惜夏花火 屋形船遊山
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや易
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/17 23:04



■オープニング本文

●去る夏を惜しむ花火
「今年の夏も、もう終わっちゃうんだよね‥‥」
 真っ青な空に、真っ白な入道雲が湧き立つ。
 ヒマワリが元気に開く一方で、朝一番に咲いた朝顔の花は早くもしぼみ始め。それに負けず劣らず、桂木 汀(かつらぎ・みぎわ)はへふりと青息吐息だった。
「ナンだ、急にどうした?」
 水瓶を提げて井戸まで水を汲みに来たゼロが、日陰の長いすに腰掛けた汀に首を傾げる。
「うん。なんだか‥‥今年の夏は、ナンにもしなかったなーって」
「そうか?」
「ゼロさんはいいよね。今年も南志島に行って、遊んできたんでしょ? あたしも、連れて行ってくれたらよかったのにーっ」
 ぷーっと頬を膨らませて汀が拗ね、そのの額をゼロはびしっと指で弾くフリをする。
「俺のは依頼だ、依頼」
「でも、いいなー。乙矢さんは理穴に帰っちゃうかもだし、崎倉さんは相変わらずだし‥‥それに神楽から遠くない場所で合戦もあって、長屋の皆は大変そうだったりだし。遊びに行けないうちに、夏も終わっちゃうよ」
 足をぷらぷらさせる汀の不満を聞き流しながら、縄を取ったゼロはガラガラと釣瓶を井戸へ落とした。
「夏の終わり‥‥つーと、そろそろ花街の方で仕舞いの花火をやる頃か」
 ふと去年の今頃を思い返しながらゼロは縄を持ち替え、水で一杯になった釣瓶を引き上げる。
 ガラガラと回る井戸の滑車を眺めていた汀は、ふと何かを思いつき。
「ゼロさん、ゼロさん」
「ん?」
「その花火の頃に屋形船とか遊山の船が出るって、知ってる?」
 釣瓶の水を水瓶へ流し込んだゼロの手が、止まった。
 屋形船を川に浮かべ、そこから風景を眺める遊びを船遊山(ふなゆさん)という。
 花見や月見の頃に多いのだが、暑い夏には涼を求める意味合いもあり。花火に合わせて、様々な遊山船が川へ繰り出のだ。
「そりゃあ‥‥知ってる、が」
「海に連れて行ってくれなかったコト、船遊山でチャラにしてあげてもいいよ」
「何がチャラだ、てめぇっ!」
 案の定、よく分からないこじつけでゴネる汀に今度はゼロが口を尖らせる。
「だって船遊山とか、したコトないもん!」
「そこで胸張って、威張ってんじゃあねぇ!」
 毎度の如く子供の様に言い合いながら、やれやれとゼロは嘆息した。船から眺める花火もまた、面白かろうなぁと考えていたりもするが。
「ま、この暑さだ。花火見物を兼ねた納涼船も、悪くないだろうがな。てめぇには、前にならず者どもの一件で迷惑もかけた事だし‥‥」
 二度目の釣瓶を引き上げながら、ゼロにしては殊勝な事をぼやく。
 ぼやいてから口を滑らせた事に気付き、ハッと後ろを振り返れば。
 聞きとめた汀は一言で言い表せない程の期待を含んだ瞳を、とてもとてもキラキラさせている。
「‥‥分かった。船の段取りはつけてやるから、誘いの方はお前がしろよ?」
「えへへ、やったー!」
 善は急げとばかりに汀は開拓者ギルドへ駆け出し、肩を落としたゼロはやれやれといった風に少女の背を見送った。


■参加者一覧
/ 静雪 蒼(ia0219) / 柚乃(ia0638) / 有栖川 那由多(ia0923) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 鬼灯 仄(ia1257) / 七神蒼牙(ia1430) / 皇 りょう(ia1673) / からす(ia6525) / 春金(ia8595) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / アグネス・ユーリ(ib0058) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / グリムバルド(ib0608) / 透歌(ib0847) / ケロリーナ(ib2037) / テーゼ・アーデンハイト(ib2078) / kaskasaman(ib7567) / 杞憂(ib7569


