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■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 ●豆と鬼 武天の片田舎にある小村、佐和野村。 村の外れにある質素な庵をゼロが訪れたのは、雪のちらつく寒い日の午後だった。 「来てやったぜ。北面の合戦も終わって、ようやく落ち着こうって時に……どうした、呼びつけて」 外套の雪を払ったゼロは無遠慮に縁側から中へ上がり、まず囲炉裏端の縄座布団へ胡坐をかく。 「実は少し頼みがあってな。汀は……」 「あいつなら、開拓者連中と来るぜ。ナンか、俺だけ先にってな話だったからな」 「そうか。面倒をかける」 迎えた崎倉 禅(さきくら・ぜん)は安堵の表情を浮かべ、そんな様子に囲炉裏の火へ手をかざしながらゼロが苦笑した。 「この村が鬼に襲われたのは、お前も知っているだろう。あれから、村人達がどうにも不安がっていてな。節分に鬼払いに開拓者が顔を出してやれば、村の連中も落ち着くんじゃないかと思った次第だ」 事情を明かしながら崎倉は熱い茶を淹れ、『客人』へ出してやる。 「豆まきか。賑やかに騒いでやれば喜ぶだろうな……鬼役は、やらされそうだが」 「確かにお前が鬼なら、気兼ねなく豆をぶつけても大丈夫だろう」 茶をすすりながらゼロはどこか遠い目をし、くつりと崎倉も笑った。 「それで、てめぇはどうするんだよ。節分の豆まきをやってる間にアヤカシを叩くような旨も、依頼書にあったが。因縁、片付けに行くのか?」 「そうだな。俺自身が刀を抜く気はないが」 「アヤカシを逃がした責のつもりかよ。あっちこっち、義理立てやがって」 「あまり、大きな声で言うな。村の者には『アヤカシは退治した』と説明してあるんだ」 大きく嘆息し、崎倉は自分の茶を口に含んだ。 ○ ――つい先日、この佐和野の村は『剛の鬼』なる鬼に襲われた。 剛の鬼は手下の小鬼を使って開拓者を陽動し、単身で集落へ急襲をかけた。村長の家にいた小斉老人――崎倉の剣の師である――が、命懸けでこれを足止め。村人が神社へ避難する時を稼いだ。 志体持ちではないが己を足止めをした老剣客に免じ、剛の鬼は「三日の猶予」を崎倉へ告げた。 ……三日間だけ、村人を襲わずにいてやるというのだ。 その間に崎倉は再び開拓者を頼み、一方で剛の鬼は仲間と思しき四体の鬼を呼び寄せ、集落を中心に四方の田畑へ配した。 まず神社に一番近い四方の鬼一匹を全員で討った開拓者達は、そこで二手に分かれて残る三方の鬼を倒しに行く。開拓者達が動いた事をかぎつけた剛の鬼は、逆に倒された鬼の方角より神社へ人を襲いに向かったのだ。 集落に剛の鬼がいない事と知った開拓者の一班は、急ぎ神社へ取って返した。 時を同じくして、神社では人を襲いに鬼が現れた事を知った崎倉が足止めに向かう。だが剛の鬼は、襲っていた村人の一人を盾とした。 両者がこう着する最中、急ぎ戻った開拓者の一人が人質の命ごと鬼の腕一本を断ち落とす。遅れて他の開拓者達が斬りかかるが、四本のうち一本の腕を失った鬼は本殿へ向かった。 逃げ惑う村の人々と刀を振るう鬼の姿を目にした崎倉は、アヤカシへ「一度だけ見逃して追わぬ故、大人しく引け」と『取引』を持ちかける。 腕を失い、残る開拓者の二班が駆けつければ己が不利と悟っていた剛の鬼は、これ幸いと神社より失せた。 ただ鬼が生きて逃れたとなれば、村人の不安は治まらず。その為に崎倉は「剛の鬼は討った」として村人に説明し、『依頼者』として頼んだ開拓者達を神楽へ帰し、自身は小斉老人の弔いも兼ねて村へ残っていた――。 ○ 「どうせ、てめぇの事だ。小斉のじーさんに免じた三日の借りを返さねぇと、気がすまなかったんだろ」 苦い表情でゼロが問えば、じっと崎倉は囲炉裏の火を見つめる。 「頭になかったといえば嘘になるが、俺はそこまで出来ておらぬよ。あれ以上、村人達が犠牲になるのを避けたかっただけだ」 鬼への怒りも己への憤りもあるが、何よりも村の者達が命を失う様を見たくなかった……それが意味するところも、承知の上で。 だが、数日前。 アヤカシが徘徊していないか見回った崎倉は、最近になって雪が積もった里山で鬼の足跡を見つけた。足跡は新しく、これまでの剛の鬼の性格から考えれば『万全の状態』となって村を改めて襲う事も考えられる。 「足跡は、蛍が良く出る沢に近い場所にあった。あそこはまだ村の者も近付かぬ方だが、誰も通らないとは限らんからな。誰も討ちに行く者がいなければ、俺が一人で行ってくるよ。その間の留守番を兼ねて、村の事をお前に頼む」 「一人で行かせる訳ねぇだろうが。てめぇに似て、節介焼きが多いからな」 憮然としたゼロが口を尖らせ、つられて崎倉も小さく笑う。 「でもそれなら、俺が鬼を退治してやるのに」 「里山とはいえ雪の山、迷うと困るからな……何より、お前は目立つ」 その言葉を否定せず、ふんと鼻息も荒くゼロは茶を干した。 |
