野辺、駆る
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/25 20:06



■オープニング本文

●秋の実り
 武天の国、数多ヶ原領の中心地である城町に、天見屋敷は位置している。
 天見家当主が座した屋敷では、数人の臣下が並んで座り、順番に役目の次第を報告していた。
「今年は数多ヶ原領内の各地とも平穏な天候に恵まれ、田畑の収穫はいずれも概ね豊作となる見込みでございます」
 領内の様子を聞いた天見家当主、天見基時(あまみ・もととき)は安堵したように大きく頷いた。
「それは良き知らせ。城町が騒がしかった分、領民も懸念が多かったであろう。実り多ければ、彼らの不安も和らぐというもの。年貢の率は例年の通りとし、多くを取らぬよう」
「承知致しました」
 平伏して答える家臣に、脇へ控えた天見元重(あまみ・もとしげ)が膝に手を置いて訊ねる。
「アヤカシの動きは、どうだ?」
「はっ、被害の報告は届いておりませぬ。収穫を前に、民も幾らか胸を撫で下ろしている様子」
「そうか。だが今後も警戒を怠らず、見回りを強化するよう討伐隊に伝えよ」
「畏まりました」
 一連の報告を終え、指示を受けた家臣達は天見家当主の前から下がる。
 座敷には兄と弟だけとなり、大きく基時が息を吐いた。
「兄上、少し休まれては如何か」
「そうだね。だがそろそろ、獣狩りの時期だから‥‥」
「手筈はこちらで整えておきます。もう少し、動ける者が居れば良いのですが」
 言葉を切って元重はうな垂れ、ぐっと唇を噛む。
 初夏の頃、数多ヶ原の城町では家臣達による諍い(いさかい)があった。多くの者が命を落とした騒乱の裏で糸を引いていたのはアヤカシだったが。知らずと一因になった元重は、謀叛の罪が御赦免となった今も責を感じ、悔いている。
「済んだ事を繰り返しても、詮無い事。今は残された者達が切磋琢磨し、国と民を守る事を考えなければ」
 ゆるく首を横に振った基時は、すっかり秋めいてきた空気に深く息を吐いた。
 平穏な暮らしを乱す脅威は、アヤカシだけではないのだから。

 豪族、天見氏が統治する数多ヶ原(あまたがはら)は、武天国でも東の辺境にある。
 武天国内の諸侯は朱藩ほど関係が険悪ではないが、数多ヶ原領は小さく。近隣諸国に侵攻されれば、ひとたまりもないだろう。そして治安が行き届かなければ、賊が入り込んで密かに根を張る。
 年に一度の『獣狩り』――それは収穫物を荒らす鳥や獣を狩って被害を減らし、冬に備えての食料を確保するため、初秋に行われるものだ。
 折よく武天の首都である此隅では、大きな収穫市『野趣祭』が開かれており、そこに肉を売る目的もあった。もちろん革や角、骨も全てが人々の暮らしで有用に使われる。
 一方で天見にとっては外からの脅威に対し、「氏族と民の強い繋がりを外へ示す」という意味も持っていた。
 多数の領民が勢子(せこ)となり、早朝から声を張り上げ音を立てて、鳥や獣を狩猟の場へ追い出す。追われて狩猟場に出た獲物を狩る中で、家臣達は武芸の腕を披露し合い、競い合う。
 言わば、国を挙げての一大行事であった。

