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■オープニング本文 ●武天、佐和野村 「もう、秋も終わり口かのう」 すっかり高くなった秋の空を仰ぎ、縁側で茶を飲んでいた小斉(こさい)老人がしみじみと呟いた。 「あとひと月と半分もすれば、今年も終わるからな」 庭で薪割りに精を出していた崎倉 禅(さきくら・ぜん)は手を止め、胸をそらすと額の汗を手拭いで拭う。 「庵の冬支度は、村の者達が手伝ってくれているのか?」 「うむ。不肖の弟子は、アテにならんからのう」 さらりと言われた皮肉に崎倉は渋い笑い顔を返し、斧を握り直した。 ガツンッと薪を割る音に、ぴーぴーと下手な笛の音が混ざる。小斉老人が目を細めてみれば、崎倉が連れている金髪碧眼の少女サラは開拓者に貰った横笛を玩具の様に吹いていた。もふもふしていても寒いのか、いつも傍にいる藍一色の仔もふらさまが少女にもっふりとくっついている。 「相変わらずの、下手じゃのう」 「まぁ、俺に似て不器用だからな」 下手な笛もまた一興と微笑ましげに見守る小斉老人に、薪割りを続けながら崎倉が返す。もっとも、見た目から崎倉とサラの間に血の繋がりなど窺えないが。 「そういえば、いつの間にか山もすっかり錦模様‥‥だな」 「お主らがアヤカシ相手に刀を振り回している間にも、季節はちゃあんと巡っておるからの」 そしてまた、小斉老人は茶を口へ運ぶ。 何の変哲もない、のんびりとした平和な秋の空に。 「わーい、崎倉さーんっ!!」 賑やかというか、むしろ騒々しい声が響いた。 ●紅葉狩りへ 佐和野村は、武天の片田舎にある小さな農村だ。 山の裾野に広がる田畑の真ん中に、村人の住む家々が身を寄せ合っている。そこから少し離れた位置に、小斉老人が庵を構えていた。数年前、連れ合いに先立たれた老翁は、ここで妻の墓を守りつつ隠居している。 弟子であった崎倉が『ご機嫌伺い』を兼ねて立ち寄る以外にも、村の祭りなどの折々に開拓者達が遊びに顔を出していた。 「で、今日は揃って、紅葉狩りに来たのか」 「ちょっと落ち着いたと思ったら、汀が紅葉狩りに行きたいって騒ぎ出してよ。崎倉がこっちに来てるからって、わざわざ出向くとか、なぁ」 面倒そうに頬を膨らませるゼロの背中を、べしばしと桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)が叩く。 「だって、どうせなら皆で賑やかにしたいもんっ」 ゼロや崎倉が暮らす開拓者長屋へ頻繁に顔を出す絵描きは、志体がなく、開拓者でもない。 裏表もなく賑やか好きな普通の少女なのだが、その行動力と強引さと勢いには腕利きの開拓者であるゼロでも押し負けていた‥‥もっとも、ゼロ自身が女子供には滅法甘いという面もあるが。 「今のところ村の近辺では、アヤカシが出たという話もない。とはいえ、お前さん達が山歩きをして紅葉狩りなどすれば、開拓者が見て回ったと村の者達も安心するからの。存分に遊び、宿などは庵に泊まっていくが良かろう。狭いあばら家じゃが、遠慮せずにの」 「えへへ。小斉のおじいさん、ありがとー!」 小斉老人の気遣いに、満面の笑みで汀がぺこりと頭を下げる。 村を見下ろす山々は色とりどりの紅葉に覆われ、秋風にざわざわと揺れていた。 