【武炎】凛と、笑え
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/17 20:11



■オープニング本文

●花ノ山城
 魔の森の近くには、どこの国でも、アヤカシを食い止める砦がある。
 伊織の里や高橋の里も例外ではない。
「敵襲ーっ!!」
 がんがんと櫓の鐘が鳴り響く。眼下を見れば、「花ノ山城」へ向かって、凡そ荷車ほどの大きさはあろうかと言う化け甲虫が、まるで鋼鉄のアーマー部隊の様に整列して迫っていた。
 どうやってかはわからないが、各地の砦近くに、甲虫達が、忽然と姿を現したのだ。
 そんな甲虫達の群れを見下ろすのは、それらの中でも、さらに大きな個体。
「さぁおいき、可愛い子供達。たっぷりとね」
 その上部には、会話を交わせるほどの形となった、美しい女性の姿が埋まっていた‥‥。

●計算違いの予想外
『化甲虫の群れが村の近くに現われたので、退治して欲しい』
 そんな依頼が神楽の開拓者ギルドに張り出されたのは、つい先日の事だった。
 何やらアヤカシが活発に動いているのか、先月よりアリだのナンだのといったアヤカシ退治の依頼が増えつつある。
 そんな中での小さな村から依頼にゼロが目をとめたのは、全くの偶然か。それとも、日々を懸命に生きる事で国を支える人々を、捨てて置けない性分からなのか。
「ちっと動いて、調子をみねぇとな」
 宝珠刀を腰に帯びたゼロが、ふむと依頼書を前に思案したのは、八月の初めの事だった。
 故あってゴタゴタに首を突っ込んだゼロは、半月とちょっと以上をマトモに動けず過ごしていた。
 神楽に帰って静養した後、しばらくは軽い依頼を幾つかこなし、ようやく身体の調子が戻っただろうと見当をつけたところだった。
『化甲虫の群れが村の近くに現われたので、退治して欲しい』
 化甲虫は硬くて、たまに酸も吐いたりする面倒くさい相手だが、ゼロの腕なら決して苦戦する相手ではない。
「それに、金も稼いでおかないとなぁ」
 肩を落とし、ゼロはふぅと溜め息をついた。

 そうこうして、依頼を受けた開拓者と共にゼロが助けを求める小さな村に到着したのは、夏の暑い日の夕暮れ近い頃。
「‥‥火の手が、見えた?」
 年老いた村長から説明を聞いたゼロは、怪訝そうに顔をしかめた。
 村からも見える谷向こうの森に、黒い染みのような固まりが見える。それが化甲虫と呼ばれる、カブトムシのようなアヤカシの群れだという。それが日毎夜毎に、だんだんと村へ近付いてきているという。
「幸い、どれも山火事にはなってませんが、時々ボッと木が燃えているのが見えますじゃ。あれじゃあ、化甲虫の群れが通った後もしばらく森の獣が戻らず、猟の狩り場になりゃあしません」
「そもそも、化甲虫は火を吹かない筈なんだが‥‥」
 記憶を手繰るように考え込んだゼロだったが、遠巻きに見守る村人達の不安げな様子に気付くと自信ありげな顔でにしゃりと笑う。
「ま、何とかなるだろ。退治してやんぜ」
「助かりますじゃ。じゃが開拓者の皆様でも、不慣れな夜の山歩きは危険。今日のところは、村で身体を休めて下され。何の持て成しも出来ませぬが」
「ああ、それは気にする事でもねぇ。適当に飯が喰えて、眠れりゃあ、それで十分だぜ」
 けらけらとゼロは笑い、一行は宿代わりの質素な家へと案内された。

「あの群れ、おそらく『化甲虫』じゃあねぇ。『化鎧虫』っていう、もう少し面倒なアヤカシだぜ。化鎧虫は火や冷気も吐くんだが、たまに森の木が燃えたり、それが山火事になる前に消えるのは、そのせいだと思う」
 質素な家へ腰を落ち着けて間もなく、村人がいない時を見計らってゼロが一行へ明かした。
「まぁ、化鎧虫も根っこは化甲虫だ。そいつらが数がいるのに散らず、じわじわと村へ寄っているなら、群れを率いている大将格みたいなのがいるんだろう‥‥そいつを叩けば、群れの統率は乱れるだろうが。
 ともあれ明日、仕掛ける事になるか。朝から動くか、昼にするかはソッチに合わせるぜ」
 ざっくばらんに提案したゼロは、それから急に声を落とす。
「それから。思ったより相手が厄介なアヤカシで、心配はあるかも知れねぇが‥‥てめぇら、笑っとけ。俺達が辛気臭い顔をしていたら、村の奴らが心配するからな」
 告げてゼロは白い歯を覗かせ、ニッと笑った。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
宮鷺 カヅキ(ib4230
21歳・女・シ