「獣狩り、兄上は如何なさいます?」
 夏の療養から戻って以来、基時の顔色は良く、比較的体調の良い状態が続いている。
 それでも病弱の身を思えば、これから冬に向かうに当たって油断は出来ず。例年、獣狩りにも顔を出す事はない。代わりに元重が赴き、全てを取り仕切っていた。
「そうだね。心配するだろうから、今年もお前に任せていいだろうか。後は元信を連れて行くといい‥‥あれももう、役目の場に出ても良い歳なのだから」
「はっ」
 弟、天見元信(あまみ・もとのぶ)の同行を指示され、床に手をついた元重は軽く頭を垂れた。
「それから、もう一つ‥‥開拓者を招きたいのだけどね」
「‥‥それは?」
 意図を解しかねると、顔をあげた元重が訊ねる。
「彼らの技は、家臣の者にとっても良い刺激となるだろう。志体の有無云々を置いても、良き手本を得る機会だと思うのだよ」
「では此度の世話係も、三枝伊之助に申し付けておきます」
「よろしく頼む。他の事も例年通り、お前の判断で進めてくれて構わないからね。それから、三枝には『彼』にも文を送っておくよう」
「‥‥伝えておきます」
 僅かな間の後に再び元重は深く頭を下げ、準備の為に席を立った。

●獣狩りの誘い
「だからって、ナンで俺にまで声をかけてくるんだ」
 数多ヶ原の三枝伊之助(さえぐさ・いのすけ)から送られた書状に、ゼロは頭痛を覚えていた。
 伊之助が気を遣ったか、天見の当主からの命か‥‥しかし数多ヶ原で目立つ場、表立った場に出るのは、ゼロの本意ではなく。天見家から縁を切られた身である以上、下手に動いても騒動の元となるだけだと考えているし、そうなるつもりもなかった。
「警護か、それとも‥‥」
 消沈しているかもしれない元重に、発破をかけるつもりなのか。あるいは元重が持っているであろう、自分に対しての悪感情を少しでも‥‥と考えているのか。
「その辺、何を考えてるか分からねぇからなぁ」
 ぼやきながらガシガシと頭を掻き、既に何度も読み返して覚えた文に目を通す。
 相談しようにも崎倉 禅は神楽を離れており、他の者達は‥‥獣狩りの機会を面白がる方が多い気がした。
 それに誘いを受けたからには無碍(むげ)に断る事も出来ぬかと、文を置いたゼロは空を見上げて嘆息する。
 秋めいた空の高いところでは、山から群れて下りてきた無数の秋茜が里へと渡っていた。


■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
七神蒼牙(ia1430
28歳・男・サ
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
劫光(ia9510
22歳・男・陰
シア(ib1085
17歳・女・ジ
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
針野(ib3728
21歳・女・弓
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲


■リプレイ本文

●捩じれ捻くれ
「よーう、ゼロ。いるかー」
 神楽の一角、開拓者長屋に劫光(ia9510)がひょこりと顔を出す。
「あ?」
 井戸端では、釣瓶を手にゼロが怪訝そうな顔をした。
「酒が美味い季節になったし、少し付き合えや。場所は数多ヶ原なんてどうだ? 鹿肉でもつまみによ」
「それは付き合うってより‥‥」
「ゼロー、準備出来てんだよなっ!」
「のわっ!?」
 どむっとゼロは背に衝撃を受け、釣瓶の水が跳ねる。
「あ、ごめん‥‥っ」
 にやにやと背中にぶら下がった有栖川 那由多(ia0923)が、濡れたゼロへ謝った。
「てめぇ、笑ってんじゃあねぇっ」
「でも、ちょうどいいじゃん。着替えて行くぞ!」
 てしてしと那由多は肩を叩き、構わず着流しの袖を引っ張る。
「つまみがいないと、面白さも半減だしな」
「ソコ、つまみって俺かーっ!」
「他に誰がいる。にしても‥‥」
 抗議しつつ連行されるゼロに、劫光は苦笑し。
「我ながら、ちと誘い方が露骨すぎるかと思ったが。那由多の方が上手(うわて)だったか」
「お二人ならではの、気遣い方っすよね」
 笑う声に振り返れば、以心 伝助(ia9077)が軽く会釈をした。
「あの腰の重さ、迎えに来て良かったというか」
「ゼロさんも、気になってると思いやすけどね」
 程なく、見慣れた格好のゼロが那由多と現われる。
「また、秋茜の季節が来たよな‥‥今年も、赤トンボはちゃんと家に帰るよな? あの時は、俺も家に帰っちまったけど‥‥」
 ぽつと呟く那由多の髪を、ぐしゃぐしゃとゼロがかき混ぜた。
「わわっ、ゼロ!?」
「うっせ、お返しだぜ」
 けらけらと笑って歩くゼロに、伝助は歩調をあわせる。
「多くの物を支えたり、守ったりというのは一人では無理で。そこにいる一人一人が自分が出来る事を精一杯やって、協力し合って初めて出来る事なんだと思いやす。特に数多ヶ原は、その気風が強いっすよね‥‥今回、基時さんが「この行事に」貴方を誘ったのも、そんな理由なのではないでしょうか」
 伝助の言葉を黙って聞くゼロは、複雑な表情で唸った。
「けどな。今更とか言われても、やっぱり俺はあそこで面を晒す気はねぇ。獣狩りも、勢子をやるのが精々だからな」
「それでいいか。雲隠れされるより、マシだからな」
 仕方なさげに劫光が譲歩し、肩を竦めた。

