託はいい。そこをどくか死ぬか、今すぐ決めろ」 青年の額を冷や汗が伝う。彼が本気であるとその表情から察したのだ。 「‥‥正気か、お前等」 「戦地で正気を問うか、つくづく笑わせてくれるよなお前」 斬り伏せるつもりで振り上げた刀、しかし、同時に村のはずれより大きな音が響きこれを止める。 「なんだ?」 暢気な台詞もそこまでであった。 何処から現れたか、アヤカシの群が村へと乱入してきたのだ。 青年、八郎はどうにか逃げ切れた幸運を精霊に感謝する。 守らなければならない娘が側に居た為、最初っからひたすら逃げに徹したのが功を奏したのであろう。 振り返ると、娘、綾子がその場にしゃがみ込んで荒い息をもらしている。 八郎も必死であった為、綾子の足に合わせる余裕も無かったのだ。 それでも村育ちであるせいか、女にしては健脚であった綾子はどうにかこうにか八郎についていく事が出来た。 彼女の呼吸が落ち着いた所で八郎は綾子に手を差し伸べるが、綾子はその手を乱暴に振り払う。 「え?」 「‥‥何で、助けたのよ‥‥」 「な、何でってそりゃ‥‥」 綾子は汗でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。 「私は巫女なのよ! 精霊様に最後までお仕えしなきゃならないの! なのに‥‥おじいちゃんも‥‥置いてきちゃって‥‥」 志体を持つ巫女という意味で無いのは、彼女の体力からわかった。 そして八郎は逃げる時、アヤカシにたかられている老人の姿を確認している。 今八郎に出来る、これが最善であったとは思うが、綾子には綾子の事情がある事も八郎は理解している。 「‥‥すまない。だが、ともかく今は生き残る事を‥‥」 「私一人生き残ってどうするのよ! 私はおじいちゃんと一緒に、御先祖様みんながそうであったように村で死ぬつもりだったのに‥‥」 八郎は絶句し、うずくまり泣き出す綾子をただ見下ろすのみ。 彼方より叫び声が聞こえる。 距離は稼いだと思うも、それほど時間もあるわけではない。 八郎は懐より短刀を取り出した。 「わかった。この場所ならばまださほど村から離れてないし、まだ少しは猶予も持てるだろう。介錯と埋葬は俺が引き受けてやる。これなら、この地で永遠に眠れる」 そして、ずいっと綾子の胸元に短刀を押し付ける。 予想だにせぬ八郎の言葉に、綾子は短刀を受け取り、その切っ先を眺める。 綺麗に手入れされているせいか刀身は艶やかな光沢を放つも、鞘内にこびり付いたモノが、短刀に血臭を与えている。 刀身に映る自身の姿は、ちょうど首の所で刀の峰により区切られている。 そこに清楚な凛々しさなど欠片もなく、泥と汗に汚れた、見るからに薄汚い遊女か何かかと見紛う程だ。 赤みがかった肌は、走っていたせいか活き活きと脈動を続ける。 八郎は一言もかけぬまま。ただひたすらこれを見つめ続けていた綾子は、震える腕で首元に刃を当てるが、ほんの僅かもその状態を維持出来ず、短刀を地に落とし泣き崩れた。 その背を手でさすってやる八郎。 「酷い事を言ってしまったな、すまん。だが、死ぬのは誰しも恐ろしいものだ。恥じる事など何もないぞ」 一際大きく泣き出した綾子を、八郎はゆっくりと宥めてやるのだった。 部隊長は小隊が完全に孤立したという報告を聞き、さてどうしたものかと思案にくれる。 思っていたよりアヤカシの動きが良かったという話だが、だからと誰かが助けを出してくれるわけでもない。 かといってアヤカシだらけとなったあの地域に、自分の部隊を派遣するのもワリに合わない。 そこでふと、友人に博打の貸しがある事を思い出す。 開拓者ギルドとやらの係員をやっているらしいが、大敗した彼が「わかった、一回タダで依頼なんとかしてやるからそれで勘弁しろ」と言っていたのだ。 正直、志体を持つ者ばかりの何でも屋と言われても、ぴんと来ない。 