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■オープニング本文 ●名のなき修羅の子 角のある小柄な子が、がつがつと椀を抱えて飯をかき込む。 毎度の事ながら見事というか豪快な食べっぷりを、呆れ半分感心半分で弓削乙矢(ゆげ・おとや)は眺めていた。 「誰も取りは致しませぬ。お代わりもありますし、もう少し……落ち着いて食べては如何でしょう」 咎めぬ程度に乙矢が声をかけても根っからの性分なのか、相手は流し込むように食べ終わり。 「ごちそうさまでしたっ」 そして両手を合わせると小さく頭を下げ、そそくさと乙矢の前から姿を消す。 「……参りましたね」 残された乙矢は、思案をしながら箸を動かした。 いま彼女が共に暮らしている修羅の子は、腹を空かせて奏生の市場を放浪し、菓子と間違えてもふらさまをかじり、アヤカシの小鬼に間違えられた子だ。 驚いた町人に騒がれ、追われて偶然に乙矢が住む弓削屋敷へ逃げ込み、見つけ出した開拓者によって保護された。 その後、行く宛も身寄りもないらしく。窮していたところを乙矢が見かねて、面倒をみる事となった。 だが困った事に、人付き合いは乙矢自身も決して良いとはいえない方だ。 名や家族、どこから来たのかを問うても、思い出せないのか暗い表情をして口を開かず。 馴染む切っ掛けもなく、同じ屋根の下で暮らしても互いに打ち解けないまま、両者の間には余所余所しい他人行儀な距離感が続いていた。 「風体からすると、山か森の奥で暮らしていたのだろう。人の多い奏生の暮らしが、馴染まないのかもしれぬな」 困った乙矢に相談された壮年の弓師、矢萩(やはぎ)が腕組みをして苦笑した。 乙矢の父とは古くから付き合いがあり、亡き後は家は違うものの弓造りの基礎を乙矢へ教えた師とも言える職人である。 「それは、分からぬ事ではありませぬが……私も人の多い場所は、苦手ですし」 真剣な表情で悩む乙矢もまた、愛想のいい性格ではなく、生真面目で人付き合いは苦手な方だ。 ちなみに弓師の修行の為に乙矢が矢萩の元にいる間は、修羅の子は一人、空いた弓削屋敷で留守居をしている。 「せっかくだから、二人で奏生の街を歩いてみるのはどう? 着物を選んだり、食べ歩きをしたり……」 「そ、それはおそらく、間が持ちませぬ」 話を聞いていた矢萩の妻が見かねて提案するが、最初から結果が見えているようで乙矢は二の足を踏んだ。 「そういう、ぶらぶらと目的もなく散策をする街歩きは……私も苦手です故。それに街の者がまた、鬼の子だアヤカシだと誤解する可能性も御座います」 「ならば、開拓者を呼んでみてはどうかな。神楽の暮らしに慣れた彼らなら、奏生に馴染むきっかけを作ってくれるだろう。それに開拓者が同行しておれば、すわアヤカシかと身構えられる事もあるまい」 「そうですね……ギルドと、相談してみます」 正座をした乙矢は、ほぅと大きく息を吐く。 身の振り方はいずれ考えてやらねばならないだろうが、何をするにしてもまず、人里の暮らしに馴染んでもらわねば困る、と。 穏やかな春の日差しが降り注ぐ庭を、ぼんやりと乙矢は眺めた。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
テーゼ・アーデンハイト(ib2078)
21歳・男・弓
鍔樹(ib9058)
19歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●対面 「乙矢さーん、遊びに来たよー!」 誘い合う子供の如く、門の前でテーゼ・アーデンハイト(ib2078)が来訪を告げた。 「遊びに、ですか?」 「間違ってないですけど、何か違う気もします」 柚乃(ia0638)は微妙な表情を浮かべ、透歌(ib0847)も「う〜ん」と考え込む。 「遊びと同じくらい気楽にって事で、いいじゃないか。相手は、まだ子供らしいからな」 からりと鍔樹(ib9058)が笑い飛ばす間に、脇の潜り戸が開いた。 「お忙しいところ、申し訳ありません」 現れた弓削乙矢は、神妙な表情で深々と頭を下げる。 「保護に手を貸した手前、苦戦をしているなら手助けでもと思っただけだから。事情は聞いているし、改まるものでもないわよ。まぁ……人付き合い云々は、私も身に覚えがあるからね」 軽く胡蝶(ia1199)は咳払いをし、柔らかな笑みを斎 朧(ia3446)が返す。 「居候を続けているあたり、思うところがあるようですしね」 「シュラちゃん、乙矢おねえさまの家に居たいんですの?」 「シュラちゃんって?」 小首を傾げたケロリーナ(ib2037)を真似るように、海月弥生(ia5351)も不思議そうに首を傾けた。 「名前を聞いていない修羅さんだから、ですの」 「鍔樹も名乗ってなかったら、『シュラちゃん』かぁ」 「ははっ、言いやがるな!」 茶化すテーゼの背を、笑って鍔樹がバンバンと叩き。 「ちょっ、か、か弱い弓術師だから、俺……っ。少し、手加減……けふっ」 むせる相手を気にせず、乙矢へ向き直る。 「同じ修羅とはいえ、その子とはおそらく初対面になるが。何かの力になりたくてな」 「お気遣い痛み入ります。立ち話も何ですから、中へ」 重ねて礼を告げた乙矢は、一行を奥へ案内した。 「えっと、こんにち……は?」 座敷に居並ぶ八人の開拓者を前に、おどおどと修羅の子が挨拶をした。 「あれから、変わったところはなさそうですね。安心しました」 それは格好を含めた『いい意味でも、悪い意味でも』だが、朧は皆まで言わず。 「修羅さんて、女の子だったですのね!」 「探していた時は、気がつきませんでした。夜で暗かったから……でしょうね」 ケロリーナが目をキラキラと輝かせ、透歌も改めて驚いていた。 「どう接したものか分からず。ひとまず髪も服も、本人の好きなようにと」 苦笑まじりな乙矢の説明に「なるほど」とテーゼも納得する。 「俺はテーゼ。テーゼ“おにーさん”と呼んでくれ! この間は、男の子と勘違いしてごめんなー?」 「……」 明るく自己紹介するテーゼを、無言で修羅の子がじーっと見上げた。 「に、にらめっこ?」 「“おにーさん”に、異論があるのかもしれねェぜ」 「それは……!」 鍔樹にからかわれたテーゼがわたふたと慌て、傍らで柚乃が小首を傾げる。 「初めまして。うーんと……なんて呼んだら、いいのかな」 「まず、先に名乗らないとね。あたしは海月弥生、この理穴の国の出で、弓を引くのが仕事かな。名は好きに呼んでね」 「えっと、柚乃は柚乃で……巫女だけど、理穴の弓術師さんに弓も習ったから、少しは使えます」 膝に肘を置いて弥生が微笑み、続いて柚乃も名を明かす。だが困り顔で視線を落とす少女に、テーゼが腕組みをした。 「そーいや名前、思い出せないんだっけ」 「何か覚えてる事とか、手掛かりになりそうな持ち物とかないでしょうか?」 頼る透歌の視線に、乙矢が浮かぬ顔で頭を振る。 「それが、何も」 「ん〜、坊主……じゃねえや、お嬢か。名無しのままだと、不便じゃねーか? 思い出すまでの仮のモンでもいいから、何か名があった方がいいと思うが」 「仮……」 鍔樹が提案すれば、真っ直ぐ見返す相手は小さく言葉を繰り返し、頷いた。 「じゃあ。皆で案を出して、仮の名として本人に選んで貰うのがいいかな?」 