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■オープニング本文 ●遠い北の国の祭 「ゼロさん、ゼロさん! 『くるしみます・ぱーてぃ』って、どんなの?」 師走も半ばを過ぎ、年の瀬が迫る神楽の都。 開拓者長屋も年越しの準備に慌しい中で、常から好奇心満々の目を更に輝かせた桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)がゼロへ聞いた。 「なんだその、苦しそうなのは」 「え〜っと‥‥違ったっけ?」 怪訝そうな顔をするゼロに、はてと汀が首を傾げる。 「年末の前にある、ジルベリアのお祭りの‥‥ほら、ゼロさんって、ジルベリアの事に詳しそうだし!」 「俺自身はあんま詳しくないが、ソイツは『クリスマス・パーティ』って奴だな。行った事自体はねぇけど」 「あぁ、たぶんそれ‥‥って、ゼロさん、行かないの?」 期待が外れたのが見てもわかるほど、がっくりと汀が肩を落とした。 「何を期待してやがった、てめぇ」 「えへへ。ケーキとか、ご馳走を食べてみたいなーって。あとジルベリアの人って、この日に晴れ着を着るんでしょ? それも、見てみたいなぁ‥‥キラキラで、ぶわぁってなって、ふわふわだって!」 「‥‥俺に解かる言葉で喋れ」 よく知らないお祭り事に心躍らせる汀にゼロは嘆息し、袖へ手を入れるように両の腕を組む。 「まず、そのクリスマス・パーティとやらをやるとしても、場所はどうする。ジルベリア流だと座敷は無理だぜ」 「うん。実は知り合いの貸衣装屋さんが、宴席の場所とか衣装とかを貸してくれるみたいなんだけど。そんなに繁盛してないみたいで」 明かす汀の話に一瞬だけゼロの表情が強張ったのは、何時ぞやの鏡開きを思い出したのか。ともあれ、けふんと一つ咳払いをして気を取り直す。 「天儀の人間に、異国の服や宴は‥‥とっつけねぇだろうなぁ。向こうへ出かけて、招待されるならともかく」 「でも、開拓者の人ならジルベリアの人もいるし、アル=カマルの人とか修羅の人とか、いろいろいるしね!」 「つまるところ‥‥異国の美味いものを喰って、綺麗な衣装を見たいってのが、てめぇの本心か」 「‥‥えへ?」 ゼロに要約された汀は小首を傾げ、笑って誤魔化した。 「いいけどよ。ギルドで声をかけたら、詳しい奴と賑やか好きが集まりそうだしな。それにしても、今年ももう終わりか‥‥一年、早いもんだぜ」 すっかり冷え込む冬の日々に寒がりのゼロは身を竦め、ほぅと息を吐いた。 |
■参加者一覧 / 櫻庭 貴臣(ia0077) / 神凪 蒼司(ia0122) / 六条 雪巳(ia0179) / 有栖川 那由多(ia0923) / 紫焔 遊羽(ia1017) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 鬼灯 仄(ia1257) / 七神蒼牙(ia1430) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 以心 伝助(ia9077) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / 十野間 月与(ib0343) / 五十君 晴臣(ib1730) / ケロリーナ(ib2037) / 瞳 蒼華(ib2236) / 長谷部 円秀 (ib4529) / パニージェ(ib6627) / アムルタート(ib6632) / 玖雀(ib6816) / 藤田 千歳(ib8121) |