しかしどの道放っておいてもダメならば、良い機会であるし開拓者の腕とやらを見てみるかと、部隊長は友人へ伝書を飛ばすのであった。 「もう‥‥ダメ、歩け、ない」 「しっかりしろ! 心配するな、きっと部隊長が助けを出してくれている! ははっ、あれであの人、案外面倒見がいいんだぜ」 綾子を支えながら、八郎は歩く。 鬱蒼と茂った森の中を、何時何処から現れるかわらかぬアヤカシの影に怯えながら。 八郎が記憶しているアヤカシの展開図から推察するに、恐らくこの山は既にアヤカシの手の内だ。 だが、この山さえ抜ければ、希望はある。 そう信じ、八郎は綾子を支え歩き続けるのだった。 |
■参加者一覧
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
周藤・雫(ia0685)
17歳・女・志
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
天ケ谷 昴(ib5423)
16歳・男・砲
オルカ・スパイホップ(ib5783)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 「いやぁ、さっきは悪かったな。まっ、戦場じゃ良くある事なんだし気にすんなって」 そう言ってケタケタと笑ったその男、アヤカシに襲われ崖から落ちかけていた所を八郎に救われた男を前に、綾子は心の中の何かが切れる音を聞いた。 「おいっ!」 八郎が怒鳴るがもう遅い。 綾子は懐に忍ばせていた短刀を抜き放ち、男に体ごと突きかかっていた。 一緒に崖から落ちそうになった所を、八郎は辛うじて綾子だけ捕まえ落下を防いだが、男はそのまま谷底へと落下していった。 有栖川 那由多(ia0923)が人魂の術にて作り出したハチドリは、山の各所でアヤカシがたむろする所をその目にする。 状況を聞いた天ケ谷 昴(ib5423)は、かついでいる宝珠銃を横目にぼやく。 「‥‥銃を使うのは、アヤカシに囲まれて究極にピンチって緊急事態の時だけにしとくか」 周藤・雫(ia0685)は大きく頷く。 「妥当な判断だと思います」 雫が油断なく周囲に目を光らせているのは何もアヤカシから逃れる為だけではない。 何処かに生存者の痕跡が残っていないか探しているのだ。 佐久間 一(ia0503)は少しばつが悪そうに、しかし心からの願いを込めて昴に言った。 「昴さんには申し訳ありませんが、出来れば銃の出番は無いと嬉しいですよ」 心外だと言わんばかりの昴。 「俺だって危険は少ない方が嬉しいよ。人をトリガーハッピーみたいに言わないで欲しいな」 わたわたと慌てながら謝罪する一を笑って許し、改めて自身の希望を口にする。 「無事に生存者を見つけて、山を抜けられればいいね」 まったくだとは那由多の言葉。 「俺は「死体」を回収しに来たんじゃ、ないんだからな」 その山小屋を発見出来たのは新咲 香澄(ia6036)が人魂を先行させ周囲を探っていたおかげだ。 「どうベルッチ?」 そう問いかけられたベルナデット東條(ib5223)は心眼にて中の様子を探ると、数人の気配を感じる事が出来た。 「いるよ香澄お義姉ちゃん‥‥それが人間かどうかはわからないけど」 香澄の人魂は小狐であり、上手く窓の中を覗く事が出来ない。 いずれ確認しなければならない事だ。 紬 柳斎(ia1231)とオルカ・スパイホップ(ib5783)は用心しながら山小屋に近づいていくと、不意に山小屋の扉が開く。 「あれま」 「あっちゃー」 如何にもアヤカシな顔した巨体がのそっと中から出て来たのだ。 柳斎が非常識に長い刀を構え、オルカがきゅっと拳を握る。 「こりゃまた失礼。で見逃してはくれんか」 「うーん、全力で駄目っぽいよね」 敵は三体。問題なのは、一番奥に居る特に大きな鬼アヤカシである。 香澄は人魂を戦闘中の周辺警戒に当たらせながら、隣のベルナデットにぼそりと呟いた。 「ねえベルッチ。