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 有栖川 那由多(ia0923) / 紫焔 遊羽(ia1017) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / キース・グレイン(ia1248) / 七神蒼牙(ia1430) / 皇 りょう(ia1673) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 和奏(ia8807) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / アグネス・ユーリ(ib0058) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / ケロリーナ(ib2037) / テーゼ・アーデンハイト(ib2078) / 禾室(ib3232) / パニージェ(ib6627) / フィアールカ(ib7742) |
■リプレイ本文 ●秋色好天 庵の庭先では、二人の少女が天を仰いでいた。 しばし佇む二人はやがて目を開き、緑の瞳で視線を交わす。 「本日は良い秋晴れじゃ!」 「うん、きっと大丈夫」 嬉しげな禾室に佐伯 柚李葉も微笑し、澄んだ秋空へ手をかざした。 「くぅ‥‥紅葉を鹿とか適当に本当の事を言ったら、本気で狩る羽目になるとは!」 「えぇと、『口は災いの元』でしたっけ?」 「い、言いえて妙過ぎるっ」 只木 岑が例えれば、テーゼ・アーデンハイトはがくりと肩を落とす。鹿を狩る為に、二人の弓術師は山へ入る準備を整えていた。 「他にも『自業自得』や『墓穴を掘る』など各種取り揃えているが、お好みはあるかな?」 強張ったテーゼが勢いよく頭を振り、追い討ちをかけたからすはにこりと笑む。 「冗談は置いて、私も狩りを手伝おう」 「いいんですか?」 目を丸くして聞き返す岑へ、からすは首肯した。 「折角の機会、紅葉狩りに食の彩りを添えるのも悪くない」 「はい。理穴の森の狩人としても、燃えます!」 弓術師が増え、嬉しそうな岑が気合を入れる。 発端は『紅葉狩り』を知らぬケロリーナに、テーゼが「鹿狩りの事だ」と担いだ事。ほんの戯れを少女は本気で信じた上。 「真っ赤な紅葉見ながら、鹿鍋つついて一杯‥‥うん、最高」 傍らで聞いていたアグネス・ユーリが、ナニヤラ拳をぐぐっと握り。 「ってことで。鹿、期待してる♪」 有無を言わさず託された‥‥しかも、思いっきり満面の笑みで。 「女の子達の期待には、応えにゃなるめぇ。必ずや鹿を! もしくは猪を!」 「はい、テーゼさん!」 『あまよみ』では天気が崩れる心配もなく、弓術師達は一足先に山へ出発した。 「それで、狩りに‥‥」 話を聞いた礼野 真夢紀が、ぽむと手を打つ。 「うん。無事に鹿とか、捕まえられるといいけど‥‥寒くなってきているし、ほくほくと美味しい物をつまみながらって素敵だね」 話を伝えた十野間 月与は、焼き芋用のさつま芋を編み籠へ入れた。 「みんな和気藹藹で、紅葉狩りとお鍋かぁ〜」 和ましい光景を月与は想像し、真夢紀が器を用意する。 「泊まりに備えて、夜と明日の朝の御飯も準備しておきます?」 「夕方まで、飲んで騒ぐかもしれないけどね」 「そうでした‥‥軽く食べられる方が、いいでしょうか」 二人はあれこれと相談しながら準備をし、そんな台所での会話に琥龍 蒼羅が思案した。 「鹿狩りか。ならば、こちらは野兎でも狩って‥‥」 「ね。山で、野兎さんやリスさんに会えるかな」 手裏剣「鶴」を確かめた蒼羅だが、楽しげな柚乃に気付いて手を止める。 「そうですね。冬篭りの準備に餌を探して回っているでしょうから」 柔らかく笑むヘラルディアに、柚乃が瞳を輝かせた。 「会えるといいな。