■リプレイ本文 ●準備も楽し 「そろそろ、頃合いだな」 「わぁっ。スポンジ、綺麗に焼けたね」 「では、オーブンをお借りします」 「生クリームは泡立てが大事だから、しっかり頼んだわよ」 「力が要りそうな‥‥いえ、女性の頼みとあれば!」 「ボクも手伝うよ」 「苺が届きましたの〜っ。高いので、量はありませんけど‥‥」 「じゃあ、食紅で赤い色を増やしましょうか」 備え付けの厨房では、料理にいそしむ者達が慌ただしく動き回っていた。 「大勢での料理は、なんだか楽しいですね」 こそりと囁くリーディアに、「ええ」と十野間 月与も微笑んだ。 エルディン・バウアーと静雪・奏は生クリームの泡立てに奮戦し、季節外れのイチゴを冷たい水でケロリーナが洗う。 注意深くスポンジを水平に切る神凪 蒼司の邪魔をしない位置で、櫻庭 貴臣が硬めのパンを輪切りにしていた。これにハムや肉のパテ、チーズなどを乗せ、気軽につまめる料理にする予定だ。 料理と言えば礼野 真夢紀は腹に詰め物をした丸ごとの鶏をオーブンに入れ、七面鳥を蒸し焼きにする鉄鍋に付きっ切りで長谷部 円秀が火加減を調整している。 「スープは時期的に、南瓜‥‥でしょうか。ケーキは手伝う事、あります?」 真夢紀が訊ね、カチューシャから伸びたうさ耳を月与は揺らす。 「手が多いから平気かな。まゆちゃんの方こそ、手が足らなければ手伝うよ」 「でも皆さん、意外に器用というか‥‥ジルベリアの料理に通じているというか。食べる人数も多いので、助かりますね」 興味深げな円秀に、蒼司はケーキから目を離さず。 「俺の場合は、少し休んでいる間にジルベリアを旅したからな。作り方も学んできた」 「学んで実践できるのが凄いよね、蒼ちゃんは」 「料理の腕なら、貴臣も相当だろう?」 常盤緑の瞳を向けた蒼司は、感心する貴臣の手際を褒める。 「ふふふ。これを機会に、皆さんが興味を持てば‥‥」 「パーティか。妹がそういうの、好きなんだよね」 腕まくりのエルディンが生クリームを泡立て、奏もまたツノの立ち具合を確かめた。 「こんなもんかな?」 「うん、しっかり泡立ったね」 ボールをみせる奏に、確認した月与が頷く。 「いい匂いだな。酒は足りてるか?」 調理場に七神蒼牙が顔を出し、持参の酒を邪魔にならぬ場所へ置いた。 「助かります。皆さんが持ち寄ってくれて」 「気にするな。その分、こっちもご馳走にありつける」 丁寧に頭を下げた真夢紀へ蒼牙はからりと笑い、ケロリーナの姿に目を留める。 「フロアにモミの木が届いてたみたいだぜ。ケロリーナも飾るか?」 「飾りたいですの〜! でも‥‥」 「大丈夫よ。イチゴのヘタ取り、ありがとう」 迷うケロリーナの様子に気付いた月与が、笑顔で促した。 「後は頑張りますから‥‥主に、エルディンさんが」 「はい、私達が‥‥って、えっ!?」 更に円秀が付け加え、エルディンの動揺をよそにケロリーナはスカートをつまむ。 「では、ツリーを飾ってくるですの〜」 「そういえば‥‥ゼロさん、着てくれるでしょうかねぇ」 スカートを翻す後姿を見送ったリーディアが表情を曇らせ、月与は小首を傾げた。 「うわぁ、綺麗な飾り! どれから飾ろうかな〜、この布と合うかな?」 ツリーの飾りを手に取ったアムルタートは、持ってきた赤や緑の布と飾りをあれこれ合わせていた。 「もう聖夜祭か。あっという間よね」 煌びやかな飾りにアグネス・ユーリが呟き、物珍しげな劫光が振り返る。 