■リプレイ本文

●いざ、風流遊び
 神楽を流れる広い川面には、夕暮れから幾つもの船が漂っていた。
「うわぁ‥‥船がいっぱいだよ、ほら!」
「見ているだけでも、楽しそうなのです」
 ぱたぱたと桂木 汀が手を振り、リーディアも目を輝かせる。船遊山初体験な者達は、船に乗り込む前から賑やかだった。
「ホントだ。汀さん、お誘いありがとーう!」
「えへ。どういたしましてー!」
 嬉しげなテーゼ・アーデンハイトも手を挙げ、はしゃぐ汀と両手をパンと打ち合わせる。
「たまには、雅な事を思いつくじゃない」
「お招き、有難うなのじゃよ♪」
 間にサラと仔もふらさまを挟んだ胡蝶と春金が、和ましい二人へ声をかけた。後ろには崎倉 禅と弓削乙矢も続く。
「乙矢さんも、来たんだ。今日は夏の終わりを楽しく過ごせそうぜ」
「はい、よろしくお願いします」
 嬉しげなテーゼに頭を下げる乙矢。
「私からも。おさそい、ありがとうございます♪」
「そんなお礼言われたら、照れちゃうよ」
 ぺこりと透歌は丁寧に頭を下げ、あせあせと汀が照れた。
「でも汀ちゃん、ゼロに泣きついたって?」
 くすと笑いながら、後ろから有栖川 那由多が指摘すれば。
「な、那由多さん、バラしたーっ!?」
「バラすも何も。長屋の連中は皆知ってるというか、聞こえてたと思うぞ」
 盛大にうろたえる汀を鬼灯 仄が冷やかし、こくりと静雪・奏も頷く。
「元気、いいからね」
「リーディアはん〜〜〜っ。ご一緒しはりまへんか?」
 その兄の脇を抜け、静雪 蒼がリーディアへ抱きついた。
「あらあら、何をご一緒しましょう?」
 笑いながらリーディアが尋ね、仲の良い姿に兄は困り顔で嘆息する。
「悪かったよ。そんなに拗ねないで、蒼」
「‥‥奏兄ぃなんや、しらへんっっ」
「あれ、兄妹喧嘩?」
 ちらと兄の様子を窺った蒼だが拗ねた風にソッポをむき、微笑ましげにアグネス・ユーリが聞く。
「最近かまってあげなかったからか、拗ねちゃったみたいでね。今日は一緒にいるから」
 奏と蒼、仲の良い兄妹にほのぼのする汀の頭を、不意に仄がぐりぐり撫でる。
「ほ、仄さーん!?」
「ははは、誘いへの感謝と褒美だ」
 髪をくしゃくしゃにすると気が済んだのか、意気揚々と仄。
「もう、手加減ナシなんだもんーっ」
『褒美』を受けた汀が髪を直していると、ひょいと手が差し出された。
「ふぇ? 那由多さん?」
「夏もじき終わるけど‥‥つまり、まだ終わってないって事だろ。最後に一番の思い出、作りにいこ」
「‥‥うん!」
 誘う那由多に汀は嬉しそうに手を引かれ、桟橋に向かう。
「汀おねえさま〜??」
 二人の姿に何やら目をきらきらさせるケロリーナだが、すぐ目の前に現われた屋形船へ興味は移った。
「はじめての屋形船! けろりーなは、きらきらでわくわくですの〜」
「たまにはのんびりと花火見物ってのも悪くないか。はしゃぎ過ぎて、落ちるなよ?」
 好奇心旺盛な少女を案じながら、劫光が後をついていく。

