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■オープニング本文 悪辣非道な盗賊団烈鬼、しかし彼等は同時に狡猾でもあった。 根城は常に砦と呼んでも遜色ない所まで堅固に作りあげ、下手な数では近づく事さえ出来ず撃退されてしまう。 それでも一箇所に留まっているのなら、いずれ攻略法も見つけられるのだろうが、彼等はそんな堅い守りの砦を、苦労して作り上げたであろうこれを惜しげもなく放棄し、すぐに次の根城に移動する。 恐るべきはそれを部下に強要出来る長の統率力であろう。 ここらでは名の知れた侠客、後藤昭三は、やはり同じく名の知れた猛者達を集め盗賊団を作り上げた。 当初、集まった面々を聞いた者達は、三日ともたず崩壊するだろうと予測していた。 堤防崩しの早雲、赤ら顔の雅夫、狂い咲く椿、コイツ等はその腕っ節もさることながら、度し難い程の暴れん坊であると知られていたからだ。 これらを纏めあげている昭三からして、酒いらずの酒乱と呼ばれるような男である。 どーやったらこんなん纏まるんだと思われていたのだが、彼等は何故か上手く回っており、その凶暴さを余す所なく近隣住民やら官憲やらに叩き付ける。 土地の者達は、最早地方警邏の手に負えぬと判断するも、上に頼むにはツテが無い。 ならばと、開拓者に彼らの退治を頼むのであった。 椿は建設途中の砦の中で、いの一番に作らせた茶室にちょこんと座っている。 雅な所作で茶の湯を扱うその動きからは、彼女が盗賊団の一員である様子など何処にも見られない。 ゆっくりと椀を持ち上げ、ごくりと喉を通す。 至福の表情で頷くと、二十歳を越えているというのに、零れるような愛らしさがある。 不意に、賑やかな声と共に早雲が顔を出す。 「ようっ! 見ろよこれ! 一級酒だぜ一級酒! いいだろ、お前にも呑ませてやっから来いよ!」 屈託の無い笑顔でそう誘う早雲。 出家させられた先を飛び出したという早雲は、その時の坊主頭が気に入ってずっとそのままであるのだが、笑うとこれが実に愛嬌のある顔になる。 「ん、そうね。それも悪くは‥‥」 と、もう一人の男、雅夫が現れる。 「おーい椿ー! 良い茶菓子が手に入ったんだ! 凄く甘くてお茶に合うらしいぜ!」 こちらも満面の笑顔であり、良い年であるのにまるで子供のようにはしゃぐ。 しかし、先客である早雲と目が合うと、その表情は一変する。 「‥‥は? 何でお前ここにいるの? その禿頭擦り殺されたくなきゃとっとと失せろよ」 早雲もまた、愛嬌なぞ雲海の彼方に消え失せている。 「あ? お前何言ってんの? つーかその面で菓子とか馬鹿じゃねお前? キメェんだけど、マジで」 はっはっは、と笑いあい、直後、二人同時に拳が飛んだ。 椿はうんざりした顔でぼやく。 「またこれ? もう、私のお茶の時間邪魔するとか、あんたらホント良い度胸してるわ」 罵声と怒号が響く茶コ付近より避難した椿は、大将である昭三の下へ。 「懲りもせずよくやるわ。あーあー、せっかく作った射台壊しちゃってまー」 早雲も雅夫も流石に名うての暴れん坊だ。砦を囲む太い木の柵ですら、二人のケンカのとばっちりだけで半壊してしまっている。 柵の下敷きになった奴がいるぞー! とか、俺はまだ死にたくねえ助けてくれー! とか、腕が腕があああああ! などと悲鳴もそこかしこより上がっている。 「お前を取り合っての事だ。気分は悪くなかろうに」 昭三は慣れたもので、のんびり観戦中である。 「あははっ、実はそうなんだけどね。