■参加者一覧 / 櫻庭 貴臣(ia0077) / 神凪 蒼司(ia0122) / 九条・始(ia0134) / 柚乃(ia0638) / 有栖川 那由多(ia0923) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / キース・グレイン(ia1248) / 鬼灯 仄(ia1257) / 斎 朧(ia3446) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / 風鬼(ia5399) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / リーディア(ia9818) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ジークリンデ(ib0258) / 十野間 月与(ib0343) / 透歌(ib0847) / 无(ib1198) / ケロリーナ(ib2037) / ソウェル ノイラート(ib5397) / アムルタート(ib6632) / サガラ・ディヤーナ(ib6644) / 玖雀(ib6816) / 藤田 千歳(ib8121) |
■リプレイ本文 ●只今、準備中 「いい天気になりましたね」 「正に、節分日和ぜよっ」 雪は残っているが、それなりに晴れた空を柚乃(ia0638)が仰ぎ、ぐるぐると楽しげに平野 譲治(ia5226)が拳を回した。 「せつ、ぶんび、より……?」 耳慣れぬ言葉にハテと首を傾げるエルフの少女、サガラ・ディヤーナ(ib6644)。もちろん節分自体は知っているが、天気とか関係あったっけ……とか考えてみたり。 「そうは、言わなかったなりか?」 「でも本当にいい天気ですし、『お日和』ってつけたくなる気分ですよね」 譲治の言葉を補った只木 岑(ia6834)は、自身の厄もついでに払えればいいなぁとか胸の内で願いつつ。 「今日は元気いっぱい鬼役の人に豆を投げて、厄払いしましょう」 「そう、ですよね」 こっくりと透歌(ib0847)も頷いたが、視線はつい囲炉裏端や座敷の縁側を辿ってしまう。それではダメだとばかりに、急いで透歌は首をふるふると左右に振った。 「賑やかに楽しく豆まきをして、村の人達に安心してもらわないとっ。ここにいない人達の為にも……」 「表があっての裏、なりよねっ!?」 「あぁっ。その事は、『シーッ』ですよっ」 慌ててサガラは唇の前で人差し指を立て、気付いた譲治も両手で自分の口を押さえる。 開拓者達の『裏』の話は、ナイショナイショの事なのだ。 「そうであったなりっ! ともかく、全身全霊で遊ぶぜよっ!」 「ふふっ。皆さん、よろしくお願いしますね〜」 口裏合わせを頼んだリーディア(ia9818)は、ほのぼの微笑ましげに見守っていた。 「でも、修羅は鬼とは違うとはいえ、この行事をどう思うのかな……?」 「豆まきは去年、酒天くんとしたですの! けろりーな、とっても楽しみですの〜」 何となくな柚乃の心配をケロリーナ(ib2037)が払拭し、去年の記憶を辿ったリーディアも頷き。 「酒天さん、楽しそうでしたね」 思い出したついでに、彼女は何やらくすくすと笑う。 「どうかしました?」 「いえ。一年ぶりに思い出した事があって……せっかくですし、ね」 「おや。リーディアさんは、何か楽しい企み事?」 縁側に面した庭から十野間 月与(ib0343)が現れ、提げた寿司桶を板の間に置いた。 「えへへ、ちょっと……料理のお手伝いはいります?」 「大丈夫よ。まゆちゃんと一緒だしね」 「はい。少しだけ、村の人のお台所を借りてきました」 月与と一緒に集落へ出かけていた礼野 真夢紀(ia1144)も、縁側からそそくさと座敷に上がり、お重を包んだ風呂敷を解く。 「お? 節分の料理か」 「中身はまだ内緒ですけど」 「村の奥様方と、いろいろ相談してきたからね。楽しみにしていて」 ちょうどやってきたゼロに笑顔で誤魔化し、お重も蓋を開けぬまま真夢紀と月与は奥へ引っ込んだ。 「さて……味は、こんなものですか」 指先でつまんだ熱い豆を口へ放り込んだ无(ib1198)が、納得した表情でフライパンを火からおろす。 「……いい香りだな」 炒った豆の良い匂いに胡麻油の香ばしさが加わり、同じく台所で『恵方巻き』の用意をしていた九条・始(ia0134)がふと手を止めた。 「美味い豆を炒ってほしいという話が、ありましたので。祖母に習ったのですけどね」 「なるほど。きっと御祖母上は、料理の腕が確かな方だったのだな」 「わぁっ、見てるだけでも美味しそう。これっでケーキ? ……あれ、節分にケーキ?」 良い匂いに誘われてか、ひょこりと台所へ顔を見せた桂木 汀が始の手元に気付き、小首を傾げる。 「ああ。これなら、『恵方巻きロール』にしてみようかと思ってな。節分料理で、ピンとくるものがなかったのもあるが」 小さな農村では、ケーキが焼けるようなオーブンのある家もなく。あらかじめ始は、神楽を出る際にスポンジ生地を二種……普通のスポンジと、チョコレート風味の物を用意していた。四角いスポンジのどちらも、適度に薄く切っているところだ。 「そっか。ジルベリアでも節分ってあったかなーって、気になっちゃった」 「ジルベリアに、節分はないわよ」 汀の後ろから胡蝶(ia1199)が答え、何かを探すように台所をざっと見回す。 「七輪、使わないなら借りていってもかしら」 「使っていませんので、どうぞ。焼き物ですか?」 「そんなところね。ありがとう」 无の返事を待って、見つけた七輪を胡蝶は手に取った。 「サラは……汀が見てるなら、ひとまず安心ね」 「うん、村長さんが面倒みてたんだけど預かったの。