「あ、劫光おじさま、ゼロおじさま〜!」
 待ち合わせの場に着くと、ケロリーナ(ib2037)が手を振った。
「お待たせしやした」
「お疲れさま、大丈夫よ」
 詫びる伝助に、青い髪を揺らしたシア(ib1085)が首を振る。
「せっかくのお誘いですのに‥‥けろりーな、狩りは始めてでやり方知らないですの。教えてほしいですの〜」
「勢子が草地に獣を追い出すから、そいつを弓や槍で仕留めるだけだぜ」
 訴えるケロリーナにゼロが苦笑し、二人の問答を針野(ib3728)が楽しげに眺めていた。
「天気もいいみたいで、わしも楽しみなんよ」
「大掛かりな狩りに加わる機会は、あまりないからな」
 ウルグ・シュバルツ(ib5700)も頷き、入念に手入れされたロングマスケットへ目をやる。
「武芸の腕を競う場でもあると聞いているから‥‥その点で、派手な事を期待されると困るが‥‥」
「ウルグさんも一緒に、頑張るんよ!」
 微妙に口篭るウルグをよそに、えいえいおーと針野は拳を掲げ、気合を入れた。
「そうですの! ゼロおじさまの朱刀の由来とか、教えてほしいですの♪」
 突然ケロリーナが問いを投げ、にわかにゼロが不機嫌顔になる。
「何で、急にそんな事を知りたがる」
「え、と‥‥」
 望む答えが得られて当然と思っていたのかケロリーナは返答に迷い、見下ろすゼロは無言で背を向けた。それは、明確な拒絶の意志で。
「ゼロ、さん?」
 気付いた伝助が、注意深く声をかける。
「‥‥ナンでもねぇよ」
 嘆息するゼロの背を、気遣うように那由多はぽんと叩いた。