「なら……一本角で、拾い主が乙矢だから、一矢(いちや)とか?」 同意するテーゼに名を挙げた鍔樹だが、すぐバツが悪そうにガシガシと頭を掻く。 「悪ィ、俺だとそういう単純なのしか浮かばねェや」 「んー……ここに来たのが二月だし、女の子らしく小春(こはる)ちゃんとか」 それでも修羅の子は困惑顔のままで、見かねた朧が助け舟を出した。 「悩むなら、着替えながら決めればどうでしょう」 「御髪を梳かして、整えて〜。お洋服かお着物も、可愛らしいのを選んで〜。街に出ても小鬼さんと間違えられないよう、綺麗でお洒落にするですの〜♪ お近づきのしるしに、けろりーなはもふらのぬいぐるみとエプロンドレスをあげるですの」 楽しげにケロリーナが広げたエプロンドレスに修羅の子が強張り、胡蝶は苦笑する。 「衣食住のうち、後の二つは良いとして……まずは服みたいね」 ●街歩き 春を迎え、奏生の街は活気付いていた。冬の間に作った染物や食品を担ぎ、各地から人がやってくる。 「みんな迷子になるなよー? 迷子になったら、茶屋に集まる事にしようぜ」 「人が多いですし、まいごにならないよう手をつないでいきませんか? おいしい匂いも、あちこちからして……迷ってしまいそうですし」 市を巡る人の多さにテーゼが声をかけ、迷子にならないかと透歌が案じる。少女らと手を繋いだ弥生は、懐かしい街の賑わいに目を細めた。 「奏生に立ち寄るのも久し振りだけれど、春先の市の賑やかさは変わっていないわね」 街暮らしに不慣れな子を相手に、奏生の案内をする依頼……彼女自身も久しく奏生に戻っていない事もあり、記憶との差異を楽しみながら、ゆったりと街歩きを楽しむ。 「この時期の品は手も込んでいるし、掘り出し物も多いのよ」 アヤカシと間違われたせいか、人の多さに不慣れなのか。弥生の説明を聞く修羅の子は開拓者らの陰に隠れ、柚乃も心配顔を浮かべた。 「知らない場所で、何も……名前すらわからない、知らない人ばかり。柚乃だったら、絶対に心細くなります。大切な記憶、少しずつでも思い出せたらいいのにね」 「確かに。なんつーか、まだちっこいのに色々苦労してんだなー」 力を貸すにしても、どうしたものかと鍔樹が思案し、ケロリーナが彼の袖を引く。 「けろりーなはシュラちゃんとお友だちになって、いっぱいいっぱい楽しい思い出つくっていきたいですの〜♪」 「柚乃も……折角のご縁、仲良くなれたらいいな」 「そうだな。よしきた」 少女らの訴えに、ならばと鍔樹が腕をまくる。 「俺も奏生は初めてだが、皆で一緒に楽しんで回ろうぜ! ……と、その前に。名前、決めたのか?」 「一矢・小春よ」 「え?」 視線も合わさず胡蝶が答え、続く朧が微笑んだ。 「自分の為に考えてくれたから……『一矢』を姓に、名は『小春』と」 「そっか。気、遣わせたかな?」 ちらと横目でテーゼが修羅の子を窺えば、櫛を通してもハネた髪を左右に振り。 「嬉しかった……ありがとう」 「いいって事よ。気に入ってもらえたら、それでな」 緊張気味に『一矢・小春』が小さく礼を告げ、笑いながら鍔樹は天を仰ぐ。 「……なんだ。普通に、いい子じゃねーか」 「鍔樹さん……顔が赤い、です?」 「き、気のせいだろ。小腹が空いたから、何か食べるかー!」 訊ねる透歌に慌てて鍔樹は屋台を指差し、それにテーゼが乗っかった。 「じゃあ、鍔樹のおごりで!」 「鍔樹おにいさまが、おごってくれるですの〜」 「食べ歩きなら、肉饅頭とかがお勧めね」 訂正する間もなくケロリーナは小春の手を引き、屋台で迷う少女らに弥生が助言をする。 「行儀が悪いのも……今日は仕方ないわね。