崎倉さんは忙しいし、寂しいかなって思って」 「そうね……」 汀の後ろにいるサラと藍一色の仔もふらさまの様子に胡蝶は少し安堵し、囲炉裏で炭を取り分ける。 「行かなかったんですか」 ふと訊ねられて顔を上げると、目の合った櫻庭 貴臣(ia0077)が小さく会釈をした。 佐和野村での一件に大なり小なり関わってきた者同士とはいえ、直接の面識はない。普段なら貴臣も見ず知らずの相手へ気軽に話しかける事を控えただろうが、従兄がこの場にいない不安がそうさせたのかもしれない。 「鬼払いの儀式って聞いたからね。これも勉強のうちよ」 素っ気ない返事の胡蝶だが、口調には微妙な感情が滲んでいた。 赴けるならそうしたいが、自分よりもずっと悔しい思いをした者達がいる。だから留守の間は必ず村を守り通すと、胡蝶は心に決めていた――自分と、彼ら彼女らのためにも。 「豆撒きは元々は追儺の一部、だからね。僕も僕に出来る事をやろうと思ってるんです」 胡蝶へ明かすというより、自分へ告げるように貴臣も言葉を口にする。 小斉老人の件で思うところはあれど、足を引っ張るのは嫌だった。それなら、無事に鬼を討ち果たして帰ってきた従兄を出迎えよう……と。 「そう。それなら、豆まきの方は頼むわね」 彼の決意を胡蝶はもちろん知らないが、口調から思うところがあると察する事は出来る。出来るが深く問わず、短く返した。 「終わる頃に合わせて、暖かい物でも作ってるから」 「はい、お願いします」 「すみません、遅くなりま、し……た……」 少し遅れて庵に現れた倉城 紬(ia5229)の表情が、微妙に強張る。それから微妙な距離を取って横に移動しながら、貴臣へ小さく会釈をした。 「えっと……?」 「紬に悪気はねぇんだ、気にするな。どうも、男連中が苦手っぽくてよ」 「すみません、その……」 気付いたゼロが貴臣に説明し、固まりかけていた紬はこくこく首を縦に振る。 「いいえ、誰にでも苦手はあるものですから」 「ありがとう、ございます。それから、沢の方などを少し回ってきたのですけど……人は少なく、こちらより雪も深い感じがしました」 「そっか。寒い中、感謝するぜ」 「沢へ向かう道は私も見ておくよ。あと……鬼の面に余剰があるなら、借りてもいいだろうか? 十二人分ほど」 にっこりと笑んだからす(ia6525)が意味ありげな人数を口にすれば、横合いからススッと差し出される何やら怪しげな面が一つ。顔の造詣は愛嬌があるようでないようで、加えて角にはピンクのリボンがあしらわれてある。 「これは……?」 「『鬼戦隊5ブリン』の5ブピンク、ですわ」 「……」 「いえ、私の趣味ではないですよ? 渡されたお面が、何故かコレだっただけで……ええ、コレだったのです。何故か、何故か……ッ!」 じーっと視線で訴えながら主張する風鬼(ia5399)の肩へ、おもむろにからすが手をぽんと置き。 「鬼役、頑張るといい」 いい笑顔でそう、応援した。 ●福招き鬼払い 「ゼロおじさま〜っ」 一目散にててて〜っと走ってきたケロリーナがゼロへ抱きつく。 「ん、どうした?」 「『おに』をするゼロおじさまには、ぜひコレを着てほしいですの〜!」 ひらっと手にしたライトブルーのエプロンドレスをケロリーナが広げ、その瞬間にゼロは表情を強張らせた。 「可愛いですよね。今年はコレでいきましょう!」 固まったゼロを他所に、きゃっきゃとリーディアがはしゃぐ。 「待て。どういう了見だ、それはっ」 「話してませんでしたっけ。昨年、初めて節分をしたのですが……その時に『女装して、鬼を驚かせて厄払い』という風習を目にしたんです、ゼロさん」 「……ドコでそんな嘘っぱちを吹き込まれた」 「嘘じゃあないですの〜。酒天くんが、言っていたですの〜」 「はいっ」 主張するケロリーナに続いて、こっくりとリーディアも頷いた。 「あンの……っ!」 憤りの矛先を向けようにも、吹き込んだ張本人たる酒天童子はこの場におらず。ぐぬぐぬ歯噛みをするゼロの反応をひと通り窺っていたリーディアは、くすくす笑いながら背中をぽんと叩いた。 「……ふふっ、言ってみただけですよ〜♪ さ、豆まきますよー!」 「てめぇっ!?」 ひとしきり狼狽っぷりを堪能したのか、いそいそとリーディアは自分の支度を始める。 「ところで……ゼロおじさま、着ないですの?」 「そっちは本気かよっ! というか、どっからそんなサイズを探してきた?」 未だ期待の眼差しで見上げるケロリーナに、がくりとゼロが脱力し。 「……着てみるか?」 「いえ。遠慮しておきます」 恨めしそうな視線を寄越すサムライの誘いを、同じ鬼役の岑は笑顔で丁重に辞退した。 「そろそろ、豆まきを始めますよ〜」 家々の間をぬうような道をねり歩き、貴臣や柚乃が呼びかけて回る。 「今年も豆まき、出来るの?」 「怖い鬼が村に出たから、ちゃあんと豆を打って払わないとなぁ。そのために、開拓者の人達も来てくれたからな」 戸の隙間から覗く子供らに大人や老人が頷き、そのうち村の通りは人々で賑わい始めた。 「えぇと、すみません……」 鬼の襲撃以来、久し振りに外へ出る村人も多いらしく。田畑を見ようかと集落の外へ足を向けた数人へ、わたふたと慌てて紬が声をかけた。 「山の沢の方向は雪が深く、落雪があるかもしれません。いま私達の仲間が危険がないか見に行っていますので」 「おお、そうか。