「このモミの木を飾るのか」 「そうだけど、知らなかったっけ?」 「くりすます、か? よくはわからんけど、タダ酒飲めんならなんでもいいかと思ってな」 「らしいわね。これだから‥‥」 呆れながらアグネスは首を横に振り、そこへ蒼牙とケロリーナがやってきた。 「劫光おじさま〜! ゼロおじさまはまだですの? 飾り付けのお手伝いをして欲しかったですのに〜」 「来てないのか、仕方ねぇな‥‥なら、俺が高い場所を手伝ってやるか」 残念そうなケロリーナを蒼牙がなだめ、話を耳にした六条 雪巳が「はて」と思案する。 「ゼロさんなら、リーディアさんと一緒に長屋を出られたようですが」 「リーディアは調理場で頑張ってるから、どうせ異国の祭りは面倒とか言ってぶらぶらしてるんじゃない?」 やれやれとアグネスは呆れ気味に二度目の頭を振り、くすりと雪巳が笑んだ。 「めりーくりすます、ですっけ。ふふ、精霊に感謝するお祭りだとお聞きしましたけれど、国が違えば祭の様相も変わるものですねぇ」 モミの木や飾りを眺め、しみじみ感心する雪巳。 「せっかくの機会ですし、ジルベリアの衣装もいいですね。でも初体験で‥‥よく分からないのですが」 「それなら、あたしに任せて。ついでに劫光もまとめて、面倒みましょ」 他ならぬ友人の為ならと、アグネスが片目を瞑る。 「俺は、ついでかよ」 冗談めかしながらも、有難く劫光は頷いた。 ●気遣いと装い 「うちはジルベリアの衣装とか、よぅわからへんのやけど‥‥頼って、ええやろか?」 微妙に困惑した表情で、遠慮気味に紫焔 遊羽は傍らの騎士を見上げた。 「俺が選ぶのか?」 逆に問い返すパニージェへ、扇子で口元を隠した遊羽が首肯する。 「ぱにさんに合わせて、でもええし‥‥」 「それなら、選ぶのは遊羽のドレスが先だな」 話をしながらパニージェはドアノブに手をかけ、遊羽の為にドレスルームの扉を開けた。 「おおきに‥‥」 気恥ずかしそうに遊羽は頭を下げ、色とりどりで様々な衣装が並ぶ光景にほぅと息を吐く。 「えらいようけ‥‥やっぱり、先にぱにさんの衣装を選んだ方がええんと違う?」 「案じなくても、時間ならある」 気後れする遊羽を、そっとパニージェがエスコートした。 「それで‥‥聖夜会では、ジルベリアの礼服を着るのです?」 「ジルベリアの風習は私もよく存じませぬが、ここは必須ではないとの事です」 心なしか不思議そうな和奏に、着物姿の弓削乙矢が苦笑まじりに答える。 「メイクやヘアセットをするなら、『紫江留さん』に任せて頂戴〜。うふ♪」 きらびやかに飾られたモミの木をイメージしたドレス「キャロル」の裾をヒラヒラさせながら、村雨 紫狼が声をかけた。 「女装姿だけど、やる事は本格派よ。もっとも道具は、貸衣装屋さんに借りなきゃいけないけど。どう?」 小首を傾げて聞く紫狼だが、和奏も乙矢も共に驚きも興味もない淡々とした視線を返すのみで。 「‥‥自分はドレスを着ませんので。クローゼットを探したら、スーツなる服が出てきましたし」 「こちらも男の方に身を整える手伝いをお願いするつもりは御座いませんし、結構です。貸衣装屋でも、着付けや髪結いを用意していますから」 「それは残念ね。じゃあ他に困ってる子がいないか、探してこよっと。でも天儀の風景にクリスマスってのも、違和感あるわよねぇ」 その後も紫狼はカチューシャについた獣耳を揺らしながら、ドレスルームの近くをうろついていた。 「おい‥‥どこか、変じゃねぇか? これであってんのか?」 