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■オープニング本文 「こ、こんなヤバイ相手なんて聞いてねえよ!?」 皮膚を紫に染めた男が叫ぶと、彼へと向け巨漢の騎士が斬りかかる。 仲間であるはずの騎士は、先程敵の術にかかって以来、執拗に魔術師である彼を狙い続けていた。 正気である内も、何かと頭の回転の悪い騎士を小馬鹿にしていた魔術師は、積もり積もった恨みをこんな形で晴らされる事となってしまった。 意識を取り戻す事を期待して攻撃魔術を放つが、頑健な騎士はこれをものともせず踏み込み、斬りかかる。 急所こそ外したものの、腕を深く斬られた痛みで魔術師は悲鳴を上げる。 その声が、突如止まった。 斬りかかった騎士ごと、馬に乗った白騎士が長大なランスで魔術師を串刺しにしたのだ。 馬上にて矛槌を振るう赤騎士の攻撃は、威力がケタ違いであるのだが、対する男はこれに蛮勇を振るい続ける。 幾度も幾度も撃ち据えられては立ち上がり、それは男の肉体が生命活動を止めるまで延々続けられた。 男は理性を失った瞳で、致命の一撃をそれと認識する事すら出来ずまともにもらってしまうのだった。 戦いの最初に黒騎士が全身より放った瘴気は、触れた者に熱病を与えた。 隊商の中で志体を持つ者ですらこの病に侵される程、強力な病魔である。 無論志体を持たぬ者はひとたまりもない。 あっという間に全身に斑のような斑点が出来、燃えるような熱さにもだえ苦しむ。 しかしそれもほんの僅かの間の事。 もう一人の蒼白の騎士が一人づつ、じろりと睨みつけると、志体を持たぬ者はぱたぱたと倒れていった。 隊商が護衛に雇った志体を持つ者達は、最後まで四人の騎士に抗ったのだが、全てが終わった時、荒野に残るのは馬上にある四騎士のみであった。 ジルベリアの地に、四人の騎士があり。 一人はコンクエストと呼ばれ、その魔力により人を従わせる能力を持つ。 一人はウォーと呼ばれ、四人で一番の剛勇を誇り、敵を戦に狂わせる魔力を持つ。 一人はプラーグと呼ばれ、恐るべき疫病を操る魔力を持つ。 一人はデスと呼ばれ、そのものずばり人を死へ誘う魔力を持つ。 決して人が踏み入れぬ土地をたったの四人で作り上げた四騎士は、たてがみを黒い炎で覆った馬を駆り、その地へと侵入する者全てを討ち滅ぼす。 この土地はそれ自体には左程価値はないのだが、交易路としての役割を持っており、ここを閉じられると商人の幾人かは首をくくらねばならなくなる。 中々動いてくれぬ軍に業を煮やした商人達は、ならば自分達で対応するまでとギルドを通じ、開拓者に依頼する。 ギルドの係員は被害に遭った隊商の中でも、辛うじて逃げ延びた極僅かな人間に協力を頼み、集められるだけの情報を集めた。 志体を持つ護衛を連れてすらこれを凌げなかったという事で、係員は朋友の使用許可を取る。 商人にとってはたった一日の差で利益に大きな差異が生じてしまう。 だからこそ一刻も早くこれを退治して欲しいと、迫る納期やらを指折り数えながら、一日千秋の思いで吉報を待ち続けるのだった。 |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎 |
■リプレイ本文 何故か、四人の騎士アヤカシの領土に侵入すると、叢雲・暁(ia5363)はブブゼラへと手を伸ばした。 不思議そうな顔で問うフィーナ・ウェンカー(ib0389)。 「どうされるのです?」 「いや、何かコレ吹かないといけない気がする。意味も無く七回程」 そんな事を言っていると、彼方より四騎士が姿を現す。 いやまだ第七の封印解けてないし、俺等仕事終わらせてからにしてくれよ、とでも言いたげな、まあそれもまた気のせいであろうが、登場っぷりである。 土煙を上げ駆けてくる四人の騎士。これを見た輝夜(ia1150)はヤケクソに長い刀をずんばらりと構える。 「見た目でどれがどれか即座にわかるのはありがたいの」 胡蝶(ia1199)は鼻を鳴らす。 「ふん‥‥四騎士なんてまた大層な名前を付けたものね」 こきりと指を鳴らす酒々井 統真(ia0893)。 「不意打ちもなしか、堂々としたもんだ。見た目といい、案外話せる奴等かもな」 フェルル=グライフ(ia4572)は拗ねた顔で眉根を寄せる。 「話せる人は、問答無用で交易路塞いだりしませんっ」 まったくだと笑う統真は、しかし最も厳しい役目を背負っている。 それを感じさせぬ自然体は、フェルルが持つ不安を僅かでも解消してくれるのだ。 フィン・ファルスト(ib0979)はアーマーの中から、彼方の騎士を見やる。 「さて、アヤカシの騎士はどれ程のものかな」 敵影を見るなり、いきなり絶好調に盛り上がった鷲尾天斗(ia0371)が吠える。 「火之迦具土ィ!」 騎龍に飛び乗り、槍を翳して突進していく。 槍使いとして、騎乗戦闘で後れを取る気などさらさらない天斗は、正気を疑いたくなるような視線を奴等に返し、誰より先にこの群に襲い掛かっていった。 フェルルが二回、輝夜が三回、それぞれコンクエストによる魅了の術を受けているのだが、何故かフィンにこの術が飛んで来る事は無かった。 二人の抵抗力は高く、全てに抗しきっていたのだが、正直アレを自分に向けられて無事でいられる自信は、フィンには余りない。 「‥‥もしかしてあたし、人間じゃなくて巨大な鎧だとでも思われてる?」 それはそれで有難い話であるので、敢えて訂正する気も起きないわけで。 コンクエストは地上戦が好みなのか、もっぱらこの相手をするのはフィンとアーマーランスロットの役目となっている。 耳元で統真より預かった人妖雪白が囁く。 「大丈夫? 押されてるみたいだけど」 「持ち堪える役は騎士の本懐っ、まあ見てなって」 フィンの操作により、ランスロットは柱のように巨大な剣をぐるんと振り回す。 「ジルベリア騎士、ファルストが長姉フィン、いくよ!」 挙動に合わせ、間接部がきしむ音が聞こえる。 これに慣れていない雪白は、何時壊れるかひやひやしていたものだが、アーマー乗りにとってこの金属がきしむ音は極めて重要なものだ。 例えば、今こうしてコンクエストのランスを巨大な剣を盾代わりにし受け止めているが、これがどれ程の圧力でそうされたものなのか。 このきしみ音を聞くだけで大まかなものはわかってしまう。 ランスロットの巨体が大きく揺れる。 二回り以上小さいはずのコンクエストだが、そのランスチャージは強烈無比であった。 それでも、止めた。 勢いあまった槍が装甲板を削っていく音も聞こえたが、充分。足は止まったのだ。 空より迫り来る二騎が狙いを定めるには、十全の間であろう。 地表に激突せんばかりの勢いで、フェルルの炎龍、エインヘリャルが降下、いや落下してくる。 フェルルの視界は、自由落下なぞそよ風に感じられる速度で大地が広がっていくが、臆する様子は微塵も見られぬ。 重力に引かれ我が身が落下していく力より、エインヘリャルから上へと振り落とされる力の方が強いトンデモ空間。 エインヘリャルもまた、頭部を真下に向けての全速飛行なんて真似を平然とこなすのだから凄い話である。 如何に優れた龍であろうと、自然に生息している龍ならばこんな真似は絶対にしない。 主従揃ってどうかしてるとしか思えぬ急降下攻撃だ。 「相手が人馬一体なら私達は人龍一体、あんなアヤカシに負けない連携を見せてあげよっ」 それでも、卓越した技量は常識を凌駕する。 