ネギのサーカス
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/15 15:44



■オープニング本文

 その日も龍を駆る戦士達は、アヤカシの襲来を受け勇躍空へと飛び立って行く。
 空では距離が開き易い事から、彼等は皆弓術を身につけており、その見事は技は放った矢が二度三度と角度を変え、何処までも敵を追尾していくようだと称された。
 それほどの戦士達が皆、眦を極限にまでひりあげ、今日こそはといきり立つ。
 そう、ここ一月の間、彼等をコケにし続けているあのアヤカシを、今日こそは撃破してやると息巻いているのだ。

 そのアヤカシは、別段大きな体を持つでもなく、凶悪無比な攻撃を仕掛けてくるでもない。
 無論中級アヤカシに類するだけあって、放つ射撃の威力は大したものだ。
 しかしそれだけならば、歴戦の彼等がここまで手こずる事もなく、憤怒を顔中に現す事もなかろう。
 細長い体、後ろが二股に分かれているだけの、外見はただの棒にも見える。
 色は緑と白。先端部はまっ白で、後ろに行くにつれ緑が濃くなっていく。
 そのアヤカシを見て、誰しも最初に思う事は一つであろう。
 そう、歴戦の勇士達をコケにし続けてきたこのアヤカシは、何処からどー見てもネギにしか見えないのであった。
 実にシュールである。
 細長いネギが、空をかっとんでいる姿は。
 彼方に十騎の龍が見える。今日もまた、ネギ対龍の対決が始まるのであった。


 一直線に飛ぶネギは、正面より迫る龍に対し、何ら対策を用意していないようにも見える。
 さもありなん。細長いだけあって正面投影面積は異常に狭いのだから。
 しかし、相手もまた射手として名を馳せた兵ばかり。
 十騎が同時に矢を放つと、それら全てがネギへの命中軌道を取っている。
 この時ネギは、ただ放たれる矢を直線として見てはいない。
 ネギにもわかっているのだ、彼等類稀な弓手達は、自在に放った矢の軌道を変化させられると。
 しかし、それでも高速で飛ぶ矢をいきなり直角に曲げられるわけでもない。
 その変化角度にはおのずと限界が生じる。
 この可能変化幅を含め、太い帯のように矢を見ているのだ。
 くるりと体を回す。それが戦闘開始の合図だ。
 矢壁となって迫る死の豪雨に対し、恐れる気もなく急加速と共に飛び込み、僅かな隙間に先端をねじ込む。
 是非を判断する時間なぞ、ほんの僅かもありはしない。
 射線を変化させた矢がネギへと迫り寄るも、変化可能幅ギリギリをすり抜けるネギを捉える事は出来ず。
 しかし敵もさるもの。
 見事矢壁を抜けたネギに対し、幾本かはありえぬ方向転換を見せ、背後よりネギへと追いすがっていく。
 速度差から追いつかれてしまうが、このネギ背後に目でもついているのか、後ろに伸びた二股を右に左に揺らしながら、速度に緩急をつける事で全く危なげなく全てをやりすごす。
 この間にも十騎は遊んでいる訳ではない。
 次射を、更に次をと放ち続ける。
 十騎は共ノ熟練の射手達だ。
 それぞれが有機的に連携し、空を面ではなく立体で捉え、決して避け得ぬよう追い詰めるように矢を放つ。
 上より三本迫る。
 回転しながら斜め下に落ちつつ、二本目と三本目の間をすり抜ける。
 直後襲い来る正面からの射撃。
 落下しながら軸線を合わせ、変化幅の隙間を見つけるなり急加速して一っ飛びにこれを貫く。
 背後より雨あられと矢雨が放たれるも、急上昇にて回避。いやかわしきれず追ってくる。
 凄まじい重力がかかっている証か、ネギの体が小刻みに揺れる。
 上昇圧力による我慢比べは、より細い矢に不利があり、重量差によって生じる速度差を出力で埋める事で追いつかれず、矢は一本、また一本と力を失い零れ落ちていく。
 どうやっても捉えられぬ龍使い達は、十騎がネギの前方に位置し、全員が一斉に乱射を放った。