■リプレイ本文

●出立の朝
 陽は昇り切らないが、夏の晴れ空が広がっていた。
「さて、行くとするか」
 勢いよく戸を開けた劫光(ia9510)が、伸びをする。
「ゼロに付き合うのも久しぶりか? まぁ、よろしくな」
 開拓者が来ても、目前の脅威に不安なのだろう。早朝にもかかわらず、村のあちこちでは遠巻きに見守る村人達の姿があった。
「虎のおねえちゃーんっ」
「頑張れー!」
 口々に応援して手を振る子供達に、負けじと趙 彩虹(ia8292)も笑顔で手を振り返す。
「はい、頑張ってきますねっ!」
「てめぇも、一晩で随分と好かれたな」
 前夜に『まるごととらさん』で村の子供達と遊んでいた彩虹は、感心するゼロへ照れて頷いた。
「楽しかったですよ。そういえば、ゼロにー‥‥けふん。ゼロ様、一人で無茶しないで下さいね?」
 言い直して彩虹は釘を刺し、それから黒い群れを眺める。
「ただでさえ数が多いのにギルドで聞いたアヤカシより強い相手だったとは‥‥でも油断さえしなければ、大丈夫だと思いますが」
「そうね。敵が予想より厄介だっても、やる事は変わんないし。ま、顔突合わせる前に違うって判ったのは、幸運だったわね。それにしても‥‥」
 くすと、どこか挑戦的にアグネス・ユーリ(ib0058)がゼロへ黒い瞳を細めた。
「笑え、ね。あたしを誰だと思ってんの?」
「ゼロ殿が言わんとするところは、察しますけどね」
 普段から笑みを絶やさないエルディン・バウアー(ib0066)もまた、目が合った村人達へにこやかな表情を返している。
「私がこうして戦う事も、教会の存在のアピールへと繋がる訳ですから。女性ファンが増えたら嬉しいのは、内緒ですけども」
「別嬪さんとお近付きになれるか。いいよな」
 エルディンに賛同して、鬼灯 仄(ia1257)がからりと笑った。仄の言う『お近付き』は、エルディンのそれと微妙にいろいろ違いそうな気もするが。
「あー、しかしまぁ、めんどくせえ」
 吐き出す紫煙と共に仄はぼやくも、煙管片手に口端を上げてにやりとする。
 ‥‥ちょうどエルディンの雰囲気で何かが相殺され、いいかもしれない。何が何かは、聞くのが野暮というものだ。
「ゼロ様が言うように村の人達を不安にさせたくないですしね、笑顔で出発しましょう♪」
「ええ。さくっと片付けて来るから。ちょっと待っててね」
 彩虹に頷いたアグネスも微笑みを村人達へ向け、軽く手を振った。

「また甲虫かー‥‥縁がありますね。好かれるような事をした覚えは、全くないのですが」
 少々うんざり気味で苦笑する宮鷺 カヅキ(ib4230)だったが、劫光が首を横に振る。
「いや。化甲虫じゃあなく化鎧虫らしいぞ。いきなり想定外で、おもしれえじゃねえか」
「‥‥え、化鎧虫? 甲虫ではなく?」
 思わず聞き返すカヅキに、羅喉丸(ia0347)もまた臆する事無く笑みを返した。
「そのようだ。だがいかに困難な敵であろうと、村人の期待を裏切る訳には行かないからな」
 何よりも、困難に屈しない強い心を持った男になりたいと。そう羅喉丸は思い、心掛けて日々の修行を積んできた身だ。
「人は弱く、儚い、だからこそ、この心だけは強くありたいものだ」
「そうですね‥‥甲虫じゃない、か」
 もとより、アヤカシに容赦する気などカヅキにはないが。
「‥‥だったら尚更、手加減なしで済みそうですね」
 そう呟いた彼女は何やら黒いオーラをまといながら、ふつふつと楽しげに笑んだ。
「確かに、面白い話になったかな。まぁ、成るように‥‥為せばいいだけさ。絶対上手くいく、信じてればな」
 ふと鞍馬 雪斗(ia5470)は手にした札の束から数枚を抜き取る。
「成功と、大きな変化か‥‥そうだ、ゼロさん。これを御守り代わりに持っておいてくれないかな?」
 絵柄を確認した雪斗は、そのうちの一枚『太陽』が描かれた札をゼロへ向けた。
「けど占い札ってモンは全部が揃って一つ、だろ? 引き離して、『仲間外れ』にしてやるない」
 けろりとゼロが笑い、差し出す手を押し戻す。
「全く‥‥相変わらずだね」
「好きに言いやがれ。破ったり汚れたら、困るのはてめぇだろ」
「ですが、心配していましたよ。もちろん、貴方たち夫婦を祝福した私もね」
 何やら言外に含めて、笑みを崩さずエルディン。
「くれぐれも単独行動には気をつけて下さい、ゼロ殿」
「お目付け役かよ」
 天を仰いだゼロが嘆息し、託すような視線の人々は村を出る一行を見送った。

