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■オープニング本文 ●小鬼騒動 (おなか、すいた……) へふりと溜め息をついて、へたり込む。 歩き回った足はもう棒みたいに重くて硬く、立ち上がるのも億劫なくらいすっかり疲れ果てていた。 ひょろりと迷い出た場所は、どこまでいっても森も草っ原もなかった。いろんな服装の様々な人が沢山、往来を歩いているのは……何かの祭りでもあるのだろうか。 そういえば、なにやら先ほどからいい香りが漂ってきて、くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。 (この匂いは……) 温かい茶や炊きたての米、あるいは肉を焼ける香ばしい匂いや甘いお菓子……そういえば何だか、目の前に白くてふわふわもふもふしたモノが……。 がぶしゅっ。 「もっ、もふふーっ!?」 「……ふぉふ?」 見た目と違い、思ったよりも味気ない味と何やら悲鳴をあげるもふもふに、はてと首を傾げる間もなく。 「こぉらっ! うちのもふらさまに、何を……ひゃあぁぁ、鬼ーー!?」 怒鳴った中年くらいの女が、悲鳴をあげた。 「どうした!?」 「鬼だって? 鬼が出たのか!」 ざわつく人々に驚いて目をぱちくりさせている間にも、見る間に怖い顔をした男や女が集まり始め。 (怒られる……!?) 何だか怖くなって白いもふもふを放り出し、身を翻してその場から駆ける。 「あぁっ、逃げやがったぞ!!」 「誰か、開拓者ギルドに知らせておくれ!」 背中から追いかけてくる強張った沢山の声が怖くて、とにかく離れようと後ろも見ずにそこから一目散に逃げ出した。 だがどこまで走っても人が多くて賑やかで、来た方向も分からなくなるくらい逃げ回った末に、ようやく広い静かな場所へ逃げ込んだ。 (ど、どこか隠れる場所を……) きょろきょろ見回していると木の陰にある小屋が目に入り、誰も見ていないうちに急いで人気のない小屋の中に入って戸を閉める。 風が遮られて少しだけ寒さが和らぐと、ほっと大きく安堵の息を吐いた。 ふと部屋の隅に積まれた小さな藁山が目に入ると、小さな闖入者(ちんにゅうしゃ)は藁の中へ潜り込み。しばらくすると、そこからくぅくぅと寝息が聞こえてきた。 ●弓削屋敷 「……何事でしょう」 理穴の首都、奏生。その中でも屋敷が立ち並ぶ落ち着いた街の一角で、一日の作業を終えて帰ってきた弓削乙矢(ゆげ・おとや)は眉根を寄せた。 日も暮れた薄闇の中、何やら物々しい空気で屋敷を囲む者達の姿があったからだ。 訝しみながらも悩んだ末、長い木の棒の先に二股に分かれた鉄の金具をつけた刺股(さすまた)を手に、提灯を下げて立つ巡らの一人へ声をかける。 「あの……何か、あったのですか?」 「何でも、市場に小鬼が出たそうだ。驚いて逃げたので町人達が追ったところ、そちらの屋敷に逃げ込んだとか」 「当家に……?」 乙矢の表情が少し強張るのに気付いた巡らの男は、慌てて背筋を伸ばした。 「既に開拓者ギルドへは話をつけ、開拓者の到着を待っているところ。開拓者らには屋敷へ被害を出さぬよう、言い含めはしますので……」 「分かりました。屋敷の方は、お気遣いなく。それで、誰か襲われたのですか」 「いえ。被害といえば、もふらが一体……噛み付かれたそうで」 「……それだけです?」 「はい、それだけです」 「それは……幸いだったと、言うべきでしょうね」 目を瞬かせた乙矢は明かりの点いていない屋敷へ目をやり、それからぽつりと呟く。 「今日は……矢萩殿に事情を話して、泊めていただくか。しかし心配なさるかも知れぬから、宿を取った方が良策かも……」 家族同然の付き合いとはいえ、師に迷惑をかけるのもはばかられ。乙矢は悩みながら、ひとまず開拓者ギルドがある賑やかな奏生の中心部へ足を向けた。 |