「夏の終わりを彩る花火を屋形船から眺めるのも、また一興だな」
 指に風鈴の釣り紐を引っかけた七神蒼も、船へ乗り込んだ。川風に短冊が流され、ちりんと音を鳴らす。
「おや‥‥」
「ん、これか?」
 音の元を辿るからすへ、蒼牙は風鈴をみせた。
「コレの音色が好きなんだ。船の隅っこにでも、ぶら下げておこうと思ってな」
「風流だね」
 蒼牙の趣向にからすはにこりとし、船遊山の船々を見回す。
「世には金持ちの道楽と切って捨てる者もいるだろうが、実にもったいない。それは兎も角、この雅な遊びに興じようではないか」
「雅‥‥?」
 ぼーっと川の流れを眺めていた和奏が、不思議そうに首を傾げた。こういう空気に慣れ親しみ過ぎると浮かれはしゃぐ事もないのか、漠と彼は鎮座する。
 そんな彼を見つけ、浴衣の袖を押さえた小さな手が小さく振られた。
「和奏さん」
 名を呼ぶ礼野 真夢紀は黒髪を揺らして会釈をする。
「今回もまた、お料理を作りますので‥‥食べて下さいね」
「はい」
 楽しそうな真夢紀へ、嬉しげに和奏も頷いた。
「月与さん、よろしくお願いしますね」
「勿論。喜んで食べてくれる人がいれば、料理の腕もまた振るい甲斐があるよね」
 食べさせ甲斐のある顔ぶれに、十野間 月与は誘った真夢紀へ笑顔を返す。
「だから、こっちこそよろしく。まゆちゃん」
「よぉ、月与。おめでとう、だぜ」
 突然に背後から声をかけられ、はてと疑問顔の月与。
「ゼロ? えぇと‥‥」
「いや、少し前に結婚したって聞いてよ? 俺らの時はアレコレと世話を焼いてくれたのに知らなくて、せめて祝いの言葉をと思ってな。末永く、お幸せにだ」
「ああ、それで。気持ちだけでも、ありがとう‥‥って、リーディアさんは?」
 バツが悪そうなゼロの傍に、連れ合いの姿はなく。
「取られたそうでやすよ」
 釣竿を担いだ以心 伝助が苦笑混じりで応じる。蒼は奏へ当て付けるようにリーディアにじゃれ、思わず月与も笑った。
「しっかり掴まえとかなきゃ」
「でやすよね」
「つ、掴まえって‥‥相手はちっせぇ女の子だぞ?」
 うろたえるゼロの背を、ポンと月与が叩く。
「伝助さんとテーゼさんは、大物頑張って。まゆちゃんと腕によりをかけるから」
「た、大任だなぁ」
「お互い、頑張りやしょう」
 さりげない期待の重圧に、伝助とテーゼは強張った笑みを交わした。

「船遊山は‥‥開拓者になってからは、始めてかも。なんだか懐かしいな‥‥」
 昔、家族と一緒に船で繰り出した記憶を柚乃は振り返り、ちょっぴり思いにふける。ふけるが‥‥少し、暑い。
「大丈夫か、暑くないか?」
 何故か『まるごともふら』‥‥ではなく『まるごとふらも』を着た柚乃を、琥龍 蒼羅が気遣った。
「あ、はい。風の当たるところにいますから‥‥」
『ふらも』と逆に愛らしい笑みの柚乃に、蒼羅も表情を和らげて頷き返す。
「無理をしないよう。船の上から見る花火は‥‥普段とはまた、違う趣があるだろうな」
「とても、綺麗ですよ」
 待ちわびる柚乃は暗くなり始める空を仰いだ。
「舟遊びか‥‥」
 グリムバルドが呟き、川面を渡って聞こえてくる楽の音にアルーシュ・リトナは「そういえば」と髪を指で耳へかける。
「初めてご一緒したのも舟遊びに纏わる依頼でしたね」
「初めて一緒した依頼も、そうだったな」
 同時に口を開いた恋人達は顔を見合わせ、一緒に笑い始めた。
「確か、鰐退治だっけか」
「そうですね。グリムの浴衣‥‥とても、とても素敵です」
 いつもは旋律を紡ぐ指をグリムバルドへ伸ばし、そっとアルーシュは黒地に白で笹林と虎が描かれた浴衣の襟元を整える。
「ルゥも。似合ってる」
「ありがとうございます」
 濃藍色の地に月下美人が白で描かれたお気に入りの浴衣を、屈託ない笑顔で褒められて。残照に照らされたように彼女は頬を染める。
「船を出しますぜー!」
 屋形船の屋根に上がった船頭達が声をかけ、棹を川へ差した。
「あ‥‥っ」
 漕ぎ出しで船体が左右に揺れ、とすんとアルーシュは恋人の胸へ軽く寄りかかる。
「大丈夫か?」
「はい。でも‥‥」
「ん?」
 気付けば、細い肩へグリムバルドが手を添えて支え。
「いえ。楽しみですね、花火」
「料理もな」
 彼らしい返事にアルーシュは腕の中でくすくす笑った。