すまないねぇ」 「いえ……」 礼を言われた紬は口元を袖で隠し、ぺこりと頭を下げる。 「里山の方は、雪が深くて危ないんですって。じゃあ、皆で一緒に神社へ行きますか? ボクと競争ですよ〜!」 にこにこ笑顔でサガラが誘えば、特徴的な耳を珍しげに眺める子供達は合図もなしにワッと走り始めた。 「やーいっ」 「お姉ちゃん、おそ〜い!」 「あぁ!? ずるいですよ〜っ」 道の先で振り返った子供らが悪戯顔で冷やかし、出遅れたと気付いたサガラもあわあわと銀の髪を揺らし、笑って抗議しながら後を追う。 「皆で競争なのだ、おいらも負けないなりっ! 透歌も行くぜよ!」 「いっぱい動くとお腹がすいて、ご飯も美味しいですしね」 「ふふっ、美味しいご飯が待ってますからね。頑張って下さい〜!」 透歌を誘って譲治も駆け出し、白い息を吐きながら元気にはしゃぐ子供達をリーディアが応援した。 「皆、元気で良い」 沢の方へ子供達が行かぬか、リーディアと注意していたからすが目を細める。 「では沢への道は、私が見ていよう。村の者が羽目を外して走り回っても、案ずる事がないよう……それに、彼等は必ず戻るだろう」 「はい。お願いしますね」 茶席を設けに向かうからすに、ぺこりとリーディアは頭を下げた。 開拓者達が呼びかけた結果、神社の境内には老若男女を問わず村人のほとんどが集まっていた。 「はい、福の豆だよ」 「いっぱい投げて下さいね」 集まった人々が持ち寄った枡に、月与や真夢紀が炒った豆を配り。 「……じっと見ても、あげないわよ」 藍色の仔もふらさまを始めとした数体のもふらさまに囲まれた胡蝶は、物欲しそうな視線に言い含め、福豆を死守している。 「こっちの豆は食べる用にな」 「後で変わり『巻き恵方巻』も振舞うから、ぜひ顔を出してくれ」 无は始と二人で、出来上がった『甘福豆』と『塩福豆』を歳の数だけ小袋に入れて村人へ手渡した。 準備が整ったところで、太鼓が打ち鳴らされる。 鬼の足音に見立てた重い太鼓に合わせ、のっしのっしと本殿外側の廊下に『鬼役』が現れた。 「とーちゃんかーちゃんを泣かす、悪い子はいねぇがー!」 「い、いないですかーっ」 「いない……リン?」 赤鬼の面と青鬼の面を被って蓑を着た二人に加え、妙に洒落た鬼の面をつけたのがもう一人。 「でも『悪い子』は、何か違う気がしますけど」 「ま、細かい事は気にするな」 身を屈めたり、伸びをしたりして睨みを利かせながら、面の下で赤鬼と青鬼はボソボソと小声を交わす。 「やや、出たおったな。この鬼め!」 「鬼どもよ。この御社(おやしろ)にて炒り、祓い清めた福の豆を喰らうがいい。そぉれっ!」 本殿の奥より村長が声を上げ、隣の神職は大仰に水干(すいかん)の袖を翻すと握った豆をぱっと鬼達へ放った。 バラバラと音を立てて、板張りの床に豆が散る。 「鬼は外、鬼は外〜ぉ!」 「福は内、福は内〜ぃ!」 数人の巫女らも声を揃えて豆を投げ、本殿正面の階段を鬼三人は駆け逃げた。 「鬼は外、福は内〜ぃ!」 本殿の外に出れば、今度は左右から村人や混ざった開拓者達が豆を投げ。 「おぉっ。こりゃあ、かなわん!」 「い、行きますよ。赤鬼さんっ」 「……逃げるリン」 まかれる豆から逃れる仕草をしながら鬼は参道へ飛び出し、村への階段を下る。 「それっ、鬼は村へ向かったぞ。皆で豆をまき、鬼を村から払うのだ!」 芝居がかった仕草で村長が示せば、村の者達は「鬼は外、福は内」と囃しながら鬼の後を追い、賑やかに豆まきが始まった。 「今日この時ばかりは、鬼役は選ばれし勇者なのです♪ いきますよー!」 村の一角で見つけた青鬼に、遠慮なく柚乃も豆を手に取った。 「それっ。鬼は〜外。福は〜内!」 「わっ、お手柔らかにお願いします……本気で当たると、結構痛いんですよっ?」 逃げる青鬼役の岑は投げられた豆を鍋のふたでしのいだり、黙苦無で弾き落とせないか頑張ってみたりする。 「えっと、えぇと……えいです……っ」 そんな鬼役の身体に当たらないように気をつけて、紬は鬼の手前か横を狙って豆をまいた。 「皆の者〜っ! きゃつめに攻撃っ! なのだっ!」 「おーっ!」 いつの間にやら譲治は村の男の子らの先頭に立ち、『人魂』で召喚したユキウサギの式を岑へ差し向ける。 「しっ、式は反則じゃあ……!」 「はっはっは! 安心するぜよっ、攻撃はしないなりっ!」 「そういう問題ですか〜っ!?」 時おり『埋伏り』で隠れてみる岑だが、小さな式にそこを見られたりして。始終、元気な声に追い回される青鬼だった。 一方その頃、5ブピンク(謎)は。 「鬼は外! 鬼は外ったら、鬼は外ー!」 えいえいと投げられる豆を、ジグザグに逃げながら巧みにかわしていた。 「こっちだ、こっち!」 「さぁ、もう逃げられないぞっ」 追いかけるのは主に親子連れや家族ぐるみで、狭い小道へ追い詰められたと思いきや。 瞬きの合間に村人達の脇を駆け抜け、後ろを取る。 「うわっ、いない!?」 「後ろだ!」 「いつの間に……!」 『早駆』で後ろへ回った風鬼は、面の位置を整えた。 「福は、そう簡単には招けない……リン」 そのまま再び、しぱっと逃げ出す鬼役一人。 「大人気ない。じつに大人気ない……でもそれが、豆まきというものリン」 何となく語尾が馴染んできた気がしながら、その後も風鬼は村を飛び回る――時に、民家に上がり込んだりして。 「よっ、他所さまの家に、勝手に上がっちゃダメなのです〜!」 