わたしのおねえちゃん
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/19 01:32



■オープニング本文

 こんにちわ。
 えっと、今日はわたしのお話をします。
 私にはお姉ちゃんが一人います。優しくて、綺麗で、自慢のお姉ちゃんなのです。
 毎日、朝になると私にお化粧をしてくれて「今日も良い子にしてるのよ」って言って出かけていきます。
 それで日が暮れる頃に家に帰ってきて「うん、今日も良い子にしてたわね、えらいえらい」って撫でてくれるのです。
 えっへん、私おとなしくしてるの得意ですから。

 お姉ちゃんは時々、とても嬉しそうに家に帰ってくる日があります。
 そういう日は私の事忘れちゃうのか、私そっちのけで持って帰ってきたおもちゃでずーっと遊んでます。
 私はそれを見てるだけ。
 でも、お姉ちゃんの嬉しそうな顔を見てると、別にいいかなって。
 口を大きく開けてあははって笑うお姉ちゃん。
 すっごく興奮した顔で飛んだり跳ねたり、ちょっと乱暴かなって思う時もあるけど、それだけ気に入ってるって事なんだと思う。
 大抵そういう日の翌朝は、ものすごーく疲れた顔してるんだけど。
 お姉ちゃんはしゃぎすぎ。
 出かけるのも億劫な様子で「行ってきます」の声にも元気が無かったり。
 何時もはしっかりしてるけど、こういう所すごく可愛いとか思っちゃったりします。
 そんな日でも、お姉ちゃんは出かける時、私に声をかけるのだけは絶対に忘れないのです。

 お姉ちゃんが私に声をかけてくれなくなって、何時ものお化粧もしてくれなくなって。
 私はおとなしくしてるし、良い子にしてるんだけどなあ。
 あの頃から比べると、お部屋に住人も随分と増えました。
 真っ白いからだのちっちゃくて可愛らしいほわほわちゃん一家。
 ほわほわちゃん一家よりずーっとおっきなちゅーちゃん。
 おっきな目がちゃーむぽいんとのぶんぶん君兄弟。
 みんな賑やかで私は大好きなんだけど、お姉ちゃんはあまり好きじゃないみたい。
 機嫌の悪い時なんかは良く八つ当たりしてる。
 みんな八つ当たりされるのはヤだろうけど、この部屋はお姉ちゃんの部屋だし、仕方なく我慢してる。
 でも、おもちゃで遊ぶ時は、みんな一緒です。
 この時はお姉ちゃん興奮しちゃってるからか、他の住人達の事もあんまり気にならないみたい。
 私は何時も見てるだけ。
 でもいいの。みんな凄く楽しそうだし、遊びが終わって満足そうに寝てるの見てたら、それで充分って思えるんだもん。
 この時ばっかりは、お姉ちゃんもほわほわちゃん一家も、ちゅーちゃんも、ぶんぶん君兄弟も、みーんな仲良くお休みするの。
 それが私は一番嬉しいかなって。


「おい‥‥ひでぇなこの臭い‥‥」
「ほ、本当に入るのかよ? 俺知らねえぞ‥‥ここに住んでる女、志体持ってる剣の達人って話じゃねえか」
「けっ、びびってんじゃねえよこのぐらい‥‥」

 あれ? もしかしてお客さん?

「うおおああああああああ! な、生首じゃねえか!?」
「嘘だろ!? あれ、作りもんじゃねえのかよ!」

 生首はヒドイなぁ、これでも女の子だよ。顔しかないけど。

「馬鹿野朗! あんな腐った顔面の作りもんする奴が何処に居るってんだよ! やべぇ、マジやべぇよこれ!」
「やっぱ噂は本当だったんだ! この部屋の女が殺人鬼だって!」