ボク、凄い嫌な予感がするんだよね‥‥」 「‥‥ヤな事言わないで香澄お義姉ちゃん」 とか答えながらも、ベルナデットもまた不穏な気配を周囲より感じ取っていた。 一、雫、那由多、昴の四人は、捜索の途上で数度アヤカシと遭遇したのだが、これらを危なげなくやり過ごす。 思っていたよりアヤカシの数は少なかったのだが、人の気配もまた発見出来ず。 そのまま合流地点である滝つぼに辿り着いてしまった。 雫は皆が落胆せぬよう希望を口にする。 「滝つぼに、もしかしたら避難してることもあり得ますし‥‥」 滝つぼ周辺は見通しが悪いので、一は心眼にて周囲の索敵を行なう。 感あり。 声を出さず手信号にて皆にこれを伝える。 那由多は一つ頷いてハチドリを先行させ人かアヤカシかの判別を、昴は万一に備えて木々の陰に身を潜める。 昴の黒装束は、こういった時ありがたい。 万全の布陣で備えた皆に、那由多は僅かに頬を緩ませて言った。 「人だ。二人居る」 急に飛び出して怯えさせる事のないよう注意しながら、那由多は滝つぼに居た二人の前に姿を現す。 「開拓者だ。無事かい?」 男と女が一人づつ。 女は真っ青な顔のまま震えているが、男は顔中に歓喜をみなぎらせた。 「開拓者だって!? もしかして救出部隊なのか!?」 人当たりのとてもよろしい一が笑顔のまま人差し指を口に当てる。ここがアヤカシ闊歩する魔境であると柔らかに注意したのだ。 「もう大丈夫です、生きて山を下りましょう。歩けますか?」 喜色満面の男、八郎とは対照的に、女、綾子は怯えに怯えたまま。 恐ろしい思いをしたのは想像に難くないが、しかしこれは少々異常だ。 昴が八郎にだけ聞こえるように問う。 「彼女、何かあったのか?」 「‥‥兵に乱暴されそうになった」 ふん、と鼻を鳴らす昴。 「戦場なんてどこも同じ。心の荒んだ兵士なんて、どいつもこいつも屑ばっかだ」 八郎は何故か、安堵した顔をしていた。 「怒ってくれるか。そうだよな、そんな真似絶対に許せん」 怯え震える綾子であったが、容態を確認にあたっているのが女性である雫のおかげか、てきぱきと傷の手当をする彼女に逆らう事はなかった。 治療の道具は皆が皆止血剤やら包帯やら符水まで持ってきている者もいたので、全く不足は無かった。 雫は意図してではないだろうが、事務的な口調で綾子に告げる。 「怪我は問題ありません。ですが、脱出後は速やかに休息を。疲労が溜まるとどうしても思考が陰に篭もってしまいますから」 「か、香澄お義姉ちゃん、嫌な予感当たっ、た」 走るベルナデットは木々の合間をすり抜けていく。 「ぜんっぜん、嬉しくないよっ!」 先に走る香澄が邪魔だと弾いた木の枝が、運悪く大きくたわみ鞭のようにベルナデットの顔面に当たる。ちょう痛いがわざとじゃないので我慢する。 「こういうの、知ってる。にじゅーそーなんって、言うんだ」 「言わないでえええええええ!」 オルカは前に向かって走りながら追いすがる後ろの敵に、体重乗せて殴り飛ばすなんていう器用な真似をしている。 「しつっ、こいっ、ってばっ!」 先頭を突っ切る柳斎は、突然至近距離に姿を現したアヤカシ相手に手にした刀が長すぎ、しかし咄嗟に飛び膝蹴りをくれてやる。 「一体見たら、五十体居ると思え‥‥って黒い悪魔か」 山小屋にて鬼型アヤカシと遭遇し避けられぬ戦闘を開始したのはいいが、頑丈極まりないのが一匹混ざっていたせいで、増援前に倒しきる事が出来なかったのだ。 真横から棍棒を振るうアヤカシを、舞うような神秘の歩法にて前に進みながら真横にズレつつ斬り倒すベルナデット。 「何事も予定通りとはいかないものだね」 遠くからぷちぷちと瘴気を飛ばしてくるアヤカシに、お返しとばかりに倍する大きさの炎をぶちこんでやる香澄。 「あーもうっ! これ合流場所まで引っ張るよりここで倒しちゃった方が早いよ!」 大きく足を開きつつ前方に滑り込みながらアヤカシの棍棒をかわし、抜き胴を叩き込んだ柳斎は、真っ先に賛意を示す。 