 これまでで最もヒドイ。
 何処をどう飛んでも矢、矢、矢の嵐。
 前を見ても矢、横を見ても矢、後ろを見ても矢の、矢結界。
 左下、僅かな隙間にネギは先端を向ける。基本的に矢は前方より迫るので、胴の向きは変えられない。
 前面投影面積を僅かにでも増やしたら、この矢嵐は決して突破出来ぬであろう。
 曲がるではなく、ズレるように軌道を滑らせ、一瞬の猶予を得る。
 ネギの目には、複雑に絡み合った矢の変化幅が見える。
 帯状に、しかしろうとのように伸びれば伸びる程先が太くなる形。
 伸びきる前にすり抜ける速度が必要だが、それは回避の判断時間を縮める諸刃の剣。
 しかしそうしなければ、あっという間に矢襖だ。
 左下に半回転しつつ降下、出力を上げ上昇し右旋回。
 風を切る矢の音は、幾つもが重なりあって暴風のごとき騒音となる。
 先端部を思い切って落とし、失速寸前で尾部をも落とし平衡を保つ。
 この角度では鏃が点にしか見えぬはずなのに、空が3、鏃が7というありえぬ比率の視界が広がる。
 連続ロールで真横にきりもみしながら上昇する。高度という位置エネルギーを常に一定値以上保持しておかねば、いざという時の回避速度が確保出来ないのだ。
 そして蜂の巣か何かのような塊が。
 迂回も許されず突っ込む。
 避けきれぬ矢が表皮を跳ねるが、これも計算の内。効果的な打撃を望めぬ程度の接触には目を瞑っているのだ。
 はっきりいって、ネギ程の体積が通り抜ける隙間なぞ存在しない。物理的に不可能だ。
 それでもネギは諦めない。何処何処までも僅かな可能性を信じ、先をも見えぬ矢雨の中を駆け抜ける。
 そして、辿り着いた先は十六の矢の軸線が揃った必死必殺のルート。
 ひねる? 無理だ、高度の上げ下げ? 何処に逃げても矢は迫る、旋回? 腹を見せるような真似をどうして出来ようか。
 ならば答えは一つ、揃った軸線に向け、先端より唯一の武器である瘴気弾を放つのみ。
 威力はこちらが上。六本の矢を弾き、七本目、八本目を逸らし、出来た空間にその身をねじ込む。
 最後の一本が、瘴気の渦を貫きネギへと迫る。
 悲鳴のような擦過音がネギの胴体より上がるも、これはもう純粋に運の作用で、刺さるより弾く力がより勝った。
 突然、ネギの前に大空が開ける。
 これが、空だ。
 これまでの常に視界の何処かに不純物が混ざるような景色ではなく、何処までも突きぬけるような青こそが、空なのだ。
 悠々と高度を上げるネギ。
 またしても、龍使い達はネギを仕留め損なったのであった。


「たかがアヤカシの一匹や二匹! どうしてしとめられんのだ!?」
 砦の司令官が龍使い達以上にぶちキレた顔で吠える。
 対地攻撃にはあまり向かないネギの兵装であるが、それでも空を支配された上でこれをばかすか撃ち込まれては地上班は堪ったものではない。
 業を煮やした司令官は、部下は頼れぬと開拓者に退治を依頼する。
 獲物をかっさらわれるような真似された部下の不満も尤もだが、司令官にはこれを抑え、事態に対処せねばならぬ責任がある。
 私室で一人、怒鳴りすぎて痛くなった喉をなでる司令官は、今日も胃薬を無理矢理口に流し込むのであった。


■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
アリシア・ヴェーラー(ib0809
26歳・女・騎
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
イクス・マギワークス(ib3887
17歳・女・魔
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文

 趙 彩虹(ia8292)は、脳内で卑怯だのズルイだのな単語が飛び交う中、グライダー翔虎を駆る。