●動く黒壁
「それにしても、実際に見ると‥‥」
「ああ、凄いものだな」
 手をかざして黒い塊を眺める彩虹に羅喉丸は望遠鏡を覗き、同じようにアメトリンの望遠鏡で観察するエルディンが頷いた。
「巨大カブトムシ‥‥ちょっと乗って遊んで対戦してみたくなる男心ですが、アヤカシなのは残念ですね」
「別に、乗ってもいいわよ? 後は知らないけど」
 くつとアグネスが笑い、即座にエルディンは首を横に振る。
「見た目は、化甲虫と変わらないのですね‥‥それなら化鎧虫と気付かなくても、無理ないですか」
 アヤカシの様子を観察しながら、カヅキは思案した。
 硬そうな外殻と、太い弓なりの角。足の爪は鋭く、中型犬から大型犬ほどの大きさ。無闇やたらと手数で攻めるのは性分ではないが、一人では一撃で深手を与えるのも難しそうだ。
 その間も、羅喉丸とエルディンはそれぞれの見解と策立ての意見を交わす。
「進路は変わりなく、村へ向かっているようだな」
「そうですねぇ。群れのリーダー的な化鎧虫は、ちょっと分かりませんが。後は『アイアンウォール』を使うなら、開けた場所があればいいんですが」
「なければ、木を切り倒して作るか‥‥」
「んーな悠長なコトやるんなら、暴れてきていいか?」
 やり取りを聞いていたゼロが面倒そうに髪を掻き、劫光は苦笑いを浮かべた。
「いいのかぁ? 病み上がり。後ろで大人しくしてたっていいんだぜ?」
「でも出てきたって事は、本調子よね? 当然よね?」
 力いっぱいニッコリと『いい笑顔』をしたアグネスが、あえてゼロへ訊ねる。
 二人とも相手の腕っ節の強さは承知の上、むしろ心配はしていない。問題はゼロが無茶をしないかどうか、それだけだ。
「そりゃあ、な」
 口を尖らせてゼロが答えれば、アグネスは劫光へ振り返った。
「だそうよ。さ、行きましょ。カヅキもよろしくね」
 アグネスと劫光、そしてカヅキはゼロと共に、群れへの切り込み班を担当する。そして残る五人が、アヤカシの群れ自体を引き付ける役目だ。
「アレの全滅は手間が掛りそうだからな。頭を潰して、敵陣を乱せればいいが。外見が皆同じだと、虫の顔の見分けなんぞできるか」
 虫除けの様に仄は煙管の煙をふかしながら、墨汁を入れた小さな皮袋をもてあそぶ。群れを率いる大将格を見つけたら、ぶつけて目印にするつもりだ。
「でも黒っぽい化鎧虫に墨汁では、少し分かり辛いんじゃないかな」
 仄の仕草を見ていた雪斗が、黒い群れへ目をやる。
「使えりゃよし、だ。大将格を探す役目は切り込み班が本命みたいだが、ゼロに頼りっぱなしは面白くねぇ。ゼロの嗅覚を当てにする事になるのもな‥‥感が鈍ってるかもしれん」
 言いながら、ひとまず仄は皮袋を袂へしまった。
「随分と嫌われたモンだぜ。ま、野郎に好かれても嬉しくねぇけどよ」
 ふんと薄く笑ったゼロは背を向け、木々の間へ姿を消す。
「待てよ、一人で先に行くな」
『人魂』の式を飛ばした劫光が声をかけ、アグネスとカヅキも顔を見合わせてから後を追いかけた。
(‥‥ゼロにーさま、大丈夫かな?)
 後姿に何となく、無理をしそうな予感と心配を覚える彩虹だが。
「‥‥信じてますよ?」
 小さく呟き、切り込み班に続いた。