 これでわたしのお話はお終い。私は丁寧に埋葬されて、土に還りましたとさ。ちゃんちゃん♪



 交通の便が良い立地であるせいか、人の出入りが激しい街。
 この街で人が行方不明になる事件が多発する。
 街の衛士達も必死になって犯人を捜すが、どうしても見つける事が出来ない。
 そんな時、街のチンピラがとある女衛士の家に無断で入り、そこで、身元不明の遺体を発見する。
 衛士達がこれを確認に向かっている間に、女衛士君代は逃走をはかり、追っ手を十人斬り殺し山に篭もる。
 街一番と言われていた君代の腕前に敵う者もなく、さりとて国に報告し腕利きの手配を頼めば衛士の不祥事が上に漏れてしまう。
 悩んだ衛士達は街長とも相談し、開拓者に君代退治を依頼する事に決めたのだ。


「バレ、ちゃったな‥‥あ〜あ、私も思ってた程抜け目無いわけじゃないみたい‥‥これからどうしよ」
 それでも、何処か晴れ晴れとした表情で君代は山小屋の中にあった囲炉裏に火をくべる。
「でもさ、逆に考えればよ。これでもう誰憚る事なく人殺していいって話じゃない。うん、お金もたんまり持ってきたし、天儀一周人殺しの旅とかも悪く無いかな」
 そんな冗談みたいな事を呟き、しかしと気を引き締める。
「追っ手はまだ来るわよね‥‥戦闘は好きじゃないのよ。殺しても遊んでる暇無いし。あーあ、早くケリつけてまた殺したいなぁ」
 ふと、ずっと一緒だった名も知らぬ女の子の首を思い出し、くすっと笑う。
「なんか本当に妹が出来たみたいだったなぁ。ああいう可愛いらしい、私が何しても文句の一つも言わない妹どっかに転がってないかなぁ。そしたらめいっぱい可愛がってあげるのに」
 あの首がそうであったように、見た目が損なわれれば手間をかけるのも止める程度の愛情であったが。
 迎撃用の仕掛けは山小屋周囲に張り巡らせてある。
 本業の者相手でなければ、これで撹乱ぐらいは出来よう。
 ともかく、第一次攻撃をきっちり返り討ちにするのが肝要だ。
 ここで、街の者達の予想を上回る君代の戦力を見せつけ、追うに万全を期さねばならぬと思わせられれば、逃げおおせるのも難しくはなくなるだろう。
 刀使いは人を斬って初めて一人前だと、誰かが言っていた気がする。
 君代はこれに心底同意する。
 人を斬り出してからの、自らの剣の冴えは自身ですら驚く程であったのだから。
「剣技に艶が出るのよね。人を斬れば、斬る程に」
 街一番どころではない。誰が来ても、君代は負ける気なぞ欠片もせぬ程の力を身につけたと確信していた。


■参加者一覧
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
痕離(ia6954
26歳・女・シ
レイシア・ティラミス(ib0127
23歳・女・騎
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文

 鈴木 透子(ia5664)は事件のあった家を訪れる。
 立ち入り禁止にはなっているが、そもそも、数多の人間を殺して回った人間の住居、あまつさえそこに遺体まであったとあれば、好んで近づく者もおらず。
 そんな街の人間達には思いもよらぬ理由で、透子は家の扉を開く。
 室内の澱んだ空気は窓という窓が締め切られているというだけではなかろう。
 ゆっくりと室内を見回した後、かがみ込んで床に触れる。
 おどろおどろしい気配が床を這い、腕に寄り集まってくるのがわかる。
 漆黒の渦は目に見えず、いや、ここまで強まればそうもいくまい。
 世に言う、瘴気、というものだ。
「あの者を討ちます。迷うておられるのなら手をお貸しください」
 集められるだけの怨嗟をその手に宿し、透子は部屋を後にする。
 邪気を祓うのは巫女の仕事。ならば陰陽師に出来る事は、一体何なのであろうか。