●惜夏の宴
「物売船に踊船。沢山の船がゆらゆらと浮かんでる様子は、見てるだけでも楽しいのですっ。夜になると、ぽつぽつ明かりも灯って‥‥綺麗ですねぇ」
 始めての船遊山に、ほぅと感慨深げなリーディアは水面の光景を眺めていた。
「よう! 毎度ながら、お招き感謝だ」
 酒を並べた劫光が、友人達へ杯を勧める。
「良いわよね。夜の花に、往く夏を惜しむ‥‥か」
 アグネスはしみじみとしながら、「適当につまんで」と持参した寿司の折詰を広げた。
「後は肴に、魚の天ぷらとかあるといいなー、なー」
 川面へ垂れた釣り糸へ彼女は期待の眼差しを向け、追って奏も二人を見やる。
「釣った魚はボクが調理するよ。釣れたら、ね」
「が、頑張りやすっ」
 伝助が表情を強張らせ、テーゼは「くっ」と水面に唸る。
「天ぷらを皆が楽しみにしてるし、ここは数が欲しい所‥‥!」
「異論ないんすが、釣る前から皆に広まるのは遠慮したい‥‥男心でやした」
 釣りに自信がある訳でもないのに、何故こういった話は広まるのが早いのか‥‥がくりとうな垂れる伝助。
「釣りに来た訳でもねぇし、てめぇらも飲んで喰えよ?」
 微妙に黄昏る友人達へゼロは酒杯を回し、ふっと劫光が笑った。そこがいい所なんだろうが、と心の内で呟き。
「お前も‥‥本当に、人がいいよなぁ」
 ちらと投げた劫光の視線を追い、ゼロも那由多と汀を見やる。はしゃぐ汀に付き合っている那由多だが、ゼロから遠くない位置にいるのは友人なりに思うところがあるのだろう。
「汀には借りもあるしな」
「桂木っつったか? お前さんとは始めてだな。まぁよろしくな」
「あ、よろし‥‥うひゃーっ!?」
 声をかけた蒼牙が、汀の頭を乱暴にぽふぽふと撫でた。
 その間にも酢で締めた青魚やヅケにした赤身魚での寿司や、鮎に山女などの塩焼きが並ぶ。
「胡蝶さん、美味しいですっ」
「良かったわね」
 嬉しそうな透歌へ、寿司を頼んだ胡蝶が機嫌よさげに笑んだ。
「物売船には、お菓子の船もあるんでしょうか? それから釣りも、どんな魚が釣れるのか楽しみです。できたての天ぷらとか美味しいらしいですね」
「美味しいでしょうけど、お菓子の船はどうかしら」
 目を輝かせる透歌に胡蝶は安堵しながら、見守る乙矢へこそりとささやく。
「あれこれ気を揉んでたんだから、今日ぐらい付き合ったげなさい」
「そうですね‥‥でも気を揉んで頂いたのは、胡蝶ど‥‥けふん。胡蝶も、そうですから」
 言い直して銚子を取る乙矢に、胡蝶は「仕様がないわね」と酌を受けた。酒杯へ口をつけながら、近くの陰陽師仲間に何気なく目をやる。
「花火には、まだ少し早いようじゃ。禅さんは‥‥お手隙かの?」
 小首を傾げた春金が崎倉の杯を窺った。
「ああ、ぼちぼちといった感だな」
「ならば、酌くらいはしてやっても良いのじゃ‥‥ま、まぁ‥‥ほれ、一応、綺麗どころの酌は必要じゃろう?」
「綺麗どころ、か」
 意味ありげに崎倉が見やる先では、舞妓や芸妓をはべらせた仄が存分に鼻の下を伸ばしている。
「有栖川の旦那もゼロの旦那も、最近すっかりご無沙汰で。ほんに、つれないお二人やわぁ」
「酷いよなぁ」
 酌をする舞妓らの肩を抱き、放笑する仄。
「無理を言うなっ。けど、てめぇら元気そうで嬉しいぜ」
 久し振りの馴染みへご機嫌伺いをするゼロに、彼女らはころころ笑い。
「ぬ‥‥」
 春金も微妙な表情を浮かべてから、芸妓を眺める崎倉の脛を軽く蹴った。
「お、春金っ?」
「わしとて、立派な女子だと言うのに‥‥むぅ‥‥」
「俺は何も言ってはいないが。ところで立派な女子殿は、酌をしてくれるのだろうか?」
「ぅ‥‥仕様がないのう」
 言葉に詰まった春金は頬を染めながら、崎倉が干した空の杯へ銚子を傾ける。
「有難い。では返杯だ、いい歳をした風来者でよければな」
「か、構わぬのじゃよ。禅さんなら」
 逆に促され、春金もまたおずおずと酌を受けた。打ち合わせる代わりに崎倉は自分の酒杯を僅かに掲げ、それを見て春金もゆるゆると酒を口へ運ぶ。
「やはり、こうして飲む酒は美味いなぁ」
「よ、よければ、次の酌もどうじゃ?」
「遠慮なく頂こう」
 飲み交わす崎倉と春金の様子に胡蝶は幾らかほっとし、そんな彼女の傍らでは大人しくサラが仔もふらさまと椀物をすすっていた。

