【桜蘭】遅れ桜
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/25 21:44



■オープニング本文

●夏風
 天儀の山野を再現した庭を眺めながら、大伴の翁は無言でたたずんでいた。
 思い出すのはかつて都で勃発して自らが処理にあたった桜紋事件。
 もう是非を問うつもりはないが、あの後味の悪さは今でも鮮明に思い出すことができる。
「将軍職を辞し、ギルドに関わってから同種の事件に関わるとは、の」
 東堂の経歴を考えれば、超常の存在が関わっているのかと勘ぐりたくなるほど皮肉な展開だ。
 とはいえ、今回は桜紋事件とは異なる展開になりそうだ。
 反乱の主導者である東堂が、ぎりぎりの段階で退いてくれたからだ。
 前回とは違い、今回は開拓者たちが自ら動いた。開拓者たちの行動が東堂の決意を翻した。
 乱――あまりにも重い結末に至る流れを、彼らは確かに変えたのだ。東堂の協力が得られた今なら、流罪であると同時に保護でもある、八条島流罪という落としどころにもっていくことも可能だろう。
「後は1人でも多く島に送らねばな。無為な戦で命を落とすのは、もう止めにせねば」
 古強者の嘆息は、穏やかな風に吹かれて消えていった。

●生殺与奪の狭間
「大神神宮の、例大祭か……賑やかなモンだよなぁ」
「おや。ゼロの旦那、例大祭は始めてですかい?」
 立ち並ぶ露店と、それに足を止める客を見ながら感心するゼロに、小柄で中年の仲介屋が珍しそうに訊ねた。
「毎年は、やってねぇ行事だろ? 俺がいない間だったかもしれねぇし
「へぇ。前回のは何年前だったか……賑わいとしては、大体こんなモンですがね」
 脇の路地より賑わいを見ながら、そんな世間話を交わす。
「でも最近は見えないところで、妙に騒がしいようだな」
「旦那ぁ、天儀朝廷の政(まつりごと)にあまり興味はござんせんでしょうが……いろいろと、裏でキナ臭い騒動がありやして」
「ふぅん?」
「どうやら、浪志組が仲間割れしたとか……天儀朝廷の転覆を企てた、とか」
「穏やかなじゃあねぇな」
 謀反と聞いたゼロの表情が、微妙に陰った。
「ですがいずれも、未然に防がれたそうですぜ」
「だろうな。でなきゃあ、のん気に祭りなんぞ出来ねぇ」
 気を晴らすようにふっと大きく息を吐き、賑わいに振り返っていると。
 どんっ!
「わわぁっ!」
「おっと、すまね……」
 道の向こうから走ってきた相手にぶつかり、足を踏み変えながらゼロは短く謝る。
 だが相手は離れるどころか、逆にがっしと腕を掴まれた。
「ゼロ! あんた、ゼロだよな!?」
「……あ? 如何にもゼロは俺だが、それがどうかしたか?」
 なにやら勢い込んで確かめる若い男に、怪訝な顔で応じる。
「助けてくれ! 東堂先生が、あんたに頼めばって……」
「ちぃと、待て」
 掴んだ男を自分から引き剥がすように、背中の側へずぃと押しやりながらゼロは半歩前へ出て。
 ガキンッ!
 狭い路地に鋭い一閃が奔り、火花が散った。
 弾いた刃よりなお早く、二の太刀を繰り出せば。
 音もなく踏み込んできた相手は、後ろへ跳んで間合いを外す。
 その先には、殺気を放つ気配と人影が幾つか。
「引け……来るなら、容赦なく斬るぜ」
 数瞬、狭い路地にピンと緊張の意図が張り詰める。
 相手側は無言の合図を交わし、路地から一つ二つと人影が退いた。
 影一つ一つの様相を睨みながら、やがて殺気の消えた路地にゼロは細く息を吐いて緊張を解き、宝珠刀を鞘へ納める。
「サムライやら陰陽師やら志士やら、大そうなのが雁首並べてましたなぁ」
 首を竦め、気配を殺していた仲介屋がやれやれと胸を撫で下ろした。
「で、助ける気ですかい?」
 ちらと中年男が目をやれば、腰に刀を差した若い男はすがりつくようにゼロの袖を掴む。
「助けてくれ! 東堂先生から、あんたに……匿い(かくまい)状をもらったんだ」
 そして懐より、一通の書状を取り出した。