あわあわとサガラが追いかければ、飄々として風鬼は胸を張る。 「大丈夫。私という鬼ある限り、この家に他の災いは近付かないリン」 「そういう問題でもないですよ〜っ」 「おぉっとっ?」 えいえいと投げるサガラの豆を、目にも留まらぬ速さの『畳返し』をして風鬼は避けたが。 「……へむぷッ」 薄着のせいかクシャミをした拍子に、ばらばらと豆が当たる畳がぐらりと傾ぎ。 ぺち。 「あ。鬼が、畳に潰された……」 「お姉ちゃん、やったぁ〜!」 「はい、ボクにもやれました……じゃあないですっ。ごめんなさい、風鬼さぁ〜ん!」 「見事……リン」 迂闊にも畳の下敷きになった風鬼を、急いでサガラと子供達が助け出した。 「ちっと待てっ。ナンで、皆して追っかけてくるんだ!」 「それはきっと、赤鬼さんが目立つからですよっ」 逃げながら文句をつける赤鬼のゼロに、追っかけながら透歌が楽しそうに豆を投げる。 子供らや子供の面倒を見る大人達は他の二人へ豆を投げていたが、体躯が大柄なのもあってか、大人連中は主にゼロを追いかけていた。 「ゼロおじさま、お豆えいですの〜!」 「えいえい〜っ」 村の者に混じってケロリーナとリーディアも遠慮なく豆を投げ、大人も子供も童心に帰る様子に貴臣は心なしかほっとする。 「うまく、いったかな?」 『鬼退治』へ向かった者達から気をそらす目的も、勿論あったが。何よりも辛い事を忘れて、楽しんで貰いたい……そんな気持ちが貴臣の胸にあった。 「えぇい。人が大人しく逃げてたら、問答無用で豆を投げてきやがって……!」 足を止め、振り返ったゼロはおもむろに蓑へ引っかかった豆を取り。 ぼすんっ! その頭に、雪玉が当たって砕けた。 ご丁寧にも中からは、一粒の豆が転がり落ちた。 「冷てぇっ。誰だ、投げやがったのは!?」 「……さぁ?」 笑いながら、素知らぬ顔でからすが知らん振りをする。 「投げたのは知らぬが、鬼役が豆を投げるものではないのだよ。ところで冷えた身体に、福茶や恵方巻は如何かな?」 「わぁい、いただきます〜っ」 嬉しげにリーディアが足を向け、その間にも赤鬼には豆が投げられた。 「くっ、仕方ねぇな。大人しく、ケツをまくるぜっ」 そのまま庵の方に逃げるゼロを、投げられる豆が追いかける。 温かい茶でしばしの暖を取る者達は、賑やかな騒ぎを笑顔で見送った。 無事に村の外まで鬼を追い払えば、村の豆まきはそれで終わりとなる。 意気揚々と集落まで引き上げてきた者達を、月与や真夢紀の用意した温かい料理が待っていた。 「豆入りお餅や、かき餅を焼きました。お腹がすいた人には、魔除けになると言われる蕎麦の実で災厄を切り捨てる、海老天付き蕎麦もありますよ」 「こっちは豆繋がりで、餅入りお汁粉や白玉善哉を用意したからね。皆がそっとしてくれたお陰で、美味しい物を調達したり、節分を盛り上げる準備をしている裏方さんが頑張ってくれたよ」 節分に参加しなかった開拓者へ向く気を散らした月与が、並ぶ子供達へも椀を渡す。 「ほら、変わり恵方巻のロールケーキだ。甘いのが好きなら、食べるか?」 出来上がったロールケーキを並べ、子供らに始が勧める。 普通のスポンジとチョコレート風味の生地に、カスタードクリームを塗って合わせたロールケーキは太巻き寿司程の太さに整えられ。一風変わった菓子を子供達は珍しがって手に取り、口いっぱいに頬張る。 その傍らで、煙に咳き込みながら胡蝶は七輪で魚を焼いていた。 「……さすがに、鬼も逃げるって言うだけあるわね」 微妙に涙ぐみながら彼女が苦戦している相手は、焼く際の激しい煙と臭いで邪気を追い払うというイワシだ。 匂いを嗅ぎつけてか、煙が届かぬ辺りには仔もふらさまがちょこんと座って待っている。 「本当に、食べ物の匂いには早いわね」 感心しながら、胡蝶は焦げぬようにイワシを返す。そんな仔もふらさまと一緒に、じーっとサラも焼く様子を見守っていた。 「焼けたら身はほぐして、『いわし飯』を作るわ……禅の分はちゃんと取ってるから、お腹が空いたなら先に食べて良いわよ」 じっと胡蝶を見てから、再びサラは目をこすりながらイワシが焼けるのを見つめる。 その間にも、開拓者は子供達の相手をしていた。 「雪遊びって楽しいね。なんだか懐かしいな……」 雪を集めて固めて、柚乃はもふらさまを模した雪像を作り。 「えへへ、あんまし上手くないけど、ボクの里の子や母さんには評判なんですよ?」 すっかり馴染んだサガラも軽やかに雪の上を舞って、人々の目を楽しませる。 「何とか、無事に終わったみたいですね」 「そのようですリン」 「二人とも鬼役、お疲れさまだぜ」 のどかな光景にほっとする岑と寒そうな風鬼に、善哉を差し出したゼロが労をねぎらった。 ●陰行成す者達 佐和野の村で、節分行事の準備が進められているのと同じ頃。 身を切るような寒さを堪えながら、薄く積もった雪を踏んで獣道を進む一団がいた。 「どうやら、村の者には気付かれなかったようだな」 「大丈夫なようだ。問題は、これからだが」 白い息を吐いて琥龍 蒼羅(ib0214)は来た道を振り返り、前を見据えたまま藤田 千歳(ib8121)が首肯した。未だ、近くに鬼が潜んでいると佐和野の村人に知れぬよう……アヤカシ退治がバレぬように、山に入る者達の大半は多少なりとも変装している。 