「釣りにも興味津々ですけど、けろりーなは買ってきた穴子を天麩羅にするですの☆」
「いいよ。揚げたてを楽しみに、待ってて」
 和やかな様子に慎ましくお酒を嗜んでいた月与は、ケロリーナが差し出す穴子の桶を快く受け取ると浴衣の上にまとったエプロンを整える。一方ケロリーナは、月与の酒杯を興味深げに見つめ。
「お酒! じ〜」
「まだ、早いからな」
 ゼロが釘を刺せば、酒が飲める歳ではない少女が振り返った。
「ゼロおじさま、髪の毛さらさらおかっぱするですの♪」
「ナンで、いきなりまた。髪を切る予定はねぇぜ?」
 苦笑するゼロの後ろではリーディアが自分より長い髪を指に絡め、楽しげに遊んでいる。
「そっちは遊ばない。気を抜くとえらい事にされるから油断ならねぇ」
「え〜、残念なのです」
 夫婦のやり取りに、月与はくすくす笑った。
「楽しそうね、リーディアさん」
「はい、月与さん。お料理も美味しいのです」
「邪魔にならない程度の手伝い、だけどね。まゆちゃんも一緒だから」
「いいえ。月与さんのお陰で、お姉様達へのお手紙の種に出来ます‥‥この時期だと夜は、熱かったり寒かったりですよねぇ」
 この後の為に、『氷霊結』で真夢紀が氷の用意もしていると。
「美味ぇ。こいつは美味ぇー! 天儀は美味い物がいっぱいだなーっ」
 出来立ての海老の天ぷらに、舌鼓を打つグリムバルドの声が聞こえてくる。屈託ない彼の食べっぷりに、アルーシュがくすくすと微笑んでいた。
 花火を待つ屋形船は賑やかで。その時、川面からバシャリと跳ねる水音が一つ。
「釣れたっすーっ?」
「上げる前に、バラされるなよー!」
 しなる釣竿に慌てた伝助とテーゼに、やんやと周りが応援する。
「宴よりも何よりも、この暖かな人の輪が素敵だってあたいは思うんだよ」
「人の輪、ですか?」
 賑やかな様子に嬉しそうな横顔へリーディアが聞けば、豊かな胸の前で月与は指を組み、黒髪を揺らした。
「リーディアさんご夫妻と、その周囲に自然と集まる暖かな人の輪が、ね。だから今日は、その輪の中で素敵な一時を共に過ごせたらいいなぁ〜って」
「月与さんに言われると、何だか照れるのです」
 赤い頬にリーディアは手を当て、そこへ再び蒼が抱きつく。
「お魚お待ちしてる間に、一曲一差し如何やろ」
「芸妓さん達もいて恥ずかしいですが、慣れるいい機会です。乱入歓迎、楽しくいきましょう♪」
 心を決めれたリーディアがもふら琵琶を手にし、そっと奏も笛を取り出す。
「乱入大歓迎やぇ? ご一緒に踊りまひょ」
 ひらひらと蒼が袖を振り、宴に興じる者達を誘った。
「胡蝶もどうだ。せっかくの宴、楽しまなきゃ損だろ? 気後れするなら『ベベンベンっ』と付き合ってやるぜ」
 仄が三味を打つ仕草をすれば、つぃと胡蝶が顎を上げる。
「良いけど‥‥くだらない野次が聞こえたら、川に叩き込むからね。あと二言は認めないから。蒼羅も良ければどう?」
 傍らのセレナードリュートに気付いていた胡蝶が、普段は飲まない酒を楽しむ蒼羅にも声をかけた。
「そうだな‥‥俺の演奏でもいいなら」
「楽しそうだな。ルゥは‥‥」
 ハゼや穴子の天ぷらを堪能するグリムバルドだが、ふとアルーシュの沈黙に気付いた。
 見れば、碧の瞳は涙で潤んでいて。
「どうした、ルゥ!?」
「オスシ、が‥‥」
 指差した料理を彼も口へ運んでみる。途端、表現し難い感覚がツンと鼻から目へ抜け。
「‥‥っー!」
「おや。船酔い‥‥ではなく、山葵が効いたのだね。これで少しは和らぐだろう」
 無言で手をぶんぶん振るグリムバルドにからすが状況を察し、二人へ茶を淹れてやる。
「綺麗で、お菓子みたい‥‥だったの、ですが。すみません‥‥甘味はあります?」
 すぐに茶を飲んだアルーシュは通りがかった物売船へ声をかけ、二人分の水羊羹を受け取った。
「おや。あちらでは、踊りが始まるようだ」
 甘い物でやっと落ち着いた二人へ、からすが示す。楽器を持つ者達がしっとり穏やかに楽を奏で、舞い手が踊りを披露していた。
 和奏は料理を持ってきた真夢紀と、それを眺め。気を取られた蒼牙の背へ、柚乃が氷の欠片を滑り込ませる悪戯をして驚かせている。
「‥‥だぁめ、まだ休み中」
 天儀の舞に目を細め、友人達の楽に和み‥‥自然と口ずさみそうになったアグネスは、歌を抑えるように口元押さえ。
「どうした?」
「なんでもない」
 誤魔化した彼女は、不思議顔な劫光の杯へ酒を注ぎ足した。
 そこへドンッと腹に響く音がして、明るい花が空に咲く。