冬篭りに入ってしまえば、春まで会えなくなるのでっ」 「では、途中で餌のドングリなどを拾われては?」 「うんっ。あ、神楽でお留守番している八曜丸へのお土産も、見つけられるかな‥‥」 ヘラルディアの助言に柚乃の声が弾み、目を伏せた蒼羅はそっと手裏剣を仕舞う。 「しかし‥‥特に何かしようと考えて来たわけではないから、困ったな」 「我が家の如く寛げといわれても、慣れぬ場所では致し方ないのう」 準備をする者達の姿に落ち着かなさを覚えていた皇 りょうは、飄々とした庵の主――小斉老人へ会釈をした。 「精霊の御声が聞こえなくなる前に、自然の中に身を置こうと参加させて頂いた。宜しくお願い致す」 「これは御丁寧に。慣れぬを楽しむも一興じゃが、休め方はお主次第。ゆるりとされるのがよかろう」 「おでかけ、まだ‥‥?」 身の丈に合わぬ大きなケープを羽織った小柄な少女が、困った顔で小斉老人に小さく訊ねる。 「そろそろではないかの」 「師匠、そろそろ出かけて参ります」 庭先より告げる崎倉 禅に、「ふむ」と答えて老人は二人を見やり。 「だそうじゃ。楽しんでくるのじゃよ」 「では、お言葉に甘えて」 一礼するりょうに続いて、フィアールカもこっくり頷いた。 ●山野の彩り 「もみじ狩り〜♪ もみじ狩り〜♪ けろりーなは、初めてのもみじ狩りですの〜♪」 「街中じゃあないんだ。浮かれて、はぐれないようにな」 劫光は山への道を歩きながら、わくわくとツーテールを踊らせるケロリーナへ釘を差した。 「えへへ〜。劫光おじさま、もみじ狩りは鹿さんをとって、お鍋にして楽しむですのね!?」 「まだ、誤解したままだったか」 軽い頭痛を覚える劫光へ、小首を傾げるケロリーナ。 「違う、ですの?」 「この国じゃ草花を鑑賞するのも、『狩る』って言うんだ。歩いて紅葉を見て回るのを、紅葉狩りって言うのさ」 「ふぇぇ‥‥」 いい機会だと劫光が本当の意味を教えれば、感心と戸惑いが混じったような表情をケロリーナは返した。 「行ってみればわかるさ。それにしてもまた、あまり代わり映えのしない事だ」 「あら、見飽きたのかしら?」 気付いたアグネスが挑戦的な笑みで訊ね、緩やかに劫光は首を横に振る。 「いいや。見知った面子で、安心する」 「紅葉狩りか‥‥勘違いしてるのもいたが、楽しけりゃ良いか。勘違い自体も劫光が訂正してくれたようだしな」 説明の手間が省けたと、七神蒼牙は山に広がる錦に顔を上げた。 「心行くまで、紅葉を見れるんだからな」 「紅葉じゃあなく、紅葉を見ながら飲む酒が?」 後ろを歩くゼロが苦笑まじりに聞き、肩越しに蒼牙は指を振る。 「言っとくがな。紅葉、ことに楓の紅葉に関しては、少しばかりこだわりがあるんだぜ」 「わぁ、藁の束があんなに沢山‥‥ゼロさんが体を張って、泥の山になったお陰でしょうか?」 傍らのリーディアがゼロの袖をくぃと引き、山と反対側に広がる田んぼで伏せられて並ぶワラ束を指差した。 「今年も、よいお米になってるといいですねっ♪」 「だといいが。豊作だったようだからな」 にこやかに見上げるリーディアへゼロが答え、ぽむりとヴェール越しに頭を撫でる。 「泥祭以来か‥‥ここに来ると、泥まみれになってた誰かさんをつい思い出しちゃうね」 やはり初夏の事を思い返しながら、静雪・奏は賑やかな者達に続いていた。 「汀ちゃんはこの辺り詳しいかい? 良かったら、案内してくれないかな」 「へ? あたし、全然知らないよ?」 奏が声をかけると桂木 汀は目を丸くして、力いっぱい頭を振った。 「そうだっけ」 「だって神楽近辺から遠くへ行った事なんて、ほとんどないもん!」 