まったくもう、仕方ないなぁ‥‥」 そう言って立ち上がる椿は、両手を口に当て大声を出す。 「こらー! せっかくみんなが作ってくれた砦壊すんじゃないわよ!」 二人からは同時にお返事が返ってきた。 『うっせーあばずれ! てめえはすっこんでろ!』 速攻昭三が椿を羽交い絞めにする。 「おいっ! お前まで混ざったら洒落にならんぞ!」 「離せクソオヤジ! あんのクソ共ぶち殺したるわああああああ!」 先程までの雅な様なぞ何処にも残っていない椿。 昭三が部下に命じてお茶を入れさせこれを渡すと、ようやく椿は落ち着いてくれた。 「まったく、あんのボケ共、腕の二三本へし折ってやらなわからんじゃろ」 口調まで変わってしまっている椿さん。 「そう言うな。あいつらが暴れるのも計算の内だろう」 昭三もまた自分の分のお茶を手に取り、椅子に深く腰掛ける。 「あいつらはあの暴れ癖のおかげで何処にも居場所なんて無かったんだ。だからせめてここでぐらいは‥‥な。我慢してやってくれ」 むすーとそっぽを向く椿。 「‥‥昭三の旦那がそう言うんならしょうがないけど‥‥ここぐらいしか居場所が無いってのは私にもわかるし‥‥」 にこーっと笑う昭三。 その全身が、彼方より襲い来た衝撃波にふっとばされた。 座っていた椅子は大きく宙を舞い、昭三は建てかけの詰め所に叩き込まれる。 ちょうどぎりぎり眼前を衝撃が通り過ぎる形となった椿は、目をぱちくりと見開いた後、あちゃー、と吹っ飛んだ昭三に目をやる。 少ししてから、詰め所は完全に崩れ落ち、昭三は見事その下敷きになってしまったわけで。 「今日という今日はもう勘弁ならねー! 地獄に叩き込んでやらぁ!」 「ほざけ早雲! 地獄に堕ちるのはてめえの方だ!」 がらがらと、砕けた木材が崩れる音がする。 「てめぇら‥‥だ」 予想外の方向よりの声に、そちらを向く早雲と雅夫。 「地獄に堕ちるのはてめえらだって言ってんだよクソッタレがああああああああああああ!」 ぶちキレた昭三が悪鬼の顔で二人に襲い掛かる。 「頭がキレたぞおおおお! この砦はもうダメだ! みんな外に避難しろおおおおお!」 官憲側は想像だにしない、これが、彼等がやたら砦を変える理由であった。 建設途中の砦を、猟師が見つけたのは全くの偶然であった。 猟師をやってるだけあって目の良い男は、山中に築かれた砦の中に手配書にあった顔を見つける。 大慌てで逃げ帰った彼の報告は、千載一遇の好機をもたらした。 依頼者達は、この砦への襲撃と昭三以下烈鬼の面々撲滅を、特に何があっても昭三、早雲、雅夫、椿の幹部四人は倒すよう開拓者に念を押す。 |
■参加者一覧
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
アッシュ・クライン(ib0456)
26歳・男・騎
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
紫焔 鹿之助(ib0888)
16歳・男・志
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
葛籠・遊生(ib5458)
23歳・女・砲
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
悠・フローズヴィトニル(ib5853)
13歳・女・泰 |