 群れの行く手を塞ぐ障害物があれば乗り越え、あるいは破壊し。獣の類と出くわせば、不運なそれを容赦なく喰い食む。
 ただ真っ直ぐに進む化鎧虫の群れの前へ現われたのは、高さ5m、幅5mの『鉄の壁』だった。
 その壁の向こう側から、化鎧虫の注意を引く『咆哮』があがる。
 群れた化鎧虫はギィギィと威嚇の音を立て、一番前に並んだアヤカシが一斉に炎や酸を壁へと吐いた。
 続いてその後ろの化鎧虫が硬い羽を広げ、薄羽を震わせて飛ぶ。次々と体当たりする衝撃に、硬質の壁がごぅんと音を立てた。
 壁を攻める何匹かは雪斗が仕掛けた罠『フロストマイン』にかかり、吹き上がる猛烈な吹雪に身動きが取れなくなる。
 警戒したのか群れは壁の手前で足を止め、更に炎や酸を吹いた。
 壁の前で足を止めた化鎧虫達が『アイアンウォール』へ攻撃を仕掛ける脇から、何の前触れもなく吹雪が放たれる。
「今です!」
 神秘のタロットをかざした雪斗が、潜む泰拳士二人へ声をかけた。
 と同時に、龍袍「江湖」の裾を翻した羅喉丸と、白いまるごととらさんを身に着けた彩虹が視界を遮られたアヤカシの中へ躍り出る。
「この数、暴れ甲斐がある‥‥じゃなくて、しっかりと撃退しなきゃですっ!」
 長い髪を翻し、彩虹は八尺棍「雷同烈虎」を叩き込み。
「御前達の進撃も、ここまでだ。この先に進もうと言うのなら、全て砕くのみ!」
 酸を吐く化鎧虫を狙って羅喉丸はアゾットを突き立て、あるいは脚絆「瞬風」をつけた足で蹴り飛ばした。
「‥‥ところで、エルディン」
「はい、なんでしょうか?」
 唸るような仄の声にも、明るい笑顔でエルディンは返す。
「この鉄壁‥‥幾らか頑丈っぽいのはいいが、高過ぎないか」
 目の前を遮る壁は家ならば二階まで到る高さがあり、コツコツと仄が拳でソレを叩いた。
「これは、こういうモノですから。『咆哮』の誘導が切れるまで、こちら側で大人しくしていて下さい。下手に動くと、壁に向かっている群れの進路が変わってしまいます」
 にこやかな返事に、仄は再び唸った。自らが動けず、戦いの様子が見えない以上、うかつに壁の向こうへ焙烙玉を投げる訳にもいかない。
「その堅牢な鎧、聖なる力を宿した矢に対抗できるでしょうか?」
 羽を広げて飛びこえようとする化鎧虫へ、手にした聖杖「ウンシュルト」をエルディンが向ける。
「聖霊の祝福を受けたる神の矢よ、穢れし者どもを打ち砕け!」
 杖より放たれた矢は真っ直ぐに化鎧虫を目指し、外骨格を射抜いた。
 だがさすがにそれで倒せる相手でもなく、塵に還らずに化鎧虫はもがきながら壁の向こう側へ墜落する。
 その時、足止めをされた群れの後方で、数匹のアヤカシが宙へ跳ね上がった。