●獣狩り
 開けた草地を囲み、あちこちで旗が秋風に翻っていた。
 天見家の家臣達は馬を引き、武器を調え。集まった領民達も、鳴り物に縄や網を担いでいる。
「賑やかだな。人混みは、少々苦手ではあるが‥‥」
 活気のある光景と晴れの日差しに、自然とウルグが目を細めた。
「色々あったけど、だからこそ恒例行事で日常に戻る努力も必要、という事かしら」
 物思うシアに針野が眉を八の字にして、傍らの馬を軽く撫でる。
 数多ヶ原のいざこざを耳に挟んだ事はあるが、直接関わった訳ではない。個人的に思うところは、色々とあるが。
「‥‥難しい事をあれこれ考えるより、獣狩りをちゃんと頑張るのが一番いいさー」
 折角の誘いを楽しみ、自分の腕で人々が喜んでくれるなら‥‥と考えている横で、馬がふるふると首を振った。
「お前さんも、そう思うんね。やっぱり気の合う子さー」
 何頭かの馬から自分の足にと選んだ栗毛の首を、嬉しげに針野が叩く。
「今日は‥‥じゃなく。この度は、お招き頂き‥‥いや、堅苦しいのはこの際ヤメだ」
 何やら挨拶をこねていた那由多は、小難しい文言に飽きたらしい。
「腕試しも兼ねて、あっしは駆る方へ回りやす。デカいのを期待してるっすから」
「勢い余ったゼロが倒さないよう、見てます」
 頷く那由多に伝助は笑い、三枝伊之助へ目を向けた。
「伊之助さんも、狩りに参加するんすか?」
「一応。俺も家臣、だし‥‥」
「じゃあ、楽しみにしてやすね」
 一年前から腕を上げたか、興味と共に伝助は緊張気味の少年を見守る。
「武芸の腕を競うって、アツい祭りだな‥‥伊之助、狩りがんばってこいよ!」
「そう言われると、緊張するんだけど」
 励ました那由多は強張る伊之助に笑いつつ、勢子役に向かう。
「積もる話‥‥という程でもないけど、話は終わってからにしようかしら」
「シアおねえさま、誰とお話するですの〜?」
 何気ないシアの独り言に、ケロリーナが興味深げに訊ねる。
「え? え〜と、私も勢子へ回るわね。後れをとるのも少し悔しいし、狩りは任せるわ」
 誤魔化しながら、シアも森へ向かった。
「行っちゃいましたの。津々おねえさまも来てないですし‥‥」
「津々は、当主の薬係だからな」
 残念そうなケロリーナに劫光が苦笑し、家臣に囲まれた天見元重と元信の兄弟を見やる。
 やがて配置が整うと、法螺貝の音が山野へ響き渡った。

「さぁ、狩るか! 俺らは、追い立てる方だけどな」
 両の頬を叩いて那由多は気合を入れ、勢子にまぎれたゼロがからかった。
「逆に追っかけられんなよ?」
「お前こそ‥‥ってさ」
 一度は口を尖らせた那由多だが、相手を見ると怒る気は失せる。
「その手拭いとか、何とかならなかったのか?」
「うっせ。目立たねぇなら、ナンでもいいだろっ」
 むくれるゼロは他の勢子達と似た格好をし、手拭いで頬被りをしているが、激しく似合っていない。
「鼻の下で結んだ方がいいか?」
「それじゃあ、泥棒だって!」
 顎下に結んだ手拭いを気にするゼロに、思わず那由多は吹き出した。勢子役の百姓衆には『元次男坊』に気付いた者もいるようだが、大らかに笑って見守っている。
「肝心の獣はどう追うの? こっそり近付くものだと、思っていたけど」
 今更ながら、シアが疑問をゼロへ投げた。
「大声や音を立てて歩くけば、大抵の獣は驚いて逃げ出す。中には、襲ってくるのもいるが」
「あまり優雅なやり方でもないのね」
「ジルベリア流は知らねぇが、『花形』は狩る連中だしよ?」
 そんな説明の間に、法螺貝の合図は森へも届き。並んだ勢子達が「ほぅほぅ」「わぁわぁ」と大声をあげ、笛や太鼓を鳴らしながら進み始める。
「どうしよう‥‥」
「使いな、娘さんっ」
 シアが戸惑っていると、気さくに勢子の一人が提げていた締太鼓を手渡した。
 森を騒がす音に、草を食む一頭の鹿が頭をもたげて耳を動かす。その傍らへ、突然に巨大な龍が出現して吠え、鹿はひときわ高く跳ねた。
「ほらほら、お前ら燃やして喰っちゃうよ〜」
 試みにと『大龍符』の式を打った那由多は、逃げていく鹿を見送る。
「動物って、龍とか解らねえかもって思ったけど。そうでもないんだな」
「幻でも、急に自分よりでかい相手が傍で吠えたら驚くだろ」
 感心する那由多にゼロが笑い、太鼓を叩くシアは勢子を獣の動きに注意を払った。