■参加者一覧
神凪 蒼司(ia0122)
19歳・男・志
葛城雪那(ia0702)
19歳・男・志
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
テーゼ・アーデンハイト(ib2078)
21歳・男・弓
エドガー・リュー(ib4558)
16歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●奇縁の再会 「屋敷に忍び込んだモノ、か。アヤカシなのか、それ以外のモノなのか……さて」 物々しい空気に包まれた屋敷の門前で、思案顔の神凪 蒼司(ia0122)が腕組みをした。 「眠いですけど、がんばります」 言っている傍から透歌(ib0847)の首がかくりと揺れ、魔杖「ドラコアーテム」を抱えたケロリーナ(ib2037)も口元を押さえた。 「ふぁ……」 「お二人とも眠そうですね」 門の鍵を手にした弓削乙矢が、心配そうに胡蝶(ia1199)へ訊ねる。 神楽の都から精霊門で奏生へ到着した一行はギルドで乙矢と合流し、屋敷に直行した。 「少し寝ても、良かったのですが」 「ねっ、寝てませんよ?」 眠気で聞き違えた透歌が慌て、斎 朧(ia3446)は小さく笑む。 「ともあれ、不安は早めに取り除いた方がいいでしょうね」 「早く始めれば、早く終わるわよ。ひとまず『開拓者がすぐに調査を始めるので町の人達は心配せず、帰宅する者は家人に安心するように伝えてほしい』と、伝言を頼めるかしら」 屋敷を囲んだ者達を安心させたいという胡蝶に、乙矢は仲立ちを快諾する。 「承知しました。夜は、冷えますしね」 「あ、と、それから。弓削さんにも、屋敷の案内というか……頼めるかな?」 「勿論、喜んでご協力させて頂きます」 呼び止めた葛城雪那(ia0702)の言葉に、乙矢は苦笑まじりで応じた。 「北面で、鬼アヤカシとの合戦があったけど……理穴にも流れてきたのかしら。本当、休む暇もないわよね」 合戦の後の休息にと奏生を訪れていた胡蝶は、小鬼騒動と逃げ込んだ場所を耳にして心配……もとい、警戒して調べに加わったという。乙矢の背を見送る姿に、因果な場所に逃げ込んだものだと朧も苦笑した。 「どうでしょう。もふらさまに噛みついただけで、あとは人に追われて逃げる小柄な一本角……まぁ、小鬼といわれれば確かに姿は小鬼ですし。深刻ではないとはいえ、被害は被害。まずは仕事をこなすのみ、ですね」 「もふらさまを、がぶりん……もふらさまともふら飴と間違えたですの?」 一時期に万商店で売っていた、もふもふふわふわな白くて柔らかい砂糖の菓子を思い出すケロリーナ。 「聞いた話では小鬼みたいだけど、本当にアヤカシなのか? しかし、逃げ込んだ先が弓削さんの家とは」 真偽は自分で見て、判断するしかないが、出来れば此処で血を流させたくない……と。 緊張をまとった雪那は、暗い塀の向こう側へ目をやった。 「何であれ、わしには久し振りの仕事だ。しっかりとやらせて貰おうか」 言葉とは逆に、のんびりと構えた風なエドガー・リュー(ib4558)が両手を挙げて大きく伸びをする。 「逃げ込んだって事は偶然だろうが、乙矢さんこういうのに縁があるなあ」 なにやらしみじみとテーゼ・アーデンハイト(ib2078)は感心し、話をつけて戻ってきた乙矢が困惑気味に首を傾げた。 「そうでしょう、か……?」 「ささっと片付けるから、安心してくれ!」 任せろとばかりに、どーんとテーゼが張った自分の胸を叩いてみせる。 「まぁ、依頼はいかだに乗ったつもりで気楽に待っててくれや。にしても、久しいな!」 「皆さまもお元気そうで何よりです。