ほら透歌も、口の周りぐらい気にしなさい。小春が真似するでしょ」 見かねて胡蝶が世話を焼き、アヤカシと間違われる事もなさそうだと朧も密かに安堵した。 「鍔樹もテーゼも、『にーやん』みたいだ」 兄弟の記憶もないが微かに笑う小春を、思わず柚乃はぎゅっと抱きしめる。 「ふぇ?」 「幼い頃、母様がよくこうしてくれたの。元気が出るおまじない」 ……どうかもっと、笑顔になってくれますように。 「柚乃も後で、もふらぬいぐるみをあげるね。もふらさま、一人だと寂しいかもだし……それから、桜のひと枝もっ」 「柚乃も、ありがと」 そして小春は照れくさそうに、小さく礼を言った。 「ここより先、テーゼと鍔樹は何も言わない事。いい?」 男二人に胡蝶が言い渡し、女性陣は天儀の着物やジルベリアの服などを扱う店を回っていた。 「まず、下着の類は新品ね。出来れば服は、動きやすいのが……」 「確かに……深窓のお嬢様という風体じゃないし。年頃の様相から小袖と袴の組み合わせは、どう?」 綺麗に手直しされた古着を胡蝶が広げ、弥生も袴を手に取る。新しい着物を仕立てるには時間と金が必要で、着潰す事を考えれば手直しした古着が無難だ。 「私は常から巫女装束ばかりなので、気にしませんでしたが……沢山あるんですね」 「はい、迷います。好みの柄があれば言って下さいね、小春ちゃん」 素直に朧が感心し、嫌がる事はしたくないと柚乃は小春に断った。 「可愛い服を着るのも、いいんじゃないかな……後は、乙矢さんとお揃いの柄にするとか」 楽しげに透歌が乙矢へ着物を見せ、ついでにと弥生は履物屋も覗く。 「足元も雪駄辺りかな。まだ成長しそうだし、靴だと窮屈になるしね。それと髪は、髪質が少し固いから……」 「髪は伸ばさないと、少年ぽさは抜けないでしょうし。かといって帽子は角を隠すようで、いらぬ誤解を招きそうですから……簪なりをつけてみる、とか?」 「それなら、髪を飾る飾り紐も必要よね。角を隠すのにしろ隠さないにしろ。髪型次第でどうにでもなるから。気分に合わせて、整えの為にもね」 「髪を結ぶなら、リボンも可愛いですの〜」 朧と弥生の相談にケロリーナも加わり、『探し物』の範囲は着々と広がっていた。 「何と言うか、朧殿も……空気が変わられた気が致しますね。どこがと問われると、困ってしまいますけど」 「そうね。それにしても……」 着物選びを見守っていた乙矢は、ふっと憂鬱そうに呟く胡蝶に首を傾げる。 「何か?」 「ええ。奏生でも、紫は割高ね。染料が貴重だから仕方ないのだけど」 やはり女性らしく、自分用にと今の流行りモノを見る友人に、思わず乙矢も笑みを零した。 「女の子って、本当に飽きないよなぁ」 「楽しそうだけどな。けど……修羅が表舞台に出てきたの割と最近だし、鬼アヤカシと間違えやすいのも無理ねぇか」 人の間から時おり投げられる視線に気付いていた鍔樹は、両脇に二本づつ計四本の角が突き出た己の額をぺちりと叩く。 「俺みたく封印されてた陽州の出だったり、冥越の隠れ里出身だったり。馴染みが薄いのも当然だわな」 「すぐ馴染むようになるさ。習うより慣れろで」 「なんか、違くね?」 「そっかー?」 男二人はそんな会話をしながら、長い買い物が終わるのを辛抱強く待った。 ●花の下にて 「さぁ、小春さん。噛みついちゃったもふらさまに、ごめんなさいをしに行きましょう。まわりの人にも悪いこじゃないって、伝えないと」 小さく拳を握って、透歌が小春を励ます。それでも一歩踏み出すのが怖いのか、ためらう背中に弥生がそっと手を当てた。 「大丈夫。ちゃんと謝れば、ね?」 「う、うん」 頷いて少女は覚悟を決め、半歩ばかり後ろで乙矢が様子を見る。 