 グリムバルド(ib0608)は憮然とした顔でぼやく。
「罠があるのわかってて引っかかりに行くってな、何ていうかこう、嫌な気分だなおい」
 足先をそーっと出して罠の上に伸ばすグリムバルド。
 鬼灯 恵那(ia6686)はくすっと笑い、慰めの言葉を口にする。
「大丈夫だよ。危ない罠じゃないって話だし、もしもの時は私が罠斬ってあげるから」
「ははっ、ありがとよ」
「うん、勢い余って他も斬れちゃったらごめんね」
「‥‥頼もしいお言葉で」
 大丈夫大丈夫と福幸 喜寿(ia0924)も安易に太鼓判を押す。
「恵那ちゃん腕良いから。もし仮に運悪く斬れちゃっても見た目程痛くないさね」
「‥‥‥‥勘弁してくれ」
 助けを求めるように透子に目をやるが、彼女は何やら考え込んだまま。
 ふうとため息一つ。どの道グリムバルド以外は女の子ばかり、この役は他の者にやらせる気になんてなれない。
「んじゃ、行くとするか」


 盛大な鳴子の音が響く。
 君代は山小屋より飛び出し、罠にかかった連中にトドメを刺すべく駆け出した。
 片手に持った鞘に入れたままの刀。
 これを突如抜き放ち、側面より襲い来る影の斬撃を防ぐ。
「油断は‥‥してなかったみたいね。‥‥ま、いいわ」
 不意打ちを仕掛けたレイシア・ティラミス(ib0127)は、防がれても尚ぎりぎりと大剣を押し付ける。
「一体何処から‥‥ちっ!?」
 君代は刀より片腕を離し、飛来した苦無を素手で掴み取る。
 無論片腕でレイシアの重圧を抑え切れるはずもなく、大きく後ろに跳ね飛ばされる。
 更に踏み込まんとするレイシアを横薙ぎの一刀のみで下がらせる技は、余人の及びうる所ではあるまい。
 不意に、気配を感じ取った君代が振り返る。
「ふ、お前の悪事もここまでだ! ここで捕縛されるとはいわない。全力で戦い倒されるがいい‥‥!」
 虎の面に顔を隠した、しかし少年とわかる身長の相川・勝一(ia0675)だ。
 そこで油断しないのが、君代の腕利きたる所以だろう。
「‥‥街の人間じゃない? 用心棒でも雇ったっての‥‥いいわ、死体は多ければ多い程楽しいものよ」
 少しキツめの君代の容貌が一変する。
 形容しがたい、しかし確実に正気でないとわかる顔。
 叢雲 怜(ib5488)が心底いやそうにしているのを見て、痕離(ia6954)は苦笑しつつ注意を促す。
「ともかく、仕事はこなそう」
「わ、わかってるって」
 君代のどろりと濁った目はしばらく夢に出てきそうだと、心の中だけでぼやく怜であった。