 後ろについて追いまわしてみるとわかるネギのズルっぷり。
 動力を使ってるグライダーと同等の加速度とか、あの細い体の中はどうなっているんだと。
 そして一番頭に来る事は、旋回頻度と速度と角度だ。
 右バンクしつつループを描き逆方向へとネギ首を向ける。
 これを実際自分でやってみると、急激な方向変換により頭から血の気がすうっと引いていくのだ。
 かと思うと、今度は上昇機動、逆ループにて高度を取ろうとする。
 ちなみにこの場合、さんざ下った血流が脳天目掛けて突撃かましてくれる。
 三度連続で上昇、逆ループをした時は、目の前が真っ赤に染まって心底驚いたものだ。
 操縦桿を握る手ががくがくと震える中、歯を食いしばって追いかけているというのに、このアヤカシは平然と無茶な機動を続けてくれる。
 それでも、とネギを包囲せんとしている仲間達の一人に目をやる。
 真っ赤な龍と対照的な青い髪を風にたなびかせる彼女の前なのだ、意地の一つも見せたくなる。
 速度のせいか高度のせいか、やたら下がった体温を気合とかそのへんで無理矢理盛り上げる。
 側面より迫る炎龍ロートリッターに合わせる。
「彩!」
 彼女、浅井 灰音(ia7439)の声が聞こえる。
 龍を叩き付ける勢いでネギへと迫る灰音と、ロール一回でこれをかわしにかかるネギ。
 前挙動がほとんどなくロールの方向も読めない、そもそも旋回するかロールするかもわからないのだから、見てから対応するしかない。
 しかし高速で飛行する同士、判断する時間はあまりに少ない。
 そんな中、首だけで振り返りざま、灰音は後ろ手に銃をぶっ放す。
 肩つるんじゃないかという程無茶な角度に腕を向けながらの射撃は、ネギの先端部へと吸い込まれていく。
 これをネギは、上昇機動に強引に切り替えかわしにかかる。
 バケモノじみた反応速度だ。
 間合いからして灰音にも必中の確信があったのだが、ネギの能力をもう一つ上に想定する必要があると考え直す。
 それでも最低限の仕事はこなした。
 ロールで上に逃れ易い位置より迫り、頭を抑える事で更に上へと逃す。
 如何に能力が高かろうと、重力のくびき全てから逃れるなぞありえない。
 なら、上へ昇れば当然、速度も落ちる理屈だ。
 これに合わせるは彩虹。
 再加速の前に近接を果たし棍を振るう。
 旋風が巻き起こり、ネギの表皮を削り取る。
 初撃を見事決めた彩虹は、灰音に向けてにこっと一つ。
 彼女は口の端を僅かに上げるのみだったが、それで充分に意図は通じる。
 何とか一発決めたのだが、あくまでこれは小手調べの範疇である。
 ネギの速度に慣れるのが、ネギの限界値を引き出すのが、まず何より優先しなければならないのだから。

 彩虹の後を引き継ぐように、イクス・マギワークス(ib3887)がネギの後ろにつく。
「動きそのものに追随するのは不可能ではないな、問題は倒しきるまで燃料が持つかどうかだが」
 近接組と違い、ある程度距離を空けての追撃で充分なので、無理矢理同じ空中機動を取る必要が無いのはありがたい話である。
 しかしひっきりなしに高度を変え、右に左にと文字通り跳ね回るネギを追うのは少々どころではない手間だ。
 空戦の教本(注意すべき事項が多すぎ、かつ要求される判断速度や体力が尋常ではない為全てこなせるのは極一部の者のみ)そのまんまな、しかしより高度な技術によってなされるこれらの動きは、惚れ惚れする程見事である。
 イクスは探る意図で雷の術を唱える。
 奴は後ろに目でもついているのか、急加速で振り切りにかかったのには心底驚いたが、何とか射程内に納めたままこれを捉える。
「ふむ、あまり効いていないか」
 ネギの表面に浮いた焦げ後を見て、睡眠の術は割が悪いと判断する。
 だからといって、と彼方より迫る龍へと目をやる。
「‥‥無理があるのでは?」