「そこは、胸を張って威張るところなの?」 呆れた風に胡蝶が指摘し、久し振りの空気に弓削乙矢が顔を綻ばせた。 「それで、何かあればゼロにいつも「連れて行け」って頼んでるのか」 開拓者長屋ではすっかりお馴染みの光景をキース・グレインが思い返せば、心当たりがあるのか有栖川 那由多もくすりと笑う。 「賑やかだからね、汀ちゃん。ゼロは言わずもがな‥‥だし」 「う‥‥もしかして、うるさいとか思ってる?」 こっそり小声で聞く汀に、キースは那由多と顔を見合せた。 「元気があって、いいんじゃないか」 「うん。楽しそうだし」 「よかった! でも皆、面白そうでずるいもんっ」 ほっとしてから、今度は頬を膨らませる汀。ころころ変わる表情に、先を歩くゼロが振り返り。 「てめぇ、相変わらずガキみてぇだよな」 「ゼロさんは大人げないじゃないー!」 両手をぶんぶん振って抗議する汀の背中へ、ふと奏が問いかける。 「紅葉狩りでは絵を描くのかい? 絵描きさんには、またとない舞台だろうし」 「ううん、ここでは描かないよ? 時間、忘れちゃうし‥‥見た風景そのままじゃなく、感じた風景を描いた方がいいって教わったから」 「そうなんだ」 「それに、ご馳走もなくなりそうだし!」 「花より団子って言葉が良くわかる光景ね‥‥」 嘆息する胡蝶をサラが見上げ、崎倉はからから笑った。 「里山だから山菜取や狩りに出るの村人達が使う道はあるが、あまり離れないようにな」 開けた場所で足を止めた崎倉は、念のためにと説明する。 「‥‥蛍の沢、行ってみる? 紅葉、綺麗だってよ」 「ホント?」 「うん。途中で栗とか拾ったりして、さ」 那由多の誘いに汀が興味を示し、気ままな散策を考えていたキースや蒼羅も思案した。 「噂の沢か。折角だから、見に行ってみようかな‥‥そこから、沢伝いに少し山を登ってみるか」 「ああ。川を流れる紅葉の葉を見るのも、良さそうだ」 そして一行は思い思いに散り、和奏だけが一人その場に残る。 「えっと‥‥」 日なたでしばし佇んだ彼は辺りを見回し、飛び石を渡るように日の当たる場所を辿り始めた。 「皆、楽しみやったんやろか。紅葉狩りの前から賑やかで」 道程の折々に耳へ入ってきていた会話を思い出し、扇子で口元を隠した紫焔 遊羽がくすくすと笑う。 そんな彼女へ、傍らから無骨で大きな手が差し出された。 「ほら、行くぞ」 いざなうパニージェに口元を隠したまま遊羽は僅かに逡巡し、手の平の端へ控え目に細い指をかける。 そのまま、二人は並んで幾重にも重ねられた落葉の絨毯を踏んだ。 顔を上げれば、陽光を透かして錦の天蓋が頭上に広がり。 「見事な紅葉やね‥‥」 「上ばかり見るのもいいが‥‥足元に気を付けて、姫」 「姫とか、言わんの‥‥もう!」 紫の瞳で見上げて遊羽が訴えれば、くっくとパニージェは低く笑う。 降り注ぐ陽光と紅葉が織り成す陰影の下、淡い朱に染まる頬もまた紅葉のようだと思いながら。 ●錦の下で 「ゼロどの、肩を貸して欲しいのじゃ!」 狸尻尾を揺らし、ぴょんこぴょんこと禾室が跳ねた。何事かとゼロが身を屈めれば、何やら禾室は耳打ちをし。 「仕方ねぇな。頭、打つなよ?」 にしゃりと笑ったゼロが、軽々と小柄な身体を抱え上げる。 「わあぁっ? 高いのじゃーっ!!」 「ふふっ。ゼロさん、背が高いですからね」 肩車をされてはしゃぐ禾室をリーディアが仰ぎ、微笑んだ。 「うむ。でっかいから、皆が小さく見えるのじゃ」 「何だか‥‥そうしてると、親子みたいだな」 「いつになるか分からねぇが、子が出来たら守り役とか押し付けてやるからな」 陽光のせいか見やる那由多は目を細め、けらけらとゼロも笑い飛ばす。 