 君代は殺人鬼である。
 逆に言えば、それ以外はまっとうな人間である彼女は、大好きな人殺しを出来れば楽をして行いたいと思っていた。
 なので、開拓者達を楽に殺せないとなれば即座に逃走の道を選ぶ。
 周辺に仕掛けた罠を頼っての逃亡であったのだが、痕離が事前に片っ端から罠を外してしまった為、アテが外れてしまう。
 そして。
「おー、凄いね。痕離さんの言った通りこっちに逃げて来たよ」
 感心したような恵那。
「先回り!?」
 女の子らしい容姿の恵那だが、抜き身の刀をだらりと下げている様がこの上なく似合って見えるのは、当人の纏った雰囲気故か。
「君代さん、似た者同士って意味では今まで斬ってきた人の中で一番かな? ま、人斬りに目覚めた理由は全然違うんだろうけど」
 鉄傘を剣のように眼前に立て、険しい表情をしているのは喜寿だ。
「恵那ちゃん、似たものどうしやけど、絶対うちらが間違ってないってわからせてやるんさねっ!」
 いずれも小娘の域を出ぬ容姿だが、君代がより組し易しと見たのは喜寿だ。
 喜寿の二の腕に罠で仕掛けた矢が刺さっているのを確認していたのだ。
 二人に向け猛然と駆け出す君代。
 初撃の狙いが自分だと察した喜寿は、鉄傘をしごくように大きく開く。
 ばさりと開いた傘は、喜寿と君代双方の視界を妨げる。
 その内側より、短銃を撃ち放つ。
 即座に傘を引くと、ばちりと音がして開いた傘が閉じる。
 君代の胴に赤い染みが滲むも、君代は止まらず。
 激突は既に避けられぬ間合い。
 一歩踏み出した喜寿は、鉄傘を再度開きながらその内に身を寄せ、全体重を乗せ突進してくる君代を迎え撃つ。
 突如巨大な盾をかざされたようなものだ。
 斬り込む先をすら見出せぬ君代は、自らの卓越した剣術にて傘を弾かんと試みる。
「喜寿さんに手を出すのは許さないよー?」
 真横から踏み込む恵那。
 恵那は右袈裟、君代は右逆袈裟。
 双方の切っ先は交差する軌道になく、単純に剣先の速い方が勝つ。
 いや、速度があまりに拮抗しすぎているせいか、このままではどちらの剣も互いを斬ってしまうであろう。
 そこで、殺人鬼と人斬りの差が出た。
 人斬り恵那は何より斬る事を優先する。例え自らも斬られようと。そういった修羅場を幾多も潜ってきた恵那にとって、拮抗したギリギリの勝負は初めての事ではない。
 つまりこれはどちらがより深く、確実な致命傷を与えられるかの勝負なのだ。
 しかし、殺す事だけを望む君代にこの刹那の経験は少ない。
 君代は苦労して殺したいのではない。ただ、殺したいだけだ。
 故に君代は刀の軌道を変化させ、無理に受ける形を作り上げる。
 直後に見せた、恵那の心底より失望しきった顔。
 たった今、君代が刀を引かなければ死をすら覚悟せねばならなかったというのに、平然とこんな顔が出来る恵那に、君代は底知れぬ恐怖を覚えた。
 即座に逃げをうつ君代。
 恵那と喜寿は顔を見合わせる。
「実物はあんまり似てなかったね」
「さね。恵那ちゃんはもっと綺麗さー」


 慣れた様子で山中を駆ける君代は、その存在を気配のみで察する。
 直後、すとんと足先の大地に苦無が刺さる。
「‥‥お仕舞いなんだよ、此処で」
 そう言って姿を現した痕離は、錐のような短剣を手にゆっくりと歩を進める。
 焦った様子も、急いた所作もなく、だが、速い。
 熟練の忍はその姿を視界に収めていてすら油断は出来ぬ。
 意識の外に隠れる術を心得ているものなのだ。
 これを受ける君代もまた並の者にあらず。
 正眼の構えにて間合いを寸分も読み誤らず。
 滑るように迫る痕離は、柔らかな動作で苦無を、投げ渡す。
 投擲ではない、正しく君代へと投げて渡したのだ。
 刀を両手で構えている君代は動けず、苦無が視界を覆う一瞬を避ける事が出来ない。
 が、上に陽光を照り返す刃の輝きが見えた。
 僅かな間に人一人の頭上に舞うとは何たる体術と、刀を上へと振り上げかけ、痕離の罠に気付いた。
 上へは短刀のみが飛んでいたのだ。
 背後を振り返った君代は、そこに落下してきた短刀を受け取り踏み込む痕離を見た。
 突き出した短刀は君代の脇腹を抉り裂き、振り返りざまの君代の一刀は痕離の頭上を抜ける。
 これで痕離は完膚無きまでに陽動の役目を果たした。
 木々の中に、怜は居た。
 ぴんと伸ばした背筋。しっかりと大地を踏みしめる両の足。構えた銃先はぴくりとも動かず。意識して視界を狭めたせいか耳元を飛ぶ蝶にも気付かず。いや、蝶もまた怜に気付いていないのかもしれない。
 それがどんな種のものであれ、完成された武の構えには美しさが伴うものだ。
 森林の奥深くに遺棄された古びた彫像。凛としたその姿はいささかも衰える事なく人の営みを見つめ続け、ただひらひらと舞う蝶の戯れのみを楽しみに永劫の時を過ごす。
 しかし怜は芸術作品でもなければ、役目を終えたわけでも、ましてや捨てられたわけでもなく。
 自然と溶け込む程に自らを消し去っていた怜であったが、その時を決して見逃したりはしない。
 大気の振動のみで蝶は震え去り、草木が揺れる程の轟音。
 特にこの銃マスケットバイエンは威力に重きを置いているだけに、その音もひとしおだ。
 きーんと鳴る耳鳴りを無視し、怜は銃を上に掲げる。
 根元に火薬を詰め、上部より火薬と弾を込める。
 はたから見れば恐ろしく手際が良いのだが、やってる当人は少しでも早くと最も気が急く時間である。
 全ての準備が終わり、再び構えを取った先では痕離が次の仕掛けをしている最中。
 まだ猶予はあったのだが、毎回ぎりぎりだったと感じてしまうのは、やはり未熟なせいだろうかと、怜はそんな事を考えていた。