こっそりと小突く肘に、藤田 千歳が隣の玖雀へ目をやった。借り物のスーツが身に馴染まないのか、玖雀は襟元を緩めたり、肩を動かしたりしている。 「それを、俺に聞かれても」 困ると千歳は語尾をすぼめつつ、視線は外さず。気付いた玖雀が不安げな表情で眉根を寄せた。 「やっぱり、どこか変か? もしそうなら、遠慮なく言ってくれ」 「いや、そうではなく。玖雀殿は、背、高いですから。とても似合っていると‥‥俺は思う」 「千歳が太鼓判なら安心だな。そっちも馴染んで、似合ってるぞ」 「玖雀殿の言なら、安堵できるが‥‥」 似た返事をしている事も気づかず、千歳は胸を撫で下ろす。ジルベリア伝播の『くりすますぱーてぃ』も、修羅の彼には未知の事だらけだが。 「何事も社会勉強、だな」 どこか腹をくくった千歳に玖雀がからりと笑い、共に賑やかなフロアへ足を向けた。 「久し振りっすね。元気でやしたか?」 「うん。いやっ、はい。お陰様で‥‥」 背筋を伸ばして三枝伊之助は言い方を正し、ホールの外で待っていた以心 伝助が小さく笑う。 「てめぇ、幾らか背が伸びたんじゃね?」 成長具合に気付いたゼロを、横目でにやりと鬼灯 仄が見やった。 「そういや、そうかもな。いつか、ゼロみたいにデカくなるか」 「言っとくが。数多ヶ原の出だからって、俺みたいに伸びる訳じゃあねぇぜ」 「それはそれとして‥‥あっしと見比べながら語るのは、ちょっと」 複雑な表情の伝助が、微妙にごにょりと語調を濁す。始めて会ってから一年以上の時が過ぎ、虚勢を張って頼りなかった少年も幾らかサムライらしい雰囲気を身にまとっていた。 「津々とかはこないのか?」 「代わりに俺が。世話になった、ご挨拶も兼ねて」 「残念だな。花は多い方がよかったが」 そんな仄と伊之助の会話の一方で。 「すまね、伝。他意はなかったんだぜ」 「いえ、存じてやすけどね。言うほど、気にはしてないっすから」 神妙な顔でゼロが小声で謝り、心持ちは複雑ながら伝助は笑って返す。 「ところで‥‥『キラキラで、ぶわぁってなって、ふわふわ』なゼロが見られるのは、この会場で合ってんのか?」 「何がだっ?」 振り返ってゼロが抗議すれば有栖川 那由多はニッと笑い、桂木 汀が慌てていた。 「違うよ、那由多さんっ。そんなゼロさん‥‥怖いし!」 「てめぇも言うな!」 汀をゼロが突っつき、長屋で見慣れた光景を面白そうに那由多や仄らが眺める。 そんなジルベリア風なホールの前でのやり取りを、ちょっと離れた場所から瞳 蒼華が窺っていた。 「ぅ‥‥困りましたの‥‥」 「何が困ったって?」 「‥‥っ!?」 不意に掛けられた蒼華は思わず硬直し、恐る恐る視線を上げて声の主を辿る。 「あ‥‥」 「ああ、ごめん。驚かせた?」 驚いた相手に少しバツが悪そうな顔で五十君 晴臣が髪を掻き、急いで蒼華は首を横に振った。 「その、えぇと‥‥」 おどおどと迷う視線に、ホール前の賑わいを見た晴臣が何となく理由を察する。 「確かに、壁っぽくて入り辛いよな。一緒に行こうか」 怯えられた晴臣は気にせず手招きをし、進む背を急いで蒼華が追う。 「こんな所でデカい人達が話し込んでたら、何かと思うよ」 「あ〜‥‥気が回らず、すまなかった。お嬢さん」 晴臣に言われて気付いたスーツ姿の仄が、恭しく扉を開き。会釈をした蒼華は晴臣に続いて、足早にホールへ駆け込む。 「折角だし、汀ちゃんもドレス着てきなよ。何なら似合いそうの、一緒に選ぶとか」 「あたしもいいの?」 