●挟撃
 大きく踏み込み、旋回して一閃させた朱刀が、化鎧虫を斬り飛ばす。
「切り裂け、風の龍!」
 追うように劫光が放った五行呪星符は龍の姿をした式と成り、『斬撃符』が顕わになった化鎧虫の腹や硬羽の下を切り裂いた。
 体勢を崩した化鎧虫へ、すかさずカヅキも『打剣』の技で菱形の石を次々と投じる。
 だがアヤカシは、痛みを感じないのか。怯まずに突っ込む角を、とっさに跳躍して避け。
 天狗礫の穿った傷を狙い、集中したシノビは印を結んだ。
「飛んで火に入る夏の虫ってね。‥‥いや、火に入れる、のが正しいでしょうか」
 カヅキの身を包むように現われた銀の焔が、蛇の如く負わせた傷を狙ってうねった。
 後方を突かれ、反撃する化鎧虫の突進を『ノウェーア』でかわしながら、アグネスは群れの中でも目立った固体に目をつける。
 他のアヤカシと見た目は変わらないが、一回り体躯の大きい化鎧虫が群れの中ほどにいた。
「あれね。通信手段は‥‥音、かしら」
 ギュウギュウ、ギィギィと、何かを擦るような音を化鎧虫達は立てている。それが威嚇なのか、意思疎通の手段なのか、彼女には分からないが。
「ともあれ‥‥!」
 目印にと、アグネスは白粉を投げた。
 しかし動きひしめく群れに、白粉の袋は狙いを外れる。
「式をやる!」
「分かったわ、お願い」
 羽を打って接近する劫光の式へ躊躇いなくアグネスが袋を放り投げ、カラスがそれを掴んだ。
 そのまま大化鎧虫へ接近し、身体全体にかかるよう白粉をぶちまける。
「コッチの面倒はみてやるから、あのデカいのは任せたぜ!」
 足を断ち落とし、硬羽を斬り裂き、隙があれば朱刀をねじ込む様に首を跳ね飛ばしながら、ゼロが先を促し。
 そして、止める間もなく吼える。
 破られそうな鉄の壁を目指していた黒い群れが、矛先を変えた。
「鞍馬様、今です!」
 彩虹の声に、慣れぬ呼び方をされた雪斗は一瞬だけ苦笑を浮かべ。
 追い寄せられ、咆哮に向きを変える群れに向けて、『ブリザーストーム』を再び放つ。
「さすがに硬いが。ならば、こいつはどうだ!」
 羅喉丸が拳を突き出せば、放たれた紅の波動が化鎧虫を貫いた。
 鉄壁より前に出た仄もまた、殲刀「朱天」を振るって化鎧虫の足を中心に狙う。
 群れの前後より、大化鎧虫へと開拓者は包囲を狭め。
「逃げられる前に、一気に仕掛けるぞ!」
「猛れ、氷雨の王女‥‥その怒り、此処に刻み封じよ‥‥」
 霊剣「御雷」を劫光が振りかざし、『瞬脚』で間合いを詰めた雪斗は『フロストマイン』で大化鎧虫の足を止め。『ナディエ』でひと息に接近したアグネスは、『ラスト・リゾート』で甲殻の隙間へシティナイフを突き立てる。
 更にエルディンが『ホーリーアロー』で、カヅキは『火遁』で追い討ちをかけ、とどめの『紅砲』を羅喉丸が放った。
 だが大将格の大化鎧虫を倒しても、群れが消える訳ではない。
 統率を失って散り散りになる化鎧虫を追い、休む暇もなく開拓者達は木々の間を駆けた。

「――おわったー‥‥っ!」
 ようやく最後の化鎧虫を瘴気に還し、大きく彩虹は息を吐く。
「なんとか、『ブリスター』で間に合いましたね。でも巫女さんスキルの愛束花を、聖職者スマイルと共に投げたらきっと似合うでしょうけど‥‥改宗は不本意ですし」
 ひと通りの手当てをしたエルディンは、なにやら『研究』に余念がないが。
「何にせよ。火事にならずにすんで、よかったわ」
「この暑い中で、山火事の消火は大変だからね」
 安堵するアグネスに、雪斗もまた額の汗を拭った。
「早く、お風呂入りたいです。水浴びでもいいけど‥‥っと、先に村の人達を安心させてからですね♪」
 正直なところを明かす彩虹に、けらけらとゼロが笑う。
「む。ゼロ様、笑いましたね?」
「いや。そいつを着てれば、そりゃあ暑いだろうと思ってな。そうだ、別に『ゼロにーさま』でもナンでも、呼びたいように呼んで構わねぇぜ」
 けろりと笑いながら、わしゃわしゃと彩虹の頭をゼロが撫でた。
「まぁ‥‥とりあえずは、大丈夫そうだな」
 やり取りを見る劫光がゼロにひらと手を振り、雪斗もまた軽く土を払う。
「無事でなによりだよ‥‥互いに、待ってる人もいるのだしな」
「コレくらいで、心配させられるかって」
 そんな話をしながら、村へ戻り始めた仲間達の後ろで、ふとカヅキは額に手を当てて森の木々を振り仰ぐ。
「‥‥蝉」
 静かだった木々の間に、遠くからシャンシャンと煩い蝉の鳴き声が戻ってきていた。