■リプレイ本文 五十君 晴臣(ib1730)が偵察にと飛ばした人魂により、砦の状況が知れる。 確かに建設途中であるようで、侵入路はよりどりみどりだ。 茂みを伝い、通常の半分の高さしかまだ無い見張り塔の死角より迫ると、不破 颯(ib0495)が皆にわかるよう口元に人差し指を当てる。 指差す先には、水をくみに降りて来た男が一人。 颯はゆっくりと弓を引き、狙いを定める。 ひゅんっ、そんな音が鳴ると男はもたれかかるように側の岩に倒れ込む。 転倒先すら読みきった匠の技だ。 紫焔 鹿之助(ib0888)が小さく口笛を吹きこれを称える。 「やるねぇ」 葛籠・遊生(ib5458)がじっと自分の銃を見ていると、郭 雪華(ib5506)が何を考えているのか察したのかぼそっとフォローを入れてやる。 「‥‥僕らの出番はまだあるよ」 心の内を見透かされ、大いに慌てる遊生。 「ひゃん!? あ、あははは、うん、わ、わかってるよ。銃撃っちゃったら奇襲にならないしね」 アッシュ・クライン(ib0456)は再度晴臣に人魂を頼み、敵の配置を確認した後、徐に頷く。 こきりと指を鳴らす悠・フローズヴィトニル(ib5853)は、今にも炸裂せんばかりに足腰に力を溜め告げた。 「行くよ」 悠は無理に近接せず、小馬鹿にするように周囲を飛びまわると、早雲はデカイ棍を飽きもせず何度も振り回す。 何とか回避しつつ機会をと伺っていた悠だったが、攻撃の鋭さ故か思うようにこの男を振り回す事が出来ない。 せめて何かきっかけをと、建て掛けの宿舎の側に移動し、棍の動きを制限しようとしたのだが、早雲は委細構わず宿舎ごと悠を粉砕にかかる。 壁面に叩きつけられた棍は漆喰の壁を砕き、四隅を支える柱の一本をへし折る。 建て掛けであるせいか、宿舎はそれだけで大きく傾き、上に乗っていた屋根部がずり落ちて来た。 ちょうど悠の頭上に落ちかかってくるこれに向かい、悠は屋根が落ちきる前にこの縁に手をかけ、逆上がりの要領でくるりと屋根上に昇りあがる。 尚も屋根はずれ落ちて行き、その速度は上がっていく。 早雲は舌打ちしつつ屋根目掛けて棍を振り上げる。 この一撃で自身の前面に至る分の屋根を文字通り削り取った早雲は、上がる粉塵の隙間に、白銀のきらめきを見る。 悠は滑り落ちる屋根と共に駆け、早雲が棍を振るうと同時に高く上へと飛び上がっていたのだ。 必殺の一撃が来る。そう読んで身を硬くする早雲であったが、悠は早雲が思うより遙かに慎重で周到であった。 一撃を撃つでなく間合い深くに踏み込むと、低い姿勢から早雲の右膝裏に左腕を絡め、全力で振り抜いたのだ。 早雲の頭部が下に、脚部が上を向く程の大回転。 反撃も防御も出来ぬ体勢にしてやってから、満を持しての足刀蹴り。 完全にしてやられた早雲は更に冷静さを欠き、力任せの攻撃のみとなる。 後は、作業のように淡々と、悠は早雲を削り取っていった。 「自分の行いを振り返って後悔した? 必要ないよ。後悔なんて、する時にはいつも遅いんだから」 颯と遊生の二人は並んで弓と銃を構える。 いずれも遠距離射撃。近接さえ出来ればと荒くれ達はかさになって二人に襲い掛かる。 しかし、駄目。 威力も精度も並の射撃ではないのだ。 ならばと包囲するように回り込まれると、流石に全方位よりの攻撃には対応出来ず、近接を許してしまう。 背後より迫る賊。颯は振り返りざまに一射すると、すかさず離した手で矢筒の底を叩く。 同時に腰を僅かにかがめると矢筒から矢が一本、零れ落ちてくる。 弓を持った手でこれを掴み、体をぐるんと半回転。 側面より迫るもう一人に一射。 腹部に矢が深々と突き刺さった男は前のめりに倒れ込んでくる。 その頭部を抑えながらこれを両足を開き大きく飛び越す。