 場所を馴染みの茶屋に移した三人は、奥の座敷で相対する。
「俺は正吉(しょうきち)、浪志組の隊士だ」
 四角くかしこまって正座した男は、そう名を明かした。
「東堂派の志士さんですかい」
 確かめる仲介屋に正吉は首肯し、事情を知らぬゼロが奇妙な顔をする。
「東堂……あの胡散臭い眼鏡が、どうしたって?」
「先程申し上げた、キナ臭い匂いの大元でさぁ。捕まえた東堂派は死罪ではなく、流罪にするって沙汰は出ましたが、何やら陰で東堂派を闇に葬ろうって動きもあるようで」
「それが、さっきの連中か。成りは装ってるが、開拓者じゃあねぇな」
「へぇ。何処の手の者か、こちらでも掴めずでさぁ」
「てめぇらでも尻尾が掴めない相手となると、ちぃと厄介だぜ」
 ふぅんと唸ってゼロが腕組みをし、真剣な面持ちで正吉が膝を詰めた。
「でも俺には、どうしてもやらなきゃならねぇ事があるんだ! それで東堂先生に相談したら、あんたを頼れって……」
 ひと打ちしてゼロが広げた書状には、達筆な筆で「正吉を匿ってほしい」という旨が記されてあった。
「一日だ、一日だけでいい! それが済んだら大人しくお縄につくし、流罪でも何でも受けるから……!」
「それで、やりたい事ってのは?」
 肝心な部分を問えば、茶に手すら付けていない正吉は唾をごくりと飲み。
「おっ母が、田舎から祭り見物に来てるんだ」
 観念したように、明かした。

「おや、友達かい? いつも息子がお世話になり、申し訳ないねぇ」
 齢六十を越え、腰が少し曲がった白髪の百姓女が深く頭を下げた。
「すまねぇな、お多佳さん。無断で正吉を借りちまって」
 適当にゼロも調子を合わせ、あっけらかんと笑う。
『東堂派狩り』の追っ手から逃げる正吉は、都へ来た母の多佳(たか)と質素な宿を借りていた。
「気にしないで下さいな。全く、田んぼの忙しい時期だってのに……どうしてもこの子が都見物にって言うもんだから」
「正吉の奴、例大祭の賑わいをおっ母さんに見せたかったんだろうよ。明日は親子水入らず、祭り見物を楽しむといいぜ」
 仕方ないといった風に苦笑を浮かべる母の前で息子は小さくなり、出された茶をすすりながらゼロは目を細める。
「ま、明日の事は気にするな。こっちで何とかしてやらぁ……だから、せいぜい親孝行すんだぜ?」
 言外に含めて席を立つ背へ、正吉は手をついた。
「何を生かすか、何を殺すか……か」
 厄介な面倒事に巻き込まれたと、宿を出たゼロが嘆息する。
 天儀転覆の企てに加担した正吉が悪なのか、それを成敗する者達が善なのか。はたまた罪を認めた正吉を生かし、人知れず闇に葬ろうとする追っ手が斬るべき相手か――そんな小難しい事を、考える気にもなれず。
 ただ東堂は嫌いではなかったし、頼られた以上は果たすべきだろうと、着物の上から懐の書状へ手をやった。
「あの男には手出しさせねぇし、殺る気なら俺も手加減ナシだ……抜くなら、斬るぜ。心しやがれ」
 何処かに潜む目や耳にゼロは警告し、人を募るべくギルドへ足を向ける。
 書状にあった、東堂よりゼロへの依頼の報酬は――桜の苗木、ひとつだった。


■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
劫光(ia9510
22歳・男・陰
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
鍔樹(ib9058
19歳・男・志
渥美 アキヒロ(ib9454
19歳・男・ジ