地表近くの重い空気を拾い、絶妙の間で翼を開き揚力を得る。 同時に、フェルルの薙刀がコンクエストへと迫る。 隣接速度、刀撃の鋭さ、いずれも一流の域であったが、コンクエストはランスロットの剣を流しながらランスを引く。 そのままランスの根元で薙刀を受け止めたコンクエストの技に、アヤカシながら思わず賞賛を送ってしまいたくなる。 空を舞う龍に乗っている以上、基本攻撃は一撃離脱。 落下してきた勢いを殺さず、再び上空へと舞い上がるフェルルとエインヘリャル。 すぐに低空より地を嘗めるように進む輝夜と、駿龍、輝龍夜桜が続く。 「そこの白いの、汝の相手は我じゃ。余所見をしている余裕はあるのか?」 すりぬけざまの超抜き胴。 龍に乗って斬龍刀をぶちこむ所が、超の部分である。 しかし、何たる熟練の技か、コンクエストの馬が即座に反応し、低く飛ぶ輝龍夜桜の頭上高くに舞い上がる。 反応速度といい、一瞬で空高くまで飛び上がる脚力といい、信じられぬ能力だ。 一瞬だけその姿を見失ってしまう輝夜。 次に見つけた時は、コンクエストは馬上にて弓を構えている所であった。 してやられた、そう思った輝夜であったが、今度は輝龍夜桜が魅せた。 低空より更に低く飛び、両足で大地を力強く蹴り出す。 これにより、生物の移動としては稀有な例である鋭角的な軌道変更をやってみせる。 斜めに跳ね上がるように羽ばたく輝龍夜桜は、そのまま身を翻して回転しつつ上昇すると、放たれた矢は空を切る。 いずれの乗馬、乗龍も優れた技を披露したが、輝夜は率直な感想を漏らす。 「‥‥乗ってる者の事も、少しは考えてくれんか輝桜?」 緊急避難だ、とばかりに輝龍夜桜はくえっと一声鳴いた。 開幕はフィーナのブリザーストームであった。 吹き荒れる豪雪の嵐。 これに真正面から飛び込む形になったデスは、しかしアヤカシ故かそこに怯んだ様子は見られない。 文字通り身を切るような冷気にも、表皮が凍りつく程の急激な温度変化にも、その足を止める事は無い。 うっすらと白く覆われた全身が、吹雪の中より飛び出して来る。 青白い鎧が元よりのものであるせいか、吹雪の嵐に影響を受けたようには見えない。 何より、勇躍飛び出してきた姿から、痛みに怯む姿が想像出来ないだろう。 人に非ざる異質な存在感は、他のどのアヤカシとも違うように思える。 撒き散らすような殺意ではなく、ひたひたと静かに忍び寄る死を思わせる凍えるような殺気。 悪意もなく、害意もなく、ただ事象としての死を具現化したかのような、絶対的な終焉を思わせる、不気味な威圧感がそこにあった。 のだが、暁はまるでそんな事など意に介さず、イっくよー、とこれから遊戯でも始めるような底抜けに明るい声を上げる。 吹雪で僅かにでも視界が阻害されてるだろうと一息に距離を詰めにかかる。 デスもこれに気付き、狙いを暁へと定め馬を駆る。 武器を持たぬデスが一体どのような攻撃を仕掛けてくるのか、それすら読めぬ交錯は、まずデスの馬の前足をかわす事から始まった。 嘶きと共に振り上げられる両の前足。 アヤカシならではの躍動感ある動きと、重量体積の違いから来る迫力ある蹄。 これを、二本の前足の隙間を縫うよう紙一重でかわす。 初撃ではあれど、動きを見切ったからこそ、かわした後の前足には微塵も意識を残さぬ。 既に暁の瞳は次なる攻撃、デスの突き出してきた手刀へと向けられている。 馬上より身を乗り出す形のデスの腕を、馬の首を盾に身を隠す。 同時に腕が動き、馬の首に、手に持った縄を巻きつけた。 フィーナはこのやりとりを、半ば呆れながら見守る。 「アレを相手によくやります」 魔術の間合いを取っていてすら背筋が凍るような死の気配を漂わせるアヤカシだ。 