 一口に山を封鎖すると言っても、何せ山は広いものだ。
 完全に逃げを決め込んだ相手を追い詰めるには、どうしても手分けしなければならない部分が出てきてしまう。
 それでも、罠を片っ端から解除して回った痕離には、君代がいざという時どう逃げるつもりかが手に取るようにわかったらしい。
 だからこうして、君代はレイシアの大剣と打ち合うハメになっているわけだ。
 下段同士で豪快に打ち合った剣より火花が散る。
 その後の切り替えしは君代の方が速い。
 しかしその速さも、勝一の袈裟を防ぐので精一杯。
 噛み合ってはいけない。弾き、すぐに次に動かなければ。
 しかし勝一もそれは良くわかっている。
 二の打を考えぬ強力無比な斬撃にて、君代の刀を止める。
 側面より斬りかかるレイシア。
 君代は、刀より手を離した。
 その場で後方宙返りを見せ、レイシアの横薙ぎを飛びかわす。
 レイシアの大剣が八の字を描き、左に向かっていた剣先が魔法のように真上へと伸び上がる。
 思わず感嘆の息を漏らしそうになるレイシア。
 君代は振り上げた剣の先端に、爪先のみで立っているではないか。
 そのまま足先でレイシアの大剣を弾きながら、勝一へと飛びかかる。
 君代の貫手が勝一の首筋を深く斬り裂く。
 思ったより硬度のある体に驚く君代が着地と同時に振り返ると、そこには喰らいながらも攻撃準備を整えていた勝一が居た。
「その程度の攻撃効かぬ! 我が渾身の一撃を食らうがいい!」
 咄嗟に、自分が捨てた刀を拾い防ごうとした君代であったが、勝一の姿を見て、これは防げぬと察しえた。
 踏み出した足の位置は必死必殺を確約する間合いを確保しており、振り上げた刀が頭上を越え前方へと体を引っ張るに合わせて後ろ足より前足へと加重を移す体重移動は見事の一言。
 慈悲も躊躇もない、だがそれ故にサムライ相川勝一が如何なる存在なのかを示しうる、全霊を込めた斬撃。
 受けた刀のおかげで切れずには済んだ君代だが、全身が大地に叩きつけられ鞠のように大きく跳ねる。
 これにトドメを刺さんとするレイシアは、君代が苦痛に歪んだ表情のままだが刀を持つ手に力が篭もっている事を見抜き、反撃の可能性を頭に入れる。
 一息に懐まで踏み込むと、右手に握った大剣を大きく後ろに引き、左の脇下を通す形のまま左の肩口で体当たりをかます。
 この間合いなら刀は届かず、しかるに、こちらの大剣は君代に突き刺さる。
 刺さったのを確認するなり両手持ちに切り替え、全力で前方へと突き出し、更に深くへとねじ込みにかかる。
 串刺しにならず横にはじけ飛んだのは君代の技量の賜物だが、深手を負うのは避けられず、更に、ふらつく視界はその先にある崖を見出せず。
 君代は谷底へと落下していった。


