夏雨に漂う妖しの目玉
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/29 19:21



■オープニング本文

●雨の草庵
 夕立の雨宿りついでに旅人が転がり込んだのは、寂れた粗末な草庵(そうあん)だった。
 草庵に人の気配はなく、日も暮れるため、旅人はこのまま一夜の宿を借りようと虫除けの燻し草を焚いた。
 雨を払って旅装束を解き、押入れにあった薄汚れた煎餅布団をとりあえず敷いて、疲れた身体を横たえる。
 雨の中を走った事と、横になった事で旅の疲れがどっと出たのか。
 ざぁざぁと降る雨の音を聞きながら、旅人はそのまま寝入ってしまった。

 目を覚ましたのは、全くの偶然。
 気付いた時には雨の音もなく、灯かりに火もなく、辺りは静かだった。
 漂う眠気に、改めて目を閉じれば。
 ミシと、微かな音が闇に響く。
 家鳴りを思わせる小さな音だが布団から手を伸ばし、傍らに置いた護身用の短刀の鞘を握って息を殺す。
 音は一度で終わらず、ミシ、ミシと次第に近付いてくる。
 やがて音は部屋の前までくると、止まり。
 ぴったりと閉じたふすまが、スッと開かれた。
 僅かに残った火種の明かりも届かぬ闇に、丸い何かが浮かび、こちら側を窺っている。
 明かりもないのにソレが目玉だと判ったのは、何らかの意思が感じられた所為かもしれない。
 意思‥‥彼を喰いたいという、『餓え』が。
「わ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ‥‥っ!!」
 旅人の判断は、早かった。
 跳ね起きると身の回りの者を拾い集めるのもソコソコに、ふすまとは逆の戸から外へ逃げ出す。
 後ろを見ず、転がるように走って走って走り続け。
 ようやく人里まで辿り着くと、真っ先に目に付いた民家へ飛び込み、そこでばったりと力尽きた。

●気紛れなアヤカシ
「また、面妖な話だな」
 打ち捨てられた草庵に出たというアヤカシ退治の依頼書を見た崎倉 禅は、小さく唸って腕を組んだ。
 暗がりに浮かぶ目玉といえば、開拓者達の多くはアヤカシ闇目玉を思い出すだろう。おそらくコレもその類だろうが、それを探して退治するのは、実はなかなかに厄介なのだ。
 何せ相手は黒いモヤのようなものをまとい、宙に浮かんで飛び回り、暗い場所に逃げ込まれると目で見ただけでは分からなくなる。
 周辺の村に被害はなく、庵に潜んで『獲物』を待っているのだろう。慎重な性質もあって、アヤカシの方にある程度の『勝算』がなければ出てこない可能性もある。
 何かの途上で襲われたならともかく、コレを探し出すのは少し手間だ‥‥巫女や志士、あるいは吟遊詩人がいれば別だろうが、あいにく崎倉はサムライだった。
「でもまぁ、見過ごす訳にもいかないか」
「も〜ふぅ?」
 藍一色の仔もふらさまが崎倉を見上げ、口数の少ない少女サラは相変わらず彼に引っ付いている。
「お前は‥‥どうする。ついてくるか、サラ?」
 念のために崎倉が尋ねれば、少女は答えないまま、ただぎゅっと崎倉の着物を握った。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
不動・梓(ia2367
16歳・男・志
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
東雲 雷蔵(ib3471
22歳・男・シ
レジーナ・シュタイネル(ib3707
19歳・女・泰