●泡沫、火の花
「わぁ‥‥」
 歓声を上げて、柚乃が天に見惚れた。
「綺麗、ですね」
 大きな花火の音にちょっと驚いていた透歌も、鮮やかな光の軌跡に目を丸くする。素直に空を見上げる少女らを蒼羅は見守り、そして水面へ視線を移した。
「鏡に映る花、水に映る月‥‥空に上がる花火を見るのも良いが、水面に映るのを見るのも楽しみ方の一つだな」
「真に、雅」
 夜空と水面の双方に浮かぶ花火に、からすも同意して頷く。
「如何かな?」
「頂こう」
 短く答えた蒼羅が、彼女の淹れた茶へ手を伸ばした。
「それで、いつまでくっついてるんだ?」
「ふっふっふ〜。ゼロはんが劫光はんと飲んではる間は、リーディアはんうちのもんやぇ〜」
 妹へ奏が聞けば、リーディアに抱きついたままの蒼はゼロへ得意げな顔をしてから彼女の頬にキスをする。
「あら。奪われてしまうのです?」
 ころころと笑うリーディアにゼロが苦笑し、そこへ透歌がぎゅっとくっついた。
「ゼロさん、あ〜ん、です」
 おもむろに天ぷらを取った箸を、透歌はゼロの口元へ持っていく。
「いや、ちょっと待て。透歌!?」
「奥さんの真似です〜」
 上機嫌でふざける透歌の頬は赤いが、酒の匂いはしない。どうやら漂う酒の匂いというか、雰囲気で酔っているらしい。
「はい、あ〜ん」
「仕方ねぇなぁ。コイツだけだぞ?」
 ぱくりとゼロは天ぷらを食べ、嬉しそうな透歌の頭を撫でてやる。一方のリーディアは、何故か『奥さんの真似』発言に微妙で複雑な表情だったりするが。
「ま、酒席を外さないと返ってこねぇらしいから。劫光をヨロシクな、アグネス」
「大変だな、お前も」
「任せられるのはいいけど、代わりに次は月見酒かしらね♪ 紅葉でも良いよ〜。また遊びに行きましょ」
 劫光へ詫びるゼロにアグネスがひらひら手を振り、蒼牙もその背を見送った。
「夏も、もう終わりか‥‥」
「そうだな。もうすぐ終わり、か」
 蒼牙の言葉に劫光も感慨深く、花火を見る。
「今年もまあ、色々あった。またこれからももっとややこしい事があるんだろうが‥‥何とかなんだろ。なあ」
 今までも、これからも‥‥と。呟く劫光へ「そうね」とアグネスも同意した。
「昨夏よりは、マシな顔つきになったかしらね、お互い」
 くすりと笑んで、向かいの相手に酌をする。
「汀は、今日の花火も絵にするのかしら? 画いたら見せくれるといいわね♪」
 目をやれば、汀と那由多へゼロが話しかけている。
「とりあえず‥‥色々、お疲れさん」
 友人の背へ、小さくアグネスは酒杯を掲げた。

