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■オープニング本文 ●邪気払い 薪を割る音が、朝の空気を震わせる。 座敷を横切って小斉(こさい)老人が縁側へ出れば、蝉時雨の中で古い弟子が諸肌を脱ぎ、黙々と斧を振るっていた。 「朝から、精が出るのぅ」 声をかけられた崎倉 禅(さきくら・ぜん)は手を止め、首に引っ掛けた手拭いで額の汗を拭う。 「あ〜、申し訳ない。うるさかったか」 「しょっぱい薪割りの音より、蝉の方がよっぽど勢いがあってうるさいわい」 「はっは。蝉か、なるほど」 師の皮肉に崎倉は大笑いし、腰に手を当てて背筋を伸ばした。 「涼しいうちに、薪を多めに割っておこうと思ったんだが。じゃあ、朝飯の仕度にかかるか」 「それなら、儂がしておいた。蝉がうるさいせいで、早く目が覚めてしもうたからな」 ぼやきながら奥へ下がる老人の背中に崎倉は苦笑し、斧を薪割り台へ突き立てる。 それから袖に腕を通して割った薪を集め、勝手口の置き場へ運んでは積み上げた。 ここ数日は日頃使う分よりも多めに割っている為、幾日かは薪を割らなくてもいい程度の余裕がある。 「そろそろ、出立する心積もりか」 不意に、台所で鍋から椀へ味噌汁をよそいながら小斉老人が話しかけ、崎倉はまた苦笑いを浮かべた。 「何だかんだで、ひと月の長逗留だ。そのお陰で、あの子もだいぶ師匠に慣れてきたが」 「まぁ、顔を忘れぬ程度に遊びに来ればいい。厄介事があるようなら、いつでも預かってやる」 「有難い。その時は、よろしくお願いします」 姿勢を正して礼を言う弟子に、ふんと師匠は鼻を鳴らす。 「お前だけでは、将来に何かと悪い影響が出る可能性もあるからな」 「これはまた、手厳しい。では、サラを起こしてくるとしよう」 草履を脱いだ崎倉が板間へ足をかけたその時、外でばたばたと慌しい足音がした。 「旦那、小斉の旦那! 起きていらっしゃいますか!?」 「今日は本当に、朝から騒々しいな。椀に砂ぼこりが入るだろう」 勝手口へ回ってきた村人は、息を切らせながらも軽く頭を下げてから敷居をまたぐ。 「お許し下せぇ、なにぶんにも急ぎの用なもんで」 「朝飯を食いながらで良ければ、聞こう。お主もまだなら、喰っていくか?」 「いえ、あっしは大丈夫です」 「ならば、上がれ」 ぺこぺこ頭を下げる村人を促しながら、盆を手にした小斉老人は座敷へ向かった。 ○ 「荷を積んだ馬車が、村に来るまでの道中でアヤカシに襲われたとな?」 椀を手に聞き返す小斉老人に、座敷の下手に座った村人はひょこりと首を竦める様に頷く。 「へい。その荷物には、魔払いの神事に使う蟇目鏑(ひきめかぶら)も含まれていまして。これが、理穴におります矢師の手によるもので、毎年特別に作っていただいている代物なんです」 「蟇目鏑の代えは、ないのか」 「それが、その矢師が作る蟇目鏑は格別に鳴りがいいので‥‥何より、邪気払いの神事に関わる物ですから」 「そうか。それは、厄介な事になったな」 話の間に手早く椀の物をかき込んだ小斉老人は、箸を置いて腕を組んだ。 ちなみに矢師とは、矢を作る職人の事を示す。 また矢の一種である蟇目鏑は音を立てて飛ぶ鏑矢と似たもので、その音が邪気や魔を払うと言われる物だ。 小斉老人が庵を構える佐和野の村では、この時期に蟇目鏑を射て邪気‥‥例えば、人や作物につく病魔に災害、そしてアヤカシをもたらす瘴気を払い、盛夏を安泰に乗り切る事ができるよう祈願する風習があった。 