■リプレイ本文

●段取り
「ここが件の草庵、か」
「遠くからこうして見ている分には、何の変哲もないようですけども」
 みすぼらしい平屋の庵を琥龍 蒼羅(ib0214)が眺め、僅かに首を傾げていた不動・梓(ia2367)は天を仰いだ。
 頭上を覆う雲は厚く、またひと雨ありそうな気配がする。
「空が見えない雨模様も、肌に沿う水の気配も、神経を過敏にさせるには十分ですよねぇ」
「寂れた草庵に謎の目。俺にとっては、この程度で恐れる理由は無いな」
「それは‥‥まぁ。ともあれ、旅の方が無事で何よりでした」
 蒼羅へ苦笑した梓は逃げた旅人の無事に安堵し、レジーナ・シュタイネル(ib3707)も銀の髪を揺らして同意した。
「闇夜の目玉は怖い、ですね。一人きりだったら、きっともっと‥‥うん、何とかしないと」
「でもその目玉っての、用心深いんだよな」
 身体を捻った東雲 雷蔵(ib3471)は、尻から伸びているふさりとした銀狼の尻尾を見下ろした。
「やっぱり、白いと目立つかな。この髪と尻尾‥‥まっ、気に入ってるからいいけど」
「ああ。特に気にせずとも、大丈夫だと思うぞ」
 気にする雷蔵の尻尾を、藍一色の仔もふらさまはうずうすと目で追う。あるかないか分からないその首根っこを捕まえた崎倉 禅が、さして心配する風もなく返した。
「アヤカシの好みは分からないしな」
「ところで、禅。面倒見が良いのは結構だけど、預けるとかなかったの?」
 咎める胡蝶(ia1199)がちらと視線を寄越した先は、仔もふらさまではなく、崎倉の後ろにくっ付いているサラだ。
「あの、サラさんも‥‥行くんですか?」
 驚いたのか、レジーナが崎倉と胡蝶の顔を見比べる。
「今回は長屋で預けるアテがなくてな。ま、これも今に始まった事でもなし」
 陰陽師の懸念を崎倉は気にする風もなく受け流し、ようやく落ち着いた仔もふらさまの頭をもふりと撫でる。
「こうして、何人も手練れがいるんだ。問題なかろう?」
「それは、そうだけど‥‥」
「えっと、気をつけて下さい、ね」
 微妙に胡蝶が口篭り、身を屈めたレジーナはそっとサラへ言葉をかけた。
 返事はなく、慣れていない相手に対しては相変わらず崎倉の後ろへ隠れてしまうサラだったが。そんな様子にも和んだのか、にっこりと微笑んでレジーナは身を引く。
「私と禅は外から見張りよ。最悪、野宿だから覚悟しなさい」
 それでも草庵で寝かせるのは気が進まないのか、胡蝶は崎倉に念を押した。
「承知した。よかったな、サラ。胡蝶が一緒だそうだぞ」
 言葉をかけられた少女は崎倉をじーっと見上げてから、続いて同じように胡蝶も見つめる。
 仕方ないといった風に胡蝶はふっと嘆息し、それから自分へ向けられたもう一つの視線を辿る。
「‥‥何?」
「いえ。頼りにさせていただきます」
 含まれた複雑な戸惑いを隠すように、目を伏せた斎 朧(ia3446)が緩やかに軽く一礼した。
「お互い様でしょ。頼りにするのは、こっちもだから」
 草庵でのアヤカシ退治は、中と外の二手に分かれる。よって『瘴索結界』を使える二人も、それぞれに分かれた。
「あの事を、『貸し借り無し』と言って頂いたとはいえ‥‥」
 小さく朧は独り言つ。
 ただ相手がそれで終わらせた以上、遠慮をもって接するのは失礼だろう――と、扇子「舞」を彼女は静かに握った。
「ともあれ、禅殿に室外で詰めてもらえれば、塞ぎ切れなくても大丈夫ですね」
 念のためにと梓が予備の松明を取り出し、ひょいとサラの前にしゃがんだ。
「はい。サラ殿も持てるように、ちゃんと二つあります‥‥よ?」
 隠れた後ろから、じーっとサラは差し出された松明と梓の顔を見比べる。小さな両手は、崎倉の着物を掴んだままで。
「俺を掴むので、手一杯らしい。気を遣ってもらったのに、すまんな」
「いえ、いいですよ。では代わりに、しっかり禅殿を掴んでいて下さい」
 無理強いをせず梓は松明を引っ込めて、立ち上がる。
「もうすぐ、陽も暮れそうですね」
「そろそろ中で待つとしても‥‥これだけの人数で固まっていては、闇目玉は現われないだろう。どうするんだ?」
 困った風に尋ねる蒼羅へ、松明を仕舞いながら梓は朧とレジーナを緊張した表情で見やる。
「出来れば女性二人から、先に行ってもらおうと思うんですが‥‥」
「構いませんよ」
 答えた朧はレジーナと視線を交わし、頷き合う。
「アヤカシが待ち伏せしている場所は分かっているのですから、堂々と乗り込ませていただきましょう」
「着いたら、閉められる戸は閉めておくよう頼めます?」
 にこやかな朧に頼んだ梓は見送った後で大きく深呼吸し、肩の力を抜いた。
 女性二人が草庵に入ると梓は雷蔵も歩を進め、最後に蒼羅が赴く。
 外で待つ者達は夕暮れの中、草庵へ入る五人の姿を見届けた。

