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■オープニング本文 地面に人の頭が転がっていれば、誰だって驚く。 それは豪胆で通っている金蔵とて例外ではない。 長期間の商売を終え、一月ぶりにようやく町へと戻る途中、道端でふと目にしたものがソレだったのだ。 それでも腰を抜かすような真似をしなかっただけマシであろう。 おいっ、と勇敢にも声をかけてみたりするのだから、豪胆だというのもあながち嘘ではあるまい。 ソレはまさしく生首であった。 首より上のみ見えていて、それより下は大地の下。 悪党に捕まって埋められでもしたのだろうか。 少なくともその生首は意識があるらしく、驚き焦る金蔵を見て、くいっと小首を傾げたりしている。 「タチの悪い連中が居るもんだ。どれ、俺が出してやるから待ってろ」 よくよく見ると、周辺の土は踏み固められた道路のものではなく、なるほど、ならばこの埋め方もわからないでもない。 荷物を置き歩み寄る金蔵。 その目は一時たりとも生首より離してはいなかったのだが、至近距離まで至った所で、不意に背後より土を掘り返すような音がした。 何が何やらわからぬままがっしりと押さえつけられる金蔵。 生首はゆっくりとその姿を大地より現す。 「く、蜘蛛だと!?」 土中より現れたのは巨大な蜘蛛であった。 人の頭が乗っていても不自然でない、いやまあどう考えても蜘蛛の上に人の頭があったら不自然にしか見えないが、程の大きな蜘蛛が鍵爪のような前二本足だか手だかで金蔵を捕らえていたのだ。 天儀に生きる者ならば、即座にアヤカシの存在に思い至ろう。 人を食らう恐ろしい力を持つバケモノ。それがアヤカシである。 二の腕を抑え付ける凄まじい腕力、毛の一本一本も刺さるのではないかと思える程堅い。 蜘蛛に捕食される虫の気持ちが良くわかった、などと余裕のある考えが思い浮かぶのは、金蔵がこれを何処か現実の物と受け止められないでいるせいであろう。 それ故に、いやさ、夢ならば好きにさせてもらうさと金蔵はあらん限りの力を込め、頭突きを蜘蛛の頭に食らわせてやる。 単純に腕も足も動かないのでこうするしかなかったのだが、これがまた上手い具合に入るのだ。 「くそうっ! このやろう! 俺の石頭を喰らいやがれ!」 何度も何度も、額が裂け血が噴出す程頭突きを繰り返す。 当初は踏み進むぐらい出来そうな程堅かった大地はぐずぐずに崩れ、蜘蛛は土中へと金蔵を引き込み続ける。 少しづつ、視界が低くなっていく恐怖。 足はもう腿まで土中に隠れている。 狭くなっていく視野が、そのまま命の終わりを現しているようで、金蔵は恐怖に駆られ闇雲に頭突きを続ける。 「くそっ! くそっ! くそっ! 喰われてたまるか! てめえなんかに喰われるぐらいだったら‥‥」 程よく錯乱入っている金蔵は、 「俺がてめえを喰ってやらあああああああああ!」 蜘蛛の耳に噛み付くと、これを全力で食い千切った。 捨丸は町で無頼の仲間を引き連れ何かと悪さをしている、所謂ロクデナシであった。 彼等の価値観では、乱暴で粗雑であるほど優れていると認められるものだ。 そんな仲間達の中で兄貴分で居る為には、常に自分を厳しい所に置かなければならない。 そう出来る自分に、少なからぬ誇りを持っていた捨丸であったが、これは、埒外だ。 今にも食い殺されそうな金蔵は、あろう事かアヤカシに食いついてまで抵抗してみせたのだ。 もちろんそれでどうにかなるわけでもない。 それでも、ただやられるなぞ許せるものかと必死に抗う姿を見て、しかし、捨丸の足はどうしても動いてくれなかった。 金蔵の事は知っている。 昔は俺も良く暴れたものさと自慢げに噴いていたおっさんだ。 一度頭に来て殴り飛ばした事もあったが、それでも笑っている金蔵を見て心底軽蔑した、あの金蔵である。 自分にも同じ事が出来るか。 絶対に無理だ。 