 イクスの視線の先で、石動 神音(ib2662)は駿龍アスラの首筋をぽんぽんと叩いている。
「あのねぎぼーずにアスラの速さを見せてやるんだよ!」
 ネギの自然に生きる者にはありえぬ空中機動は、時に鋭角的な進路変更を可能とする。
 これを追うのは至難を極めよう。
 事実速度差やらのせいか、追いすがるのはどうにも分が悪い。
 イクスが追いたててくれるのに合わせ、神音は上を取り回り込む形でネギに向かう。
 ひっきりなしに高度を変えるネギに対し、適度な高さを維持するだけで一苦労だ。
 何かを仕掛けようとする神音を、リィムナ・ピサレット(ib5201)が援護する。
 術としては破格の飛距離を誇るホーリーアローにより、その動きを制しにかかったのだ。
 後ろよりイクスが、平行するようにリィムナが、それぞれネギを追いたてる。
 リィムナの炎龍チェンタウロは必死に食い下がるも、最初の一撃でホーリーアローの間合いを見切ったのか、ネギは有効範囲に捉える事が出来ない。
 それどころか、突如上空に舞い上がったかと思うと、急減速しつつ降下し、あれと思う間もなく後ろに回られるのだから堪ったものではない。
 ネギは前方より瘴気弾を発射する仕様であり、これが、最も危険な位置取りであるのだ。
「わっ、わわっ! かいひー!」
 左右にぶれて動く事により、射線を取られぬよう抗う。
 後ろを振り返る形のリィムナは、ネギの挙動の素早さと正確さに舌を巻く。
 これでは、振り切るのは不可能だ。
 辛うじて追尾しているイクスに視線を送ると、リィムナはチェン太にS字の軌道を取らせる。
 これにイクスは逆S字を描いて迫り、二つの文字が交錯する点で、吹雪の障壁を作り出す。
 ちょうどリィムナが抜けた瞬間であり、視界をすら遮る程の豪雪の中にネギは突っ込む形となった。
 意を察してくれたイクスに、リィムナは親指を立てて見せる。
 そしてこの好機に、上空高くへと舞い上がっていた神音が動いた。
 速度に劣るとて、降下する事でこれを補う事は可能だ。
 翼端がびりびりと震えているのが見える。
 空に居ながらにして、水中深くの重苦しさを感じる。
 吹雪を突き抜けた直後なら、ネギも軌道変更は出来まいと、必死必殺の一撃を。
 ニアミス覚悟の超近接距離をすり抜けつつ、とりゃーっと神音は用意していた袋を投げつける。
 中身は、ネギを食い荒らす害虫詰め合わせであった。
「‥‥あれ?」
 知った事かと、悠々と飛び続けるネギ。
 むー、とちょっと拗ねた顔の神音に、やはり無理でしたかと何処までも平静なイクス。
 ふと、イクスはリィムナと神音を交互に見やる。
 今回の依頼は男性がいないので気を使わなくていいと、ローライズの上より見えるリィムナのおへそやら、神音の派手にたなびく服の裾やらを見ながら思ったとか。

 レティシア(ib4475)は自らの役割を後方支援と割り切っていた。
 それには吟遊詩人という職柄のみならぬ、戦場全体を見渡し適切な注意を皆に促すといった役目も含まれる。
 まず何より大事なのは、敵の速さに慣れる事。その為に現在共鳴の力場大活躍といった形だ。
 実際、最初は皆まともについていく事も出来なかったのが、次第にネギの軌道を読むようになってきている。
 葛切 カズラ(ia0725)が龍を寄せて来た。
「よくやるわねぇみんな」
「はい。大体動きも見えて来たようですし、そろそろ‥‥そちらは踏み込まないのですか?」
「あ、私あれ追いかけるの初めから諦めてるし」
 頼むわよーカナちゃんと自らの甲龍、鉄葎の首筋をぽんぽんと叩く。
 メンバー随一の火力を誇るカズラは、どうやら待ち構えての攻撃を選んだ模様。
 動いて追っての攻撃でない以上、こちらの攻撃時は同時に敵にとって最大の攻撃機会となろうが、見た目からして堅固な龍に乗る彼女は、それでもかまわぬとこの役割を選ぶ。
