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■オープニング本文 ●絵描き工房への誘い 「なーんか、上手く描けないなぁ」 広げた白い紙を前に、桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)は大きな溜め息をついた。 紙の上では、おどろおどろしい化け物が踊るようにくねり、一人の男が今まさに斬りかからんと、手にした刀を振りかざしている。 ――いい感じじゃないか? 絵を見せた絵描きの仲間は、そう褒めてくれるが。 でも何か、ちょっと足りない気がするのだ。 ‥‥というか、見れば見るほど、足らないのは「ちょっと」じゃない気もしてくる。 (「男の絵描きさんの方が、もっとこう‥‥ダイナミックって感じだよね」) 悩んで悩んで、遂には床でゴロゴロ転がり始める汀。 「ししょーなら、なぁんて言うかなぁ」 唸りながら、床を転がる。 汀に絵を描く事を教えてくれた老絵描きは、いつも笑顔を絶やさない人だった。 ただ紙に向かい、絵を描く時だけは誰も作業部屋には近付かせず。 弟子の話では、鬼か般若の如き恐ろしい形相で、一心不乱に筆を振るっていたという。 普段の笑顔からは、とても想像できない話で。 仕事をしていない時は、遊びにきた幼い汀へ村人や旅人から聞いたという話をよく語って聞かせてくれた。 時には美しい幻のような、きらびやか話を。 時には悪夢に見るような、恐ろしげな話を。 何回転かした後、ふと何かを思いついて汀は身を起こず。 「そっか‥‥やっぱり、ホンモノじゃないとダメだよね。うん」 作業場からばたばたと飛び出すと、草履を引っ掛けて神楽の町の真ん中に向けて駆け出した。 目指すは、開拓者ギルド。 そこにはきっと、彼女のスランプを打開してくれる何かがありそうな気がして。 |
■参加者一覧 / 万木・朱璃(ia0029) / 土橋 ゆあ(ia0108) / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 犬神・彼方(ia0218) / 静雪 蒼(ia0219) / まひる(ia0282) / 織木 琉矢(ia0335) / 羅喉丸(ia0347) / 橘 琉璃(ia0472) / 明智珠輝(ia0649) / 葛切 カズラ(ia0725) / 瑞葉(ia0728) / 鷹来 雪(ia0736) / 月城 紗夜(ia0740) / 黒津 洛那(ia0803) / 佐上 久野都(ia0826) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 妖華(ia0910) / 鳳・月夜(ia0919) / 鳳・陽媛(ia0920) / 山城 臣音(ia0942) / 巳斗(ia0966) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 静雪・奏(ia1042) / 千早(ia1080) / 氷(ia1083) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 乃木亜(ia1245) / 鬼灯 仄(ia1257) / のばら(ia1380) / 喪越(ia1670) / 瑪瑙 嘉里(ia1703) / 水津(ia2177) / 雲野 大地(ia2230) / ルオウ(ia2445) / 細越(ia2522) / 喜屋武(ia2651) / 玲瓏(ia2735) / 飛騨濁酒(ia3165) / 琴月・志乃(ia3253) / 凛々子(ia3299) / 幻斗(ia3320) |