アレが一度こちらを睨んだ時は、全身の細胞が急速に力を失うような感覚を覚えたものだというのに。 この敵との戦闘で、最も厄介なのは恐怖であろう。 常人であればただ視線が合うのみで死に至る程の恐怖。如何にこれに惑わされぬかがデス攻略の最重要課題となる。 フィーナの端正な容貌が美麗さを保ったまま僅かにブレる。 笑みを象ったと思われるソレは、しかし見る者に親しみを感じさせる類の表情ではなかった。 暁ごと強引に中空へと舞い上がらんとする馬の頭上を、フィーナの駿龍テンペストが取る。 必死に縄を引き堪えんとする暁に、一瞥を送るとそれだけで意図が通じたのか、暁は手にした縄を離す。 デスは上を取られた不利を理解しているのか、暁よりフィーナとテンペストへの攻撃を優先する。 空中では最高速度まで引っ張れればテンペストに分があるが、加速度、旋回速度共にデスが上だ。 これを技で補う。 背後より追ってくるデスに対し、高度を上げながら地表との充分な距離を取る。 迫るデス。 不意にテンペストは背にフィーナを乗せたまま、胴を逆向きにまで捻る。 当然、前へと進む力はあれど、より以上に重力に引かれ下へと持っていかれるフィーナの体。 ただでさえ龍の推進による空力他を全身に受けているというのに、この上これでは長時間堪えるのは不可能。 無論これは次への布石。 フィーナが龍より落下するより前に、テンペストはひっくり返った姿勢のまま、宙返りを敢行する。 下方へと下る形でぐるりと回ると、まともな旋回では出来ぬ速さで進行方向を真逆に向ける事に成功する。 これで速度まで上がるというのだから、驚嘆すべき技術であろう。 急激な機動に、しかしデスは馬と龍のそもそもの性能差を用いて食らいつく。 構わず地表を嘗めるように低空飛行へと移る。 意識は完全にこちらに向いている。 だから、ひらりと真横に旋回すると、その先に居た暁に気付かぬデスはその攻撃範囲に突っ込んでしまう。 ハスキー君の咆哮が走り、暁の閃光手裏剣が轟く。 馬の足を狙ったこれをかわす事が出来ず、勢い余ったデスはもんどりうって地表を転がる。 それでも尚、立ち上がり戦闘を行えるのは流石アヤカシであろう。 しかし、自在に空を舞う馬の足は大きく傷つき、首にかけたままになっていた縄を引いては緩め、緩めては引く暁の技に、デスは対応しきれず。 フィーナは雷を放ち援護しながら人が悪そうに笑う。 「ククッ、戦闘機動で私とテンペストに勝とうなど、片腹痛いですね」 天斗の炎龍、火之迦具土が空を走り、プラーグと正面より突っ込みあうのもこれで幾度目になるか。 当初こそプラーグも病魔の術を放って力を削ぎにかかっていたが、天斗の強引とも言える突進に応えるかのごとく、正面攻撃を飽きもせず繰り返すようになる。 どちらも引く気なぞ欠片も無い。 胡蝶が攻撃術にてこの援護を続けつつも、何処か呆れた様子なのは無理からぬ事であろう。 しかし、侮っているわけではない。 天斗の斬撃も、強烈な胡蝶の術も、プラーグの突進を止める事が出来ないでいるのだから。 戦闘開始時より、胡蝶は肌にねとりと絡みつくような感覚が気になっていた。 『‥‥瘴気が濃い‥‥少し熱っぽいけど、調子はかえって良いわね』 胡蝶の金色の髪に蒼い瞳という大層目立つ容貌とは裏腹に、構え唱えた術より出でしは薄暗い闇を纏う不定形の何か。 瘴気をも喰らう魂喰と呼ばれる呪符だ。 病魔を伴う瘴気漂うこの周辺は、瘴気を操る陰陽師にとっても、悪い環境ではないのだろう。 駿龍のポチは居心地悪そうにしているが、飛んでいくまっくろくろすけは絶好調。 アヤカシの例に漏れずこのプラーグもやったら頑丈なだけで、術は効いているはずなのだ。 