「開拓者だけって話じゃないと思うし、絶対可愛いって」 ドキドキと目を輝かせる汀を、那由多は笑って促し。 「伊之助さんもスーツを着てみやす? ドレスもあるみたいっすけど」 「どっ‥‥どれ、っす?」 冗談めかす伝助に、伊之助が目を白黒させた。 ●聖夜会 「神父である身としては、元々は神教会のイベントですよ‥‥と、説法を垂れたい気分ですが」 神教会の礼服カソックを纏ったエルディンが来賓の前に立ち、仰々しくこほんと咳払いをする。 「堅苦しい事は無しにしましょう。とっておきの赤ワインを樽ごとご用意しましたし、お祭りとして楽しんでいただければ。では皆さん、メリークリスマス!」 「メリークリスマスーっ!」 葡萄酒のグラスを挙げるエルディンに知る者達は唱和し、知らぬ者達も手にしたグラスを掲げて応じた。楽団が明るい曲を演奏し、思い思いに料理と歓談を楽しむ。そんな光景に神教会の神父として音頭を取ったエルディンは、じ〜んと胸を熱くした。 「わーい、ご馳走〜! これが、クリスマスに食べるものなんだ〜!」 「ジルベリアにも、いろいろお祭りがあるのは知っていましたが。クリスマスは、美味しいものなんですね」 エルディンの感慨をよそにアムルタートがはしゃぎ、和奏がしげしげとテーブルに並べられた料理を眺める。 「うん。赤くて緑で、サンタがプレゼントくれて。それから、ご馳走を食べるパーティなんだよ!」 嬉しそうなアムルタートの説明と楽しげな様子に、和奏はこっくり頷いた。 「微妙に合っている様な、間違っている様な気もしますが」 「神父様は詳しそうでやすね。ぜひ、お話を伺いたいっす」 「なん、と‥‥!?」 伝助の頼みに、目を丸くするエルディン。 「存在は知ってるんすけど、詳しくないんすよ。良い機会ですから、ちゃんと知りたいなと」 「ええっ。じっくりしっかりきっかり、お教え致しましょう!」 「それは有難いっすけど‥‥手は、離してもらえると」 がっちり両手を握って『捕獲』された伝助は、キラキラとした笑みに少しだけ怯んだ。 「お待たせしました。特製の鶏の丸焼きに、円秀さんが腕によりをかけた七面鳥の蒸し焼きです」 「こっちは蒼司さんお手製のサンタクロースのケーキ。それから、大きなもふらさまの苺ケーキもあるわよ」 もっぱら給仕に回る真夢紀と月与が、ご馳走のテーブルへ華を加えた。 もふらさまのケーキは白いクリームで彩られ、赤いたてがみは食紅、目や口はチョコレートで表現している。泡立てを頑張った男二人によって、生クリームはもふもふふわふわとした曲線を描いていた。 「わぁ! 綺麗で可愛いくて、凄い美味しそう‥‥!」 キラキラと目を輝かせる汀に、那由多がくすくす笑い。 「どこから食べるか迷いますよ。ちょっとずつ食べられるもふらの姿を見ると、しのびない」 エルディンは嘆きながらも、しっかりフォークを握っている。 「美味いモンを、いつも有難うな」 礼を言うゼロに、笑って月与は頭を振った。 「ケーキはリーディアさんも頑張ったからね。よかったわね、リーディアさん」 「はい、ありがとうございます」 片目を瞑る月与に、リーディアはえへりと照れる。 「そうだ。大したモンでもねぇが‥‥礼に」 ポケットを探ったゼロが、真夢紀と月与へ小ぶりの包みを手渡した。 「有難う御座います。デザートには泰国の「めろぉん」や、西瓜もありますから」 「ツリー飾りの生姜クッキーは、まゆちゃんが作ったのよ」 にっこりと真夢紀は笑み、アムルタートやケロリーナ達が飾った煌びやかなツリーを月与が見やる。 