生きたままアヤカシに喰われるなぞ、遠目に見ていてすら恐ろしいのに、自分がそんな立場になって尚あんな強気でいられる自信なんてこれっぽっちもない。 少しすると、金蔵を捕らえている蜘蛛とは別の蜘蛛が現れる。 全部で三体。これにたかられる金蔵を見ていられず、捨丸は両目を塞いで蹲る。 全てが終わり、土蜘蛛がこの場を去っても、捨丸は隠れている場所から出る事が出来なかった。 一晩その場で震えていた捨丸は、心身共にぼろぼろになって町に戻る。 一番に、金蔵の家族の下へと向かった。 金蔵の帰りを心待ちにしていた妻と娘の前で、捨丸は土下座して詫び、事の顛末を聞かせてやった。 すぐに大騒ぎとなった。 町のこんな近くに、しかも人を騙すアヤカシが出るとなれば悠長な事は言っていられないだろう。 町で一番裕福な町長が、自腹を切って開拓者を雇うという話になり、捨丸は町長にすがりつく。 「頼む! 俺に開拓者達の道案内をさせてくれ! 俺は‥‥このままじゃ俺はどうしようもねえんだ!」 町長は町の鼻つまみ者を開拓者の前に出す事にひどく抵抗があったのだが、捨丸必死の懇願に抗しきれず案内を任せる事になったのだ。 |
■参加者一覧
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
袁 艶翠(ib5646)
20歳・女・砲 |
■リプレイ本文 佐久間 一(ia0503)は、皆の配置が完了したのを確認し、隣の若獅(ia5248)に視線を送る。 こくりと頷く若獅。 捨丸の案内により辿り着いた現場で、一の心眼、からす(ia6525)の鏡弦による捜索を行なった所、程なくアヤカシの所在が割れる。 事前に考えた策に従い皆が配置についた所で、一と若獅、そして陰陽師の葛切 カズラ(ia0725)が予測される土蜘蛛の索敵範囲内に侵入する。 カズラは、状況を弁えていないのか、はたまたそういうタチなのか、艶のある口調で二人に問う。 「ねえ、下からと前から、どっちから来ると思う?」 極めて真顔で一は答える。 「三体居ますから、最悪全方位からと考えておくべきでしょう」 くすくすと笑うカズラ。 「いいわねぇ、前も後ろも上も下もいっぺんに。そういうの嫌いじゃないわよ」 何か凄く触れてはいけない、意図した事と違う意味で言っているような気がしてならない一は、あははと愛想笑いを浮かべつつ助けを求めて若獅を見やる。 索敵に全力を挙げているから何も聞こえなかったぜ、と全身で主張する若獅。 常時女性ふぇろもん全開なカズラを相手に、その手の話題を無難にこなす自信など欠片も無いのである。 木の上に陣取ってこれを見ていた袁 艶翠(ib5646)は、何やってんだかと少し呆れ顔であったが、広い視界を確保していたおかげか、ソレに一番に気付けた。 八本の足で音も無く迫り寄る土蜘蛛は、話に聞いた騙し討ちといい、不意打ちがお好みのようだ。 「そういう可愛くないの、おばさんは嫌いでね」 艶翠はがばっと草むらより飛び出して来る土蜘蛛の鼻っ面に、先制の銃弾を叩き込んでやった。 射撃砲撃組は、牽制役が土蜘蛛を抑えている間に、集中攻撃にて一体づつきっちり落とす作戦である。 弓術師二人、砲術士一人、陰陽師一人の計四人。 叢雲 怜(ib5488)は、皆の攻撃より一呼吸置いて、避けるなり受けるなりして体勢の崩れた敵を狙う。 聞き慣れた轟音が響き、自分の身長より長い銃身が勢い良く跳ね上がる。 鼻腔をくすぐる火薬の香り、つんざくような音に痺れる耳。 何時もどおりの手ごたえであったのだが、ふと皆が揃ってこちらを見ていた。 「え? 何?」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は片眉をしかめながら問う。 「‥‥それ、銃?」 「そだよ」 からすも少し呆れた様子だ。 「大砲でもないのにその音か‥‥」 「艶翠姉のと同じ物だけど」 命中箇所と威力を見てとった茜ヶ原 ほとり(ia9204)は、その銃の特性を把握する。 