●かけ引き
「天儀のこの暑さは、どうしても好きになれないわ」
 まつわり付く湿気がイライラの原因だとばかりに、胡蝶は首筋からぱさりと髪を掻き上げる。
 夜のアヤカシ退治なら炎天下での依頼に比べてマシかと思いきや、夕涼みにもならず、彼女の目論見は外れた感だ。
「禅、私は玄関口を押さえるわ。勝手口や窓があれば、お願い」
「それは構わないが。問題は、『草庵の主』が出るかどうかだな」
 サラを庇いながら様子を窺う崎倉に、腰を落とした胡蝶が首を傾げる。
「特徴から、潜んでいるアヤカシが闇目玉だとして。奴らの多くは、慎重に動く傾向がある。目が覚めた旅の者が驚いて、逃げ切れたのは‥‥運が良かっただけだと思うか?」
 すぐ『夜光虫』の式を召喚出来るよう、符「幻影」を握った胡蝶が崎倉の問いに眉根を寄せた。
 闇に漏れる明かりはなく、中にいる者達も出方を待っているのか。
 ひっそりと、草庵は静まり返っている。

 平屋の草庵は床板もかなり傷み、小柄な者でも歩き回ればミシミシと音が鳴った。
 間取りも単純で、寝泊りできる部屋が三つ。
 逃げた旅人が休んでいた居間には、朧とレジーナの女性二人。隣の控えの間では梓と雷蔵が組みとなり、一番奥まった寝屋には蒼羅が単独で詰め、アヤカシが現われるのをじっと待つ。
(女性と同じ部屋にならなかったのは、よかった‥‥のですが)
 同じ屋根の下、ふすま一枚を隔てただけという状況に、梓は落ち着かなかった。
 胡蝶や崎倉と外で待つか、部屋で待つか、決めかねた雷蔵に梓も迷ったが、外では締め切った草庵の中での動きが逐一掴める訳ではなく。
 結局は他の三人に倣い、控えの間で息を潜めていた。
「目玉のアヤカシって、黒いのかな。黒と白じゃ正反対だけど、生き方は似てるよなあ」
「‥‥生き方、です?」
 雷蔵の呟きに、はてと梓は小首を傾げる。
「まぁ、似てても別もんだけど。シノビとアヤカシじゃ‥‥多少目立ってもいっか、うん」
 ぽしぽしと髪を掻いて答えた雷蔵は、どうやら何かに納得したらしい。
 それが何かは梓にも分からないが、隣の女性陣を意識せずにいられるなら、それはそれで有難い事だった。

「‥‥どう、でした?」
 草案へ入ってすぐ、そっとレジーナは朧に尋ねた。
 目配せをした朧が手にした扇子で床を示し、何かを辿るように先端をすぅっと隣の控えの間へ向けた。おそらく瘴気の濃い辺り‥‥即ち、アヤカシの動きを追っているのだろうとレジーナも見当付ける。
 やがて『瘴索結界「念」』の効力が切れた朧は、軽く息を吐いた。
「じっと‥‥している訳では、なさそうですね」
「動くとなると出来るだけ位置を追いたいのですが、それではあっという間に術を使えなくなりますしね」
 残る仲間がやってくれば、更に状況は変わるかもしれない。念のためにとレジーナは何かを探す素振りで各部屋と納戸や押入れ、そして天井裏などをひと通り確かめる。
「何か、分かります?」
「いいえ。こうして見ると、隠れる場所ばかりに思えます」
 応じてから、「くしゅん」とレジーナはくしゃみをした。人が住まず、手入れされていない草庵では、あちこち何かと埃っぽい。
「掃除を‥‥したくなりますね‥‥」
「そうですね」
 ハンカチで口元を押さえたレジーナは青い瞳でくるりと部屋を見回し、朧も小さく笑って同意した。
 その後は囲炉裏端で横になり、静かに相手の出方を待つ。