「その、くるしめますぱーてぃってのも妙な名前だが、要は飲んで食えるジルベリア式の宴会だろ? ケーキは器用に作ったもんだと思うが、甘ったる過ぎて口に合わないしなぁ」 テーブルを一瞥した蒼牙が、持参した酒を飲む。 「で、ゼロは呑んでるかぁ? リーディアもひらっひらしてる着物で、寒くないのかねぇ?」 「大丈夫みたいだが」 苦笑しながら、ゼロは料理を口へ運ぶ。 「ひと段楽したら、月与も飲むか」 「真夢紀はジュースか、甘酒かしらね?」 杯を手に劫光が二人へ声をかけ、アグネスも真夢紀の飲み物を選んだ。 「お、来てたな劫光。飲んでるか‥‥って、随分とサマになってるなぁ」 スーツ姿の劫光を見かけた玖雀が、声をかける。 「見立ててもらったものだがな。そっちも似合ってるんじゃないか」 ちらとアグネスへ目をやった劫光は、改めて玖雀の服装をまじまじと見た。 「そうか? どうにも落ち着かないが‥‥それより、やっぱこれだろ? 付き合えよ」 ニッと笑った玖雀は、持参した天儀酒を披露する。 「よし、一献やるか。そっちの連れも飲むか?」 「千歳なら、茶がいいそうだ」 勧める劫光に応じつつ、先に玖雀は千歳の茶を用意した。 「玖雀殿はマメだな‥‥手慣れているというか」 「主婦とか言うなよっ!?」 「藤田と玖雀も来てたんだ」 感心しきりな千歳に狼狽する玖雀へ晴臣が声をかけ、彼の後ろで蒼華がおどおどと頭を下げた。 「二人とも似合ってるなぁ。滅多に着ない服だから私も着てみたけど、似合うかな‥‥蒼華はどう思う?」 「え? あ、はい‥‥似合って、ますの」 訊ねる晴臣に、小さく蒼華は青い髪を揺らし。 「あら、可愛いお嬢さんね♪」 吟遊詩人だった身としては気になったのか、楽器と楽譜「精霊賛歌」を抱えた少女にアグネスが笑む。 「はう‥‥初めまして、ですの」 気後れしていた蒼華は一礼し、彼女の傍らで硬直気味に椅子に座る長い銀髪の人物に気付いた。白銀のロングドレスに身を包み、手袋と靴も揃えて。 「ふふ、美人でしょ。雪巳には似合うと思っていたのよね」 「でもアグネスさん‥‥これ、女性の衣装では‥‥?」 「うん、凄い綺麗よ」 いい笑顔で褒められた雪巳は、頬を赤らめる。 「男の、人‥‥」 「似合う方は‥‥似合うものか‥‥」 驚き戸惑う千歳につられ、言葉が出ぬまま蒼華も首を縦に振った。 「劫光は黒のスーツと、シャツは赤‥‥が、似合いそうだったんだけどね」 「そんな組み合わせを考えていたのか」 「冗談よ。でも、カフスに赤は入れたけど」 見立ての『裏話』に苦笑する劫光へ、片目を瞑るアグネス。そんな彼女も何故かスーツ姿だったりするが。 「赤、か」 「衣装に対する婦人方の発想は、驚かされるな」 ぽつと玖雀が呟き、気を落ち着かせるように千歳は茶を含む。 「せっかくだから、皆で演奏するのもいいわね。でも、今は‥‥」 楽をたしなむ者達に嬉しそうなアグネスが、すぃと手をリーディアへ伸ばした。 「私と踊って頂けますか?」 「あら、いいんですか?」 誘われたリーディアは楽しげに手を重ね、「手本にする」と見送るゼロが食材を盛ったパンを齧った。 「美味いな、これ」 「‥‥よかった」 自分の料理が口に合うか、少し気にかけていた貴臣が安堵する。 「心配せずとも、貴臣の料理は美味いからな。ゼロは久し振りになるか」 「お? てめぇもツレと来てたのか。元気そうで何よりだぜ」 何度か依頼で顔を合わせた蒼司に、ゼロが破顔する。 「ああ。