もちろん、神事はあくまでも風習であり、それで本当に邪気が払えるかは判らない。 ただ抗う事の出来ない厄災に対し、人智及ばぬ存在へ力のない者達がすがるのは世の常。 もし、邪気払いの神事が出来なければ、村の者達は不安を抱えながら夏を過ごす事になるだろう。 「矢師の側で、予備の蟇目鏑は持っておらんのか? あるいは、作り直しを依頼するか」 打てる手を小斉老人は尋ねるが、肩を落とした村人は力なく首を横に振る。 「作り直しでは、時間がかかり過ぎるでしょう。予備はあるかもしれませんが、理穴は遠いですから‥‥」 「で、荷物がアヤカシに襲われたのはどこじゃ。村からは、近いのか?」 「いいえ、峠を二つ三つ越えた山中だそうです。先ほど、荷を管理する商人より急ぎで連絡が参りまして」 村人から答えに、食事を終えた崎倉も手を合わせてから箸を置いた。 「アヤカシが出たなら、すぐにも開拓者ギルドへ退治の知らせが届いているだろう。荷物の確認と運搬を、合わせて頼んでみるか」 空になった椀を重ねて、崎倉が立ち上がる。 「そうじゃな‥‥お前には、繋ぎ役を頼むとするかの。馬くらいは、貸してもらえるじゃろう?」 「は、はい。村長へ、伝えてきますっ」 じりじりと後退って村人は尻から退室し、ばたばたと走って庵から出て行った。 「面倒をかけるが、村の連中の為だ。よろしくな」 「では、仔細を聞いてくるとするか。洗い物と、サラを頼みます。慌てず、ゆっくり喰ってていいからな」 席を立つと、まだもふらさまと食事を取っている少女へ、崎倉は声をかけた。 ○ 『えっと‥‥そうですね。その近辺で一件、アヤカシ退治の依頼が届いています。 荷を運ぶ途上の馬車が、山中の森で数匹の武装した小鬼に襲われたとか。 御者は逃げ出して無事ですが、荷物がどうなったかまでは不明となっています。 今日の間に開拓者を募り、明日にでも現地へ向かっていただく予定です』 「そこに、荷の確認を加える用向きを付け加えてくれるか? 荷物の方に、大事な用があるもんでな。無論、余分な仕事の分、こちらからも幾らか報酬を出す予定だ」 風信術越しに崎倉が交渉すれば、やや間があってから了承した旨が伝えられた。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
凛華(ia1087)
12歳・女・巫
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
海波 由良(ia3012)
15歳・女・陰
黒果・真砂(ia3290)
72歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●道急ぐ者達 生い茂った木立を抜ける街道を、行商人や町人風の旅人達が足早に進んでいた。 一行の前にも後にも、人影はない。 「全く‥‥神事に使う物を奪うとは、不届き千万なアヤカシどもですねぇ。巫女としても、放って置けません」 目深に三度笠を被った万木・朱璃(ia0029)が、傘の下でぷんと頬を膨らませ、アヤカシへの文句を口にする。 長身の朱璃を一瞬ちらと見やった小柄な川那辺 由愛(ia0068)は、面倒そうに黒髪をぽしぽしと掻いた。 「神事ねぇ。何処もこういう事は、似たり寄ったりだこと」 「ですが、人心を支える神事は大切‥‥です。