胡蝶はポチに常時プラーグの上を取るよう指示する。 やはり空戦ではより上空にいる方が有利だ。 今は天斗との戦闘に夢中になっているらしいプラーグも、いずれこちらの攻撃を無視しえぬようになっていくだろう。 その時、この位置取りが活きるのだ。 そして天斗である。 空中における格闘戦は、龍を並べての打ち合いが主である。 というのも、今こうして天斗がやっているようなすれ違いざまの攻撃は、仕掛ける方にも多大な危険を伴うからだ。 ましてやそれが、双方が真っ向より突っ込み合い、体感速度が二倍になるような正面攻撃合戦ともなれば、その危険度は幼女を見る天斗の視線と同じぐらいのヤバさである。 炎龍火之迦具土が旋回を終える頃には、プラーグも大きく回ってこちらを向いている。 両者が全速で交錯した後だ。彼我の距離も随分と離れてしまっている。 広げた手の平と同じぐらいにしか見えぬプラーグの姿が、見る間に大きく巨大になっていく。 最終的に、交錯の瞬間には実際の大きさより遙かに巨大に見える迫力は、速度が生み出す錯覚の一種であろう。 いや、あながち錯覚とも言い難い。 速度と質量は、ただそれだけで必殺の凶器となりうるのだから。 天斗、プラーグ、両者に許された判断の時間はほんの僅かである。 斬るか、薙ぐか、突くか、仰け反るか、捩るか、伏せるか。 交錯直前の敵挙動を元にこれを判断し、自らの武器を敵に叩き込むべく全神経を張り巡らせる。 いずれかが致命的な失敗を犯した場合、最悪空中にて激突し、両者共が空の藻屑と消え失せる。 だが、この敵相手にはそんな心配はいらない。技量も胆力も申し分無しの逸材だ。 「久々だァ! イイネイイネイイネ!! この命を削る感覚、一太刀ごとの剣圧。お前サイコーだよ!」 まず龍を、馬を右左どちらに逸らすかから始まる。 その辺は互いの位置取りから自然と決まるものであるが、以心伝心とでもいうべきか。 ともかく打ち合いたいという意志が両者共に漏れ出しており、アヤカシと人でありながら、どちらからともなく右に左に乗龍乗馬の頭をそらす。 そしてお待ちかねの斬り合いだ。 十二分に勢いの乗った鎌を、剣を、同時に振るい合う。 ここまで速度がついていると、盾は逸らす以外に用いる事が出来ない。 だが、間合いに利があれど軌道の読みやすい長物は、プラーグ程のアヤカシならば工夫無しには打ち込む事が出来ない。 ほんの一瞬に生と死が交錯する。それが正面突撃なのだ。 天斗の鎌に手ごたえあり。 が、ふと気がつくと天斗の肩にも深い裂傷が刻まれていた。 「まだまだ愉しみ足りねェ‥‥勝手にイクなよ」 統真は、戦闘の時は特にそうであるが、集中すればするほど、周囲の状況が良く見えてくるものだ。 敵の挙動のみに囚われていては、逆に全体の動きを見失ってしまう。 それは一騎打ちであると定められていたとて例外ではない。 ウォーが馬上より矛槌を振り下ろすのをかわした直後、その矛先が抉った大地の隆起もきちっと把握している。 それが、ある時からウォーのみを視界に納めるようになっていった。 何処か冷静なもう一人の自分が、これが暴走かと人事のように呟いている。 じきに敵のカタチもどうでもよくなる。 避けて、打つ。それだけを考えもせずに行ない続ける。 敵の馬上の利も、得物の長さによる間合いの不利も、どうだっていい。 真っ白になっていく頭の中は、時折聞こえる声をすら、塗りつぶしていく。 「‥‥統真、一騎‥‥励んで‥‥‥‥悪い‥‥ど、加勢‥‥わよ」 不自然に動きが鈍るウォーにも、物を考える余地すらない統真には、理由を訝しむ事すらない。 「‥‥赤いの、汝の相手‥‥そこ‥‥居るじゃ‥‥が」 空中高く飛び上がったウォーが、すぐさま大地に降り立った不思議も、どうでもいい事だ。 