 志体持ち故の体力か、君代はまだ息があった。
 そこかしこの黒ずんだ染みは座視出来ぬ程の流血の表れだが、治療をする暇すらなく山を彷徨う。
 当初、君代はそれが怪我と疲労故の幻覚だと思っていた。
 足元から黒い泥が這い上がって来て、両の腿までを覆っているのだ。
 それが現実であると知れたのは、グリムバルドと透子が姿を現したせいだ。
 必死にふりほどこうとする君代に、透子は硬質な表情を崩さぬまま告げる。
「罪を犯した者は逃げられません」
 恨み、呪う声が君代の脳に木霊する。
 グリムバルドはこの様を、少し殊勝な顔で見守っている。
「正直、コイツがここに来るとは思わなかった。まさかとは思うが、その怨霊が招きよせたって話か?」
「‥‥‥‥」
 透子は答えず。
 苦悶の叫びを上げ続ける君代は、突如発狂したかのように暴れだした。
 透子をかばうように前に出るグリムバルド。
「今回は出番無しで楽出来るかと思ったんだが‥‥そうもいかねえか。後は任せろよ」
 無茶苦茶に振り回しているようで、身に染み付いた剣術を駆使してくる君代の剣を、グリムバルドはかわさずいなさず、真正面より受け止めてやる。
「よぅ、一般狂じ‥‥殺人鬼。沢山斬れたかよ?」
 教本に載せたくなるような惚れ惚れする程の左右の連撃を、槍の柄で、鎌の裏で弾く。
「まだまだ足りないかもしれねぇが‥‥此処までだ」
 君代はそれでも止まらない。傷口が開き、血飛沫が飛び散るままに刀を振るう。
「次はお前が刻まれる番だぜ。‥‥犠牲になった子供の分、利子付きでな」
 君代を苛む声は尚も響き続ける。
 意味不明な叫び声でこれに抗い続ける君代に、透子は決して攻撃の手を緩めず。
 呪符と瘴気を操る詠唱は絶え間なく続く。
 そんな中、グリムバルドは片鎌槍の鎌部を下に大きく槍を引く。
 常の君代ならばそこに必殺の気配を感じ得たのだろうが、錯乱する君代に冷静さは望めず。
 突き出した槍に全身を乗せ、破壊の槌と化したグリムバルドの槍撃に、致命打を許すのだった。

「痕離?」
 驚くグリムバルド。痕離はどうしても聞きたい事があり、誰よりも先にこの場へと辿り着いていた。
 痕離は荒い息を漏らし仰向けに倒れる君代に顔を寄せる。
「‥‥どうして人を殺そうと?」
 返事は即座に返ってきた。
 君代が最後の力を振り絞って放った短剣を、痕離は右目数寸前で受け止める。
「ちく‥‥しょ、う」
 君代からは最後の最後まで、悪意が失われる事は無かった。
 やるせなさに肩を落とす痕離に、グリムバルドは殊更に明るい声をかけてみる。
「と、ともかくこれで解決だ。ほら、そんな顔すんじゃねえよ。こっちにゃ大した被害も出なかったんだし、万事めでたしじゃねえか、なあ」
 そう暗いままの透子にも声をかける。
「俺達がヘコんでたって仕方ねえだろ。報告終えたら、みんなで犠牲者の墓参りしようぜ、な」
 二人はその申し出にではなく、一生懸命に気遣う彼に、僅かだが心救われた気がした。