似たり寄ったりになるのも、それ故でしょう」 何不自由ない生活をし、生まれながらに恵まれた自分には、おそらく頼る心境を真に理解は出来ない‥‥そう思いつつも、海波 由良(ia3012)は指を組んで目を伏せる。 人の困窮を思い、力になろうとする事は、決して己の独善ではないと願いつつ。 「そうですよね! 村の方々が安心して楽しい夏を送る為にも、しっかりと邪気払いの神事は行える様にしないと‥‥その為にもアヤカシ達を祓い、蟇目鏑を無事回収し、届けねばなりませんっ!」 暑さの中でも、武装した向井・智(ia1140)は元気だ。 木々の陰に不穏な気配がないか、時おり視線を走らせる彼女に、顎に蓄えた白髭に手をやりながら黒果・真砂(ia3290)が唸る。 「じゃが、アヤカシが矢をのう‥‥」 「あれ? もしかして私、何か変な事とか言っちゃいました?」 心なしか心配そうに、智は後ろを歩く老サムライへ振り返った。 「いや、そういう訳ではない。彼奴らが祭なぞをする訳でもなし、蟇目鏑を積んだ馬車を襲ったのは、矢張りただの偶然じゃろう。本当に蟇目鏑が邪気を祓うと言うのなら、それに反応したのかも知れんがの」 「いずれにしても、せいいっぱい、つとめさせていただきます! わたくし、はじめてのいらいですから」 大人達の足に遅れぬ様ついてくる一番幼い少女が、気勢をあげ。 「ところで、ひきめかぶらって、かわいいものなのですか?」 気勢をあげてから、改めて凛華(ia1087)が小首を傾げて尋ね、朱璃は少し返答に困る。 「アレは、音が出る仕掛けの形がヒキガエルの目に似ているので、蟇目って名前なんですよ」 「そうだったのですか! おなじカエルなら、アマガエルのほうがかわいいですのに」 朱璃の説明に驚いた凛華は、残念そうに呟いた。 「事実がどうであれ、少なくとも村人が信じとる以上はこのまま放っておく訳にもいかんし、そもそもアヤカシはそれだけで十分過ぎる厄災じゃ。とっとと狩ってしまうのが、一番じゃて。のう?」 同意を求めるように真砂が声をあげれば、口数の少ない二人の志士――天目 飛鳥(ia1211)と千王寺 焔(ia1839)は頷き、あるいは目礼する。 「それにしても、武器を用いる小鬼って‥‥どんなアヤカシかしら」 武器を使うアヤカシと対するのが始めてとなる由愛は、楽しげにちらりと口唇を舐めた。 ●襲撃の跡で 木材の破片が散乱した道は、あちこちに黒い染みがにじんでいた。 近付くほどに強まる臭気に、慣れない者達は眉根を寄せる。 「嫌な匂い、ですね」 「おそらく、馬が襲われた跡な。アヤカシに喰われたか」 袖で口元を隠した由良に、先を歩く飛鳥が答えた。 「随分と、綺麗に食い尽くしたもんじゃ。骨の一欠片すら残さずとはな」 ざっと見て死骸がない事に真砂が感心し、抉れた地面の痕跡から路傍を調べていた焔が足を止める。 「少し、いいか?」 視線は外さず彼は僅かに仲間へ顔を向け、肩越しに声をかけた。 「面白いものでもあった?」 ひょいと由愛が近寄れば、木立から目を逸らさず焔が奥を指差す。 重く引きずったような跡に下草が潰され、背の低い繁みの枝はへし折られ。 その先の木の幹へ寄りかかるように、傾いた荷車が止まっていた。 馬が引き棒から外れた拍子に路肩へ突っ込み、勢いで今の位置まで暴走したのだろう。 「あちゃ。荷物まで、壊れてないかなぁ」 嘆息する由愛の言葉で心配になったのか、凛華も二人の間から木々の奥を覗き込む。 「はぅ。ごいらいにんの、おにもつ‥‥ごぶじでしょうか」 「でも、馬車があったって事は‥‥鬼が出るか蛇が出るか。