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■オープニング本文 ●細き脇の道 各国を精霊門が繋ぎ、飛空船が空を飛び交う天儀だが、人々が移動する一番手軽で身近な方法は今も昔と変わらず『徒歩』である。 村や町を結ぶ道から街道、脇道など、旅をする者達は今日も旅人達が行き交う。 ‥‥が。 「お侍の旦那、子連れで先へ行きなさるのかい? あいにく、この先の道は通れませんぜ」 「通れない?」 道を戻ってきた商人に声をかけられ、足を止めた崎倉 禅(さきくら・ぜん)は相手の言葉を繰り返した。 「へぇ。この先の橋、どうやら痛んだ末に先日の雨で落ちちまいやしてね。お陰で行った者達は皆、こうして戻ってくる有り様でさぁ」 「そうか。無駄足を踏まずに済んで、助かった。かたじけない」 礼を告げれば、人の良さげな商人も笠へ手をやり、軽く会釈をして歩き去る。 道を見れば確かに先へ進めず戻ってくる旅人達が、これから行こうとする者達へ声をかけていた。 「参ったな。これでは佐和野村へ行くのに、随分と遠回りになってしまう」 道の脇に避けて思案する崎倉を、少女サラと藍一色の仔もふらさまが揃って見上げる。 「お急ぎなさるのでしたら、あちらに抜け道がありますよ」 鍬(くわ)を担いだ百姓風の初老の男が、ぼそりと声をかけてきた。 彼と同様に道の脇に立つ腰の曲がった男は、視線も合わさず。黙って歩き出すと道をそれ、木立へと分け入っていった。何気なく後へついていけば、その先に細い道があり‥‥男の姿は、見えない。 急ぐ旅ではないが、どうしたものかと少し考え。 「‥‥行ってみるか?」 「もふ〜?」 怪しげながらも崎倉が一人と一匹の同行者に聞けば、サラもじーっと窺うように道の先を見たままで、相変わらずな仔もふらさまは尻尾をもふもふ振った。 人気のない、だが踏み鳴らされた道を歩いて進む。 先を歩く人影も、後に続く気配もなかった。 左右に並んだ道脇の木々がうっそうとした影を落とす道を、いくらか進んでいくと。 不意に、広い野っ原へと出た。 開けた土地だが空気は重く、心なしか陽も陰ってきた気がする。 自然と崎倉の足も止まり、中年のサムライは眉根を寄せて野っ原と、その真ん中を突き抜ける道の先を窺った。 「‥‥ゼン?」 ぎゅっと着物を掴んだサラの、微かな声。 草を揺らして吹く風もどこか生臭く、不安げな仔もふらさまはぐるぐると崎倉の周りを回る。 「ここにいろ」 言い置いて数歩を進むが、残されるのは嫌なのか。少女と仔もふらさまが後をついてきた。 振り返った崎倉は苦笑いを浮かべるが、何も言わず。 珍しくひょいとサラを腕に抱えあげると用心深く歩調を落とし、野っ原を抜ける道を行く。 それを幾らも行かぬうち、ガサリと遠くで草が鳴った。 土を落とし、草を分けてそこにある黒く丸い塊は、野っ原を見渡した時になかったモノだ。 それが通りがかった者の方へ、ごろりと動いた。 野っ原には起伏もあり、幾らか坂になっているようだが、それを物ともせずに黒く丸い塊は崎倉へ向かって転がってくる。 「もふ? もふふっ!?」 「ああ、アヤカシのようだな」 足元で慌てふためく仔もふらさまに、崎倉は近付く黒い塊から目を離さず、来た道を駆け戻り始めた。 転がる黒い塊の表面には、土に汚れてはいるが白く細長い物が無数に見える。 目を凝らさずとも紛れている幾つかの頭蓋骨を見れば、何の骨かは一目瞭然‥‥それらはいずれも、人の骨だった。 木々の間まで崎倉達が戻れば、ごろごろと迫ってきた黒い塊は道を乗り越えて通り過ぎ。止まった先で泥団子のような塊が崩れると、人の形を成して、ぐぅと伸び上がった。 そしてボロボロに朽ちかけた刀を、大きく振るえば。 ザムッと乾いた音を立て、離れた位置の枝が見えない刃に断たれて、飛んだ。 「これは、不味いな」 神楽でも顔の知れた知り合いのサムライなら、邪魔くせぇとばかりに刀を抜いて飛び掛っだろう。 