「凄い、綺麗だよゼロさん! 料理も美味しくて!」
「その分じゃあ、借りは返せたみたいだな」
 はしゃぐ汀にゼロがほっとし、那由多も酒を勧める。
「彼女が船から落ちない様、ちゃんと見守っていたから」
「ぅ。あたし、そこまで騒がしくないもんっ」
「十分、賑やかだぞ。てめぇは」
 相変わらず言い合う二人に、くすっと思わず那由多も笑い。
「一日、羽は伸ばせたか?」
 尋ねれば、酒を飲んだゼロが髪をぽしと掻いた。
「お陰様で、かねぇ?」
「もしまた辛い日々や戦いが訪れても、さ。今日の平穏や皆の笑顔、思い出そうな。そしたら、絶対折れねえよ」
「合戦のあった後じゃからな‥‥こうした時間も必要じゃし、良いの」
 二人の会話が聞こえていたのか、春金もまたふっと表情を和らげて頷く。
「開拓者稼業は、何時何があるかわからぬ物じゃ‥‥禅さんも、ゼロさんも‥‥大事な人を泣かさぬよう、気を付けるんじゃぞ」
 言い含める春金に、ぽしぽしとゼロは髪を掻き。
「そうだな。崎倉にも、サラや春金がいるからなぁ」
「ぜ、ぜぜぜゼロさん!?」
 何気ないひと言に春金が狼狽し、その落ち着かぬ様子に崎倉がやれやれと苦笑し。ニヤニヤ笑いな親友の胸へ、那由多が握った拳をコツンと当てた。
「お前にも皆がいるし、何より大事な嫁さんもいるだろ」
 ――俺も‥‥お前を護れるようになるから。
 胸の内で付け加え、それから人影に気付いて、相手に身振りで後ろを示した。ゼロが振り返れば、もじもじとリーディアが指を何度も組み直している。
「えぇと‥‥琵琶、上手く弾けたでしょうか?」
「上手かったぜ。知らねぇ間に練習してたんだな」
「あ、ゼロ。俺はここで花火見てるからさ」
 促すように、軽く那由多は友人の肩を叩いた。