背後で二筋の刀が空を切った。 遊生の側面から斬りかかってくる賊。 倒れ込むように仰け反りかわすが、この崩れた体勢では次が繋げられない。 というのは、近接格闘を学ぶ者の思考だ。 銃使いにとって、攻撃に必要なのは引き金を引く指先のみ。 下方より鈍い轟音が響き、賊が真横にズレるように吹っ飛ぶ。 包囲の利点は、常に敵の視界外から攻める事が可能な事だ。 遊生は背後より土を蹴る音を聞く。 そちらを見もせず、この辺と当たりをつけしゃがみ込みつつ足を払う。 つんのめるように倒れ込む賊が、大地に伏すのを待たず銃を頭部につきつける。 「‥‥ごめんなさいっ、恨みはないですけど‥‥けどっ!」 轟音一つ、賊はもんどりうって倒れ伏した。 二人の勇戦を歯噛みしながら見ていた椿は、業を煮やしたのか自らも前へと飛び出して来る。 「たかが二人相手に何やってんだい!」 颯は椿の様を見て肩をすくめる。 「おいおい、何だよそのアバズレ口調。アンタ三十路だろ? もうちょい落ち着きを持てよ」 「‥‥‥‥よーーーーっくわかった。おどれはワシがぶち殺しちゃるけぇのぅ!」 何語だそりゃ、ってな勢いである。 巫女と聞いていたのだが、すらりと長ドスを抜くと斬りかかってくるではないか。 鬼女とはかくあらんといった姿であるが、彼女の前に立った遊生は両手に持った短銃を突き出す。 大慌てで射線より外れにかかる椿であったが、逃れきる程ではなく腿に深い傷を残す。 「‥‥あは、動きについて来れないんじゃないですか?」 「じゃっしゃぁ小娘! おどれらも遊んどらんとやりあげちゃらんかい!」 へい姐さんと数人が一斉に飛びかかってくると、この隙間を縫うように椿も近接攻撃を仕掛けてくる。 現状では威力云々より、手数が重視される。 颯が学んだ弓術では、基本体幹を崩さず正確に射る術を教えてくれたが、戦場ではそうもいかない。 一つ作業に集中せずに、右の敵をいなし、左の敵をかわし、正面の敵を見据えながら矢を射なければならない。 それは遊生も同様であるが、短銃二丁という手軽さは、不利は否めど近接戦闘も可能である。 颯は後ろ足を大きく引きつつ、地面と平行になるまで上体を逸らして剣撃をかわす。 同時に胸に当てるように大きく弓を引く。 対象までに障害となる敵が一人いるも問題なし。この角度を得る為の無茶な姿勢なのだ。 射った矢は椿の着た鎧の一部を狙い砕く。 がらんと音を立て鎧が落ちかけるのと同時に、遊生の足が跳ねた。 椿までの障害となる敵をまず右の銃で射抜き、その体に隣接し他の敵への盾としながら、ぐったりとした敵の脇の下を通し残る左腕の銃を突き出す。 椿は痛撃に身を硬くしている。そして颯が椿の急所を狙えるようお膳立てしてくれた。 「これで決めますっ!」 賊達に囲まれ比較的安全と油断していた椿は、思わぬ連撃に呆気にとられた顔のまま、倒れ伏した。 賊の一人を斬り伏せた所で、アッシュは目標を確認した。 赤ら顔の雅夫。 噂に聞く赤顔にはなっておらず、しかし勇躍こちらに向かい突進してくる。 ゆっくりと、アッシュは大剣を振り上げる。 顔を見ればわかる。あからさまにすぎる上段構えを雅夫は笑っているのだ。 ぎちりと、大剣を握るアッシュの両の手に力が篭もると、鎧の隙間より黒ずんだ煙が吹き上がる。 これぞ騎士の闘気、オーラである。 攻防共に使用出来る極めて利便性の高い技術であるが、雅夫はやはり笑みを崩さず。 当たらなければ一緒という事だ。 アッシュはそんな雅夫の考えがわかっていながら、彼の考える通り、上段より大剣を振り下ろす。 