だが今の崎倉はそこまで若くも、血気盛んという訳でもなく。己の力量も十分に知っていれば、連れを安全を優先する事も心得ていた。 故に無理をせず、守りに徹しながら来た道を退く。 野っ原に現われた奇怪なアヤカシは、彼を追ってくる気配もなく。 暗く細い道を崎倉が急いで駆け戻れば、やがて旅人達が来た道を戻る広い道へ出た。 「そこは、古戦場でさぁね」 小さな宿場町に戻った崎倉が話を聞けば、年配の宿の者が呻くように答えた。 「今は巨勢王様が、こうして治めて下さるが。昔々、武天でも氏族同士の激しい戦いがあった頃に、この近くで二つの氏族が戦ったそうです。どちらも引かず譲らず、無数の骸を互いに積み上げたそうで‥‥」 「そこに瘴気が宿って、『骸玉』となったか」 呟きながら、崎倉は茶を口へ含んだ。 それは墓場や古戦場など、多くの屍がある場所に現われるアヤカシの名だ。 「いずれにしても、見過ごす訳にはいかんなぁ」 いつ、近くの村や町にアヤカシが転がって出るか分からないし、先を急ぐ旅人があの道に迷い込むかもしれない。 「風信機を使える場所は、近いか?」 悩む時間は短く、崎倉が宿の者に訊ねる。 茶請けに羊羹を貰ったサラと仔もふらさまは、恐ろしげなひと時も忘れたようにもぐもぐと口を動かしていた。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●古き戦場へ 「古戦場のアヤカシですか‥‥」 宿で落ち合った崎倉 禅から話を聞き、四角く正座した利穏(ia9760)が膝に置いた手を握った。 「厄介そうな相手みたい‥‥ですね」 「骸の塊かぁ‥‥久し振り骨のあるのを斬れそうで、嬉しいなー♪」 気を引き締める利穏とは対照的に、鬼灯 恵那(ia6686)は目を輝かせる。 「確かに、嫌というほど骨はあるだろうな」 「‥‥面白くないわよ、禅」 苦笑する崎倉を胡蝶(ia1199)がきろりと軽く睨み、着物で口元を隠した水月(ia2566)はじゃれる藍一色の仔もふらさまを転がして誤魔化した。 久し振りな仔もふらさまは、水月から菓子を貰った事を覚えていたか遠慮ない。だが今回は菓子の持ち合わせがない彼女は、「ごめんなさい」とこっそりと謝った。 「古戦場にアヤカシが出る‥‥という話だけなら、不自然もないのですが」 茶を一口飲んだ斎 朧(ia3446)が言葉を切り、小首を傾げる。 「橋が落ちて先を急ぐ人が困っている時、道があると誘導された先がそうなっていた‥‥というのは、いささか出来すぎた風に思えますね」 「初老の男っていうの、あからさまに怪しいよねぇ。骸玉とは違う種類で、集めた恐怖を拝借してたり? 実は黒幕だったりしてねー」 推測する恵那に、湯呑みを手にした胡蝶が考え込んだ。 「恐怖、か。古戦場に残った未練や憎悪、根深いものがあるでしょうね。それだけに強い瘴気がアヤカシに宿って、放置すれば更に強大な骸玉に育つ‥‥禅が出くわしたのは一体みたいだけど、放置すればどうなるか」 陰陽師としての興味も覗かせながら、胡蝶は青い瞳を細め。 「厄介な相手かとは、思いますが‥‥頑張っていきましょう」 話す調子は控え目ながら、確かな決意と共に利穏は首を縦に振る。 「崎倉さんは戦闘には参加しないで、見ててもらえるかな。そういえば‥‥依頼で顔を会わせるって、初めてだったよね」 ふと恵那が訊ねれば、崎倉も「そうなるか」と苦笑した。 「以前ゼロとやり合っていた時と、あいつの祝言で見かけはしたが。一方的だからな」 「そうだっけ? とりあえず、よろしくね。サラちゃんも」 「もふ〜」 「はいはい、そこのもふもふしてるのもね」 尻尾を振る仔もふらさまに、ついでと恵那も答えてやる。 「サラさん‥‥体調は‥‥?」 季節の変わり目というのもあり気にかかるのか、言葉少なに水月が訊ねた。相変わらずサラは崎倉の後ろで、顔だけを覗かせているが。 「お陰様で、元気にやっている。心配してくれて、すまんな」 「いえ、昼夜の気温差が結構あるので‥‥。