「大分、涼しくなってきたなー」
 数は釣れなかったが『大任』は果たした伝助が釣竿を置き、ほっと息を吐く。
「それにしても、何とかなりやしたね」
 何が切欠で誰が言い出したか知らないが、「釣果が釣れずの坊主なら頭を丸める」といった冗談も耳にしていて。
「俺に秘策があったけどな!」
「秘策、でやすか」
 胸を張ったテーゼに、あえて聞いてみる伝助。
「ゼロのにーさんの襟に針を掛けて、『大物釣ったぜー!』みたいな。難点は煮ても焼いても食えない事と、確実にとっちめられる事‥‥だ!!」
「それは、確かに」
 いい笑顔の『釣り仲間』に、思わず伝助もからからと笑い出す。ひとしきり笑ってから花火と川面を眺めつつ、おもむろに酒を酌み交わした。
「来年の今日、あっしやここにいる皆さんは何をしているのでしょうね」
「そうだな〜‥‥あ、乙矢さんもどうだい?」
 しみじみする伝助にテーゼも頷いて、釣り上げたキスやハゼの熱々の天ぷらと酒の席へ乙矢を誘う。
「大役の成果、ご相伴に預かりますね」
「うんうん。喰っちゃえ」
 勧めるテーゼの頬を、涼やかな風が撫でて吹き抜けた。
「もう秋の口だなー」
「じき、各地で収穫の祭りが始まりますね」
「願わくば‥‥」
 ‥‥来年の今日も、同じような穏やかな日でありますように。
 口には出さず、音を立ててあがる花火に伝助は祈る。
「この時期のつれたての魚だと、どれも美味しいよね」
 料理をしていた奏もまた、出来立てのキスを天ぷらを蒼の前に置く。美味しそうに兄の料理を食べる妹は、上目使いに奏を見やり。
「奏兄ぃ‥‥もうちぃ、構ぉてくれへんにゃろか? 浮気するぇ〜?」
「浮気は困るかな」
 機嫌を直したのか離れず甘える蒼の髪を、頷きながら奏は撫でた。

 花火の光が、眺める横顔を明るく照らす。
「本当に、此処に来られて良かった」
「そうだな」
 川風を呼び込む様にアルーシュは団扇を動かしつつ、降り咲く花火を見上げる‥‥隣にいる彼の顔を、密かに視界へ入れながら。
 花火があがるたび、他の屋形船からも歓声があがる。賑やかな空気と隣の恋人の温もりを感じながら、グリムバルドも空に咲く華を眺めていた。
 いつしか耳に届くのは、口ずさむ様な微かな歌。
 辿れば消えてしまいそうで、それを聞いていたくて、じっとグリムバルドは天を仰ぐ。
 ――忘れてしまわない様に 煌く天空の華
   再びあなたの隣に在れる 胸の安らぎと共に焼き付けて‥‥。

「そういえば、去年は花街で‥‥初キッスを奪われたのですよね」
 ふと思い出したリーディアが、ぽっと頬を朱に染めた。
「ん? もしかして、あれが初めてだったのか」
「そうなのですよ?」
 気付いてなかったゼロへ、照れながら彼女は打ち明ける。
「じゃあ随分と、情緒のない事をしちまったぜ」
「ふふ、そうですか。でも花街から眺める花火も、綺麗でしたよ」
 守る様にゼロが回した腕の中で、リーディアは彼の胸へもたれかかった。
「屋形船から眺める花火も、素敵です。川面に映る光が綺麗で‥‥」
「なら、今年はやめるかなぁ。花火を見る邪魔になりそうだ」
「邪魔ですか?」
 振り仰ぐ妻にゼロが少年の如くニッと笑い、唇を重ねる。途端に彼女は真っ赤になり、彼の胸に顔を埋めた。
「な。邪魔だろ?」
「ゼロさん‥‥っ」
 うぐうぐとリーディアは言葉に詰まり、川面にまた花火があがる。

「かき氷、美味しいです」
「喜んでもらえて、嬉しいです。果物も切った物がありますので」
 氷の感触を楽しむ柚乃に、真夢紀がデザートを勧めた。
「大輪の火と光の華々、惜夏の空に儚く散る」
 ぽつりと、からすが一言呟く。
「夏はいま、終わった。此処からは秋だ。そうだろう諸君?」
 意味ありげに、にやりとからすは笑みを浮かべ。
「今刻々と流れる時を楽しまねば、損だ。いかな事があろうと季節は巡るのだから‥‥さあ、飲み直そう」
「お酒は‥‥あと、二ヶ月すればっ」
「けろりーな、うらやましいですの〜」
 わくわくとする柚乃を、少し眠そうなケロリーナが羨ましがった。
「長い時間と広い世界、今この時‥‥こうして巡りあうって奇跡ですよね‥‥」
 これから先、どんな出会いが待っているだろうかと柚乃も思いを馳せつつ。
「一曲、演奏しますね」
 この縁にと愛用の琵琶「丈宏」を柚乃が取れば、からすは頷き、「ぜひ」と真夢紀も居住まいを正す。
 微笑ましい少女達と演奏を聞きながら、月与は去る夏を惜しむ花火を眺めた。