後ろの蹴り足は踏み固められた大地をも削り取り、踏み込む前足は土に足跡を残す程の重さを持つ。 加重移動の妙技は派手さこそないものの、無類の威力を発揮するに必須の条件。 いなす、受ける、どちらも許さぬ。 剛剣とは腕力のみで振るわれるのではない。 全ては血の滲むような訓練に裏付けされた技術なのだ。 切っ先の早さ、重さを見切った雅夫もまたひとかどの剣士なのであろう。 それでもなお侮りの代償は支払わねばならない。 雅夫が受け流さんと掲げた刀は、アッシュの技にて力を逸らす事すら許されず。 へし折れこそしなかったものの、威力を殺しきれず受けた刀の裏が雅夫の肩を強く叩く。 大きく崩れた雅夫は何とか立て直そうとするも、アッシュは許さず、二の撃、三の撃と繋ぐ事で優位な状況のまま戦闘を続ける。 「ちょ、ちょっと待ててめえ!」 実力の半分も出せていない雅夫は悲鳴を上げるが、アッシュの大剣が止まる事は無い。 情けなぞ、微塵もかけてやる気はないのだ。 「これで終わりだ。地獄で罪を償うがいい」 最後の最後で、顔を真っ赤に染めた雅夫は咆哮と共に逆袈裟に斬り上げてくる。 アッシュは左の腕に添うように、剣先を大地に向けて大剣を構える。 斜め下よりの斬り上げをいなし弾くと、弾く動作がそのまま頭上への振り上げに繋がり、精妙な剣先は一撃で雅夫の首を斬り落とすのだった。 賊の主力へと向かったのは鹿之助、雪華、晴臣の三人だ。 雪華と晴臣が放つ矢と術は容易にこれへと隣接を許さず、果たして突破した賊も鹿之助の刀に倒れる。 散発的な抵抗では意味が無いと一所に集まりだした賊。 鹿之助は刀を肩に背負い彼らを怒鳴りつけた。 「やいやいやい! 手前ぇの庭の番もろくに出来ねぇ悪党たぁ笑っちまぁがこいつも渡世の定めってやつよ。この紫焔鹿之助がよちよち歩きの手前ぇらに代わって綺麗さっぱりケツ拭いてやらぁ、ありがたく思いやがれっ!!」 手強しと見たか、はたまた別の意図があるのか、衆の先頭に大将昭三が姿を現す。 「ぬかせわっぱぁ! ちっと腕が立つぐらいで調子に乗ってんじゃねえぞ! 世の中ってもん教えてやるからかかって来いや!」 やってみろやー、とばかりに意気込む鹿之助に雪華が小声で一言を。 「紫焔殿‥‥無理だけはしないでね‥‥。相手は冷静さを欠いてるとは言え‥‥何するか分からない‥‥」 「わかってらぁ! 任せろい!」 晴臣はぼそっと漏らす。 「熱いねぇどっちも。さて、なら私は‥‥っと」 大将と共にあるおかげで意気軒昂な部下達に斬撃の符を放ちつつ、雪華を誘って射台の上へと向かう。 腕の立つ志体持ちは、下手に背後を守るとか考えない方がいい。 周囲を取り囲む志体を持たぬ者との技量の差が大きすぎるので、単騎で後衛の護衛を考えず暴れ回れる方がやりやすいのだ。 そして、と射台の上へと駆け上がっていく雪華を見送り、晴臣はそちらに賊が向かわぬよう立ちはだかる。 火力の高い砲術士は、逆に防御を考えぬ状態に置いてやるのが良い。 無論晴臣も陰陽師として火力に自信が無いでもないが、この三人でなら恐らくこの形が一番であろうと考えたのだ。 まず立ち上がりはこれで様子見かな、と群がってくる賊に対する。 こんのひょーろく玉がー、と賊が突っ込んで来る。 一挙動で裾より符を取り出し、眼前に一度かざし術を唱えた後、手首の返しのみでこれを放つ。 紙で出来てるとはとても思えぬ鋭い軌道で飛ぶ呪符は、紙の表皮を突き破るように首をいなしながら鳥を象る。 風を切る音が明らかな危険域にまで達すると、先頭をきっていた賊の一人の足元を横切る。 突如、男は足首を押さえて立ち竦み悲鳴を上げる。 