「来たな」
『人魂』の式の目で獣の姿を確認した劫光が、仲間へ伝えた。
「余り、でしゃばるのもなんだし‥‥お手並み拝見ってとこかね」
「頑張ってるといいっすね」
 劫光と同じく徒歩の伝助が手をかざし、方々の旗が動き出した草の原を見渡す。
「開拓者の方、こちらにも獲物が来ますぞ!」
 合図の太鼓を聞き、近くにいた壮年の家臣が声をかけた。

 振り下ろした槍が矢を受けた背へ深々と突き立ち、猪は力尽きる。
「お見事ですさー!」
 追い込んで猪を仕留めた年若い家臣へ、馬上の針野が賞賛の声を上げた。
「いやはや、お恥ずかしい。まぐれですよ」
「そんな事はないさー。それに、礼儀はやっぱり大切にせんと。山の神様が見てるんよ? ‥‥あ、これ、じいちゃん達の受け売りだけどね。故郷で一緒に狩りした時の」
「よい、御爺様であったのだな」
「そうなんよ」
 元重から言葉をかけられ、遠慮なく針野は笑顔で答えた。
「懐かしいなァ‥‥あの時よりも、弓の腕がちょっとでも上がってりゃいいんだけど」
 ふっとわいた郷愁に、理穴の弓術師は目を閉じ。
「元重様、大物が出たようです!」
 若侍が示す先で、一頭の鹿が駆けていく。
「では今度は、針野殿の腕を見せていただこうか」
「わ、わしが!?」
 頷く元重に、目を丸くした針野は深呼吸を一つ。
「‥‥あいさー、頑張ってくるんよ!」
 馬を走らせる開拓者の背を、若侍らも期待の眼差しで見送った。
 鹿に馬の動きを合わせ、手綱を鞍へからげると両股で弾む馬体を締める。
 体を維持したまま、矢を番えた弦を引き絞り。
 澄んだ弦音が、鳴った。
 それより数歩を駆ってから鹿はどぅと地面に転がり、動かなくなる。
 馬を寄せれば、漆黒の弓レンチボーンより放たれた矢は見事に急所を射ていた。
「お見事! まるで、射られた事を鹿が気付かぬようでした」
「うおっ!? あ、あんまり褒められると照れるさーっ」
 追いついた若侍は感嘆を隠さず、力いっぱい針野が照れる。視線を泳がせた先の光景に、彼女は元重を振り返った。
「元重さん。あそこで、砲術使いの仲間が仕掛けるんよ!」
「ジルベリアの砲術士か‥‥興味深い」
 他の馬を驚かせぬ配慮か。草地の外れを単騎で駆けるウルグの姿を、元重はじっと目で追う。
 風の音を聞き、馬の動きに身を委ねながら、ウルグは弾を込めたロングマスケットを構えた。
 目当の先には、狩りの輪から逃れた鹿が一頭。
 気配か匂いを感じたか、再び逃げる相手を捉えながら、フッと息を詰め。
 引き金へかけた指が、自然に動く。
 一瞬の静寂の後、鋭い銃声が空気を裂いた。
 銃弾を受けた鹿の身体はつんのめり、草の中へもんどりをうつ。
 確実に仕留めた事を確かめ、ウルグは馬の手綱を引いた。
「やはり馬は勝手が異なるが‥‥これもまた、新鮮だな」
 慣れ親しんだ龍と較べれば違いはあるが、これもまた今後への経験と彼は馬を撫でてやる。