「酒の事なら、いつでも教えてやるぞ」 からかう蒼牙に、脇で聞く劫光が苦笑した。 「幾つから飲ませる気だ。でも、あの長屋で育つとなると‥‥先が大変そうだな」 「そうね。悪い遊びを教えるのが、多そうで」 ぽつと呟いた胡蝶は肩に掛けたマフラーを外し、きょとりと見るサラへかけてやる。 「昼間でも、日陰に入ると空気が違ってきたわね」 「はい。温かそうですね」 和む表情で乙矢が見守り、マフラーを整えた胡蝶は少し寂しくなった肩を払った。 「そっちはどう? 乙矢の事だから、自宅と仕事場の往復の毎日とかじゃないの?」 「参りました‥‥胡蝶には、隠し事も出来ませんか」 「分かり易過ぎるのよ。乙矢は」 観念する乙矢へ、つぃと顎を上げる胡蝶。 「でも、元気そうならいいわ。それにしても、天儀だと紅葉は歌や絵の題材に良く使われるらしいけど‥‥納得ね」 「はい。美しいものですね」 短く気遣ってから辺りを見る胡蝶に乙矢は頷き、倣って紅葉を見る。 「でも上ばかり見てないで、栗のイガを見つけたら教えなさいよ」 思い出したように、胡蝶が一言を付け加えた。 「木々が秋の色に染まって、綺麗‥‥あ、苔桃が」 「こっちには、イチジクがありましたの〜」 柚李葉やケロリーナが、見つけた山の幸を小さな手提げ籠に入れる。 「何を、もって行こうかな。ジルベリアの森に無いのが良いな」 周囲の彩りに、フィアールカはきょろきょろしていた。 「赤い葉っぱ、黄色い葉っぱ‥‥つやつやな栗は、いつかお菓子を作ってくれるかな」 名前も知らぬ赤い実に、不思議な形の木の葉っぱ。紫の瞳には綺麗なものがいっぱいに映り、どれをお土産にしようか迷ってしまう。 「何だか、宝探しでもしているみたいだね」 長閑な光景に奏はひらと落ちる葉を手に取り、そこへ柚乃が小首を傾げて聞いた。 「これって‥‥松茸?」 柚乃は茶色の茸が入った籠を差し出し、一目見ただけで奏は首を横に振る。 「残念だけど違うね。アカマツや他の松林も見当たらないから」 「じゃあ、お土産どうしよう‥‥」 「食べる物をお土産にしたいなら、秋の恵みはどれも美味しいと思うよ」 悩む柚乃に奏が助言し、手にした紅葉へ視線を落とした。 「今年も、もうすぐ終わりだね」 それから空を仰げば、まだ沢山の紅葉が枝についている。 「紅葉が落ちきれば、冬になる。しばらくすればこの紅模様も白く塗り変わるんだろう。それが終われば春になり、また夏が巡ってくる。変わり続ける風景だけど、だからこそ変わらない‥‥」 人も同じかな‥‥と、紅葉狩りに興じる者達の姿にぽつと奏は呟いた。 紅葉狩りと秋の味覚集めで賑やかな一方、思いにふけりながら散策をする者達もいた。 「以前にベニマンサクという木の紅葉をみせていただきましたが、普通に紅葉も綺麗ですね」 「はい、美しい情景です。目まぐるしく変わる季節の中、ほんのりと山が紅く彩る秋が深まった頃合で‥‥」 のんびり紅葉を集める和奏が振り返れば、細い指を組んだヘラルディアは軽く会釈をした。 「世間の情勢も変わりつつある中で、年を経ても同じ季節に同じ光景が見られるのは安心できるものでしょうが。だとしても、受け取る側にしてみれば‥‥自身の立場やその変化により、微妙に感じ方も違ってくるのでしょうね」 「そう、なのですか」 不思議そうな和奏の様子にヘラルディアは少し赤くなり、組んだ指をきゅっと握った。 「その、わたくし自身に変化があった為かもしれませんが。心の余裕、とでも言うか‥‥心身共に頼れる方が出来た事で、ある意味発散と甘えをねだられるが故でしょうか。