 アリシア・ヴェーラー(ib0809)もネギの追跡劇より抜け、一度後退してきた。
「概ね把握しました。狙い時は少ないですが、何とかやってみます」
 レティシアは確認の為、口に出して説明する。
「まず、旋回時の予備動作はほとんどありません。見て動く以外手はありませんが、大抵の場合において最適と思われる選択を取りますので、それが狙い目になるかもしれません」
 アリシアは大きく頷く。
「最適で尚上回るか、もしくは不意を打つか、ですか」
「旋回、上昇、下降、全部で四十二通り確認しましたが、癖は発見出来ませんでした。更に確認出来る限りにおいて、死角と思しき箇所は存在しないようです」
 嘆息するカズラ。
「不意打ちはぺけって訳ね、気が滅入るわぁ」
 更にレティシアの報告は続く。
「前情報通り射角は前方、それもかなり狭い範囲に限定されているようですが‥‥アレ、ネギ首の向き変えるだけなら、多分、ほとんどの状況で簡単にこなしてくると思います。ループ中とか旋回中以外はもう何時どっち向いてもいいと思っておかないとマズイです」
「良く見てるわねぇ。でも、やれないって訳じゃないわね」
 カズラは煽るようにアリシアに視線を送ると、アリシアは一度駿龍エーヴィヒカイトに目を落とした後、深く、強く頷いた。
「はい、お任せ下さい」


 時は満ちた、そう確信したレティシアは、右腕を高々と天に掲げる。
 その手が握るはバイオリンの弓。
 きつく結わえられているはずのフロッグが風にたなびきびりびりと揺れる。
 残る七名、全員が配置についたのを確認し、弓を、振り下ろした。
 真っ先に飛び出したのはグライダー組の二人、彩虹とイクスだ。
 ネギの背後に張り付き、これを追いたてにかかる。
 二機の軌道は時に交差し、二人で八の字を描きながらネギへと迫る。
 これを受けてネギ、加速旋回にて振り切りにかかる。
 レティシアは振り下ろした弓を弦に当て、まっすぐゆっくりとこれを引く。
 管楽器と違い、バイオリンは二つの部位からなる。
 これを触れ合わせる事で音が鳴るわけだが、台となる本体は通常ならば首下に固定し、当然揺れる事のないようにしてある。
 然るに、現状そんな環境なぞ望むべくもないわけで。
 がったがたに揺れる龍の上で、風切り音が邪魔しまくる中、かき鳴らす音を頼りに弦と弓との接点の圧力を調節しなければならない。
 バイオリンは精緻な楽器だ。
 弦に弓を押し付けるような弾き方をしては、とてもではないがまともな音なぞ期待出来ない。
 全身で股下よりの振動を感知し、弓を操る手の強弱をコントロールする。
 演奏技術とはまた違った技術を要するこの技を、丁寧にこなしながらレティシアは戦場に目を向ける。
 フィンブルヴェトルは、演奏中は急激な速度変化を伴う飛行を滅多に行なわない。
 それを嫌う主の気配を察してくれているのだろうが、今回ばかりはそうも言ってられぬのだ。
「行きますよ、フィル」

 彩虹とイクスは交互に逆方向への旋回を繰り返し追跡する事で、ネギの急制動にもどちらかが対応出来るようにしていた。
 それでも追う方にかなりの負担を強いるのがネギである。
 ここで重要になってくるのはリズムだ。
 ネギが旋回を開始し、次の旋回に移るまでの必要時間を体で覚え、右に左に上に下にと跳ねるコレをリズム良く追い続ける。
 三筋の軌跡は交差しよじれ、それでいて致命的な激突を生む事もなく、イクスの雷が、彩虹の近接打がこれを狙う。
 その戦場に、神音とリィムナが乗り込む。
 彩虹とイクスがひっきりなしの旋回を要求する事で、速度の上昇を抑えた結果、二匹の龍も交錯のみならず、左右より突入後、追走劇に参加しうるようになったのだ。
 更にレティシア、灰音も加わり、数の上では戦域の許容出来る参戦数を越えてしまう。
 これを越えるとニアミスの確率が格段に上がり、操者、龍共に本来の力量を発揮しえなくなってしまうのだ。