あ、前者だったわね」 由愛はどこか楽しげに、符を構えて臨戦態勢を取り。 「ああ。調べるのは、安全を確保してからだな」 心配そうに振り仰ぐ凛華に答えた焔は、少女の不安を払う様に小さな肩へぽんと軽く手を置き。 「‥‥っ!」 「きゃう!?」 そのまま、不意にぐいと凛華を由愛へ押しやって、小柄な二人を身体で庇う。 直後、風を切る音がして、何かが三人のすぐ傍をかすめた。 焔が聞きとめた、枝が揺れてざわと騒ぐ葉擦れの音が再び聞こえる。 「あの辺りとあそこに、おそらくアヤカシがいますね。矢を射たのがドレかは、判りませんが」 「了解しましたっ」 「承知」 瘴索結界へ踏み込んだ瘴気の気配に、朱璃が来た道の脇を示して警告し、智と真砂が一行の後ろ側へ回った。 それにより、前方で注意を払っていた飛鳥は最後尾となるが、そのまま珠刀「阿見」を差した帯より少し引き、背後からの襲撃に備える。 存在を気取られたと知ったのか、草むらや幹の陰から複数の唸る声が聞こえた。 「戦に無粋な弓弩は無用! 血で血を洗うが、醍醐味じゃ!!」 往来の真ん中に立った真砂が、大音声で『咆え』る。 真砂の『咆哮』へ呼応するように、道の両脇から得物を手にした小鬼が飛び出し。 歯のこぼれた鉈や棍棒で打ちかかるアヤカシに、迎え撃つ者達が身構えた。 その上を、ひらりひらりと一匹の蝶が舞う。 ●白刃踊る 「馬車が街道脇にあるなら、すぐには戦いの邪魔になりませんね。まずは、とっとと小鬼から!」 声をあげながら、朱璃は小鬼達の動きを注視した。 咆哮で飛び出したのは、どれも近距離での武器を持つアヤカシで、弓を持つ小鬼やリーダーらしい存在は見当たらない。 「まだ、隠れていますね」 「はい。こちらも、探しているところです」 緩やかに指を組んだ由良が、集中を保ちながら朱璃へ答える。 その間にも、陣を固める者達は向かってくるアヤカシを相手に、各々の得物を構えた。 左右から現れた小鬼は、三匹。 前に出て相対するのは智と真砂、そして焔の三人。 「黒果様、がんばってくださいまし」 手にした扇子「巫女」を開き、単衣の袖をふわりと揺らして凛華が『神楽舞・攻』を舞った。 彼女は由愛と共にやや後方へ下がり、技を駆使して援護する。 「戦の心得その一、先手必殺! 死んだ敵は最良の敵!」 増した力に真砂は練力を惜しまず、長槍を握る手へ力を込め。 己へ突進する小鬼の一匹へ、叩き込んだ。 何処で拾ったか、粗末な木板を繋いだ防具を、槍の一突きが粉砕し。 穂先は勢いのまま、アヤカシの胴を深々と貫く。 刺し貫かれた小鬼は、ギィギィと苦悶の声をあげ。 その腹を蹴り飛ばしながら、真砂は槍を引き抜いた。 渾身の一撃で息も絶え絶えに後退る小鬼へ、すぃと身を屈めた黒い影が寄り。 珠刀「阿見」と白鞘の白刃が、木漏れ日に閃く。 流れる血を持たぬアヤカシは、返り血を撒き散す事もなく。 耳障りな悲鳴をあげてどぅと倒れ、空に散り、地に溶ける様に消失した。 「まずは一匹」 真砂の言葉に焔は頷き、二人は次の小鬼へ向かう。 「数は居ても、確実に仕留めて行けばーーッ!」 朱藩で鍛えられた大斧「塵風」を、小柄な智がブンッと大きく振り回した。 それは正確な一撃を当てる事より、威力での牽制の意味合いが近く。 大斧が巻き起こす塵風に、小鬼は怯み、距離を取る。 咆哮を使った真砂へ向かう小鬼のうち、智は二匹の前に立ち塞がっていた。 