「豆まきに来てくれた人達には、感謝しなきゃな……だから」 ふぅと大きく肩で息をし、冷たい空気を深く胸に吸い込んだ有栖川 那由多(ia0923)が坂を登る足を進めた。 「この状況で、式の『眼』や巫女の結界は助かる。頼りにさせてもらうよ」 声をかけた崎倉 禅に那由多は目礼し、飛ばした式の小鳥が行く先を見据える。 (……泣き言なんか絶対言わねぇ。嘆くのは……全部、終わってからだ) 「しかし、出し抜かれたな。それも……取引の『約束』そのものは、違えずに」 キース・グレイン(ia1248)が強く拳を握りしめ、悔しさを滲ませた。 「二度も出し抜かれるとは。攻撃に寄り過ぎていましたか……翁の仇という焦りがあったかもしれません」 鬼が潜みそうな場所を通る前には斎 朧(ia3446)が足を止め、『瘴索結界「念」』でアヤカシの気配を捉えようとしている。 「結局、何の役にも立ってやしないよね。裏ばっかりかかれて」 今回ばかりは感情を隠さず、雪上の痕跡をソウェル ノイラート(ib5397)が眼で追った。 ……本来は守らねばならない村人に、危険が及ぶなど。もっと早く、自分が戻ってれば。いや、それ以前に。何故に鬼が集落より離れた四方にいたか、ちゃんと見抜けていれば……。 (空回り……全く、自分の愚かさが嫌になるね) 悔いてもキリはなく、振り返ってもまた詮無い――故に今は、前へ進むしかなかった。ここにいる誰もが、そして村に残っている者達の何人かも、大なり小なり口惜しい思いを抱えているだろうから。 「裏をかかれた、か。だがやられてばかりでは、寝覚めが悪いしな」 ソウェルの落とした苦い言葉を継いだ神凪 蒼司(ia0122)もまた、静かに自分へ腹を立てていた……己の、その無力さに。だからこそ。 「今度こそ、剛の鬼を倒す。それだけだ」 「ああ……後始末は、この手で付けねばな」 キースの呟きはそれぞれの胸の内を代弁し、憤りの中で鬼灯 仄(ia1257)はしみじみと天を仰ぐ。 「でも、そうか。小斉の爺さんは笑って逝ったか……そいつは、なによりだ」 重なる枝の先には、薄い青の空が広がっていた。雲行きを心配する必要はないのが、今は有難い。 「爺さんは弔い合戦なんぞ望んでねえかもしれねえが、村を護るって遺志は継いでやらねえとな」 「ああ……」 短く応じた玖雀(ib6816)の表情は、険しく。 「玖雀、玖雀」 そんな彼の顔を覗き込むように、横からひょこりと自分を指差す少年が一人。 「……ん?」 「ふふっ。玖雀、僕だよ」 「あ……ああ、ふしぎだったのか。普通に『男らしい』格好だから、誰かと思った」 僅かに緊張が解けたような玖雀の表情に、天河 ふしぎ(ia1037)は胸を張った。 「へへん、僕の変装は完璧だからねっ。でも、ちょっと複雑だけど!」 「複雑か……だが、感謝しないとな」 「え?」 今度はふしぎが目を丸くする番で、小さく玖雀は笑みを返す。怒りにピンと張り詰めていた感情が、友人のお陰で幾らか緩んだ気がした。 「これだけの『目』があれば、虚を突かれる危険は少ないでしょうね。数に脅威を感じ、退く可能性はありますが」 ふと懸念を口にするジークリンデ(ib0258)に、案内をする崎倉は眉根を寄せて考え込む。 「そうだな。万が一に備え、鬼の退路を断つ役を担ってもらえれば有難い。可能な限り、少しでも沢へ……村の方へは近づけたくない」 「承知しました。いま使えるのも、乱戦には少し不向きな術ですから」 例え鬼を倒せたとしても、それが味方の了解を得ぬまま巻き込んだ結果では無意味だ。 「人影……見つけた。足跡が続いている方向です」 そんな中、足を止めた那由多の言葉で一行の間に緊張が走った。 「随分と大所帯じゃあないか、ニンゲン……ええ?」 囲むように現れた者達を前に、クカカッと三本腕の鬼が嗤う。 「腕の一本を斬り飛ばされた鬼一匹に、十人がかり。大そうな事だよなぁ。そんなに、この『剛の鬼』様が恐ろしいか? それとも一杯食わされて、頭にきてんのか?」 「俺はお前なぞ知らないが、大角鹿の件に関わっていたらしいからな」 斬竜刀「天墜」の柄へ手を置いた蒼羅が、じりと摺り足で一歩を進めれば。 「あ〜あ。ニンゲンに縄張りへ踏み込まれた上、力たる二本の角まで折られたカワイソウなケモノか。全く酷い事をするよなぁ、ニンゲンどもは。だから憎いニンゲンへ牙を剥けられる様、俺が喰らってやったんだが?」 うんうんと頷いた鬼は、それのドコがおかしく、そして悪いかとばかりにニヤリとした。 「確かに、そうかもしれないけどさ……最初に悪かったのは、僕らの側かもしれないけど、それでも許せないんだぞッ。それに、あの小斉のお爺さんまで……!」 ビッとふしぎは鬼へ指を突きつけ、胸の憤りをぶつける。 「仇討ちか? そういうお前らも俺の腰巾着だった可愛い小鬼や、わざわざ馳せてくれた友の鬼連中を殺しやがったなぁ」 わざとらしく嘆く大仰な言葉に蒼司が眉根を寄せ、嫌悪をあらわにした。 「なにが『友』……だ。真に友なら、傷つけられ倒されるのを見捨てなどするものか」 「そう言うソチラはどうよ、ニンゲン? 助けるだの守るだの調子イイコトを口にしながら、実は邪魔で弱いヤツを斬り捨てて、楽しかったんじゃあないのか?」 「好きに言わせれば……」 「やれやれ、随分と楽しげに滑る口を持った鬼だな」 嘲笑う鬼をソウェルが悔しげに睨みつけ、握る拳を止めるように飄々と仄は挑発をいなす。 「そりゃあ、な。