さすれば、こういう日々が続いて行くのが宜しいですね。独り言を聞いて下さり、有難うございます」 改めて礼を言う彼女へ、和奏が手にした数枚の落葉を見せる。 「良ければ‥‥葉っば探し、しません? イチバン綺麗な葉っぱを一枚、押し花にしようと‥‥思ったんですが。目移りして、大変で」 「確かにいずれも綺麗ですから‥‥そうして風情を味わうのも、いいものですね」 誘いにヘラルディアは指を解き、そっと紅葉へ手を伸ばした。 「それにしても‥‥どうにも、修羅道にのめり込み過ぎていたようだ」 手頃な切り株に腰掛け、遠くのせせらぎを聞きながら、木々の彩りを前にりょうは大きくほぅと息を吐く。相も変わらず、戦に明け暮れ‥‥季節の流れを思い出したのは、僅かに気を緩めた時に吹きぬけた風の寒さのせいだ。 「心が逸れば、戦場での判断も鈍る。取り返しのつかない事になる前に、な」 自身を戒めるよう、小さく言葉にした。 耳を傾ければ、川音以外に葉擦れ落ち葉を踏む音や、楽しげな声が聞こえてくる。 緩やかに流れる音と風景に、しばし時を忘れ。ふと草木の香りに紛れ、なにやら腹に堪える匂いに気付く。 「‥‥平和とは、こういう事を言うのだろうか」 この時が一瞬でも長く続くよう、より一層励まねば。そう心構えを新たにしながら、何処からか漂ってくる美味しそうな匂いが気になって。 「今は、この匂いの元を‥‥」 おもむろにりょうは立ち上がり、気になる匂いを辿り始めた。 ●いずれの秋も 「美味しい物が、いろいろ出来上がりましたよ〜っ」 蛍の沢に近い場所で、両手を口元に当てた真夢紀が呼びかける。 「鍋は味噌仕立てと醤油仕立てに、甘辛風味。一番の功労者さん達に、まず食べてもらわないとね。お腹、減ったでしょ?」 味の好みを聞くと、笑顔で月与が三人の弓術師へ湯気の立つ椀を差し出した。 「焼き芋もあるし、炊き立てご飯もあるわよ。焼き物は少し待ってて」 「楽しみだなぁ」 「頑張った甲斐がありましたね」 遠慮なくテーゼが椀を受け取り、温かい料理に岑も顔を綻ばせる。 「肉はある程度さばいてくれているから、助かるよ」 「食べず使わぬ残りは、山に還さなくてはね。命の糧に感謝を」 焚き火にかけた鉄瓶の傍らで茶の用意をするからすが、僅かに瞑目した。 「狩りは上手くいったようだな」 「紅葉の下で紅葉鍋ですの〜。けろりーなも胡桃やイチジクや、いろいろ採ってきたですの♪」 狩りから戻った者達へキースが声をかけ、ケロリーナは山の幸を集めた籠を披露する。 「わぁ、ご馳走じゃない。ありがと!」 『お土産』に目を輝かせたアグネスも片目を瞑り、乙矢は徳利を手に取った。 「お疲れさまでした。流石、お見事ですね‥‥あの、一献いかがです?」 「頂きます、ありがとうございますっ」 「いやー、ありがとう! そーいや乙矢さん、修業の調子は?」 慌てて居住まいを正した岑が酌を受け、テーゼが小首を傾げて聞く。 「それは、ゆるゆると。何分にも、一朝一夕になるものでもございませんから」 「少しくらい、肩の力を抜きなさいよ?」 言い含めながら、胡蝶が盛り付けた栗ご飯を置いた。 「美味しそうですね‥‥いただきます!」 「村のご婦人方に教わったのよ。指導、厳しかったわ」 「胡蝶は、本当に器用ですよね」 胡蝶と乙矢のやり取りを聞きながら、岑は栗ご飯を口へ運ぶ。 「美味いです! あ、鍋も食べて下さいね。いいお味に仕上げていただいたので」 「何も取れなかったら、栗を拾って‥‥とか思ったけど、ほっとしたよ」 勧める岑にテーゼが神妙な顔をし、静かにからすも箸を動かしていた。 