■リプレイ本文 ●来訪模様 神楽の外れにある絵描きの工房は、賑やかというより既に騒々しかった。 「よーし、描くぞーっ!」 「じゃあこっちは、脱ぐぞーっ!」 「あの、サラシが取れそうに、なってま‥‥ふぐぅ」 「男の方は、見ちゃダメです!」 「大丈夫ですよ。私は、乳より尻派ですから‥‥ふふふふ」 「そういう問題じゃ、ないです〜!」 「ところで‥‥お昼は、何か注文ありますか?」 こんな『微笑ましい会話』が、目の前の民家から聞こえてくる。 「こ、ここ‥‥なの?」 大事そうに風呂敷包みを抱いた水津(ia2177)が、同行した友人を不安満載の目で見やった。 「うん、間違いない‥‥って、来た道を戻るな」 既に雰囲気負けしそうな相方を、細越(ia2522)が引き止める。 「で、でも‥‥」 「私も一緒に行くんだから、大丈夫。ほら」 不安げな水津の手から、ひょいと細越は風呂敷包みを取り上げ。 両手が空いた水津は仕方なく細越の着物の袖を掴み、彼女の後に続いた。 開拓者達が集った座敷は、襖を外して空間を確保していた。 ある者は絵を描き、ある者はモデルとなり、賑やかな輪を桂木 汀は楽しげに眺める。 「開拓者って、いろんな人がいて面白いね」 「騒々しくないですか?」 墨画を描く手を止めて雲野 大地(ia2230)が聞けば、汀はすぐ首を横に振った。 「ちっとも。実家は兄弟多いし、賑やかで楽しいかな」 「そうでしたか。兄弟‥‥ですか」 何故か懐かしい感覚に目を細めた大地は、何処へ古い記憶を落としたのか、最近の事しか覚えていない。 「汀さん、お客さんですよ」 「すぐ行きますっ。後で話を楽しみにしてるね、雲野さん」 「はい」 呼ばれて立ち上がる汀へ大地は軽く頭を下げ、再び紙へ筆を運んだ。 「おぉ、あなたが汀さんですか」 戸口を塞いだ壁‥‥もとい巨漢のサムライを、しげしげと汀は見上げる。 「そう、だけど」 「俺、先生のファンです。よければ、サインを下さい!」 「あの、危な‥‥っ」 鴨居に頭をぶつける勢いの礼に慌てた汀だが、喜屋武(ia2651)は寸前で頭を止め、無邪気にニッと白い歯をこぼして笑った。 「でも、先生ってアレでもないしっ」 「いやいや。ぜひ、ここに一筆。手帳を買う金が無かったもので申し訳ないですが、汀さんのサインを背負ってアヤカシを狩ってきます」 「わーっ、ちょっと待って!」 着ていたものを脱いで差し出す喜屋武に、再び慌てる汀。 「ちょっと上がって、待ってて!」 彼へ念を押すと、急いで汀は中へ戻った。 「わっ。掃除中にごめん、幻斗さん。横切るねー!」 「いいえ。汀さん、慌ててどうかしました?」 「うん、ちょっと!」 階段を駆け上る足音の後、家の二階から幻斗(ia3320)と汀の会話が聞こえてくる。 「えーっと‥‥」 「汀さんも、言ってましたし、急ぎの御用がなければ、上がられては」 残された喜屋武へ、箒を手にした橘 琉璃(ia0472)が顔を隠して被る薄衣越しに声をかけた。 「茶の一つくらい、お出しますよ」 「では、遠慮なく」 賑やかな座敷の一角に腰を落ち着けると、また騒々しく汀が降りてくる。 「通してくれたんだ。橘さん、ありがと!」 「いえ」 すれ違いざま礼を言う汀に、琉璃は短く答え。 「待たせてごめん、喜屋武さん。これ、使ってないヤツだから、よかったら!」 胡坐をかいた喜屋武の傍らに膝をつくと、汀は新しい手帳を取り出した。 「ほら、服に書くと服がもったいないっていうか、洗えなくなりそうだし。それなら懐に手帳を入れてて、何かの拍子に手帳のお陰で助かったとかいう方が、カッコよくない? ダメかな」 手帳片手に一生懸命説明する様子に、思わず喜屋武はくつくつ笑う。 「でも、いいんですか?」 「うん。あと、サインって署名だっけ? 墨と筆は‥‥」 「ああ、どうぞ使って下さい」 本来の用件を思い出して書くものを探す汀へ、近くにいた山城 臣音(ia0942)が硯を寄越した。 「助かります。借りるね、山城さん」 快く臣音が頷けば汀は筆を取り、手帳の最終頁に名前を書き入れる。 「これで、いいかな? まだ、乾いてないけど」 「有難いです。わざわざ、手帳まで」 おっかなびっくりで汀が差し出した手帳を、恐縮して喜屋武は受け取った。 「ううん。折角だから、のんびりして行って。ギルドにお願いしたら開拓者さん達が沢山来てくれて、賑やかだけど」 「ちょうどお茶も、淹れたばかり、ですから」 安堵して誘う汀の隣から、そっと琉璃が茶を喜屋武の前に置く。 「では、お言葉に甘えて」 丁寧に一礼してから、喜屋武は茶を手にした。 ●腹が減っては 工房が賑わっている頃、数人は神楽の市場へ買出しに来ていた。 「月城様の覚書では、人数分の雑穀と野菜に‥‥余っても日持ちする味噌や干物、ですか」 丁寧に書かれた月城 紗夜(ia0740)の文字を見ながら、白野威 雪(ia0736)は混雑した市場を歩く。 その後ろを、織木 琉矢(ia0335)と犬神・彼方(ia0218)が荷物持ちとして続いた。 「絵か‥‥俺には絵心が無いせいか、あの場からどんなアヤカシが描かれるのか、想像ができん」 「まぁ、確かに魔の森然としたぁ混沌たる状況だぁ」 心持ち左手を握り込みながら話す琉矢に、気付かぬ風の彼方がカラカラと笑う。 「けど、皆でわいわい何かやるのぉは楽しみだぁな」 「それは、判らんでもないが」 話をしながら荷物を持つ彼方と琉矢だったが、遂に困り顔の雪が二人へ振り返った。 「琉矢様、犬神様、どうしましょう」 「どうした?」 尋ねる琉矢に雪は名の如く白く長い髪を少し揺らし、穀類を扱う店の主が抱えた重そうな麻袋を示す。 「買ってから気付いたのですが‥‥これ以上、持てませんよね」 「それならぁ、俺が大八車でも借りてくるよぉ。これ、店先でぇ預かってもらえるかい?」 主に断りを入れて荷物を降ろすと、彼方はひょいと買物客の間をすり抜け。人込みの頭一つ上に見える狐面が、あっという間に消えた。 「参ったな。そういう事は、俺が行くべきだろうに」 「本当、犬神様は気風のよい方ですね」 彼方を見送った琉矢だが、視界に入った湯気立つ一角をじっと凝視し。 「雪、すまないが‥‥」 向き直った琉矢は、真剣な表情で小首を傾げた雪を見つめる。 「みたらし団子、買って来ていいか?」 真顔の琉矢に、彼女は笑んで「はい」と即答した。 「お待たせ‥‥ってぇ、んん?」 大八車を借りてきた彼方が、急にくんと空気を嗅ぐ。 「ありがとうございます。あの、何か?」 不思議そうに雪が聞けば、彼方は意味ありげににんまり笑った。 「いぃや。いい匂いがしたもんで、絵ぇ描きつつ喰えるようなぁ簡単な差し入れをどうするかって、思ってねぇ」 「茶請けでしたら、待っている間に琉矢様がお饅頭を」 「ほぉ。気が効くなぁ」 雪から話を聞いて、彼方が感心し。 「ついでがあったからな。車は、俺が引こう」 店主に預けた荷物を琉矢は大八車へ積んで、固定した。 「ただいま、戻りました」 市場から帰った者達へ、野乃宮・涼霞(ia0176)と井戸端で洗濯をする紗夜が顔を上げた。 「白野威殿、織木殿、犬神殿。おかえり、なさい」 「暑い中、お疲れさまでした。車を置いて、一休みして下さい」 声をかけた紗夜に続いて、涼霞が三人を気遣う。 「遠慮なく、そうするよ」 琉矢と彼方が大八車を移動させ、雪は袂から紙の包みを取り出して紗夜へ見せた。 「月城様の覚書、助かりました。頼まれ物はこちらでよかったです?」 手が濡れた彼女の為に雪が包みを解き、中を確認した紗夜は首を縦に振る。 「スイカの種、確かに。後で煎じるので、食材と分けて、ね」 「判りました」 微笑んで答えた雪は、先の二人を追いかけた。 「スイカの種を煎じるのですか?」 興味を持ったのか、手を動かしながら涼霞が尋ねる。 「絵のモデルを、されている人にと、思って。煎じて使用すると、余分な塩分が排出され、むくみが取れるから」 「なるほど。紗夜様は、博識ですね」 素直に感心する涼霞だが、「大した事、でも」と紗夜は頭を振り。 様々な絵の具の色から本来の色に戻った手拭いを、ぱんっと両手で広げた。 「やっと、落ちたよ」 やや満足げな紗夜を倣って、涼霞も洗っていた襦袢を同じように広げる。 「こちらも、ようやく。でも、まだありますから」 洗濯に勤しむ二人は目を合わせ、僅かに表情を緩めてから再び別の汚れ物へ挑んだ。 「むーぅ。もう我慢ならん!」 「きゃあぁ!?」 「こら、モデルさんを襲うなーっ!」 「待て、俺様はちょっと抱きつこうとしただけでーっ」 「呪縛符、呪縛符、呪縛符ったら呪縛符!」 「やれやれ。見て愛でるならともかく、触ろうとすれば‥‥そこで終了なのですよ」 「ま、急に男が女へ抱きつこうとすれば、普通に怒られるって。