楽しいからよ。その怒りや憤りが実に楽しい。嘆き悲しみ恐怖にふけり、怨み呪い虚無に酔う様がな」 実際楽しげに、剛の鬼は二本の腕で二本の太刀をぞろりと抜いた。 「さぁ、かかってこい。己が手柄と我欲を剥き出しにし、互いを蹴散らしあい踏み台にしあって、我れ先に鬼の首を獲りにくるがいいぞ。ニンゲン!!」 それこそが正に望みだと言わんばかりに鬼は耳障りな声で高らかに嗤い、勇んでいた者が躊躇する。そうなると、誰か他の者が攻撃を仕掛ける隙を狙おうと算段する者も動けず。 「そうだな。例え誰を蹴散らし、踏み台にしても……命を嘲笑うよう軽く扱うお前が、許せねぇ!」 陣笠の下から、玖雀が紫眼で剛の鬼を睨み据えた。 「そして……見ていながら、何も出来なかった自分自身もだ!」 雪を蹴って鬼へ仕掛ける一瞬、玖雀はちらと友人へ視線を投げ。 その意を察した千歳もまた、口元を隠すように巻いたマフラーを揺らして駆ける。 仕掛ける二人へ剛の鬼が太刀を振るい、立て続けに繰り出される刃を咄嗟に玖雀と千歳は左右へ跳んでかわした。 「いいか、千歳。何があっても、俺を信じて斬れ」 「玖雀殿……?」 再び背を合わせた友人へ千歳は思わず問うが、相手の表情は窺えない。 だが彼の胸中もまた自分と同じと……託す玖雀の言葉に、ひとつ頷きを返した。 「承知した」 「厄介な腕の、一本でも断てば……!」 鬼の多腕を狙い、珠刀「阿見」と「青嵐」の二刀を抜いた蒼司が間合いを詰める。 「何を足掻いたって、失った人が戻らないのは解ってる。けどな……俺は、お前を倒すまでここから一歩も引く気はねぇ!!」 那由多が投じた符「幻影」は小さな式と成り、動きを封じるべく鬼の足に飛びついた。それに合わせて、ふしぎが手裏剣「鶴」を投じる。 仲間の後ろからは背を見守る朧が錫杖「星詠」をゆるりと振り、弾むように神楽舞を舞っていた。 上段より振り下ろす蒼羅の斬竜刀を二本の刀が受け、空いた脇腹へ三本目の腕が爪を剥く。 だが鋭い爪がはらわたを抉る寸前、炎を纏った珠刀の一閃がそれを跳ね飛ばした。 鬼が顔を歪めた一瞬に蒼羅は相手の胴を蹴り、間合いを取る。 斬り分かれたアヤカシが、体勢を立て直す隙を与えず。長い黒髪が、それを束ねる赤い髪紐が翻った。 太刀を振るおうとする鬼だが、一発の銃声が響き。 撃たれた木の枝の弾き落ちる雪が一刹那、視界を遮る。 「お遊びの時間はおしまい。いい加減、退場してもらおうじゃない」 「ヘッ、どこを狙って……!」 ソウェルを嘲ろうとした、その直後。雪を散らして無手が伸び、鬼の面を正面からがっしと掴んだ。 『早駆』で懐へ飛び込んだ玖雀が、ぎちりと捉えた手に力を籠める。 「今までの分を、全部ぶち込むつもりで……焼き尽くしてやる!」 「ケケッ、やってみろよニンゲン。諸共に燃え果ててみせなァッ!」 「ハッ! たかが鬼一匹、誰が付き合ってやるか」 玖雀の周囲に現れた炎は、あっという間に玖雀を覆い。 しっかと掴んだ指の間から玖雀は睨む鬼の眼を覗き込み、ニッと笑った。 「俺の命は、我が君のもんだ」 次の瞬間『火遁』の炎は剛の鬼を襲い、その身を焼き焦がす。 「俺の誇りと、剣を賭けて。小斉殿と村人の弔いの為に……!」 鞘走らせた刀「虎徹」が、銀弧を描いた。 目にも留まらぬ速さで抜き放たれた一閃が、逃れられぬ鬼の胴を深々と薙ぎ払う。 血の如く、瘴気が刀傷より噴き出し。 背を向けたまま千歳は刀を鞘へ収め、後方へ跳躍して玖雀が燃える鬼より距離を取った。 入れ替わり、続けざまにキースと仄が拳と殲刀を叩きつけ、更に腕を断ち落とす。 「ハッ、ハハ、ハーッハハッ!」 燃え盛る炎に包まれ、塵と化しながらも剛の鬼は放笑した。 「存外に楽しかったぜェ、ニンゲンッ!!」 「悪あがきを……!」 背を仰け反らせて笑う剛の鬼は口より毒を吐き続け、距離を置いたふしぎが嫌悪感に顔をしかめる。 「今なら誰かを巻き込む状況ではありませんし、良いですよね」 「そうだな」 確かめたジークリンデは、崎倉が頷くのを待ってから術を紡いだ。 耳障りな笑い声を打ち消すように、激しく金属が急回転するような、甲高くも唸る音が響き。魔術師が放った『ララド=メ・デリタ』――敵に対して発動させても、触れたもの自体は敵味方の区別なく灰とする、乱戦には不向きな術だ――その灰色の球体が、鬼の頭を消し飛ばす。 そうして、不敵なアヤカシの姿はようやく崩れ去った。 「助かった、ソウェル」 「ギリギリでご免。銃音が聞こえると、不審がられるだろうからね」 謝るソウェルに、礼を告げた玖雀は首を横に振る。 「玖雀殿、怪我は?」 術を放ったのは玖雀だが、あれでは自分も火傷を負ったろうと千歳が気遣った。 「ああ、これくらいな」 「無茶をする……」 「無茶じゃねぇ。信頼してるんだ、だからやれた。ありがとう、千歳」 大きく玖雀は息を吐き、友人にも重ねて礼を言う。 「治療しますよ。怪我を残してたままでは、村へ戻れませんから」 進み出た朧が『天火明命』を使うべく意識を凝らし、「それもそうか」と玖雀は苦笑した。 「さぁて、帰ったら……仏前で爺さんと、弔い酒を一献やるか」 杯を傾ける仕草をする仄に、一部始終を見届けた崎倉が小さく首肯する。 「此度の事は俺がした勝手の始末にもかかわらず、かたじけない。師の仇、そして佐和野の村人の無念を果たしてくれた事、感謝する」 そして緊張を解いた一同へ、深く深く頭を下げた。 