その節は、大変ご迷惑をおかけしました」 深く、折り目正しく一礼をする乙矢に、些末を気にするなとばかりにエドガーが笑った。 「乙矢おねえさま、奏生にかえってたですのね」 「乙矢さん、おひさしぶりです。げんきでしたか? ごはん食べてますか?」 駆け寄ったケロリーナが乙矢へ抱きつき、目覚ましに両頬をぺちぺちと叩いていた透歌も手を止める。 「はい、お陰様で。つつがなく修行をしています」 「よかったです。いっしょに、ご飯食べたいですね」 「では早々に片付いたなら、暖かい朝餉(あさげ)を用意致しましょう」 微笑む乙矢の答えを聞いて、嬉しそうに透歌が頷いた。 「んとんと、朝御飯といえば。台所とか隠れやすい物置とかが何処にあるのか、お屋敷の大まかな間取りとか広さとかを教えてほしいですの〜。けろりーな、がんばって小鬼さんを探して、メッするですの〜」 「見取り図はございませんが、だいたいの位置で良ければ」 「では準備が整い次第、向かうか」 やるべき事がまとまれば、用意した松明へ蒼司が火を点ける。 草木も眠る丑三つ時、静かな夜に木の門扉がぎぎぃと軋んで開いた。 ●小鬼探し 「それでは、一つ」 暗い風景を前にして、重々しくテーゼがこほんと咳払いをする。それからおもむろに、弓「緋凰」を手に取り。 びろろろ〜ん。 竪琴でも奏でるように、ピンと張った弦を指で弾いた。 しばらくテーゼは耳を澄ませ、数歩後ろに控えた者達はその様子をじっと見守る。 「うむ。反応がないな……ならば、も一つ。そりゃっ!」 ぼろろろ〜ん。 「これでもか、せいやさっ!」 でれれれ〜ん。 「うーん、『みょみょみょみゅ〜ん』の方がよかったか?」 「さっきから……何をしているのよ、テーゼ?」 背後からぎゅんぎゅんと感じる鋭い視線に、微妙に強張った笑顔でテーゼは胡蝶を振り返った。 「ほ、ほら。アヤカシがいないかどうか調べるのに、『鏡弦』を……ねっ」 「何と言うか、なかなかに斬新な……弦打ち、ですよね」 「褒めながら目をそらすとか、乙矢さんっ!?」 「それ以前に褒めてるのか?」 そっと視線を泳がせた乙矢に続いて蒼司が容赦ない指摘をし、透歌は欠伸をこらえている。 「分かる範囲では、特に瘴気も感じられませんねs」 「う〜ん……こっちも同じかな。中に入らないと分からないかも」 「ちょっ、朧さんに雪那さんまで!?」 ナニヤラ華麗に流された気がして、愕然とするテーゼ。 「今夜は妙に、冷えるからなぁ」 笑いながらエドガーが一応は慰めっぽい言葉をかけ、細い指がテーゼの袖を引いた。 「エドガーおにいさまも応援していますし、テーゼおじ……おにいさまも頑張るですの〜」 「うぅっ、ありがとなケロリーナちゃん。それから、よく言えました。後でご褒美をあげよーっ」 『おじさま』ではなく、『おにいさま』と呼ばれたのが嬉しかったのか。テーゼは袖で目元を拭いつつ、感慨にふけったり何だったり。 ――それはさて置き。 一つは蒼司と朧に、乙矢を加えた一之班。もう一つは雪那と胡蝶、そして透歌の二之班。残るケロリーナとテーゼ、エドガーは三之班となる。 「屋敷の中は勿論ですが、他に隠れる場所も多いかと。くれぐれも気をつけて下さい」 念のためと朧が注意を促し、三つの班に分かれた一行は『小鬼』の捜索を始めた。 「ここから相手の居場所が特定できないとなると、屋敷内を調べるしかないわ。アヤカシが逃げる場合を考えて、私はここに残ってもいいかしら」 訊ねる胡蝶に、雪那と透歌が顔を見合わせた。 「門は閉じておくのだと駄目ですか?」 「外の人に何かあっちゃ、危ないからな」 心細そうな様子に雪那がなだめ、しょんぼりと透歌は肩を落とす。 「でもお話聞く感じだと、もしかしたら修羅さんか、角のある獣人さんかもと思いました……けど、ほんとにアヤカシだとこまっちゃいますもんね」 渋っていた透歌は淡く光る蝶々を見つめた末、ようやく納得した。 