春以来で‥‥お久し振りです‥‥」 安堵した水月は、改めて二人へ一礼した。 「そちらも元気そうで何よりだ。手間をかけるが、よろしく頼むな」 後を任せる崎倉に、こっくりと水月は絹のような白い髪を揺らして応じる。 「ところで、禅。コレを預かってもらえる?」 思い出したように、胡蝶が風呂敷の包みを崎倉の前に置いた。 「ふむ‥‥? 預かるのはいいが」 「勝手に開けたり、無体な扱いをしないようにね」 「承知した」 聞かれるより先に胡蝶は釘を刺し、笑いながら崎倉は『預かり物』を手に取る。 「じゃあ、早めに出発しましょうか。今できる事は骸玉の退治、日のあるうちに何とかしたいですしね」 確かめるように朧は一同を見、代弁してくれた彼女にこっくりと水月が首肯した。 空は秋晴れだが道行く人はまばらで、道の先からやってくる旅人もない。 「崎倉さんの話にあった初老の男、何者でしょうね‥‥」 ゆるりと歩を進める利穏は風景を見る振りをして、周囲に気を払う。 「宿場町の人からも、手がかりになる話はなかったしね。百姓風の初老の男なんて、近くの村を回れば沢山いるし」 「人相に特徴的なモノは、ないからな」 思案する恵那へ、申し訳なさげな崎倉が嘆息した。 「ろくに目も合わさず、面を確かめるより先に歩いていったのだ」 「そっか‥‥でも大丈夫だよ。もし会えたら幸運、程度で考えてたし」 もののついでといった感じで恵那はあっけらかんと笑い、木立の列を利穏が窺う。 「逆に‥‥胡散臭い話を聞かなかった分、アヤカシそのものって感じもします‥‥」 道は秋めいた風が吹くのみで、人影はおろか怪しい気配すら微塵もなかった。 初老の男に関しては、宿場町でも収穫がなかった。古戦場付近も地元の人間は薄気味悪がり、猟師ですら近付かないという。 気にかかるのか、話を聞く水月もじっと黙りこくっている。 「待つついでに、脇道へ人が入らぬよう見張るか」 「そうね、お願いするわ」 預かり物を手にした崎倉の提案に、胡蝶としても異論はなく。 話をするうちに、件の場所へ差し掛かった。 「ここだ」 先導する崎倉は、陰になって分かり辛い脇道を示し。『瘴索結界』を使う水月は心なしかしょんぼりとして、仲間へ首を横に振る。 準備万端整え、待つ事しばし。道の先から人影が一つ、足早に近付いてきた。 「すみません。場所が分からず、通り過ぎてしまったようですね」 頭を下げたのは、「初老の男を捜すため」と先に単身で宿を出た朧だった。 旅の途上にある振りをして道を急いだものの、捜す相手は見つからず。脇道にも気付かずに行き過ぎて、引き返したらしい。 「禅さんが戻ってアヤカシの事を伝えた事で、いなくなったのかもしれませんね」 「『獲物』を逃がしたなら、その後の想像は容易か。お前達なら大丈夫だとは思うが、心してな。もし何かあったら知らせてくれ」 崎倉へしがみつくサラの不安げな表情と、尻尾まで元気のない仔もふらさまに見送られ、五人は細い道を歩き始めた。 ●戦の残滓 「聞いてはいたけど‥‥確かに嫌な空気ね、ここは」 陰湿な空気に、胡蝶が眉をひそめる。 先に話を聞いているせいかもしれないが、五人という人数が揃ってなお、辺りに漂う雰囲気は暗く陰鬱としていた。顔を上げても秋晴れの空は重なり合う木の枝に遮られ、陽の光が辛うじて届く程度だ。 「戦場跡は、開けた場所なんだよね」 「崎倉さんの話によれば、そのようです」 答えながら朧が目を向ければ、只ならぬ様子にも恵那は楽しそうだった。一方の利穏は油断なく、小柄な身体に緊張を行き渡らせている。 「禅が最初に辺りを見渡した時に、発見できなかった事。それから出現した時に、土を落としていたようだから‥‥もしかすると、鎧玉は地中に潜める可能性もあるわ。離れた場所だけでなく身近な場所、例えば足元からの襲撃も警戒する事ね」 注意を促す胡蝶に、水月は不安ながらもしっかりと頷き返した。『瘴索結界』は朧と二人で分担や交代をして、出来る限り使う練力を抑えながら維持する予定だ。 