「乗った。何か段々腹が立って来たぞ。こいつら人が優しく逃げに出ていればつけあがりおって」 香澄はすぐに子狐型式に迎撃に相応しい舞台を探させ、四人は背後に崖のある開けた場所で、アヤカシの群を迎え撃つ。 陰陽師香澄を中心に、前衛三人がアヤカシを抑えきる形。 背後の崖を上手く利して、一度に相手する敵の数を減らしているのだ。 オルカは逃走中、木上に隠れているかもしれないと頭上に注意していたのだが、まさかこの場でそれが活きるとは夢にも思っていなかった。 崖の上から人が降ってきたのだ。 咄嗟に体が動く。 まともに受けてはオルカはともかく、彼が砕ける。 落着より先に自ら飛び上がり、空中でその体をひっつかむ。 もんの凄い勢いで真下に引かれるのを、強引にでも振り回す事で力を横に逸らしにかかる。 こちらの肩が外れるかと思う程の重圧を受けるも、何とかやりこなし落下してきた人は大地を滑るように転がった。 「ごめん! 乱暴だったけど他に手が‥‥」 その人間は、腹部よりの夥しい流血を伴っており、つまる所、既に手遅れであった。 この間、柳斎とベルナデットがオルカのカバーに入っており、香澄ですら近接戦闘に参加していた。 柳斎は乱戦の最中ながら、出血とオルカの表情から状態を察し声をかけてやる。 「気落ちするのはわかるが、拙者達も同様の躯を晒したくなくば気は抜くなよ」 「‥‥うん」 後で遺品だけでも拾ってやろうと心に決め、オルカは険しい表情で敵に対するのだった。 「別働隊だと? ではあの時崖下で戦闘の音があったのはお前達の仲間だったのか」 八郎がそう口にすると、開拓者達に緊張が走る。 すぐに応援に、そう八郎は口にするが、一は辛そうな表情ながらこれを嗜める。 「いえ、下手に動いては行き違いになる恐れもありますし、何よりお二人をここに置いてはいけません」 「だが‥‥いいのか? 仲間なのだろう?」 「だからこそ、です」 意味がわからぬといった顔をする八郎に、昴が説明してやる。 「あいつらも開拓者だ。自分達で手に負えないようならここまで引っ張ってくるだろうし、そうでないなら自分達だけで処理する。一所で戦闘してるって事は要救助者を抱えてる訳じゃないんだろう。それであんた等と一緒に居る俺達が下手に動いたら、それこそ連中にどやされるよ」 比較的安全に思える滝つぼ側から離れるかもしれぬ。そんな話であったので、綾子は不安そうに身を縮めている。 これを見てとった雫は、綾子の震える手をぎゅっと握ってやる。 「え?」 「私が受けた仕事はあなた達を救い出す事です。心配、いりませんよ」 さして口数が多いわけでもなく、硬い表情を崩さぬせいか少々とっつき難いと感じていた綾子だったが、雫のそんな気配りに目を丸くする。 かと思うと、不意に綾子が噴出した。 何処かに笑う所があったかと怪訝そうな顔をする雫に、綾子は表情を崩しながら言い訳を始める。 「あ、ご、ごめんなさい。何か‥‥急に、ほっとしたっていうか、安心しちゃったっていうか‥‥」 そのまま、笑いながらぼろぼろと涙を溢す。 雫は真顔のまま、綾子の背に手を回しゆっくりとさする。 「何度でも言いますよ。絶対無事に、安全な場所まで連れていきますから、心配は無用です」 泣きじゃくり始める綾子とこれを慰める雫を見て、八郎は頬をかいている。 「開拓者ってのは凄いな。俺には彼女を安心させてやる事なんて出来なかった」 感心しつつちょっとヘコんでいる八郎に、那由多が一言くれてやる。 「ここまで彼女を守ったのは俺達じゃなくあんただろ」 昴も、そうそうと笑っている。 「俺達には志体があるから多少の無茶はどうとでもなるが、あんたはそうでないのにあの子をずっと守り抜いて来たんだ。本当に凄いと思うよ。‥‥戦場にも、あんたみたいなのが居るもんなんだね」 八郎は苦笑する。 