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■オープニング本文 ●激戦の後 血と泥に塗れた兵たちが疲れた身体を引きずり、次々と合戦場から戻ってくる。 「此度の戦は、厳しいものであった」 雲間から覗く青空を仰ぎ、立花伊織が呟いた。 大アヤカシと呼ばれる脅威に人は勝利を収めたが、代償は大きい。 秋を前に野山は荒れて田畑は潰れ、村々も被害を受けた。避難した民は疲弊し、アヤカシも全てが消えた訳ではない。 「再び民が平穏な暮らしを取り戻すまで、勝利したと言えぬ」 伊織は素直に喜べず、唇を噛んだ。 「今後の復興のためにも、今しばしギルドの、開拓者の力を借して頂きたい」 随分と頼もしさを増した面立ちで若き立花家当主が問えば、控えていた大伴定家は快く首肯した。 「まだしばらくは、休む暇もなさそうじゃのう」 凱旋した開拓者たちが上げる鬨の声を聞きながら、好々爺は白い髭を撫ぜた。 ●密命、一つ 「大アヤカシ、か」 湿った匂いが残る風に、ゼロが呟いた。 ほぼ二年前、理穴にて開拓者達は『大アヤカシを倒す』という前代未聞を成し遂げ。 いま再び、それが偶然の幸運などに寄るものではなかった事を、広く世に知らしめた。 ――大アヤカシ撃破。 その事実がこの先、人とアヤカシの関係をどう変えていくか‥‥それは誰にも分からない。 だが日々広がり続ける魔の森を、そしてアヤカシを恐れるしかない人々にとっては、吉報に違いないだろう。 「それにしても、随分と‥‥水浸しだぜ」 足袋へ染み込んでくる水に、やれやれとゼロは溜め息をついた。溜め息をつきながらもなお足は止めず、水浸しの道を前へ進む。 目指す先は、大粘泥「瘴海」が討ち取られた場。 ○ かつて、理穴は緑茂の里で激しい戦いがあった。 大アヤカシ「炎羅」を大将としたアヤカシの軍勢は、理穴の東、魔の森に位置する里を脅かし。 これに対して儀弐王自らが率いる理穴軍のみならず、朝廷軍や五行、陰穀、朱藩からの援軍、そして集められた開拓者達が結束。激闘の末に、炎羅を討ち果たした。 この戦いは『緑茂の戦い』として、広く知られている。 だが、人々には広く知られていない事もあった。 倒された炎羅は天まで届く瘴気の柱と化して霧散したが、痕跡もなく完全に消え去る普通のアヤカシと違い、とある「モノ」を討伐者達の前に残した。 全長が一丈二尺(約4m)にも達しようかという巨大な指、である。 奇怪な指は戦いが終わった後、理穴軍によって密かに緑茂から運び出された。首都の奏生までは運ばれたらしいが、その先の行方は一切不明だという。 その後にジルベリアでの合戦や、新しい儀アル=カマルが発見され、新たに開拓者となる者が増えた事もあり。 季節が移り変わるうちに、炎羅が残した指の存在は開拓者の記憶からも次第に薄れていった。 ○ 当時ゼロは別件の依頼にあって、『緑茂の戦い』には参加していなかった。 大アヤカシが倒された場に居合わせる事が出来なかったのを未だ残念と悔しがり、わざわざ緑茂の里へ足を運んだ事もある。 だが今度は自らが赴いた合戦場にて、大粘泥「瘴海」が倒されるところを目にした。 故にいま、こうしてその場へ向かっている。 踏み荒らされ、折れた槍や壊れた盾などが無数に散乱し、水浸しとなった道なき道を歩き。 そうして辿り着いた場所には‥‥何も、なかった。 見渡す限り、戦いの痕跡しかなく。 「思い違いって訳でも、ねぇだろうしな」 低く唸り、戦場跡の只中でゼロが無造作に髪を掻く。 澄んだ水に手を突っ込みんで盾の破片をどけ、折れた旗をめくり上げてみるが、彼が思うモノはない。 