風がない為に葉擦れの音は聞こえず、鳥の声もなく、ひっそりと静まり返った中を歩く事、幾らか。 壁のようにも思える鬱蒼とした左右の木の列が途切れ、行く先が開ける。 薄暗さに慣れた目を明るい日差しで細めた一行の前には、何もない草だけの野っ原が広がっていた。 「気をつけて。ここは確かに、瘴気が‥‥濃い‥‥」 踏み込む少し前に『瘴索結界』を使っていた水月が、強張った声で警告する。 まるで空気の流れが止まって澱(おり)となったかのように、明らかに瘴気の濃さが違っていた。 「出来れば、一体ごと斃したいね。何匹いるかわからないけど、一度に襲い掛かられたらめんどくさいし」 躊躇う気配など微塵も見せず、先頭を切るのは恵那。そのすぐ後に利穏が続き、水月と朧、そして胡蝶が一番後ろを歩いた。 野っ原を抜ける小道を慎重に進むうち、急に水月は背筋にぞくりと寒気を覚える。 「気をつけて‥‥っ」 言葉が終わらぬうち、ザザッと草の擦れる音が聞こえた。 行く手には、黒土の塊を思わせるモノが草の中から盛り上がる。 「ふふ、出てきたね」 ちらと唇を舐め、楽しげに笑んだ恵那は腰の殲刀「秋水清光」へ手をかけた。 「転がってくる骸玉に、潰されないよう‥‥気をつけて‥‥」 自分の身長より大きな塊を目にして、水月は強張った声で警告し。 「死者の眠りを妨げる外道のアヤカシ、塵に返してやるわ‥‥!」 符「幻影」の一枚を抜き取った胡蝶が、しっかとソレを見据える。 その彼女らを守るように、利穏が前へ出た。 「僕が、隙を作りますから‥‥」 「任せるね。動きが止まったら、仕掛けるから」 託す恵那に首肯して、鯉口を緩めた利穏は武天長巻をひと息に抜き払う。 しっかと地を踏み、柄を握る腕に力を込め。 まだ距離のある相手の動きを、窺った。 黒いモヤの様な瘴気の塊と骨を混ぜたような塊は、一行が体勢を整える間にごろりと動き出す。 所々の勾配や傾斜も無視し、次第に勢いを増して接近する骸玉。 それを利穏はキッと正面から見据えたまま、視線を外さず。 「ハ‥‥ッ!」 大きく一歩を踏み込むと、身の丈を越える武天長巻を振るった。 地をかすめる刀身より放たれた衝撃が、小石や土を巻き上げ、散らしながら真っ直ぐにアヤカシへ駆ける。 ドンッ、と。 真っ向から『地断撃』は骸玉へぶつかり、転がってくる速度が鈍った。 直後、『地断撃』を追って恵那は地を蹴る。 「手ごたえ、確かめさせてもらうね‥‥!」 金の髪が舞い、刀身が銀弧を描いた。 骨も瘴気も同様に、ぞむりと断つ感触。 ぱっくりと球面に裂け目が出来るも、悲鳴や吠える声はあがらず、何かが飛び出す気配もなく。 「手応えはあるけど、面白くないなぁ」 「鬼灯さん!」 眉根を寄せた恵那の耳に、鋭い朧の声が届いた。 目で捉えるより早く、即座に横っ飛びで間合いを取る。 ザンッ! 直後、朽ちた刃が彼女のいた場所を薙ぎ払い、斬られた草の葉が剣風に散った。 恵那の一刀による亀裂は見る間にぴたりと塞がり、腕だけを現わした骸玉は再び動き出す。 「正面、防壁を出すわよ!」 それを見た胡蝶が、相手より先んじて次の符を放ち。 アヤカシと陰陽師の間、何もない野っ原に突如として出現した『白い壁』が、次の瞬間には衝撃にビリビリと震えた。 「衝撃波の刃‥‥!」 身構えていた水月は、彼女らに代わって見えぬ刃を受けた壁をほっと見上げる。 一瞬だけ身を守る『共鳴の力場』を思えば、しばらく存在し続ける白壁の式は彼女らにとっても有難い。 いざとなれば守りの術を使おうと、彼女が見守る二人は骸玉を挟む位置を取っていた。 「こちら、です‥‥!」 先手を打って、利穏は二撃目の『地断撃』を仕掛け。逆側からも恵那が仕掛け、攻撃の矛先を惑わせる。 「今よ、刻んでやりなさい!」 前に立つ二人が翻弄する間に、壁を盾にした胡蝶は羽が刃となった蝶、『斬撃符』の式を打ち。フロストクィーンを握る朧もまた、アヤカシの手強さを測るべく『浄炎』を放った。 定め切らぬ標的に焦れたのか。丸太のような長く太い棒状のモノが、身をかわした利穏の脇よりヌッと飛び出す。 