恋仲でもない相手なら、尚更なぁ」 「ところで、そろそろお昼です。食べる時には、その人も開放して下さいね」 呪縛符で動けない飛騨濁酒(ia3165)付近を中心に混沌とした座敷へ、果敢にも最年少の少女――礼野 真夢紀(ia1144)が昼食の準備が出来た事を告げた。 ●昼休憩 ひと時の平穏に、ちりんと縁側の風鈴が鳴る。 「さすがに、食べている時は静かだな」 「ははっ。でもこれ、美味いからな」 冷麦を食べながら鬼灯 仄(ia1257)が感心し、答えた黒津 洛那(ia0803)は早いペースで箸を動かしていた。 「ありがとうございます。お代わりは、沢山ありますから」 冷麦の追加を運びながら、真夢紀が礼を言う。 「有難い。だが、真夢紀もちゃんと喰えよ。多少放って置いても、皆自分で適当に喰うからな」 「はい。でも大人数の食事は大変ですし、手助けが出来れば私はそれで。他の方とも、手分けしていますし」 気遣う仄に、真夢紀はにっこり笑った。 「アヤカシの話は、あたしも聞きたいですけどね」 「大丈夫だひょ。お昼まふぇは、忙しほごひゃったかりゃなもごもぐ」 「洛那‥‥喰うか喋るか、どっちかにしとけ。あと、汁を飛ばすな」 口を動かしながら真夢紀へ説明する洛那に、仄は音を立てて冷麦を啜った。 「汀さんは、どうしてアヤカシの絵を描こうと思ったんですか?」 「ふゆ?」 ずるずる冷麦を啜る汀が、乃木亜(ia1245)へ目を瞬かせた。 「いえ。こんな依頼を出す程ですし‥‥気になって」 「どれ、おねーさんも一つ聞かせてもらっていい?」 諸肌を脱いだままのまひる(ia0282)も、巻いたサラシからこぼれそうな乳‥‥ではなく、膝をずいと進める。 「あの‥‥まひるさん、着物は?」 「暑いから、ちょうどよくて」 乃木亜の疑問に、あられもない姿のまひるはカラカラと笑った。 「それで、どしてまた、アヤカシなんての書きとめるようになったのかな」 「ん〜‥‥」 重ねてまひるが問えば汀は箸を置き、自分が持つ絵から一番古い紙を選ぶ。 「あたしが小さい頃、近くに爺ちゃんの絵描きがいてね。遊びに行くといろんな絵を見せて、沢山の話をしてくれて。絵を描き始めたのも、絵描きの爺ちゃんが教えてくれたから。だから今でも、あたしの中の師匠なの」 そこには、一体の怨霊アヤカシが墨で描かれていた。 筆運びの強弱による輪郭をさらりと描いた物だが、背筋に響く冷たい迫力がある。 「怖い、絵ですね」 「これはなかなか、鬼気迫る絵だな」 知らずと乃木亜は腕をさすり、脇で話を聞く尾鷲 アスマ(ia0892)が感心して絵を見やる。 「弟子の人がくれた、唯一の師匠の下絵だよ。絵を見せてくれる事はあっても、くれる事なんか当然なくて‥‥ごめん、食欲落ちちゃうね」 苦笑しながら、汀は絵を束の間に戻した。 「けど、師匠でも描けないアヤカシがいて‥‥思い出すだけで身体が震えて、無理に筆をとっても本物には少しも及ばないって。どんなアヤカシかまでは知らないけど、いつか描いてみたい、かな。でも調べてみると、アヤカシって凄いよね。怖いけど、凄くて不思議」 「確かに、アヤカシは不思議ですね」 汀の話を聞いて、不意に大地がぽつりと呟く。 「瘴気の事は、よく解らないのですが‥‥アヤカシは亡骸を残さず、倒せば消えてなくなりました。だから私には、あまり恐ろしく思えなかったのでしょう。死してもその意を貫く‥‥そのような生きた者達の方が、私には恐ろしくもあり、頼もしくもあります。刀を鈍らせたり、想いの糧になったり‥‥と。倒せば消えるアヤカシは、意外と儚い存在かも知れません」 顔を上げた大地は、風に揺れる風鈴の短冊を見つめた。 「儚い存在、か」 「ところで汀さん」 考える汀へ、今度は喜屋武が話を切り出す。 「今、草双紙が自分的に流行なんですが、できれば汀さんが描いたモノも観てみたいですね。開拓者とアヤカシの戦いの話とかで」 草双紙とは絵入りの読み物で、内容は大人から子供向けまで様々だ。そのうち特に子供向けの草双紙を、喜屋武は気に入っているという。 「やっぱ汀さんの凄いところは、お話も作れて絵も上手いところですよ」 「凄くないよぅ。