「動きが激しい時は私達に任せて、挙動が止まった時確実に命中させてください」 命中精度をある程度犠牲にし威力を上げたもの、そう解釈したほとりの指示は実に的確であった。 任せろ、と元気良く答える怜。 戦場ではさして珍しくもない遠距離攻撃組の一斉攻撃。 しかし、志体を持つ者のみでこれを行なうと迫力が違う。 リーゼロッテは砲火を雨あられと浴びるアヤカシを見て、くすりと一つ笑う。 「弓の精度にかわせず、銃の威力を防げず、何かを盾にかざしたとしても‥‥」 かざした手の平がひやりと凍える。 「‥‥私の氷は全てを射抜く」 残されたのは、アヤカシならではの体力で堪えるのみであろう。 敵さんには哀れな程に対処法が残っていないが、同情の余地もないわけで。 狩り、退治の対象に、戦と同じ呼吸は望めぬのだ。 「やーねー、こんなヤツじゃ嬲り甲斐もないわ」 前衛にて刀を振るう一は、思っていた以上に良く動く土蜘蛛を相手に、常ならば苦戦を強いられていただろうなと戦いの最中でありながら考えていたりする。 アヤカシならではの剛力、外見からは想像も出来ぬ鋭い攻撃。 コレ相手に、一般人が頭突きかましたというのがちょっと信じられない程。 「これ、楽しすぎてませんかね」 一はとりあえず抜かれなければそれでいいのだ。 防戦に徹し、攻撃は後ろからの射撃銃撃術撃に任せきってしまって問題ない。 それほどに苛烈な後方よりの火力。 共に抑え役を買って出ている若獅も、動きに余裕があるように見える。 攻撃を仕掛ける事は、つまり攻撃を受ける隙を見せる事と同義である。 そこまで踏み込まず牽制に徹するだけで充分だろと思える、戦況であった。 「一! そっちはどうだ!?」 「話しする余裕もありますよ! ちょっと怖いですけどね」 この作戦唯一の構造的欠陥。 土蜘蛛の前足を刀で受け流した一は、直後、轟音と共に逸らした土蜘蛛の前足が弾けるのを至近にて見るハメになる。 好機とばかりに踏み込むと、肩口の上、両耳をかすめるようにひゅんと音が二つ。 二筋の矢が突き刺さり、隙を更に大きくしてくれる。 基本的に、背後から援護射撃が飛んで来る形である。 見えない所から、高い殺傷能力を持つモノがひゅんばかんひゅいっと飛んでくるのだ。 射手達が一流だとわかってはいても、怖いものは怖いに決まっている。 戦闘の最中であるが、思わず笑みが零れてしまう若獅。 ハタから見ていても確かにあれは怖そうだと思う。 というか、一の方が片付いたら次は若獅かカズラの番であり、笑い事ではないのだが。 「させるかよ!」 唐突に、それまでの間合いを捨て土蜘蛛の懐へと踏み込む若獅。 顔の下へと潜り込み、真上に向けて蹴り上げる。 そのままくるりと体を回し、上体が心持ち上がった土蜘蛛の胴体に背を当てる。 気合一発、両足で大地を力強く蹴り出すと、その衝撃は若獅の全身を伝い土蜘蛛に叩き込まれ、巨体が大きく上に飛び浮かぶ。 若獅は土中へと潜り込もうとした土蜘蛛の機先を制しこれを防いだのだ。 二人は、土蜘蛛が土中へ逃れるのを決して許さない。 攻防に関しては余裕があるが、それぞれ一人に一体付いている理由はこれである。 この辺りの呼吸は、近接格闘に慣れた者でもなくば見切れぬ所だ。 だから、同じく牽制役を引き受けたカズラは、二人に比べ苦戦を余儀なくされていた。 陰陽師とは思えぬ身の軽さで、ひらりひらりと土蜘蛛の攻撃を避け続けていたカズラだったが、業を煮やしたらしい土蜘蛛の土中への退避を防ぐ事が出来なかった。 のわりに焦った様子が見られないのは、妖艶な容姿に似合わぬ胆力の持ち主であるせいか。 「からすさん、位置わかる?」 「うむ、やってみよう」 からすは手にした弓を眼前にかざす。 目を瞑り、心に水面を思い浮かべる。 周囲の空気は、全て繋がった一繋ぎの世界。 彼方まで続く静寂と静謐の虚空に、細波を一つ。 「弓に問う。怨みの対象は何処に居る?」 