「皆さん、見事な腕ですね」
 素直に感心する馬上の伊之助を、劫光が仰いだ。
「侍衆も頑張ってるじゃないか」
「劫光おじさま、けろりーなの矢はあまり飛ばないですの〜」
「馬の上は狙い辛いからな」
 劫光はケロリーナの訴えに苦笑し、野を走る者達へ目を向ける。
「そういえば、伊之助はどうだったんだ」
「俺は‥‥それより、伝助殿が凄いですよ。徒歩のまま、大きな猪と相対して!」
 口篭った伊之助は話題を変え、熱っぽく語った。
 突進する猪に『早駆』で間合いを詰め、駆けるまま『奔刃術』の技を用いて苦無「獄導」を繰り出す。
 一刀の威力は槍や刀と較べれば劣るかもしれないが、身一つで獣を翻弄するシノビの姿には別の驚嘆があったのだろう。
「あっしにゃ、侍の方のような腕も膂力も無いっすから‥‥速さで勝負というか」
 当の伝助は照れくさそうに、鼻の頭を掻く。
「何より、突進とか当たったら痛いっすから」
 獲物がほぼ狩られると、終了の法螺貝が吹き鳴らされた。

●夜宴
 本陣の宿では仕留めた鹿や猪の鍋や焙り肉が、全ての者に振る舞われた。
 燻製を作りたがったケロリーナだが、下準備に時間が必要と百姓衆から聞き、肩を落とす。
 その間に、席を外していた針野が宴席へ戻ってきた。
「一日、世話になったから、馬に水をやってきたさー」
「お疲れさまね。針野さんも、どうぞ」
 清しい笑顔の針野にシアが料理を勧め、何気なく上座の元重へ目を向ける。
「大分、立ち直ってるようね。表舞台にはもう出ないつもりでしょうし、それも仕方ないけど。力を尽くす覚悟も聞いたし、あとは見届けるだけね‥‥その背中を」
「詳しくは分からんけど、こうして皆で宴が出来るのはいい国さー」
 宴の賑わいにほっこりしながら、針野は鍋をつついた。
「こうして伝統のある行事を変わらず催す事ができるのは、喜ばしい事だな。有事でなくとも、手が欲しい時は声を掛けて貰えればと思う」
 誘いの礼と共にウルグが告げれば、改めて元重は宴の場を見つめる。獣狩りの成果は上々だったが、弟の元信は狩りで一度も武器を取らず。
「そうだな。今後を思えば、開拓者と良好な関係を築くのは有益なのだろう」
 元重は口惜しさを滲ませながら、酒杯を煽った。

「今日はお疲れさん。飲むぜ」
 宴の輪の末座では、領民らに混ざるゼロへ劫光が酒を勧めた。
「うん。今年の収穫を感謝して‥‥皆の無事を喜ぼう」
 杯を回す那由多は、ちらと元重らを見やる。
(元重さんとアイツが、一言でも話せりゃ‥‥な)
 だが言葉を交わすどころか、両者は一度もまみえなかった。
「俺はバカだから、解んねえけどさ。確かに縁は切ったかもしれない。けど、それってもう二度と結ぶことができねえもんなのかな」
 行灯の明かりに揺れる杯にぽつと呟いた那由多が、ゼロへ顔を上げる。
「俺はさ、戻ってきたよ。“此処”に。お前んとこに‥‥秋茜が、故郷にかえる様に。お前は‥‥お前の気持ちは、どうなんだろうな」
「今の俺が帰るのは、神楽だぜ。馴染みがいて、友がいて、家族がいて」
 神妙な風にゼロは宴席を眺めてから、親友へニッと笑い。
「他のドコに帰るってんだよ」
「‥‥悪い、変な事言った」
「いや。ありがとな」
 そしてゼロは、友人達へ酒を酌した。
 酌を受けた伝助は、ふと見かけた伊之助を呼び止める。
「これを鷹取に渡してもらえやすか。中身は見ても構わないですし、問題があると思われやしたら、燃やしてもらっても構いやせんので」
「これは?」
「以前、問われた事に対する答えでやす。聞かれたからには答えるのが筋かな、と。それだけなんすが」
 ――その先にある物を見たいから。
 短い一文だけが記された手紙を託された伊之助は、大事にそれを懐へ仕舞った。