草双紙や芝居本と色々やってるけど、ホントは紙芝居とかも好きだし。子供達の反応って真っ直で、アヤカシが怖いと思ったら本当に怖がるからね」 恐縮する汀は、絵を見る子供の反応を目安の一つにしているらしい。 「でもやっぱり、アヤカシを描こうなんて酔狂な物書きだねぇ‥‥さて腹も膨れた事だし、俺は寝るか」 「寝に来たのか、氷はっ!」 のそのそと横になる氷(ia1083)へ、反射的にルオウ(ia2445)が突っ込む。 「いや、ちゃんと目的もあるんだぞ。人の目につくものが、あやふやなまま伝わるのは良くないだろ‥‥陰陽師にとっちゃ尚更だ。でも、正確なアヤカシの情報を広めてもらう分には、逆に構わない。そこで‥‥」 目を閉じた氷は、そこで言葉を切り。 「そこで?」 ルオウが先を促してみるが、がくんと氷の首が落ちた。 「んぐぅ」 「だから、瞬間で寝るなっ。しかも話の途中で!」 「ふぁ‥‥喋り疲れたんだよ」 がくがくとルオウに揺さぶられた氷は大欠伸をし、周りの者も苦笑する。 「いや、俺自身がモデルになるのもアレだし、陰陽術の式を見せようと思ったんだが、問題の相手がな‥‥元気の有り余ってそうな野郎にと思ってたんだが、さっきの抱き付き犯に吸心符していいか?」 「ダメですわよ。さすがに、そこまでは」 やんわりと同じ陰陽師の妖華(ia0910)にたしなめられ、「だよなぁ」と氷も髪を掻いた。 「大丈夫だよ。さっき、沢山見れたから」 悪戯っぽく目を動かす汀に、ふむと腕組みする氷。 「俺も紛れて、吸心符を飛ばしておけばよかったねぇ‥‥ふあぁ」 「あれって同じ術なのに式は違ってて、凄いよね」 冗談めかしながら氷は欠伸をし、思い返す汀へ胡蝶(ia1199)がつぃと顎を上げた。 「実は陰陽の術と絵を描く行為は、幻想の具現化という過程で似ていて、陰陽術の基礎課程にもなっているのよ」 「え、ホント?」 「嘘に決まってるじゃない」 驚く汀へ、素っ気なく胡蝶は即答した。 汀が周りの陰陽師達を見れば、氷がうとうとし、妖華は忍び笑っている。 「胡蝶さんに騙されたーっ」 「失礼ね。練習に良いとは、思うわよ?」 「そうですね。描く事が、式の構成に役立つかも知れないですし」 まんざらでもないと、臣音が胡蝶に賛同した。 「そうなの?」 「例えば、さっきの騒動で以前に戦ったアヤカシを元に、式を形作ってみました。相手は、このようなアヤカシだったのですが」 答えながら、臣音は水墨画のような絵を汀へ見せる。 白い襦袢の胸元を大きくはだけた長い黒髪の女が、ひょろりと立っている。だが目は黒い穴が開き、髪は濡れた様に顔や肌へ張り付き、素人筆の風合いもあって幽霊画の様だ。 「これ、さっきの式の中にいた?」 「はい。急な事で完全ではなかったのですが、あれは私の式です」 「へ〜ぇ。面白いね」 「ちなみにわたくしの式は、凛々しく、力強い感じのヤツでしたのよ」 身振りで説明する妖華へ、ぽむと汀が手を打つ。 「覚えてます。何だか、筋肉隆々さんっぽいの」 「あら。見逃さなかったとは、筋がいいですわね」 きらりと、妖華は目を輝かせ。 邪魔をせぬよう話の輪の外れに座った凛々子(ia3299)は、話を聞く汀の様子を見ては黙々と筆を動かしていた。 ●昼下がり 午後になると、騒々しい座敷も幾分静かになる。 「最近の依頼で遭遇したアヤカシなら、白い大蛇や大首、それから頭が馬の馬頭鬼か」 絵筆でアヤカシを描く羅喉丸(ia0347)は『語って聞かせる』のではなく、状況や自分が感じた空気などを客観的に『説明』していた。 「見たままの話だから、面白味はないけどな」 開拓者一人一人が話す内容を熱心に書き留める汀は、すかさず頭を振る。 「そんな事ないよ。羅喉丸さんの話、判りやすくて参考になる」 「よかった。人の生死が関わった話を面白おかしく話すのは、どうも性分じゃなくてさ」 「優しいんですね」 苦笑する羅喉丸へ、偶然にも同じ馬頭鬼狩りへ参加していた巳斗(ia0966)がぽわぽわと微笑んだ。 「羅喉丸さんの後で、こういう語りも何ですが‥‥ボクは、こちらが話しやすいので。この音色が、少しでもお力になれれば幸いです」 正座し直した巳斗は三味線の胴を右足の腿に乗せ、おもむろにバチを手に取り。 