「何‥‥!?」 反射的に利穏は息を詰め、構えた武天長巻で不意の一撃を受け流した。 その耳に、ピィンと甲高い共鳴の音が届いたか否か。 刀身は彼を吹き飛ばそうとした骨を受け、迫る勢いに任せて地を転がる。 奇襲の一撃をかわして起き上がれば、利穏を襲ったのは巨大な足であった。 「助かりました、水月さん‥‥」 相手から目は外さず、『共鳴の力場』で助力した水月への礼を忘れぬ利穏。 一方の骸玉は足を地に付き、人の形へ姿を変えてのそりと身を起こす。 「斬り応え、ありそうな感じになったよね!」 巨体に恐れるどころか恵那は嬉々とし、相手が体勢を整えぬうちに地を蹴ると、目にもとまらぬ早業で殲刀を一閃した。 丸い塊を斬った時と感触は似ているが、今度はぼとりと足の片方が断ち落とされる。 塊から離れてしまえば瘴気はまとまらぬのか、ぼろりと形を失った。 「塊を削るか、人型に誘って斬るか‥‥」 再び生えてくる『新たな足』を見ながら、利穏もまた刀を構え直す。 朽ちた刀との打ち合いを避け、一撃二撃と繰り出す刃の数を読むにも手間になった頃。 ようやく、一体が塵となって朽ち果てる。 「足元、気をつけて!」 休みなく、『瘴索結界』を交代した朧が警句を飛ばす。 咄嗟に二人がアヤカシの消えた場所から退けば、追ってごぽりと腕が天へと伸びた。 曲げられた手は地面を掴み、今度は人型のまま骸玉がずぶずぶと這い出してくる。 「場所が場所ですから、ね‥‥」 長期戦になりそうだと朧は眉根を寄せ、即座の戦いに供えて水月は癒しの光を仲間へ放った。 ●鎮魂 「世にアヤカシの種は尽きまじ‥‥人同士の争いが、今回の骸玉を生んだと思うと、いささか複雑ですね」 幾つの骸玉を倒したか。ようやく静けさを取り戻した野っ原に、朧が肩にかかった髪をはらりと払った。 「終わった事を禅に伝えてくるわ。少し、待っててくれる?」 「あ、大丈夫とは思いますが、念のため‥‥」 知らせに行く胡蝶に、水月がぱたぱたと続いた。 「骸玉は退治しましたから、もう終わったと思うのですが‥‥」 「うん、何だろうね?」 不思議そうに見送る利穏に、恵那も小首を傾げる。 「でも、結構楽しかったよ。ふふっ♪」 どこか悪戯めいた表情で、彼女は草の原を振り返った。 やがて、崎倉を連れた胡蝶と水月が薄暗い小道を戻る。 「預かり物、ちゃんと持ってるわよね。禅」 「ちゃんと預かった時のままだ」 手渡された包みを胡蝶は受け取り、はらりと包みの結び目を解いた。 「それ、徳利‥‥?」 中から現われた物に、更に不思議そうな顔の恵那が聞く。 「天儀酒よ。水月、朧、二人に頼みがあるのだけど」 徳利を手に立ち上がった胡蝶は、二人の巫女へ順番に視線を向けた。 「この土地に眠っている人達に、戦は終わった事を伝えたいのよ」 「あ‥‥はい‥‥」 「そうですね」 意図に気付いた水月が大きく首肯し、朧も瞳を伏せる。そして骸玉が現われた辺りに胡蝶は立ち、天儀酒を地に撒いた。 手を合わせた崎倉を見上げたサラが、倣うように小さな手の平を合わせ、死者の眠りが安らかであるよう願う。 利穏や恵那もまた、同様に。 祈りの中で、水月と朧は魂鎮めにと舞いを踊った。 「でも、崎倉さんが最初に会った初老の男。結局、何だったんだろうね?」 斬れなかった事が気になっていたのか。二人の舞いを邪魔せぬよう、こそりと恵那が崎倉へ尋ねる。 「両氏族の兵の全てが、侍と限らない。領内に住む男は皆、戦いに駆り出されたのだろう‥‥百姓や猟師を問わず」 「そして最後は、敵も味方も同じアヤカシの骸玉になるとは‥‥皮肉ですが‥‥。男がアヤカシだったのか、何なのか‥‥」 「ううん、それも骸玉の一部だったんだよ。きっと」 ただの勘ではあるが、恵那は利穏の疑問に断言する。 「どっちにしても、もう現れる事はないだろうしね」 今まで息を潜めていたような風が、さやと緩やかに巫女達の髪を揺らし。 澱んだ瘴気を祓うかの如く、古戦場の跡を吹き抜けていった。 |