「透歌をお願いね、雪那」 「胡蝶さんも、何かあったら無理をせず」 託された雪那は胡蝶にも念を押し、屋敷の奥へ足を向ける。透歌を守るように半歩前を歩く雪那の後姿を、残る胡蝶は見守っていた。 「一緒に来て貰えて、有難い。朧とも何度か依頼で一緒になっているから、心強いしな」 蒼司が礼を告げれば、乙矢は小さく会釈をする。 「神凪殿も、お久し振りで御座います。斯様な騒ぎでなければ、ちゃんとした御持て成しをしたものを……いえ、皆さまお忙しい身。騒ぎでもなければ、皆さまとお目にかかる機会もありませぬか。となれば、逃げ込んだ小鬼に感謝をせねばなりません」 「全く、皮肉なものですね」 笑んで同意をしながら、幾らか角の取れた乙矢の空気に朧は心の内で安堵した。弓矢師としての家名と技を継ぐ意志は変わらないが、家宝の弓を追わねばならぬという重圧から解かれた為か。生真面目な乙矢の性格から考えれば、その使命は彼女にとって一種の呪詛であったのかもしれない。 「瘴索結界は張っておきますが、もし相手がアヤカシ以外なら所在は分かりません。過信せず参りましょう」 「そうだな。こちらも何らかの気配があれば都度に心眼を使うつもりだが、それが虫やネズミの類であっても見分けがつかない。その時は、よろしく頼む」 「心得ました」 炎で辺りを照らす蒼司に、表情を引き締めた朧が首肯する。 「逃げ込んだ以上は隠れているのでしょうし、家具等で物影になっている場所を重点的に探しましょう。移動させられている家具などがないか、気付いたら教えていただけますか。身を隠す為に、物の配置を変えたかもしれません」 屋敷の中を進むに従い朧は自然と声を落とし、乙矢も小さく「はい」と返事をした。 「『鏡弦』に引っかからないなら、アヤカシじゃない可能性もあるか。そういえば、瘴気に汚染された人って『瘴索結界』に引っ掛かるんだよな……?」 「確か……そうだったと思う」 ハテと疑問顔のテーゼに、うろ覚えなエドガーが記憶を辿る。 「志体がない者だと、そんな状態なら先に死んじまうらしいが」 「獣人さん? 修羅さん? それとも、アヤカシさん? とにかく、タイヘンですの」 話をする男二人の後を、てくてくとケロリーナが歩いていた。ついて歩きながら時おり足を止め、縁側の下や物陰を覗き込んだり、『ムスタシュィル』の術で結界を作ったりする。 「見つかりそうかい?」 「かくれんぼなら、この辺りに隠れそうな気がするですの……でも、誰もいませんの〜」 肩越しに聞くエドガーに、しょんぼりとしてケロリーナが返した。 「おなかが空いてるなら、台所とかにいるのかな〜?」 「火の気はないんだよね」 「それらしき物音も、聞こえてこんからな」 頭の上にピンと立つ黒狼の耳をエドガーは動かし、静かな屋敷内の物音に注意する。仲間達も出来る限り音を立てぬように行動しているのか、今のところ騒ぎも声も、物音もなかった。 「……こっちから、何かの気配がするな」 しんとした庭を歩く雪那が、『心眼』で捉えた気配に目を向ける。 「瘴気の気配は……なさそうですけど。他の人達を呼んできますか?」 心配そうに見上げる透歌に、低く唸って雪那は思案した。 手数はあった方が危険も減るが、人が揃う前に相手が気付けば逃げるやもしれず。 「俺達で、確かめるだけ確かめよう。もしアヤカシだったら、皆を呼びに行ってくれるかな」 「はいっ」 さすがに眠気も吹き飛んだ様子の透歌に笑み、息を殺した雪那は察知した気配がある方へ進んだ。 庭の隅の目立たぬ位置には、質素な小屋がぽつんと建っている。 念のために雪那は再度『心眼「集」』を使い、気配が動いていない事を確認してから戸へ指をかける。 からりと、難なく戸は横に滑り。 松明の明かりは、何もな胃殺風景な室内を照らし出した。 