張った弦をバチで叩き、あるいはすくう。 ビィンと、座敷に音が響いた。 紡ぐ音色は、時に風のざわめきの如く。あるいは、駆ける足音の如く。 そしてアヤカシがまとう瘴気の如く、身震いする様に深々と。 音に合わせて巳斗が語る言葉を、囲む者達は息を詰めて聞いていた。 話も佳境に差し掛かり、どこか緊迫した空気の中。 耳を傾ける者の後ろを、そっと忍び歩く影が一つ。 「ひゃあっ!」 真剣に聞いていた鳳・陽媛(ia0920)が急に声を上げ、隣にいた義理の兄である佐上 久野都(ia0826)へしがみつく。 「ひ、陽媛?」 「う〜‥‥ごめんなさい。何だか冷たい濡れたのが、突然ぴちゃっと首筋にぃ‥‥」 困惑気味に久野都が見やれば、陽媛の後ろで双子の妹の鳳・月夜(ia0919)が、濡れた手拭きを片手にクスクス笑いながら、廊下へ逃げていった。 「月夜の悪戯ですか」 「妹さん、大丈夫です?」 「ええ、すみません。下の妹の悪戯に驚いただけで」 気遣う巳斗へ詫びながら、久野都は陽媛の肩をぽむぽむと叩いてやる。 「よかったです。話が怖かったのかと、心配しました」 「ごめんなさい。お話も怖かった、ですけど」 恥ずかしそうしながら、陽媛も兄に続いて謝った。 首を振った巳斗は、再び三味の音を凛と鳴らした。 「それじゃあボクも、二つほど話を」 続いて静雪・奏(ia1042)が、出くわした豚鬼の話と伝え聞いた噂を話す。 「夜道を男が歩いていたら、女の人がうずくまっていて。声をかけたら目も口もないのっぺらぼうで、慌てて逃げ出して。薄暗い灯篭の屋台に逃げ込んで、店の主に事情を話したら‥‥」 「鳳はんっ♪」 「きゃあぁぁぅっ!?」 話がいい所になると今度は静雪 蒼(ia0219)に驚かされて、陽媛は久野都へしがみつかれる。 「ごめんやわぁ〜。ビックリさせよぉ〜思たんと、違うんよ?」 ちらと小さく舌を出しながら、ごろごろと陽媛へ抱きつく蒼だが、ふと視線を感じて話をしていた兄の奏を見やる。 「‥‥兄はん、なんや言ぃたそうやけど」 「話の邪魔をしちゃダメじゃないか、蒼」 注意した奏の語調に強さはなく、むしろどこか拗ねた様に妹を睨む。 「もしかしてぇ〜、兄はん妬いてはる?」 「別に‥‥」 「えーと‥‥お二人とも、そろそろ収めては。皆さん、心配されますよ」 頭痛を覚えた久野都は、困り顔で首を左右に振った。 多少は経験を重ね、一人立ちも出来ようかと思った妹達だが、まだもう少し色々と手がかかる‥‥かもしれない。 「世の中、アヤカシは怖いだ恐ろしいだと色々言われていますが、私が今まで会ったのはどちらかと言うと、面白いものが多かったですねー」 明るく屈託ない笑顔で話す万木・朱璃(ia0029)は、出会ったアヤカシを指折り数えた。 「ある村の水神様そっくりのアヤカシは、表面がこうヌッペリしててですねー‥‥あれはあれで、愛嬌があったような。後は猫みたいなアヤカシや、巨大な花みたいなアヤカシとか。触手伸ばして、血を吸うんです」 「本当に、いろんなアヤカシがいるのですね‥‥あ、お話の途中ですが差し入れですわ」 「わざわざ、すみません」 感心しながら話を聞いていた真夢紀が茶と茶菓子を置き、朱璃は有難く手を伸ばす。 涼霞や乃木亜達も手分けをして、皆へ茶を配っていた。 「どれも、凶暴で危険ですけどね。だけど、それだけじゃない感じもするんですよねー。もし凶暴さがなくなれば、珍しさから人気も出ると思うんですけど」 「凶暴でない、アヤカシですか」 朱璃の言葉に目を伏せた土橋 ゆあ(ia0108)は、呟くと冷ました茶を一口へ含んだ。 「私も開拓者になって日が浅いのですが、狼型や鳥型、虫型、鬼型‥‥様々なアヤカシを見てきました。例え小さなアヤカシでも、人の骨を砕ける程の力を持った存在です」 「私も先日、ある村に伝わる伝承を‥‥人を模ったアヤカシに会ったばかりだ。鬼灯や乃木亜も、その場にいたが」 「無事に退治できて、良かったです」 頷く乃木亜を、アスマは小さく手招きする。 「で、もし‥‥でいいのだが、茶請けに余分があれば、貰ってもいいかな?」 「はい。