手の平でゆっくりと弦に触れると、草木を、大地を、風吹く大気を、ヒトの存在すらすり抜けて、波紋は広がっていく。 「‥‥捉えた。カズラ殿から見て下方二時の方角、距離三間弱」 即応が必要な距離だ。 カズラは手に持った符を口に咥え走る。 これまでの戦闘で土蜘蛛の動きの癖を見てとったカズラは、その場所に立ち、口元より符を手に取る。 背後の大地が大きく跳ねる。 まるでそう来るのがわかっていたかのような速度で、振り返りざま符を放つカズラ。 そこで初めて土蜘蛛の姿を確認した。 波打ち乱れる触手に絡み取られた土蜘蛛。その顔面に、斬撃と化した符が襲い掛かる。 「使えるみたいね、潜地攻撃にも」 土蜘蛛はきっと後ろを取らんとするだろうと当たりを付け、仕掛けてあった地縛霊へと誘い込んだのだ。 ぎりりと弓を引くはからすだ。 「汝が喰らった者達の怨みに沈むのだ」 銃の発射音に負けぬ、しかし明らかに質の違う音が響く。 これが突き刺さった瞬間、土蜘蛛の腹部に大きな瘤が一つ出来上がる。 内部にて衝撃が炸裂した証だ。 ここで本来陰陽師ならば距離を取る所だが、カズラは更に連撃を。 割れ物を撫でるように土蜘蛛の額に触れる。 もこり。 貼り付けられた符より、まるで土蜘蛛を宿主として生まれるかのごとく真白きケモノの顔が生え出す。 まとわりつく何かを振り払うように顔を振り、首、前足、胴、そして後ろ足までひり出した所で白狐は大口を開き凶悪な歯並びを披露する。 そのまま土蜘蛛の胴に喰らい付き、周辺の肉をごっそり削ると姿を消した。 怒り心頭らしい土蜘蛛。 鉤爪になっている二本の前足をカズラへと伸ばす。 後ろ半分が潜地しながらなのは、土中へと引きずり込むつもりなのだろう。 カズラは後ろに飛んでこれをかわさんとするが、土蜘蛛の踏み込みの方がより深い。 にも関わらず土蜘蛛の前足が宙を薙いだのは、カズラが左腕を中空にて引いたせいだ。 腕の先、握った鞭の先端は樹木に絡み付いており、これを引く事でより大きな回避を可能としたのだ。 そのまま土中へと消える土蜘蛛は、狙いをカズラよりからすへと切り替え、鏡弦を使う間すら与えず土中より飛び出し襲い掛かる。 しかし、からすの反射、運動能力は土蜘蛛の更に上を行く。 頭部をすら飛び越え、何時の間にか抜いていた短刀というのは少々大きめの刃をこの背に突き立てる。 更に、これを基点に体を半回転させ、後方へと抜けていく。 逆腕には弓を握ったままこんな真似をしてみせたのだ。 子供のような容姿、大人びた落ち着いた所作に似合わぬ立ち回りであるが、やはりからすもまた開拓者なのだ。 カズラ共々、必要とあれば派手な活劇もこなしてみせる。 少し意外そうな顔のカズラ。 「やるじゃない」 「いやいや、本職には遠く及ばぬよ」 『私には関係ないけど、一時の感情にならなければいいんじゃない?』 捨丸は、開拓者達の戦闘を後方にて見守っていた。 『見届けるならば覚悟が必要だ。しかしここで死ぬような真似はしてはならないよ』 何度も、そう、何度も飛び出そうとして、しかし震える足は前へ進んではくれない。 『戦いは生死以外で勝敗が決するとしたら、それはココだ。安い精神論かもしんねぇが、ビビってもう駄目だと思ったら負けだ』 「ちくしょう、ちくしょう‥‥」 『一度は逃げ帰ろうが、戦う意志が無くならなきゃ何度でも勝ちにいける。アヤカシと人間じゃ、どうにかできる格が違うが、根っこはおんなじだと思うんだ。捨丸サンはもう一度「戦い」たくてここに来たんだろ』 激しく動く土蜘蛛の、欠けた耳を確認した瞬間、ほんの僅かにだが震えが収まってくれた。 「やってやらあああああああああ!」 ヤケクソに駆け出す捨丸。 真横を抜けていった彼を見て、怜は目を丸くする。 「は? いや、やってやるって、ちょっと待ってよ!?」 捨丸がキレたのは最悪の間だ。土蜘蛛と彼の間には現在、誰も位置していない。 「援護を‥‥って、捨丸が邪魔で射角があああああああ! 