「二人とも良い腕だったよ」 「是非にも、皆様の話をお聞かせ下さい」 「えぇと、まず沢で足跡を探して。そこから木の実なんかを食べた痕跡を辿って‥‥」 弓術師達の狩りの次第を、乙矢は楽しそうに聞く。 「そうだ。ちょっと遅くなったんですけど、誕生日、おめでとうです。鹿狩りのついでに、取ってきただけ‥‥ですけど」 話の折に、紅葉の小枝を岑が乙矢へ手渡した。 「いえ‥‥只木殿のお気遣い、有難く。ぜひ、飾らせて頂きます」 枝を手に目を細め、乙矢は丁寧に一礼する。 「紅葉鍋‥‥紅葉の葉のお鍋では、なかったのですね」 「紅葉の天ぷらなら、あるけどな」 野菜や茸たっぷりの鹿鍋をリーディアは凝視し、ゼロが補足した。 「でも、紅葉を見ながらお鍋‥‥いいですねぇ♪ 赤に黄色、山が綺麗に色付いてます‥‥自然って、凄いですね」 「ジルベリアの森だって、紅葉はするだろ」 「でも、あっという間に冬ですよ。ゼロさん、いつも色んなものを見せてくれて、ありがとうございますね。二年目も、よろしくお願いします」 深々とお辞儀をし、リーディアは極辛純米酒で酌をする。 「これ‥‥私も一口、飲んでみようかしら‥‥」 「試してみるか?」 ゼロから杯を渡されたリーディアは、意を決して口をつけ。 「っ! 辛っ‥‥、強っ‥‥!」 一口だけで口元を押さえ、じんわりと涙を浮かべた。 「わ、私にはまだ早いようです‥‥」 「それなら、代わりにっと」 ふるふる首を振るリーディアに横からアグネスが抱きつき、ひょいと杯を取って干す。 「はわっ。アグネスさん、凄いのです」 「相変わらず、いい飲みっぷりだぜ」 「あ、ゼロも居たのねぇ‥‥って、冗談よ。目立ってるもの」 友人夫婦をからかうアグネスはくすくす笑い、そこへ劫光が酒杯を差し出した。 「紅葉を肴に、ってな。どうだ?」 「何か、毎回のよーに劫光と呑んでる気がするけど」 う〜んと眉根を寄せて、アグネスは杯と劫光の顔を見比べ。 「なら、乾杯でもするか? 変わり映えのしない俺達に」 「そうね。酒好きと呑むのが楽で楽しいし、互いにペースも解ってるから、楽‥‥っと」 けろっと笑い、遠慮なく杯を取る。 「ゼロ、此の間の『魔の森』はお疲れさん。リーディアさんも」 「那由多さんも、お疲れ様でした」 互いに労いながら、那由多はゼロの杯に酒を足した。 「いやしかし‥‥お前と一緒んなってると、四季の巡りが早くて困るな」 「うっせ、俺のせいじゃあねぇぜ」 「お前のせいだよ!」 楽しげに冗談を言い合い、酒を干したゼロから那由多は返杯を受ける。それから、ちびりと酒を舐め。 「‥‥あの、さ。良かったら、いつか俺ん家遊びに来いよ。酒飲んで朝まで喋って、ぐだぐだしようぜ。そういうのが許される時世に‥‥しよう、な」 「そうだな」 「お酒が飲める人って、いいよね」 紅葉鍋をつっつく汀が羨み、思わずリーディアはくすりと笑った。 「そうですね」 「ところで汀は、今日の紅葉も絵にするのかしら?」 ふとアグネスに聞かれ、「う〜ん」と汀は悩む。 「描きたくなったら?」 「楽しみねぇ‥‥どんな風に写し取るんだろ。一度、見てみたいな」 「そういえば汀さん、衣装を新調したんですよね? 是非、踊ってもらいたく‥‥思ってる人、多いと思うんですけど」 思い出したように首を傾げた岑の要望に、何度か汀が目を瞬かせた。 「えっ、えぇっ?」 「そういや、噂で『汀ちゃんがすごい服着た』って話、聞いたんだけど。良かったら、今度俺にも見せてよ」 「えぇぇーっ!?」 「いいわね。折角だから、あたしと一緒に踊る?」 「それなら笛でも、吹いてやろうか」 まだアグネスは歌う気にはならないようだが、それだけ大切にしてるという事なのだろう‥‥と、劫光は皆まで言わず。 