(話によると寝ている時に現われた、との事だったな。やはり、俺も寝た振りをするのが良いか‥‥)
 思案した末に蒼羅は床へ身体を横たえず、何があってもすぐ動けるよう、壁に背を預けるようにしてもたれて座った。脇には『栄光の手』を立てかけ、懐にはピストル「スレッジハンマー」を忍ばせる。
 やがて雨が降り出したのか、ばらばらと屋根を打つ音が聞こえてきた。
 乱れ打つ雨音はじきに、ざぁざぁと本降りの音へと変わる。
 だがそれ以外の音は、何も聞こえてこなかった。

 時おり揺らぐ蝋燭の明かりの中で息を潜め、どれくらい経ったのか。
 降りしきる雨はいつしか遠のき、蒸し暑さが肌にまとわりついてくる。
 窓を開け放つ訳にもいかず、我慢をしていると。
 ミシリと、微かな音が聞こえた。
 最初は静けさと、気にし過ぎるあまりに聞き誤ったかと耳を疑ったが。
 間をあけて違う場所でミシ、ミシと、小さな音は続く。
 どうやら床下から聞こえてくるそれは、控えの間から居間の方向、再び控えの間に戻って寝屋と繋がる縁側に移動し。
 それを最後に、音は消えた。


「‥‥朧さん」
 聞き耳を立てていたレジーナが、すぐ近くにいるはずの相手へ緊張気味に小声で呼びかけた。
 返事の代わりに、微かな光が朧の身体を包んだ。
 直後、かけていた薄い掛け布を跳ね除け、急ぎ巫女は寝床から身を起こす。
「アヤカシは、庵の外へ向かっています」
「外‥‥?」
 一瞬きょとんとしたレジーナだが、すぐさま蝋燭の火を松明へ移した。
 閉じた雨戸を開け放つのももどかしく、心の内で謝りながらレジーナは蹴り倒して外へ飛び出す。
 声を掛けるまでもなく、音と騒ぎに控えの間と寝屋から男三人も縁側へ現われた。
「もしかしてアヤカシの奴、逃げた?」
「あっちですっ」
 きょろきょろと見回す雷蔵へ、『心眼』で仲間達以外の存在を捉えた梓が方向を指し示す。
 示す先で、ゆらりと光が羽ばたいた。
「よりによって、私の方に逃げるとはね。私は、お前の天敵よ‥‥!」
 闇目玉を追って飛ぶよう、光を放つ蝶の式を放った陰陽師が身構える。胡蝶の側からも、庵から飛び出してくる仲間と松明の炎を確認していた。
 黒いもやをまとって宙を漂う目玉は、きろりと行く手を阻む相手を睨む。
 心構えはしていたものの、くらりと目眩を覚え。
 離れた位置から放たれた地を裂く衝撃波が、闇目玉に当たって弾けた。
 効果があったかは定かでないが、出来た隙に頭を振って胡蝶は気を取り直し。
「逃がすものか!」
 そこへ『早駆』で駆けつけた雷蔵が、風魔手裏剣を放った。
 黒いもやを突き抜けた手裏剣も、闇目玉へ手傷を負わせるまでに到らず。アヤカシは目玉をぐるりと、雷蔵へ向ける。
「視線を合わせないよう!」
 とっさに叫んだ梓の声が届いたか。横へ跳躍し、振り向く目玉の死角へ雷蔵が回り込んだ。
 その間に、他の者達も追いつく。
「せいっ!」
『炎魂縛武』、紅い炎を宿した侠剣を素早く梓は突き出すが、手応えはやや浅い。
 だが深追いはせず、梓は空いた方の手を前にかざし、着物の袖で闇目玉の視線を遮った。
 それでも意識へ忍び込んでくる呪いの言葉を斬り捨てるように、梓は重ねて突きを繰り出す。
「明かりは、私が。術にかかっても、『解術』を行えますので」