防戦を基本としても、交互に突き出す鉈や棍棒は厄介で。 「おぉ〜っと、お痛は駄目よっ!!」 智が大斧を振り抜いた隙、その危ういところで、神鏡を模した円盤の様なカマイタチが飛ぶ。 『斬撃符』の式に切り裂かれた小鬼は、一声叫んで得物を落とし。 「川那辺さん、ありがとう!」 感謝を告げる智に、由愛は次の符で別の小鬼を示した。 「礼は後。今は、あいつらと遊んであげなきゃね」 「はい!」 そんなやり取りの間に、先の小鬼を屠った男二人が加勢に回る。 「矢を射掛けた小鬼がいないわね。それに、頭目格のも」 「いえ、いましたっ」 「後ろからです!」 髪をかき上げて見回す由愛に、それぞれの方法で街道脇を探る由良と朱璃が新手を告げる。 彼女が振り返れば、後ろを取ろうとしたのか、四匹目の小鬼と飛鳥が剣を交えていた。 視線を上げれば、木陰の一点で舞っていた蝶が、ふぃと消える。 蝶が消えた梢では、五匹目の小鬼が弓を振り回し。 その小鬼の周囲が、前触れもなく陽炎の様に揺らいだ。 何も触れていないのに、急に身体が捻らくれた小鬼は、苦しげな叫び声をあげ。 朱璃がかけた『力の歪み』にもがく樹上の小鬼へ、由愛が斬撃符で追い討つ。 粗末な弓を落とし、息も絶え絶えな小鬼を、現れた六匹目の小鬼が苛立たしげに蹴り飛ばした。 無造作に地面へ落ちたアヤカシは、潰れたヒキガエルの様な声を上げ、消滅する。 他五匹の小鬼と違い、古びた皮鎧を着た赤ら顔の小鬼は、地団駄を踏む様に樹上で跳ねて、地面へ飛び降りた。 「逃げるつもりか‥‥それとも、荷物をっ?」 「えぇーっ!」 由良の不安に、思わず智が振り返る。 「止められるか!?」 焔は対する小鬼のとどめを真砂に任せ、彼女の隙を狙う小鬼へ素早く一刀を打ち込んだ。 「えぇーい、盾根性ーーッ!」 託された智は、ここまで温存していた『咆哮』で引き止めを図る。 細い体躯から発した大気を揺るがす声に、赤小鬼は反射的か驚いてか、足を止めた。 と同時に、まだ生き残っている小鬼達も、一斉に彼女へ害意を向ける。 「こいつらは私が引き受けますので、あいつから先に!」 大斧を構え直した智は、あえて小鬼へ身構えた。 「判った、任せたぞ!」 赤小鬼に一番近い飛鳥が、後を委ねて身を翻す。 「たいせつな荷、おまえごときに、ゆずるつもりはございません!」 駆ける飛鳥へ、凛華は再び神楽舞・攻を舞って加勢し。 これまで『人魂』を使っていた由良が、残る練力を『呪縛符』に注いで赤小鬼の動きを封じる。 その間に、追い迫った飛鳥が『炎魂縛武』で紅い炎を帯びた珠刀「阿見」を両手で振りかざし。 動きの鈍った頭目格へ、袈裟懸けに振り下ろす。 汚れ、擦り切れたボロボロの皮鎧は、さして防具の役割を成さず。 振り抜いた刃は、赤小鬼の身を裂いた。 仲間の加勢を受けた飛鳥に、既に逃げ腰の赤小鬼が敵う訳もなく。 焔と真砂、そして智もまた、凛華や由愛、由良の援護に助けられ、助力しあいながら、切り結ぶ相手を討ち果たす。 「はぁ〜‥‥良い気分! あっはっは♪」 ひと暴れした由愛は満足したのか、心底楽しげに高笑いをした。 淡い光に包まれた腕で朱璃が触れると、傷は見る間に塞がり。 「はい、これで大丈夫」 『恋慈手』の光が消えた手で、朱璃はとんっと焔の背を叩く。 戦いの間、優勢劣勢を見ながら出来るだけ使う練力の消費を抑えていた彼女は、仲間達の治療に回っていた。 「ありがとう、すまないな」 「こちらこそ。これで、荷物の確認が出来ますね」 言葉の代わりに焔は頷き、そこへ馬が地を蹴る音が近付いてくる。 