■リプレイ本文

●布陣
「ありがたい石鏡の御神水だよー」
「理穴の飴細工は、いらんか〜」
「泰国産の瀬戸物だ、土産に一つ」
「ジルベリアの細工物にアル=カマルの織物、買って損はさせないよ」
 呼び込みが飛び交う露店の間を、物珍しそうな祭見物の人々が歩く。
「神楽のお祭りは、人が多くて賑やかだねぇ」
「日頃から活気がありますけど、お祭りはまた違います。ね、正吉兄さん」
「え……そ、そうだな」
 年老いた母、多佳と話していた少女……もとい、少女に扮した緋那岐(ib5664)に微笑まれ、しどろもどろで正吉が答えた。
「もしかして正吉ちゃん、可愛い『妹分』に緊張気味?」
「そういう訳じゃあ……」
 意味深で渥美 アキヒロ(ib9454)がからかえば、濁す正吉の代わりに緋那岐が泰拳士の狐の付け耳を見上げる。
「そもそも浪志組では、隊士の異性間交友を禁じているから」
「あれ? それってつまり、恋愛禁止?」
「そういう事」
 ぱちくりと緑の瞳を丸くしたアキヒロだが、物足りなさそうに砂漠の狐フェネックの尾を――こっちは本物の尻尾だ――ぱたと揺らした。
「何だかつまんないというか、大変そうだね」
「それが隊士だ。でも詳しいな、あんた」
 珍しそうに露店を覗く母の背で正吉がこそりと聞けば、緋那岐も小声で明かす。
「俺は隊士じゃないけど、東堂派の一件とか大方は知っているから」
「そうか……隊士でない者にも、俺達は迷惑をかけてしまったんだなぁ」
 急にしおれた正吉の足に、飛んできた小石がこつんと当たった。子供の悪戯かと見回せば、離れた位置で人に紛れる顔と目が合う。
 ニッと歯を覗かせて笑う日焼けした修羅の志士に、気を取り直した正吉がぺちぺちと自分の頬を叩いた。
「なにしてんだい、正吉」
「え、いや。ちょっと顔見知りに……それより、土産なら帰りの方が良くないか」
 ぎこちない笑顔で誤魔化した正吉は、怪訝そうな多佳を参道に案内をする。

「やーれやれ、世話の焼ける」
 手の内で小石を転がしながら、離れた位置に立つ鍔樹(ib9058)は沈んだ顔を振り落とす正吉に安堵した。
「でも、なんだかんだで上手くやってるようだな。今のところは」
 同じく見守る劫光(ia9510)が、油断なく視線を巡らせる。
 親子の傍らには『妹』に扮した緋那岐や『友人』を装うアキヒロ、そして数歩ばかり後からゼロが親子連れについている。
 五人の背を視界に入れながら、距離を取った鬼灯 仄(ia1257)がぶらぶらと歩き。仄と目配せが出来る程度の距離で、気になれば有栖川 那由多(ia0923)もこっそりと『人魂』の式を放っていた。
「正吉の傍は任せたからな、ゼロ」
 混雑にも目立つ長身の背に、ただ信じて那由多は託す。
 正吉の命を狙う追っ手の顔や気配、体格など覚えてる特徴があれば……とゼロを突っついたのは、他ならぬ那由多だ。追っ手全員ではないにしても、警戒すべき相手に僅かでも目当てがつくのは助かる。
「この人ごみで見物客のみならず、周りにいる全ての者に四六時中ずっと気を張る訳にもいかないからな」
 劫光の呟きに、眉根を寄せながら鍔樹もこそりと視線を走らせた。
「殺気をまとってたり、あからさまに様子を窺っている奴がいたら要注意だが、全部がそうとは限らねーからなぁ」
 たった一人に、追っ手が十人。
 ゼロから聞いた頭の痛い話を思い出し、面倒そうに鍔樹はまた頭を掻く。