好機を逃さぬ、それだけ知っていればいいのだ。 世界が遅れる。 鋭かったウォーの矛は藁をすら切れぬ速度に落ち、大気の流れすら鈍重に感じられる。 そんな不可思議を疑問に思う事すらなく、馬の喉に肘を入れ、崩れる頭部を横から蹴り飛ばし、それでも尚攻撃を仕掛けてくるウォーの剣をかわしざま、交差法気味に全力の拳を鼻っ面に叩き込む。 全身を覆う桜色の燐光も覚めぬまま、ウォーの致死を確認した統真は次なる標的へと。 不用意に高度を落としている、あの龍だ。 統真の脚力ならば充分に届く、そう思った時には既にその身は宙を待っている。 遮るように、別の龍が迫り寄る。 構わない、そっちを殴ればいいだけの話だ。 騎手と目が合った瞬間、全身に冷水をぶっかけられたような恐怖が統真を襲った。 飛び行く龍を避けるように、くるりと半回転して着地した統真に、何かがぽこんと当たった。 「こらー! そこのちっこいの! あたしが相手だこっち来ーい!」 土の塊をぶん投げたらしい。統真は無言のままそちらをじろりと睨み、最初はゆっくりと、しかし徐々に速度を上げ、これをなしたフィンとそのアーマーランスロットを追っかけだした。 流石に泰拳士だけあって、基礎運動能力はべらぼうに高いのだろう。おっそろしく速い。 「うひーっ、ラン頑張って、追いつかれたら大変ー!?」 がしゃこんがしゃこんと必死になって逃げるフィンだったが、少しづつ、少しづつ統真はフィンに迫り寄る。 「回転速度の差は足の長さで埋めるんだー! がんばれランー!」 これを見たフィーナは眠りの術で止めようかとも思ったのだが、先程統真と交錯したフェルルがちょっとバツが悪そうにこれをとめた。 「えっと‥‥ですね、多分‥‥」 暴走していて戦闘しか頭に無いはずの統真は、恨みがましい目でフィンを追っかけながら告げる。 「だーれーがー、ちっこいだってー、足が短いだってー」 「そっ! それは言葉の綾って奴だよー!?」 輝夜が呆れた顔のままつっこむわけで。 「暴走は解けているようじゃの。‥‥のワリに、あやつ自分の怪我の重さ気付いておらんのではないのか?」 かなり手加減した水遁の術で統真の頭を冷やしてやると、当人ようやく怪我の大きさに気付いたのかその場に止まってくれた。 雪白とフェルルに怒られながら治療を受ける統真を他所に、胡蝶はガチンコの削りあいのせいでエライ事になっている天斗にそっぽを向きながら言った。 「ギルドに報告が済んだら、巫女の瘴気祓いを受けときなさいよ」 流石に瘴気感染は剣技の延長で処置出来る症状ではなかったらしい。 これは後の話であるが、きっちり退治してくれた皆に感謝し、瘴気感染他、怪我の治療は全て商人達が代金を支払ってくれた。 絶好調に盛り上がっていた戦闘中は気付かなかったが、天斗が振り返って考えてみるに、随分胡蝶の援護に助けられた気がする。 一度突撃合戦を邪魔しにかかった時はよっぽど殴ってやろうかとも思ったが、あの時も天斗と火之迦具土の体勢は確かにあまりよろしくなかった。 色々なものを込めながら、礼の言葉を述べてみる。 「おう、ありがとな」 「ふん」 胡蝶はそっぽを向いたまま。 ふーむ、小首をかしげる天斗。 「何よ」 「いや、それで後もう十歳、いや七歳若けりゃつんでれろりとか、すげぇ逸材なのになぁと思ってさ」 「‥‥貴方は何を言ってるのよ‥‥」 暁はアヤカシと引っ張り合いなんて真似をしてたせいか、色々とぐろっきーでハスキー君と一緒に大地にひっくり返っている。 輝夜は、皆の様子を見ながらしみじみと語る。 「これほどの激戦の後だというに‥‥元気があるんだか無いんだかわからん奴等じゃの、まったく」 |