既に日の暮れた道を辿って鬼退治の一行が山を下れば、蛍の沢で何やらぼぅと白い影が浮かんでいた。 「こんな所に、雪だるま……?」 目をこすったキースが正体を確かめ、首を傾げる。ご丁寧に、雪だるまの顔にはゼロの錦絵が貼り付けられていた。 「ナンだ、こりゃ?」 「足元に何か、置いてありますね」 顎へ手をやって仄がしげしげと眺め、腰を落とした蒼司は傍らに置かれた葛篭(つづら)を拾い上げる。 蓋を開けてみれば、中から出るわ出るわ。符水や止血剤、包帯、薬草、ヴォトカなど傷の手当てに使いそうな道具一式と、人数分の鬼の面が詰め込まれていた。 合わせて一葉の短冊があり、そこには鴉紋に『お疲れ様』と一文が添えられている。 「この気遣いは、からす……だな」 弓術師の少女を思い出し、蒼羅が表情を綻ばせた。 「そういえば、建前は『節分の豆まき』で来たんだっけ」 「でも鬼の面をつけて戻ったら、こっちが豆を投げられるんじゃない?」 ふしぎが面の一つを取り、同じく顔にかざしてみたソウェルも鬼の顔の下から小さく笑う。 案の定、陰行を果たして戻った一行を、案じて待ちわびていた者達の豆が出迎えた。 ●遅い夕餉(ゆうげ) 「えっと……おかえり、蒼ちゃん」 無事に戻ってきた蒼司の姿を目にし、悩んだ末に貴臣が出迎えの一言を口にする。 「心配をかけたな、貴臣。ただいま」 帯より差した刀を抜いた蒼司は、くしゃりと迎えた蒼司の頭を撫でた。 「皆さん、しっかり沢山食べて下さい〜」 山から戻って人心地ついた者達に、真夢紀が暖めた澄まし汁を椀へ装う。 「お代わりも沢山あるのだ!」 「はい、どうぞ」 「温まりますよ〜」 それを譲治や岑、そしてサガラ達も手伝って、寒空の下を帰った者達へ配り回っていた。 「有難い。からすも、助かった」 「帰ってからも、疲れてもらったがね」 椀を受け取ったキースが改めて一礼すれば、からすは小さく笑みを返した。 「無事に、節分行事は終わったようね」 役目を果たした者達の表情に、胡蝶はいわし飯を盛り付けた椀を崎倉の前に置く。 「ああ。サラの事はすまなかったな、お陰で助かった」 「謝るなら私にじゃなく、サラに謝る事ね。ついでにもふらさま……は、いいか」 既に夕飯を食べた後なはずなのに、催促するかの如く尻尾を振る藍色の仔もふらさまを胡蝶は呆れて見やった。 「ともあれ、せっかくの節分だぜ。見るのもアレだろうが、豆は忘れずにな」 歳の数だけと无が供した豆とは別に、神社より預かった節分豆をゼロが渡す。 「俺、何か出来たかな」 「ああ、出来たと思うぜ」 呟きにゼロが短く返し。ふと那由多は手付かずの飯と汁の椀を持って席を立った。 腰を下ろして暖かい二つの椀を仏前へ供え、棒を取ると鈴(りん)を縁を打つ。 りぃん、と座敷へ響いた澄んだ音に、誰もがしばし瞑目した。 「小斉おじいちゃま、もう会えないですのね……悲しいですの」 堪えていたケロリーナがぽろぽろと大粒の涙を零し、透歌も表情を曇らせ。黙って月与は嘆く少女らの背にそっと手を添え、優しく慰める。 「小斉さん……毎年また、皆で泥遊びしに来るよ。だから、ばあちゃんと二人、笑って見てて」 手を合わせ、小さく那由多が呼びかけた。 「今頃はきっと、ようやく会えた奥方に念願の膝枕でもしてもらい、仲良くやっているだろうさ」 「それなら、あんまり嘆くのもヤボだな。さぁ、せっかくの飯が冷めちまうぜ。あと、酒もあるよな?」 目を伏せた崎倉に仄は頷き、しんみりとした空気を払拭するように明るく訊ねる。 「ようやく……奥さんと、再会できたんですね」 しみじみと繰り返したリーディアが、ぎゅっと夫の袖を掴んだ。 「明日には、爺さんと婆さんの墓へご機嫌伺いに行くか」 ヴェール越しにゼロは妻の頭をぽむりと撫で、掴む細い指に手を重ね。 「はい。村の人のお墓にも、報告に……あ、お酒やお茶、足らなければ言って下さいね」 僅かの間しんみりとしたリーディアは急須を取ると、にこやかに一同へ訊ねる。 「あの、那由多さんの椀も、すぐに持ってくるね。それから……」 賑わいに紛れ、自分の食事を供えた那由多の様子を窺うように、おずおずと汀が近付いた。 「えぇと、その……お疲れさま、でした!」 板状のモノをえいっと押し付けた途端、逃げるように台所へ戻っていっく。 「汀、ちゃん?」 手に残された物をまじまじと見て、微妙に那由多は首を傾げた。 何やら微笑ましい光景に崎倉は去年の己を思い返しながら、湯気の立ついわし飯を空きっ腹へかき込む。 「えぇと、これで九つ、十ぉ……」 数えながら、台所では紬がこっそりと福豆を小さな皿へ取り分けていた。 そこへ、不意に。 「歳の数より一つ多く食べると、無病息災で過ごせるんですよ」 「……え?」 声に驚いて顔を上げれば、離れた位置で貴臣が小さく会釈をする。 「俺の母様が豆撒きの由来を説明してくれた時に、教えてくれたんです」 「そ、そうですか……ありがとう、ございます」 「お土産に?」 「はい。豆まきにはこれなかった、大事な人、に……」 気恥ずかしそうに俯いた紬が小声で打ち明ければ、柔らかく笑んで貴臣は頷いた。 「その人も一緒に、無病息災で過ごせるといいね」 こくこくと何度も紬は頷き、それ以上は問わずに貴臣も友人へ福の豆を渡しに行く。 残された紬は十三粒だけ分けた豆を丁寧に小さな袋へ移し、大事そうにそっとそっと懐へ仕舞った。 |