艶翠姉!」 高所に位置していた艶翠も状況を把握している。 土蜘蛛が彼に狙いを定めた事も。 二人は離れた位置ながら、視線を一度交わすのみで互いの意図を察する。 どちらも銃の筒先を土蜘蛛より逸れた位置へと向け、放つ。 『曲がれっ!』 走る捨丸を両脇より囲むように、放たれた銃弾が鋭角的に軌道を変える。 狙うは一点。 捨丸へと振り上げた土蜘蛛の右前足。 頑強なアヤカシを相手に、ただの銃撃ではこれを確実に防ぐは難しい。 だから二人は、銃の圧倒的な火力をより有効に活用すべく、狙う右前足を両側より同時に撃ったのだ。 衝撃を逃がす事すら許さず、挟み込むように叩き込まれた銃弾は、射抜くではなく、これを砕き千切ってみせる。 間一髪、千切れた土蜘蛛の前足は、捨丸の頬をかすめて彼方へとすっとんでいった。 当の捨丸はというと、砲術士達の神技により九死に一生を得た事に気付いているのかいないのか、血走った目で拳を振り上げる。 「喰らえこの野朗!」 全力でぶん殴った直後、捨丸は若獅に抱きかかえられるように離脱する。 「自分に出来る事でって言わなかったか俺!?」 かなり強引に割って入ったせいで、その背ががら空きになるが、覚悟の上だ。 一が走る。 「すみません! こちらは任せます!」 自分が相手をしていた土蜘蛛は、リーゼロッテにそのトドメを任せる。 「はいはい、迷惑な奴よね全く」 リーゼロッテの放った符は、土蜘蛛の頭上高くで長大で分厚い刃と化す。 既に集中砲火により文字通り虫の息であった土蜘蛛は、これに抗する術もなく、ごとんっとその首が落ちる。 その後も動き続ける辺り実にアヤカシであったが、一気に決めにかかったリーゼロッテに、原型留めぬ程にまで破壊されるのだった。 若獅の背に一撃を、しかし次の攻撃はほとりが防ぐ。 針の穴をすら通すであろう、精密無比な弓射。 残る左前足の駆動間接部を、本来の射角では決して射る事能わぬ角度で、これしかないという位置、角度を撃ち抜く事でその攻撃を阻害してみせる。 おかげで何とか一が間に合ってくれた。 しかしこちらの焦りが伝わったのか、土蜘蛛は更に厄介な攻撃、土中への引きずり込みを一に仕掛けてくる。 若獅の離脱を援護するためにも、下手にかわす事も出来ぬ一。 俄かに訪れた危機にも、ほとりは冷静さを保ったままであった。 用意していた縄を繋いだ矢を番え、何時もより三割増しで弓を強く引く。 距離が良くない。一の側に矢を射たとしても、用意した縄が長すぎて土中に持っていかれてしまうだろう。 ならばと射線の延長上にある木に狙いを定め、放つ。 元より端を縛り付けていた木と縄で繋ぐ形を作り、これに捕まる事で引きずり込まれるのを防ぐためだ。 咄嗟の事でありながら、縄の長さを記憶しており、周囲の状況から最適解を導き出したのだ。 どうにか一もこれにつかまって堪えているが、長くはもたぬ事もほとりは理解している。 「引きずり込まれる前に、一気に決めます」 若獅の気功波が、怜と艶翠の銃撃が、ほとりの矢が、皆が皆ここ一番の最強攻撃を打ち込んでいく。 そして、綱の限界を見てとった一は勝負に出る。 逆手に持った刀を、縄より手を離し土蜘蛛へと突き立てたのだ。 「金蔵さんが食い千切れたという事は、つまり、そこは志体無しでもそう出来る強度だという事です!」 顔面に突き刺した刃は、更に深く首を伝い、胴へと刺さっていく。 土蜘蛛深くへと侵入を果たした刃に、精霊の雷が漲る。 腰までを土中に沈めながら、閃光が迸ると、そこで、一の沈下は止まった。 「‥‥これ、抜け出るの結構大変そうですね」 全てが終わると、皆揃っての説教たいむである。 ぼっこぼこに怒られた捨丸は、しみじみと語ったものだ。 「い、いや、俺もう一生分の根性使い果たした。こんなおっかねえ事は二度としねえよ」 がたがた震えながらそういう捨丸からは、しかしここに来るまでの追い詰められた雰囲気がなくなっているようにも思えた。 |