●親孝行の為に
「浪志組のゴタゴタの顛末、ほとんど又聞きなんだよなァ。なんだって人一人に対して追っ手十人とか、物騒な事になってんだ? あと、俺の記憶違いじゃなけりゃ、流罪って島のある儀ごと封印する奴じゃなかったっけか」
 開拓者達だけの席で鍔樹は腕組みをし、首を傾げた。
「それに追っ手っていうから、森派の隊士かと思ったけど……違うのな。誰の差し金だか、キナ臭い。騒ぎに便乗して、暗躍でもしようってハラかね」
 簡単に事情を話した緋那岐も頭の後ろで指を組み、説明を頼んだゼロを見やる。
「多分『逆賊たる東堂派を、穏便に島送りで終わらせたくない』ってのが、裏にいるんだろうよ。それが弓を引かれた武帝自身か、あるいは藤原みたいな朝廷の貴族連中の考えかは分からねぇが。表で直に殴り合っての喧嘩なんぞ、あいつらに出来っこねぇからな」
「それ……見せしめって事、か?」
 不快感をあらわにする那由多に、じっと顔を見てからゼロは頷く。
「一人でも死ねば、裏にある自分達の権威を東堂、あるいは浪志組の要に示せる。だから十人かけてでも、一人を殺したいってトコか。全くもって、面倒くせぇ話だぜ」
「……くそっ」
 頭を掻きながら、何やら思案していた鍔樹が小さく毒づき。
「考えるのはヤメだ、ヤメ! 祭りの日に、親孝行したい兄ちゃんがいる。そンで、それを台無しにしようとしてる輩がいる。そんだけだろ!」
 ふんと鼻息も荒く、胡坐の膝に手を置いた。
「俺達にとっちゃ、そういう事だな。内部のゴタゴタに興味はねぇが、ダチが関わり、オマケに親子の間に水を入れようってんなら、話は別だ。それに、せっかくの例大祭が白ける」
 劫光が茶を口へ運び、浪志組の事は……騒動の顛末を含め、詳しく知らないアキヒロも大きく首肯する。
「折角のお祭! 親孝行! 台無しにしちゃいけないよねっ。それが最後の親孝行なら……尚更ね」
 言葉の最後は、どこか含めたように。
「ま、俺も東堂派については噂程度だ。どちら側にも、特別な思い入れとかは無い」
 ただ祭り見物に来てたら、ゼロを見掛けた……そんな縁で応じた仄は、コツと煙管の灰を落とし。
「でもな、ゼロ。そういう事やってるから、お前はいつも懐が寒いんだろ」
「うっせ」
 ぶぅと頬を膨らませるゼロに、笑った那由多は目を細める。
「親孝行、ね。心に刺さる話っつーか。自分で出来なかった事を、やる奴がいるのは眩しいもんだ」
 呟く那由多は頬をぽしぽし掻き、あくまで親子水入らずの祭り見物を楽しませてやりたい鍔樹は覚悟を決めて深呼吸を一つ。
「だからって訳じゃあないが、護り切ってやんぜ! くれぐれも正吉の母ちゃんには悟られないように、な」
「俺は宿の外にいる。親子の間に挟む人間は、少ない方がいいだろ? だから、顔を出すつもりはない」
 劫光は夜明け前の街に残り、残る一行は正吉と多佳が泊まる宿へ入った。