 しかし、ここでは速度域がネギのソレを基準に統一されているせいか、各人危なげなく龍、グライダーを操り続ける。
 左斜め後方より追いすがる彩虹。
 棍より生じた疾風を左斜め下方へと回りながら回避するネギ。
 高度が落ちた事で、下を押さえていたリィムナの魔術射程に入る。
 聖なる輝きで表皮を焦がしつつ、リィムナはこの隙に高度を上げる。
 速度差がある相手に追いすがるには高度を落としながら迫るのが一番だ。
 だからこそ空戦では常に上を取った方が有利であると言われている。
 リィムナとすれ違うように高度を落とし、速度を上げるのは神音である。
 ネギの加速度なら、包囲さえ抜ければ下をくぐってすらこちらを振り払いかねない。
 これを防ぐ意味も含め、すれ違いざまに鋼の拳を。
 跳ね上がるように急上昇をかけ、すり抜けんと狙うネギ。
 しかし、空ぶった右拳は誘いの一手。
 紅の輝き纏いし左拳こそ、神音の本命だ。
 ネギ首を無理に上に向けたせいで落ちた速度、そのつもりで既に構えを取ってある左拳。
 如何に回避に長けたネギといえど、泰練気法すら併用した一撃をかわしきれず。
 確かな手ごたえと共に上方へ弾かれるネギであったが、ネギは被弾すら姿勢制御に利用する。
 失速を打拳の威力で補い、二度の回転で望む方向への進路変更を遂げる。
 ネギの狙う位置、それは、灰音の真後ろである。
 包囲網のど真ん中に戻る形になるが、それでも一騎落とす方がより有効と判断したのだろう。
 ネギの先端より瘴気の弾が放たれる。
 首だけ振り返り位置を確認していた灰音は、あまりの衝撃に龍からつんのめり飛び出しそうになってしまう。
 ぎりっと歯を食いしばり、銃口を真後ろに向けバカンッと一発ぶちかます。
 が、尋常ではない程に前面投影面積の狭いネギだ、これを龍に乗りながらにして射抜くのは至難の業。
 同時に打ち込まれた反撃が、灰音の右肩背面に命中する。
 またがっていた足を引っこ抜かれる程の衝撃だ。
 灰音は右の鐙に全重心を乗せ、こなくそと全身を一回転させ再び龍にまたがる。
 よじれてしまった右の鐙を踏みなおし、何とか堪える事に成功する。
 攻撃を受け続けながら旋回回避はこの調子では不可能に近い。
 ネギはこのままこちらが落ちるまで続けるつもりだったのだろうが、灰音とて、無策に攻撃を受け続けていたわけではない。
 ロートリッターにただひたすらに直進するよう言ってあったのは、その事によってネギをこちらに貼り付けにしておく事が目的だったのだ。
 バイオリンを弾きながら突進なんていう真似をするレティシアが、有効射程にネギを納められるようするまでの時間稼ぎであったのだ。
 左手指と、右手の力、このバランスを取る事で、揺れる龍上にて常と変わらぬ演奏を行なうレティシア。
 心の力を根こそぎ奪い去るような闇の旋律を奏でる。
 直後、レティシアの頭上を飛び越えイクスとグライダー天路一型 改がネギへの有効射程内に侵入する。
 レティシアの歌により抵抗力を弱められたネギに、イクスより眠りの術が。
「眠らせてしまえば、避ける事もできないだろう」
 そして、とカズラ。
「これで動くのも一番最後よ」
 一つ目ピンク色のとても好感度低っそーな式がネギに突っ込み、かみついてその体に毒を流し込む。
 ネギと速度を合わせその真上に位置するのは、満を持して挑むアリシア・ヴェーラー。
「さて、そろそろですかね‥‥。いざ、参ります!」
 ロートリッターの翼を広げ、ネギの真下、フォロー出来る位置に灰音が入ると同時に、アリシアは飛んだ。
 正気の沙汰ではない。
 確かに細長い体は正面よりは広く出来ているが、それでも足の太さと同じぐらいの幅しかないのだから。
 抜き身の刀を構えたまま、両膝を折りたたみつつ宙を舞うアリシア。