その時、不意に背後から声をかけられた。 「お探し物ですかな?」 用心深く肩越しに振り返れば、愛想のよさげな百姓が一人、立っている。 「奇遇ながら、我らも探し物をしているのですよ。おそらくはゼロ殿、貴殿と同じモノを」 「どこぞのシノビか」 問うて答える相手ではないと知りながら、百姓を装った中年の男へゼロが返す。 「俺に、何の用だ」 「腕利きと名高い貴殿を見込んで、表筋に出せぬ依頼を一つ、頼みたいのです。貴殿が探しているモノを見つけ出し、出来る事なら人知れずに伊織の里まで運んでいただきたく」 口振りは変わらぬが、探るように男の眼光が鋭さを増した‥‥辞す事を許さぬ、という目だ。 「聞かせた以上、受けさせる気かよ。どこのどいつがてめぇらの主かも、教える気はなさそうだな」 大きくゼロは嘆息し、がくりと頭を垂れた。 それでも刀の柄から手は離さず、きろりと眼の端で相手を睨み返す。 「だが、面白れぇ‥‥その依頼、乗ったぜ」 断って門前払いを受けるよりも、あえて渦中まで踏み込んで大手を振って関わった方が面白かろうと。 あえてゼロは、その依頼を受けた。 「人手が足りねぇのは、こっちで集めても構わねぇよな。どーせ、『一切合切、口外無用』とか言うんだろうけどよ」 「無論、関わる者は少なく、口は固い者が良いでしょう。こちらとしては依頼を遂げていただけさえすれば、障害や不測の事態への『対処』は手荒となっても構いません‥‥くれぐれも、迂闊な真似はされぬよう」 「どっかに、てめぇらの『眼』があるって訳だな‥‥ま、俺も大アヤカシが何か残してないか、残したならソイツが何なのかを確かめたいだけだ」 その答えに満足したのか。百姓は気配を納めると、何事もなかったようにその場から失せた。 一人残ったゼロもまた、今は本陣へと道を戻る。 「あの連中も見つけてねぇって事は‥‥何処かへ流されちまったか」 戦場から溢れた水は、宇城橋がかかる宇城川を目指し、ゆるゆると流れていた。 ●老獪 「そうか。その腕が立つという輩、口の方も確かであろうな」 「はっ。抜かりなく」 「そうか‥‥良い、下がれ」 伏した影が低く頭を垂れてから、姿を消した。 報告を聞いた藤原保家(ふじわらのやすいえ)は、開いた扇子をゆらりとそよがせる。 武州に現われた大アヤカシ、大粘泥「瘴海」は激しい戦いの末に討伐された。 それ自体は喜ばしい知らせであるが、炎羅を討ち取った時とは状況が違う。 あの時は、朝廷も助力を行った末に勝ちを収めた。だが今回の事は武天や朱藩、何より開拓者ギルドの開拓者達が中心となっての勝利であり、朝廷の力は及んでいない。 「これを機に、彼奴らが増長するのも困りもの」 とかく、開拓者には好奇心の強い者が多い。 その好奇故に新たな境地を切り拓いていく事もあるが、時に無用の詮索は己が命を危うくする事すら知らない。 「他の者に‥‥何より大伴に気取られぬうちに、アレを運び出さねば‥‥」 そのために使える物ならば使い、打てる手は打つ。例えそれが開拓者であっても、道具は使いようというものだ。 ぬるい風しか起こさぬ扇子を、藤原はぱちんと閉じた。 |
■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
水波(ia1360)
18歳・女・巫
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
シア(ib1085)
17歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●秘匿と楔 「そいつは、どういう了見だ?」 フレイア(ib0257)が手にしたアーマーケースを見咎め、依頼人でもあるゼロは眉根を寄せて彼女を睨んだ。 ケースの中身は出せば全長3mになるアーマー、天儀でいうところの駆鎧に他ならない。 「件の物を発見した際、必要になるなら使おうと思うのですが」 「そうか。じゃあ、てめぇはここへ残れ」 刀の柄へ手を置きながら、険しい表情のままゼロが言い渡した。 「もしアーマーを使う事が気に入らないのでしたら、置いていきますが……?」 突然に『居残り』を言われ、困惑気味のフレイアは首を傾げてアーマーケースへ視線を落とす。 「そのデカブツを実際に使う、使わない以前の問題だぜ。てめぇは置いていく。後をついてくる事は、まかりならねぇ」 それでもゼロは頑として判断を翻さず、表情も変えなかった。 「代わりに本陣で妙な連中や不審な動きがないか、見といてくれ。そんくらいの動きなら、問題ないだろうからな」 背を向けると他の者達を促す様に視線を投げてから、先頭を切って歩き出す。 「待てよ、ゼロ」 慌てて劫光(ia9510)がその後へ続き、残される小隊仲間を気にしながら水波(ia1360)もゼロを追った。 「あの、ゼロ様。何故……?」 「龍や駆鎧が使える状況ならハナっから頼むし、その方が漏れる口の数も減らせる。それが出来ねぇから、人手を募った。普段の依頼ならともかく……面倒事が関わってる仕事で、ソレが解らないのを連れた結果、余計な面倒を起こされるなんざ願い下げだぜ」 むすりと口をへの字に曲げたゼロは、前を見据えたまま視線を合わさず。 「どこに『眼』があるか分からねぇ。迂闊な真似でもされて、全員を危険に晒すのは御免だ」 彼女ら自身の安全の為と明かされて、水波は後ろを振り返る。思案顔のフレイアは立ち尽くし、辛うじて「気をつけて」と案じる言葉を唇で紡ぐのが見えた。 「襲ってくるってんなら、返り討ちにするだけだろ」 けらけらと笑う鬼灯 仄(ia1257)を、『依頼人』がちらと見る。 「気付いてねぇのか? てめぇらが下手を打ったら、斬るのは俺だぜ」 「それも面白そうね」 意味深な笑みを霧崎 灯華(ia1054)が浮かべ、呆れ顔でゼロは頭を振った。 「面倒を増やすなら、てめぇも置いていくが。いま喧嘩を売る相手は俺じゃあねぇだろ」 「嫌ね、冗談よ。面白そうだと思っただけで……バレると不味いんでしょ?」 一瞬ぎくりとした灯華は明るく誤魔化し、渋面のシア(ib1085)が未だ物々しい風景を見回した。 「ゼロさんの話だと、相手が高圧的なのが気になるけど……贅沢は、言っていられないわね。放っておいたら、そこにあるモノを含めて闇に葬られそうだし」 「どんな形でも、隙があるなら一枚噛んでおきたいってトコでやすね」 言葉を継いだ以心 伝助(ia9077)に、黙したままゼロが首肯する。 相手にどんな意図があるにせよ、大アヤカシが残したモノに近づける可能性があるなら……その心積もりはゼロも皆も変わらぬようだと、少しシアは安堵した。 「門前払いより、渦中を選ぶのは同じ意見だけど……無茶するわね」 呆れた風な胡蝶(ia1199)だったが、自分も同じ状況に出くわせば同様の判断をしただろう。故に行動は無謀と評価しつつも、彼女はゼロを咎めなかった。 そんな相手は悪びれもせず、けろりと笑う。 「単なる好奇心だけだがな。何か残されたかを知りたいのはお互い様、付け入る隙があるなら抉じ開けてやる。その為にも、掴んだサイコロを振る前から潰される訳にはいかねぇんだ」 一度だけゼロは伊織の里を振り返り、後をついてくる者がないかを確かめた。 ●戦場跡 「炎羅の例と同じであれば、やはり大きな人の体っぽい『何か』なのでしょうが……」 戦いの直後と較べれば、激戦の跡地に残った水は目に見えて引きつつあった。 それでも未だくるぶし辺りまで浸かる水を跳ねながら、伝助は辺りを見回す。 「ひとまず、先入観は排除した方がいいでやすね」 「直感の方が意外とアタリだったりな……ああ、そうだ。背中を貸せ、ゼロ」 「んあ?」 何気なく『直感の塊』を見やった劫光が、ふと思いついて手招きをした。 「あまり、派手に目立たない方がいいんだろ」 こっそりと抜いた『五行呪星符』へ劫光が意識を凝らせば、符は小鳥の形を取る。『人魂』の式は袖の陰、人の影から水に浮いた木片に降り、それから空へぱさりと飛び立った。 「……あの時、瘴海の言った台詞を覚えているか? 『じきに全て終わる』、そう言っていた。それがなんなのかは判らんが……今回の探し物と関係があるかも知れない」 小声で話し掛ける劫光は、油断なく視線を辺りへ走らせる。 「ゼロの言からすれば『この依頼』をした者も胡散臭ければ、合戦中アヤカシに味方した者どもも居た。警戒すべきは何もアヤカシに限らず、人にも注意が必要だ」 「全くもって、面倒な話だよな」 ぼやくゼロの背に小さく笑ってから、ぽんと背を叩いた。 「終わりだ。でかい背中で助かった」 「そりゃ、どーも」 「派手に動かない方が、いいのかしらね?」 『同業者』の用心ぶりに灯華も思案するが、彼女の性分でもなく。 「でも、バレないように上手くやればいい訳よね。いつも通り、好きなようにやらせてもらうわ」 「目立たねぇ程度で、適度にな」 出立直前の事もあってか、苦笑まじりでゼロが釘を刺す。 「あっしは表向き、遺品探しを装う形で探しやすよ」 「そうだな。俺もそんな感じか」 伝助の案に劫光も同意し、灯華はふっと短く息を吐いた。 「命を落とした者の遺品探しとか、偽るのは楽そうだけど……あたしは残党狩りって事で動くわ。大アヤカシの遺品なら、それなりの『何か』があると思うから。そこにアヤカシが群がるなり、逆に近付かないなりしてるだろうから、その辺りから攻めてみるつもり」 「そこは任せた。何せ、手がかりらしい手がかりがねぇからな。伝の言うようなモンかもしれねぇし、アヤカシの動きに影響を与えるモンかもしれねぇし」 明確に探す方法がない以上、そこは人それぞれだからとゼロは口を挟まず。少しの間、式の目を借りていた劫光も集中を解く。 「いずれにせよ、『この場にあったら違和感のある物』である気はするが」 「そうっすね。後は、この水の流れ……これに流されたと過程して、水や土砂の流れを追って物が引っかかりそうな箇所を重点的に探していくっす」 緩やかに足元を流れる大アヤカシの名残りの行く先を、伝助が視線で辿った。 流れの先には宇城川があり、ここへ来るまでの途中で分かれた四人が近辺の捜索を行う手筈となっている。 「奴から出たもの……か。別の砦を襲ったアヤカシは、卵っぽいのを残したのもいたな」 劫光も漠然と考えながら、当てのない物を探し始めた。 「ところで『悲恋姫』を範囲索敵に使って、『瘴気回収』で練力補充しながら絞り込み……って、悪くないと思うけど。どうかしら?」 「悪いも何も、周りに人がいるなら止めとけ」 同じ陰陽師に見解を求めた灯華だが、論じる以前に劫光が『提案』を止めた。 「えーっ」 「敵味方関係なく、全部を巻き込むだろ。『悲恋姫』は」 「それは勘弁だぜ」 二人の会話に、厄介事が増えるのかとゼロは怪訝な顔をした。 「大丈夫よ。近くに誰もいない場所で使うから」 「そうしてくれ。俺もてめぇには近付かねぇ」 踵を返して離れる背中に劫光が苦笑し、伝助はゼロへ首を傾げる。 