こっちは従弟の貴臣だ」 「蒼ちゃんの友達? よろしくね」 蒼司に紹介され、貴臣は会釈をした。 「応よ。依頼で蒼司の世話になった、ゼロってモンだ。美味い料理、ありがとな」 「蒼ちゃんのケーキも美味しいから、いっぱい食べてよ」 ゼロに告げてから、蒼司は小さく黒いスーツの袖を引く。 「蒼ちゃん、ダンスに加わってみる?」 「ダンスか‥‥舞ならば、得意なのだが」 「きっと、すぐ踊れるようになると思うけど。僕も、見様見真似で頑張ってみるから」 そこまで貴臣が言うならと、誘われた蒼司は共に席を立ち。 「‥‥蒼ちゃんくらい背が高くて格好良いと、何でも似合うんだろうけどなぁ」 「お前だって、似合ってるがな」 言葉を交わしながら、二人は演奏と踊りの輪に混ざった。 ●廻る輪環 「クリスマス、か‥‥」 もう縁のない事だと思っていたパニージェは、葡萄酒を片手に複雑な表情で華やかなホールを眺める。 白シャツの上に着た黒いスーツの胸元へ、すぃと細い指が伸び。 「ほら、ぱにさんこれ‥‥♪」 ポケットへ、傍らの遊羽が一輪の菫を飾った。 「‥‥姫?」 「ぱにさんと、お揃いや」 照れて微笑む遊羽の衣装‥‥露出が少ない薄桃のドレスの胸元には、同じ紫の菫の胸飾りを挿している。まさかと思った、出来事。向けられた大事な人の微笑みに、どうするべきか、どうしたいのかとパニージェがずっと自分の胸に問うていた。 「ぱにさん、苺やでほら‥‥珍しいなぁ♪」 生クリームと苺で模したサンタに、遊羽がはしゃぎ。その苺をパニージェがひょいと摘んで、遊羽の口元へ持って行ってやる。 「ほら」 「むぐ‥‥っ、ん、ぱにさん‥‥っ!?」 差し出された苺を、反射的に遊羽はぱくりと食べ。もぐもぐと口を動かして頷いた顔が、真っ赤に染まった。 「美味いか?」 こっくりと頷く相手に、パニージェは目を細める。 「あの、ぱにさんは‥‥」 ――迷惑やなかったやろか‥な? 「ん?」 返される言葉に、出掛かった言葉を遊羽は飲み込み。 「贈り物、後で受け取ってくれはるやろか? 中身は、まだ秘密や♪」 「なら、楽しみにしておこう」 帰ったら自分も‥‥と準備を考えながらパニージェは葡萄酒のグラスを傾け、楽団に変わって演奏する者と踊る人の輪を眺めた。 蒼華が月のフルート、アグネスはフロストフルート、そして雪巳もセイレーンハープを爪弾いての和やかな一曲が拍手のうちに終わり。踊っていた者達はパートナーを変え、あるいは休憩して料理を楽しむ。 「エルディンさん、ありがと! 今度は円秀さん、一緒に踊ろ〜♪ いいかな?」 もふもふしたバラージドレス「もふら」を翻してエルディンと楽しげに踊っていたアムルタートが、休む間もなく今度は円秀へ声をかけ。 「勿論ですよ。楽しめる事は全部、楽しまないと」 快く、円秀はアムルタートへ手を差し出した。 「そうだよね。せっかくのパーティだもん! 楽しまなきゃね〜♪」 くるくると楽しげに、アムルタートは円秀の手を引いて回り。 「お嬢さん‥‥ではなく、お兄さん? 一緒に踊りませんか?」 「私、ですか?」 エルディンに雪巳は手を引かれ、戸惑ったまま踊りの輪に混ざる。 「ふぇ‥‥」 「小さな淑女は『おねむ』の時間か」 目をこするケロリーナに、踊りの場から戻った仄が気遣った。 「サンタさんきてくれるから、けろりーなはよい子にしておやすみなさいするですの〜♪」 「それもジルベリアの風習ですか」 「らしい。にしても、そっちはマイペースだなぁ」 感心する乙矢に、一日『紳士』で通していた仄が苦笑する。 