「ご一同、無事か?」 「ああ。検分は終わってないが、一応荷物もな」 手綱を引き、馬を宥めながら尋ねる崎倉 禅に、長槍を掲げて真砂が答えた。 手当てが終わった一行は、注意深く荷馬車を調べる。 幸いに、蟇目鏑を始めとした荷は半数ほどが無事で。 それらを馬の背へ積むと、開拓者達は山を降りた。 ●邪気を払いて 日暮れの佐和野村では、外れにある社の石階段に篝火が焚かれ、人々が集まっていた。 誰そ彼時、逢う魔が時。 そう呼ばれる時間を前にして、楽の音が響き、神子が祝詞を上げ。 緊張気味に、開拓者達が石段の上に立った。 「お主ら、弓は引けるかの?」 そう小斉老人に聞かれたのは、村に着いてすぐの事。 蟇目鏑が無事だった事にあやかり、是非にも開拓者に邪気払いの矢を射てほしいと、村から申し出があったという。 祭事の見物を兼ね、応じたのは五人。 「緊張しますね‥‥飛ばなかったら、どうしましょう」 「教えて貰った通りやれば、大丈夫だよ!」 手を握ったり開いたりする朱璃を、智が励ます。 「上手く飛ばそうなどと、考えなくていいんじゃ。こういった物は、とにかく飛びさえすればいいからのう」 気楽に笑う真砂は弦を引き、張りを確かめ。 彼女らよりも慣れた風の飛鳥や焔は、既に射の姿勢に入っていた。 神子が掲げる桐箱に収められた蟇目鏑の一本を、各々は神妙に取り。 神司と共に、弓へ番える。 神事の矢と、末広がりの八にちなんでか。 八つの蟇目鏑は次々と、夕焼け空に払いの音を引いて、飛んだ。 「何はともあれ。何とか終わったわね〜。楽しめたわ」 神事での緊張した仲間を思い出し、由愛はくっくっと笑う。 「みなさま、りりしかったですよ!」 「はい。これで村の人々も、心安く夏を過ごせますね」 褒める凛華に、由良も頷いた。 矢を射た者は、やや照れくさそうに食事へ集中する。 小斉老人は荷を届けた一行をねぎらい、神事見物のついでと一夜の宿も勧めていた。 有難く膳をいただいた由良は、視界に入った藍色の小さな物体に目を奪われる。 「あの、えっと‥‥ちっちゃもふらさま?」 「ホントです!」 由良の言葉に智も目を丸くし、気付いたもふらさまが二人の傍へ近寄ってきた。 「もふ?」 丸い目で見上げるもふらさまへ、しばしオロオロと迷った末に由良は手を伸ばし。 「もふもふしてます‥‥っ」 「私も、私もーっ」 目を細め、気持ちよさげに撫でられるもふらさまに、智がばたばた手を振った。 「突然の非礼を承知しての事だが‥‥出来うれば、俺に軽く稽古を付けて欲しい。恥ずかしながら俺の剣は我流で、まともに習った事がないのでな」 賑やかな少女達の声を聞きながら、飛鳥は杯を手にした小斉老人へ膝を進めて頼む。 「覚悟めされよ、若き志士殿。小斉翁は、『軽く』の匙加減が出来ん人だからな」 面白そうに忠告する崎倉へ、「ふん」と師匠は鼻を鳴らした。 「稽古や手合わせは、『軽いもの』じゃろうて。のう、天目殿‥‥じゃったかな。稽古は明日として、今宵は寛ぐといい。ゆるりとな」 小斉老人が勧める杯を、一礼してから飛鳥は受け取った。 「それにしても、技を残せるというのは武人として羨ましい限りじゃのう」 神事を思い出してか、しみじみと語りながら真砂が杯を干す。 「まぁ、わしは後、百年は現役でいるつもりじゃから、後継者などまだまだ必要ないが」 かくしゃくとして笑う真砂を、崎倉の後ろから幼い少女が青い瞳で見上げていた。 |