「それを肴に、俺は一杯飲むか」 順調に蒼牙が酒の器を空け、踊りを期待しながらも心地良い平和な騒々しさに、ほろ酔いの岑は一つ欠伸をした。 「皆がいろいろ美味しい物を集めてきてくれたお陰で、締めに美味しい雑炊が出来たよ」 「お茶、どうぞ」 「わしも手伝うのじゃ! サラ殿、フィアールカ殿、甘酒はどうじゃ?」 呼びかける月与と真夢紀に、禾室も持って来た甘酒を歳近い者達へ振舞い、自分は緑茶「陽香」へ梅干を潰し入れて一服する。 「う〜ん、やはりこれが堪らぬ!」 ぷはとひと息つく禾室の仕草に、月与はにっこり笑った。 「よいしょ‥‥」 甘酒で温まったフィアールカは、集めた葉っぱと木の実の小さな枝を束ね、きゅっと細い紐で縛る。 「かみにかざったら、綺麗かな‥‥?」 出来上がったそれを髪に差し、そっと緩やかな川の流れを覗き込んだ。 時おり紅葉が流れる清流に、翼をぱさりと動かし、尻尾をぱたりと振って。 「‥‥ねぇ、お魚さん‥‥にあうかな?」 「はい。とても可愛く、似合ってますよ」 思わぬ返事に、ぴょこりと尻尾の先が跳ねる。どきどきしながらフィアールカを顔を上げれば、柚李葉と目が合った。 「綺麗な落ち葉、綺麗に持ち帰りたいよね‥‥後で、小斉おじいさんに聞いてみます?」 言葉の代わりにフィアールカが紫の瞳で頷けば、にっこりと柚李葉は微笑んだ。 そっと柚李葉は、哀桜笛を口に当て。やがて水の流れへ浮かべるように、笛の調べがせせらぎの音と重なる。 ‥‥さらさら流れる水の音、ひらり舞い流れに出会う紅の葉。 邪魔をしない様に そっと、しとりと‥‥。 緩やかに奏でる調べに、フィアールカの尻尾が自然と揺れた。 腹が満ちた者達も耳を傾け、秋のひと時を楽しむ中、ふと那由多はフラワーブローチ「ツバキ」を取り出すと、何も言わずに汀の襟につける。 「那由多、さん?」 「‥‥うん、似合うよ。そろそろ、帰ろっか」 「あのあの、ありがとっ」 ひょいと先に立つ相手に汀があわあわ慌て、背中越しで聞いた早口の礼に那由多は小さく笑った。 「ふふ、このこ綺麗やわ、連れて帰ろか♪」 空から降る紅葉を手に取った遊羽が、口元に当てて微笑む。紫の視線の先には、ウォッカのグラスを傾けるパニージェの姿。 「遊羽も飲むか?」 ちびちびと飲む彼が天儀酒を出せば、遠慮なく遊羽も御相伴にあずかる。 「天儀の風習も、なかなかに雅やかやろ?」 「ああ、そうだな」 首肯し、紅葉の下で酒杯を手に笑む遊羽へ、眩しげにパニージェが鉄紺の眼を細めた。 穏やかな時間は、指の隙間から落ちる砂のようにこぼれ。 「もう、帰らないとな」 軽くなった酒と帰り支度をする者達に、名残惜しくパニージェが口を開く。立ち上がる彼の傍らへ遊羽は寄り添うと、サーコートの裾へくいと指を掛けた。 「ぱにさん‥‥」 「‥‥ん?」 何か言いたげな気配にパニージェが促せば、俯いていた遊羽は顔を見上げる。 「ゆぅは、ぱにさんの事‥‥お慕いしとります。迷惑やないのであれば、勝手に想う位は許して下さいまし」 自分の思いを伝えた遊羽は、口には出さぬが答えは必要ないと少し身を引く。だが優しい手がぽむりと頭に置かれ、それから抱き寄せられ。 「‥‥ああ、有難う。嬉しいよ」 礼を告げたパニージェは僅かに間をおいてから、言葉を続けた。 「自分自身の感情は整理できてないが‥‥遊羽と一緒に居るのは楽しい、嬉しい。これは本心だ」 「‥‥おおきに」 その言葉で今は十分と、温もりに遊羽は目を伏せる。 綾なす錦は過ぎる季節を惜しむかの如く、秋風にざわざわと揺れていた。 |