「そういえば『瘴気回収』って、『瘴索結界』みたいに瘴気の云々が判るもんでやす?」 「判るとしても魔の森みたいに『瘴気が露骨に濃い場所』か、逆に神社のような『瘴気が薄い清浄な場所』か。そのドッチでもない『普通の場所』って程度だと思うぜ。てめぇの耳みたく、何かを感じ取ったり細やかな判断がつく術でもないらしいからな」 とんと自分の耳を指で示したゼロは、肩を竦め。 「どっちもない俺は、普通に探すしかねぇが」 「あっしも何か聞こえるまで、足で稼ぐだけっすよ」 二人も水の流れを追うように、手分けをして歩き出した。 ●宇城川近辺 「大アヤカシの遺物とやらを探す胡散臭い連中、ね……五行の陰陽師なら興味を持ちそうだけど、話を聞いた限りでは雰囲気が違うわね」 それに関心があるのは、自身だけではなく。依頼をした者達について、胡蝶は思案を巡らせる。 「緑茂の戦いでも五行軍は遺物の捜索を行なったけど、陰陽師であれば研究の名分があるから人目を避けるのは、かえって不自然……なのよね」 「大アヤカシの遺物が何かは知らねえが、蠢く奴らがいるってことはナニかあるんだろうなぁ」 腕組みをした仄も、ぶらぶらと胡蝶の後に続く。 戦場の跡へ赴く者達と別れ、ほどなくすると水の流れる音が大きくなってきた。 「瘴海を倒した時の水の勢いで、宇城川まで流された……って事も考えられるわよね。炎羅の時と同じに考えるなら、小さなものじゃないと思うけど」 注意を払う胡蝶は水の音を目指し、シアも下流へ目を向ける。 「戦の時、宇城川はかなりの勢いで流れていた筈。川の勢いで流されて、遠くに打ちあげられた可能性が高いように思うのよね……」 「だとしても何処まで流されたのか不明ですし、宇城川に沿って下っていく感じで探索しましょうか。『瘴索結界』を使って瘴気を探していけば、遺物に辿り着こうかと思います」 本陣で待つ仲間の分もと思うのか、真摯に水波が提案する。 「もし遺物が大きな瘴気を帯びていれば、アヤカシが集まってくると思います。それを見極められれば、早期の発見も可能かと思います……あくまでも、わたくし個人の仮定ですが。ただ瘴気にかえる筈のアヤカシが遺す物、それが何かが分かれば瘴海の残した言葉の意味も分かるかも知れません」 「それなら、下流方向はお願い。けど何かあっても、皆が集まってからよ」 「さぁて、どんなもんが落ちてるのかねぇ」 胡蝶が注意を促す一方、相変わらず仄は楽しげで。 「そっちも探しなさいよ」 「一応、探しはするが。個人的には伝助の目聡さや胡蝶の知識に期待してるからな」 持ち上げる相手に、疑わしげな視線を胡蝶が返した。 「そんな顔するな。シアと水波が行動するなら、こっちにも護衛がいるだろう?」 「モノは言い様ね」 呆れ顔で肩にかかる金の髪を払い、そこで四人は更に二手へ分かれる。 「先程はアヤカシを集まってくる可能性の話をしましたが、逆に大きな精霊力を帯びているなど、通常のアヤカシを退けるような遺物であるかもしれません。それならば、周りに大量のアヤカシ達が何故かいない地点であると推測できます。地図を描いて、瘴気やアヤカシの分布の差異などを確認できるようにしていけば、絞込みが行えるのではないでしょうか」 「じゃあ、お願いするわ……私は目で探すから。もし『瘴索結界』で気になる事があれば、教えて」 懸命に論じる水波に、頭痛を覚えながらシアは促した。 彼女の唱える持論は一概に否定できないが、肯定する裏付けも一切ない。個人で予想をつけて考えるのは自由で、それよりも目下の問題は件のモノを見つけられるかどうかだった。 宇城川の水量は増しているが、流れ自体は思うほど急ではない。 