「あんたが、俺の、妹?」
 呆気に取られた正吉を前に、袖のゆったりとした少女の装いをした緋那岐は胸を張る。
「女連れに見せようか迷ったけど、同行者は母親だしな。無難に、正吉の『妹』で」
「……似てねぇぜ」
「えーっ。だって、野郎ばっかで華がないじゃんかー」
 お約束的に突っ込んだゼロへ緋那岐が反論し、一同をぐるりと見回した。如何なる天の采配か、集った者達は何故か揃いも揃って男ばかりで。
「傍目には、どう見えるかって辺りだからな。お多佳も面食らうだろうから、『神楽での妹分』で手を打っとくか?」
「仕方ないなー」
 折衷案を出す仄に、不承不承で緋那岐も譲歩する。
 それから多佳と顔を合わせ、にこやかな笑顔で「正吉兄さんにはお世話になってますー」と挨拶をして、母親をちょぴり驚かせるのは……少し後の出来事。
「母の目の前で子が殺されるなんて、親孝行どころじゃない。だから……守るために尽くすから、ちっと願い事聞いてもらえねぇかな」
 真剣な表情で那由多が切り出せば、緊張気味で正吉も居住まいを正した。
「まず最初のうちは、人通りの少ない場所を歩かないようにしてもらいたい。逆に、超混雑した通りってのも、難しいんだけどさ。けど、正吉の母さんがどうしても、という場合は行ってやってくれ」
「心得た」
 神妙な表情で正吉が応じ、そんな彼へ那由多は一本の黙苦無を差し出す。
「これ……俺は」
「お守りだ。万一、何かあったら抜け」
 腰に二刀を帯びているが、人ごみで咄嗟に抜けるかは危うい。それを正吉も察したのか、黙って黒塗りの苦無を懐へ仕舞った。
「後は、俺達を信じて欲しい」
 絶対に手出しはさせないと決意を固める那由多の胸は「ゼロに人斬りをさせたくない」という、もう一つの思いもある。
 一方、見守るゼロには煙管を仕舞った仄が口を開いた。
「お前は目立つし、顔が知れてるから、正吉の傍で護衛と牽制を頼む。もしかすると近くで喧嘩騒ぎとかあるかもしれんが、気にするな」
「追っ手避けかよ。承知したが、逆に人が寄ってきても知らねぇぜ」
「構うものか。人目をはばかる連中なら、なおさら手は出せまい」
 からりと仄が笑い、意味ありげな瞳をアキヒロはゼロへ向ける。
「ゼロちゃんって頑丈だし、とっても強いらしいね? そういう強さって憧れちゃうなあー、頼りにしてるからねっ」
「そこ、その気もねぇのに下手に持ち上げてんじゃあねぇ!」
 ビシッとゼロから指を差されたアキヒロは、「あはは」と明るく笑って誤魔化した。
「細かい事を気にしてたら老けるの早いよ、ゼロちゃん?」
「むしろ、もうちょっと細かい事を気にした方がいいんだがな。こいつは」
 しれっと仄がアキヒロに『無理な注文』を愚痴り、ゼロは聞こえていない風を装う。
 ともあれ、それぞれの支度が整った後、正吉は多佳と祭り見物へ繰り出した。

●独り立つ
 参道の一角から、わっと騒ぎが広がった。
「喧嘩だー!」
 那由多が声を張り、三人ばかりの男相手に素手の仄は大立ち回りを演じている。
「火事と喧嘩は、神楽の華ってな!」
 半ば嬉々とした仄は、遠慮なく拳を繰り出した。
「“ウチ”の正吉に、何か御用ですか」
 身内を強調しながら那由多がカマをかけ、その相手へ仄が喧嘩をふっかければ、二人ばかりの加勢が現れたのだ。
 周囲の気がそれた隙に、離れた位置で歩調を合わせていた男が懐に突っ込んだ手を動かし。
「わ、久しぶりだねー! 元気してた?」
 見過ごさず、大げさな仕草でアキヒロが追っ手の特徴に似た相手へ声をかける。
 肩を組むように手を回せば、僅かに険悪な空気をまとう男は腕をすり抜け。
 だが、下がった分だけアキヒロも間合いを詰めた。
「……ね、今は分が悪いと思うよ。強いおサムライさんもいるしさ……出直したら?」
 近寄った瞬間に囁いて、後ろのゼロを窺わせる。
 多佳を怖がらせたくはないし、なるべく気取られたくない。
 そんな思いを他所に男が逆の手を動かすのが見え、咄嗟にアキヒロは『空気撃』を放った。
 虚を突かれた相手は体勢を崩し、支えるフリで気を練った拳を急所に打ち付ける。
「ほらほら、気をつけて〜」
 チラと仲間を見やれば、緋那岐が隠し持つ五行呪星符を袖に引き。男が即座に仕掛けなかったのが、何らかの陰陽の式によるものとアキヒロは悟った。
「行きましょう。折角の親子水入らず、邪魔される訳にもいきません」
 素知らぬ顔で緋那岐は先を促し、ひらと袖をひと振り。
 その間にも那由多は『呪縛符』の式を飛ばし、動きの鈍った相手を仄がのしていく。
 喧嘩騒ぎに警護の者達が駆けつければ、機会を逸したと気付いたらしい男達は素早く退き始めた。
「退く、と見せかけ、仕掛けてくるか」
 喧嘩騒動の最中、気づいた影に劫光は五行呪星符をかざす。
 表長屋の店奥から符を手にして狙いを定める陰陽師へ、『黄泉より這い出る者』――死に至る呪いの矛先を向けるも。
「チッ」
 何らかの護法を用いていたのか、死の呪いから逃れた相手は己の所在を知られて気配を消した。
 その、集中していた短い間に。
 鋭い金属音と共に、続けて投じられた苦無二つを短刀が弾き、宙を舞う。
「せっかくの祭りだってーのに、得物ぶら下げてる俺も大概だと思うけどよ」
 殺気を潜めていた鍔樹が、劫光の隙を狙った相手と間合いを詰め。
「ソッチはもっと、無粋だぜ!」
 投げなかった三本目の手裏剣「無銘」で裂くと見せかけ、足を払った。
 だが先に自ら体を崩した相手は手を突き、ひと息に後方へ跳躍する。
 距離を取られた鍔樹が確かめれば、好機を逸した旅人風の女はそのまま路地へ消えた。単独での深追いはせず、鍔樹は緊張を解いて革の手甲の刃を仕舞う。
「大丈夫か?」
「ああ。何事もない」
 答えた劫光は、騒ぎと無縁で参道を進む親子と緋那岐、そしてゼロを示した。
「あの……」
「気にするな。てめぇはおっ母さんの事だけ、考えてろ」
 不安げな正吉をゼロが促し、大神神宮のお参りをした親子は神楽舞などの神事を見物する。
 その間にも何度か裏で追っ手の襲撃はあったが、いずれも守り手達の手で防がれ。
 表面上は穏やかな帰路、祭りの賑わいの真ん中で不意に正吉は足を止めた。