「褒めてくれるのは嬉しいが‥‥その、何だ、しばらくはヘコんでたい気分なんだよ」 那由多、昴の順で即答してやる。 「それもわかる」 「俺にもあんな真似出来る自信無いしな」 八郎は二人の言葉が、何処まで本気で何処まで冗談なのか判じかねた。 そもそも、こんな危ない場所で冗談なぞ言えるものなのかと。 そこにやったら賑やかな連中が姿を現した。 「やっとついたー! ねえ聞いてよ、柳斎さんったら‥‥」 「おいこらちょっと待て。その全てが拙者のせいのような言い草はどうかと思うぞ。大体だな‥‥」 「‥‥最初に迎え撃とうって言ったの香澄お義姉ちゃんだったような」 「良かった。無事だった人居たんだ‥‥本当、良かった」 一は、驚いた顔の八郎に思いつくままを口にしてみる。 「例えば、ですよ。付近で大きな戦闘があったとして、周辺に居るアヤカシは人が居ると知れた場所を目指しますよね。それは、まだ見つかっていない誰かが逃げる好機になります」 「囮になったというのか? 居るかどうかもわからぬ生存者の為に」 「例えばの話です。ですが、今来たみんなの頭にそんな考えが無かったとも思えません」 これを聞いた香澄は喜色満面だ。 「そうそれっ! うーん、良い事言うなぁ。ベルッチといい一さんといい、やっぱり志士にはわかってる人多いよ」 これを聞いた柳斎も矛を収める。 「ま、結果は吉と出たな。生存者がいるここにアヤカシ共を引っ張ってくるわけにもいかんしな」 ぼそっとかつさりげなくフォローをするベルナデット。 「充分勝てる数でもあった。迎え撃つ場所見つけたのも香澄お義姉ちゃんだし」 うんうんと頷く香澄。実際、香澄も即座に倒せる数でなければ、滝つぼまで引っ張って来るつもりでいたのだ。 これを敢えて変更したのは、勘と言えば聞こえは悪いが、山中でのアヤカシとの遭遇率や一体一体の手強さを鑑みた結果だ。 年も若く小柄で、とてもそうは見えずらいが、香澄がこれまで踏んできた場数は相当のもの。 こういった人物であればあるほど、勘に引っかかるものがあれば素直にこれに従うのだ。即座に了承した柳斎もまた同様であったろう。 ベルナデットがフォローを入れたのも、義姉への好意のみではない。そこに信頼があればこそなのだ。 結局ベルナデット達のチームが見つけられたのは遺体が一人分のみ。 にも関わらず重苦しい雰囲気を伴わずに済む事に、香澄が大きな役割を担っているとベルナデットは贔屓目無しに思えるのだ。 出立前と比べて、僅かに元気が無いように思えるオルカの様子に気付けたのは那由多であった。 それとなく話を振ってやると、とても言い難そうにしながらだが懸念を話してくれた。 「亡くなった方の形見とは別に、一つ、こんなもの持って来たんだ」 それは遺体に刺さっていた短刀。どう見ても、アヤカシが用いる類の武器ではない。 「‥‥それに、その、ちょっと見えちゃったんだ。崖の上に男の人と女の人が居たの‥‥」 すぐに那由多はぴんと来た。 「で、オルカはこいつをどうしたいんだ?」 「何か、事情があったんだと思う‥‥だからここで口にするべきかどうか迷ってたんだ」 那由多は口の端を上げた。 「正解だ。今は、ともかく山を抜ける事が先決。‥‥もし良ければ、この件俺に預けてくれないか?」 「心当たり、あるの?」 「まぁな。二人共、悪い奴じゃ無いと俺は思ってる」 少し口篭った後、オルカは彼に任せる事にした。 山を降り、結局生存者は二人のみであったと報告を終え、感謝の言葉を聞き終えた後も、那由多は短刀の事をおくびにも出さなかった。 那由多は綾子が移動途中にも時折見せた、あの辛そうな表情だけで、もう充分だろうと思えたのだ。 事情を知っているオルカにのみ事の顛末を告げるが、オルカは咎めるような言葉は口にしなかった。 「‥‥みんな、辛い目に遭ったんだね。どうしてこんなにも上手くいかないんだろ」 「それでも」 那由多は八郎と綾子に目をやる。 「二人に未来(いのち)は残ったさ」 |