白野威さん達が、沢山買ってきてくれましたので」 耳打ちするアスマに乃木亜はくすと笑い、彼の皿へ饅頭を足した。 「アヤカシは人を惑わす‥‥形が人の子、女、男、獣。それぞれなれど、面白いではないか。まるで人の弱みを知っているようで」 遠慮なく水羊羹から手をつけながら、話を戻したアスマはくつりと笑う。 「あ、あの‥‥アヤカシも、モノによっては人の言葉を理解したり、罠を仕掛けたり、する、そうです‥‥」 大事そうに和本を開きた水津が、おもむろに細い声で告げた。 「上級と呼ばれるアヤカシや、大アヤカシとされる存在ですね。小耳に挟んだ事は、あります」 ゆあが彼女へ振り返れば、やや驚いた風に水津は身を竦め。 「大アヤカシはともかく、上級のアヤカシなら‥‥あった。この巻物に、ソレらしき絵が描かれていた筈」 隣に座る細越が風呂敷に包んだ古書の類から一本の巻物を選び、水津へ差し出す。 小さく礼をして受け取った水津は、その間に座る者達が作った場所へ、用心深く古い絵巻物を解いた。 首を伸ばして覗き込む者達の間から、驚きの声があがる。 まず目に入ったのは、沢山のアヤカシに囲まれた、一体の上級アヤカシと思しき大きな骨の化け物。それを大勢の人々が囲み、矢をかけ、槍を投げ、刀を振りかざす姿が、墨一色で描かれていた。 ●挑む者達 アヤカシ話が弾む傍ら、絵に挑む者達もまた色んな意味でアレだった。 「あぁ、いい身体ですね、うっとりです‥‥!」 自らモデル役を申し出た仲間達に、明智珠輝(ia0649)は表情を緩めた。 位置取りは、主にポーズを取る者達の背中側だ。 「海や川でないのは残念ですが、想像をかき立てられるのも‥‥ふふ」 「ぅ‥‥なんか、背筋が寒っ!?」 ぞくりと走った悪寒に、きょろきょろと天河 ふしぎ(ia1037)が辺りを見回す。 「ん? どうしたんだ?」 「何か、少し寒気がして」 尋ねるルオウに、ふしぎは自分で肩を抱く。 「そこに不穏な気配、ありですわっ」 広げた扇子を閉じると、瑪瑙 嘉里(ia1703)がビシッと珠輝を示した。 「はっ。ずっと一人でニヤニヤしていたのは、もしや俺の瑪瑙さんでイヤラシイ想像をアウチ!」 片膝を立て、珠輝を追求する喪越(ia1670)の頭部へ、ゴスッと鋭く扇子が激突する。 「嫌ですわねぇ、喪越さんまで」 別の扇子で口元を隠し、くすと嘉里は微笑した。 「いや、その、瑪瑙さん、今日もうなじがセクシ‥‥オゥ!」 二本目の扇子は、顔面にヒットし。 「おぉ。また命中した」 「凄いねっ」 ルオウとのばら(ia1380)が、仲良く並んで拍手をする。 「良い子は、真似をしてはいけませんよ。扇子が痛みますからね」 「俺の顔より、扇子ッ!?」 忠告する嘉里の後ろで、衝撃を受けて白目で慄く喪越。 「冗談ですよ。変わらず、ノリの楽しいお人で‥‥懐かしゅうございますねぇ。絵筆は、進んでます?」 改めて嘉里が柔らかな微笑で問えば、はっと喪越は我に返る。 「いや、それは、芸術が爆発しちまったというか‥‥って、もう見てる!?」 しどろもどろの喪越が止めるより先に、嘉里は彼の傍らにあった絵を見つめていた。 そこには原色を主とした、よく言えば前衛的な筆遣いの抽象画が踊っていて。 「‥‥個性は大事、ですよね」 「ああ。絵の具って、ワクワクするもんがあるよな。こんな工房みてぇな空間は好物で、俺のソウルにビビっときたんだぜ!」 何とも言えない表情で言葉を選ぶ嘉里に、喪越は胸を張った。 「いいや。魂の入り具合なら、こちらも負けねぇぞ!」 そこへ突然、仄が一枚の紙を、喪越へ突きつける。 それは紙から溢れんばかりの筆遣いで描かれた、前衛的抽象画その二。 「この絵描き勝負、貰った」 「異議アリ!」 勝利(?)を確信してにやりと笑った仄だが、果敢にも若手の瑞葉(ia0728)が待ったをかけた。 「凄い絵なら、俺も負けねぇぜ!」 「こ、これは!」 「くっ‥‥何だかよく判らんが、とにかく凄い圧迫感が!」 瑞葉の掲げた前衛的抽象画その三に、男二人は言葉を失う。 「これをギルドで見せたら、きっと新種のアヤカシだって信じるぜ。むしろ、アヤカシが描いた絵って言われそうだけどなっ!」 どういう自信か判らないが、とにかく自信たっぷりの瑞葉。 