「少しは動揺するとか、合わせてくれりゃあいいものを」 「それは申し訳なく。不器用なもので‥‥」 「分かってたがな。さて、俺は眠そうな淑女をエスコートするか」 葡萄酒のグラスを傾けてから、仄は眠そうなケロリーナを休憩部屋へ連れて行った。 「そうですね‥‥良い子にはお土産、だそうですから。汀さんとサラちゃんに、私からも贈り物を」 雪巳が髪へ星屑のヘアピンを飾れば、二人は互いに顔を見合わせ。 「‥‥」 「可愛いね。雪巳さん、ありがとう!」 照れた感じのサラと汀の肩を崎倉 禅が突っつき、何やら耳打ちして相談する。それから雪巳の前へ戻ってくると、一緒に小さな蝋燭を差し出した。 「大そうな物でもないが」 「いえ、嬉しいです。ありがとうサラちゃん、汀さん」 しゃがんで頭を撫で、雪巳はお返しを受け取る。 「楽しんでるみたいだね、汀ちゃん。飾ってもらったし、踊ってみる? 教えてあげるから」 ワインを置いた奏が汀の手を取り、ダンスの輪へ誘った。 (いこくの文化、音楽のちしき。せっかく、です‥‥みなさんに、ダンス、知ってほしい) そんな願いを込めながら蒼華は軽やかな曲をのびのびと奏で、晴臣は指先で拍を取る‥‥さながら、妹の晴れ舞台を見守る兄の目で。 「よう、赤いサンタクロースさん。俺、今年いい子にしてたろ?」 「いい子、なぁ。ナンもねぇが‥‥」 てしてしと那由多からちょっかいをかけられたゼロは、探った末に琥珀の勾玉を友人の手の平へ落とした。予想外だったか、那由多は目を瞬かせ。 「じゃあ‥‥俺からも後で土産やる。ゼロも、一年“いい子”に頑張ってたから、さ。正月には餅焼いて食おうぜ、お前ん家で!」 七輪があったなぁとか考えながら、意味深な笑みを返す。 「天見家の方々への、いい土産話になるといいっすね」 「でも、何から話すか悩むよ」 幾らか肩の力が抜けた伊之助に伝助は笑い、過ぎない程度に酒を舐めた。 「ふふっ、楽しかったわね‥‥異国の祭で、色んな儀の皆が笑い合える。今後もっと世界が広がっていっても、こういう風にあれると良いなって思うわ」 一頻り踊ったアグネスは結い上げた黒髪に小さな宝冠を飾り、ローブデコルテ「白雪」を纏っている。 「たまには優雅に乾杯も、イイでしょ?」 「そうだな。俺もたまには‥‥ダンスに誘っていいか? 見様見真似になるが、折角こんな格好にしたしな」 驚き顔の相手へ劫光は手を差し出し、ふっと目を伏せたアグネスが手を重ねる。 「いいわよ。たまには、付き合うわ」 「相手が俺でよければ‥‥一曲、踊ってみる?」 「うん!」 奏と踊って戻った汀を那由多が誘い、微笑ましく見送ったリーディアがちらとゼロを見る。 「ゼロさん‥‥お願いがあるのです。一緒に、踊ってくれますか?」 傍らの夫は彼女の頼みで、見立てた衣装――黒系の太い縦縞スーツにベスト、黒の靴。赤のポケットチーフ、首には同じ色のアスコットタイを付けていた。一方のリーディアはピンクベージュの縦縞柄ハイウエストAラインドレスに、コサージュ付きパンプス。それに白の首飾りとピアスを飾り、髪はふんわりさせて耳下で一つ結びにし。 「いいぜ。それから、メリークリスマスだ」 頷いたゼロは、翼の形にまとめた白い羽飾りを妻の胸に飾った。 「ゼロさん‥‥メリークリスマス、です♪」 「ん。見てたら、踊りは摺り足で何とかなりそうだが‥‥踏んだらすまね」 「いいですよ」 ドキドキしながらリーディアはゼロの腕に手をかけ、寄り添う二人も終わりも近いダンスの輪へ加わった。 |