唯一つ、掃除用に置いてあるのか、部屋の一角に藁が小さな山となって積まれている。 振り返った雪那は透歌と視線を交わして頷き合い、そっと藁山へ手を伸ばした。 触れれば藁はがさりと音を立て、積まれた山をひっくり返すように雪那がひと息で崩せば。 「わあぁぁーーっ!?」 「うわわぁっ!」 「きゃっ!?」 三者三様の叫び声が、夜の静寂を破った。 ●闖入者の正体 「……で、町を騒がせて開拓者を召集させた鬼が、これな訳ね」 「そうみたいだな」 呆れたような胡蝶に袖へ手を入れたエドガーが同意し、夢中で菓子を食べる『小鬼』を眺めた。ぼさぼさの髪に着物も擦り切れてボロボロで、顔も手足も泥や土で薄汚れ、額から一本の小さな角が生えている。 見ているとお腹が空いたのか、透歌やケロリーナも仲良く菓子を食べていた。 「透歌、これを鬼の子にあげてみなさい。貴方も食べて良いから」 怖がられぬよう、少し離れた胡蝶が『花紅庵の彩姫』を透歌へ渡した。また後で、「花紅庵」に立ち寄らねばと密かに落胆しながら。 「修羅の子、でしょうか?」 「かな? これも食うか」 月餅をあげた朧に続いてテーゼが湯を差した携帯汁粉を置いてやれば、『小鬼』は椀をじーっと凝視し。 「大丈夫、俺が約束したろう? 誰も傷つけないし、傷つけさせないから」 落ち着かせるように雪那が促すと、周りの様子を窺いながら恐る恐る手を伸ばした。 雪那らと顔を合わせた途端に大騒ぎをした『小鬼』だが、『士道』を通した雪那の『約束』で僅かながら目の前の者達を信用したらしい。 「もし話が出来るなら、何故このようなことになったのか、理由を聞きたいな。理由もなしに逃げたり、もふらに噛みついた訳ではないだろう?」 傷つける意思はない事を示すように、帯から外した刀を脇に置いて蒼司が問う。 「その事で責めたりなどはしないから、な。少なくとも俺は、だが……乙矢や騒ぎに巻き込まれた者達に、謝罪はした方が良いのではないか?」 理(ことわり)を説かれた『小鬼』は二度三度と目を瞬かせ、汁粉の椀を置いた。 「その……ごめん、なさい」 しおらしく謝る様子に、蒼司も表情を和らげて頷いた。 「けど、アヤカシじゃなくてよかった。今戦えるかどうか、剣筋がしっかりとしなかったかも……それに、じいちゃんが教えてくれた士道も活かせてよかった」 安堵しながら、これからも教えを活かせるようになりたいと、雪那は『小鬼』の様子を見ながら胸に思う。 「にしても、開拓者止めてもアヤカシなり厄介なり、落ち着かんようだな。まぁ、何かあったら声をかけてくれりゃ、何時でも助けに行く」 「お心遣いは、有難く。ですが……」 言いかける乙矢の言葉を遮り、ひらとエドガーは手を振った。 「なぁに、一度会えば友、何度も会えば兄弟ってな。困ったときはお互い様よ。その位、気楽に付き合ってくれりゃ嬉しいねぇ」 「有難う御座います」 再度の礼を言い、乙矢は手をついて頭を下げた。 「あ、そうだ。もし良かったら、俺にも弓を作ってくれないかな。第一号の客として、予約って事で」 「テーゼ殿……ですが、いつの事になるやら」 「いいよ。目標があれば、修行の進みも違うだろうし。弓削さんの品、楽しみに待たせて欲しいんだ」 「……はい。では、気長にお待ち下さいませ」 神妙な表情で、こくりと乙矢はテーゼに首肯した。 その間にも、腹が膨れて安心したのか。『小鬼』と少女らは眠気に負けて、仲良く舟を漕いでいる。 「小屋は寒かったようですし、疲れたのでしょう。事情を聞くのは起きてから、ですね」 「では透歌殿との約束通り、私は暖かい朝餉を……」 毛布をかける朧の様子に、ふと乙矢は何かに気付き。 「もしや、朝を待たずに小鬼探しを始めたのは……寒さの為に?」 心当たった風に胡蝶を見るが、陰陽師の友人は素知らぬ顔をしていた。 |