「ただやっぱ、絵筆より刀の方が扱いは楽だぜ」 「ふふ。筆づかいなら、私の方が慣れてるわよ〜」 勝負あったと思われたが、筆をさわさわ撫でながら思わぬ伏兵――葛切 カズラ(ia0725)が割って入る。 「一筆奏上、天下御免! ビビッとキて、ギュギュッて湧いて出てきた絵には、敵わないわ〜!」 自信満々でカズラが披露したのは、(検閲削除)と(検閲削除)が(検閲削除)して(検閲削除)しながら(検閲削除)している、阿鼻叫喚の図。 絵を見てしまったふしぎは茹だって赤面し、思わずルオウも後退り。あらあらと嘉里が扇子で顔を半分隠して、守備範囲ではない珠輝は肩を竦めた。 そして洛那は、虎を想定したアヤカシながら謎な生物となった自分の絵を凝視し、どちらがマシか真剣に悩み始める。 「あの‥‥まだ、昼間ですよ?」 青空に輝くお日様をちらりと見た玲瓏(ia2735)が、ごく冷静に突っ込んだ。 ――判定、勝負お預け。 騒ぎの一方、胡蝶は満足げに真っ白な紙を眺めていた。 「何も描かれてないけど、これは?」 汀が尋ねれば胡蝶はつぃと席を立ち、紙を蝋燭の火にかざす。 すると、絵が浮かび上がってきた。 「ああ、あぶり出しですね! でも細かい‥‥凄いですね」 「絵に、性別も経験も関係ないわ。必要なのは、集中力よ」 紙に現れた対峙する大きな蜘蛛と羽の刃を持つ蝶は、蝶の方が幾分か細やかに描かれている。 「気に入ったなら、あげるわよ」 じーっと見つめている汀に、胡蝶は絵を突き出す。 「え? でも、これ」 「そうよ。べ‥‥別に、汀の為に描いた訳じゃないんだから」 明後日の方を見ながら絵を押し付けると、胡蝶はさっさと縁側へ向かった。 「ところで、せっかく集まったのですし、モデルの皆さん全員で一度にポーズをつけてみませんか? 群像図の様な物の、参考になれば」 うずうずと切り出した嘉里の提案に、自ら進んで『仮装』していた千早(ia1080)が手を打った。 「素敵ですわね。アヤカシ役、何度でも致しますわよ」 「皆さん総出の群像‥‥楽しそうね」 やや何かを思案していた玲瓏も、おもむろに汀へ目をやる。 「庭や縁側など利用して、自由に演技してもらうと面白いかも。家の中でばかり描いてても、悩み始めたら暗くなっちゃうし。風通しのよいとこで、ね」 「それ、面白そう。でも、皆さんは大丈夫かな?」 確認する様に汀が小首を傾げると、ルオウやふしぎは勿論、まひる達も頷いた。 「群像図‥‥何か、ちょっと緊張するねぇ。ん、でもまぁ、楽しむ事ぉが大事ってね。うっしゃ、良い絵描くぞぉー!!」 気合を入れる彼方に、ぴょこぴょこ飛び跳ねてのばらも手を挙げる。 「はい、はい! のばらも描きますっ♪」 「ようし。じゃあ僕も、一肌脱ぐよ!」 袖に腕を入れたふしぎが思い切って諸肌を脱ぐと、約一部から妙にがっかりな溜め息がもれた。 「なっ、何だよ、その残念そうな顔‥‥僕は男だっ!」 筆を握った男性陣の一角に、ぶんぶんと腕を振って抗議するふしぎ。 「隙あり! がおーっ、ですわ!」 そんな不思議の後ろから、アヤカシに扮した千早が襲う姿勢を取り。 「よーし。おねーさん、気合入れて襲っちゃうぞー!」 「私も、負けませんわよっ」 まひるや嘉里も、アヤカシ側で『加勢』する。 「じゃあ俺は、開拓者側でいいのか?」 ルオウはふしぎと共に刀を構えて位置を決め、ポーズを取る。 「せっかくだから、私も描こうかな」 「ええ。ぜひ」 呟く汀に、今日はずっと彼女の様子を描いていた凛々子が頷いた。 「汀殿が絵を描くところも、描いてみたいから」 「えーっと、皆さんもうすぐ晩御飯が出来ますから、キリがいい所で教えて下さいねー!」 良い香り(と一部怪しい気配)が漂う厨房から庭へ現れた幻斗が呼びかければ、「はーい!」と威勢良い声が揃って答えた。 そうして、皆が夕食の準備に取り掛かる中。 「ところでそれ、さっきの群像図の下絵か?」 大事そうに紙を手にしたのばらへルオウが尋ねると、彼女は少し困ったように頷く。 「えと、皆さんとても楽しそう、で。つい」 のばらが描いた開拓者対アヤカシの群像図は、何故か妙にほのぼのとしていた。 |