ちらほらとアヤカシらしき瘴気を感じる事も出来たが、すぐに危険が及ぶ位置でなければ関わらず、川の流れに沿って二人は先を急いだ。 「しばらく、意識を人魂に移すわ。何かあったら声をかけて」 金魚の形を取った『人魂』の式を川に放った胡蝶は、仄に声をかけて後を任せる。 「でかいモノかもしれんから、見逃さないようにな。逆に小さくて気付かないかもしれんが……個人的には、でかい身体の一部じゃねえかなと思ってる。見つけたら、荒縄で釣ってやるぞ」 「どうやって釣るのよ」 短く答えた胡蝶の視界は、自身が水に潜った時の様に揺らめいていた。魚の式でも、はっきりと水中で物が見えるわけではない。それでも出来る限り目を凝らし、僅かな手がかりでもと探す。 待つ仄もまた、試みに『心眼』を使って気配を探った。 主に戦場跡から水が流れ込む位置から始め、目ぼしい場所では足を止め、幾度となく式を使った末。 「何、これ……?」 奇妙な『視線』の様な感覚を覚えた胡蝶は、注意深くソレを確かめる。 ソレが何か分かれば、背筋に悪寒が這い登った。 「どうした、何があった?」 「……見つけた、みたい」 妙に掠れた声で、やっと彼女は仄の問いに答える。 川の流れの中でも、岸に近い澱みの底に。 ――生気のない虚ろな『目玉』が一つ、沈んでいた。 ●本陣帰還 「とりあえず、風邪をひかないようにしないと……ふぇくしょいっ!」 「言った先から、ですか。お大事に」 大きなくしゃみをしたゼロを、苦笑混じりでシアが案じる。 戻ってくる頃合いだと踏んでいたのか、別れた場所ではフレイアが一行を待っていた。 「どうでしたか。首尾は?」 「面倒事なら、何とか片付いたぜ。そっちはどうだ」 「特に……変わった事はありませんでした」 「そっか、ありがとよ。これで一件は仕舞いだな」 同行した者達の顔をゼロがぐるりと見て、そう締める。 「ゼロ様、その……先程の宇城川での事は……」 遠慮がちに聞く水波に、ふんと鼻息荒く依頼人は腕組みをした。 「依頼が終わった後の事まで、俺は面倒はみきれねぇぜ。勝手にしやがれ」 ひらひら手を振るゼロが背中を向け、軽く会釈をしてから水波はフレイアへ駆け寄った。 宇城川での一部始終を、捜索に加われなかった小隊仲間へ話す気だろうが。 「いいのかよ、それで」 出立前の処断を思えば気になるのか、確かめる劫光にゼロは鼻の下をぐぃと擦る。 「事は終わった。後は与り知らねぇ事だ」 宇城川の底にあったのは、高さ一丈(直径約3m)ほどの巨大な『目玉』だった。 『瘴索結界』で瘴気は感じられず、『心眼』でも気配がないソレは、仄が荒縄を垂らすも釣れる訳でなく。 結局は全員が揃ってからゼロが荒縄を命綱に結び、『鬼腕』を使える仄がそれを握った。 だがさしものゼロでも、単身では水の中から引き上げきらず。 伝助が気付いた微かな音を頼りに、劫光が式で見つけた『眼』のシノビ達も引き上げに加わり、最終的には彼らが死んだ魚のソレのような冷たい『目玉』を荷車で運び去った。 「人の口に戸は立てられねぇし、連中が本気なら口封じもあったろうが。ま、命拾いっつーか……へぇくしっ!」 「拾ったのはいいけど、ゼロはしっかり温まりなさいよ。風邪をひくから」 半ば呆れながら、いつもの調子で胡蝶が付け加えた。 「あら。夏風邪って馬鹿はひかないんじゃなかったっけ?」 「馬鹿がひくのが夏風邪だろ」 「うっせぇぞ、てめぇら! もう秋だ、秋っ!」 からかう灯華や仄に、手拭いを振り回してゼロが反論する。 思わず伝助も、くつと忍び笑うが。 戦いの喧騒が遠のいた陣に吹く夜風は、確かに秋の気配を帯びていた。 |