隼と化した呪符は、すれ違いざま足を斬り裂いていったのだ。 吹き上がる血飛沫を必死に抑える男。 晴臣は、何か何ていうか、ちょっと本気で可愛そうになってきた。 『‥‥この砦、作りかけだけど本当良く出来てる。職人並の腕持ってるってのにいざとなれば鉄砲玉ってのは‥‥流石に惨いねぇ』 一方射台の中ほど、というか中ほどまでしか出来ていないのだが、にて雪華は長銃身の銃を構える。 鹿之助は敵将相手に良くやっているとは思うが、やはり一党の長だけあって容易い相手ではないようだ。 どちらもそんなん知った事かと頭に血を上らせ大暴れしているのだが。 「すぐに熱くなるなんて‥‥損な人達‥‥」 少しだけ、怒られるかもと考えながら引き金を引く。 部下に背後より襲わせ、自身は側面から仕掛けんとしていた昭三が轟音に弾かれるように吹っ飛ぶ。 咄嗟に銃の下部を一撫で。 即座に次弾を放つ。 熱を持った銃身が更に加熱するのがわかる。 銃を支える手に震えるような振動が。 これを抑えねば狙いは定まらない。 手の表皮が僅かに焦げる香ばしいかおり。 つんと鼻につく火薬の匂い。 脳髄にまで響く戦闘中は決して止まぬだろう耳鳴り。 銃使いにとって、戦闘の興奮を誘致する環境はありあまる程であるのだが、雪華はやはり水面のような心を崩さず。 それでも一瞬だけ、表情が僅かに揺れた。 「助かるぜ!」 二発の射撃により包囲の一角を崩した事を、鹿之助はそれと気付き大声で感謝しているのだ。 熱くなって戦ってるだけに邪魔をしたら気を悪くするかも、何て心配は杞憂であったようだ。 ああいう熱さは、見ていて心地よいものかもしれない。そんな事に加えてもう一つ考える。 『‥‥商売には‥‥向かないけど』 そして商売に向かないらしい鹿之助だ。 包囲の一角が崩れた事で、動きに余裕が出来た。 昭三の刀をいなしながら背後へと駆け、抜き胴。 これは真横に飛ぶ事でかわされたが、足は止めず。 更に奥に居た兵を切り上げ、くるりと半回転しつつ側面の敵を斬る。 ただの一時も剣先は止まらず。 次、次の次、次の次の次と何処何処までも切っ先は回る。 流麗な演舞のごとき動きは、しかし為しているのが鹿之助であるせいか、津波を思い起こさせる。 かと思えば、凪のごとき僅かな動きのみで守勢に回る。 これは切っ先のみ見ているとわからぬ足捌きのせいであろう。 刀以上に止まらぬ足は、衆を相手にするのであれば最良の武器となる。 そして好機と見るや攻勢に転じる。 晴臣の呪符が昭三を縛りとめるなり、背後に刀を伸ばし牽制しつつ昭三へと駆ける。 踏み込み右の斬り下ろし、切り替えして左。 そこで波が引くように重心が後ろに下がるが、与えた猶予はほんの僅か。 首元への突きが伸びる。 かすった。 肝を冷やした昭三は、一瞬だけ意識を首元に持っていかれてしまった為、直後の脇構え、切り上げという大きな動きに対し反応が遅れてしまった。 十全な勢いと共に放たれた剣撃は、昭三の刀を天高くに跳ね上げると、返す一刀でこれを切り倒すのだった。 伏した昭三に鹿之助は問う。 何故賊なぞをやっているのかと。 「真面目に働けるようなタチじゃねえんだよ俺ぁよ」 すぐ頭に血が上る癖と生まれ持った武の力故であろうこの言葉に、雪華は誰にともなく呟く。 「短期は損気‥‥。得をしたければ我慢する事‥‥」 晴臣は少しだけ、怒っていた。 「君が暴れる分我慢してる部下の事、少しは考えたら? 砦、良い出来だと思うしさ」 ああ、そいつは何時もすまねえと思ってたよ、と漏らし、昭三は息絶えた。 |