「おっ母さん。黙ってたけど、俺……実は流罪が決まってるんだ。尊敬する人が罰せられる事になって、一緒に……」
 うなだれた正吉をしげしげと多佳は見上げ、大きく肩で息を吐く。
「あんた、その人を頼りにしていたんだね」
「ああ。東堂さんがいたから、俺みたいなのでも……だから、こうなるのも覚悟でついていった」
「そして二言なく、最後まで頑張るのかい……ほら、今生の別れじゃあないんだから、しゃんとおし。そして胸を張って、どーんと行ってきな!」
 笑ってパンッと尻を叩き、それから母は息子の手に飾りピンを握らせた。
「晴れの門出の祝いだよ。元気でおやり」
 露店を回る時に買ったのだろう。似合わぬジルベリアの装飾品を見て、鼻をすすった正吉は開拓者達へ向き直る。
「手間をかけるが、開拓者ギルドまで俺を連れて行ってくれないか」
「けど夕暮れまでまだ時間があるよ、正吉ちゃん」
 約束の刻限より早い申し出にアキヒロが驚くも、正吉は覚悟を決めた表情をしていた。
「いいんだ。他ならぬあんた達に、頼みたい」

「すまなかったね。息子が世話をかけて」
 引き渡される正吉を見届けた多佳は深々と頭を下げ、男ら一人一人にも飾りピンを手渡した。
「おっ母さんを気取る訳じゃあないけど、お礼にね」
『独り立ち』の意味が込められた飾りピンを、複雑な表情で鍔樹が見つめ。
「多佳ちゃん……宿まで送る?」
「有難いけど、そこまで老いぼれちゃあいませんよ。どうか、皆さんも息災で」
 小首を傾げるアキヒロに多佳は笑い、宿への道を引き返す。
「ところで、ゼロ。報酬、桜の苗木っつー話だけどよ。どっかに植えンのか?」
 多佳から視線を外さず問う鍔樹に、ゼロが唸る。
「そうだなぁ……開拓者長屋でも、根を踏まれない場所に植えるか」
「ならいずれ、長屋で花見が出来るな」
「毛虫も出るけどねっ」
 劫光の言葉にアキヒロは笑い、想像した緋那岐がちょっと嫌そうな顔をした。
「良い事も良くない事も、背合わせか」」
 別れ際、正吉から返された黙苦無へ那由多は目を落とす。
「良い事ばっかりって訳にも、いかないんだよな」
「いっそ、悪い事も楽しむくらいじゃあねぇと」
「よく言うぜ」
 あくどくニヤリと笑う仄へ、げんなりした視線をゼロが投げ。
 夕暮れの神楽の街に少し腰の曲がった背が消えるまで、七人の男は寂しげな後姿をじっと見送っていた。