「はい。幸い、この場所ならば‥‥家を壊す心配をせず、済ませられます‥‥
 支援する朧に松明を渡したレジーナは、自由になった両手を構えて間合いを詰めた。
 疾駆する泰拳士の背に足を止めた蒼羅は、『栄光の手』を脇に構え。
 構えた杖が、チリッと雷電を帯びる。
「飛べ、雷鳴の刃‥‥!」
 鋭く息を吐き、居合いの如くそれを振りぬけば、宿る雷は刃となって飛んだ。
 レジーナを追い抜いた雷刃は闇を裂き、アヤカシの身を削り。
「ハァァッ!」
 気合と共に霊拳「月吼」で固めた拳が繰り出された瞬間、音なき衝撃波が夜気を震わせる。
 拳より放たれた紅の波動が、更に球体を抉った。
 囲まれて逃げ場がないと悟ったか、まとう闇が薄くなった目玉は曇って暗い空へすぅと浮かび上がり。
 刃の羽を持った蝶が、崩れかけた闇目玉を切り裂く。
「文字通り、夜闇に乗じて逃げるなんて、させないわ」
『斬撃符』の式を打った胡蝶が、すぐさま次の符を指で挟み。
「これで‥‥紅砲ッ」
「‥‥喰らえ、雷鳴剣!」
 紅の波動と紫電の光が、天を貫かんとばかりに放たれた。
 散り散りに砕けて形を失った瘴気は塵と消え、ひと息に消えきらない塊が地に落ちて、染み込むように濡れた土へ消え去る。
 既に誰もが見慣れた光景ではあったが、それでも一区切りが着いたと、ほっと開拓者達は息を吐いた。
「怪我や、目眩などはありませんか?」
 隠さず、遠慮せずに言って下さいと念を押す朧に、念のためと胡蝶や梓らが手当てを受ける。
 緊張の為か、少しばかり梓の身は強張っていたが。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花‥‥と。脅威とは言え、斬れるだけまだマシですね。斬れない敵なんて嫌いです」
 ぺこりと朧へ会釈をしてから、他の気配が潜んでいないかを梓は『心眼』で確かめた。
「そうだな。家の中で戦っていたら、吹っ飛んでいたかもしれんな」
「あの‥‥そこは、さすがに。手加減しますので‥‥」
 少し頬を赤らめて告げるレジーナに、からからと崎倉が喉を反らして笑う。
「今夜は草庵を宿にして、朝に帰りましょ。‥‥さすがに眠いわ」
 口元を手で隠しながらも、ふわぁと胡蝶が欠伸を一つ。
「闇目玉の術のせい‥‥じゃあ、ないよな?」
「正真正銘、眠いのっ」
 銀色の瞳を悪戯っぽく輝かせる雷蔵に、草庵へ向かう胡蝶が口を尖らせた。
 蹴倒した雨戸をレジーナは崎倉と協力して元に戻し、濡れた仔もふらさまとサラを朧が吹いてやる。
 蒼羅は囲炉裏に火を熾し、眠そうな胡蝶は遠慮なく横になった。
 周りの会話が途切れた静寂に、睡魔に負けようとした瞬間。
 ミシッ‥‥と、小さな音が耳へ届く。
「えっ!?」
 思わずがばっと跳ね起きた胡蝶に、掛け物を手にしていた朧が目を丸くし。
「今のは‥‥本物の家鳴り、かな?」
「そうみたいですね」
 ぴこぴこと白い狼の耳を動かす雷蔵に、控えの間へ引っ込んだ梓が頷いた。
「べ、別に、アヤカシかと思ったんじゃないんだからね!」
 聞かれてもいない弁明をしつつ、勢いよく胡蝶は横になる。
「皆さんも、休んで下さい‥‥」
 おずおずと仲間を促したレジーナは、小さな寝息を立て始めたサラと仔もふらさまを微笑ましげに見守った。