「だからさ、おばちゃん。あの子はアヤカシでなく修羅って種族で、角がある以外は人と変わらないんだ」 「まァ、これから奏生でもちらほら見かけるようになると思うぜ? この通り鬼とは別の生きモンなんで、よろしく頼むわ」 甘味処の店先ではテーゼが事情を説明し、自分の角を示した鍔樹も目を丸くした甘味処の女将へ頭を下げた。 「……ホレ、お嬢。お前も挨拶しとけ」 そして後ろの気配に手招きをすれば、小春は深く息を吸い。 「あっ、あの、かじっちゃって、皆を驚かせて、ごめんなさい!」 精一杯の大声で、ぺこんと修羅の子は謝る。 「……もふ〜」 「こないだは驚かせたなー」 少し心配そうなもふらさまを、テーゼがなだめた。 「もふらさまは優しくて……こんなに、もふもふなのです♪」 もふもふした頭を撫でる柚乃も、桜餅を小春へ渡す。 「はい、噛みついちゃったお詫びです。これを渡せば、きっと仲直りなのです♪」 「う、うん」 言われて、そっと桜餅を差し出した瞬間。 ――かぷしゅっ。 もふらさまは嬉しそうに、それを一口で喰った……差し出す小春の手ごと。 「ひゃっ!?」 「あぁ、こらっ!」 食いしん坊な看板もふらを女将が叱り、くすくすと弥生が笑って少女の頭を撫でる。 「これで、おあいこね」 「じゃ、一休みにしようぜ。ケロリーナちゃんとも約束したし、店の払いは俺が持つ!」 「テーゼおにいさま、ふとっぱらですの〜」 どーんとテーゼが胸を張り、キラキラとケロリーナが目を輝かせた。 「依頼料貰ってるけど、俺的には門が使えて乙矢さんのところに来れるだけで十分だし、金ってのは使って世間に回すもんだ。都が潤えば、また依頼として俺のところに帰ってくるしな」 「そういえば、お金はわかる? 自給自足の山村なら、物々交換かもしれないけど……」 きょとんとする小春に胡蝶は文を渡し、買い物自体の説明してやる。 「お嬢、甘ェモン好きなのか?」 餡かけの草団子を受け取る様子に、鍔樹は乙矢へもそれとなく水を向けた。 「そのようですね。機会がなかったのでしょうか」 「俺は魚とか好きだけども。この町が海に面してんなら、漁も盛んなんかねえ」 「海の恵みなら、朱藩の方が豊富だと聞いております。理穴は森が多いですから……」 そこへ、柚乃がくぃと乙矢の袖を引く。 「奏生で何処か……近くに桜が綺麗な場所はないでしょうか? まだ咲いていて、お花見に良い場所……」 「春もそろそろ中盤だけども、どこかに遅れ桜が咲いてるかもしれないわねぇ」 弥生も記憶を辿り、甘味処を後にすると一行は遅咲きの桜見物へと繰り出した。 「わぁ、八重桜ですっ」 「綺麗ですの〜」 「近くて見たかったら、肩車してやるからな」 辿り着いた桜に喜ぶ少女らへテーゼが声をかけ、離れて見守る胡蝶は懸念を口にする。 「……あの子、結局どこから来たのかしらね」 「修羅ならば、冥越から……という訳もないと思うのですけど」 「奏生は理穴の西部海岸線の都、徒歩となると東かあるいは南か、東には縮小中とはいえ魔の森があるのよね」 朧の答えに胡蝶は東の方角へ目をやり、弥生がそっと小春へ訊ねる。 「奏生へ来た時、日の位置はどこだったかしらね?」 「う〜んと……」 だが小春は覚えていないのか、眉根を寄せたままで。 「ともあれ。帰りには材料を買って、一緒に夕飯を作るのもよいかもしれませんね。私はどうも味覚が人と違うらしく、料理の味が明後日の方向へ行ってしまうので止めた方がいいでしょうが」 「そうだな。その前に小春が疲れたら、背負ってやんよ」 思案する朧に鍔樹が笑い、春を惜しむ桜を眺める少女らの姿を見守った。 |