 彼我の速度差は出来るだけ埋めたが、それでも全く同じに出来ぬ以上、足裏が滑る、前や後ろに引きずられる等が、必ず発生する。
 今も猛烈な風に吹かれ、大きく目を見開く事すら適わぬ空の上。
 あらゆる自然が敵に回り、アリシアを大地に引きずり落とさんと画策する。
 そんな不条理を、乗り越えてこそ開拓者。
 縦に揃えた二本の足は、正確にネギの背を捉え、着地の衝撃は膝にて吸収しきる。
 姿勢は空中より更に前傾に、風の影響を少しでも減らす。
 このまま前部を斬るのが一番楽な形だが、敢えてアリシアは苦難の道を行く。
「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
 裂帛の気合と共に、頭上を回すように刀を振り上げ、背後のネギ尻尾へ弧を描くように斬りつける。
 その衝撃で、ようやくネギは睡眠より覚醒したのか、急加速を用いて、アリシアを振り落とすではなく空に文字通り置いてきぼりにする。
「‥‥つまらない物を斬ってしまいました」
 空中で、ちんっと音を立て納刀。
 灰音に先導されて下へと回り込んだエーヴィヒカイトの背に着地する。
 感心した様子の灰音。
「へぇ、あそこ狙ったんだ」
「はい。これで少し、面白い事になってくれると思いますよ」

 尻尾欠けとなったネギは、見るからに挙動が不安定となる。
 二股に分かれた緑の濃い尻尾部分は、方向舵や直進時の安定を保つ役割を持たせていたらしい。
 これが欠けた事により、ネギの全ての挙動がブレ始めたのだ。
 彩虹はグライダー翔虎と共に一個の弾丸と化す。
「――人機一体‥‥亜流白竜巻・虎式!」
 両手持ちに突き出した旋棍。
 先端を一回転させた後、接触の直前細長いネギを正確に捉える二連撃。
 否、三つだ。
 ネギの先端部を強打する三撃目がある。
 そしてその次。余程武術に長けた者でもなくば視界に捉える事すら出来ぬ四撃目は、妙に硬いネギの胴体をくの字にひん曲げる。
 攻撃は続く。
 にひひ〜、と笑うリィムナは、相棒チェン太と共にこの機を最大限に活かす。
 大きく開いたチェン太の口より炎が吐き出され、これと同時に、リィムナのここ一番、エルファイアーが炸裂する。
 高度故冷え切った大気、薄い酸素、吹き荒れる風。
 全てが炎に不利な条件であるが、龍の神秘の炎は、リィムナ渾身の魔力による炎の柱は、これら全てを駆逐する。
 ネギの全身あます所なく炎で包み、醤油かけて食べたくなるようなネギ焼きに仕立て上げる。
 しかもこの炎、勢いでも余ったか消える気配がない。
 もうまっすぐに飛ぶのも難しいはずのネギは、しかし未だに充分な機動力を有し、正面より迫る敵影に向け瘴気弾を放つ。
 カズラは狙ってくれと言わんばかりに減速し、正面より相対する。
「カナちゃんガンバ! アナタの価値は速さとか戦力とかそういう所には無いから!」
 主の激励に応えたのか、強烈な瘴気弾を受けて尚、甲龍鉄葎は小揺るぎもせぬまま突進を続ける。
「秩序にして悪なる者よ、黄泉路より来たりてその呪視を撒け」
 カズラの詠唱に応え、先程の珍妙な式が再び姿を現す。
 姿形は実にアレだが、この正体は呼び出す事すら困難な怨霊系高位式神。
 式は一つ目を大きく見開き、死に至る強力無比な呪いを解き放つ。
 その威力は、志体を持つ者ですらただの一撃で倒しかねぬ程。
 黄泉より這い出る者の呪いは、人ならぬ身、アヤカシですら逃れる事適わぬ。
 炎に包まれたままのネギは、全身より瘴気を噴出し、ぼろぼろと崩れていく。
 一度崩壊しだせば、残りは周囲の風が削り取ってくれる。
 それでも消えきるには至らず、すれ違いざま火の粉を山と浴び被ったカズラは、さして気にした風もなく髪をたくしあげ、ネギの残骸がある空域を振り返る。
「畑で異常群生するだけじゃなく空まで飛ぶだなんて、最近の野菜業界もヤルもんね〜〜」